麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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今回は魔法先生達の話で、前回の合間にあった事です。


幕間その3―――酒の席での一時

 麻帆良市内でも珍しく近代的な建物が多く見受けられる歓楽街。

 その大通りに向かって表を構える数々の店の中、より珍しい和風の趣きの建物が在った。

 空が夕闇に包まれ、星が瞬き始める頃合いから開くその店は、人気がある為か、それともその珍しい趣きゆえか、日が沈んだばかりにも拘らず、既に多くの客で店内は満たされており、賑わいを見せていた。

 

 その店―――居酒屋の一室に彼は足を踏み入れた。

 二階に在る団体客用の部屋に案内してくれた従業員―――店の雰囲気に合わせ、作務衣姿の男性に彼は軽く一礼し、従業員もそれに応じて頭を下げて、立ち去るのを確認してから彼は自分よりも先に部屋を訪れていた客達へと声を掛けた。

 

「ゴメン、待たせたかな」

「いえ、僕達も今来たところですから明石教授」

 

 時間に遅れた事を謝る彼―――明石に真っ先に瀬流彦が答え。彼と同じくテーブルを囲んでいた他の先客達も頷いた。

 

 長身の黒人男性のガンドルフィーニ。

 サングラスに黒スーツという近寄りがたい雰囲気を持つ神多羅木。

 キャリアウーマン的な外見を有する妙齢の美女である葛葉。

 ふっくらと丸く豊かな体型を持つ男性の弐集院。

 そしてその中でも若くまだ学生気分が抜け無さそうな青年の瀬流彦。

 

 そう、この面々を見れば分かる通り、そこに集まっていたのは俗に魔法先生と呼ばれる関東魔法協会に所属する職員達だった。

 

「…と、言ってももう始めているがな」

 

 瀬流彦に続いて並々と中身が注がれたビールジョッキを掲げて言う神多羅木。

 それに思わず喉が鳴りそうなるのを堪え、明石は空いた席へ―――畳の上にある座布団へ座ってテーブルに置かれていたジョッキを手にし、瀬流彦が空かさずビール瓶を持ちそれに中身を注いだ。

 

「お、悪いね」

「いえ…」

 

 注がれる泡立つ黄金色の液体に明石は礼を言い。瀬流彦は軽く頷いた。

 で、さっそく注がれたそれを口元へ運び、喉へ通す。

 

「くうっ―――旨い! 仕事の後はやっぱり格別だね…!」

 

 心地良い苦みと炭酸が舌を打ち、良く冷えたそれがゴクゴクと音が鳴る度に喉の奥へと流れて行くのを堪能し、明石は言った。正に生き返ったような気分だ。

 

「ははっ、気持ちは判るけど、今は程々にしてくれよ。これでも一応会議なんだから」

「ええ、判っていますよ。」

 

 弐集院がおかしそうに言い。明石も笑みを浮かべてそれに応じた。

 その弐集院の手元には幾枚かの書類が見受けられた。それに気付いた明石が尋ねる。

 

「それは…今日の?」

「うん」

 

 明石の問い掛けに弐集院は頷く。

 彼は昨日と本日の会議―――例のネギの問題に関する検討会に事情があって出られず、その結果を今此処で議事録を見て確認していた。

 

「ネギ君は、どうやら重く処罰されずに済みそうだね。彼が重大な違反を行ったと聞いた時は随分と驚いたけど……」

「ええ、まあそれも主な原因は彼自身というよりも、使い魔に在った訳なんだけど」

「うん」

「……とはいえ、“此方”への認識が不足していた事は変わりなく。問題と成ったのは無視できない事実でもあるし」

「確かにそれも驚きではあるね」

 

 明石と弐集院の二人は、そう言いつつ互いに頷きあった。将来有望な“偉大な魔法使い(マギステル・マギ)”候補と目されていた少年の意外な失態と、首席で魔法学校を出た筈の優等生であるその彼の世間知らずの有様に驚きを隠せずに。

 その二人の間に声が割って入る。

 

「その話題はもう良いでしょう。あの場に居られなかった弐集院さんには申し訳ありませんが……」

 

 と、葛葉が言う。

 手に持つグラスには生真面目な彼女らしくビールなどの酒類では無く、フルーツ系らしい飲み物が入っていた。一応会議であるというのを意識しての事だろう。

 

「そうだね、じゃあ早速だけど―――」

 

 明石は彼女の声に首肯すると、持って来ていた鞄から業務用の封筒を取り出して中の書類を皆に配りつつ言った。

 

「皆は彼女の事をどう思ってる?」

 

 彼女―――外来の魔法使いと思われているイリヤの事だ。

 此度の集まりは、主に彼女に関するもので当然、瀬流彦を除いて集まった面々はAAクラス以上の情報閲覧資格(クリアランス)を有している。瀬流彦に至ってもこれでも将来を期待される若手である。その為、学園長の許可の下で彼等から情報は得ていた。

 先ず、口を開いたのは神多羅木だった。

 

「俺は挨拶以外に碌に会話をしたことが無かったからな。開示されている以外の事は余り多く言えんし、昨日今日の会議の席で見た彼女の様子だけでは何とも判断できん」

 

 その言葉は、常に冷静かつ慎重であろうとする彼らしい言いようだった。

 続けて、瀬流彦が言う。

 

「僕はこれまで何度か話をしましたけど、礼儀正しくて良い子だと思いましたね。年齢の割には確りとしているし、何というか大人と余り変わりないっていうか、“様”に成っているって感じてました。ただ―――あんな力を持っていると思いませんでしたけど…」

「私も瀬流彦君とほぼ同意見だな。正直、荒事に向いているとは思ってなかった……が、雰囲気だけは見習いと違うように感じてはいた。まあ、それも今と成っては覆り、納得でもあるんだが」

 

 瀬流彦に続いてガンドルフィーニが答える。

 二人は、あの白い少女を大人びた礼儀正しい子供という以上の感想は無かった―――京都での事件が起こるまでは。

 

「……まあ、あの会議では、ネギ君や彼の生徒を気に掛けているようで好ましく思えたな」

「そうですね。英雄の息子である彼に何の色眼鏡も無く友人として接していて、今回の件で厳しく当たりはしても彼や彼の生徒たちを優しく気に留めています。それにハーフである刹那にも良くしてくれているようですし、悪い子では無いのでしょう」

 

 ガンドルフィーニの言葉に続いたのは葛葉だ。

 彼女は、刹那と同じく神鳴流の使い手で元は西の人間だ。その出自から麻帆良に来た刹那の面倒を剣の先輩としては当然で、私生活の方でも見ており、自分同様に偏見無く彼女と接しているイリヤを好ましく見ていた。

 

「ふむ、なるほどなぁ」

 

 弐集院は考え込むようにして頷いた。

 彼は、イリヤと神多羅木同様、挨拶を交わす程度しか彼女と接した事はなく、先の会議にも出席していない事から判断材料に欠けており、こうして皆の印象や議事録に記録された彼女の発言からイリヤの為人を推測するしかなかった。

 ただ、同僚たちの意見を聞くに善良か、もしくはそれに近い人間なのだろうとは考えていた。すると神多羅木も同じように頷いているのを弐集院は見た。

 

 明石はそれらの同僚の反応を見て僅かながら安堵していた。

 あの故郷を失ったという哀れな少女が、こうして受け入れられつつある事実が喜ばしいからだ。

 彼もまたイリヤを善良で礼儀正しい子だと認識していた。彼女と幾度も会話し、相談を受けているという事もあるが、魔法生徒の中でも比較的親交がある高音と愛衣に萌の……特に愛衣の話を聞くにそう判断できた。

 しかし―――

 

「だが、腑に落ちない点は多いな……いや、彼女が悪人で無い事は確かなのだろうが」

 

 神多羅木が髭を撫でるように顎に手を当てて言う。

 

「人知られず秘境に住まう魔法使いの一族の生き残り……そして、あの年齢であの圧倒的な力――――どうにも、学園長も何か隠している様だし…な」

 

 そう言いながら、彼は明石から渡された手元の書類から一枚を抜いてテーブルの中心に置いた。直後、ある光景が立体的な映像としてテーブルの上に浮かんだ。

 

 夜間、月の光を照り返しながら地上へと降り注ぐ銀の輝き、まさに星の数に匹敵せんばかりに落ちる流星の如きそれは、大小様々な無数の剣だ。

 それらが地上に犇めく異形の化け物を穿たんと凄まじい速度で迫り―――大地を耕しながら赤く染めて幾秒ほど……映像が白く染まった。

 

 その突如現れた白い画像に見た面々は、画面に眩しさを覚えて目を細める。

 

 次に映ったのは、巨大なクレータと焼け焦げた大地だった。画面を白く染めた爆発の影響の為、映像は不鮮明となっており、歪なレンズでも通して撮ったかのように陽炎の如く常に揺らめき、見づらくはあったが、ほんの数秒前までそこに在った川と森は見る影も無い。先程の異形の化け物共々吹き飛んだのは想像に難くなかった。

 

 「何時見ても……とんでもない、と思うな」

 

 魔法使いが汎用的に使うペーパータイプの記録媒体が投影する映像に、そう感嘆を込めて呟いたのはガンドルフィーニだ。

 この威力と破壊の惨状もそうだが、『遠見』がノイズと成って漂う魔力の残滓によって不鮮明になった事にもだ。これでも記録として落としたコレには解析と映像処理を掛けており、鮮明にした方なのだ。つまり―――

 

「この後の闇の福音とあの大鬼神がやりあったのもそうだったな」

 

 不鮮明な映像に神多羅木が呟く。

 そう、リョウメンスクナが復活し、エヴァンジェリンが最上位の攻撃魔法を行使した時も『遠見』はこのような不鮮明な映像を映す事に成った―――つまり大鬼神の呪力とエヴァの最上位魔法を併せたものに匹敵するか、凌駕する巨大な魔力(ノイズ)をあの爆発は生じさせたという事だ。

 

 映像は続き、場面が切り替わるも不鮮明なままだった。

 それは、先に神多羅木が言ったスクナとエヴァがやりあった後だからだ。

 その不鮮明な映像の中で、イリヤと思われる紅白の人影が、同じ大きさの人影と対峙し激突していた。ただ不鮮明な上、お互い素早く激しく常に動いている為に具体的に何をし、どのようにして戦っているかまでは分からない。

 

「―――はぁ」

 

 それに何処となく残念そうな溜息が漏れる。

 それを吐いた者以外、映像を見ていた面子がさり気無くその声の方へ視線を送ると、葛葉のやや残念そうな顔を捉えた。

 剣士である彼女にとって、同じく剣を取っているであろうイリヤの戦いぶりを鮮明に見る事が出来ないのは、やはり残念に感じるのだ。況してや刹那と、月詠という敵方の神鳴流剣士をも降したというのだから尚更であろう。

 それは程度の差はあれ、残りの面々も同様だ。そんな彼女と彼等の無念そうな心境を読んだように、明石が新たに鞄から一枚の記録媒体を取り出して言う。

 

「つい先日、高音君と愛衣君がイリヤ君と模擬戦を行ったんだけど、誰か知ってるかな?」

「「「!?」」」

 

 その言葉に映像を見ていた他の者達が、一斉に明石の方へ顔を向けた。

 

「いえ、知りませんが、それは本当ですか!?」

「何時です。教授…!」

 

 ガンドルフィーニと葛葉が驚きの声を上げる。

 

「うん、本当だ。一週間前だったかな、確か…?」

「じゃあ、そのソレは…」

「うん、そういうことだ」

 

 驚きを示す二人の問い掛けに明石は答え、そこに尋ねる瀬流彦にも彼は頷いた。

 

「二人は余り良い顔をしなかったんだけど、少し無理を言ってお願いしたんだ」

 

 明石はその時の二人の様子を思い浮かべた為か、苦笑してそう言う。

 記憶の記録及び映像化―――難易度自体はそれほど高くないのだが、それなりに手間(コスト)の掛かる魔法である。

 これに受けるに当たって高音と愛衣はかなり渋った。

 というのも、あの良い所無しの模擬戦を映像化されることに恥ずかしさを覚え、抵抗を感じたというのもあるが、イリヤに対する義理めいた感情もあったからだ。

 明石はそれを説き伏せ……というよりは文字通り、申し訳なく思いつつも頭を下げてお願いし、記憶を抽出させて貰い。記録化したのであった。

 丁寧に折りたたんであったその記録媒体を広げ、再生メニューを押してそれをテーブルの上に置いた。先程から再生が続く映像は一端停止させる。

 

 30mほど距離を取ったイリヤと高音たち、不意に高音が僅かに前に出て、愛衣が下がる。同時に周囲にある様々な影から飛び出す人型―――高音の使い魔。

 時間差を付けて一斉に襲い掛かる十二体の使い魔に囲まれるイリヤだが、慌てる事も無く冷静に対処する。

 そこに詠唱を完了させた愛衣が、中位規模の魔法を放つもイリヤはそれまで一体も斬り伏さずにいた自らを囲む影達を一瞬で同時に五体切り裂き、あっさり避ける。

 

 その映像に、ほお、むう、と関心と感嘆の混じった声が室内に響いた。

 その後も高音は『黒衣の夜想曲』を展開して全力を攻め、愛衣も機を見て魔法を放つが余裕を持って避けられてしまう。

 そして、イリヤが二人を気絶させて決着をつけると映像は終了した。

 

「なるほど、判り切っていた事だったが……確かにこれは“本物”だ」

「ええ、最低でもAAクラス……もっとも高音と愛衣の二人では、相手に成っていないのですから、正確に測る事など出来ませんが……やはり、高畑先生と同等の実力者と見るべきでしょう」

 

 ガンドルフィーニは額にうっすらと汗を浮かべて言い。葛葉も何時も以上に固い表情を見せながらこの信じがたい事実を受け入れる。

 

「あんな子供が……しかもあの青山…いや、近衛 詠春を不意打ちとはいえ、破った相手と互角以上に戦ったというのだろう。ならば…タカミチ以上の―――」

「……それはこの映像では断言できないけどねぇ」

 

 神多羅木が戦慄したかのように、弐集院が動じていないかのように暢気そうに言う。対照的な二人であったがその表情は互いに厳しいものを見せていた。

 それから暫く、各々が考え込むかのように沈黙した為、室内には静けさが漂い。外から他の客の話し声や騒ぎ声がやたら大きく聞こえた。

 防諜系の結界のお蔭でこの部屋から音や声が漏れる事も呼び掛けなければ、店員さえ訪れない部屋であるが、このように外からの音は遮断されていなかった。

 

「ふう―――頼もしいと言えば、頼もしい事なんだけどね」

 

 その静けさの中にある重苦しさを払うように明石が口を開いた。事前に記録を確認していた彼はそれほど驚きを感じていなかった。

 尤も、初めて見た時は今の同僚たちと同じく重苦しい顔を浮かべていたんだろうけど、と内心でそう思っていたが、イリヤに対する不信そのものは抱いていない。

 確かに映像でも見受けられるような自分達をも圧倒するであろう戦闘力を、十歳程度の少女が持っているのは大きな疑問だ。しかしあの老獪な上司たる近右衛門がその事実を放置している筈は無く。頼りになる同僚のタカミチも信用を置いているのだ。

 それに自分も彼女の事は嫌いで無い。学園や此方の事で相談を受け、ネギ君の使い魔に対する愚痴を漏らし、そしてあの模擬戦で塞ぎ込んだ高音を心配して自分にフォローを頼んだ優しげなイリヤの姿を彼は見ている。

 

「そ、そうですよ。学園長が隠し事をしているっていうのも、それは僕達に敢えて知らせるような事じゃないって考えての事なんでしょうし」

Need Not to Know(知る必要のないこと)…か、まあ、そうだろうな。あの学園長が意味も無く隠し事をする訳は無いからな」

 

 瀬流彦が明石の言葉に同意し、ガンドルフィーニが意味深げにその瀬流彦に応えるが、

 

「だからと言って思考を停止させる訳にもいかんさ」

「そうだな」

 

 神多羅木の言葉にも彼は首肯した。葛葉も弐集院もそれに続いて無言で頷く。

 といっても、彼等とてイリヤに不信を抱いている訳では無い。明石と同様、自分達を纏める協会のトップである近右衛門を信用している。ただそれでも僅かながら疑惑も在り、一応警戒して置いて損は無いとも考えているのだ。

 尤もその中で葛葉だけは内心では多少複雑に思っていた。元は西の人間であった彼女もこのように警戒されていた時期が在ったからだ。

 

「とりあえず、情報を整理しましょう。先程の明石教授のようにお互い知らない事はまだあるかも知れません。出来る限り彼女について知っている事は口に出した方が宜しいかと…」

 

 その葛葉が、自分同様にイリヤが麻帆良で信頼を得られる事を願ってか、率先する様に皆へそう提案した。

 

 

 しかし―――、

 

 木製のテーブルの上に幾つかの空のビール瓶が並び、同じく酒肴が乗っていた皿も何枚も重ねられるほど時間を掛け、意見を交換し、開示されている情報を見直したが結局、明石が持って来た映像以外、目新しい情報は出ず。彼らの話はイリヤの持つ力から昨今、彼女が開いた工房の件と製作された魔法具へと移っていた。

 

「―――じゃあ、ガンドルフィーニさんもあそこに行ってみたんですか?」

「ああ、あの子について分かっている事は本当に少ないからな。少しでも何か分かるかと思って……まあ、私の扱う銃の強化も可能かどうかも知って置きたかったが…」

 

 瀬流彦の問い掛けにガンドルフィーニは応じながら葛葉の方へ視線を向け、

 

「私の刀は別に強化された訳ではありませんよ」

 

 と、その視線の意味を解した彼女が答える。

 それにガンドルフィーニは頷く。

 

「それは判っている。言葉のアヤだ。…けど、刀が新しく強力に成ったのは事実だろう」

「そうですが…」

 

 ガンドルフィーニがそんなつもりが無いのは判っているが、葛葉は何となく彼の言葉に含むモノを覚えて憮然とした表情を見せる。

 

 

 それは何日か前の事だ。

 久しぶりに刹那と稽古する事に成った葛葉は、その時に仮初の師弟関係と成った彼女からその刀を渡された。

 神鳴流が扱うものと同じ長さと肉厚を持つ野太刀。おそらく自分達が御用達としている刀鍛冶が打った式刀をベースに何らかの付与処理が施された魔剣。

 それを手渡され、見定めた時に感じたのは……今でもその時の―――背筋に奔った感覚を葛葉は忘れられなかった。

 そう、刀身の出来やその優美さは、自分が長年愛用してきた太刀とそれほど変わり映えしないのに……そこから放たれ、感じ取れる濃密な気配というか、存在感は今まで目にして来た式刀とは“別格”としか言いようがなかった。

 それに戦慄めいた畏怖を覚え、これ程の業物をどこから? と疑問に思う彼女に刹那が察したかのように答えた。それは、あのイリヤスフィールが加工・製作した武器だという。

 そう説明する彼女によると、元は刹那に使って貰おうと作ったらしいのだが、その当人である刹那は恩師である西の長から直々に譲り受けた刀を手離すことは出来ず、まだ未熟な自分には不相応な代物と考えて受け取りを拒否したという。

 

 半ば恐縮しながらそう言う刹那を彼女らしいと葛葉は苦笑したが、次に出た―――

 

『ですから、刀子さんに使って頂けたら……イリヤさんも構わないと仰ってましたし』

 

 ―――との言葉に驚いてしまった。

 

 流石にその言葉は予想外であり、今度は葛葉が恐縮する番だった。

 それはそうだろう。業物である事もそうだが、刹那の為に作ったものなのだ……にも拘らず、自分に譲るというのだ。何の対価も無しに。

 だが、それも察したのか刹那は若干照れくさそうに、

 

『刀子さんには此処に来てからというもの、ずっとお世話に成っていましたから……その…お礼と思って――あ、いえ…私が用意したものでは無く、あくまでイリヤさんが打ってくれたものですので、誠意が籠ってないようにも思えるのですが…』

 

 俯き上目づかいで、年相応の少女のように可愛らしくそう言うのだから、葛葉は思わずつい頷いてしまい受け取る事に成った。

 と、なし崩し的にこの魔剣を扱う事に成ったとはいえ、刹那の心遣いも嬉しくもあり、それはそれで悪くない出来事のように葛葉は思っていた。

 それに……長年愛用してきた得物を手離し、代える事に抵抗を覚えない訳では無かったが……いや、正直に言えば、長年扱っていたからこそ―――様々な思い出が……それこそ“苦いもの”があったから、この刹那の申し出を渡りに船としてありがたく感じているのかも知れない。

 

 

 だから、自分が西から東に渡る事と成った事を―――今では“苦い思い出”となったソレを知っているガンドルフィーニが、口にした言葉に含むモノを葛葉は覚えてしまうのだった。

 葛葉はかぶりを振ってそんな考えを振り払うと、今度は逆にそのガンドルフィーニに尋ねる。

 

「それで、貴方の方はどうだったのですか、ガンドルフィーニ先生」

「…残念ながら保留中と言った所かな。何でも銃の事は勝手が判らないとかで……これからの研究の結果次第だそうだ」

 

 そう、首を横に振って答えるガンドルフィーニであるが、

 

「そう言う割には、あまり残念そうではありませんね」

「ああ、元々過度に期待してなかったというのもあるんだが、楽しみでもあるからかな…? 要求された銃の資料や知識を提供した時、彼女は随分意欲を見せていたからね」

 

 苦笑しつつも言葉通り、楽しそうに彼は言った。

 それを何となく少年っぽい笑みだな、と葛葉は思ったが、戦闘スタイルと相性の他、趣味もあって銃を扱う彼にとってはやはり楽しいことでもあり、嬉しいことなのだろうとも思った。

 そんな微笑ましいものを見るかのような気配を感じ取ったのかガンドルフィーニは、ハッとして誤魔化すように咳払いする。

 

「ゴホンっ…まあ、それはともかく、あの工房で気になる事といえば、メイドとして使われている人形が、彼の“闇の福音”謹製の物である事だが……」

「それは、それほどおかしな事では無いでしょう。イリヤさんは彼女と同居している訳ですし」

「そう…だが」

 

 葛葉の言葉に曖昧に頷くガンドルフィーニ。そこに神多羅木が何処か呆れたように言う。

 

「魔法使いとして生きる以上、あのエヴァンジェリンの伝説を耳にし、恐れるのは判るが……それは考え過ぎだろう」

「だね、警戒する気持ちは判るけど。今は封印された身であるし、仮にも僕らの一員でもあるんだ。その働きは確かなもので、人手不足な僕たちにとってかなり助かっている。それに……そもそも彼女が悪行を大きく重ねたのは吸血鬼と成ってから数十年から百年程度……勿論、現代における人間の一生分か、それを超える時をそうして生きた訳ではあり、それが大きな罪である事も変わりないけど、ね」

 

 弐集院も続けて言い。過去の事に囚われ過ぎて目を曇らせるのはどうか…と、軽く注意しているようだった。その隣では明石と瀬流彦も頷いており、ガンドルフィーニはバツの悪さを感じて素直に頭を下げた。

 

「すみません。―――にしても結局、イリヤ君の工房の中は見られず、制作されるアミュレットも未知の術式が使用されている事以外、詳しく判らないのは少し不安でもありますね」

 

 話を軌道修正するように頭を上げた彼はそう言う。

 

「そうだな、効果は確かなのだが…」

「それも仕方ありません。世に知られていなかった魔法使いの達の秘儀であり、研究成果なのですから、おいそれと開示出来るものでは無いでしょう」

「うん、学園長がそれに協力しているのは、公表した時の影響も考えての事なんだし」

「そうそう、今麻帆良で支給されているアミュレットだけでも世に広まれば、ちょっとした革命になるからね」

「確かに……今ある戦術や戦技を見直す必要が出てきますものね」

 

 神多羅木、葛葉、明石、弐集院、瀬流彦の順で口を開き。

 そして、イリヤが提供する魔術品その物の検討もそこそこに、「麻帆良(うち)も色々と試行錯誤しないといけないな」と自然に戦技研究などの討論に移り、またしも新たに空の酒瓶を追加し、酒肴で腹を満たしながら意見を出し合い……数十分後。

 話題は再びイリヤの事へと戻った……というよりも、戻したというべきだろう。

 つい討論に白熱した一同であったが、逸早くそれに気付いたのは酒を口にしなかった葛葉だった。他の面々もほろ酔いに留めてはいたのだが、酔いは酔いである。目の前に事に気を取られがちで、それに熱くなり過ぎたのだった。

 葛葉の指摘を受けてイリヤの事を思い出した彼等は、テーブルの上に置きっぱなしになっていた記録媒体……停止させていたそれを再生した。

 

 静止し、互いに睨み合うイリヤと敵の姿。そこに突如イリヤの背後に新たな人影が現われ、その人影に気付いたイリヤが振り向く。近づく人影に無抵抗に捕まるイリヤだが、直ぐに振り払って距離を取り―――人影の姿が転移したかのようにそのイリヤの背後に現れ、再度彼女抱き抱える。

 

 そこで映像が再度停止される。

 

「問題はこの人物……イリヤ君の話では、彼女の母親の姿を取った亡霊や怨霊の類だとか…」

「彼女の一族が行った実験が原因で生じた存在だそうだね。イリヤ君自身もハッキリとした正体は判らないそうだけど」

 

 明石と弐集院の二人が顎に手を置き、考えるかのように言う。

 

「ソレに偽りは本当に無いのか?」

「その心配は無いでしょう。学園長が直接イリヤさんの記憶を確認したそうですから」

「…うむ、その学園長が何かを隠しているのは確かだろうが、これに関しては真実だろう。隠すメリットなど無いからな」

「ですよね」

 

 ガンドルフィーニも顎に手を置いて難しげな表情で言い。それに葛葉が答え、神多羅木と瀬流彦が続いた。

 その葛葉の言葉通り、開示された情報にはイリヤの記憶を学園長が確認している事になっている。そういう意味では神多羅木の言った言葉はある意味では当たっているが、外れてもいるとも言えた。

 

 

 映像は再度再生され、夜が明けてイリヤとその怨霊と言う女性は暫く対峙し―――その途中で不鮮明だった映像が幾分か鮮明になり、女性の容貌も大まかに判別できるようになる。その直後、イリヤが手にした武器を投擲…と呼ぶには凄まじい魔力と力の奔流であるが、攻撃を行い。その攻撃を女性の影から飛び出した二槍を持つ男性の人影がそれを弾いた。

 

 そこで映像は途切れる。

 

「厄介だな」

「ええ、あの怨霊と呼ばれる女性と似た存在で、恐らく最強クラスの力を持つと推測される“何か”」

 

 神多羅木の呟きに首肯する葛葉。その表情は極めて深刻なものだ。

 

「それに、これの前にイリヤ君と戦っていたのは、あの“完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)”の一員だとほぼ確定している。しかもあの事件から推測するに狙いは西の本山だけでは無く、この麻帆良も視野に入れられていた」

「あの西の長が破れた事と言い。その彼等と戦い続けた長自身の話ですから…間違い無いんでしょうね。この麻帆良を狙う具体的な理由は良く分かりませんけど…」

 

 憂鬱そうなガンドルフィーニと瀬流彦の言葉。

 

「学園の戦力の見直しが図られ、イリヤ嬢の魔法具が支給されて確かに麻帆良の防衛力は強化された。またこれから更に強化向上は続けられだろうが……想定される仮想敵は西や逸れ(アウトロー)の連中では無い、況してや“本国”の特定勢力でも無く―――」

「“完全なる世界”の残党…」

 

 深刻さと憂鬱さ以上に何処か気を引き締めんとする様相で言う神多羅木と弐集院。

 

「イリヤ君の話では、あの怨霊たちも女性の物を除いてあと4~6体ほど存在するとの事。そしてそれらはその残党に手を貸している。敵は残党とはいえ、決して侮れない戦力を有している。しかもかつてとは違い小規模になったからこそ、その動きがより掴み難くなっている」

 

 明石がその引き締めんとした二人の意を汲むように厳しげな表情と声で告げ、弐集院がその言葉に頷く。

 

「明石の言う通りだ。明日帰還するタカミチから届いた報告でも彼等の手掛かりや動向は全く掴めなかったようだし、イスタンブールに在った記録は意味無い物だったそうだ。つまり奴らの情報工作の手際は健在な上、その規模の縮小というデメリットすらも上手く利用している。本当に抜け目のない連中だ」

「だが、それは壊滅したと思われていたという……云わば“死んだふり”をしていた所為でもあるのだろう」

「ああ、勿論それもあるけど、言った事を翻す積りは無いよ。“完全なる世界”は以前より増して“見えない組織”に成っている。ある意味では以前以上に手強いと言えるだろう」

 

 神多羅木が途中挟んだ意見に答え、弐集院は断言する。

 そう、彼が先のネギに関する会議に出られなかったのは、タカミチや西に各国の魔法協会から届いた資料や報告書を纏め、精査・分析を行っていたからで、今の言葉はそれから出た結論なのだ。

 その結論に部屋の空気は再び重苦しいものと成った。イリヤに対する畏怖や警戒意識以上に明確な脅威が確かに存在し、認識せざるを得ないのだから当然だろう。

 

「……だからこそなのでしょうね。最近の学園…いえ、関東魔法協会の動きは…」

 

 重苦しい空気のまま葛葉が口を開いた。

 それに瀬流彦が訪ねる。

 

「西との関係の改善ですか…?」

「そうか、葛葉はそっちの交渉に関わるんだったな」

 

 神多羅木も捕捉するように言い。葛葉は「ええ…」と頷いた。

 

「脅威が明確な以上、西との関係修復は急務です。情報の共有を始め、戦力等の援助や応援を円滑にする為には必要な事ですから。それにお嬢様が“此方”の表舞台に立たれる決意を為された事もあります」

「なるほど、我々裏世界の事でこの日本に脅威が迫った訳だから、それを理由に西と東は団結できる訳か……そして、それを理由……いや、利用というべきかな、それを口実にして学園長は長年抱えていた問題を一気に片付ける積りなのか」

「…根が深い問題ですからそう簡単には行かないでしょう。ただこの機にその道筋(レール)は敷いて置こうという事なのだと思います。お嬢様の為にも」

 

 ガンドルフィーニの確信の籠った言葉に葛葉は答える。その彼女に弐集院が尋ねる。

 

「それで交渉は上手く行くのかな? 確かに学園長のお孫さんが表舞台に立たれるというのなら…光明あると思うが」

「ええ、おそらくある程度は纏まるでしょう。親書を送った事に加え、先の事件での(わたしたち)の貢献もありますから、西は此方の申し出に誠意を見せなければ成りませんので」

「ふむ」

「それに、東に属しながらも西と交流の深いあの浦島が交渉の―――」

「―――と、待った! あそこの当主は今、日本を留守にしているのでは?」

 

 葛葉の告げた言葉を遮るように驚きを示して尋ねる弐集院。

 

「いえ、どうも協会の動きを察知したようでつい先日、帰国したそうです。学園長はその事を聞いて嬉しそうに笑っていました……あそこの当主は学園長と幼馴染と聞いていますから、お互いに言わずとも何か通じるものが在るのかも知れません」

「ふぅむ……では、交渉は浦島が取り持つ事になるのか」

 

 答えを聞いた弐集院は腕を組んで難しげに唸った。

 

「学園長は襲撃に備えなければならず、麻帆良を動けませんから……その代役という意味もあるのでしょう。あの家の者達ならばそれは十分に果たせます。またお嬢様も舞台に立たれますし…」

 

 葛葉はやや憂鬱そうにそう言葉を締めた。

 それは、“完全なる世界”の事や交渉の成否では無く。長たちの娘・孫とはいえ、このような政治の舞台にあのような十代半ばの少女を担ぎ出すという事に思う所があるからだ。

 木乃香が(まつりごと)に関わる事自体は別に否定してない。この日本の裏に関わる一人として彼女の持つ“血の重み”を思えばそれは当然だと思っている。

ただ、それでもまだ早すぎる……性急過ぎるようにも感じるのだ。しかし一方で、一刻も早くこの日本の裏に潜む東西関係を纏めなくてはいけない事を、その必要性も理解しているので葛葉はそれを口にする積りは無かった。

 

「―――しかし、何ていうか“動いている”って感じがしますね」

「んん?」

 

 瀬流彦が唐突に言った言葉にガンドルフィーニが訝しげに唸り、他の者達も同様に眉を寄せて彼に視線を向けた。

 それに瀬流彦は困ったかのように口を開いた。

 

「いえ、その何て例えればいいのか……京都の事件にあの“完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)”が関わって、そこにその彼等の宿敵である“赤き翼(アラルブラ)”の一員である西の長のみならず、サウザンドマスターの息子であるネギ君が居合わせ、麻帆良で保護されていたイリヤ君が救援に向かい。そこで彼女の一族の…その、実験体でしょうか? そんなものまで関与して、その事件が切っ掛けに木乃香お嬢様が此方に関わる事に決意を固められ……西との関係改善まで進めようっていう今が―――」

「―――なるほど、確かに大きく動いているな」

 

 瀬流彦の言わんとする事を察して、ガンドルフィーニは大きく首肯した。

 それに明石と葛葉が続く。

 

「そうだね、因果というか、偶然や必然などを超越した事象の巡り……運命というべきか…」

「…或いは歴史のうねり、でしょうか? 確かにこうして一連の出来事を見るとそういった物を覚えますね」

 

 魔法使いという神秘に関わる故に、そう言った運命などの超常的な物事の変化と進みを否定せず、肯定的に受け止め、考え込むかのようにして二人は言った。

 神多羅木も頷く。

 

「……22年前、俺達はまだ若く、世情など碌に知らなかったが、思い返してみれば確かに今のような雰囲気が在ったな」

「ああ、そう言われてみれば、そうかも知れない。今はまだそこまででは無いだろうけど、あの当時もこうしてピリピリとした張りつめたものが在ったように思えるよ」

 

 弐集院が神多羅木の言葉に同意した。

 まだ二十歳前後だったあの頃、ほとんど何も知らない青二才で麻帆良の運営に携わる事も無かった未熟な自分達。

 それでも魔法世界で戦争に成り、それに協会も関わるかも知れない。西も巻き込まれるかも知れないという話を耳にし、当時自分達の上役だった魔法関係者たちと同様、若かった二人も緊張したものだった。

 明石もその二人と同じだからか、その当時の事を思い返しながら頷いており、葛葉はより複雑そうな顔をしていた。彼女はまだ十代そこそこという幼い時分に、本国の陰謀に屈した西の意向で戦場を渡り歩くことになったからだ。

 そんなベテランたちを若手の瀬流彦は黙って見つめ、彼等の放つその当時の匂いというべき気配の残滓に思いを馳せた。

 

「……これから、またそういった厳しい困難な事態が訪れるのかも知れないな」

 

 明石は当時の事を―――そして、十年前に亡くなった妻の事を想い……そう独り呟いた。

 出来れば、何も失う事など無く、此処に居る同僚たちや高音たちのような見習い達と、麻帆良の人々が無事に平穏に過ごせることを祈りながら……。

 

 

 そうして程無くしてこの夜の会議は、張りつめた空気を持ったまま解散に向かった。

 麻帆良に現れた白い少女の情報を見直し、討議する筈であった集まりは、元より彼女に対する疑惑が少なかった事もあって一応無難な収まりを見せたが、その過程で麻帆良を……日本の裏を守らんとする彼等は、来るべき危険への警戒と認識を強め、大きなうねりを見せる現状を理解する事と成った。

 

 そのうねりを―――重なった偶然と必然、あるいは因果と運命ともいうべきものに漫然とした不安と覚えつつも、それを打ち伏すべく、固く意を決して、

 

「これからも互いに頑張ろう」

 

 と、短くも普段通りの言葉で、その集まりの末でそう音頭を取り、ジョッキやグラスを掲げて皆で乾杯を交わした。

 

 




 魔法先生達がイリヤへの印象を語り、同時に原作よりも早くフェイト達の動きに警戒を抱きました。
 第7話の時点でそうだったんですが、逸早いこの警戒の高まりがバタフライ的に後々に影響していきます。



 忘れていた捕捉を少し追記。
 刀子さんですが、原作では魔法世界に行った事が無いとされていますが、本作では大戦に参加しており、魔法世界に行った事があります。
 大戦時の年齢は12~14歳ぐらいとしています。
 ちなみに弐集院、神羅多木は明石教授と同年代で彼等も大戦に参加したと設定しています。

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