麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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第1話―――遭遇、出会い

 

 

 

「おぬし名前は如何する?」

 

 この世界の二日目の朝、挨拶を交わした直後、学園長が唐突に尋ねて来る。

 

「名前?」

 

 思わずオウム返しに聞き返す。

 

「うむ、何時までも“お主”やら“君”やらでは不便じゃからのう。まさか名無しのまま過ごす訳には行くまい」

 

 尤もな話だ。とはいえ名前ねぇ。

 うーん、やっぱりイリヤかなぁ、正直それしか浮かばないし。

 ……でもそれだと問題かな? むう、と思わず唸り首を傾げる。そこに学園長が口を開き。

 

「悩むようならわしが考え―――」

「遠慮しとくわ」

 

 学園長の予想通りの申し出を即却下する。

 

「……せめて最後まで聞いてくれても良かろうに」

 

 寂しげに言うお爺さんを無視して考えるも、結局良い名前は思いつかず。

 

「イリヤ…イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 そう名乗る事にする。

 

「本名かのう?」

「さあ? 多分違うわ。思い付いた物から適当に選んだだけだし」

 

 嘘ではない…だろう。相変わらず自分の事は思い出せず、この身体も名前も借り物のような物なのだから。

 しかしこのお爺さんは思う所を感じたのか、長く伸びた白い髭を撫でながら言う。

 

「ふむ。一応少し調べて見るか。もしかしたお主の事が何か分かるかも知れんし、記憶を取り戻す手掛かりになるやも知れんしな」

「……そうね。お願いするわ」

 

 一応並行世界とも言えなくないし、もしかしたら本当に何か出てくるかも…そんな微かな不安と期待を入り混ぜて私は学園長にそう応えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 これといってすることも無い為、私は学園長室にそのまま留まり、借りた魔法関係の書物を読み耽って時間を潰していた。時折、教師らしい人物が部屋を訪れ、訝しげな視線を向けられたりもしたけど、挨拶を交わす以上の事は無かった。

 そうして、幾度目かの軽快なチャイムが校内に鳴り響き……放課後に成った頃―――“彼”がこの学園長室を訪れた。

 

「失礼します学園長先生…あっ、こんにちは」

 

 ドアから聞こえたノック音に学園長が応えると扉が開き、視線が合った私に挨拶をしてくる10歳ほどの西洋人の少年。

 挨拶された私の方はというと、その聞き覚えのある声と目にした容貌に驚きの余り硬直していまい。挨拶を返すのが遅れ…少年が怪訝な表情をするか否かといった所で漸く返事をする事ができた。

 

「……ええ、こんにちは」

 

 挨拶を返しながら思わず彼を見詰める。赤毛が特徴的なまだ凛々しいと言うよりも、可愛らしい言える顔立ちの利発そうな少年。彼が―――

 

「おお、ネギ君、待っとたぞ」

「学園長先生、お呼びだそうですけど、何か御用が…」

 

 学園長の呼びかけに応える少年。

 やはり彼がネギ・スプリングフィールド。あの“物語”の主人公。

 

「うむ…実は来週の修学旅行の事なのだが―――」

 

 

 暫くして、

 

「え……し、修学旅行の京都行きは中止ーーー!?」

「うむ、京都がダメだった場合は、ハワイに……」

 

 きょ…きょうとーー…

 と、ここへ来た時に見えていた機嫌の良さは何処に行ったのか? ショックの余りに涙を流しながらフラフラくるくると奇行…じゃなくて項垂れるネギ。

 そういえば、エヴァンジェリンとの対決の翌日ってこんな話だったっけ? 確かこの後、関西の組織に親書を渡す話になって、更にその後、買い物先でエロオコジョことカモに唆されてコノカとスカカードを出すんだったかな?

 …にしても、ネギのこの落ち込み方は傍から見ると面白いわね。さっきの利発そうなイメージが見事に吹き飛んだって感じ。

 

「コレコレ…まだ、中止とは決まっとらん。ただ、先方が―――」

 

 予想通り…じゃなくて、原作の記憶にある通りに話が進んで行く。

 ……って、部外者で且つ不審人物である私の前でする話しなんだろうか? まあ、いいけど。

 程無くして学園長の説明が済み、

 

「ネギ君にはなかなか大変な仕事になるじゃろ……どうじゃな?」

「…わかりました。任せて下さい、学園長先生!」

 

 一瞬逡巡のような物を見せたが、学園長の顔を確りと見据えてそうハッキリと力強く応えるネギ。

 

 ―――へぇ、これはなかなか。

 

 と、ちょっと感心してしまう。私の座るソファーの位置からでは横顔しか見えないが、その表情は10歳児とは思えない意思や気概といったものを確かに感じさせた。

 

「ほ…良い顔をするようになったの、新学期に入って何かあったかの?」

 

 学園長も同様に感じたらしい。とはいえ、“何かあったかの?”とは学園長もとんだ狸よね。実の所、何があったか知っているくせに。

 

「え、い、いえぇ、別に何もありませんよ」

 

 だというのに、片や焦って挙動不審に見えて誤魔化すどころか返って怪しいし。

 まったく、感心したばかりで呆れさせるのもどうだろう? 学園長も「そうかの?」と言いながら言外に呆れているのを感じさせる。

 

「京都と言えば孫の木乃香―――」

 

 だが余計な突っ込み……いや、詮索はせず、学園長はコノカに魔法の事がバレてないか、親の方針が……云々と話を変え―――ん?

 何故か? そこでネギが何かに気付いたように私の方をチラチラと見るようになる。

 

「では、修学旅行は予定通り行う。頼むぞネギ君」

「あ…はい」

 

 さっきと同様意気込んで返事をするかと思いきや、妙に曖昧に答えるネギ。学園長も不審に思ったのか眉を顰める。

 

「如何したんじゃネギ君?」

「あ、いえ…その、あの子の前で魔法とか協会とか、それに…木乃香さんの事まで話していたから…」

 

 と私に視線を向けて言うネギ。

 成程、だから私の方を見ていたのか。

 

「ああ、その子なら大丈夫じゃ。一応こちら側の人間だしの」

「あ、そうなんですか」

 

 学園長の言葉にほっと安堵するネギ。すると私の方へ向き直り。

 

「あの…改めてこんにちは、僕はネギ・スプリングフィールドと言うんだけど、君は?」

「え、私…」

 

 何だか妙に人懐っこい笑顔を浮かべて気安く声を掛けてくるネギ。もしかして私、同年代だと思われてる?

 

「えっ…と、私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言うけど」

 

 戸惑いながらも何とか答える。

 

「イリヤスフィール…さん。ドイツの人? それにフォンってことは…貴族なの?」

 

 なんか子供らしい無邪気で朗らかな笑顔で話しかけてくる。

 

「えっと…それは」

 

 ネギの態度に戸惑いが抜けず、つい言葉を濁し…ふと気付く。

 そういえば、原作でネギの周りには年上ばかりだとかで、気安く話したり出来る同年代の友達が居ないとか言ってたような? コタローがその役割の筈なんだけど、修学旅行編で出会うからまだ会って無くて、それに友人と言える関係になるのはあの悪魔が襲来してからの筈―――だから私にお鉢が回って来ていると?……はぁ。

 

「……まあ良いか」

「?」

 

 こんなナリだし、しょうがない。それに彼と“お友達”というのも悪くはないだろうし…。

 私はこの時、余り深く考えずにそう結論を下し、頭の上にクエスチョンマークを浮かべるネギに笑顔を向けた。

 

「イリヤスフィールは長いからイリヤで良いわ、ネギ」

「あ、うん!」

「それじゃあ、これから宜しくね」

 

 そう言って右手を差し出す私。

 すると、ネギは無邪気な笑顔を浮かべてもう一度「うん!」と頷いて、躊躇い無く私の右手を掴んで握手を交わす。

 

「宜しくイリヤ!」

 

 こんなネギの様子を見ると本当に子供にしか見えない。こっちが素の彼な訳か、と会って間もないのに妙な感慨に耽る。

 考えてみれば、原作では主人公として奮闘する彼が主に描かれている訳だし、私がそういった感慨を覚えるのも当然なのかも知れない。

 

「ああ、それでネギ君―――」

「あ、はい。学園長先生、親書の事は任せて下さい!! すぐ修学旅行の準備に取り掛かりますから、じゃあ、またねイリヤ!」

「ええ、またねネギ」

 

 そうして意気込んで扉を開いて駆けて行くネギ。子供らしく元気の良いことだと微笑ましく思う。でも一方で仮にも教師が廊下を走っていくのはどうかなとも思ってしまう。

 

「………」

「どうしたの、学園長?」

 

 ドアの向こうに消えるネギを見送り、読書の続きに戻ろうとし……視界に学園長がまるで石化の魔眼(キュベレイ)でも受けたかのように、ネギを呼び掛けた時の右手を挙げた姿勢で固まっているのが見え、思わず首を傾げる。

 学園長は、固まったまま呟くようにして私に向けて口を開く。

 

「なあ、イリヤ君」

「なに?」

「…ワザとじゃろ」

「は?」

 

 意味が解らず首を傾げたが―――その後、学園長の話を聞くと、どうやら私を彼のクラスに編入させようと企んでいた事が判明した。

 私の承諾を得る前に転入生としてネギに紹介し、なし崩し的に強引に事を進める心積もりだったらしい。しかし今や同年代の女の子、もしくは友達としてネギは私を認識してしまい。今更、実は年上で生徒に成る子だとは言い出し辛くなったという塩梅である。

 まあ、ネギのあの喜びようを見れば尚更よね。

 

「仕方ない。この際、初等部でも―――」

「へぇ、そんなに死期を早めたいのね」

 

 些か聞き逃せない―――何処となく邪気の含んだ声色で見過ごせない事を発言しようとする学園長を睨み。スカートのポケットにしまったクラスカードに手を伸ばす。

 取り出した物には『槍兵』の絵が描かれていた。

 

「じょ、冗談じゃ…だから早まるでない」

「それがこの世に残す最後の言葉で良いかしら?」

 

 私の殺気を感じ取ったのか、それともカードに不吉なモノを捉えたのか、顔を青くし心底焦って後ずさりする学園長。

 

「待て! 待てっ! 分かったっ! 二度と勝手な真似はせんから、許してくれい!!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「まったく心臓に悪いのう。老い先短い老人のちょっとした茶目っ気なのだから、そんなに目くじら立てんでも良かろうに」

「悪いけど貴方相手に遠慮をしていたら、良い様に振り回されそうだから御免よ」

「同感だね、学園長は直ぐに悪乗りしたがるから、言うべき時はやはり屹然とした態度で釘を刺すべきだろうね」

「むう…労りが欲しいのう」

 

 学園長室に一人増え、私の向かいのソファーに30歳前後の男性が座っていた。

 あの後、直ぐに土下座して平謝りした学園長に免じて矛を収めた私だが、間が悪い事にそこへこの男性……ネギの友人を自称するあのタカミチこと、タカハタ先生が駆け込んで来たのだった。

 駆け込んで来たというのは学園長の悲鳴じみた声が聞こえ、余談を許さぬ危急な状況と勘違いしたからだ。しかし、いざ踏み込んで見れば、10歳程度の可憐な少女に土下座している東の長の姿。

 なんとも理解し難い滑稽な状況に思わず固まるタカハタ先生であったが、事情を聞くに及び、呆れた視線を私と学園長に向けてくれた。

 まあ、そんな様子を見せた彼も普段の学園長の行いを知っているので、大まかの元凶は学園長と認識しているっぽい。

 

「しかし困ったの」

「何がです?」

 

 唐突に学園長は唸るように口を開き、タカハタ先生が応じる。

 

「うむ、確かに面白半分もあったがの。イリヤ君の住処を考えると、あの女子寮が最適であったのも本当なのじゃ」

「ああ、それは確かに……だから彼のクラスに?」

「そうじゃ」

 

 二人して頷き合う。私はそれにやや置いてけぼり感を受け、思わず眉を顰めて疑問の言葉を口にする。

 

「何、どういうこと?」

「ああ、一応説明しておくべきだね」

 

 タカハタ先生の説明よると、この学園でネギの暮らすあの女子寮は、年頃のうら若い少女達が住む事もあって保安面で適した位置に建てられており、また“とある事情”から魔法などの裏社会が絡む方面に対しても学園内でも屈指の堅牢さと防衛力を持てるよう、数年前に大規模な改装が行なわれたとの事。

 そして茶目っ気こそ多分に含んではいたものの、記憶を弄られた可能性と未知の魔法具を持つ私を狙う何者か、或いは何者達が居るのではないかと危惧する学園長は、警護の為にもその強固な守りを持つ女子寮へ私を生徒とする事で違和感無く暮らせるように計らう積もりだった。

 それが先の一件での本当の目的なのだという。

 

 詳しくは説明してくれなかったけど、“とある事情”というのは多分、アスナやコノカが学園に来た事を指しているのだろう。数年前の改装という言葉からその可能性は低くないと思う。もしかしたらネギの事も含まれているかも知れない。

 重要人物を一箇所に集めて守り易くするのも至極当然の事だろうし。

 あと、セツナ、タツミヤが居るのも万が一の事態に対処させ易いからではないだろうか?……と、流石にこれは穿ちすぎかな。

 私は少々脱線しつつある思考を戻し、本当の目的を明らかにした学園長に向けて皮肉気に笑う。

 

「でも、そんな目論見も学園長の趣味のお蔭でご破算してしまった、と」

「ぐ」

 

 痛い所を突かれたかのように学園長は呻いた。

 そんな学園長にタカハタ先生も日頃の行いに苦言を呈するように言う。

 

「そうだね、妙な茶目っ気を出さず、予めイリヤ君に話しておけば、ネギ君の勘違いもその場で正す事が出来ただろうし」

「ぬぬぬ……しかし、言っておれば、拒否したのでないかのイリヤ君は」

「うーん、そうね。中学生をやるというのは確かに抵抗があるわね」

 

 まあ、実際中学生に限った話では無いんだけどね。正直に言えばもう一度、学生だなんて……まあ、ちょっと懐かしいというか、もう一度あの頃になんて思わなくも無いけど、やっぱり面倒くさいし。

 

「じゃろう」

「でもそれ以前に……私が言うのもなんだけど、警護の為とはいえ、生徒達の中に不審人物を混ぜるなんて、他の魔法関係者は良い顔しないんじゃない? 学園長は私をそれなりに信用してくれているようだけど。…あとタカハタ先生もそうみたいね」

 

 理由はよく分からないけど、学園長は何故か私を無害と考えているのよね。タカハタ先生も今此処で初めて顔を合わせたばかりだけど警戒している様子は無いし、ホント何故なんだか?

 でも、他の魔法先生……特にあのガンドルフィーニとか、堅物そうな人は納得しないんじゃないかな?

 そう考える私に学園長は、ん?と微かに首を傾げたかと思うと、突然ポンッと何かを思いついたように手の平を打つ仕草をする。

 

「ああ! そう言えばイリヤ君にはまだ言ってなかったのう。実は君が侵入した事を知っておるのは、わしとタカミチ君だけなのじゃ」

「は…なんで?」

 

 それじゃあ、監視も警戒も出来ないんじゃ?

 

「追々と思っての、取り敢えずタカミチ君にだけ話して置いた、といった所かの」

「他の関係者は、私が侵入した事に気付いてないの?」

「うん、外から無理矢理結界を破って侵入した訳じゃ無いからね。突然、内側に…それも魔力の気配、痕跡も殆ど感知させず、残さずに現れたらしいから、学園長ぐらいしか気が付かなかったんだと思うよ」

「だったら尚更―――あ、だからか」

 

 感知も出来ず、強固な結界を物ともせず、その内側に入り込む方法がある……しかも痕跡といった侵入の証拠も残さずに。

 そんな事を浅慮に周囲に漏らせば、この土地の防衛に神経を尖らせている麻帆良の魔法関係者達は、上から下への大騒ぎとなる。

 それに問題は麻帆良学園だけに止まらず、本国だとか他の魔法組織にも知れ渡る事になるかも知れない。無論、本来ならば、こういった危機管理に繋がる情報は協会と関連の在る組織には通達するべきなんだろうけど。

 しかしそうなると、実際に入り込んだ私にも厄介な追求が入る。先に説明された私に関する危惧とネギとアスナという出自に曰くが在る者を預かる―――云わば、懸念を抱える学園長としてはそういった事態は歓迎できないだろう。

 だから冷静に物事を見据えられ、万が一の時にも対処可能で信の置ける人物や“筋”にだけ伝えて置くと。

 まあ、もう少し状況を見極めたいという思惑もあるのかも知れないけど。

 口には出さなかったが、私の表情から事情を察したことを読み取ったらしい学園長は頷く。

 

「うむ、理解が良くて助かるの。そういう訳じゃからイリヤ君。当面は君の事は、知人の娘を預かった、とでも周囲に言っておくからその積もりでの」

「わかったわ。…でも、一応聞くけど、私以外に侵入者は居なかったの?」

「昨夜からそれと無く警戒命令を出しているけど、今の所それらしい報告は上がってないね。…それに“学園長が感知していない”なら、無いと考えても良いと思うよ」

「うむ」

 

 私の質問にタカハタ先生が答え、学園長がそれに自信を持って頷いた。

 

「そう」

 

 なんとなくした質問。

 予想通りの返答だったけど……よくよく考えると私は何なのだろうか?

 突如、麻帆良に現れた異邦人。でも何のために? ネギ・スプリングフィールドの物語に介入する、させる為?……それこそ何のために?

 判らない。しかも私に残る記憶では原作も完結してない……一体何をしろというのだろうか? それとも意味など無いのかしら?

 

「……話を戻すが、イリヤ君の安全…それに監視も考えるとやはりあの女子寮が一番なのじゃが―――」

 

 学園長の言葉に思考に沈みかけた意識を浮き挙げ、遮るように口を開く。

 

「―――学生をする気は無いわよ。それにネギの事情を鑑みると、気掛かりの無い友人が必要なのも確かなんじゃないかしら」

 

 学園長の盛大な土下座―――クラス編入云々の時にネギの修行の事は聞いている。原作通りに幼くして故郷から遠く離れた異国の土地で、魔法の修行もとい教師をしているという無茶な話を…。

 

「うーん、イリヤ君の言う事も分からなくはないね。僕も彼とは友達だけど、見ての通り大人だし、麻帆良(ここ)を留守にしてばっかりだから傍に居てやれないからね」

「そうじゃのう。さっきのネギ君の反応を見るにしても、そういった相手を求めておるかも知れんしな」

 

 タカハタ先生が同意し、学園長は思う所があるようにしみじみと言う。

 ネギのあの笑顔や、初対面に対する―――同年代だけど仮にも異性である私に―――妙に人懐っこさを見せた様子を思うと学園長の見解も無理は無い。というか私自身そう考えなくも無い。

 

「仕方ない、イリヤ君のクラス編入は諦めるかの」

「初等部編入も無しよ」

「わかっとるわい…じゃから、殺気を向けるのは止めてくれんかのう……全くまるでエヴァみたいじゃ」

「…それなら、いっその事その彼女に頼んでみては? あそこならある意味安全ですし」

 

 あ、何かものすごく嫌な予感。…彼女って? やっぱり…

 

「ある意味では危険じゃがな……しかし妙案でもあるのう。ちょうど貸しもある事だし、良いかも知れん」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 学園長とタカハタ先生に案内されて行き着いた先は、洒落たログハウスだった。

 

「何だ、ジジイの方から訪ねて来るとは、珍しい事もあるものだ」

 

 ああ…やっぱりか。

 リビングに通され、目の前でソファーに座り、偉そうにふんぞり返っていたのは、金髪碧眼の見た目は10歳ほどの西洋人の美少女―――つまり、あのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。

 原作では一番好きなキャラなんだけど……現実でお世話になるのはちょっと、ね。…だって、なんていうか確かに可愛らしいんだけど怖いイメージもあるし、それにこうして実際会って判ったけど、何か身の危険がひしひしと感じるのよね。

 

「で、何のようだ?」

 

 初対面の私を一瞥しつつ、学園長に用件を促がす彼女。

 

「お前さんにちょっと頼みがあってのう」

「面倒ごとならゴメンだぞ」

「昨晩、ちょっとした“騒ぎ”があった事を知っておるか?」

「…それがなんだ。お前の頼み事とやらに何か関係があるのか」

 

 エヴァンジェリンは一瞬、眉を動かすも平然とそう切り返し、テーブルに置かれたカップに手を伸ばして紅茶を啜る。

 

「いや、そっちは“どうでも良い”のじゃが、その騒ぎの際に“別の厄介ごと”が舞い込んで来ての。お前さんも騒ぎの方に気を取られていたようだし、仕事が“疎かになる事も”……ま、あるじゃろう」

 

 そう言って意味ありげに、例のバルタン笑いをしながら私に視線を向ける学園長。

 

「チッ…で、その小娘をどうしろと」

「お前さんの方で預かってくれんか。ちょっとした訳ありでの、彼女の身の安全と監視…その双方を含めて出来る限りの配慮をしておきたいのじゃ」

「……私に餓鬼の子守をしろ、と」

 

 忌々しそうに表情を歪める幼げな少女と、飄々としたな態度の老獪なお爺さん……実に対照的な構図である。

 

「そういえば、ここ最近、桜通りになにやら…と、妙な噂があったかのう」

「……いいだろう、引き受けてやる」

「そうか、いや…助かるのう。ふぉふぉふぉ」

 

 学園長を睨みつつ「この狸が…」と呟くエヴァンジェリン。だがそれには意を返さずに変わらずバルタン笑いを続ける学園長。

 はー…成程ね。

 昨晩の“騒ぎ”―――ネギとの決闘の事を仄めかしつつも“どうでも良い”と言って責を追及せず、“別の厄介ごと”と警備員を務める彼女に侵入者(わたし)の存在を告げて、またそれも“疎かになる事も”と言いながら不問にし、さらに桜通りの一件も問わない。……けどその代わりに私の事を引き受けろ、という訳ね。

 原作の彼女のプライドの高さから考えると確かに効果的でもあるかも知れない。こういった“借り”とも言うべきものを無償で施されるのを好しとする性格ではないだろうし…。

 でも、ちょっと対価としては払い過ぎな気も…?

 

「そこまでして何故私に押し付ける? その小娘には何があるんだ」

 

 エヴァンジェリンも私と同じ疑問を感じたのか、そう学園長に尋ねた。

 

「さて、の」

 

 学園長は惚けるようにそう言いながらも、どこか鋭くエヴァンジェリンを見据えた。エヴァンジェリンもその鋭い視線に目線を合わせるも―――

 

「…まあ、いいさ」

 

 程無くして彼女から視線を逸らし、そう呟いた。

 

「引き受けると言った以上、子守らしく丁重に扱ってやる。…それで良いんだな?」

「うむ」

「それじゃ頼むよエヴァ、それと……これ、この前に渡しそびれたから」

「む?―――ああ!」

 

 学園長と共に頷きつつ、エヴァンジェリンに何か白い小さな紙袋を渡すタカハタ先生。

 なんだろう? と思っていると受け取った彼女は直ぐに紙袋を漁り、中から長方形で木製の小さな箱を取り出した。箱自体は何の飾り気も無い代物だが、相当古いのか表面の光沢は鈍く、傷も見え、何処となく年期を感じさせた。

 私からはその中身は見えなかったけど、その箱を開いたエヴァンジェリンが一瞬、驚愕にも似た表情を見せ……何とも表現できない顔をする。

 

「本物…のようだな…まさか……とは思ったが…」

 

 エヴァンジェリンが震えた声を出す。そんな彼女の様子を目にした学園長とタカハタ先生は、やや目を見開き、驚いたような感じの珍妙な顔をする。おそらく相当珍しいのだろう。

 

「エヴァ、それ――」

「ああ! タカミチご苦労だったな、残った金は好きにして構わん。報酬として受け取ってくれ」

「え? あ、いいのかい? 結構なが―――」

「では、用件はそれだけだな。居候も出来たし、部屋の準備やらで忙しくなりそうだから長居はして欲しくないのだが」

 

 先程から一転。突然、何か妙に機嫌が良くなった…というか、ハイな感じをさせるエヴァンジェリン。

 思わずと言った感じで顔を見合わせる学園長とタカハタ先生だが、そんな二人の途惑った様子を他所にエヴァンジェリンに命じられたロボっ娘―――絡繰 茶々丸に促がされ、二人は玄関から押し出されていった。

 そして二人の姿が見えなく成るや否や、エヴァンジェリンは即行でリビングを後にし…多分地下へと降りていった。

 

 で、ログハウスを訪れてからというもの、終始放置されっぱなしだった私なんだけど。

 

「…お部屋をご用意致しましょうか?」

 

 その後も放置され続け、半刻ほどした後にやっとこうして気を遣うような、申し訳なさそうな雰囲気を感じさせる茶々丸に声を掛けられた。

 

「……お願い、するわ」

 

 紅茶と洋菓子のみで得られた満腹感と、何ともいえない精神的な空虚感を懐きつつ私は返事をした。

 

 ――――ただこの時、既に重要な事が目の前で発生していたというのに、私は気が付いていなかった。

 

 

 


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