麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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この回は文章量が多かったので2つに分けてます。その方が修正の為のチェックも楽なので。


第11話―――穏当ならざるバカンス 前編

 

 見上げれば、そこに在るのは果て無き青い空。輝く暑い太陽。流れる白い雲。周囲を見渡せば、白い砂浜と青い海が広がり、彼方には何処までも続く地平線。ここはまさに南国の楽園…!

 

 

 そんなありふれた安っぽいフレーズがイリヤの脳裏に浮かぶ。

 そう、彼女は何故か南国……といっても国内にある南の島だが、あやかの実家が経営する雪広グループのリゾート施設を訪れていた。

 

「いや…ほんとう。どうしてなんだろう?」

 

 昨晩まで確かに工房に居た筈なのだ。

 それがなんで? とイリヤは海を目の前にして首を傾げるばかりだった―――が、結論から言えば、拉致されたからだ。

 

「…………」

 

 イリヤは目の前の光景から視線を逸らし、無言で後ろを振り返った。

 

「♪~~」

「………………」

 

 そこにはニコニコと上機嫌な表情を見せる木乃香と、申し訳なさそうに顔を俯かせる刹那が居た。

 

 

 彼女達は昨晩工房を訪れ、遅まきながらも工房の開店祝いと称して、豪勢な料理が詰まった4段重ねの重箱を2つ持って来た。

 イリヤは事前の約束も連絡も無く。突然訪問した二人に驚いたものの歓迎した。

 そしてさよと合わせた彼女たち四人は夕食時だった事もあって―――幽霊のさよは当然食べられないが―――重箱の料理へ箸を伸ばしながら歓談に興じた。

 

 ―――のだが、

 

 重箱と同じく差し入れに、木乃香が持って来た玉露を彼女が勧めるままに食後の一服としてイリヤは美味しく頂き……幾秒ほどして、何故か急に瞼が重くなり―――ニヤリ、とらしくない不敵な笑みを浮かべる木乃香の顔を見たのを最後に……その意識が途絶えた。

 

「――――――」

 

 イリヤはそれら昨晩の出来事を思い出し、恐らく主犯であろう木乃香を半眼で見詰める。

 口には出さないがその目は明らかに、どういうつもり? と問い掛けていた。

 その無言の圧力と剣呑さは刹那さえ一歩引いてしまう程で「事と次第によってはただじゃすませねえ」とも言いかねない雰囲気があった。

 友人と信頼する相手に薬なんぞ盛られたのだから当然の反応だろう。

 しかし、木乃香は一向に悪びれる様子は無く。

 

「いや~、イリヤちゃん。ここん所、疲れとるんやないかなぁ~と思うて」

「お、お嬢様…」

 

 朗らかな笑顔のままあっけらかんとそう言う木乃香に刹那が焦り、その彼女とイリヤの間でチラチラと視線を往復させる。

 そんな木乃香にイリヤはムッとした表情を見せる。

 

「だからって随分強引じゃない」

 

 イリヤは怒りを隠さずに木乃香を睨むが、彼女はそれにも動じず、

 

「こうでもせんと、此処へ連れて来れへんと思うたから。実際イリヤちゃん、昨日も誘ったのに全然乗り気や無かったやん」

 

 笑顔のまま…されど何処か真剣に木乃香は答える。

 

「それにこの3日程は殆ど姿を見せへんで、せっちゃん達との稽古にも顔を出してないんやろ?……これも昨日言うたよね」

「それは…」

 

 笑顔で穏やかなのに何処となく責めるかのような……独特の気配とその口調にイリヤは戸惑いを覚え、抱いていた怒りを思わず消沈させてしまう。

 

「イリヤちゃんが大変だと思う気持ちは判るけど、少し根を詰め過ぎやない?」

 

 イリヤは木乃香の言葉を受け、僅かに黙考すると一つ溜息を吐いた。

 木乃香の指摘通りだと思ったからだ。工房を開いてから忙しさを理由にしてずっとそこへ籠っていたが、そこには焦りがあるからかも知れないと感じたのだ。

 そう、確かにイリヤは恐れている。あのアイリの手によって―――黒化英霊によってネギ達が犠牲に成り、麻帆良の人々にも危害が及ぶことを。

 だから、工房で研究と製作に勤しんでいる訳なのだが……木乃香に指摘され、改めてその事に思い巡らせると。胸の底で何処か重く冷たい氷の塊ようなものが圧し掛かる感じを覚え、その恐れがより大きくなった気がした。

 

 ―――どうも自分は考えている以上に、その想像する最悪の事態が訪れる事に恐怖しているらしい。

 

 そうイリヤは、今更ながら自分の中に焦りがある事に気が付かされた。同時に全身に怠い重みがある事にも気付き、疲労が蓄積している事を自覚する。

 

「はぁ…」

 

 思わずまた溜息が出た。

 指摘されてこうして工房を離れるまで、そんな自分の精神状態と肉体の疲労に気付けなかった自分に呆れたのだ。

 

(……確かに根を詰め過ぎていたのかもね)

 

 イリヤは反省するかのようにそう内心で呟く。

 

「ありがとうコノカ。気を使ってくれて―――ただ、薬を盛ったことには思う所が無い訳ではないけど…」

 

 気に掛けてくれた木乃香へお礼を言いつつもジロリと彼女を見据える。

 木乃香はそれに嬉しそうに頷きながらも、今度は素直に頭を下げた。

 

「ふふ、ゴメンな。もうせえへんから堪忍な」

 

 その謝罪にイリヤは「当たり前よ!」と応じてムッとした顔を再び覗かせたが、木乃香は嬉しそうな顔を崩さなかった。

 木乃香としては、根を詰めて無理をしようとするイリヤがそれを改めてくれれば良く。この休日を楽しんでさえくれれば満足なのだ。

 そうなってくれるのであれば、このように怒りを向けられるくらいの事は甘受する積りだ。

 イリヤにしても木乃香の行動が自分を思っての事だと理解しているので、それ以上は責めなかった……が、少し気に掛かる事が在り、それを尋ねた。

 

 

「……そういえば、人形(あのこ)達はどうしたの? 私の命令以外は基本的に聞かない筈だけど」

「ん? そうでもなかったよ。疲れているイリヤちゃんを休ませるためやって説明したら納得して、むしろイリヤちゃんの着替えを用意してくれたりと、進んで協力してくれたえ」

「……まったく、あの子達は…」

 

 木乃香のその意外な返答に、イリヤは主人(マスター)に忠誠を尽くし、その主の身を尊重する命無きメイド達に呆れるか、感謝すべきかどっちとも付かない念を覚えた。

 

 

 刹那は、大事な幼馴染である木乃香と、敬意を払うべき由緒ある異世界の魔術師であるイリヤの二人が穏やかな会話を始めたのを見て、ホッと安堵の息を吐いた。

 木乃香の“共犯者”となった彼女ではあったが、流石に薬を使ってまでイリヤをこの南の島へ連れて来るのはやり過ぎだと思っていたからだ。

 しかし一方で、そうまでした木乃香の思いもまた理解していた。

 “先日の一件”……といってもほんの3日ほど前だが、それ以来まともに話も出来ず、工房へ引き籠ったまま姿を見せないイリヤの事は非常に気掛かりで、少し心配だったのだ。

 

(―――そうだ。あのようなとんでもない話を聞かされたのだから……)

 

 と、刹那は思う。

 それでも昨日まで訪ねなかったのは、忙しいらしいという話を学園長から耳にし、理由も無しに工房で作業しているイリヤの下を訪問するのは失礼になると抵抗を感じていたからだ。

 だが、そこに昨日……南の島へのバカンスにイリヤを誘う、という口実に成りそうな材料を得られ。丁度、木乃香も開店祝いという口実(いいわけ)を―――重箱の料理という形で―――作っていた事もあり、刹那達はイリヤの所へ足を運ぶ事と成った。

 しかしその自分達の誘いに対して、イリヤは全くと言って良いほど興味を示さなかった。

 

『私はやる事があるから行けないわ。貴女達は楽しんで来てね』

 

 そうやんわりと言いながらも、何処か他人事のように彼女は即答したのだ。

 刹那はそんなイリヤの態度に僅かながら腹立たしい感情を覚えた。おそらく木乃香も同様だろう。

 だから、木乃香はあのような暴挙とも言うべき行動へ打って出たのだ。

 

 ―――工房(ここ)に居る限り、どんなに言葉を尽くしても、例え納得させたとしても、イリヤはきっと何かしら理由を付けて自分達の誘いに乗らない。

 

 お茶を口にした途端、意識を失っ―――…眠りに落ちたイリヤに驚く刹那に、そのように木乃香は語った。

 その言葉に刹那は先の苛立っていた感情もあって共感を覚え。木乃香の犯した暴挙も一時忘れて……大事なお嬢様に命じられるまま、大型のボストンバックを調達し、薬で眠るイリヤをそれに詰め込み。

 工房から運び出して、日が沈んで人気のない麻帆良の市街を誰にも見つからないように抜けた訳である……が、こうして思い返すと自分のしていた事が犯罪的に―――いや、客観的にどう見ても犯罪者……幼女誘拐犯にしか見えない事実に深い後悔の念とイリヤへの申し訳無さが出て来てしまう。

 

 そんな後悔と謝意の感情でいっぱいには成るのだが、今蒸し返すのは何と無く気まずくなりそうなので、取り敢えず刹那は共犯者と成った事を心の内で謝って置いた。

 

(本当、すみませんでした。イリヤさん)

 

 と。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 多少…いや、かなり強引な招待ではあったが、せっかくの木乃香の気遣いや好意を無碍にしない為にも、イリヤは抱いた怒りを完全に忘れる事にしてこの南の島でのバカンスを楽しむことにした。

 ちなみにさよは憑いて来ていない。もう数日ほど時間が在れば、麻帆良の外へ出しても良かったのだが……それは本人もイリヤの助手として自覚していたので、泣く泣くイリヤを見送ったらしい。

 

(帰りに何かお土産を用意しないといけないわね)

 

 イリヤはそんな助手として自覚を持ち、自分の信頼に応えようとする健気なさよの事を思いながら、風に乗って潮の匂いが運ばれる白く輝く砂浜に足跡を残した。

 

 

 

「よくよく考えると“わたし”って海初めてなのよね。泳ぐのも随分と久しぶりのような気がするし…」

 

 故郷たるアインツベルンの土地や聖杯戦争中は元より。あの“四日間”の記憶でもせいぜいプールだったし……季節柄、海で泳ぐのは無理だったからか、そんな“日常の断片”も生まれなかったみたいね。

 そんな事を考えながら、イリヤは初めて見る南国の美しい海を泳いで堪能する。

 なおその彼女が着込む水着は、古式ゆかしい伝統のスクール水着である。

 それに、なんとなく意図的な思惑を感じなくも無いイリヤであったが、木乃香と刹那も同様なので深く考えないようにする。

 そうして濁りが全く見えない透明度の高い海を、水中を進む魚と戯れるように泳いでいると。

 

「イリヤちゃん。泳ぐの上手やなぁ、まるで人魚様みたいや!」

「ええ! とても見事で素晴らしいです。お嬢様の仰られるとおり、人魚の如く水中にいる事が当然なのだと、思わずそう錯覚してしまいそうです…!」

 

 傍で泳ぐ木乃香と刹那の二人に絶賛される。

 

「ふふ…ありがとう。少し過大な評価だと思うけど、泳ぎには自信があるからやっぱり褒められると嬉しいわね。でもそういう二人こそ中々上手じゃない」

「ええ、まあ…」

「ふふ、…昔ちょっとあったからなぁ。水泳は結構頑張ったんよ」

 

 照れながらも素直に賞賛を受け止めるイリヤの返事に、刹那と木乃香は懐かしそうに頷いた。

 イリヤもそんな二人に、ああ、幼い頃に溺れた事があったんだっけ、と。原作のエピソードを思い出して納得する。

 そう他愛も無い会話をしつつも三人は、一緒に居るもう一人…心此処に在らずといった様子の明日菜に気付かれないように視線を送る。

 

「―――………」

 

 明日菜は今の会話も余り耳に入ってないようで、ただ黙々と泳いでおり、何となくイリヤ達と一緒に居るといった感じだ。

 その様子や先程見掛けたネギへの態度を鑑みるに、原作通りこの三日程を…いや、今日で四日となる間。ネギとまともに会話をしていないようであった。

 元から大した問題で無いという事もあって、この件には関わらないとイリヤは決めていたものの―――それもあって工房に篭もって居たのだが―――友人がこうも不機嫌そうな姿でいると、やっぱり口の一つや二つ出したくなってくる。

 

「アスナ、茶々丸から話を聞いて訳は察したわ。貴女が怒るのも判るけど、ネギは確りしていてもまだ10歳の子供なんだから、言葉が足りない事もあるわよ。ネギもそんな積もりで―――」

「判ってるわよ! ……でも、私の勝手でしょ!」

 

 出したくなるのでつい言ってしまったが、取り付く島も無い。

 原作同様にネギに「関係ない」と言われて、明日菜がカチンと来たのは今言ったように知っている。

 イリヤは気付かれないように微かに溜息を付いて、やっぱりもう少し冷却期間が必要かぁ、と静かに呟いた。

 木乃香と刹那も一様に仕方が無いといった感じで、少し困った表情を浮かべていた。

 

 

 

「アスナさん! アスナさーん!!」

 

 場の雰囲気が悪くなった事もあってか、一時休憩を取ろうと海から出ると、長く伸びた金髪と今日はまた水着ゆえか、均整の整ったプロポーションがより印象的となった美貌の少女―――あやかが明日菜の名を大声で呼びながらイリヤ達の所へ駆けて来た。

 

「た、た、大変ですわ! ネギ先生が深みで足を取られて! 今度は本当に溺れてしまってっっっ!!」

 

 焦燥に駆られた表情で息荒げに告げるあやか。

 

「「…っ!」」

「―――!?」

 

 木乃香と刹那は驚き。明日菜は言葉を聞くなり顔を青くし―――その次の瞬間、明日菜は一気に駆け出した。直感的にあやかが駆けて来た方へ向かって。

 その一目散な姿にあやかも慌てて案内する為にその後を追う。

 当然、心配した木乃香と刹那もそれに続くが…多分これも原作と同じだろうと、あやかの演技を冷静に見抜いたイリヤは、落ち着いた足取りでゆっくりとその方向へ歩いて行った。

 

 

 

 ドンと地面が微かに揺れたのを感じると同時に、ザァァァとけたたましい水飛沫の音が辺りに鳴り響いた。

 イリヤがそこに到着して目にしたのは、明日菜の一太刀によって浅瀬の海が割られた瞬間だった。

 

「サメ、なんかーーー!!」

「う、海が割れたーーーっ!!?」

 

 明日菜の雄叫びと、朝倉 和美の驚愕の叫び声が耳に入る中、イリヤは、

 

「あ、なるほどこれが咸卦法……なんだ」

 

 小さく呟き、知覚した“力”の奔流にこの時点で明日菜の潜在能力が覚醒しつつあるのを感じていた。

 一部を除き、そんな余りにも不可解な現象に皆が呆然とする中で、明日菜は直ぐにネギの下へ駆け寄ってその無事を確かめようと―――直後、視界にサメの着ぐるみと一緒にその内臓の人であった古 菲と村上 夏美の姿が入る。

 

「へ―――?」

「え―――?」

 

 ネギと明日菜の口から間の抜けた声が漏れて―――同様の何かが抜けたポカンとした空気が辺りに漂ったが、

 

「―――これは……どーゆーことかしらねえ……」

 

 そう間を置かずに、明日菜の必死に何かを堪えるような声がこの場に集まった皆の耳に入った。

 

「いえっ、これは…あのっ」

「違いますのよ、アスナさん。これは、そのっ…!」

 

 それを怒りだと感じたあやかとネギは弁明しようとするが、原作を知るが故にイリヤは気付いた。

 

「このクソガキッ…!」

 

 振り向いた明日菜は腕を振り上げ、ネギの頬を打とうとし。ネギは来るであろう平手打ちに身構えたが―――その手は振り抜く前から勢いを失い……弱々しくぺチンとネギの頬を軽く鳴らすだけだった。

 

「?」

「……こんな……イタズラして…ホントにっ……心配する、じゃない…バカ……」

 

 不思議そうに顔を上げるネギに、涙を流して嗚咽を漏らすような声で明日菜は言い。

 その涙に動揺したネギは、結局…バカッ!!と、罵声と共に頭に拳を喰らってその場に倒れ伏した。

 

 それを見てイリヤは思う。

 

 怒りも勿論あったんだろうけど、明日菜がそれ以上に胸中で懐き堪えたのは、騙すような(あやかと千鶴の発案であるが)真似をしてまで自分と仲直りしようとしたネギへの、悔しさと呆れ…そして喜びや嬉しさを含めた諸々の“想い”なのではないか、と。

 それら感情がネギの無事を確認した安堵と共にオーバーフロー気味となり、その負荷を処理する為に涙となって流れた。

 要は、それほどネギに抱く感情が強く。彼が大切だからそうなったという事だ。

 しかし、

 

「な、泣いてましたか? 明日菜さん」

「ああああ?」

「やっぱり、少しやり過ぎたでしょうか?」

「ススス、スミマセン。ネギセンセイ……」

 

 この場に居る殆どの人間はそれに気付いていないようだった。

 イリヤはそんな疎さを見せる周囲に若干呆れたものの、ネギと明日菜の間に在る絆の強さを確信し、

 

「やっぱり心配はいらないわね」

 

 そう、独り静かに呟いた。

 ただその呟きは、周囲の騒がしさに掻き消されてイリヤ自身以外には、誰にも届かなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 陽射しが高まるお昼時。

 太陽が燦々と輝きを強める中、その空の下では対照的に暗い黄昏を醸し作っている一人の少年が居た。

 3-A貸切となったリゾート施設で従業員以外に少年というべき存在はたった一人であり、それは言わずと知れた担任のネギ・スプリングフィールドであった。

 彼は、ビーチに張り巡らされた桟橋の一角で沈んだ表情を俯かせ、膝を抱えて座っていた。

 いわゆる体育座りの状態だ。

 

 仲直りに失敗して完全に落ち込んでしまったそんなネギの姿に、あやかを筆頭にどう声を掛けるべきか悩む女生徒の面々……だったが、

 

「―――どうか、どうかなにとぞ」

「………」

 

 イリヤはそれらを尻目に、この目の前の恐れを知らないフェレット…でははない淫獣にどうお仕置きをすべきか考えていた。

 

 

 ―――凡そ十分前。

 

「!?…―――こ、これは! す、スク水!? イ、イリヤお嬢様の…! ローティン小学生のスクール水着姿だとっぉ!!? くっ…! このか姉さんや刹那姉さんのも良かったが! やっぱりマジもんのローティン美少女のこの素晴らしさには敵わねぇ! この日本でとうとう本物のこの(エロス)を拝める時が来るとは!!」

 

 くわっ!と小さな目を見開いてイリヤの姿を凝視するなり、そう叫んだのはオコジョの妖精ことアルベール・カモミールである。

 ネギの使い魔である彼は、この世に突如舞い降りた女神の姿にまさに至福の喜びを噛み締めている最中であった。

 しかし、彼はその(エロス)とやらを体現する女神こと……イリヤの蟀谷が、ピクピクと痙攣している事に当然の如く気付いていなかった。

 思わぬ眼福に、ヒャッハー! ムハハッ!! と興奮がうなぎ登りな状態の彼には、彼女が笑顔を浮かべる姿しか見えていない。

 いや、実際イリヤは非常に穏やかで綺麗な笑顔を浮かべてはいる―――その怒りを表す蟀谷を除いて。

 それに気付かない彼は、さらに雄叫びの如く目の前に存在する至高―――彼および一部の者にとって―――の美を語る。

 

「だが…! だが…! 惜しむべきは黒髪が艶やかな純粋な日本の美幼女で無い所…! いや…! それでも! しかし! 北欧の銀髪ロリっ娘の! 白磁のような肌の上にピッチリと着込んだため! その独特の紺色の布地と白い肌が見事合わさり! また色合いによって相反するコントラストが実に絶妙で美しい!! くぅぅぅ…!! 素晴らしすぎる!!! 肌の白さが眩しい北欧美幼女のスク水姿というのも―――っもぎゃ…!!?」

 

 そして彼は懐く望外の幸福の中で美の女神ならず、断罪の魔女の手に囚われた。渾身の力で握りこまれて…。

 それは聞くに堪えない、品性の欠片も無い言葉の羅列をこれ以上口から出させない為でもあったが、このエロガモが人語を解する姿を誰かに見られない為でもあった。

 

 ―――そして、今。

 

「ど、どうかお願いします。その麗しい貴女様のスクみ…じゃなかった御姿を。どうか、どうかなにとぞ、このわたくしめのカメラに収めさせて下さい…!」

 

 その小さな身体を恐怖で震わせながらも、目の前の(エロス)を永遠の物とせんが為、土下座をしてカモは懲りずにイリヤに懇願していた。

 

 故にイリヤが答えにとった行動は一つだけだった。

 

 にっこりと笑顔を浮かべたイリヤは、白魚の如く美しい左右の手の平で包み込むように、カモの体毛豊かなその小さな身体を優しく掴み取り、

 

「ぎゅぅべぇりぃぃっ…!!!???」

 

 雑巾を絞るようにした。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、まったく」

 

 イリヤはトマトを握り潰したかのように、手にこびり付いた赤い液体を振り払いながら溜息を吐いた。

 足元でピクピクと蠢くモノに唾棄すべきものを感じ、

 

「この中年エロ親父的趣向は、どうにか成らないものかしら…」

 

 とも呟いた。

 イリヤのソレに対する印象はまさに今、口にした通りの物だ。

 外見は可愛らしい小動物の癖に、その中身はセクハラ大好きな不良中年そのものなのだ。

 出会ったその日には、ネギとキッスさせようと執拗に勧めて興奮した下卑た面持ちを見せ。今日は……―――今のそれを思い出して忌々しい感情が湧き上がり……思わず自分の身体を見下ろす。

 

(悪かったわね。どうせスク水くらいの水着しか似合わない幼児体型よ。私は…!)

 

 あのいやらしい視線と気持ち悪いくらいの興奮を見せた姿もそうだが、凹凸の無い自分の身体をそれなりに気にしているイリヤにして見れば、先程までのカモの言葉は心底許せないものだ。

 とはいえ、気にするのも馬鹿馬鹿しい事も分かっており、そんな内心で沸き立つ感情のうねりをどうにか落ちつけようと、息を大きく吐きだし―――

 

「ん?」

 

 自分の傍に近寄る気配とその人物の影が自分に掛かった事に気付き、視線を向け、

 

 「!――――」

 

 ピシッと石化したかのようにイリヤは固まった。

 

 目にしたそれは、例えるなら連なる大きな山であり、飲み込まれそうな深い谷間でもあり、薄い生地を張り上げて千切らんばかりに溢れた2つの果実であった。

 そう、男性多くはその丸い果実如き柔らかそうな巨大な2つの山に甘い味を連想させ、許しが在れば誘惑に耐えられず自らその深い谷へと飛び込むだろう。

 

「よしっ! 喧嘩ね! 喧嘩を売っているのね!! 判ったわ。今なら言い値で買ってあげるから、遠慮なく掛かって来なさい!!!」

 

 それを見たイリヤは思わず、目の前の連なる山…もとい胸元に―――いや、人物に指を突き付けて叫んだ。

 

「え…あの、何を言ってるのイリヤさん?」

 

 挙動不審なイリヤに目を白黒させてそう言ったのは、3-Aの中では最も豊満なバストを誇る千鶴だった。

 その彼女の怪訝そうな声と表情に、イリヤはハッとして思わず投影しようとした夫婦剣を慌てて破棄する。

 

「――――…コホンっ、な、何でもないわ。き、きっとこの暑さのせいね。だ…だから気にしないで」

「?」

 

 イリヤは咳払いし、冷静さを装いながらも動揺を隠せず、やや滅裂とした言葉を並べ立てて千鶴の首を更に傾げさせた。

 そのイリヤは、思わずらしくない言動と行動を取った自分に対して恥ずかしさを覚え、内心で頭を抱えながら、穴があったら入りたいわ!と盛大に喚いていた。

 

 

 

 千鶴は、咳払いして顔を赤くするイリヤを不思議そうに見詰めていたが、その本人の言葉に従って気に掛けるのを止めて用件を告げる事にした。

 

「イリヤさん、良かったらお昼をご一緒にしません?」

「あ、そういえば、もうそんな時間だったわね」

 

 千鶴の言葉にイリヤは、太陽の位置と高さを確認するように空を見上げながら答えた。

 

「ええ、だからイリヤさんが良ければだけど……ネギ先生の気分転換を兼ねて」

 

 そう言いながら千鶴は、今も膝を抱えているネギへと視線を向けた。

 その彼女の表情はやや影を差しており、先の一件での自分の演出が事態を悪化させたと強く責任を感じていた。

 目の前に居る白い少女はそれを鋭く察したらしく、責任を感じる彼女の為に口を開いた。

 

「チヅルが気に病む必要は無いわ。悪いのは素直になれず意地を張っているアスナなんだから」

「……そうかも知れないけど、あやかが取り持とうとした折角の機会を台無しにしてしまったのは、やっぱり私だと思うから…」

 

 フォローしてくれるイリヤには悪いが、千鶴はどうしてもそのように捉えてしまい。その女性らしい華奢な肩を落とした。

 イリヤはそれに仕方なさ気に軽く嘆息する。

 

「気持ちは判らなくはないけど、過ぎた事を余り悔やんでも仕方が無いわよ。とりあえず、昼食の誘いは受けるから食事にしましょう。ネギだけで無く貴女の気分を変える為にもね」

「そうね。すみませんイリヤさん」

 

 千鶴はイリヤの気遣いに軽く頭を下げながら頷いた。

 

 この二人―――千鶴とイリヤの仲はそれなり良い方で、エヴァと茶々丸を始めとした明日菜や刹那、木乃香といった魔法に関わる面々を除けば3-Aの中では特に親しい間柄と言える。

 先月の修学旅行から戻り、工房が整うまでイリヤはネギ達と同様毎日のようにこの大人びた女生徒と顔を会わせ、話をしていた。

 

 

 ―――いや、より正確に言えば、千鶴がイリヤを気に掛けていたというべきだろう。

 

 

 修学旅行の前日。

 明日菜の誕生日パーティに参加したあの日、千鶴は同じく参加していたイリヤという少女に対して“孤独”を見出していた。

 あのパーティの最中、皆があやかの用意した料理を口にし、楽しそうに談笑しているというのに。誰もが目を引く美しく可憐な容貌を持つその白い少女だけが場を彩るただの飾りのように皆の輪から外れ、部屋の片隅で一人黙々と料理を食べていたのだ。

 だが、別にその少女は内向的でも人見知りをしている訳でもない。それは互いに挨拶をし、自己紹介した時に覚えた印象から判っていた事だった。

 しかしイリヤと名乗ったその少女は、皆が楽しんでいる中で“独り”を良しとしていた。

 それは、談笑しているクラスメイトの輪に加われないのではなく。その少女は自ら距離を置いて輪に加わろうとしていない、という事であったが―――千鶴には…もっと何か。例え難いが……孤独である事が当然というか、その少女は世界から隔絶されたような気配というか…この世界に独りだけ残された迷い子のような寂しさが垣間見えたのだ。

 

 そのように感じた事から千鶴は自ら輪に加わらず独りで在り、在ろうとする孤独を当然のように纏うその少女へ声を掛けた。

 

 ―――そう、千鶴にとってそれは許容できない事だから。

 

 そして気乗りしないイリヤに構わず、皆の間を取り持ちつつ会話を交わして彼女の事情を幾分か知り、自分の担任である子供先生こと…ネギもその事情を解している事を知って―――安堵した。

 それは直感的なものであった。

 いつも真っ直ぐで一生懸命な頑張り屋の子供先生が傍に居るなら、イリヤは決して独りには成らない、と。

 

「…ネギ、元気を出して。そう落ち込んだ姿を見せていたら皆が心配するでしょ?」

「あ、うう…イリヤ」

「貴方は仮にもみんなの先生なんだからシャキッとしないと。私も後で相談に乗ってあげるから」

「そ、そうだね、ゴメン。ありがとう、イリヤ」

 

 今もイリヤが差し出した手を取って立ち上がった自分の担任と、そうして繋がった二人の手を見て改めて思った。

 

 ―――うん、きっと大丈夫。…でも、出来れば先生が手を差し伸べる側の方がより安心できるのだけど。

 

 まあ、仕方ないわね、イリヤさんの方が確りしているんだし、とも千鶴は内心で呟いた。

 まるで姉のように優しく慰めるイリヤと、弟のようにそれに甘えて笑顔を浮かべるネギ。その仲良さ気なやり取りを微笑ましく眺めて。

 

 ただ、

 

「むむむ……やはり年上のわたくし達よりも同じ年頃のイリヤさんの方が―――」

 

 と。傍で眉を寄せて口をへの字に歪めながら唸り、そう呟くルームメイトの姿が色々と台無しな雰囲気を作っているのが残念な感じであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 昼食を取り、あやかと千鶴や夏美と―――先程の事や明日菜の事を触れずに――――楽しく談笑できた為か、幾分元気を取り戻したネギにイリヤは約束通り相談に応えていた。

 ただし、あやか達の姿は無かった。魔法が絡む事もあり、出来れば二人で相談したいとネギが告げた為だ。

 その言葉を受けたあやか達は…いや、あやかだけは若干渋ったものの、千鶴の説得もあって、昼食に利用したこの桟橋に建てられたカフェから離れて行った。

 残されたイリヤとネギは、そのまま席に残って彼の相談に入った。

 

「えっ!? 僕…そういう積もりで言ったんじゃ…!」

「その積もりは無くても、そう受け取れるってこと」

 

 イリヤは原作通り、ネギの言葉の解釈の違いを指摘する。

 図書館島の地下にネギが明日菜を連れて行かなかった訳を―――

 

 ―――ネギは、元々一般人である明日菜に迷惑を掛けたくない、と明日菜の身を案じて言い。

 ―――明日菜は、無関係な一般人なのだからもう関わるな、とネギに否定されたように聞こえた。

 

「そ、そんなぁ」

 

 指摘を受けたネギは余程意外且つショックだったのか、眼尻に涙を浮かべて項垂れる。

 或いは否定と受け取った明日菜の気持ちを考えているのかも知れない。

 そうして暫く何度も、そうだったんだ、そっかー、などと確認するかのように呟き。気を取り直したのか、顔上げるとイリヤにお礼を言った。

 

「……ありがとう。イリヤは凄いね。僕もそうだったけど、刹那さんや茶々丸さん達も全然わからなかったのに…」

「ふふ…刹那は人付き合いが浅い方だし、茶々丸はロボットで…ああ見えてもまだ生まれて2年程度だしね。貴方もまだ10歳なんだから、そういう機微を察するというのは……まあ、仕方ないが無いことよ」

 

 目尻の涙を拭いながら感心するネギに、イリヤはクスクスと笑みを浮かべながら答えた。

 

「イリヤも僕と変わらない歳でしょ、…だから凄いと思うんだけど」

 

 イリヤの言葉にネギは一瞬、むう…としたが、直ぐに溜息を吐いてやはり感心するようにそう言った。

 それにイリヤもまたクスクスと笑ったが半分は苦笑でもある。

 原作でこの問題の事情と答えを知っていたからだ。無論、それが無くとも答えられる自信はある…が、それも常識の範囲内なのだから何の自慢にもならない。それにこんなナリでも一応ネギや刹那達よりも年上なのだ。

 

 しかし、当然そんなことを知る由も無いネギとしては感心するしかない。

 同じ年なのに大人の雰囲気を持っていて、今のように物事の機微を確りと理解出来るのだ。

 それに―――とても強い…あの刹那さんが全く敵わなくて、聞いた話によると父さん達にも匹敵するとか。

 

 ―――僕と同じように■■を失ったイリヤがそうなんだ。僕も頑張らないと。

 

 ネギは思わずグッと拳を握りしめ、座っていた椅子から立ち上がる。

 先ずは明日菜さんと仲直りだ、とネギは思い。

 

「それじゃあ、僕は明日菜さんに謝って来るよ―――」

「―――今は止めといた方が良いんじゃない?」

 

 片手を上げてイリヤに別れを告げ、明日菜を探しに行こうとするネギを彼女は引き留める。

 ネギは「え、何で?」と怪訝そうな顔をし、イリヤはそれに呆れたように答える。

 

「…あんなことがあったばかりなのよ。今行って落ち着いて話を聞いてくれると思う?」

「あ、」

 

 溜息を吐きながら言うイリヤにネギは口を開いて唖然とした。

 

「そういえば、そうだった。さっきも全然話を聞いてくれなくて……逃げられていたんだ」

 

 あの偽鮫事件の後、誤解を解くために明日菜を追い駆けながら弁明していたのを思い出し、ネギは全身の力が抜けたようにふら付いて…ドスッと再び席に腰を着けてズーンと項垂れた。

 そんな感情の波引きを極端に示すネギに、イリヤは内心呆れたままであったが笑顔を作って一応フォローする。

 

「そう落ち込まなくても大丈夫よ。少し時間を置いて話をすればいいんだから」

「うん、あ…!」

 

 慰めの言葉にネギは俯きながらも頷き―――ポンッと、軽く頭に置かれた優しい感触に驚く。

 

「きっとネギの気持ちも分かってくれるから…ね」

 

 そう言ってイリヤが頭を撫でる感触にネギは恥ずかしさを覚えたが……不思議とそれを振り払おうとは思わなかった。

 

(イリヤ―――ネカネお姉ちゃん…)

 

 その感触に、懐かしい故郷に居る筈の優しい姉の姿が脳裏に過ったから…かも知れない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あの…ありがとうイリヤ。相談に乗ってくれて」

「うん、どういたしまして」

 

 カフェを後にして暑い日差しの下に出ると、ネギは改めてイリヤにお礼を言う。その顔は先程の事もあって何処となく恥ずかしげで頬も赤かったが、イリヤはそれを気にすること無く応じる。

 

「アスナとの仲直り、頑張ってね」

「うん、夜にでも明日菜さんの所を尋ねてみるよ。その頃には話を聞いて貰えるかもしれないし」

 

 そう言うと互いに手を振って二人は別れる。

 ネギとしては、一人で明日菜との事をもう少し考えたいと思ったからだ。

 ただしイリヤは、そんなネギに考えすぎないように忠告をしておいた。彼の性格上、考えすぎると何かと深みに陥り易いからだ。

 そんな忠告にネギは素直に頷いている。どこまでそれを理解しているかは怪しかったが。

 

「大丈夫かしらね」

 

 さっきまでの落ち込みは何処へ行ったのか、元気良く駆けて行くネギの背中を見送りつつイリヤは呟いた。

 明日菜との仲は心配していないが、先も言ったようにネギが変に考えすぎないかが少し不安だった。

 しかし、それも余り心配は無いかな、と思いつつ、自分もネギの事を言えないわね、とも何かと不安を抱く自らの事を自省し。振っていた手を下げ―――ふとさっきの事が頭に浮かんだ。

 落ち込んだ様子を見せるネギの頭を、その手でつい撫でてしまったのを…そうするのは二度目であるが……。

 

「あの赤毛のせいかしら…」

 

 シロウと重ねてしまったのだろうか? とイリヤは自問する。明日菜の事で悩み項垂れるネギに―――あの時の…雨に濡れた夜の公園の事を?

 

「まあ、確かに弟っていうのはあんな感じなのかも知れないし」

 

 そう、苦笑した。

 自分の行いに今更ながらに羞恥を覚え。浮かんだ出来事と深刻さが全く違う事から、それは無いわね、と頭を振ってソレを誤魔化すように。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 日の傾きが大きくなり、夕焼けによって空が赤く染まった頃。

 存分に海を堪能したイリヤは、桟橋に掛かる梯子を上って……途中、その声を耳にした。

 声は昼間相談に乗ったあのネギと、余り聞き覚えの無い二人のもの。

 

「……折り入って先生に相談があるのです」

「え?」

「いいですね、のどか」

「うん」

 

 イリヤは思わず登る手を止めてその場で沈黙し、耳を立てた。

 

「あの…その、私達も……魔法使いというものに、なれないものでしょうか?」

「へ?」

 

 その戸惑いと緊張の篭もった声にネギは間抜けな声を漏らし、続いて驚愕する。

 

「ええーーー!? 魔法使いに!?」

「頑張って勉強します―――…」

「やはり、駄目ですか? 一般人では駄目……とか?」

 

 ネギの驚愕に、弱々しい声と理知的な声色の問い掛けが続く。

 

「いえっ……必ずしもそうではないですが…」

「では、是非!」

「はあ、その…」

 

 問いかけに戸惑い答えるネギであるが、直ぐにハッとして気付く。

 

「じゃなくて、駄目ですよっ! 明日菜さんのこともそうですけど、無関係な貴女達生徒を危険な目に合わせる訳には行きません!」

「ええ…ですから、危険と冒険に満ちた“ファンタジーな世界”に、足を踏み入れる決意をしたということです」

「ハルナにも話したいんですけど―――ホントは…」

 

 イリヤは、それらの声を聞きながら自らの心が冷えていくのを感じた。

 

「あのドラゴン(トカゲ)を倒すのを全部先生達に任せるのもムシが良い話しですし…」

「私達も何か力になりたいんですー…」

「夕映さん。のどかさん…」

 

 二人の決意染みた言葉にネギは感じ入るものがあったのか、感慨深げに彼女たちの名を口にした。

 そのやり取りに……夕暮れとはいえ、まだ暑さを覚える南の島の空気で在る筈なのに、イリヤは寒いほどの涼しさを自らの身体に覚えた。

 その背に唐突に声が掛けられた。

 

「確かイリヤちゃん…だったね。どうしたの? 私も上がりたいんだけど…」

「あ…、ええ、ごめんなさい。今上がるわ」

 

 声を掛けてきた少女―――朝倉 和美に押される形でイリヤは梯子を上がった。

 和美も上がると、彼女もそこにネギと二人の少女―――綾瀬 夕映と宮崎 のどかの仲良し親友コンビがその場に居ることに気づいた。

 

「やっほー、何の話をしてるんだい?」

「おっ、朝倉の姉さんに…に、いりやおじょうさま…」

「ん? どうしたのカモ君。変な声を出して?」

「あっ、いや…な、なんでもねえ。そ、それより、じ、実は夕映の姉貴が、兄貴と仮契約したいつってよ…」

 

 カモミールは声を震わせながらも、和美の問いかけに答える。

 

「へー、いいじゃん。やっちゃいなよ」

「……」

 

 何ら思慮が感じられないそのお気楽な言葉にイリヤは身体をピクリ震わせた。

 しかし、それに気付かない和美は更に言葉を続ける。

 

「そーそー、仮契約すると、もれなく一人に一つ。面白アイテムが付いてくるんだよね。私も何か欲しかったんだよなー」

「……―――」

「ネギ君。私とも仮契約してみない~~」

「…えっと―――」

「ん?」

 

 ンフフ、と。艶めいた仕草で笑みを浮かべて迫る和美であったが、予想した反応を返さないネギに不審がる。自分ではなく、どこか別のところを見ているようだった。

 その彼の視線を追うと、さっき自分が声を掛けた白い少女の姿が目に留まった。そこで和美も気付いた。

 イリヤと呼ばれる魔法使いの一人らしい可憐な少女が、笑顔なのに恐ろしいまでの不穏な気配を放っていることに…。

 和美は思わず腰が引けて、この場から逃げ出したい衝動に駆られた―――が、

 

「なかなか、愉快で無い事を話しているわね。貴方達―――」

 

 その少女の静かな声と紅玉のような緋色の眼の鋭さよって、それが許されない雰囲気が出来上がってしまった。

 

 

 


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