麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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第10話―――異端の少女と見習いの少女達

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 当関東魔法協会の理事である近衛 近右衛門の知人によって、東欧の紛争地域にて保護された記憶喪失の少女の名前である。

 近右衛門と同様、老体の身でありながら今も“悠久の風(AAA)”に身を置き、現役で活動するその知人の依頼を受けて、この麻帆良で預かる事と成った彼女のその名は、本人の申告も在って本名で無いと思われていた。

 しかし先月に起きた京都の事件に関与した事で失われていた記憶を取り戻し、その名は本人の物であるという事が明らかとなった。

 そして、名前と共に彼女―――イリヤスフィールは己が何者かも知った。

 この麻帆良……関東魔法協会の理事にして代表者たる近衛 近右衛門が直々に保護し、監督している事から彼が直接確認した彼女の詳細は以下の通りである。

 

 イリヤスフィールの出身はその名が示す通り、ドイツである。

 ただし国籍・本籍などは無く。彼女はドイツ国内に存在したという隠された秘境―――人造世界―――にて、魔法研究を独自に行っていた一族の長…その孫娘であるという。

 その一族―――アインツベルンなる一族は当魔法協会を始め、当事国の同組織さえも知らず、本国(MM)も認識していない正に未知で未開の魔法伝承者達であった。

 そう…“あった”。過去形である。

 これは、我が関東魔法協会が認識した故からでは無く。その一族がイリヤスフィールをただ一人残し、滅んでしまったという彼女の証言からそう記す事と成った。

 彼女の証言によると、アインツベルンは大掛かりな魔法実験を行い失敗し、術式の暴走事故を発生させた。これは相当大規模なものであったらしく、彼等の住まう秘境全体に及び完全に“消滅”させたという。

 それ程の大規模な事故にも拘らず、イリヤスフィールが生存していたのは事故の影響が拡大する直前、一族の中でも最も若く、後継者である彼女を逃がす為に転移魔法が使用された為だ。

 記憶を失っていたのは、その緊急時の強制転移ないし暴走事故の影響によるものだと思われる。

 

 またこれに関連してドイツの協会に確認した所。

 同国の某地方の山間部にて、現地時間2003年4月12日の12時57分に非常に大きい魔力波が観測されており、これは彼女の証言を裏付けるものと………―――。

 

 

 と。まあ、こんな感じかのう?

 そう呟いて書類の上に目を落とす近右衛門。

 学園長室で執務を行う中、彼は己が作成したイリヤに関する“公式”報告書の出来具合を確認していた。

 秘境に隠れ住んでいた未知の魔法使い一族という部分は、多分に厄介な注目を集めると思うが止むを得ないだろう。

 なにしろ、

 

 ―――……2003年4月24日に於いて発生した関西呪術協会・本山襲撃事件の最中で確認されたイリヤスフィールに似た容姿・容貌を持つ女性は、上記の魔法実験事故の際に生じた怨霊の類であり、彼女の母親―――アイリスフィール・フォン・アインツベルンの姿形と記憶をベースにしているとの事である。

 その詳細は別項にて記すが、当魔法協会……いや、我々魔法社会にとって由々しき事にその女性は先の大戦の引き起こしたとされる“あの組織”……―――。

 

 と。

 先の事件で確認され、多くの人間が目にした“呪詛(アイリスフィール)”の存在のお蔭で下手な誤魔化しが出来ないのだ。

 加えてイリヤが超絶的な力を振るった事や扱う魔法…“魔術”という特異性もある。これではただの戦災孤児や外れ魔法使いなどの言い訳で通すのは難しい。

 故にイリヤの隠す事情を……真実を織り交ぜつつ嘘で塗り固めるしかなかった。

 それに、

 

 ―――……以上の重要事項が絡む事から、本文書ないし記録を閲覧可能な者は、AA級以上の情報閲覧資格を有する当協会所属員のみに限定する。

 

 とも、一応情報を麻帆良内に止め、機密指定にもするのだ。

 ドイツの魔法協会や“悠久の風”に居る友人達にも個人的な伝手で協力を仰いでいるが、これは“貸し借り”の範囲で片を付けており、互いに要らぬ詮索は行なわない約束に成っている。

 ともかく、麻帆良内での彼女の立場は、これらのカバーストーリー(でっち上げ)で何とか守れるだろう。

 正体不明な不審な魔法使いという霞みが掛かったあやふやなものから、世に知られていなかった外来の魔法使いという、まだクッキリとした認識像に成るのだから。

 それに、秘境で隠れ住んでいた一族の唯一の生存者。事故のショックで記憶を失っていた悲劇の少女……などなどと同情的な見方も期待できる。

 また、未知の魔法を扱う者というのは確かに彼女や麻帆良に厄介な注目を集めるが、一方で麻帆良の属する事実は打算的に見れば悪くなく。関西は勿論、“本国”や他の魔法協会に対するアドバンテージを得られるメリットもある。

 事実、彼女によって齎される魔術品はこの麻帆良の戦力を大きく向上させており、加えて言えば、本人が先の事件で示した戦力も魅力的に捉える見方も出ている……無論、あくまで防衛の為ではあるが―――

 

「……度し難い考えじゃな、我ながら」

 

 浮かんだ自身の信条には沿わない思考に嘔吐にも似た嫌悪感を覚え、それを吐き出すかのように彼は呟いた。

 しかし、それが組織を纏める者として必要なものである事も彼は当然理解していた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 麻帆良でイリヤの公式情報が5月3日を以て、関東魔法協会に所属する幹部職員らを対象に開示されてから四日が経過した5月7日の水曜日。

 エヴァによるネギの初修行が行われた翌日。

 

 麻帆良学園の繁華街をやや浮かない顔持ちで、頭の左右から伸びる二つの髪房を揺らして歩く少女と。何処となく自信に満ちた凛々しい表情を浮かべ、腰まで伸ばした金髪を歩を進める度に靡かせて悠然と歩く少女の姿が在った。

 二つの髪房を揺らすツインテールの少女は、若干背の低い小柄な身体に本校女子中等部の制服を着る日本人の少女で。長くの伸ばした金髪を靡かせる少女は、平均よりやや高めの身長で聖ウルスラ高等学校の制服を着ており、その容貌は欧米の出身を思わせた。

 その2人の少女達が向かっているのは、この繁華街の外れ近くに在るかつて喫茶店であった建物だ。

 

(うう…どうして、こうなっちゃったのかなぁ?)

 

 ツインテールの少女は悠然と自分の前を歩く、姉のように慕う年上の少女の背中を見ながらそう思った。

 

 

 事の切っ掛けは先月の24日…凡そ二週間程前。自身も通う学校の最上級生である3年生達が修学旅行に出掛けてから三日目が過ぎようとした時の事であった。

 日が過ぎようとした時間帯…つまりその日の晩、夜が最も深まった時分に眠りに付いていた彼女達は、急遽協会の一員として呼集が掛けられ、夢の中より叩き起こされた。

 通常なら先ずあり得ない異様な事態であったが、彼女と姉と慕う少女の二人は詳しい事情を説明されないまま、外部から襲撃の可能性が在るとされて学内の警備を命じられた。

 勿論、見習いという事もあり、襲撃となれば真っ先に前線と成る学園都市の外縁では無く。内部でも重要性の低い…今も歩いているこの繁華街の一区画が彼女達の担当となった。

 尤も、ここ数日でこの区画は何故か重要性が増したようであったが、彼女達にその理由は判らない。

 ともかく。仕事を命じられ、襲撃という穏やかでない言葉もあり、彼女達はその一夜を緊張した面持ちで過ごしたのだが―――結局何の異変も起きず、これも修行か訓練の一環だったのか、と思いながら睡眠不足で辛い翌日を過ごした。

 

 しかしその更に翌日に成ると、見習いの彼女達にもあの夜に関する説明が行われて、その重大な事件を知る事と成った。

 驚くべき事に、あのサムライマスターが長として居る西の本山が襲撃されて陥落しかけたのだという。その危急の事態を受けて麻帆良もあの夜は警戒レベルを引き上げたのだった。

 

 勿論、それには驚愕した…けど、本当に驚くべき事はその後に広がった噂の方だ。少なくともツインテールの彼女にとってはそうだった。

 その噂の内容は―――

 大戦の英雄の一人であるサムライマスターの敗北に、その盟友であるサウザンドマスターの息子が事件に巻き込まれた事。

 この麻帆良に封印されていたあの“闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)”が、その封印を一時解除されて救援の為に西へ赴き、何でも復活したとんでもない大鬼神とやらと戦い、文字通り粉砕したという事実。

 

 でも、これだけだったら別にただ驚愕するだけでよかった。彼女に信じられない程の驚きを与えたのは、もう一つの噂だ。それは―――

 

 麻帆良に身を寄せている記憶喪失の少女が、闇の福音に先んじて西の本山へ救援に向かい。最強クラスの戦力を示したらしい、という話であった。

 

 その記憶喪失の少女であるイリヤとは、彼女―――佐倉 愛衣はほんの数日の間柄であるが、既に友達とも言える意識を持てる程の良好な関係を築いていた。

 だから本当に信じられない話だった。

 確かに外見以上にずっとしっかりした子だとは思っていたけれど。それでも自分よりも小柄…と言うよりも小さい年下の幼い少女が、サムライマスターさえ敗れて危機に陥った西の本山へ向かい、戦って世界最高クラスの力を振るっただなんて。

 しかし、ガンドルフィーニや葛葉といった尊敬する先生方も確かだというのだから本当に本当の話なのだ、と。愛衣は感じていた。

 だから愛衣は判らなくなった。

 あの幼い同性の友人にどんな顔をして会えば良いのか? と。

 愛衣にしてみれば、イリヤに対する認識は幼い後輩の少女であり、先輩として自分が手本を示さなければ成らない相手だった。

 

 だというのに―――本当は自分など及びも付かない実力者で、協会にも一目置かれる存在だったのだ。

 

 短い付き合いで何も知らなかったとはいえ、先輩風を吹かせていた自分が恥ずかしいというのもある。けどそれ以上に…そんな相手にどう接すれば良いのか? どんな顔をすれば良いのか? 何時ものように友達としてで良いのか? それとも先達である“魔法先生”―――正規の職員の方達のように敬意を払って接するべきなのか?

 いや、そもそも会うべきですらないのでは? これまでの関係を無かったことにして、例えすれ違っても簡単な挨拶を交える程度に。

 確かにそれは一番楽な考えであり、選択だった。だが愛衣には選べない考えでもある。善良で真面目な彼女にとって、それはとても不義理な行為だと思うからだ。

 なら、これまで通りに……とも思うのだが、彼女は同時にそれが簡単に出来るほど器用な性格でも無く。またその自覚も在ってその自信を抱けなかった。

 

 ―――きっと私は何時ものように振る舞えず、イリヤちゃんにも気まずい思いをさせてしまう。

 

 そう、後ろ向きに考えてしまうのだ。

 そして、また会うべきか、会わざるべきか、などとイリヤとの関係にグルグルと彼女は思考を空回りさせるのだった。

 更に悪い事に、一昨日には「イリヤ嬢は記憶を取り戻したが、家族を魔法実験の失敗で失った事も思い出し。天涯孤独と成った過酷な事実を突き付けられたばかりだ」……などという悲惨な話を愛衣は聞いてしまった―――彼女達のような見習いや平の職員には、そのように一族を家族と置き換え、魔法実験の方も一般社会における火災や交通事故など比較的小規模なありふれた不幸として情報が広められていた。

 そんな話もあり、尚更に愛衣はイリヤと顔を会わせ辛く感じ。また噂が広まった5月に入ってからは、その悩みの種である白い少女の姿が全く見えなくなった事からも悶々とした日々を過ごしていた。

 

 だが、

 

 同じ魔法使い見習いであり、愛衣の先輩であり、姉貴分だと自覚しているウルスラに通う年上の少女―――高音・D・グッドマンは、そんな可愛い妹分の悩む姿を見ていて色々と思う所が在ったらしく。

 直情的な性格の彼女はこの数日間、愛衣を見守っていた反動もあってか、最近女子中等部では全く見かけないというイリヤの居場所を―――()()()側の情報関係の道を進む夏目 萌から―――聞くなり、即刻行動を取ってその場所へ愛衣を半ば引っ張るように強引に連れだしたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 工房、地下三階の一室―――書庫とした部屋でイリヤは、本校女子中等部の旧制服を着ている……いや、幽霊である彼女にそう表現するのは正しいか判らないが、やや古めかしいセーラー服を着込んださよと向かい合っていた。

 

「何とか上手く行ったわね。こっちの魔法術式の応用実験も兼ねていたから少し心配だったけど……まあ、満足な結果ね」

「まだ良く分からないですけど、上手く行って良かったですね。じゃあ次は―――」

「待って、次のそれは馴染んでからよ。今は上手く行っているように見えても、そうじゃないかも知れないんだから。そうね……一週間ほど経過を見てからにしましょう。その間は馴染ませる意味でも他の―――」

 

 イリヤはさよとそう話しながら視線を一瞬、テーブルに置いてあるカードの方へ送った。

 置かれているカードは6枚で、足りない1枚は今もイリヤの(なか)に在る。

 

 クラスカード。

 英霊を自身の魂の外郭として覆い、その能力を肉体に宿す破格の礼装……いや、宝具といっても差し支えない“アーティファクト”だ。

 ただし、これはイリヤの“記憶”に在るアレとは違う―――正直、それを思うと自分にあんな可能性が在る事自体、複雑且つ驚きなんだけど……と。彼女は思うのだが、それは今は置いておこう。

 あの“並行世界(マンガ)”に於けるカードは、それを触媒に英霊の座に接続(アクセス)して、英霊の力を高度な礼装や自分の肉体に降ろす物であるのだが、今この世界に在るカードは違う。

 先述にもある通り、コレは英霊を自分の魂に覆う物……より正確に言えば、“既に召喚された英霊の核”を魂の外郭とするのだ。

 そういった意味では夢幻()()という言い方は不適切なのかも知れない。

 まあ、それは些細な事なのでイリヤは気にしないようにし、今更言い換えるのも面倒なので呼称に関しては放置した。ただ敢えて彼女を弁護するならば、それを知ったのは記憶を取り戻した後、こうして魔術の研究が本格的に可能になってからだという事だ。

 その研究と解析の結果。判明したカードの正体は、あのイリヤも参加した第五次聖戦争で召喚された“彼等”の核がクラスという“(はこ)”に収まった状態でカードへと置換されたというものであった。

 おそらく大聖杯という強力なバックアップが無いこの世界では、サーヴァントとして現界させて戦闘を行うには魔力等の制限が厳しいから、このような形に成ったのだと思うのだが……その確証までは無かった。

 幾ら現界させないとはいえ、運用時の魔力消費量の効率が異様に良く、僅か3分の1程度と非常に少ないからだ。

 しかし、未知の部分はあれど、お蔭で解決した疑問もあった。

 それは、ライダーのカードだけが何故か使えないというものだ。

 イリヤにはその原因に思い当たる事があった……そう、自分が大聖杯に身を落としたあの戦い(話のルート)では、ライダーは最後まで敗れずに召喚者であるマスターの下へ留まった。

 恐らく後に解体されたという大聖杯が無くなった後も―――その為、此処に在るライダーのカードだけが空っぽなのだ。

 

(……しかし、そんな疑問は解決した所で心は余り晴れない…というか、むしろ痛い事実が発覚したというべきね)

 

 イリヤは、カードの事を反芻する度に思う。

 それはそうだろう。全く使えないカードであるという事実は、イリヤにとって文字通り手札を1枚失っているという事で、貴重な戦力を欠いている訳なのだから。

 

(…まあ、それはそれで、最初から無い物として割り切るしかないんだけど、中身の無いカードだけが手元に在るっていうのはねぇ…)

 

 反芻した事実に溜息を吐き。何とか使えないものかと考え―――

 

 カランカラン、と。軽い鐘の音が工房全体に鳴り響いた。

 スピーカーも無いのに鳴り響いた鐘の音。これは、

 

「お客様のようね」

 

 イリヤは目の前で音源も無く、突然響いた鐘の音に驚いているさよにそう告げるかのようにして言った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 工房と成った元喫茶店だった建物は、その外観や地上部分の内装にはそれほど変化は無く。表のフロアや奥の厨房やロッカー室や応接室などはそのままで。違いがあるとすれば、店長が使っていたと思われる事務室が仮眠室兼地下への入口に改装された位である。

 工房そのものである地下の方は、一階は全体が外敵の侵入を排除するための防衛機構として使われており、空間を弄って異界化させ、各種結界やトラップは勿論、熱砂の砂漠や極寒の雪原を始め、底なしの毒沼と同じく毒の霧が漂う樹海や、隆起する剣山に埋め尽くされた落雷が絶えない山岳などといった様々な環境を再現し。

 また竜牙兵やこちらの世界で入手した式神やゴーレムなどの“兵隊”も配置された正に侵入者には容赦しない迷宮(ラビリンス)と成っている。

 イリヤ本人か、開錠の術を知らない人間にはまさに死地でしかない。

 ちなみに神代の魔女である『キャスター』のカードを使用して、イリヤはこれらを構築していた。

 二階は、半分が一階同様の迷宮で、もう半分は倉庫などを兼ねているが将来的な拡張スペースともしている。

 三階は、先の書庫に、実験室、試料室、器材倉庫などの他、イリヤのプライベートルームが在る。

 

 以上。規模もそれなりに在って中々に整った工房であるのだが、これだけ広いと流石にイリヤ一人で管理するのは当然難しく。その為、イリヤはエヴァに頼んで譲って貰った物があった。

 その一人が、此処を訪れた二人を出迎えていた。

 

「当工房へどのようなご用件でしょうか?」

 

 二人がインターホン(呼び出す術)も無い、閉まりきった元喫茶店の扉を前に立ち往生し、少々悩んだ挙句ノックをすると。ベルの鳴り響く音に僅かに遅れて扉が開き、そのような感情の無い声と共にやはり感情の見えない表情をしたメイド服を着込んだ女性…あるいは少女が姿を現した。

 外見は二十歳前後で、緩く波が掛かった長い黒髪を持ち、整った顔立ちに感情の無い表情を浮かべるそのメイドの存在に、イリヤを訪ねた二人―――愛衣と高音は直ぐに気が付いた。目の前に居るのは“人形”だと。

 

 そう、イリヤがエヴァから譲って貰ったのは、茶々丸の姉達であるハウスメイドドール『チャチャシリーズ』だった。

 その数は、稼働しているのが8体で予備を兼ねた研究用の素体が3体と、計11体である。

 彼女達は、現在イリヤをマスターとして工房の管理を命じられており、また“兵隊”としての役目を担っている。

 動力としての魔力は、工房内に設置された―――工房の下を奔る地脈を利用した―――魔力炉から得ており、工房の外へ出ない限りは半永久的に稼働する事が出来、外へ出る場合でも通常行動ならば6~8時間まで問題無しとされていて。またレイラインからイリヤの魔力も供給可能である。

 目立つ関節部は衣服や幻術を使い隠されている為、外見から人間と区別をつけるのは難しいが、その分、微弱な魔力を帯びているので一般人ならば兎も角、魔法使いには割とアッサリと看破される事が多い……今の二人のように。

 

「貴女は……いえ、コホンッ…失礼、私は高音・D・グッドマンと申します。イリヤスフィールさんは今こちらに居られますか?」

 

 思わぬ魔法人形の登場に唖然とした二人であったが、高音は逸早く気を取り直して目的のイリヤの事を尋ねた。

 現在のマスターの事を尋ねられたハウスメイドは、無表情ながらも何処か視線を鋭くして二人を見据え。警戒した様子で高音の言葉には返答せず、再度先の言葉を口にした。

 

「どのような御用件でしょうか? これといった用件が無いのであれば、お引き取りを」

 

 加えて、つまらない用事であるなら帰れと穏やかながらもストレートに言う……いや、警告した。

 高音はそんなメイドの素っ気ない態度に加えて、その対応が余りにも融通が利かないもの―――正確には勘で悪意や敵意めいたもの―――を感じた為にカチンと来たが、此処の管理のみならず警備を行う人形の彼女にしてみれば、当然の対応だった。

 高音は、そんなメイドに対して食って掛かるように言うが、

 

「ですから、イリヤさんに用が在るのです…!」

「どのような御用件でしょうか? その内容をお答え出来なければ、これ以上承ることは出来ません、お引き取りを」

「彼女に話があるのです。会わせて貰わなければ、用は果たせないでしょう!」

「どのようなお話でしょうか? 私が託りますので差し支えなければ、ここでお話し下さい」

「…何故、貴女に? 本人で無くては意味が在りません…!」

「では、やはりお引き取り―――」

「ですから―――!」

 

 ―――と、似たようなやり取りを何度か繰り返し、

 

「本当、融通の利かないお人形ですわね。なら―――!」

 

 高音の剣幕につい口を挟む事を躊躇ってしまい。半ば静観していた愛衣は、敬愛するお姉様が不穏な気配を纏って強引な手段を取ろうとしたのを感じて、慌ててメイドに告げる。

 

「―――わッ…あの、わたし…佐倉 愛衣って言います。イリヤちゃんの友達で…!」

 

 すると人形の鋭い視線が愛衣の方へ向き、

 

「失礼しました愛衣様」

 

 突然、態度を改めてペコリと深く丁寧にお辞儀をした。変わらず感情が見えないので誠意が籠っていないようではあったが。

 高音は、態度を急変させたメイドにそれはそれでムッとしたが、始めから愛衣の事を出さなかった自分にも非を覚えたので何も言わず、愛衣はそんな落ち着いた様子を見せる高音にホッと安堵の息を吐いた。

 そのように彼女達は、愛衣が名乗った事でメイドが態度を改めたように思ったが…違う。実の所、そのタイミングでイリヤからの念話を受けた為、人形の彼女は態度を変えたのであったりする。

 

「どうぞこちらへ、マスターがお会いになるそうです」

 

 そう告げてメイドは訪問者の二人を工房内へ引き入れた。

 

 

 

「これといって変わった所は無いようね」

「はい」

 

 工房と聞いたので内装に変化を見受けられるかと思っていた高音と愛衣は、以前より見ていた喫茶店であった頃と変わらない中の様子にそう感想を零した。

 そうして工房内を観察しつつ途中外見の異なる2体の人形を見掛け、お辞儀するそれらに何となく彼女達も軽く頭を下げながら、自分達を先導する人形の後を追って応接室の扉を潜った。

 

「いらっしゃい、何日か振りねメイ。それと……初めまして私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと申します。メイには良くお世話になっており、麻帆良に来て日が浅い私には、随分と参考となる話を聞かせて頂け、深く感謝しております」

 

 応接室で待っていた白い少女が座っていたソファーから立ち上がって愛衣には軽く、初対面の高音には丁寧に一礼して挨拶をする。

 それに愛衣は気まずさもあって応え難く感じてつい黙ってしまったが、高音は彼女の歳の割には様に成っているその振る舞いに、何処か感心した様子で彼女も丁寧に応じた。

 

 

「ご丁寧な挨拶痛み入ります。初めまして私は高音・D・グッドマンと申します。聖ウルスラ高等学校に通う2年生でありますが、ご存じの通り、愛衣共々この麻帆良で修業させて頂いている見習い魔法使いでもあります。此方こそこの子に良くして頂けて感謝しております」

 

 この国での暮らしや祖母や家族の影響もあって、身に着いた日本的なお辞儀をする高音は、今ほど見たイリヤの振る舞いに確かな品の高さを覚え。彼女が名前に含まれるフォンの称号の通り、貴族などの上流階級の出自で相応の教育を受けた人物だと納得し、確信した。

 この幼い少女は由緒ある魔法使いの家柄の出なのだ、と。

 ただアインツベルンなどという家名は寡聞にして聞いたことは無く。故あって偽名を使っているのでは? 耳にした話では家族を皆失っているらしいし、隠さなければならない事情があるのかも? とも考えを巡らせていた。

 

 挨拶を交えると、一同はソファーへと腰を掛け、案内をしてきた人形はイリヤの後ろへと控え。イリヤとこの部屋に元から居た別の人形が用意されていた紅茶をカップに注ぎ、彼女達の前にある木製のテーブルの上へ並べ始める。

 一同全員の前に良い香りを運ぶ湯気が立ってから幾秒ほどし、イリヤが先ず口を開いた。

 

「それで、本日は一体どのような御用件でしょうか? なんでも私に話があるとの事ですが…」

 

 イリヤの丁寧な口調のままでの問い掛けに、高音は少し思う所を感じてそれには答えず。

 

「はい。ですがその前に…不躾なお願いですが、先ずは互いに畏まった態度と言葉は改めるべきかと思います。このままではお互い窮屈でしょうし、特に愛衣には息が詰まるものを感じさせますから」

 

 高音は格式高い家の出だと思える少女に対し、些か不愉快な提案かとも不安に思ったが、それでもそう口にした。

 愛衣から伝え聞いた人柄から大丈夫だろうと思えたからであるが……その見立て通り、抱いた不安は杞憂だった。

 どこかの令嬢か姫君の如く気品に満ちた少女は、高音の提案に好ましい物を覚えたらしく優しく微笑んだからだ。そして普段通りの口調で彼女のそれに答えた。

 

「ええ、かまわないわ。タカネがそれで良いんだって言うならね。私もその方が気楽だし、メイの為というなら尚更にね」

 

 その言葉に高音は少し安堵する。感じられる品の良さは余り変わらないが、それでも先程までの堅苦しい雰囲気が消えて和らいだのだから。

 愛衣もそうだが自分も話し易くなる。多分、このイリヤという少女もそうなのだろう。

 

「それで、改めて何の用かしら? 工房に来たって事は何かの依頼?」

「あ、いえ―――」

 

 そこでふと今更ながらに高音は気付く。

 

「―――すみませんが、先ず確認したい事が…」

「ん?」

「ここの喫茶店が工房と呼ばれる場所に成ったというのは何となく理解しましたが、もしかして貴女が運営しておられるのですか?」

 

 高音の問い掛けに首を傾げていたイリヤが、それを聞いて表情を少し驚かせる。

 

「え…知っていて来たんじゃないの?」

「はい。此処が工房なる物に成ったというのも先程知ったばかりで、運営者がどなたなのか、何を制作しているのかも知りません」

 

 イリヤはその高音の言葉を聞いた途端、額に手を当てた。

 如何にも何か失敗したといったその仕草に、高音は何か拙い事を聞いたのか…と感じて思わず尋ねる。

 

「どうしました? 何か―――」

「いえ、何でもないわ。気にしないで。ちょっと自分の馬鹿さ加減に気が付いただけだから」

「はあ?」

 

 懊悩としたイリヤの返事に高音は曖昧に頷くが、次にその彼女が口を開くと、此処が工房である事と自分が主である事を余り吹聴しないように…と。高音と愛衣にお願いした。

 それに高音は直感するものを覚えた。学園側の…しかもかなり上の方と何らかの隠れた繋がりが彼女とある事に―――いや、噂を耳にしてからそれは薄々感じていた事だ。むしろこれはつい一昨日、自分と愛衣に“支給された代物”と関係あるのでは、と。

 同じ見習いの中でも事情通の萌によると、イリヤという少女がこの元喫茶店へ出入りするように成ったのもつい最近で。今も身に付けている“コレ”が学園に支給され始めたのもこの数日中だというのだ。

 

「………………」

 

 高音はその直感と……そして、これまで耳にして来たこの少女の噂の事が脳裏に浮かび―――ジクリと胸に痛むモノを感じて思わず黙り込んだ。

 

 

 

 そこに、黙り込んだ高音に代わってイリヤを目にしてから口を閉ざしていた愛衣が漸く口を開いた。

 この数日間、思い悩んでいたものを払おうと意を決して愛衣はイリヤに言う。

 

「あ、あのそれでイリヤちゃんに…その、言いたい事っていうか、確かめたい事があるというか……えっと、私たち―――」

 

 が、

 

「―――イリヤさん!」

 

 横から語気の強い声が発せられて、愛衣の言葉は遮られた。

 声を出した高音はイリヤを強く見据えて尋ねる。

 

「お聞きしますが、貴女が京都で起きた事件に関わったというのは本当ですか?」

「―――! お、お姉様!? それはっ…!」

「噂はあって、先生方も否定はしませんでしたが、確証も在りません! 私は本人の口から聞きたいのです…!」

 

 突然の不可解な高音の様子に愛衣は驚き、イリヤは質問に眉を顰める。

 

「で、でもイリヤちゃんにも言い難い事や守秘義務もあると思いますし、そもそもあんな重大な事件の事を修行中である私たち見習いが訊くなんて…」

 

 慌てながらも高音を宥めようとする愛衣。

 だがその内心では、こうなったお姉様を自分では止められない…という悲しい現実を彼女は理解していた。

 勿論、自分も高音が尋ねた事はイリヤから訊けるなら聞きたい事ではあるが……一体、その何が、どのように作用して、この敬愛する姉貴分の琴線(スイッチ)に触れたのかは判らなかった。

 イリヤはただ黙ってそんな高音を見詰めていた。

 

「何も仰らないのですね。やはり見習い風情の未熟な私達には何も聞かせられないと…」

 

 高音は沈黙して自分を見詰めるイリヤをより強く見据え…いや、睨んでそう言う。

 

「ですが一応尋ねます。先の事件では彼の名高き“赤き翼(アラルブラ)”の一員である現在の西の長…あのサムライマスターが不意を受けて敗れたそうですが、貴女はその不意打ちした敵と互角に戦って撃退したと聞いています。これも事実ですか?」

 

 この問い掛けにイリヤはまたも眉を顰めた。それは質問その物というよりは、そんな詠春が敗北した情報までも彼女達…見習い魔法使いの間に広がっているらしい事に呆れると同時に迂闊なものを覚えたからだ。

 同時に高音が、何故自分を睨んでそんなことを尋ねるか。そして自分にどのような感情を抱いているかも察していた。

 しかし、イリヤには答えようが無い。質問の事もそうだが、高音が抱くものは彼女自身が納得できる形に納めなくてはならないものだからだ。

 そう思いイリヤは高音を見詰め。高音は返事を待つように睨み。そうして二人が見据え合い……十数秒、高音はソファーから立ち上がる。

 

「分かりました。答えられないというのであれば、答えられるようにするまでです。イリヤさん―――」

 

 立ち上がってそう言いながらイリヤを見据え直し、

 

「―――私と勝負して頂きます!!」

 

 高音は、向かいに座るイリヤに指を差してそう宣言……宣戦布告した。

 その言葉に愛衣は意味が理解できず、或いは事態に付いて行けず「え? え…?」とオロオロするばかりだ。

 イリヤは少し黙考し―――この二人が原作に於いてネギとそれなりに関わり、魔法世界編にも顔を出していた事を思い出して、その力量を見ておくのも悪くないと判断し…高音の宣告に頷いた。

 

「ええ、いいわよ」

 

 と。

 またこれで彼女の心情が納得行く形に成るのなら、ともついでに思って。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 場所を移動してネギがエヴァから昨日修行を受けた場所―――周囲を森で囲まれた煉瓦造りの朽ちた建物が並ぶ旧市街で、イリヤと高音・愛衣コンビは対峙していた。

 多少派手にやっても問題無いように当然ながら、人払いと認識阻害の結界は設置済みである。

 

 イリヤは相変わらず『アーチャー』を夢幻召喚(インストール)しており、今はその“彼”と同様の赤原礼装と呼ばれる赤い外套を纏い。手には今回の模擬戦の為に投影した一本の日本刀が握られていた。

 その日本刀は魔剣や妖刀の類でこそ無いが、一応世に知られた名工の業物で刃挽きはされておらず、その刀身は優美な波紋と共に鋭利な輝きを放っている。

 模擬戦であるのだから、このような真剣など持ち出さず、安全面からも竹刀や木刀などを選んだ方が良かったのだろうが、しかし恐らくそれでは、今の高音は納得しないであろう。

 況してや直情的な傾向がある彼女では、それを気遣いや嘲りなどと挑発的に受け取り、頭に血を登らせて冷静さを失う可能性が高く。そうなってはその力量を正確に計れなくなる。

 その為、イリヤはこうして抜身の刃を彼女達に見せているのだった。加えて言うと片刃の日本刀なら峰打ちも容易で、二人に大きく怪我をさせずに済むという考えもある。

 なお、言うまでも無いのだが、干将莫耶始めとした宝具は強力過ぎるので当然使う積りは無い。

 

 高音と愛衣は、制服姿のままであるが愛衣は箒型のアーティファクト『オソウジダイスキ』を手にしており、ここへ来るまで表情に見せていた躊躇は無くなっており、何時に無く凛々しい顔をイリヤに見せている。

 高音の説得を受けてやる気を出したのか、それともただ単に已む無しとして覚悟を決めたのかのどちらかだろう。

 高音の方は無手であるが、工房に居た時から変わらずイリヤを強く睨み付けており、既に準備万端といった様子だ。

 

 暫く両者らは動かず、30mほど離れた先に立つお互いを観察するように睨み合い……先に動いたのは高音と愛衣だった。

 愛衣が後方へ下がり、高音が僅かに前へ出る。

 どうやら高音が前衛で愛衣が後衛に付くように見え―――途端、周囲の建物や草木などの影に不審な“像”が浮かび上がり、ソレがイリヤに目掛けて駆け出した。

 ソレは影が形に成ったような黒装束で全身を覆った長身の人型―――高音が得意とする魔法『操影術』によって召喚された文字通り影の使い魔だ。

 

 数は全部で17体、現状高音が使役できる限界数である。

 

 使い魔はイリヤを囲むように、幾つかのグループに分かれて彼女の左右前後、時間差を付けて攻撃を仕掛けた。

 そんな小賢しい戦術に態々付き合う必要は無いのだが、イリヤは動かず敢えて受ける事にした。

 グループは律儀に3体ずつに分かれて四方から迫り、残りの5体は高音の前を固めている―――これを見るに前衛はこれら使い魔で固め、高音自身は中衛に位置する積りらしい、とイリヤは判断した。

 そう思考している内に前方の3体が接近、常人を遥かに上回る俊敏さと膂力で打ち出される攻撃を、イリヤは魔力を帯びさせた日本刀で捌き、或いは交わし―――遅れて4秒後に背後からも3体が、更に4秒後には左右から攻撃が来た。

 この時点でイリヤはまだ1体も使い魔を斬っておらず、受けに徹してその使い魔の能力の把握に努める。

 

 使い魔の戦い方は、人型の形状から当然四肢…或いは五肢を駆使した格闘で、また指先が鋭く鉤爪になっており、それを使いイリヤの身体を切り裂こうとする。

 しかし、常人を凌ぐ身体能力はあれど、その動きは単調で読みやすく。此方のフェイントにもアッサリと掛かり、また仕掛けて来る事も無い。

 ただ連係自体は悪くは無いのだが……それも当然であり、元々この手の使い魔は数を投入し、その物量で戦果を上げるもので、一体一体の能力は然程重視されていないのだ。

 

 それに敵は使い魔だけでは無い―――

 

「―――我が手に宿り敵を喰らえ、『紅き焔』!」

 

 愛衣の力ある言霊が発せられるとほぼ同時に、使い魔の包囲の一角が開き、そこから赤い閃光が奔った。

 轟ッと。魔法の火炎が迫る直前、イリヤは瞬く間も無い一瞬で、自身を取り囲む影達を切り裂きながら右に跳んで避け、

 

「そこっ!」

「まだっ!」

 

 高音と愛衣が叫び、イリヤの避けた先に3つの赤い光弾と無数の黒い鞭が伸びた。

 無詠唱魔法による火炎系の魔法の矢と操影術による影槍。

 

(……定石通りだけど悪くは無いわね)

 

 使い魔で前衛を固めて敵を包囲・足止めし、後衛が呪文詠唱を完了させて中位以上の高威力の魔法を放って決めに掛かる。また油断せず、避けられた場合や耐えられた状況も想定しており、素早い追撃を見せた。

 基本に準じた定石通り戦法ではあるが、2人の息は合っており、自分が避けた後の狙うタイミングと位置もまずまずだ。

 12体もの使い魔に取り囲まれても、平然と余裕を持って対応する自分の姿に焦りと動揺を抱いたにも拘らず……。

 

 迫った火の矢と影の矛先に、その影槍だけに対応しつつイリヤはそう思考する。

 

 

「私の矢がッ!?」

「くっ! 考えてみれば当然でしたわね」

 

 愛衣は自分の放った魔法の矢がイリヤに当たる先から霧散するのに驚き、その驚きに答えるように高音が若干悔しげに言う。

 

「!――イリヤちゃんも!?」

 

 高音の言葉に思い当たる事があって愛衣はハッとする。

 

(そういう事よ愛衣。これでは魔法の矢などを使った低位魔法での牽制は意味が無いわ。貴女は中位以上の魔法を打ち込める機を伺う事に集中して。私がソレら牽制を全面的に引き受けるから)

(…っ、はい、お姉様!)

 

 高音は、残った使い魔たちをイリヤに差し向けながら念話でそう妹分を指示し、自分は持ち得る最大の手札を切る。

 その魔法の特性上、衣服の上からでは得られる効果は落ちるが―――脱ぎ捨てる時間など無いのだから仕方が無い。

 高音は意識を…それを扱う為に瞼を一瞬閉じ、開くと同時にソレが自分の意に応えて背後に現れたのを知覚した。

 自身の身の丈よりも二回りか三回りほど大きい使い魔が召喚され、同時に纏う衣服がドレスのような物に変化する。

 

 操影術による近接戦闘最強奥義『黒衣の夜想曲』。

 背後に付き添う大型使い魔の直接的な援護を受けられ、その膂力と敏捷性をも自身の身体能力に付与する非常に高度な魔法だ。

 加えて言えば、操影術自体をよりフルスペックに扱えるようになる。

 

 更に自身が抜かれた場合も考えて愛衣にも制服の上から『影の鎧』を被せてその衣服を黒く染める。愛衣の近接戦闘力を考慮してもそれが何処まで有効か、正直疑問だが……やらないよりかはマシだろう。

 

 それ程までに今相手にしている少女は尋常でないのだ。

 

 未だ余裕を持って使い魔達を相手にし、今も欠けた使い魔の補充も兼ねてイリヤの直ぐ傍…足元に在る木陰から不意を打つように死角を狙って複数の使い魔を呼び出し、同時に攻撃を仕掛けさせた……にも拘らず、彼女は予期したかのように鮮やかに捌き、躱されてしまった。

 

「くっ…」

 

 思わず高音は呻く。悔しさの混じった声で―――だから全力を持って挑む。

 

「―――『百の影槍』!!」

 

 高音が叫んだ瞬間、背後の使い魔から鞭の如く無数の黒い影が伸びる、文字通りそれは百にも到達し…或いは超える影の槍だ。

 それを変幻自在に操り、様々な角度と方角からイリヤへと向ける。魔法の矢や銃弾と変わらぬ速度を持って、今も彼女を囲み攻撃を仕掛ける自身の使い魔達に当てぬように掻い潜らせ―――。

 

 その攻撃にイリヤは驚きの表情を浮かべ―――それを見、高音は思わず笑みを浮かべた……が。

 クスリとイリヤは一瞬で表情を驚きから楽しそうな笑みに変え、

 

「フッ―――!」

 

 影槍を躱しながら先と同様、瞬く間に無数の使い魔を切り裂いて行き―――次の瞬間、高音の背後からこれまた先と同様に赤い閃光がイリヤに向けて奔り、彼女は余裕を持ってそれを避ける。その動きを封じんとする高音の百を超える影の槍に晒されながらも…。

 そんな余裕な……楽しそうな笑みを浮かべる彼女を見て、

 

「―――ッ!」

 

 ギリィッと耳障りな音が高音の耳に入った。

 それは考えるまでも無く自分が歯軋りした音だった。どうやら自分でも気づかぬ内に顎に力が入っていたらしい。

 そんな自分に高音は恥じ入る物を感じたが、この湧き上がる不愉快な感情―――悔しさを始めとした負の念を否定できなかった。

 イリヤスフィールという少女の実力は間違いなく本物だ。自分の持ち得る最大の攻撃をああもアッサリと躱したのだから……だから、それは認めるしかない。

 

 けれど、けれど―――

 

 湧き上がる感情の中で彼女―――高音は思う。理不尽な現実に対する憤りを。

 

 

 

 高音・D・グッドマンは魔法世界に在る“本国”で生まれた。

 幼少の頃から魔法を隠す必要のない社会(せけん)で育ち、何ら気に留める事もなく魔法の存在を当然と受け止め、当然のように触れてその神秘なる御業を学んできた。

 彼女自身が裕福な良家の生まれという事もあるが、その学習環境は現実世界に在る魔法学校などよりも充実したものでエリート候補と呼んでも差し支えないほど恵まれたものだ。

 物心付く以前から“偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)”の資格を持つ人物から英才教育を……しかも一人の人間から学ぶのでは偏りが出来るとして、複数のそれら優秀な魔法使いから受けて来た。

 それ程までの環境が用意されたのは、家の方針という事もあっただろうが、高音が並の魔法使いよりも優れた資質を持ち、更に影属性という稀有なものに高い適性があり、将来が期待されたからだ。

 高音自身もその期待に応え、教育の成果を示して()()魔法学校で常に優秀な成績を修め続け、ついには首席での卒業を果たした。

 ネギなどの田舎とは違い、多くの生徒が通い犇めく“本国”に在る一流の学校を…だ。

 だから自負が在った。

 

 自分が優れた資質を持ち、優秀である事に。それをより良く育める恵まれた環境にあった事に。

 そしてそれに胡坐を掻かず常に努力してきた事に。

 

 この修行の地である麻帆良に来てからもそうだ。

 “本国”出身で、首席で卒業したエリート候補だという事を鼻に掛けず、見習いとして謙虚に与えられる課題と訓練や任務に励んできた。

 優れた先達の方々を敬い。愛衣や萌といった後輩たちの良い手本となるように心掛けても来た。

 

 そう、だからこそ自負以上に自信も在った。

 

 自分の優れた才覚と研鑽の成果に。修行中の見習いであっても正規の魔法使いと同等の働きが出来ると。愛衣という可愛い後輩…修行中の相棒(パートナー)である彼女も並以上に優秀だ。

 だからいずれは、自分のその才覚と成果が認められ、愛衣という優れた相棒と共に―――見習いの中でも群を抜いて優秀な自分達に正規の任務が与えられて、一任されるだろうという期待が在った。

 しかし、そんな淡い期待は修業期間の終了が迫った今と成っても訪れる事は無かった。

 

 やはり見習いの身では仕方ないとも思ったが、それでも秘めた自信から諦め切れず……期待を残し、また協会への不満が少しずつであるが芽生えていた。

 

 他の見習い達よりも頭を二つ三つ抜いた実力を持ち、修行で成果を出す自分達を正当に評価してくれていないのではないか? 或いは他の見習い達と全く変わらない評価なのでは? 

 

 などと。

 他にも、新任の正規の魔法使いが任務先で失態を犯せば、あのような見習いの域を出ない者よりも、自分達に任せてくれた方が余程上手く熟せるというのに…とさえ内心で罵った事もある。

 それでも見習いという身を弁えて表に出す事も無く、高音はずっと堪えていた。

 

 そんな時だ。愛衣の友人と成ったイリヤなる後輩と思わしき幼い少女が、京都で起こった重大な事件の解決に貢献したという噂を耳にしたのは。

 最初は性質の悪い噂だと思った。自分は話した事も無いがその姿は見掛けていたのだ。

 愛衣よりもずっと小さい御伽噺にでも出てきそうなお姫様か妖精のような少女の姿を。

 そんな虫も殺しそうにない可憐な子が、危機に陥った西の本山に乗り込んだ、というのは……本当に性質の悪い噂だった。

 

 ―――尊敬する麻帆良の先達の話を聞き、事実であるらしいと知るまでは。

 

 以来この数日間、高音の中には燻り続けるものがあった。

 それを確かめる為に彼女はイリヤの下を尋ねた。勿論、愛衣の為でもある事に偽りは無い……少なくとも彼女自身はそう思っていた。

 そして、噂の根源である白い少女……イリヤと対面し話をして―――その燻ったものに火が付いた。

 

 自分と同じ名のある魔法使いの家柄で。恐らく同じく素質に恵まれ、高度な教育を受けたであろう彼女。

 

 その幼さと家柄の格式以外は自分と何ら変わり無さそうなイリヤスフィールという少女。

 

 自分よりも幼い事から見習いの身である筈…いや、そうでなければおかしいその少女が……―――学園の、麻帆良の、協会の信任を受けている現実。

 

 京都での緊急性を要した事件以外にも今、麻帆良に普及しつつある全く新しいアミュレットの製作者…つまり関東魔法協会御用達の魔法鍛冶に抜擢されたらしい事。

 

 自分と似たような立場でありながらも、自分と違って任務を託されて確かな業務を任される彼女。しかも自分よりもずっと幼い子供であるのに……。

 そう、ずっと年上で見習いとして努力してきた自分が認められない事を、ほんの少し前に麻帆良に預けられた年下の彼女が成し遂げ、認められているのだ。

 

 ―――これを理不尽と言わず何と言うのか。

 

 そうして火が付いた感情のまま、高音はイリヤを問い詰め。答えない彼女に更に火が燃え盛り、勝負を挑んだのであった。

 

 それは要するに認められているイリヤへの嫉妬でもあり、認めてくれない協会への不満でもあり、八つ当たりだった。

 これはこれで八つ当たりされたイリヤには、理不尽で迷惑な話ではあったが、高音はそんな自分の非も自覚していた。それが判らないほど彼女は良識の無い人間では無い……しかしそれでも燃え盛ったその感情は止められなかったのだ。

 

 いや―――或いはこの少女に挑み勝てれば……もしくは勝てなくとも善戦出来さえすれば、自分も認められるのではないか? 

 

 そんな甘い思考と誘惑も在ったのかも知れない。

 

 

 

 イリヤは、そんな高音の心情をある程度は察していた。

 しかし、それをただの嫉妬だの、八つ当たりなのだと悪し様に断じる積りは無かった。

 それは理解出来なくも無いという共感的なものであるし、この年頃の少年少女が持つ特有の情緒の揺らぎなのだと考えているからだ。

 そう、誰にしろ悩みを抱えて深みに嵌まる事はある。特に若い内はそうだろう。

 またこうして悩み、行動に打って出たのも、それだけ熱心にその道に歩んでいるという証明であり、魔法使いとして強い自覚と誇りを持つ故なのだと裏返して見る事も出来る。

 イリヤとしては、高音のその思いを断じるよりも、むしろ評価しても良いとさえ考えていた。

 

 まあ、感情に任せた直情的な部分はどうしようもない欠点だとも思ったが。

 

 

 

 轟ッ!と。三度目の『紅い焔』がイリヤが先程まで居た場所を焼き―――ただし、派手に見えても出力は模擬戦という事もあって抑えられており、障壁を随時展開している魔法使いならば、直撃を受けても少し熱い程度で済むそれを見て、そろそろ締め時かなとイリヤは考える。

 それを放った愛衣には、一度も掠りすらしない事実から諦観の表情が見え。高音も焦りからか攻撃にむらが生じて自身もジリジリと前に出て来ており、現状のスタンスを崩して中衛から前衛に飛び出しかねない様子だ。

 イリヤの圧倒的過ぎる戦力に二人とも打開策が見えないのだ。

 そう見えた事からもイリヤは決断し、

 

「―――え?」

 

 と、目の前で呆然とする愛衣の腹へ掌底を伸ばし、

 

「ごふっ…!?」

 

 ドスンッと、重い音と共に障壁と影の防護越しに伝わった激しい衝撃に彼女は呻いて倒れ伏す。

 

「愛衣っ!?」

 

 数秒遅れて高音がそちらに振り向き、直前まで前衛に居た筈のイリヤの姿をそこに捉え、後衛の相方が倒れた事に気付いた。

 今のイリヤの視点から高音の背後―――つまり前衛に居た影の使い魔たちの身体が2つ3つに分かれ、バラバラと黒い霞に成って霧散するのが見える。当然、イリヤが愛衣を倒す前に切り伏せたのだ。

 目で捉えるより…或いは脳が認識するより早くそれを成し、自分の脇を抜けて愛衣を倒したという末恐ろしい事実を理解したらしく。高音の顔色は青くなってその表情が引き攣った。

 それでも彼女は、思考を硬直させず影槍を伸ばしてイリヤを討たんとし、

 

「ハ―――」

 

 それをさせまいとイリヤは瞬動で一挙に接近して刀を振り払った―――が、

 

「…ッ!―――ふっ…この『黒衣の夜想曲』は、その程度の斬撃では簡単に破れません」

 

 冷や汗を流しながらもそう言う高音の言葉通り、イリヤの打ち込んだ太刀は影の自動防御によって阻まれていた。空かさず高音はこの至近での機会を逃すまいといった感じで大型使い魔に攻撃をさせつつ、百を超える影槍も浴びせに掛かり、

 

「む―――!」

「なっ!?」

 

 全方位ほぼ同時、その背にさえ回って突き刺さんとした影槍も含めて凄まじい速度で放たれた高音の攻撃を、イリヤは全て刀一本で防ぎ、高音はその鉄壁な剣捌きに驚愕する―――しかし、彼女にはそんな間さえ与えないと言わんばかりにイリヤは、高音の攻撃を凌ぐと防御から攻撃へと切り替える。

 

「っ―――!? くううう!!!」

 

 防御で示した剣捌きが攻撃でも示され、高音は防御に集中せざるを得なくなる。自動防御だけでは対応できない程の速度で繰り出される連撃。

 使い魔との意識の同調を高め、その連続した斬撃を捉えようと、防ごうとする―――が、

 

「あ、―――うぐっ!!」

 

 使い魔十数体に加え、百を超えんとした影槍に対応し続けた剣撃と体捌きに付いて行ける筈も無く。胴に一撃を貰って彼女も愛衣と同じく地に伏す事と成った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「―――ここは…?」

 

 気付くと夕暮れで赤く染まった空が見え、彼女は自分が野外で仰向けに倒れている事実を認識した。

 何故? と思う間も無く。眼を覚ました彼女に気付いた誰かの声が耳に入った。

 

「お姉様…」

 

 普段から良く耳にしている声に彼女―――高音は上体を起こして声の方へ視線を向ける。

 そこには足を抱えて地面に座る妹分が気落ちした表情で自分を見ていた。

 そんな愛衣の様子に高音は眼を覚ます前の事を思い出した。

 イリヤという少女に模擬戦を挑み。善戦どころかただ一撃も浴びせる事が出来ず―――

 

「私達は…私は……負けたのですね」

「…はい」

 

 高音の言葉に愛衣は頷き、高音は視線を逸らし……いや、愛衣から顔を背けてその表情を隠した。

 

「……うっ…く」

 

 声が漏れて慌てて口を押える。自分を慕う妹分には見せたくなかったし、気付かれたくも無かった。けど―――

 

「……くう……う、うう…」

 

 どうしようもなく目元が熱くなり、そこから流れ出る滴を止めることも、情けなく漏れ出る声も抑えることは出来なかった。

 

 悔しい、悔しい、とても悔しい。

 これまでの自分は何だったのか?

 才能があると持て囃され、許される限りの教育環境が整えられ、幾人もの優れた先達から多くを学んだ。

 それを無駄にすまいと常に全力を尽くして、それら家庭教師や魔法学校の出す課題を優れた成績で修め。多くの生徒が通い、優れた才覚を持つ同級生が居並ぶ一流の魔法学校を、それら幾人もの才能ある同年代の少年少女を抑え、首席を勝ち取って卒業した。

 そして麻帆良に独り来てからも決してそれに驕らず心構え、それまで以上に力を入れて修行に努めて来た。

 

 なのに、なのに―――

 

 自分よりもずっと幼い少女に全く及ばなかった。敵わなかった。

 全力を尽くしたにも拘らず、文字通り正面から完全に打ち砕かれた。

 協会や“本国”に勤めるような正規の魔法使い相手ならばともかく、同じ見習いという立場であり、おそらく自分と似た境遇であった筈なのに、どうしてこんなにも差が在るのか? 或いは出たのか?

 

 悔しくて、判らなくて、打ちひしがれて―――ただ、ただその現実に高音は涙を流し、声を押し殺して泣く事しか出来なかった。

 

「……お姉様…」

 

 愛衣はひたすら声を押し殺して涙を流す尊敬する姉貴分に何か言う事も、何もする事も出来ずそう呟くしかなかった。

 そして先程まで此処に居た、あの恐ろしいまでの圧倒的な力を見せ付けた幼い友達の事を思い返す。

 イリヤは言った。

 

『きっとタカネは泣くだろうから、私は此処から消えるわ。此処に残ったままだと彼女は泣けないと思うし……メイ、ごめんね』

 

 彼女の言った通り高音は泣いている。聞いた時は想像も出来なかった。これまでもお姉様が泣くなんて考えた事も無かった。

 でも、気持ちは判らなくもなかった。自分も悔しいのだから…けど、自分はそれ程でも無い。大きなショックは無い。

 それはきっと尊敬するお姉様と背負っているモノが違うからだ。

 

 そう愛衣は思った。

 

 彼女は修業中の期間だけとはいえ、一応高音のパートナーなのだ。当然、高音が“本国”でも名のある家の出だという事情は知っている。

 勿論、その背負ったモノがどれ程重いものであるのかまでは知らないし、魔法使いである事以外は平凡な家庭で育った愛衣には理解できない……が、漫然となら判らなくはない。

 それは本当に何となくという想像でしかなく、言葉にも出来ないような―――麻帆良に来てからずっと高音の傍に居て、その努力してきた姿を見続けていたから感じる勘のようなものだ。

 そう、自分も含めて愛衣が知る見習いの中では、誰よりも一途で懸命で、心から人々の為に成る“偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)”目指す、そんな高音の頑張る姿を見て来たから。

 だから、この尊敬する年上の少女が受けた衝撃の大きさを愛衣は、漫然と感じていた。

 

 このように愛衣があの怖いほどの力を示した白い少女に対し、比較的小さな衝撃を抱く程度で済んでいるのは、このような高音への心配と背負うモノが無い分、素直に感心出来るからである…が、何よりもそうさせているのは、そう思える愛衣自身の善良且つ純真な人柄の賜物であろう。

 

 ―――またイリヤを“友達”として受け入れているからでもある。

 

 それは、イリヤが此処から立ち去る時の事だ。

 

『…あ、あのイリヤちゃん』

『ん?』

『えっと、あの…その―――また模擬戦してくれるかな?』

『え? うーん…いいわよ。メイとタカネに、メグミだけならね』

 

 本当は別の事を―――私達、友達だよね?と―――言いたかったんだけど、つい言い難くて模擬戦をして欲しいなんて。後から考えたら随分と図々しい事だったけど、イリヤちゃんは少し考えるだけで良いと言ってくれた。

 でも、それよりも、

 

 ―――萌さんのことも忘れずに言った。

 

 つまりイリヤちゃんの中では、自分も含めてそう認識してくれているのだ―――きっと友達…だって。

 

 その事実に愛衣は、嬉しさを覚えると共に隔意を覚えていた自分を改められそうだと感じていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「高音さん、やっぱり泣いているようでしたよ」

「そっか……悪いわね、覗きなんてさせて」

「いえ、私も少し心配でしたし」

 

 工房への帰り、途中立ち寄ったカフェテラスでイリヤはさよと話をしていた。

 当然、さよの姿は見えないので一人でしゃべっているように見えるが、そこは無通話状態の携帯を耳に当てて誤魔化している。

 魔術を使っても良いのだが、何でもそれで対応すれば良いという訳では無い。使わずに済む方法があるのであれば、その方法を取るべきだろう。

 

「あの人、大丈夫かな。随分と落ち込んでいるような感じだったけど」

 

 誰とも言うなしといった感じでさよが言う。

 そこはイリヤとしても心配な所ではあるが、自分の事も含めて色々と溜め込んでいるように思えた高音を鑑みれば、遅かれ早かれこういった事は起きたと見ていた。後は彼女自身で解決…乗り越えなくては成らない問題だ。

 唯一懸念すべきは、これがネギとの関わりにどう影響するかだ。

 

「ま、成るようにしかならないわ」

 

 そうイリヤは、さよの言葉と抱いた懸念に対して口にした。

 多少無責任かも知れないが、やはりアレは高音自身の問題なのだ。

 それに傍には愛衣という優しい相棒もいる。まあ…それでも折を見て様子を見るなり、明石教授辺りに相談しておくべきかな、ともイリヤは思ったが。抱いた懸念は、それほど大事に関わるとも思えないので深く心配する必要は無いだろう……―――少なくともこの時はそう思っていた。

 ならば、そんな事よりも、

 

「それよりも、帰ったら実験の続きよサヨ」

「あ、はい。頑張ります」

 

 今は他にやるべき事があり、イリヤはさよに声を掛けて席を立ち、カフェテラスを後にして工房へ足を向けた。

 

 

 




ライダーのカードが使えないのに、あらすじに与えられた七騎とある件。

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