麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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戦闘シーンをArcadia版より加筆修正しました。その為かちょっと繋がりがおかしい気も……。


第16話―――訪れる暗雲(前編)

 白亜の塔の上に煙の如く白い粉塵が舞い上がる。

 穏やかに流れる南国の風が緩やかに白粉の煙を運ぶも、その風の流れでは直ぐに吹き晴れる筈も無く。視界が覆われたこの状況を魔法の矢の乱射で生み出した少年は、目標へと距離を詰める。

 当然、目標にも魔法を―――下位では全く通じないので中位の『白い雷』をぶつけている。その直後に『遅延呪文』でストックしていた『光の矢・28本』を牽制も兼ねてこの状況を作る為に解放したのだ。

 目標が動いていないのは判っている。白く染まった視界の中でも目立つ“彼女”が纏う赤い衣装がうっすらと見えているから……けど、この奇策も本当に通じるのかは正直怪しい。

 それでも少年は目標へ駆ける。本当なら『雷の暴風』などの大呪文……それが無理でも先の『白い雷』のような中位魔法でもストック出来ていれば良かったのだが、今の彼では『遅延呪文』による魔法のストックは一つが限界だ。詠唱を再度行うにしても、そんな僅かな時間でも折角生み出せたこの煙は晴れてしまう。

 だから彼は接近戦を選んだ。距離が開いたままでは彼女の正確な投擲と射からは逃れられず、的に成るしかないのだ。

 先ず、“あの夜”…白髪の少年を相手にした時のように自分の杖を囮に目標へと向けて飛ばし、一拍遅れて一気に接近。

 

 パンッ

 

 と。乾いた音が大きく響き、少年の打ち出した拳は赤い外套を纏う少女の手に弾かれる。傍を通り過ぎた杖に気を取られる事も無く、この奇襲を予期したかのような余裕を持った手捌き。

 少年は微かに動揺するもやはりとも思い。動きを止めずに学んだ型と套路を活かし、四肢を駆使して連続で少女へ打撃を打ち込む。

 その都度、乾いた音が周囲に響き渡る。

 

 周囲の粉塵が晴れ、魔法の矢による破壊で景観がみすぼらしく成った闘技場が露わに成る。

 中心に在った石柱は半ばから折れて倒れ、囲む周囲の柱にもその痕跡が見え、白い床も所々が砕けて陥没している。

 

「!?―――…ッ」

 

 四肢をぶつけ合いながら応酬する2人、闘技場の上をジリジリと移動していた片方―――少女が陥没した地面に足を取られ、バランスを崩した。

 

 ―――貰った!!

 

 少年は内心で叫び、その隙を逃さず足を鋭く相手の胸の中心へと延ばす―――が、惜しくもその蹴りは少女の両腕に阻まれ狙いには届かなかった。

 しかし、体勢を崩していた為だろう。小柄な体格の少年から放たれたとは思えない重い一撃を受け、少女の身体が大きく吹き飛び―――数m後方で膝を着き掛けながらも何とか着地する。

 構えも取れていない。まだ姿勢も安定していない少女の姿。

 続く好機に少年は追撃を掛け、前屈みの姿勢で此方に顔すら向けていない白い髪の少女に拳を大きく振りかぶり―――

 

「―――駄目アル!!」

 

 遠くから生徒でもある拳法の師の声が耳に入った。

 途端、脳裏に過ったのは一つの既視感(デジャブ)。エヴァへの弟子入りテストでの一幕。

 テストで相手にした茶々丸にクリア課題である一撃を入れる為の策。

 

「しまっ―――」

 

 ―――た! これは誘い!!

 と。思い叫ぶ間も無く、既に身体は動いており、拳を放ち―――伸ばした拳は未だバランスを崩していたと思われていた少女に簡単に躱され…いや、避けると同時に少女は少年の伸びた腕を掴んで引き込み、円を描くかのように体に捻り入れて大きく踏み込み、鋭い肘を打ち込んで来―――

 

「カハッ…!」

 

 腕から体を引き込まれ、震脚を効かせた一撃が吸い込まれるかのように胸へと突き刺さり、衝撃と痛みと共に肺から空気が抜ける。

 完璧なカウンターだった。

 あの時に決められなかった一撃が……作戦が再現されて、少女に決められた。

 

「ぐうっ…」

 

 見事に突き刺さった胸への一撃を受けて吹き飛び、呼吸が乱れて呻きながらも何とか地面に足を着く。痛みと苦しさから思わず胸に手を当ててしまうが、それでも顔を伏せる事は無く、視界に相手の姿を収め―――

 

「!―――」

「フッ―――!!」

 

 既に至近に在った相手が放つ、下から突き上げるかのような貫手を咄嗟に左へと飛んで―――

 

「へ…!?」

 

 飛んで躱した先に金属質の光沢を持つ物が一瞬目に捉えられ、ジャラリとそれが首に絡まった。

 まるで蛇のように巻き付いた冷たい感触を持つそれが首を絞めつけ、ぐえ、と蛙のような声が漏れて苦しさを覚え―――途端、全身に抑え付けられるかのような力が加わり、視界が青く染まった。

 風を感じて流れる光景の中、白い雲と燦々と輝く太陽が見え、それが空だと認識した瞬間、今度は視界が白く染まり、凄まじい勢いで自分へと迫るソレが闘技場の床なんだと思った直後、凄まじい衝撃と共に全身に痛みを感じ―――彼の意識は暗転した。

 

 

 

「―――ふう」

 

 赤い外套を纏った少女―――イリヤは軽く息を吐いて、顔を上げて前方を見た。

 もうもうと粉塵が立ち上り、砕けて陥没した白い床の上にうつ伏せに倒れて気を失ったネギの姿が在った。

 彼の首からは鈍色の鎖が長く伸びており、それはイリヤの手に続いている。

 

「ね、ネギーー!!」

 

 明日菜の声が聞こえ、祭殿めいたテラスの方で見学していた彼のクラスメイト達が此方の方へ駆けてくる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……相変わらず容赦が無いアルね」

 

 古 菲が額から薄っすらと汗を浮かべてイリヤに言う。

 それは先の模擬戦のラスト。イリヤがカウンターを決めて追撃した時の事だ。彼女は貫手を避けられるままに何故か前へと駆け抜けたと思えば、避けた筈のネギの首に何時の間にか……いや、躱す方向を予期したのか、直前に杭のような物が付いた鎖を投擲しており、傍から見ればネギは自らその鎖に首を絡められに行った様に見えた。

 そしてイリヤは前へと駆ける勢いのまま鎖を引いてネギの身体を宙へと舞い上げ、遠心力を乗せて地面へと叩き付けたのだ。

 その光景の凄まじさは、衝撃音と共に噴火したかのように舞い上がった粉塵を見た瞬間、古 菲はネギが死んだと本気で思ったほどだ。

 

「まあ、仕方ないわ。アレぐらいしないと矯正出来そうになかったんだもの」

 

 イリヤは、額に汗を浮かべ引き攣った顔を浮かべる古 菲にやれやれと言った感じでそう答え、視線をネギの方へ向ける。

 

「―――ったく、だから言っているだろう。その左へと躱す癖は直せと…!」

「は、はいっ…す、すみません!」

 

 木乃香の治療を受けて眼を覚ました彼は、正座を強制させられてエヴァの説教を受けていた。

 その顔は青く染まっており、身体もかすかに震えていた。それはエヴァからの説教だけが原因では無かった。

 そう、眼を覚ましたネギは直ぐにその寸前の事を思い出し、さらに反省として模擬戦の記録映像を見せられ、その時の恐怖を思い出しているのだ。

 首を思いっきり絞めつけられ、千切れんばかりの痛みも奔り、首の骨が折れそうになる程の軋みを覚え。その上、自分の意思と関係無く凄まじい速度と力で宙へと放り上げられ、混乱し、訳の分からないまま迫り来る地面を見―――それと激突したのだ。

 その恐怖は如何程であったのか……恐らく、当分は忘れられないだろう。夢にも見るかも知れない。

 が、イリヤとしてもそこまでしたのは訳が在る。今もエヴァが彼に言った通り、どうにもネギには左へ左へと避けようとする癖が在るようなのだ。

 一応、師であるエヴァと古 菲は注意しており、改善はされつつあるのだが、戦いが長引いたり、咄嗟の事と成るとその癖が出て来てしまうのだ。

 その為、イリヤはここらで思い切ってショック療法的に敢えて強引というか乱暴というか、恐怖を刻み込む方法で癖が出た瞬間に叩きのめしたのである。

 

「しかし、やり過ぎではないかと……」

 

 刹那も額に汗を浮かべて言う。

 彼女としてもイリヤの言わんとする事は判るが、返って悪化するのではないかと心配にもなる。今度は躱す際に迷いが生まれるのではないかと。

 それに古 菲も頷く。

 

「ウム、迷って身体が硬直し、動けなくなる方が拙いネ」

「……」

 

 そう指摘を受けると、イリヤとしても少し不安に成る。

 まだ十代半ばとはいえ、熟練の武芸者と言える2人の意見をこうして聞くと、ウーム、やり過ぎたかしら…と。

 だが、そんなイリヤを援護するかのように此方の話が聞こえていたらしいエヴァが口を挟んだ。

 

「いや、それぐらいでどうにも成らなくなるのであれば、そうなる奴が悪い。このぼーやが何時までも癖を直さないんだから、尚更にな」

 

 不機嫌そうにネギの頭を乱暴にグリグリと押さえつけながら言う。

 

「あうう~、す、スミマセン、師匠(マスター)。以後気を付けます」

 

 目じりに涙を浮かべ、泣きそうな声を上げるネギ。

 

「フン、何度それを聞いたかな、ええっ!」

「あう、う」

 

 泣きそうなネギをさらに追い詰めようとするエヴァ。頭に掛ける力も増しているようでネギはさらに辛そうな声を上げる。

 

 そうして暫くネギの悲鳴がテラス内にBGMの如く響き。

 散々苛め抜いて気が済んだのか、エヴァはうな垂れて伏してしまった……正座の所為で足が痺れて動けなくなったネギを余所目にイリヤに再度視線を向ける。

 

「それにしても……無手でも戦えるとは判っていたが、予想以上に出来るのだな」

 

 何処となく確認するかのように……いや、微かに視線を上向かせ、遠い記憶を掘り返すかのようにエヴァはイリヤに尋ねた。

 

「まあ…ね、才能が無い分、より多くを学ぶことに費やした訳だしね」

「ふむ」

 

 エヴァは納得するかのように頷く。才能に恵まれず“一”を極められない“彼”の事を思えば、より多くの手数を有しておくのは当然なのだろう。況してや、その特異な“魔術”の事を思えば尚の事に。

 

「以前から見ていた限り、無手の時のイリヤは八極拳と空手が混じった我流っぽいアルな。それを軍隊や警察で使われるCQCへと昇華している感じネ……何処となく銃器の扱いも想定しているように見えるヨ」

 

 顎に手を当ててこれまでの見て来たイリヤの動きを、脳裏で反芻するかのように古 菲は言い。八極拳や空手はともかく、CQCなんてあまり一般的とは言い難いものへどういった経緯で至ったのか、気になるネ、と言った感じでイリヤに尋ねるが、さあね、とイリヤは曖昧に答えた…というか、そう答えるしかない。

 

「まあ……だが、最後のは少しルール違反だな。その意図は判ったが……投擲用の武器以外は使わない約束だったはずだが?」

 

 なおも聞きたげにしていた古 菲の追及を遮る為か、エヴァはやや強引に割ってイリヤに尋ねる。

 今回、イリヤがこの別荘を訪れた事もあり、せっかくなので一日の修行の締めであるエヴァ達との実戦形式の模擬戦を彼女に任せたのだが。

 その際、士郎に稽古を付けていたセイバーを真似てネギの二段階上を想定した他、杖以外は無手である彼に合わせる為にイリヤは遠・中距離以外は武器を使用しないと制限していた筈だった。

 

「それについては謝るしかないわね。私も使う気は無かったんだけど……ああ何度も癖が出るようじゃあ、ね」

 

 イリヤは、少し申し訳なさそうにしながらも苦笑しそう言い訳した。

 そんなイリヤを見、エヴァは仕方なさ気に嘆息する。

 

「はあ、それを言われると師としては反論し辛いな。まあ、仮にも実戦形式ともしている訳だし、事前の取り決めを鵜呑みにしたのも悪いか……」

 

 そうして鋭くネギへと視線を向けると、それに気付いたネギはビクリと体を震わせた。

 傍で心配し、介抱していた明日菜と木乃香はサッと離れる。この師弟関係については口出ししないと今日一日、ネギに課せられる厳しい修行風景を見て彼女達は誓ったのだ。とばっちりを恐れたとも言うが……。

 

「こうして見るとエヴァちゃんってやっぱり怖いわね」

「う~ん、所謂、スパルタっていう奴なんやろうなぁ」

 

 2人はそう感想を零すが、イリヤとしては“最強の某奴隷剣闘士”である人物の言う“ドS”な趣向だからだと思っている。

 尤も肝心な恋愛ごとになるとまた別なようだけど……とも感じている。一見積極的ではあるけど……いざ、相手から求められると弱い……或いは受け手に入るみたいな。

 

 その後、不興を買った為か、本来なら締めである模擬戦が延長され、今度は何時も通りエヴァを相手にした訓練(しごき)をネギは受ける事と成った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間が訪れて一同は別荘を後にし、エヴァ邸のリビングに上がる。

 

「あ、本当に一時間しか経ってないえ」

 

 時計を目にした木乃香が言うと、同じく携帯を開いて専用ネットに繋げて確認した明日菜も同意する。

 

「ホント、日付もそのままだ」

「だから言っただろう」

「はは…別に信じていなかった訳じゃないんだけどね」

 

 呆れた様に言うエヴァに明日菜は苦笑して応じる。そう、こういうのはやはり確かめたくなる物なのだ。

 

「じゃあ、エヴァちゃん。テスト勉強の時間が足りなくなったらまた使わせてよ」

 

 ネギの修行の見学をしつつ、折角出来た時間を無駄にしない為に刹那との鍛錬の他、中間テストにも備えたい明日菜は続けて言う。

 

「別に構わんぞ……ぼーやのついでにお前達にも稽古を付けてやろうと思っていた所だしな。特に神楽坂―――お前には…」

「―――え゛!?」

「何だその反応は?」

 

 意外なエヴァの返答に明日菜は思わず、盛大に腰を引かせる。そんな彼女にエヴァは胡乱な視線を向ける

 

「いや…だって―――」

 

 あのエヴァちゃんが何で私に? ネギの弟子入りだってやっと…って感じだったのに? と疑問も過ぎるが。それ以上にネギに行なわれた厳しい修行(しごき)が自分にも課せられる事への恐怖もあった。

 言葉にしなくても顔に出て判り易い明日菜である。表情からそれを読み取ったエヴァは、

 

「ほう、この私が直々に稽古を付けてやろうと言うのに不満があるのか?」

 

 鋭く明日菜を見据えて凄む。

 抱いた疑問以上に自分への恐怖を敏感に感じ取ったのか、どうやらSっ気が刺激されたらしく、弄ってやろうと思ったようだ。

 

「え、その…あはは、は…ゴメン、それはまた今度お世話になる時にね。ホラ、雨もこれ以上酷くなったら困るし、急いで帰らなきゃ」

 

 エヴァの先程ネギに向けていたような不穏な気配を感じた為か、明日菜は嫌な予感を覚えてそそくさと彼女から離れ、玄関の方へ向かう。

 

「む……まあ、いいか」

 

 折角、弄り甲斐があり、楽しめそうであったが、その楽しみは彼女の言う通りまた今度に取って置こうとエヴァはこの場で明日菜を見逃すことにした。

 そう、機会は在るのだから―――

 

「それではエヴァンジェリンさん。また明日」

「またなエヴァちゃん」

 

 刹那がお辞儀をし、木乃香は軽く手を振って別れを告げ、明日菜の後に続いて玄関へと向かい。残ったクラスメイトも古 菲以外の面々はやや沈んだ様子で挨拶をしながら玄関へと向かった。

 ネギも、

 

「それでは師匠(マスター)、僕も失礼します」

「ああ」

 

 刹那と同様、丁寧なお辞儀をして玄関へと向かうが、イリヤが此方に向かって軽く手を振っているのに気付いて立ち止まる。

 

「あれ? イリヤは行かないの?」

 

 既に工房の方に住居を移しているらしいイリヤが帰ろうとしない事をおかしく思って尋ねると、彼女は「ええ」と頷き、

 

「それじゃあね、ネギ」

 

 そう笑顔で返されたのでネギは思わず「う、うん」と頷いて、彼女と同じく「それじゃあ」と挨拶をして玄関から出て行った。

 軒先から「ひゃあ、スゴイ雨やなぁ」「わっ! 今光ったわよ!」と木乃香と明日菜の声が聞こえ、イリヤの姿が無い事を疑問に思う言葉も聞こえたが、ネギが何やら説明したらしく彼女達はそれほど気にした様子を見せず、そのままエヴァ邸から離れて行った。

 

 

 

 窓からエヴァ邸から離れて行くネギ達を見送り、イリヤはネギとやっぱり話をしておくべきだったかな? と微かに悔いめいた感情を覚えたが、修行に張り切る彼の姿と何処となく気を引き締めた様子でその師事に身を入れるエヴァの姿を見、気後れしたものを感じて機会を窺う事にしたのだ。

 或いはこの後に起きる“事件”の後の方が、良いのかも知れないと直感したのもある。夕映達のことを含めて―――

 

「ん…」

 

 エヴァが唐突に声を漏らしたのが聞こえ、イリヤも回路を通じて意識に触れるものを感じ、

 

(来たわね)

 

 内心で呟き、背後からのやり取りを―――「どうしました?」と尋ねる茶々丸に、「気の所為か」と答えたエヴァの言葉を否定する。

 

「いえ、“こっち”の警戒網にも掛かったわ」

 

 そう、近右衛門の依頼を受けて学園の各所に設置した探知魔術に反応した事を2人に告げた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 イリヤの有事を告げる言葉を受け、「やれやれ、面倒事か…」とエヴァは呟くと、言葉通り心底面倒くさそうにしながらも茶々丸に指示を出した。

 

「茶々丸、準備だ。侵入者は“例の連中”の可能性がある。完全装備で出るぞ」

「了解です。マスター」

 

 茶々丸は頷くと、つい先程まで居た地下の方へ再度降りて行った。

 完全装備との言葉に応じて武装を取りに行ったのだ。その間にイリヤは携帯電話で近右衛門に連絡を取る。

 どうしたイリヤ君? と暢気そうに電話口から尋ねて来る彼にイリヤは単刀直入に事態を伝えた。

 

「“こっちの網”に今反応が在ったわ」

『む!…それは―――』

 

 暢気そうな雰囲気から一変し、言葉の意味を理解した近右衛門が電話越しに息を呑んだのが感じられた。

 

「ええ、エヴァさんの張った結界でも反応は僅かだったみたいだから、かなり『穏行』に長けているみたいね。間違いなく“彼等”だと思う」

 

 近右衛門が息を呑んだ理由―――学園の結界に反応が無かったであろう事を察してイリヤは答えた。

 

「取り敢えず、こっちはエヴァさんと一緒に対処に向かうわ」

『わかった。こちらも警戒レベルを引き上げよう……気を付けるんじゃぞ』

「了解……そちらもね。何が起こるか分からないから…」

 

 と、互いに注意し合い電話を切るとイリヤはもう一度、別のダイヤルへ連絡を入れる。

 

 

 

 40秒ほど経過して茶々丸は地下から姿を現した。

 彼女の肩や手には、アタッシュケースやショルダーバックにボストンバックなどの幾つもの種類の鞄が見えた。

 その中身の大半は銃器や魔法薬などなのだが、アミュレットとタリスマンを始めとしたイリヤの製作した魔術品と礼装も入っている。

 この礼装に関してはエヴァの要求と提供された材料もあって特注の代物と成っている。

 

 エヴァと茶々丸の2人が防護用の礼装として身に付けるのは、600年の時を生きた真祖の吸血鬼たるエヴァの血を、同じく彼女がコレクションしていた年代物の宝石に混ぜつつ溶かし込んだ黒い外套で、彼女の髪も魔的な意味と概念を込めて織り込んである。

 その防護効果は下位魔法の無効化は勿論、中位及び上位魔法までのダメージを半減出来るという非常に強力な物なのだが、ただしエヴァ本人か、彼女と契約の繋がりがある眷属以外は纏う事が出来ないという大きな欠陥が在る。

 

 武器は茶々丸には2本の西洋風の剣(ロングソード)を用意しており、これも元はエヴァが過去に集めた業物でイリヤの手により、『アーチャー』の持つ知識を使って真銀(ミスリル)と過去にエヴァが退治し採取したという、とある魔獣の牙を用いた魔術的な鍛造がなされており、退霊及び退魔の呪文処理も施されている。高位の魔法使いの障壁でも容易に斬り裂け、例え英霊(サーヴァント)相手でも急所を狙えば致命傷を狙える代物だ。

 

 エヴァの方はアゾット剣にも似た赤い刀身を持った短剣である。効果もアゾットに似たようなもので用途は武器というよりも杖であり、タリスマンと同様、彼女の魔法を補強・増幅する機能を持たせている。

 コレのお蔭で今の最弱状態でも並の魔法使い程度の出力に止まるが、中位までならば魔法薬無しでも魔法の行使が可能と成っている。封印された身にとっては限りなく心強い礼装であろう。

 ただし主と成った材料はかなり特殊な物で、不老不死且つ再生能力が在る彼女にしか提供出来ないものなのだが……なんと“真祖の吸血鬼(エヴァンジェリン)”の左腕の骨を丸々一本使っていたりする。その為、これも外套同様、エヴァ本人かその眷属にしか扱えない欠陥が在るが、前述の通り彼女にとっては頼もしいもので強力な代物だ。

 

 主従共に黒い外套を羽織り、腰のベルトには魔法薬の入ったポーチと共に剣を差す。

 茶々丸は、更に銃器などの火器の選別に取り掛かり。エヴァは腰から短剣を抜いて品定めするかのように刀身を観察し、指で柄から先端に向けて腹を撫でると、

 

「『火よ灯れ』!」

 

 軽く一振りして始動キー無しの無詠唱で初歩の魔法を行使する。途端、ボウッと切っ先に松明ほどの大きな火が燃え上がったが……直ぐにライターが起こす程度のサイズに成る。

 

「ふむ…」

 

 改めて試しに魔法を使って感触を確かめたが、やはり今の状態では並み魔法使い程度の出力しか維持できないか……と内心で呟きながら軽く嘆息する。

 

「まあ、ありがたい事も確かなんだがな…」

 

 この最弱状態の自分にとって心強いのは理解しているが、かつての力を自覚するが故に不満も混じるのだった。

 

 茶々丸は火器の選別を終え、メインにM4A1を選択する。弾薬は5.56mmな上、付与が『障壁貫通』である為、やや威力は欠けるのだが、市街戦の可能性を考慮すると小銃としては比較的銃身が短いこの銃の取り回しは有用で、近接時にもそれは活かせる筈である。また遠・中距離時の援護も威力に不安はあるが可能だと判断していた。オプションはフォアグリップのみでM203などは選ばず、そこは別途に用意した手榴弾(グレネード)で補う。

 サブとしては、グロック21を選択。こちらは装弾数と威力の双方のバランスを取った結果だ。イリヤ謹製の剣で障壁を斬り裂ける事から45APC弾には『障壁貫通』では無く、威力重視の付与が成されている。障壁を斬り裂ける斬撃とこの銃による組み合わせで近接に対応する積りだ。

 

 準備の整った2人の姿を見、イリヤは自分の製作した礼装を身に纏った彼女達に妙な感慨を感じた。

 なんというか照れくさいような、恥ずかしさと共に礼装の出来の良さによる自信と頼もしい2人の姿に期待めいた高揚を覚えたのだ。

 自分の存在もあり、これならヘルマンに後れを取る事は無いだろう。

 そう、原作知識から思うのだが、あの変態紳士たる伯爵閣下の存在はネギの成長を促す要素でもあり、自分達が対処に出て良いのか? と迷いもある。

 しかし、

 

(これがお母様の刺客である可能性は否定できない)

 

 ヘルマンがフェイトの依頼で動いていた事から、ほぼ確信に近い危惧があってこうして対処に動かざるを得なかった。

 それを思うと今更ながらイレギュラーである自分達の存在に不安と共に苛立ちさえ覚えるが、

 

(ま、なるようにしかならない、か……)

 

 そう無理やりにでも納得するしかなかった。

 

 そして―――いや、しかしイリヤはこの時の判断を後に悔やむ事になる。如何に自分の覚悟が懐く恐れと危惧に比べて不十分だったか、認識が不足していたか思い知るのである。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 侵入者の位置は、比較的にエヴァ邸から近くにあり、準備を終えたイリヤ達はわずか数分で“彼”の前に立つことに成った。

 分厚い雲で陽光が遮られて雨が降り、やや冷え込んでいるとはいえ、この季節には似合わない分厚い黒いコートを着込み、頭にはソフトハットを被った体躯の良い初老近くの男性。それはイリヤの記憶に在る通りの姿だった。

 

「ふむ、これはこれは名高き彼の闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)殿にお目に掛かれるとは……」

 

 エヴァの姿を見、彼は心底感嘆した様子で此方に語りかけて来た。

 そこにはとても脅威と遭遇した恐れどころか緊張感すらも見えない。無論、最弱状態のエヴァを侮っている様子も無く。その背後に居るイリヤの纏う気配にも気付いていない訳でもないだろう。

 だが、彼は余裕を持った大仰な芝居めいた口調と仕草を止めることは無かった。

 

「と、いけませんな。私とした事が名乗りもせず。どうかご無礼をお許し下さい」

 

 深く反省するかのように頭から帽子を取り、男性は丁寧な動作で頭を下げた。

 

「私はヴェルヘイム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵……まあ、伯爵などと言っても没落したしがない身ではありますが、以後お見知りおきを…」

 

 そうして慇懃に名乗り、頭を上げてエヴァに穏やかな笑みを向ける。

 エヴァは、そんな芝居じみた真似をする敵に対し、フンと鼻を鳴らす。

 

「爵位を持った上級悪魔とはな。だがそんな“ナリ”で麻帆良に入り込むとは……此処の結界の探知を抜けるステルス能力は見事だが―――それでどうする? まさかそんな“姿”で私達を相手にどうにか出来ると思っているんじゃないだろうな」

 

 エヴァは、目の前に居る敵が―――名乗りの割には“矮小”な存在でしかない彼が間違いなく上級悪魔だと看破するが、その理由を霊格の高い存在を封じ込める麻帆良の結界の影響を逃れる為、自ら弱体化し、力を封じている所為だと見抜いていた。

 彼女の的を射た言葉にヘルマンと名乗る上級悪魔が愉快そうに笑い上げる。

 

「ふふ…ははっ、いやいや、全く申し上げられるとおり、真祖の吸血鬼たる貴女に挑むなど……例え万全な状態であろうとも避けたい事。まさに悪夢ですな。況してや“今”の私では大人しく敗れ去るしかありませんからな」

 

 ヘルマンの愉快そうな言葉にエヴァは警戒を強める。エヴァ邸で茶々丸に言っていた事だが、今麻帆良にこうしてちょっかいを掛けるのは、西以外では“あの組織”の可能性が最も高いのだ。式神でも鬼でも無く、この“悪魔”という刺客を見る限り、恐らく間違いは無いだろう。

 となると、コイツには自分達を含めた麻帆良の強力な戦力を相手にする手札が在る筈だ。

 

(奴が余裕なのはそれを示している…と思うが、それともハッタリか? いや―――)

 

 よくよく考えてみると、周囲は木々に囲まれた森の中だ。始めは侵入が悟られないように人目を避ける為に此処を通っているのだと思ったが、

 

(まさか、誘われたか? 此方の探知に気付いて?)

 

 人目に付かないという事は―――あくまでも仮にだが―――逆に自分達が敗れても誰の目にも触れられず、気付かれないという事にもなる。

 念話をさせる間も無く、妨害(ジャミング)系の魔法を使い『遠見』による観測も防げば―――その場合、麻帆良はどう判断する?

 

(私なら少なくとも簡単に敗れるとは考えない。交戦中で敵の足を止められているのだと判断し、健在だと考える。私やイリヤが簡単に敗れる筈が無いのだから)

 

 勿論、それでも斥候などを送るだろうから遅からず事態は把握できるだろう。しかしその合間……情報伝達が遅れ、正確性も欠く事に成る。それがどのような影響を齎すか…。

 

(なら―――)

 

 手札を切る前に仕留めるべきだ。そう判断し、念話で茶々丸とイリヤに呼び掛け―――背後から甲高くも重い金属音が響いた。

 

 

 

 それに逸早く気付いたのはイリヤだった。

 エヴァのような推測にこそ達してはいないが、やはり彼女のように警戒はしていた。

 脳裏に過るのは、京都でアイリが自分に向けて行った言葉。

 

 ―――近いうちに迎えを出すから、それまでよ~く考えて置くこと、良いわね♪

 

 あれから一月余り、そろそろ行動を起こしてもおかしくはなく、この機に乗じる可能性は非常に高い。

 だからエヴァ、茶々丸がいる面々で最もイリヤは警戒していた。原作知識からヘルマンはフェイト…引いては“完全なる世界(コスモ・エンテレケイア)”との関わりが在るのは確実だと知っているのだから。

 だが―――

 

「グッ―――…」

 

 完全に予想外だった。

 突然、横から感じた気配に振り向き、辛うじて双剣による防御が間に合い。受けた重い一撃に身体を大きく飛ばされながらもそう思った。

 余裕な態度を見せるヘルマンに付いているのは、結界の探知を抜けたのもそうだが、気配を全く感じさせない事から“アサシン”ではないかと判断していたのに―――

 しかし驚いている間は無かった。間に合わないとも思ったが、それでも叫ばずには居られなかった。

 

「エヴァさん―――!」

 

 自分に斬撃を浴びせた黒い影が、自分を吹き飛ばすと同時に前方に居たエヴァ達の方へ疾風の如き勢いで向かっていた。

 茶々丸がヘルマンの方へ踏み出していたのも悪かった。

 

「―――っ!?…ガッ…ハ」

 

 イリヤの叫びというよりは、先の金属音によるものだろう。エヴァは素早く振り返ったが、防ぐまでには行かなかった。

 空気を裂く音と共に敵の放った横払いはエヴァの身体―――胴を見事に捉え、生々しい音を立てながらイリヤ同様、彼女の身体は吹き飛び、その先の在った木に叩き付けられた。

 斬撃によって身体が真っ二つに成らなかったのは、敵の持つ剣が彼本人の本来の獲物では無く、刃挽きされた物で鈍器と化していた為であったが、イリヤの礼装とそれによって強化されていた自前の障壁のお蔭でもあった。

 

「―――マスター!!」

 

 ヘルマンの方へ駆け出していた茶々丸が背後を振り返り、主が倒れたのを見て思わず叫ぶ―――が、「茶々丸、ダメッ!!」とイリヤが注意する間も無く、気を取られた彼女は敵の接近を許してしまう。

 

「―――!」

 

 結果、距離取ろうと敵の攻撃を防ごうとするも間に合わず、

 

「っ―――!!?」

 

 主と同じく横払いの一撃受けて吹き飛んだ。ただしエヴァとは違い。腹部から砕けるかのように二つに身体を引き裂かれ、様々な部品とオイルや冷却液、衝撃吸収材などの液体を撒き散らしながら……。

 それは同じ礼装による加護があれど障壁が無かった為なのか、それともエヴァを仕留められなかった事から同じ外套を纏う茶々丸に対して反省し、より重い一撃を浴びせたからなのか……或いはその両方か。

 ともかく、主従二人は一瞬にして敗北してしまった。イリヤの渡した礼装を活かす事も出来ずに。

 

「くっ……! やってくれるじゃない…!」

 

 その事実にイリヤは悔いるかのように歯噛みする。

 この世界でお世話に成った親しい彼女達が無残にやられた事もあるが、それ以上に不意を受けたとはいえ、彼女達の援護すらままならなかった自分に対する怒りの方が大きかった。

 しかし、脳裏の冷静な自分が告げてくる。

 不意を突かれて自分が無事なのは幸いだと。あの敵を相手にして―――イリヤは倒れたエヴァと半壊した茶々丸に視線を向けず、その敵を睨んだ。

 全身が鋼鉄に覆われた甲冑姿の黒い騎士。目を離すには危険な相手。第五次同様、化け物ぞろいの第四次聖杯戦争の中でも屈指の身体能力(パラメーター)を誇り、宝具無しの純粋な戦闘力では間違いなく最強であろう英霊(サーヴァント)

 彼の騎士王に仕えた円卓の騎士に名を連ね、その誇る武勇と数々の冒険を熟した偉業と伝説から、この世で最も誉れ高き最高の騎士と現在でも知られる“湖の騎士”―――サー・ランスロット。

 その脅威と感じる圧力(プレッシャー)にイリヤは肌に泡立つ物を覚えるが、引っ掛かる物も感じて思わずソレに意識を傾ける。

 

(―――にしてもバーサーカーのクラスで呼ばれた彼が気配を感じさせないなんて……)

 

 俄に信じ難い事実だった。“穏行符”を使用していた可能性もあるがその程度の魔法具では、あれだけの距離で自分が気付けないとは思えない。なによりも黒化を受けて狂化し、理性を失っている彼にそれを使えるとも思えな―――…いや、『無窮の武錬』を持つ彼ならそれも可能だ。しかしそれでもあの魔法符程度で自分が接近を気付けないとは思えない。

 なら考えられるのは彼の宝具の一つ『己の栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』を利用したものなのか?

 だがイリヤは、その答えに内心で首を振る。

 

(アレは自らの正体(ステータス)を隠すためのモノ……『気配遮断』の真似事が出来るとは思えない。況してやバーサーカーのクラスのままじゃあ―――ッ!!)

 

 イリヤは思考を中断する。

 黒き甲冑を纏った騎士が、より黒い魔力を全身から溢れさせて突進してきたからだ。

 イリヤは干将莫耶を構え、まさに狂戦士と言うにふさわしいソレを迎え撃つ。

 

 ――――直後、森の中で激しい連続した金属音が木霊した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……ふう」

 

 ヘルマンは、金属音を響かせて離れて行く暴風の如き気配を見送り、軽く溜息をした。

 上手く難を逃れた事への安堵の溜息だった。尤も対彼女用であったとはいえ、本当にあのイリヤスフィールという幼い少女があの凶獣のような騎士―――彼にとって信じ難い話ではあるが、彼の伝説の“湖の騎士”殿―――の一撃を凌いだ事実は驚きだったが。

 

「まあ、ともかく状況を切り抜けられたのは僥倖……侵入が気付かれたのは痛いが―――止むを得んな」

 

 彼は微かに無念そうに呟くと口に閉ざしたまま外へと念話(こえ)を飛ばした。侵入が察知された場合に備え、雇い主が敷いた布石を動かす為に。

 物事を完璧に運べなかった彼にとっては些か不本意な事では在ったが。

 

「―――さて」

 

 念話による合図を送った彼は視線を黒い騎士によって倒れた2人へ向ける。

 

「ぐぅっ…貴様! よくも―――!」

 

 口から血を零し、それでも怒りと闘志を込めてこちらを睨みつけて来る真祖の吸血鬼。

 骨…肋骨は恐らく粉砕しているだろう。内臓も甚大な損傷を負っている筈だ……にも関わらず、斬撃を受けた個所を手で押さえながらも立ち上がる彼女には敬意を表したくなる。幾ら不死の身であろうと今の彼女では再生も遅々としたものであり、その身を襲う痛みも相当なもので、とうに意識を手離していてもおかしくないのだから。

 しかし、だからこそ彼女を放って置くことは出来なかった。そうするには危険な存在なのだ。この数々の二つ名を持つエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルという伝説は。

 

「彼の騎士殿の攻撃をまともに受けて立ち上がれるとは流石ですな。ですが―――」

「チィッ―――」

 

 ヘルマンが踏み込み。エヴァは対応しようとするが、傷を負った身体は思うように動いてはくれない。

 瞬く間に良いようにされ、外套や短剣のみならず、腕の付けたアミュレットやタリスマンを含めた武装が剥ぎ取られ、

 

「では、眠って頂きましょう。私には貴女を滅ぼす手段が在りませんし、石にするのも許されていないのでね」

「……おのれぇ」

 

 再び倒れたエヴァは、それでも『眠りの符』を向けて来るヘルマンを睨みながら……その符を貼られて眠りに落ちた。

 

「…マ、スター」

「ほう、まだ動けたか」

 

 大破のショックによって緊急停止(スリープ)していた茶々丸であったが、何とか再起動をする事が出来た。しかし既に遅く。何かを為す間も無く、主人が敵の手によって眠りに落ちるのを見過ごすことに成った。

 

「流石は技術大国ニッポン。魔法人形では無く、君のようなロボットが存在し、彼の“人形遣い(ドールマスター)”に仕えていようとは……まあ、魔法学も導入されている様だが…」

「……」

「ふ…主人に良く似ているというべきか、忠実というべきか、そのような身でありながらも闘志は衰えぬか」

 

 エヴァ同様、傷付きながらも不屈の意思が籠った視線を向けて来る機械仕掛けの人形(ロボット)にヘルマンは感心する。彼女の主人と同じく敬意を覚えるも、やはりその強い意思を見た以上は野放しにすることは出来なかった。

 

「君も危険だな。況してや機械に疎い私としては、どのような機能が在るのかも覚束ない。だから―――」

 

 ―――念を入れて破壊させて貰う。

 

 そうヘルマンは告げた瞬間、彼は大破しうつ伏せで地に倒れる茶々丸の頭部目掛けて空手でいう下段突きを放った。

 

「!―――」

 

 纏うコートと同色の黒い皮手袋で覆われた拳が迫るのを見、茶々丸は残された両手と動力(ちから)を使い。身体を捻るようにして避けようとし、同時に目に仕込まれた光学兵器(レーザー)を敵に目掛けて撃ち出す。

 

「ぬう…!?」

 

 それは機械に疎いと言った彼にとってまさに予想外というのもあったが、拳を振り降ろした最中の反撃(カウンター)な為、避ける事も防ぐ動作を取る事が出来ず、ヘルマンへまともに直撃した。

 凄まじい魔力(エネルギー)を持ち、一点に集中された眩しい光の線が高熱を伴い胸へと突き刺さるが―――

 

「あぐっ―――!」

 

 茶々丸も拳を避け切る事は出来ず、顔の凡そ左半分にヘルマンの大きな拳を受けて左頭部が砕けて吹き飛び、人間の脳と同様、頭部に在る重要なパーツである量子電脳が損傷しその機能を停止させた。

 

「ぐむぅ……見事なものだ」

 

 頭部の約半分を失い完全に力を失った彼女を見てヘルマンは唸った。

 

「このような手札を……起死回生の一手を打とうとは……」

 

 魔力が篭った熱線で焼けた胸を押さえながら彼は、それを行なった相手に感服した。

 何時でも撃てた筈のレーザーを此方が避けようの無いタイミング―――恐らくはそれを誘う為もあって、あのように強い視線で闘志を向けて来たのだろう。

 そう、止めを刺さんとした自分の攻撃の瞬間を狙った相打ち覚悟の一手を。それがこの絶望的な状況での最良の手だとこの機械仕掛けの少女は判断したのだ。

 

「まったくもって見事。決して諦めないその不屈の意思。思い切りの良さ。流石は闇の福音の従者だ。しかし―――」

 

 残念な事にヘルマンを倒すには至らなかった。恐らくは大破した為に出力が不足したか、照射途中でヘルマンの拳を受けてレーザーが途切れた為だろう。

 もしそれが無ければ、この場で自分は倒れていたかも知れない。本当に残念な事だ……奇妙な話ではあるが、ヘルマンは自身を危険に及ぼした相手にも拘らず、そうまでして果たせなかった彼女の無念を思うと、そう何とも感傷めいたものを覚えるのだった。

 

「ふふ…」

 

 僅かに笑い声が零れた。

 我が事ながら何とも矛盾した理解しがたい心の機微だと可笑しくなったのだ。そこには彼の持つ趣向に対しても向けられていた。

 才能の在る者を見出すと、その者の先を成長した姿を見たいと思いながらも、それを摘み取りたい。未来を奪いたいというどうしようもなく歪んだ想い。或いは欲求。

 

「まあ、ともあれ。仕事に移るとしよう」

 

 彼は思考を切り替えるかのように言うが、その顔に浮かんだ笑みは変わらず、

 

 ―――あの少年は、この歪な想い(ねがい)に応えてくれるだろうか。

 

 そう、期待を膨らませて内心で呟いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 寮への帰宅途中、携帯よりイリヤから連絡を受けた刹那は、友人たちを急がせて帰路を進んだ。

 学園の中でも屈指の堅牢さを持つ安全な寮へ避難する為に、イリヤから借りた傘が余り役目を果たさなくなるのも構わず駆け足で。

 なにしろ、

 

(侵入者は“完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)”……京都でお嬢様を狙った一味である可能性が高い)

 

 だから自然と声に出して皆に呼び掛けていた。

 

「皆さん急いで」

 

 と。

 幸いにも運動を苦手とするメンバーで無かった事もあり、息を切らせる者は居たものの皆は一度も足を止めること無く、然程時間を掛けずに刹那達は寮へ無事辿り着く事が出来た。

 寮の玄関を潜り、建物の中に入った刹那は微かに安堵のため息を吐いたが―――直ぐに気持ちを切り替える。寧ろこれからが本番だと。

 寮へ張られた結界に不安は無いが、それでも警戒はするべきでこの周囲を見張らなくては……そう考え、彼女は装備を整える為に部屋へ急ぎ向かおうとした。

 が、そこにネギが尋ねて来る。

 

「刹那さん。あの…侵入者って一体…?」

 

 エヴァ邸からの帰りの途中、電話を受けた刹那がそれを終えるなりに告げたその言葉は、ネギにして見れば全く突然な話だった。勿論、刹那にして見てもそうなのだが、彼と違って持っている意識や認識が……いや、情報量が違った。

 そう、京都の事件に関わり活躍したとはいえ、ネギはまだ見習いなのだ。あの事件で遭遇した(フェイト)が“完全なる世界”という父達の宿敵であった組織の一員で、事件の黒幕だとは知らされておらず、それが麻帆良に襲撃してくる等というのは想像さえ出来ないのだ。

 ネギに尋ねられた刹那はその事に思い至り、どう答えるべきか迷い沈黙してしまう。恩人であるネギに隠し事を……それも彼が求めて止まない父親にも関わる重要な事を知りながらも黙っているというは、刹那の誠実な性格もあり、後ろめたさがあった。

 しかしそれでも…いや、だからこそ、

 

「……言葉通りです。麻帆良に悪意を持った不逞な輩が侵入したという事です」

 

 数秒間の沈黙を挟んで刹那はそう答えた。“完全なる世界”の事は麻帆良……もとい協会内でも見習いを始め、戦闘要員以外の下級職員には機密扱いの事項であり、迂闊に話せるもので無いのだ。

 それに父に関わる事であると知ってこの真っ直ぐでありながらも、何処か歪に無茶を良しとする少年が、どう行動を起こすかも正直なところ不安であった。

 少なくとも今現在知る必要は無い。恩が在るからこそ彼の事を大事に思って刹那はそう判断した。尤も恩が在ろうとなかろうと、前者の機密事項という点から同じ結論を下したであろうが。

 

「そういう訳ですから私は、周囲の警戒に付きますのでこれで失礼します」

 

 と、ネギに答えた刹那はそう言ってペコリと頭を下げるが、直ぐにその場を離れようとはしなかった。ほんの僅か…数拍ほど頭を上げるのを遅らせ、

 

「あ、それなら僕も―――」

 

 予想通りの言葉を何事にも一生懸命な少年が言うのを聞き、刹那は頭を上げてその言葉を遮るかのように言う。

 

「いえ、ネギ先生。それはご遠慮ください」

「え? でも…」

「今回は、修学旅行の時とは違います。此処は本職である“私達”にお任せください」

 

 強い視線でキッパリという刹那に、ネギは思わず息を呑んだ。

 目の前に居る生徒である少女が眼に宿しているのは、ある種の覚悟であった。まだ見習いに過ぎないネギが持つ事が出来ない職務を背負った物が持つ責任感……云わばプロ意識とでもいうべきものだ。

 それを感じ取り、同時に理解する。未だ自分は見習いの身であり、彼女には遠く及ばない立場なのだと。

 ついこの間、先月の修学旅行で共に戦い。背中を合わせた事で仲間意識を―――対等な戦友関係に在るのだと考えて今回も彼女が戦おうというのなら、自分もと当然のように思ってしまったが、けれどそれは思い上がりなのだと自覚する。

 

「すみません。確かにそうですね。京都の時とは違いますし、麻帆良には正規の魔法使いが大勢いるんですから」

 

 自分の申し出が出過ぎた事だと理解した少年は、直ぐに自分の非も理解して頭を下げた。

 前回とは違って見習いの自分が敢えて関わる必要は無く。また見習いに過ぎない自分では足を引っ張りかねない、とそんな当たり前の事に至らなかった浅慮さに恥ずかしさを覚えながら。

 刹那は、そんな聡くも素直なネギを好ましく感じて微笑ましそうに笑みを浮かべた。

 

「はい、ご理解頂けて何よりです。しかし、勘違いなさらないで下さい」

「え―――?」

「私は別にネギ先生の事を頼りないとも、足手纏いなどとは決して思っていません。確かに今回は私達の仕事ですが、万が一という事もあります。もし寮内で何かあった時は―――」

 

 刹那の意外な言葉にネギは戸惑ったが、続けて言われた言葉にハッとした様に気付いた。先程は否定してしまったが、彼女は自分を仲間だと対等な戦友なのだと、信用し信頼してくれているのだと。

 確かに今起こっている事は基本、刹那達のような正規の職員が前面に立つべきものなのだろう。しかし見習いでも見習いなりに役割が在るのだ。そう、仮にも協会に籍を置く魔法使いである以上、担うべき責任はあり、事が起きているのを知った限りは、それに備えるべきなのだ。

 だから彼は頷いた。

 

「わかりました。その時は必ず木乃香さんと皆さんを守って見せます」

 

 刹那の向けて来る視線に応えて、ネギもまた強い視線を返した。

 刹那もまたそれに満足して頷き、笑顔で言う。

 

「はい、宜しくお願いします」

 

 と。

 

 だが―――

 

 その後、イリヤから同じく連絡を受け、正式な仕事依頼として刹那と合流し、寮の警戒に付いた真名と同様の楓であったが、

 

『くっ! どういう事だアレは!?』

「判らん…と言いたいが、既に敵に先手を取られていたという事だろうな」

 

 寮の屋上から大型狙撃銃――バレットM82A2のスコープ越しの光景を見つつ、真名は刹那の念話に応えた。

 スコープのサイトに捉えられているのは、西洋人と思しき風貌を持つ男性。その衣服は黒一色で統一されており、何処となく不吉な物を連想させた。

 

(いや、事実アレはそういう存在だ)

 

 真名は己が秘める特異性からそれを見抜いた。その血を半分受け継ぐ“自分達”に近しくもより深く邪な存在。

 

(“悪魔”とは…厄介なモノが出て来たな。しかも非常にらしい悪辣な手を使ってくれている)

 

 そう思い…刹那が焦燥する原因(わけ)を見る。スコープの倍率を下げて視界を広げると件の悪魔の傍には透明な硝子のようなドームがあり、中には何故か全裸で閉じ込められているクラスメイト達の姿が在った。

 綾瀬 夕映、宮崎 のどか、朝倉 和美、そして古 菲まで。

 

「陳腐な手だが、確かに有効だ」

『だが、寮には幾重もの結界が―――』

『抜けられたという事でござろう』

「そうだろうな、どうやってか…までは判らんが」

『くっ!』

 

 信じ難く考え辛い事であったが、真名と楓の言葉を受けて刹那はそれを認めざるを得ず、唇を噛んだようだった。

 それでも一抹の希望を求めて、刹那は真名に尋ねる。

 

『龍宮、アレは間違いなくクー達なのか?』

 

 と、良く似せた偽物か、映像の類ではないかと。しかし真名は否定する。

 

「残念だが本物だ。裸である所を見るに浴場にでも居た所を不意を突かれて襲われたんだろう」

 

 あそこなら先ず間違いなく武器などを携行することは無いし、何かと気も緩みやすい。狙うなら絶好の場だしな、とも付け加えた。

 尤も言う本人は、銃器を隠し持って行ったりするのだが、それは言っても栓は無いだろう。

 

「おそらくだが、イリヤスフィールの“護り”を警戒したと見るべきだな。まだ綾瀬達に支給されてはいないようだが……」

 

 イリヤの革新的な魔法具の事はまだ魔法社会では大々的に広がってはいないが、情報に聡い者達なら何かしら掴んでいてもおかしくは無い。真名の言葉はそう考えてのものだった。

 

(しかし、どうしたものか? 距離は100mも無い。狙撃自体は十分可能だが……危険だな。奴の身に何かあった途端、綾瀬達の身にも危害が及ぶ仕掛けが在ると見るべきだ)

 

 そう考えて囚われたクラスメイト達の姿を見る。その胸には呪符が張られている。恐らく本人たちには剥がせない物だろう。

 だが、このまま見過ごせば、自分達を含めて彼女達の他にも被害が及ぶ。ならばいっその事―――と、そこまで思考を巡らせた時、脳裏に声が響いた。

 

『既に見えていると思うが、此方には人質が居る。私としてはこのような幼い娘達を盾にするような真似は余り好まないのだが、今の私では君たちの相手は少々骨だ。特に神鳴流の君は』

 

 そういって悪魔は、刹那の方へ視線を向けた。

 念話を通じて刹那の歯軋りが聞こえた気がした。次に悪魔はこちらに視線を向けて来る。穏行符で気配を絶ち、都市迷彩でカモフラージュしている筈の真名の方へ。

 そして真名が危惧していた事を告げた。

 

『そこから問答無用で私を狙い撃っても良いが、その場合、彼女達の身の安全は保障出来ない。あの娘達に張ってあるのは文字通り呪いの符でね。死に至る事は無いだろうが、相当苦しむ事に成る』

 

 真名は思わず舌打ちする。自分の位置がバレている上に悪い予想が当たった事からだ。

 更に彼は追い打ちをかける。

 

『無論、このままでも同じ事だ。時間稼ぎをされても困るのでね。今のままでも呪いは徐々に彼女達の身体を蝕んで行く。数分もしない内に死んだ方がマシな状態に成るだろう』

 

 チッ、真名は再度舌を打った。中々に用意周到だと。この状況を生み出し、此方の動きを制限した事もそうだが、長距離の念話は勿論、寮内への念話も妨害が掛けられているらしく全く繋がらないのだ。

 

『貴様の狙いは何だ!』

 

 刹那が悪魔に尋ねる。此処までするのだから敵には何かしらの要求か目的が在る筈だと思っての事だ。時間稼ぎが無駄な以上…いや、クラスメイトを苦しめたくは無く。刹那は早々に敵の話に応じる事にしたようだった。そこには明らかな悔しさも篭っていたが。

 ただ、素直に答えてくれるかまでは不明だったが、

 

『ふむ、私の目的はネギ・スプリングフィールドとカグラザカ アスナの2人……』

 

 以外にも返答が帰って来た。

 

『ネギ坊主はまだ判るが、明日菜殿に?』

 

 楓の疑問に満ちた声が念話に割って入った。

 

『残念ながらそれ以上は答える事は出来ないが、用が在るのはこの2人だけだ、他には無い。その用さえ果たせれば、彼女達は無傷で解放する』

「それを信用しろと?」

『信用できない気持ちは判るが、そういう依頼だ。それでも信用できぬなら―――このヘルマン伯は、我らが主たる偉大なる“御方”に誓って約束しよう』

「!!?」

 

 真名は心底驚いた。この悪魔は本気であの2人以外には危害を加えないと言っており、“地獄の主”の名に於いて“誓約”したのだ。

 まさに不意を突かれる思いがあった。

 念話越しに伝わる気配から刹那も同様なのだろう。楓も彼が言った意味の深さは判らないが、その本気を感じた様だった。

 

『理解してくれたようで何よりだ。では武装を解除し大人しくして貰えるかな?』

 

 此方の気配を感じ取ったのだろう。そういって彼が懐から取り出したのは数枚の『眠りの符』と『封縛符』だった。

 スコープから目を離し、玄関前に居る刹那の方へ視線を向けると、彼女は苦渋の表情を浮かべているのが見えた。近くの木に潜む楓も表情を殺しているが同様の気配が滲み出ていた。

 真名にしても打開策が見えず、要求を呑まざるを得ないと感じている。

 だが、ネギと明日菜の身とクラスメイト達の4人。どちらが重いのか? その判断が付かず、更に言えばそのような天秤に計る行為自体、刹那は嫌悪していた。

 

『まだ迷いがあるようだ……ふむ、ではもう一つ、ネギ君とアスナ嬢の2人に対しても命を取る積りは無い、と付け加えて置こう。特にアスナ嬢には丁重にと念を押されている』

 

 ―――どうするかね?

 

 そう、最後に告げられて刹那は力を抜き、その愛刀を手離して自らの意思を示した。

 その相方の様子に真名もやれやれと言った感じで観念し溜息を一つ吐くと、彼女と同じく武装を解除して屋上を飛び下りて力を抜いた刹那の隣に並んだ。

 楓もそれに続いた。

 3人の様子にヘルマンは満足げに頷くと、雨に濡れた地面から幼い少女……というよりは文字通り幼児が姿を現し、無抵抗の彼女達のボディチェックを終えるとヘルマンから預かった2種類の符を真名たちに使った。

 

 そうしてその場に残ったのは、黒衣の男の姿のみだった。抵抗を排した彼は悠々とした足取りで寮の玄関を潜った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 イリヤから連絡を受けた近右衛門は、彼女に告げた通り直ぐに協会職員に命令を発して警戒レベルを引き上げた。京都の時と同様に。

 そして十数分後、半ば予測された事態が起こった。

 学園内の幾つかの箇所にジャミングが掛かり、遠見や念話及び電話回線すらも通じなくなったのだ。その上、学園外縁部に無数の魔力反応が掛かり、

 

「召喚か…」

『はい、確認された限り、鬼を始めとした妖怪の類です。数は凡そ最低でも500にも達しております。現在も増大中です』

「ぬう…多いのう。術者が居るとすれば30人前後になるな」

『西の手の者だとお考えで?』

「……君はどう思う」

 

 近右衛門は電話先の明石の問い掛けに逆に尋ねる。

 明石は数秒程黙考してから答えた。

 

『……可能性は低いでしょう。それだけの術者が動けば幾ら何でも西の上層部が気付きます』

「じゃろうな、しかし彼奴らの手にしても……鬼というのは、些か腑に落ちんな」

『西の仕業と見せ掛けて、和解を妨害しようとしているのかも知れません』

 

 うーむ、と唸る上司に明石が言うが、近右衛門は首を横に振った。

 その線もありえるが、今一しっくり来ないのだ。

 

「まあ、考えるのは後じゃ、取り敢えず対応せんと……たとえこれが陽動であろうとも、な」

『はい…』

 

 近右衛門の言葉に明石は沈んだ声で同意した。

 そう、この外からの襲撃は、既に内側に入り込んだ本命が動き易くする陽動だと彼等は認識していた。

 恐らく外から圧力を掛けて内に回す手を封じようとしているのだろう。

 ありきたりの手だが、それ故に有効だった。事実それを理解していても手を打ち、少なくない戦力をそれに振り向ければいけないのだ。

 オマケに敵戦力の全容が判らないという問題もある。既にこれだけの戦力を投入している以上、無いとも思いたいが、そうも行かなかった。

 その為、遊兵を作る事に成るが更なる別働隊に備えた予備部隊を編成する必要もある。

 

「ふう、取り敢えず、現在現われた敵の陽動にはガンドルフィーニ君と瀬流彦君を中心とした(チーム)を当て、弐集院君の班は予備に。明石君達はこのまま学園中枢の防衛及び警戒網の監視と各班への情報支援の他、各方面部と西への連絡を任せる」

『了解です。……高畑先生の方は?』

「刀子君と神多羅木君と共に女子寮の方へ向かって貰う―――どうも胸騒ぎがする」

 

 エヴァも居るし、大丈夫だとは思うが―――近右衛門は白い少女の事を思い浮かべて抱いた不安が杞憂である事を祈った。

 自分はまだ動けないのだ。万が一の……中枢への侵入と、いざという時の為にも―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 森の中で黒い影と赤い影が激突する。

 黒い影は理性無き狂戦士のクラスに呼ばれた彼の“湖の騎士”の英霊。赤い影は錬鉄の英霊たる『アーチャー』をその身に宿す異端の少女。

 バーサーカーとイリヤは互いに剣を持ち、人の身には余り過ぎる性能(チカラ)を持って切り結んでいた。

 轟々と大気を切り裂く音を立てて、音の速度を優に超えて刃金同士を激突させる。

 魔力を乗せた互いの剣撃は激突する毎に衝撃を生み、大気を揺らし、地を響かせ、周囲に在る枝と梢を震わせる。剣を振るい、それを生み出す本人達が傷付かないのが不思議なほどの凄まじい応酬だ。

 

 だがそれを行なう片方…イリヤは、それを応酬だと言うことは出来ない心境だった。

 とてもではないが、そう言える訳がない。

 何しろ攻め続けるのはバーサーカーで、自分はほぼ防戦一方なのだ。一方的に攻撃され、受けに徹する状況を応酬している等とは決して誇れなかった。

 

「くぅ…」

 

 正直、唸る余裕さえ惜しいのだが、つい声に出てしまう。

 狂化しながらも洗練された剣技を、狂化された凶暴且つ凶悪な筋力を余すことなく乗せて繰り出して来るのだ。しかもただでさえ高い基本性能(パラメーター)が黒化でさらに高められているのだ。

 打ち合ってからもう…いや、まだ数分であるが、能力(ステータス)がさほど高くない『アーチャー』で此処まで持っているのは奇跡に等しい。

 

(まったく、もう何本の剣を弾き飛ばされた―――か…っ!)

 

 思った瞬間に右の干将が手元から離れ―――いや、離した。

 イリヤは『アーチャー』の眼を持ってしても視認不可能な剣撃を『心眼』による戦闘理論に従い。剣を振るう敵の体捌きからその剣筋を読んで、自ら隙を作って誘導した個所へ誘う事で受け流すように防いでいるのだが、十合に一度程度の割合で受け流し切れないものが在り、その瞬間、圧倒的な膂力による攻撃を受け止めないように敢えて剣を手離しているのだ。

 もし受け止めてしまえば、伝わる衝撃が大きく腕ごと弾かれる上に痺れて次の攻撃を捌けなくなるのだ。だからその場合はギリギリ身体を掠める程度にまで成るまで見極めて受け、剣を弾かせた後に失った剣を再度投影していた。

 その為、この数分で既にイリヤの身体のあちこちは傷だらけに成っていた。

 

「―――っ」

 

 また干将を弾かれた瞬間。イリヤは微かに呼気を吐き。

 

(―――停止解除(フリーズアウト)! 全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!)

 

 回路に待機させていた無数の剣弾を解放し、“今度”は敵の直上…僅か3mの高さから一斉に放った―――だが意味は無い。

 

「■■■■■―――!」

 

 バーサーカーは大きく踏み込み。防戦一方のイリヤはそれに押し込まれる。そして押し込んだ分だけ、黒い甲冑は前へと進みでて、その背後に剣弾が降り注ぐ。そう、この狂戦士はそのようにして“先程”も剣弾を強引に躱したのだ。

 何とか距離を開けようと、バーサーカーの後退を狙って斜め側面から剣弾を投射した瞬間、技巧よりも力と速度を優先し、剣技が荒々しくなるのも構わず…恐らくそれでもイリヤが攻勢に出られないと踏んで、イリヤにより間合いを詰め、彼女を押し込む事で。まるで距離を取りたがっているイリヤの思考を読むかのように―――見事に躱し切った。

 

 だから意味は無い。剣弾での牽制はこの距離に詰められた時点―――最初の遭遇の時点でその意味を失くしている。

 

「―――いえ…!」

 

 短く呟いた―――否と。

 このように躱される事など分かっていた。先と同様にこの狂戦士は押し込んでくるだろうと、だからイリヤは直上から剣弾を叩き付けた。

 そして前へ進み出た彼の背後に剣弾は降り注ぎ、地を穿ちそこに突き立つ―――瞬間、

 

(―――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム))

 

 イリヤの念を受けてバーサーカーの背後で剣弾がその内にある幻想と神秘を炸裂させた。

 その炸薬量(しんぴ)は、自分を巻き込まない為に低ランク宝具を使った事もあり、比較的少ないがそれでも爆発力は軽く数十m程の範囲を焼き払い、形あるものを吹き飛ばすだけの威力はある。

 そしてそれを真っ先に受けたバーサーカーは大きくバランスを崩し、だが倒れずに居たが―――隙が出来、爆発のタイミングを当然理解していたイリヤは、寸前に大きく後方への跳躍の姿勢を取っており、爆破とほぼ同時にバランスを崩す彼に合わせて跳んでいた。

 

(―――取れた!)

 

 距離が!…イリヤは二度ほど大きく跳躍して出来た200m近い敵との間合いに内心で喝采を上げる。

 無論、この程度の距離は英雄であり、英霊であるバーサーカーなら秒という間もなく。詰められるだろう。だが仮にも此方も英霊だ。その秒という間もない時間で十分。これで『アーチャー』の本領を得られる。そう思い。それでも距離を縮められない為にも、

 

(―――投影開始(トレースオン)全投影工程完了(ロールアウト)投影装填(トリガーオフ)!…全投影連続層写(ソードバレルオープン)!!)

 

 未だ態勢を整いられていない、爆炎に包まれた敵に目掛けて二十以上の剣弾を投射する。

 イリヤの魔力を受けて一瞬で超音速を越えて極超音速に達したソレを、

 

「■■■■■■ーーーー!!!」

 

 直後、態勢を整えた黒い狂戦士は吶喊し、手にした漆黒の剣で飛来するソレを弾きながらイリヤへ迫らんとする。凄まじい速度と運動量の乗った重い鋼の剣をものともしない勢いで。だが―――させない!

 

(―――投影開始(トレースオン)!)

 

 イリヤの呪文(イメージ)を受けて剣弾に続き、バーサーカーの眼前に壁が出現する。凡そ人間が振るうどころか、持つ事も出来ないであろう無数の巨剣の群が大地に深く突き刺さって並び、彼の進む道を阻む。それに対し―――■■■■■!!

 

―――狂獣のような雄叫びと共に彼は跳んだ。

 

 今、手にする刃挽きされた剣では…『騎士は徒手にて死なず(ナイト・オブ・オーナー)』で宝具と化した武器でも、狂化と黒化を受けて上昇した筋力(パラーメーター)でも、この北欧の巨人族が使った巨剣は砕けないと判断して。

 しかしすると当然、

 

(―――幾らスキルで武技は冴えて戦力は十全でもやっぱり狂戦士。複雑な思考は出来ず、本能を優先し目の前の敵に喰らい付くのみか…)

 

 そうイリヤが内心で呟くと同時に、迂闊にも跳躍し巨剣を跳び越えんと宙へ舞い上がった彼を捉えた。異質なカタチを持った剣を番えた弓で―――

 

「―――赤原猟犬(フルンディング)!!」

 

 巨剣の影から飛び出した黒い甲冑が視界に入った刹那の瞬間、真名を唱えてソレを放った。イリヤの持つ膨大な魔力を受けた渾身の一撃(取っておき)を。

 

 音を遠く彼方へ置いてソレは空を疾走する。極超音速をも優に超える赤い閃光となって、凄まじい衝撃波を放ちながら―――ソレを、

 

「■■■■■■ーーーッ!!」

 

 巨剣を飛び越えたバーサーカーは吼え、漆黒に染まった剣を振るって迎撃する。その脅威を理解しマスターから供給される魔力を燃やしながら渾身の力を籠めて―――瞬間、

 

 異音が全てを揺らした。

 

 空と大地を、周囲の木々を、森を、天上高くある雲を、降り注ぐ雨粒を、

 

 イリヤが放った赤い閃光と黒い禍々しい魔光の剣戟が激突し、生じた余波(おと)によって。

 

 その余波を身に受けつつ、イリヤは動じることなくそれを見た。

 未だ衝撃を伴いつつ空を疾走する赤い閃光とそれを迎撃し続けるバーサーカーを。

 

 そう、渾身の魔力を受けた『赤原猟犬(フルティング)』は、その刀身()の赤さを示すように血に飢えた猛犬の如くバーサーカーを追い立てる。何度も飛び付き、何度も弾かれようと、取って翻してはその硬い甲冑を喰い破り、首へと喰らい付き、引き千切らんとする。

 それを阻まんと…否、むしろ逆に捕って喰らってやらんとするかのように黒い狂戦士は剣を振るう。禍々しい魔力を纏い、燃やし、手にする剣に乗せて赤い猛犬に叩き付ける。

 

 その光景は、まるで狂った猛獣同士の激突だ。

 周囲に見境なく破壊の痕跡を刻み、ただ、ただ、お互いを喰らわんとする原初的な競い合い。

 己が先の事など考えない。後先考えない力のぶつけ合い。力の尽きた方が倒れるという単純な闘争。故に―――

 

(―――! これを凌ぐの…!?)

 

 黒い魔光の剣戟を受け、赤き魔剣がその(ひかり)を失うのを見て、イリヤは驚愕する。

 僅か数秒の間、数十を超える魔剣の猛追を全て迎撃して、耐えるバーサーカーの姿に戦慄する。そして―――

 

「ッ―――マズ」

 

 完全に魔剣の力が尽きるか否かという所で黒い甲冑は再び地を駆けた。イリヤの方を目掛けて、それに彼女は…。

 

(迎撃を―――!? 距離を―――!?)

 

 それは一瞬の迷いだった。

 再度迫る狂戦士を見、双剣で迎え撃つか、後方へ跳ぶか迷い―――

 

(―――馬鹿ッ!)

 

 遅まきにそれに気付く。己の迂闊に。迷いを抱いた愚かさを。勝手に勝利を確信してしまっていた馬鹿さ加減を!!

 

「くっ!」

「■■■■■■■■■■■■■ーーーッッ!!!」

 

 イリヤは、折角の優位(きょり)を詰められて振り出しに戻る事となった。

 そして幾数分―――

 

(ぐうっ! やっぱりアーチャーじゃあ、とてもではないけど、打ち合えない……! けど―――)

 

 先程以上に猛攻を続けるこのバーサーカーが相手では、再度本領である遠距離に持ち込むのは無理だ。同じ手が通じる訳が無いし、カードを切り替える隙も無い。

 理性を失おうと、彼は騎士の中の騎士である騎士王に仕え、最高の騎士だと謳われるサー・ランスロットなのだ。

 そんな相手に二度も不意を突けるなんて思えない。

 

(拙いわね……何とか打開しないと―――)

 

 それでもイリヤは何とか対策を練ろうと防御に徹しながらも(アーチャー)の淵にある剣の丘に意識を伸ばす。

 

(そう、シロウ(かれ)は戦う物では無く、作る者。戦う相手は目の前の敵では無く、己の内に在るのだから…!)

 

 『アーチャー』こと英霊エミヤ シロウ―――自分の大切な弟の未来の一つ。その彼の一度の敗北も無く、その生涯を戦い抜いた力の本質を知るが故に、イリヤは諦めずそれを信じて打ち勝つ手段を模索する。

 

 それにあのヘルマンの動向もそうだが、あの場に残した―――バーサーカーの猛攻によって離されたエヴァ達も心配なのだ。

 だから何としてでも彼を打倒し、この状況を切り抜けなければ……そう決意を固め、イリヤは勝機を得るための手札を引き寄せようとした。

 それは必ず在るのだから。もう二度と油断はしないと強く念じながら。

 

 だが、イリヤは気付かなかった。目の前の強敵を相手にその猛攻を凌ぐのに精一杯であったが為に、この場に自分達以外に他の誰かが居る事を……その小さなミスが致命的である事を。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それを見掛けたのは偶然だった。

 己の力が不足している事を痛感させられた白い少女との一戦。

 例え模擬戦であろうと…いや、だからこそ全く力を出していない少女に負けた事実は彼女の心に大きな影を落とした。

 

 それから数日、盛大に落ち込んでいた彼女―――高音・D・グッドマンは、相棒の愛衣や年下の友人である萌。そして教師の中でも親しい明石教授の励ましもあって気力を取り戻した。勿論、持ち前の気丈さのお蔭もあるのだろうが。

 しかし、イリヤに対する淀んだ鬱積した思いや覚えさせられた苦い敗北をそう簡単に忘却する出来る訳は無く。高音はそれを晴らさんが為に今まで以上の鍛錬と研鑽に励んだ。

 

 それは傍から見れば無茶としか言えないオーバーワークだった。

 

 魔力が底付くまでの連続した魔法行使を始め、規定値を大幅に超えた魔力負荷環境での訓練や瞑想に、連休を利用して丸二日間不眠不休で模擬戦用の魔法人形を相手に戦い続けた事さえもあった。

 

 彼女を慕う愛衣と萌は当然心配した。

 けれども、高音は止めなかった。愛衣達に心配を駆けるのは心苦しいが、幼い頃から英才教育を受け、努力を重ねてきた自分の持つ実力は既にその年齢に見合った物であり、生半可な方法では劇的な成長は望めないと感じていたからだ。

 無論、まだ己には先が在るとも、まだ限界では無いという確信もあった。いや、だからこそ高音は今の殻を破る切欠を…或いはその何かを掴みたくて足掻いているのだ。

 もしかしたらこの無様に足掻き苦しんだ先に、力を得る為の鍵が在るのではないかと。

 

 この日もそんな過酷な鍛錬を行なう筈だった。

 その為、雨の中を歩き、郊外に在る森の方に向かっていたのだが、唐突に緊急の念話が入り、それは中止する事と成った。

 

「麻帆良に侵入者……」

 

 直接の上司……というよりは、自分たち見習いを纏める指導教官から伝えられた内容を反芻する。

 

「…お姉様」

 

 愛衣が此方を不安気に見上げているのを見て高音は苦笑する。それは侵入者の存在よりも無茶を続けている自分が暴走するのではないかと、心配している為だと判ったからだ。

 

「大丈夫よ、愛衣。立場は弁えているわ」

 

 苦笑した後、安心させるように高音は言った。

 愛衣は「はい」と頷いてホッと安堵の溜息を吐いた。その様子見ると自分が如何に無茶をしているのかを改めて自覚してしまう。愛衣や萌に掛ける心配もだ。

 しかし、無茶と言われようと今も続けている鍛錬だけは止める訳には行かない。

 白い少女の姿を脳裏に浮かべて高音は内心でそう呟いた。

 とはいえ、今日は中止せざるを得ない。有事とはいえ、安全な所に配置される気乗りしない任務であっても大事な仕事には違いない。

 高音は気を取り直して、愛衣に声を掛ける。

 

「さあ、仕事に向かいますわよ。め―――」

 

 ―――い、と続けようとした瞬間、ザワッと木々の枝が揺れて甲高い音が行き先の森から聞こえた。

 

 その異常を目撃して「まさか侵入者?」と2人は考えたのは当然の事だった。

 木々は絶えず揺れ、金属がぶつかり合うような甲高い音も途絶える事も無く耳に入り続けるのだ。更に途方も無い強大な魔力さえ感じる。

 この事態に一瞬、躊躇した高音ではあったが、気付けば彼女は駆け出していた。言い訳するかのように―――

 

「―――愛衣、確認するわよ」

 

 と。相棒である後輩に告げて偵察という名目を掲げ、念話を行なわなかったのも逆探を避けて侵入者に気付かれない為だと心中で言い聞かせながら。

 愛衣も直ぐにその後を追い駆けて来た。

 

 

 その愛衣は、一度高音を制止しようと声を上げようとしたが、侵入者が本当に近くに居るのならばそれは逆に危うい行為だと気付いて止めた。

 その為、仕方なく高音の後を追った。少なくとも自分が傍に居ればそう無茶な事はしないだろうし、諌められるかも知れないと思ったからだ。

 

 

 

 そうして2人は見た。

 全身を黒い甲冑で覆われた騎士と赤い外套を纏う自分達の知る白い少女が戦っている姿を。

 両者が剣を持っている事は判った。けれどどのように足を運び、腕を振り、剣を扱っているかまでは判らない。2人の眼にはほぼ残像しか映っておらず、その腕と剣を持つであろう手の先は殆ど目に映らないのだ。

 

 高音と愛衣は物陰から動けず、自分達の認識の外に在る戦いを見詰める。

 両者は凄まじい魔力を放ち、見えない速度で打ち出す剣戟に乗せてぶつけ合っていた。

 その威力は如何程なのか?

 絶えず響く金属音と風切音と共に、大気と地面がビリビリと震えるのを感じ、周囲の草木は激しく揺れているのだ。両者が立っている場所などは形を失いまるで台風の爪痕のような様相で、今もまた剣が激突し魔力が弾ける度にその破壊の爪痕を拡大させている。

 こんな物に巻き込まれれば、愛衣の張る障壁や防御魔法はおろか高音の持つ『黒衣の夜想曲』も恐らく何の役にも立たない。秒という間も無く解体されて塵すらも残らないかも知れない。

 

 ―――これは完全に自分達の知る領域を超越した戦いだ。

 

 そう彼女達は思った。

 同時に判る範囲で彼女達が認識出来た事があった。

 戦いを傍観する内にイリヤの方が劣勢に―――信じられない事に、あの恐ろしい程の強さを見せた少女がどうやら防戦一方に立たされ、押されているようなのだ。

 

 それを見て、目の前の戦いに恐怖を覚えながらも愛衣は思ってしまった。

 直感的に、イリヤちゃんがこのままだとやられてしまう。何とか助けられないだろうか、と。

 

(でも、そんな力、私には無い。とてもじゃないけど、足を引っ張るだけ……けど、イリヤちゃんが―――)

 

 震えそうな身体を抑えて友人を助けたいと願い葛藤する。自分の力が足りない事を理解していても。

 

 

 それに答えた訳では無いのだろうが、高音もイリヤの危機を覆す為に行動を起こすべきでは? と感じていた。

 そう、イリヤが危機でも恐らくほぼ互角の状況。ならば僅かでも敵に隙を作り出せれば、逆転できるのでは? と。それは確かな直感であった。

 

(イリヤさんは、きっとそれが出来る子。不利な状況でも逆転の芽が在れば、必ずそれを掴み取ってくれる筈……なら―――)

 

 そう考えると抱く恐れを振り切って、高音は行動を起こす事を決意した。

 

「愛衣、貴女はここから離れなさい」

「えっ、お姉様……? !―――まさか!?」

 

 唐突に声を掛けられた愛衣は、高音の言葉に一瞬訝しむも直ぐにその意図を察して驚きを示した。

 愛衣の驚きに高音は頷き、強い意思を込めて語りかける。

 

「ええ、私はイリヤさんを援護します。ですが上手く行くかどうかは判りません。ですから貴女はここから離れて念話が探知されないと判断した所で応援を呼んで」

「そ、そんな! でも…!」

「大丈夫、上手く行かせて見せるから―――」

 

 決意した高音は愛衣に万が一の事を頼むと飛び出した。

 危険を訴える愛衣の声を無視し、自分にまだそこまでの力は無いと理解せず―――或いはこの状況下でもイリヤを見返したいという思いが何処かに在り、それが正しい判断を奪ってしまったのか。

 

 ともあれ、状況は動いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「な―――!?」

 

 イリヤは驚愕の声を漏らした。

 視界の向こう、バーサーカーの背後に在る数十m先の茂みから見覚えのある少女が飛び出したからだ。

 その少女―――高音は、一瞬にして黒い制服を更に漆黒に染めて背後に巨大な使い魔を出現させる。同時に雨空の下に在りながら更に暗い周囲に在る物陰から最大数である17体の使い魔を呼び出した。

 

「―――『百の影槍』!!」

 

 高音の力ある言葉に応じ、彼女の背にある使い魔から影槍が伸びる。鞭のようにしなやかにされど鋭く。イリヤと打ち合う黒い甲冑の騎士の背に向かい。呼び出した他の使い魔と同時に迫った。しかし―――

 

「―――っ!!?」

 

 高音は驚愕し硬直する。

 自分の放った攻撃が全く受け付けられず、百もある黒き槍は全て弾かれ、四肢を武器に攻撃を仕掛けた使い魔達も同様に吹き飛ばされ。無傷の敵はそれを気に留めた様子も無く、イリヤに変わらず猛攻を繰り出しているからだ。

 

 しかしイリヤは見ていた。高音の攻撃は確かに直撃し、強かにバーサーカーの身体を打ったのを。

 それが弾かれたように見えたのは、彼の繰り出す剣撃の余波……いや、その動作によって生じる激しい運動力そのものがその身に当たった高音の攻撃を打ち返したからだ。

 

 イリヤは理解する。この狂戦士と化した湖の騎士は高音の攻撃に気付いたものの、それでは自分の耐久力を貫けないと瞬時に判断し、脅威と捉えず無視して目前の敵―――イリヤを優先し、此方への攻撃を続行したのだと。

 

(まったく、ホントとんでもない怪物だわ。バーサーカーとはとても思えない判断力……いえ、それともらしい本能というべきかしら…ね)

 

 イリヤは舌を巻いた。アレで気が逸れてくれれば、好機が訪れたかも知れないのに……と。

 そう、少しだけでも高音に力が在れば、本当にイリヤは巻き返しの手を打てたかも知れない。だが残念な事に彼女にはそれ程の力は無く、その結果―――

 

「え―――?」

 

 突然、猛攻が止み。加わる圧力(ちから)が無くなり、イリヤは戸惑った。

 その急変に彼女の反応は遅れてしまった。

 眼前に居た筈のバーサーカーの姿が離れており、彼は何故か背中を向けて脅威では無い高音の方へ駆け出し、

 

「!」

 

 イリヤ以上に反応が遅れた高音は、数十mの距離を瞬動の如く一瞬で接近したバーサーカーに当然対処出来る筈も無く。一刀で背後の使い魔が切り伏せられるのを覚え―――イリヤが漸く反応した時には、視界には高音の身体が凄まじい勢いで飛んで迫って来るのが見えた。

 高音の使い魔を斬り伏せたバーサーカーが呆然自失とする彼女の首を掴み、そのまま振り向く勢いのままイリヤに向けて放り投げたのだ。

 背中からこちらに迫ってくる高音をイリヤは咄嗟に受け止めた。

 危ういバランスで地に足を付ける高音越しに、イリヤはバーサーカーが剣を突き出して来るのを見る。

 

「――――っ」

 

 距離は既に至近、彼の持つ圧倒的な敏捷性が威力を発揮したようだった。高音の身体のほんの十数cm先にバーサーカーの剣先が在る。幾ら刃挽きされた剣だと言ってもその先端はほぼ変わらずに鋭い。このままでは彼女ごと自分は串刺しに成ってしまう。

 しかし防御をしようにも目の前に在る自分よりも体格の大きい高音が邪魔で。躱すにしても彼女の身体を抱えなければ行けない。だが彼女の身体を抱えていては次の行動は確実に遅れ、バーサーカーの攻撃への対処はまず無理……これは―――

 

 ―――詰んだ。

 

 イリヤはそう思った。或いは高音を見捨てれば良いのかも知れないが―――イリヤはその非情な選択を選べなかった。

 だから、せめて高音だけでも……と、剣先が自分達へ迫る僅かな時間を彼女の身体を横に突き飛ばすのに費やした。

 

 

 

 「あ―――」

 

 その瞬間、高音は見た。

 全身に甲冑を纏った黒い騎士が剣先を向けて来たその時、強い力で肩が掴まれて押し飛ばされるかのように左横へと体が流れ、崩れるバランスを無意識に立て直そうと足が動き、振り返るように視界が右の方へ向き―――

 

 あの子が、自分よりもずっと強く。幼くとも遠い存在のように思えた白い少女が―――イリヤスフィールという愛衣の友人が、甲冑を纏った騎士の剣で腹を貫かれたのを。

 

 ゾブリッ

 

 と、ナマナマシイ音を聞いたような気がシタ。

 

「あ、アア、ア―――」

 

 それはあんまりな光景だった。

 血管のように脈打つ赤い文様が奔るおぞましい黒い剣が、可憐で美しい少女の腹へ突き刺さり、背中から鮮血に染まった刀身が貫き出ているのだ。

 その原因は自分の拙い判断であり、この光景はその結果。

 

「そんな―――うそ、ソンナ、こんな…コト―――うっ…」

 

 後悔、懺悔、悲哀、憤怒、様々な感情が高音の中を駆け廻り、己へと向けられる。

 この最悪の結果をもたらした愚かな自分を責め立てんと。

 そして光景そのものに対するショックもあり、多くの感情に呑まれた高音はその意識を手離した。

 

 ―――タカネ、逃げて……

 

 と、腹を貫かれながらも、苦しそうに自分を気に掛ける声を耳に残して―――

 

 




 加筆修正部分が久しぶりのまともな執筆な感じだった為、妙に手間取ったというか疲れました。戦闘シーンでしたし……やっぱり難しいです。

 一度書いた文を崩した事もあって前書きにある通り、繋がりがおかしい気がしますし。

 次回もちょっと手を加えるかも知れませんので、更新も遅れるかも…?

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