麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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間に合わないませんでした。取りあえず少し遅れましたが定期更新です。


第14話―――少年の過去

 

 

 ネギらの処分が下ってから凡そ一週間が経った5月21日の水曜日。

 その処罰である社会学の講義を幾分か予定より早く終える事が出来、ネギは晴れて発信術式などの様々な制約から解放された。勿論、彼の使い魔であるカモも同様だ。

 

(ふう…―――よしっ!)

 

 その事実に彼は、教壇に注目する生徒たちに気付かれないようにホッと息を吐くも、今から―――このHRを終えた放課後より始まる。ここ数日ですっかり日課と成ったエヴァ邸での修行を思い起こし、気を引き締めた。

 

 処分が下る際、近右衛門が言った“ある方面からの苦情”というのはエヴァからであった。

 エヴァにして見れば、ネギの犯した違反やその処分はどうでもいい…というか、些末事に過ぎず、そのような事で自らの時間を割いてまで行おうという修行に横やりが入り、滞ることの方が大事だったのだ。

 その抗議を受けた近右衛門は、京都の一件での大きな借りや今後への対策を考慮し、已む無く折れて本来ならば放課後などに回すべきネギへの講義(しょばつ)を、彼が本来行うべき授業を削ってまで進め、放課後を空けたのである。

 罰という割には本末転倒な気もするが、近右衛門としてはエヴァの機嫌を損ねる方が問題であったのだ。

 

 

 

 HRを終えたネギは教室を出ると、校舎の昇降口…下駄箱の前で師であるエヴァと落ち合う。

 

「お待たせしました。師匠(マスター)!」

「…うむ」

 

 ここ数日で蓄積した疲労を堪えて彼は明るく挨拶を交わし、エヴァはそれに鷹揚に応えた。

 挨拶を交えると2人は直ぐに靴を履きかえて並んで校舎を後にした……のだが、その彼と彼女をこっそりと追跡する集団が居ることに2人は気が付かなかった。

 

 

 

「ちょっと、ちょっと、これじゃ尾行に成らないでしょ」

 

 と。暫くしてネギとエヴァを追う集団の先頭に立つ少女―――明日菜が、自分の後ろを歩く面々に抗議の声を上げた。

 何故、彼女がこのような探偵の真似事をしているのかというと、ここ数日に掛けて何かと気に掛かるルームメイトであり、担任教師であり、また弟分のような存在であるネギが、エヴァとの修行を終えて帰宅する度にやたらと疲れた様子を見せるので心配になったからだ。

 本当なら、その原因を自分一人だけで探る積もりだったのだが、気に掛かったのは彼女だけでは無かったようで明日菜の行動に気付いたクラスメイト達が次々と加わり……結果、思わぬ集団となってしまった。

 しかも妙にコソコソとした異様な姿から道すがら人々から訝しげな視線を受け、

 

「ママー、アレなにやってんの?」

「シッ、見ないの!」

 

 などと子供に指を向けられてその子供を諌める母親にも不審者を見るような視線を向けられ、周囲の注目を集めていた。

 明日菜が後ろの面々―――勝手に付いて来た木乃香、刹那、古 菲、夕映、のどか、和美といったクラスメイトの友人達に抗議するのも無理は無い。

 明日菜は、周囲の目線を気にしつつネギ達に気付かれないか、ヒヤヒヤしながら視界に収めた2人を追って行き―――

 

「―――何をしているの貴女達?」

 

 後ろから唐突に掛けられた声に振り返ると、白い銀の髪を持つ少女が赤い眼を僅かに見開き、自分達に不可解そうな視線を向けていた。

 

「イ、イリヤちゃん…」

 

 尾行という行為に後ろめたさを感じていた事もあり、見知った人間にそれを見られた明日菜は思わず動揺し、ドモった声でその少女の名を呼んでしまった。

 

 

 

 工房に籠りがちに成ったイリヤは、半ばエヴァ邸への居候を脱した様に成っていたが、その心情は未だエヴァの保護下にある時と変わらず、自分は彼女の身内であるという思いを抱いていた。

 並行世界に跳ばされ、頼るべき家族が居ないイリヤの事情を思えば、それは当然な心理の働きであろう。

 まあ、だからと言って工房が新たな住居と化したのも確かな事実であり、無駄な行為を極力是としないイリヤが何の意味や理由も無くエヴァ邸を尋ねる訳は無く。

 ネギがこの日、幾分か早く予定されていた講義を終える事を知っていた彼女は、その労い兼ねて彼の修行の様子を窺おうと思い立ち。

 ついでに製作した礼装などの実験もエヴァに協力して貰おうと考えて、エヴァ邸を訪ねることにした。

 

 そうして、留守をメイドとさよ達に任せてエヴァ邸へ向かったのであるが……その途中でイリヤは、挙動不審な一団とエンカウントしてしまった。

 

「何をしているの貴女達?」

 

 周囲の注目集めるその不審な集団とは出来れば他人のふりをしたい所であったが、向かう先は同じなようであり、顔見知りである以上は無視出来ず、半ば仕方なくそう尋ねると、

 

「イ、イリヤちゃん…」

 

 先頭に居たツインテールの少女が振り返り、左右色違いの瞳を向けて気まずげな視線を向けて来た。

 それを見るに、どうやら自分達が挙動不審である事に自覚が在ったようだとイリヤは思った。

 

 

 

 昼間の晴天が嘘のように空が陰り、ポツポツと雨が降り始めた為、傘を持つ自分とは別に、持っていない明日菜達にイリヤは投影を使い、人数分の傘を用意して渡す合間、彼女達の不審な行動の訳を聞いた。

 

「なるほど、それでどんな修行をしているか、気になった訳か」

 

 色とりどりの傘を差した一同が―――目標を見失った為、イリヤに従って―――エヴェ邸へ向かう中、事情を聞いたイリヤがポツリと呟くように言った。そう、呟く彼女は原作の事を思い返していたが。

 

「うん……それでなんだけど。エヴァちゃんとの修行ってそんなにハードなの?」

 

 イリヤに明日菜は若干身を乗り出すようにして尋ねる。

 明日菜の問い掛けに、イリヤはうーんと少し考え込み、少し間を持ってから答える。

 

「ゴメン、私もネギが修行で疲れているらしいのは知ってるけど、詳しくは判らない」

「え、どうして?」

「私、ネギの修行に付き合ってないから」

 

 その返答を聞いて明日菜は意外に思った。てっきりイリヤはネギの修行を見ている、或いはエヴァと一緒にネギに稽古を付けているのだと思い込んでいたからだ。

 それは自分がそうなので思い込んでいたところもある。始めてまだ日は浅いものの、明日菜にとって既に当たり前の日常と化した早朝のバイトを終えた後の剣道の稽古には、刹那のみならず、イリヤもまた自分に色々と指導してくれているのだ。

 だから自然とイリヤは、ネギの修行にも加わっていると明日菜は考えていた。

 

「意外ね。イリヤちゃんの事だから、エヴァちゃんと一緒にネギをシゴいていると思ったのに」

 

 明日菜は、そう思ったままの事を口にした。

 

「まあ、私にも都合はあるし、そもそも私が扱う“魔法”は特殊でネギに教えられるものじゃ…ないしね」

「それは確かに……しかし、戦闘訓練ならまた違うのではないですか?」

 

 苦笑して明日菜に答えるイリヤに横から刹那が口を出した。

 刹那にしてみれば、当然の疑問だ。

 魔法に関して教えられない事は―――まあ、判るのだが、戦闘訓練……つまり模擬戦などならば話は別の筈だ。実際、刹那自身がそうなのだ。イリヤの扱う魔法の事など分からなくとも、彼女と対峙し、その一挙一動を見、剣を合わせ、鍔を競り合うだけでも、自分の益と成り、技量の向上に役立っている。

 故に、刹那の問い掛けの中には、まるでネギの修行の役に立たないと言わんばかりのイリヤに対し、微かに憤りめいたものがあった。まるで自分との鍛錬まで否定されたようにも感じたからだ。

 刹那のそんな微かな非難をイリヤは感じたのか、弁明する。

 

「セツナの言う事も分かるけど、ネギはエヴァさんの正式な弟子な訳だし、許可も無く参加は出来ないわ。それに古 菲との一件もあるしね」

「あ、なるほど」

「確かにそうアルね」

 

 古 菲に拳法を習う際のエヴァとの揉め事を思い出して刹那は頷き。その発端を担った古 菲もまた納得するように相鎚した。

 古 菲に拳法を師事するだけでもあれだけエヴァと拗れたのだ。なのにイリヤがしゃしゃり出たらどうなるか? 況してや今は正式な師弟関係なのだ。

 もしそうなったら、今度はどうのように拗れるのか、想像が付かないようで付くような……微妙に悩ましいが、何かしらの問題が発生するのは確実に思えた。

 とはいえ、イリヤの実力……というか、力を知る刹那を始めとした朝の鍛錬組としては、やはり彼女がネギの修行に加わらない、もしくは加えないというのは勿体無いとも思い。明日菜が真っ先にそれを口にした。

 

「なら、エヴァちゃんから許可を貰えば良いんじゃない。イリヤちゃんなら多分、許して貰えそうな気がするし」

「ええ、それが良いかと」

「ウム」

 

 その提案ともいうべき言葉に刹那と古 菲も同意して頷く。

 イリヤは、そんな3人に苦笑し、

 

「ま、時間が在れば、それも良いんだけどね」

 

 ―――それだけを口にした。

 

 

 

 「……話が少しズレているような気がするのですが」

 

 夕映が口を開いた。

 彼女にしてみれば、明日菜の剣道の鍛錬や古 菲との一件を詳しく知らず、話に理解が及ばないという事もあるが、話が脱線しつつあるのを感じたのだろう。

 明日菜もハッとして当初の目的を思い出す。

 

「と、そうだった。でもイリヤちゃんもネギが疲れている理由どころか、どんな修行をしているのか知らないのよね」

「ええ、詳しくはね」

 

 明日菜の言葉にイリヤは頷いた。

 

「結局、エヴァちゃんの所へ行って直接確かめるしかない訳かぁ」

 

 仕方なさ気に明日菜はそう言って視線を向かう先―――エヴァ邸の在る方へと向けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 降りしきる雨の中を歩いて、イリヤ達はエヴァ邸へ到着したのだが、

 

「誰も居ない…の?」

 

 と、薄暗い屋内と人気(ひとけ)の無さから明日菜が一人呟き。

 

「ええ、気配を感じられません」

「確かにまったく無いネ」

 

 刹那と古 菲がそう答えた。

 他の面々も首を傾げる中、イリヤだけが家の中を迷いなく進んで行き。

 

「こっちよ」

 

 一同へ誘うようにそう告げた。

 そうして彼女が先導して行き着いたのは地下の奥深くにある一室だった。

 実の所、イリヤとしては勝手に“エヴァの別荘”へ明日菜達を連れて行くのは抵抗が在った。何しろ魔法使いが隠す秘儀を明かすような物なのだから。

 “魔術師”の観点からしても確実にアウトな所なんだけど…とも思うが、ネギパーティのメンバーである彼女達ならば遅かれ早かれいずれ知る事であろうし、基本お気楽な3-Aの人間達ならばエヴァはそれほど目くじらを立てる事も無い…とも思ったのである。

 それに今後の事を思えば、原作同様のこの時期に知って置いた方がプラスに成るとの考えもあった。

 

(とはいえ、無断で明かすのは間違いないのだから、何かしらの対価は払っておくべきよね)

 

 ともイリヤは密かに思い、何が良いかと思考を巡らせていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 軽く身を打つ風と、その風によって運ばれる潮の香り。見上げれば燦々と輝く太陽に白い雲と青い空が、周囲には一帯を囲む海が見え、その彼方先には地平線がある。気温も夏場の如く高い。

 この前、訪れた南の島を思わせるその場所に明日菜達は呆然と立っていた。

 

 

 

 イリヤに案内されて明日菜達が連れてこられたのは、ログハウスの地下の一室だった。

 円形の空間の為か、やや広めに感じられるその部屋は何の飾り気も無く。中央にポツンと台座が一つあり、その上には異様に大きいボトルシップのようなものが置かれていた。

 ただしボトルシップとはいったものの、ワイン等が入った円柱のボトルでは無く。フラスコのような大きな丸い硝子瓶で、その中も船の模型では無く、底の方に海を思わせる水と共に在るのは、塔のような白い建物や小島などといった精巧なミニチュアだった。

 これが何なのか? 明日菜達は疑問に思ったのだがそれを問う間もなく。イリヤに言われるまま彼女達はそのボトルシップに近づき―――

 

 ―――気付くと、前述の場所に居たのである。

 

 

「ど、何処なのよ。ここは…!?」

 

 突然、地下の殺風景な風景から煌めく太陽の下に、しかもどう見ても南国としか思えない光景に変わり、明日菜は絶句した。

 そんな混乱した様子の明日菜の隣で、対照的に至極冷静な姿を見せる夕映が感嘆した様子で呟く。

 

「この場所は、あのミニチュアの中ですね」

 

 洞察力の高い彼女は、目の前の光景が先程まで見ていたボトルシップの中身と同じだと直ぐに気付いた。

 イリヤはそれに肯定して頷く。

 

「ええ、此処はさっき見ていた瓶の中の世界よ」

「わあ、スゴイ! 瓶の中に世界を造って、その中に入れちゃうなんて…!」

 

 イリヤの言葉を聞き、のどかも感嘆の声を上げた。

 その声にはイリヤに指摘される前まで思い描いて居た。正に御伽噺に出てくるファンタジー的な事象を目にしたという感動が込められていた。

 これが魔法なんだぁ、と。

 勿論、イリヤの受けた警告をそれで忘れた訳では無い。けど、それでもこうして憧れた夢みたいな出来事に遭遇した以上、昂る感情は抑えられない。

 

「……もう何があっても驚かない積もりだったけど―――」

 

 これまで散々非常識な目に遭ってきた明日菜も瓶の中という事実と、目の前の光景に言葉通り、うひゃ~~と声を漏らして驚きを隠せないようだ。

 

「でも見た所、ここでもネギ君達の姿が見えないけど……あの建物の中かな?」

 

 和美も一般人として驚きを隠せず、好奇心の命ずるままに周囲を見渡し、持っていたデジカメで風景を撮影しながら言う。

 彼女の持つカメラのレンズには、今居る場所から伸びる白いコンクリ製と思われる橋を渡った向こうの、同じく白色に染められた大きな塔の上に建つ小さな宮殿、もしくは祭殿のような建物が映っていた。

 

「多分そうね。行きましょう」

 

 イリヤが和美に答え、彼女達を先導するように出入り口である転移用魔法陣から歩きだした。

 途中、明日菜が橋を渡る際、こんな高い場所―――塔と同じ高さの少なくとも100mはある高所に架かる橋なのに、手すりがまったく無い事に抗議の声を上げ。他の面々…特にのどかがコクコクと引き攣った表情で必死に首肯して同意して足が遅々として前に進めなくなり。それを図書館島で散々似た経験をして来た、と宥める夕映であったが、それでも屋内と屋外とは違うと、夕映の震える足を指摘しながら、のどかが抗議するなど。ちょっとした騒ぎはあったが……兎も角、怪しげな尾行集団であった一行は、目的であったネギの下へ辿り着いた。

 

 で、さらなる目的であるネギの疲労の原因も、明日菜達の妙な勘違いによる騒ぎを挟んで判明する。

 

「授業料に血を吸わせてもらっているだけだよ。献血程度のな。多少魔力を補充せんと稽古も付けてやれんし」

 

 とのエヴァの言に加え、一時間に一日という時間を圧縮する、もしくは遅滞させる“別荘”の機能を利用してネギにその一日…つまり24時間を徹底した修行に充てていた事が原因であった。

 和美曰く。「一日ぶっ続けで修業(トレーニング)した後に、血まで吸われたらヤツれもするわな、そりゃ」と、その言葉が全てを表していた。

 

「ネギ、アンタまたそんな無茶して…」

 

 話を聞いた明日菜は、本当に心配そうにネギに声を掛けた。

 しかし、ネギは心配いらないとばかりに答える。

 

「大丈夫ですよ、明日菜さん。それにまた修学旅行みたいなことがあったら困るし。強くなるためにこれぐらいの事でへこたれていられませんよ!」

 

 決意の固そうな真っ直ぐな目で語るその言葉を聞き、明日菜は思わず黙り込む。

 自分もまた似たような気持ちで刹那に剣道を教わり、今ではイリヤにも指導して貰っているのだからこれ以上は言い難くあったのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ん~、うまいアル」

「あ、コラ! お前ら、それは私の秘蔵食料…―――わ、バカ! 未成年がそんなもん飲むんじゃない!」

「え? だってジュースって書いてあるよ」

「ただのジュースじゃないんだよ!」

「まあ、まあ、固いこと言わないのエヴァちゃ~~~ん」

 

 ネギの修行の様子を見学して、この別荘の日が暮れる頃。つまり夕食の時間帯と成り、茶々丸が食事を用意するとテンションの高い3-Aらしく、半ば外泊状態という事も加わってか、ただの夕食がものの数分でどんちゃん騒ぎのお祭り状態に変貌していた。

 

 そんな騒ぎに乗じて…もしくはエヴァの言う特殊なジュースによる勢いを借りてか、真剣な表情でイリヤに話し掛ける2人が居た。

 

「―――決意した、と?」

「いえ、決意などと言う程大したものでは無いです。ただ今のままではウジウジと悩むばかりで、時間だけが無意味に過ぎてしまうと思いましたので…」

「だ、だから、せめて時間を無駄にしない為にも、取り敢えず、魔法を少しだけでも良いから教わって置こうって、夕映と話したんです」

 

 魔法を教えて欲しいと切り出した2人―――夕映とのどかにイリヤは問い掛けると、彼女達はそう返した。

 イリヤは、2人の表情を見つめ思う。

 決意は持っていないという彼女達であるが、今の真剣な顔と声色を見る限り、それなりに意思を固めているように見えた。南の島の時とは違い“こちら側”の危険を認識し、理解しようと心掛けた上で前へ進もうと。歩き出そうと。

 

「ふむ」

 

 まだ小さな…そう、決意とも覚悟とも言えない。とても小さな意思に過ぎないものなのだろうが、イリヤは2人の眼の中に灯る光とその真っ直ぐな視線に思わず感心し、顎に手を当てて唸った。

 そんな彼女に夕映が言葉を続ける。

 

「正直、まだ怖いという感情はあります。ですが以前言った通り、ネギ先生の力になりたいという気持ちもやっぱり変わらないのです」

「うん、怖いけど。ネギ先生の力になりたいし、成れないのは辛いから……このまま何もしないでいるのも苦しい」

 

 のどかも親友の言葉に同意して頷いた。

 こうしてイリヤと話す間にも―――面と向かってかつて自分達の思いを否定し、敢えて苦言を呈してくれた白い少女に告げる事によって2人は意思をより固くしようと、決意と覚悟を持とうとしているのだろう。

 イリヤはそんな2人の意を汲み取って頷く。

 

「…わかった。学園長には貴女達が“こちら”に関わる事を決めた、と伝えて置くわ」

 

 ただ―――“どのみち協会が容認している以上、私に2人の意思を否定する意味は無いのだから”などという、未練がましく浮かんだ言葉は出さず、イリヤは飲み込んでいた。

 

(ホント、我ながら女々しいわね。既にこの子達が“こちら”に関わる以上は、割り切ってこれからに備えると決めた筈なのに)

 

 とも、彼女は自嘲する。

 夕映とのどかは、イリヤの沈んだ様子に気付かず、彼女が自分達の意思を汲んでくれたのを素直に喜び「はい、ありがとうございます」「お願いします」とそれぞれイリヤに軽く頭を下げていた。

 

「それで、さっそくなのですが、イリヤさん」

「ん?」

 

 夕映は下げた頭を上げてズイッとイリヤに寄り、イリヤが疑問気に声を漏らす。

 

「貴女に魔法を教わりたいのですが」

「へ…?」

 

 身を乗り出して意気込んでいう夕映に、イリヤは今度はマヌケな声を漏らし、

 

「えっと…それは無理」

 

 反射的にそう答えていた。

 当然、夕映も反射的に問い掛ける。今さっき、魔法に関わる事に頷いた当人が行き成り否定するような事を言ったのだから。

 

「どうしてですか!?」

「……どうしてと言われてもねぇ。此処に来る途中で話していた事、覚えてる?」

「あ、」

 

 悩ましげに言うイリヤにのどかが声を上げる。

 

「た、確か、イリヤさんの魔法は何か特殊だから、ネギ先生に教えられないって言ってたような…」

「そういえば」

 

 のどかの言葉に夕映も思い出す。

 

「だから、無理…ですか?」

「まあ、そうよ。といってもネギ達の扱う“魔法”の知識も有るから、全くという訳じゃあないんだけど」

 

 夕映に答えながら、イリヤはつい反射的に無理だと口にした自分の事を苦笑する。

 

「では、無理ではないのですか?」

「ええ、私が教えるなんて考えもしなかったから、つい無理だなんて言ってしまったけどね」

 

 そう、まさか自分が夕映達に魔法を教えるなどと、“魔術師”として想像の埒外な事を乞われるとは考えてもいなかった。だから思わず呆けてしまった。

 そんな自分にイリヤは可笑しさと、夕映達が自分に抱いている印象を思えば、当然なのかと、思い至れなかった自分に間の抜けた感を覚え。

 また、今言ったように知識はあるのだから無理ではないのに、とも思い。それらが混ざって苦笑いが零れたのだった。

 

「それに、私なんかよりも適任なのは他にもいるしね」

 

 イリヤは、苦笑した表情のままそう言い。振り返って視線を此処に居る“魔法使い”達へ向けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 半ばどんちゃん騒ぎと化した夕食と、“ネギの一般人から始める魔法講座”を終えてから数時間後。この圧縮された時の世界に夜が訪れ。空には銀光を放つ月と宝石のように散らばる星々が深遠な闇の中で輝いていた。

 本来ならば、夜も更けた事もあり、皆は眠りに付いて居る筈なのだが…実際、ほんの少し前までベッドの上でヒュプノスの誘いに身を委ねていた者が多数だった。

 しかし、その者らも含めて今は、幼子(おさなご)の姿をした2人のヒュプノスの誘いによって、条理とは異なる夢の中へと彼女達は旅立とうとしていた。

 

 それの起こりは、一度トイレの為に眼を覚ました明日菜が夜更けにも拘らず、一人鍛錬を続けるネギを見掛け、話し込んだ事が切っ掛けだった。

 話の中、ふいにネギがやや思いつめた表情で聞いて欲しい事があると明日菜に言った。

 

「お話しておいた方が良いと思うんです。“パートナー”の明日菜さんには…」

「え……べ、別にいいけど。……何の話?」

 

 パートナーと言われて明日菜は思わず動揺し、照れくさく感じたのか、頬を僅かに赤くして彼女は尋ねた。

 ネギはそんな明日菜の様子に気付かず、思いつめた表情のまま答えた。

 

「僕が頑張る理由……6年前。サウザンドマスターと出会った時、何があったのかを」

 

 明日菜は戸惑う。ネギがどうして急にそんな話をしようと思ったのか判らなかったからだ。

 

「なんでイキナリそんな話?」

 

 疑問に思い。また尋ねると今度はネギが戸惑ったかのように動揺を示した。

 

「いえ、他の皆にも聞いて貰った方が良いかなとも思うんですけど……あの、明日菜さんがパートナーとして見てくれって言ったので…そのっ…話した方が良いかなって…」

 

 パートナーという意味を少し意識したのか、ネギは先程の明日菜同様に軽く頬を赤くして、どもりながら返事をした。

 ネギはどうやら南の島で明日菜が告げた言葉をアレから自分なりに考えていたらしい。処罰やら修行とかで忙しく大変であったにも拘らず、真剣に受け止めて。

 その答えが、今こうして話そうとした事に繋がったのだろう。

 明日菜はそれを理解すると、自然に笑みが零れた。

 

 が―――。

 

「そうか、それなら私達にも聞かせて貰おうじゃないか」

 

 そんな明日菜の笑みに水を差すように、そんな尊大な声が二人の間に入った。

 

「え…」

 

 声に2人が振り向くと、何時から居たのか。上半身が黒のネグリジェで下半身は黒のパンツとパンストという下着姿のエヴァと、フリルの着いた薄手の白いナイトガウンを纏うイリヤの姿があった。

 

「以前にナギの奴と会った事がある、生きていると…坊やに聞いてはいたが。詳しい事は何も聞いていないからな」

「……」

 

 エヴァはネギの父―――ナギに対して執着がある為、有無を言わせない迫力を滲み出しており、イリヤは何処となく眠たそうにして静かに沈黙していた。勿論、イリヤにしても興味が無い訳では無い。

 

「師匠……分かりました」

 

 エヴァの迫力に屈したわけではないが、ネギは頷いた。

 先程言った通り、どの道皆には話す積りだったのだ。…問題は無い。

 エヴァもネギの返答にウムと頷き返す。しかし、意外な言葉を続ける。

 

「…だ、そうだ。お前はどうする?」

 

 と、振り返らずにその背に向けて尋ねる。すると、

 

「あ、ううう」

 

 エヴァの問い掛けが自分に向けられたものだと理解したのだろう。気弱そうな声と共に一人の少女が恐る恐るといった様子で、傍に在る石柱の陰から姿を現した。

 

「あ、のどかさん」

「本屋ちゃん」

「あ、あの、その…べ、別に覗き見する積りは無かったんです。お、お手洗いに行っていたら、話し声が聞こえたから……つい、ご、ごめんなさい…」

 

 声を掛けたネギと明日菜にのどかはしどろもどろに答え、頭を下げて謝る。

 ネギはそれに気にしてないし、怒ってないと言った感じで宥め。そんなやり取りを見つつエヴァは言う。

 

「この際だから、此処に居る奴ら全員に話して置いた方が良いか? コイツ見たく話の途中で出て来て、その度に遮られては適わんし」

「……そうね」

 

 眠たげにイリヤは欠伸をしながらそれに応じた。

 ただ、明日菜は何処となく憮然とし、エヴァちゃんがそれを言っちゃうかな、と先程話を遮られた事もあってか、内心でそう呟いていた。

 

 

 程無くして。

 

 星の天幕の中で輝く月の銀光の下、ネギが修行に使うテラス前の広場に直径5mほどの魔法陣が輝き、その中央でネギとイリヤが目を閉じて向かい合い、互いに手を取って額を合わせていた。

 その周囲には魔法陣から身体が出ないように3-Aの少女達が床に腰を下ろし、座り込んで眠ったように目を閉じている。

 

 エヴァの提案からこの前の南の島の時と同様、イリヤの魔術によって少女達はネギの過去―――記憶の世界へ(いざな)われた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それは、始まりだった。

 少年が父を求め、偉大なる魔法使いを目指し、力を求める事への理由。

 

 少年が思うその切っ掛けは、本来ならば従妹である義理の姉が口にした言葉だった。

 

『あなたのお父さんはねー。とっても有名な英雄(ヒーロー)、スーパーマンみたいな人だったのよ』

 

 誰かの危機には、何処からともなく颯爽と現れてみんなを助けてくれる正義の味方。

 少年の姉は、そう父の事を語った。

 

 小さな幼い少年は、それをどう受け止めて解釈したのか。

 死んだと聞かされ、悪ガキだったとも聞かされ、それでも姉の言葉を信じ、“会えなくなった”という“死んだ”という言葉を否定したくて、正義の味方だったという父を証明したくて、そしてそれ以上にただ会いたくて少年は無茶を繰り返した。

 繋がれた犬の紐を切って敢えて追い回されたり、高い木の枝から飛び降りてみたり、果てに冬の冷たい湖の中に飛び込んで見せて自分の危機を演出した。

 

『ピンチになった僕を助けにお父さんは来てくれる』

 

 と、幼い感情からそう信じて。

 

 しかしそんな無茶が過ぎた為に、姉に酷く心配を掛けて泣かせてしまい。少年は反省したのか、以来無茶をすることは無くなった。

 

 けれど、

 

 『ピンチになったら現われる~~♪ どこからともなく現われる~~♪』

 

 何気なくそんな歌を口遊むことが在るのだから、少年の心には未だ無茶をしていた頃と変わらない想いがあったのだろう。

 

 そして、その時が訪れる。

 山に緑が見え、水も凍りつく事が少なくなった春が近づいたある日の事だ。

 その日は、春の到来が迫ったにも拘らず。やや寒さが強く、珍しく雪が降っていた。

 優しい姉が一月ぶりに帰ってくる。少年にとってその日は楽しい一日になる筈だった。

 

 だが、出掛け先から姉が帰って来る事を思い出し、村に戻った少年の目には燃え盛る炎が映っていた。

 幼い心にその光景はどのように映ったのか、ただ危険であることは理解出来ただろう。

 それでも……いや、だからこそ、炎に包まれた自分の住む村へ帰って来た筈の優しい姉と、父代わりである叔父を探して―――その中に飛び込んだ。

 

 しかし、そこで見たのは―――

 

 

 

 

 

 

 少年は涙を流して自身を責め立てた。

 

『ぼ、僕がピンチになったらって思ったから…? ピンチになったらお父さんが来てくれるって……僕があんなコトを思ったから……!』

 

 そんな泣き叫ぶ少年の前に無数の影が現われる。

 ソレは異形だった。俗に悪魔と呼ばれる人の世に災いをもたらす在ってはならない忌み嫌われた存在。数十にも数百にも届かんばかりに居並ぶソレらの姿を見た少年は、恐怖に震える事しか出来なかった。

 向けられる殺意と振り下ろされる巨躯の悪魔の拳に、恐怖に包まれ、後悔に苛まれ、それでも、

 

『お父さん…お父さん』

 

 父が此処に来てくれること、助けに来てくれることを願い―――その願いは儚くも叶った。

 

 少年が見たのは圧倒的な暴力。理不尽としか言いようがない絶対的な力。その圧倒的な理不尽によって悪魔達を一方的に殲滅する男性の姿だった。

 

 けれど、少年はその男性が何者か気付かず。寧ろその振るわれた力に改めて恐怖を覚えて、その場から逃げ出してしまった。

 

 しかし、逃げた先にも悪魔の姿があり、襲われた少年は先程まで探し求めていた姉と近所に住む老人に庇われる。

 その結果、姉は石化によって足を失って気絶し。老人は全身を石に変えられた。

 老人は石へと変貌して行く間際、少年に言葉を残す。

 

『頼む。逃げとくれぃ…どんなことがあっても、お前だけは守る。それが……死んだアイツへのワシの誓いなんじゃ』

 

 普段から父を悪く言っていた筈の老人が、そう小さく笑って最後に残した言葉。

 父のみならず、自分にも悪態を吐いていた彼が本当は父と自分をとても大切に思っていた事を、思っていてくれた事を少年は知った。

 

 少年は老人の願いの通り、姉と共に無事に炎に包まれる村から逃げる事が出来た。

 

『……そうか、お前が……ネギか……』

 

 悪魔達を殲滅した男性の助けによって。

 

『大きくなったな』

 

 大きな手で頭を優しく撫でられ、

 

『…お、そうだ。お前に……この杖をやろう。俺の形見だ』

 

 そう優しげに言われて、ようやく少年―――ネギは目の前に居る男性が、自分が追い求めて止まなかった父だと理解した。

 

『……お、父さん』

 

 信じられない思いでネギは呟いた。

 渡された形見だという杖の重みを感じつつ、姉は大丈夫だという父にネギは駆け寄ろうとする。しかし―――

 

『お父さん』

『悪いな。お前には何もしてやれなくて、こんな事を言えた義理じゃねえが……元気に育て、幸せにな!』

 

 まるで今生の別れを告げるかのように、父は宙へと舞い姿を消した。

 

 

 

 この三日後、ネギと姉であるネカネは救助され、以後。ネギは魔法学校へ通いながらウェールズの山奥にある魔法使い達の街で過ごす事になる。

 

 

 

 少年は夢の中で語る。

 

 僕はあの雪の日の夜の事がこわくて、こわくて……何故だか、すごい勢いで勉強に打ち込むようになっちゃいました。

 

 ただもう一度、父さんに会いたいって……僕を助けてくれた……立派な魔法使いだった父さんに会いたいって思って……。

 

 でも、僕は今でも時々思うんです。

 

 あの出来事は、「危機(ピンチ)に成ったら、お父さんが助けに来てくれる」なんて思った。僕の天罰なんじゃないかって……。

 

 

 

 

 

 

 夢から覚めた直後、明日菜は怒鳴るかのようにネギに詰め寄った。

 

「何言ってんのよ! そんなことある訳ないじゃん!!」

 

 額を合わせていた為、抱擁を交わすかのような体勢だったイリヤとネギの間に割って明日菜は叫んだ。

 

「今の話にアンタの所為だったところなんか、一つも無いわ!! 大丈夫!! お父さんにだってちゃんと会える!! だって生きているんだから!!」

 

 我が事のように涙を浮かべて言う明日菜に、ネギはただ戸惑い驚く事しか出来ない。

 

「任しときなさいよ! 私がちゃーんと、あんたのお父さんに会わせてあげるから!!」

 

 明日菜は、そう力強く宣言する。

 驚き戸惑っていたネギは、ただ頷くことも、返事をすることも出来なかった。明日菜に続いて木乃香と刹那がその宣言に続いたからだ。

 

「ウチも協力するえ、ネギ君のお父さんを探すの!」

「私も先生への恩義に報いる為、力になります!」

 

 明日菜と同じくネギに詰め寄って力強く言う2人にネギは更に戸惑うも、彼女達は気付かず、意気投合する。

 

「そうと決まったら、私ももっと頑張らないと。刹那さん、これからも剣道の練習、よろしくお願いね!」

「はい。お任せください!」

「うん! ウチも明日菜とせっちゃんと一緒に探すためにもっと頑張らな!」

 

 そう言って気炎を上げる3人であるが、そこにようやく戸惑いから抜けたネギが声を掛ける。

 

「あ、アスナさん。ありがとうございます。でも、やっぱり色々と危険があると思いますし、本当に―――」

 

 いいんですか? と言おうとしたが、 

 

「私は一応…あんたの、その……ぱ、パートナーだしね。それに前にも言ったけど。ホント、今更でしょ」

 

 若干、照れながらも明日菜はそう言って笑顔でネギに答えた。

 ネギはそれに答えず、今度は木乃香と刹那に視線を向ける。口にはしないが、ネギの眼は明日菜の告げたのと同様の問いを投げ掛けていた。

 2人はそれに明日菜と同じく笑顔で答え、頷いた。

 

「……ありがとうございます」

 

 向けられた3人の笑顔に、ネギは改めて頭を下げてお礼を言った。

 

 ―――ただ、明日菜の勢い込んだ宣言の所為でバランスを崩して転び掛けたイリヤは、その明日菜達と同様、「私も出来得る限り手伝うわよ」とネギへの協力を口にしたが。

 ほろりとした様子の茶々丸の隣で、俯き考え込んでいるエヴァと、他の面々も同様に深刻そうに考え込んでいる原作との違いが気に掛かっていた。

 

(ユエ達は判らなくも無いけど……エヴァさんは…?)

 

 直感的に引っ掛かるものを覚えて、イリヤもまた僅かに考え込む。無論、考察するには材料が足りないので答えが出る筈は無いのだが……。

 

『イリヤ、話したい事がある』

 

 と、気付くと自分に視線を向けていたエヴァから、そう念話が送られた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 月より降り注ぐ銀光が、相も変わらずこの限定的な南国の世界を照らしている。

 魔術によって紡がれた夢から覚めた少年少女達は、今は本当の…自らの意識が紡ぐ夢の中へと眠り落ちていることだろう。

 そんな中、未だに床に就かず。塔内にある一室で開き切った窓から月と星々を見詰める2人が居た。

 窓から吹き込む風で、金と銀という対照的な長く伸ばした髪を揺らし、2人は瞬く星空を見上げながら無言のまま、室内の窓の傍にある丸いガラステーブルを挟んで向かい合っていた。

 今この時、2人で居る事を望んだのは金の髪を揺らすエヴァだった。

 しかし、2人っきりになってから既に数十分。エヴァは何も言わず、星を見上げたままだった。雰囲気から何かを言いたそうにしているのは確かなのだろう。ただ彼女にしては異様に緊張しているように見えたが。

 余程言い難い事なのだろうか? エヴァさんにしては珍しい、と思いながら銀の髪を持つイリヤは彼女の口が開くのを気長に待つことにした。

 

 その合間、思い返すのはやはり先程見たネギの過去だ。

 大凡は原作を知る通りであったが、違いもあった。

 

 イリヤの脳裏に浮かんだのは、中でも印象的な赤く燃える炎に焼かれた村の光景だった。

 

 嘗て居た世界の“魔術師”としては、あのような村一つ街一つ消える等という惨劇は珍しいと思うものでは無いのだが、それは知識としてだった。

 アインツベルンは閉鎖的で基本外界との接触を断っている魔術師一族だ。

 況してやイリヤは、その領域の外へ出たのは第五次聖杯戦争が開始された時が初めてである。当然、あのような惨劇を目にする機会など無く。耳にする事さえなかった。

 といっても、魔術師の一族の中で育まれた倫理観では、やはりあの程度の惨劇は動じるに値しないのも確かだ。

 

 故に思う事は限られた。

 秘匿でも何でもなく、ただの政治的陰謀で村一つ消し去ったこと、それもネギの暗殺が目的である事だ。

 それはイリヤにとって嫌悪を抱かせるに十分なものだ。

 自らの犯した過ちを認めたくなく。その罪から発生した自らの権力を危ぶめんとする潜在的な脅威(ネギ)への恐怖から奔った行動。

 私欲と権力の為に女性一人を追い詰め、失敗し、その幼い子供まで暗殺してでも守ろうとせんとする見苦しいまでの保身行為。無論、愛国心から行ったという面もあるのだろうが、アリカならまだしもネギをも村ごと葬ろうとした事実を鑑みると、果たしてその一念は本物であるのかも怪しい所だ。

 

(ホント、俗物的よね…)

 

 何れにせよ、何かしらの報いを与える必要はあるだろう。

 イリヤは内心でそう決意した。

 どうせネギに敵対する連中なのだ。アイリや“完全なる世界”相手にするついでに潰してしまおう、と。“本国”の特定勢力と呼ばれる一部元老院に代表される者達を刈り取る事を。

 その感情の大部分は嫌悪以上に大切な友達(ネギ)を不幸にした事に対する義憤が占めていた。

 

 そしてもう一つ気に掛かったのは。

 原作との違い……あの燃え盛る炎に中で見たもの。

 花のように咲き散る赤い斑の絨毯に、燃えて炭化した枯れ木のようなモノ。引き裂かれ、捻じれ、拉げ、潰された無数の死体(ナニカ)

 

(そうね、現実的に考えれば、あのような惨劇に遭って石化だけで済む筈は無い)

 

 アレを見れば、夕映達が深刻な顔を見せるのは当然だ。あの南の島の時のように吐かなかっただけマシに成ったのだろうが、アレがどう彼女達に影響するか……。

 それを思うと明日菜が勢い込んだ方が可笑しいのだろう。修学旅行で海魔を相手にした所為か、それともネギの自虐への反発が大きかったためなのか、もしくはアミュレットの効果のお蔭なのかは判らないが、取り敢えず怖気づか無かったことは喜ぶべきだと思う。

 刹那はともかく、木乃香も意外であったが、彼女は彼女なりに此方に関わる覚悟を決めているからなのだろう。

 惨劇を体験した本人……ネギに対しては、

 

(原作以上に傷が深いのかも知れないわね)

 

 と、心配が大きく。話をすべきかも知れないと強く思った。

 

 

 そうしてイリヤが思い耽る中、どれ程の時間が経っただろう。

 エヴァが沈黙を破って、やや躊躇いがちに口を開いた。

 

「イリヤ……私が初めてお前の魔術というべきものを見た時…あのアミュレットを見た時に私が言った事を覚えているか?」

 

 問い掛けにイリヤは答えず怪訝に首を傾げた。勿論、忘れている訳では無い。一言一句という訳では無いが覚えている。

 首を傾げたのは、エヴァのその問い掛けの意図が判らないからだ。

 エヴァはそんなイリヤを察し、言葉を続ける事にした。

 

「あの時、私はお前の作ったアミュレットを見て、初めて見る術式だと言ったが、アレは嘘だ」

「え?」

「いや…少し違うか。確信が持てなかったという事あるが、あの術式を見るのは初めてではあるな」

「エヴァ…さん?」

 

 イリヤは益々怪訝な表情に成る。エヴァの言いようが不可解であるからだ。

 エヴァは、怪訝に眉を顰めるイリヤを見て可笑しく感じたのか、フッと笑みを零す。

 

「そうだな。こう言った方が良いか…―――イリヤ、私は“魔術”を見た事があるんだ。ずっと、ずっと、遠くの昔に…な」

 

 エヴァはそう言って星を再び見上げる。決して手に届かない煌めきを目に映して、けれど手を伸ばしながら……その言葉を呟いた。

 

「―――」

 

 その瞬間、イリヤの目が大きく見開かれた。

 

「いま……なん…て」

 

 表情が驚愕に固まり、見開かれた眼と視線でイリヤはエヴァの顔を見る。

 夜風に美しい金色の髪を揺らし、彫刻の如く整ったその顔は何かを憂いるかのような形を見せていた。

 

 

 

 




 今回は原作を小説化しただけのような内容です。これと言って手を入れる所が無かった為…というのは拙い言い訳ですね。

 次回はエヴァにちょこちょこあった伏線の回収ですが、ささらは相変わらず予想斜めに不意を突きに行きます。

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