『暗き森』そう呼ばれているのは61層の中にある巨大な森である。そこは鬱蒼とした木々が、昼夜関係なく空からの光を拒む。常に暗く、暗視スキルか光る道具(松明など)を所持していないと、直ぐに迷子になってしまう程に暗い森。出てくる敵は61層とは思えない程弱く、しかし、経験値効率は異様に高い。結構な頻度で出てくる無害な蝶のモンスターは隠密系のスキルを持っているのか、普通のプレイヤーには見つけられないが、私程度の暗視と投擲があれば、楽に見つけられ、その辺の石ころを当てるだけで倒せる。それなのに経験値は61層の通常モンスターと同等の経験値が貰える。そのため私はこの狩場を一時期愛用していた。
しかし、この暗き森という絶好の狩場は、人気が無い。
理由は単純で、マップと索敵が機能しないのだ。
マップは帰るのに必須と言える機能だし、索敵は身の安全を守る為に誰もが取るスキル。その二つが使えない事は多くの危険を生む。しかも、光る道具を持っていたら、その光に集まる虫のモンスターが、圧倒的な数でプレイヤーを貪り喰らう。故に、一度死んだら本当に死んでしまうこのSAOの世界で、この狩場は暗視スキルを持つプレイヤー以外に人気が出なかった。
隣にいるアスナは、3日前からこの日の為に暗視スキルを取得し、少しだけ熟練度を上げている。故に、遠くまでは見えなくても戦闘ぐらいは出来る程度には視界が見えている。でも、その程度ンプ暗視だと出来るのは戦闘ぐらいで、暗き森からは抜け出せないだろう。
そして、遠くに出現した何かは、一体なんなのか。NPCかのか、モンスターなのか、それともプレイヤーなのか。普段なら索敵を使うだけで直ぐに分かるのに暗き森では機能しないため、一度近くにいって確かめないといけない。
アスナ程度の暗視の熟練度じゃ見えないのか、そのまま進むアスナを右手を伸ばして制止させる。そして、小さな声で見たものをそのまま伝えた。
「前方に何かいる。私の暗視でも薄っすら見える程度だからもう少し近付かないとモンスターかNPCか分からない」
「それじゃあどうする?元の道引き返す?」
私もそうしたいのだが、引き返すのはアルゴの依頼である調査が出来ない。私は決意したかのように首を横に振った。
「いや、あれがプレイヤーの死因になっている可能性が高いから念のため隠密を使って確認してみる」
その後、幾つかのパターンを想定し話し合いをした。最終的にヤバくなったら転移結晶を使って撤退する事で話し合いを終わられせると、私は隠密を発動させ例の陰に近づいて行った。
結論からいうとその影はただのNPCだった。しかし、普通のNPCではなく、頭の上に「?」マークを出していた。つまり、そのNPCに話しかけるとクエストが開始される。
一旦アスナの元へ戻り報告を行う。
「居たのはNPC。それもクエスト発生型の」
そういうと、アスナは顔に少しの不安を見せながら「行きましょう」と言った。
あのNPCに話しかけて発生するクエストは十中八九攻略組を殺したクエストだ。恐らく出てくるのは一騎当千級のイレギュラーな攻撃特化のモンスター。
万が一の可能性でモンスターの群れという可能性もあるが、それは可能性として考慮するにはあまりに低すぎる。最前線のモンスターの群れならまだしも、今更61層のモンスターの群れ如きに攻略組のptが手こずる筈がない。
私とアスナはNPCへと近づいていく。そして、そのNPCが目の前に来た時、意を決してそのNPCに話しかけた。
「あの、どうかしましたか?」
その声に反応するようにNPCの頭の上にあった「?」が「!」に変わった。
『私は道に迷ってしまった旅人だ。出来る事ならこの森ので出口まで案内してくれないかい?』
目の前に表示される <Yes> <No> の二つのボタン。私は迷わず<Yes>を押した。
あれから暫くして……
正直に言おう。今、私は困惑している。
3人揃えば文殊の知恵という。きっと今いるメンバーに相談したらその困惑はスッキリするのではないかと思いアスナに聞いてみる。
「なぁ、アスナ。これってどういう事だと思う」
すると、此方をチラリと見たアスナが「はぁ」と嘆息してから返事をした。
「私に聞かないでよ」
冷たいアスナの対応に私も嘆息を漏らす。
ちなみに、文殊の知恵に必要な人数である3人はは私とアスナ、そして……
「本当に何のクエストなんだろう?」
後ろを向くと、NPCがついてきている。これで3人。果たして文殊の知恵は何処へ行ったのだろう。
それにしれも、このクエストは唯の道案内なのか。どうにも不安が拭えない。
そんな中でNPCが喋り始めたのは、ただ歩くだけの時間にイライラし始めた頃だった。
「そういえば、お二人さんは、ここの森にいる蝶は殺しましたか?」
突然喋り始めたNPCに私とアスナは目を丸くさせた。
本来NPCは決まった言葉しか喋らない。故に、この様な会話をするような言葉は発さないのだ。だからこれは異例の事態。このクエストが特別なクエストである事が証明された瞬間だ。
アスナと目を合わせる。アスナは小さく頷く事で、この質問に対して私が答えていい事を示してくれる。私は慎重に言葉を選び、NPCの問いに答えた。
「そうですね。そこまで多くはありませんが、見つけた奴は殺しています」
そう答えると、NPCは少し驚いた様に目を見開いた。
「いやはや、冗談のつもりで言ったつもりでなのですが、そうですか……蝶を見つけれる程の夜目を持っているのは羨ましい限りですな」
そう言って愉快そうに笑うNPC。しかし、次の瞬間、NPCは困った顔をした。
「しかし、殺してしまったのですか……」
その態度からは、何かを恐れている様な、そんな畏怖の観念が感じとれる。そんな態度に不安が込み上がる。
「えっと、もしかして殺してはいけなかったのですか?」
私の質問。普通のNPCなら返答はないだろう。だって、そういう風にプログラムされていないから。だから、NPCに質問するなんて事は馬鹿か、暇人のする事であるというのがSAOプレイヤーの総意である。勿論私もそう思っている。しかし、このNPCなら答えてくれる。不思議と私はそう確信していた。私たちに質問したこのNPCなら。そして、私の予想通りに返事がくる。
「いや、ここら辺にある伝承で、蝶を殺し過ぎると蝶の親玉が襲いに来ると言われているのですよ」
蝶の親玉。普段ならは鼻で笑っていただろう。あの程度の蝶がいくら強化されても私の敵ではないと。
しかし、きっと伝承である蝶の親玉こそが攻略組のptさえも殺したモンスターなのだろうと思う。
暫くその蝶の事に関して質問したが対した情報は得られなかった。そして、時が来たのかNPCは私達の方を向いて礼を言う。
「ここから先は道が分かるので、ここら辺で十分です。本当にありがとうございました。細やかな礼ですが……」
〈10万コルをゲットしました〉
私達の目の前に得た報酬が表示されるとNPCは闇の向こうへと消えていった。