麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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今回は結局殆ど手を入れませんでした。


第17話―――訪れる暗雲(中編)

 刹那がヘルマンの手に落ち、狂戦士によってイリヤが倒れたのと同時刻。

 

 陽光を遮る分厚い雲が空を覆い。稲光を見せて地に冷たい雨を降らせる中。衣服が濡れるのも構わず、街中を駆ける3人の男女の姿が在った。

 内2人は男性だ。麻帆良でも屈指の戦闘力を有するタカミチと彼に及ばなくとも他の男性職員の中でも群を抜く実力者である神多羅木。残る1人は女性でありながらも神鳴流と呼ばれる流派を修める剣士の葛葉であった。

 彼等は、麻帆良を覆ったこの雷雨を降らせる黒い雲の如く、麻帆良に暗澹とした気配が漂う事態を受けて上司である学園長……関東魔法協会の理事・近衛 近右衛門より、中高の女子生徒達の多くが生活を営む学園女子寮へ急ぎ向かうように命じられ、雨中の市街へ何の雨具を持たず、身に着けずに駆け出したのだった。

 

 そしてその道中、数分も経たない内に件の女子寮とその周辺一帯が強力なジャミングを受けたとの連絡が入り、外から襲来があるこの状況下で自分達をこちらに振り分けた信頼に足る上司の采配が正しいと理解したが、同時に彼等は大きな焦燥感を抱く事と成った。

 何しろ、その事実が意味するのは敵が女子寮付近に接近したという事であり、悪ければ既に敵が目的―――恐らく近右衛門の孫である木乃香、そしてサウザンドマスターの息子であるネギとの接触―――を果たしている可能性が高いのだ。

 

 寮には、幾重にも張り巡らされた強固な結界に加え、刹那や真名という手練れが居るのだから易々とそれを許すとは……とも思いたいが、敵の正体がもし予想通りであれば、その考えは余りにも楽観的だとしか言えない。故に神多羅木と葛葉の抱く危惧は大きかった。

 だが、それ以上に焦燥を膨らませているのはタカミチだ。

 彼は協会内でも数少ない重大な機密―――件の女子寮で木乃香とネギのルームメイトとして暮らしている神楽坂 明日菜の重要性を知っているのだから。

 勿論、それだけでは無い。今はもう会えない亡き恩師から託された想い。その彼への誓い。そしてその少女の成長を見守って来た……不出来だとの自覚もあるが、言わば親代わりを務めてきた親愛の情から出る想いもある。

 

(明日菜君……)

 

 彼の脳裏に浮かんだのは快活な笑顔を良く見せる今の彼女の姿と、人形のような表情に乏しい…何処か達観して物事を見詰める幼い頃の彼女の姿だった。

 どちらも同じ彼女―――“アスナ”ではあるが、彼は見ている方が幸せな気分にさせてくれる明るい笑顔を浮かべる今の彼女の方が好きだった。

 例えそれが記憶を奪った事から生じたものだと、自分の身勝手なエゴの押し付けなのだとしても、タカミチはその彼女を守りたかった。

 彼女自身が手にしている現在の、そして何時かそう遠くない未来に掴むであろうより大きな幸せの為にも―――

 

 しかし―――

 

 カッと稲光が行き先に瞬き、微かに遅れて轟音が大気を震わせた瞬間。その眩しい雷光を背景に鴉と思しき羽ばたく鳥のシルエットを空に見た。

 

(この雷雨の中を…?)

 

 別段、鳥の生態に詳しい訳ではない。だから雷雨の中でも鳥が飛ぶことをおかしく思う必要は無い。そういう事もあると普段なら気に掛ける必要は無かっただろう。しかし取るに足るに無い出来事の筈なのにタカミチは違和感を覚えた。

 同時にその飛び立った鴉の顔がこちらに向き、視線を感じ―――直後に気付いた。前方から放たれる濃密な魔力と圧迫感さえ覚える敵意に満ちた気配に。

 

「!?―――アレは…!」

 

 その姿と気配に全身が強張り、緊張と共に思わず声が出た。

 凡そ50m先、行き先の街路の中央に一人の男性の姿があった。

 単車に乗る際に着こむボディスーツにも似た奇妙な衣装に身を包み、右には赤い長槍を、左には黄の短槍を携える異様を持つ青年。

 一体何に対してなのか? 憤怒と憎悪に濡れた顔に敵意を混ぜて視線を向けて来るその人物は―――

 

「ランサー……か」

 

 その姿を見、立ち止まった3人の中で神多羅木がやや掠れた感じの強張った声を零した。

 そう、イリヤがもたらした情報から黒化英霊……麻帆良では怨霊・亡霊とされている彼等には聖杯戦争と変わらず同じ名称(コードネーム)が付けられていた。

 勿論、その脅威もイリヤは伝えており、特にこの“ランサー”に関しては、その正体―――仮初とはいえ、現代に蘇った過去の英雄……英霊だと気付かれる可能性が高くなると理解しながらも、その危険性の高さ故にその特徴的な二槍……宝具の能力が協会職員達に開示されていた。

 今の所、その情報から黒化英霊やイリヤそのものへの追及の声が上がってはいないのだが……ともかく、その世界最高クラスの戦力を有する脅威が彼等の行く先へ立ちはだかっていた。

 

「見逃してはくれないだろうね」

「…ええ、交戦は避けられないでしょう」

 

 タカミチが言い。葛葉が首肯する。2人の声も神多羅木と同じく強張っており、強い焦燥が篭っていた。立ちはだかる敵に対する脅威だけでは無く、待ち伏せされていたと思われる事からも。

 恐らく先程見た鴉は使い魔の類であったのだろう。ジャミングされた一帯に近づく人間を警戒し、主人や仲間に知らせる役目を担っていた。ランサーが出現したタイミングを思うとそう考えられた。

 しかしそれは裏を返せば、

 

「だが、まだ間に合うかもしれんな」

 

 神多羅木が言う通りだ。警戒して待ち伏せし、こうして足止めが現われたという事は学園内部に侵入した敵はまだ目的を果たせていないという事に成る。

 とはいえ、単なる足止めというには目の前に立ちはだかる存在は余りにも強大だ。……いや、或いは今こうして急行する“悠久の風(AAA)のタカミチ”の動きを想定してのものかも知れない。

 

(内部への侵入者は複数……少なくとも3人以上。けど大人数では無い筈だ。精々もう2人程度か。それ以上は幾ら『穏行』に優れていても結界を誤魔化すのは難しい。幾つかのグループに分割しても同様だ。それに此方も侵入に気付き、警戒を高めた限り、その後は探知されずに侵入するのは困難。多分、今もエヴァとイリヤ君が交戦している奴と、女子寮に接近している者、そしてこの目の前に居る奴で全て…)

 

 ついでに言えば、足止めが現われ、敵が目的を達していない状況を見るにイリヤが察知する以前の侵入は無いと見て良い。タカミチは目前の敵を見てそう考えた。同僚たちも同様の考えだろう。

 その考えはほぼ当たってはいたが、彼等にその推測を確かめる術はない。その上、現状では然程意味を為すものでも無かった。

 そう、自分達の果たすべき役目を―――女子寮の防衛ないしネギ達の保護の達成に貢献するものでは無いのだ。

 今彼等がそれを果たすに必要なのは、考え推測し、現状を分析する事では無く。前に進む事だ。目の前に立ちはだかるランサーと呼ばれる存在を排して…。

 

 だが、赤と黄のニ槍を持ち、これまで挑んできた敵とは異質で異常なまでに重たいプレッシャーを向けられ、タカミチ達は正直呑まれ掛けていた。まるで根が張ったかのように足を動かせないのだ。

 雨に打たれて冷たくなっていた身体が更に凍えるかのように冷え込む―――そんな錯覚さえ覚える。いや、確かな事に彼等の背筋は向けられる重圧によって先程から途切れる事も無く悪寒が奔っていた。

 

 出来るならこのまま背を向けて走り出したい。逃げられるものなら逃げ出したい……そのような考えさえ頭の何処かで―――或いは、より根源的な本能の部分が訴えていた。

 

 しかし、程無くして動かせなかった筈の足は動き、ランサーとの距離が詰まり始めた。

 誰から足を踏み出したかは判らない。けれど足は確かに進み。始めはゆっくりと歩み、徐々に速度を上げてやがて早足に。そして距離がもう半分までとなった瞬間、彼等はついに地を蹴って駆け出した。

 そう、例え勝機が薄い強敵であろうと彼等は逃げ出す事は出来なかった。職務に対する責任感や自身が持つ矜持。そして何よりも守るべき者の為に。

 タカミチ、神多羅木、葛葉の3人は胸中から湧き出る恐怖と本能の訴えを振り払い―――英雄(でんせつ)に挑んだ。

 

 

 

 街中にも関わらず周囲には人気は無かった。

 降り続ける雨のお蔭でもあるが、警戒レベルを上げると同時に発動した認識阻害の結界を応用した魔法の効果の所為でもあった。

 麻帆良の住人達の意識に無意識下から働き掛けて外出しようと、そして外の風景を見ようと思わなくさせており、耳の方も普通では在り得ない奇妙で明らかにおかしな音を捉えても気の所為だと思ってしまうのだ。魔法使いや余程勘の良い人間でない限りは。

 

 だから彼等はこの麻帆良の街の中で人目を気にする事無く、遠慮なく人ならざる力と技を振るう事が出来た。

 

 先手を切ったのはタカミチだった。

 地を駆けた彼は、ランサーの間合いに入る数歩前で高く跳躍しその敵を真下に捉えた。

 左手には“魔力”。右手には“気”を……呪文の如く何度も心で念じて行使してきた『咸卦法』という名の力。本来ならば相反するその二つの“陰陽の気”を融合する事で莫大なエネルギーを生成・出力する高等技法。

 生成した身から溢れんばかりの“咸卦の気”を何時ものように制御し、ポケットに入れたまま―――先ずは右手に集中…瞬間、加速・集束されたエネルギーが抜刀された刀の如く、ポケットから打ち出された拳と拳圧に乗って放たれた。

 極限まで集束されたにも拘らず、2mもの直径を持つ極太のレーザーとなって咸卦の気はタカミチの真下に居る敵に向かって振り降ろされる。

 様子見も手加減も無い最速最大にして全力全開の一撃。直撃すれば並の人間ならば本当に塵ひとつ残らず消え、地面には深い大穴を築く事に成るであろう破壊の顕現―――だが、

 

「―――!?」

 

 大気を裂く轟音を伴い放たれたそれは、素早く前方に円を描くように振られた赤い魔槍の穂先に触れた途端、解れるかのように霧散し、ランサーの身体に届く事も地を穿つ事も無かった。

 勿論、タカミチは彼の持つ槍の特性は理解していた。しかし“咸卦の気”にまで効果が及ぶというのは正直予想外であった。

 だがもしここにイリヤが居れば、また違う考察を彼女は行い。然程驚くことは無かったであろう。タカミチに忠告する事も出来た筈だ。“魔力”にしろ“気”にしても相反するとはいえ、その違いは陰陽の概念によるものでその源流は基本的に同じなのだ。魔力を断つ彼の赤い槍がその効果を『咸卦』にも示すのは何もおかしな事では無い。

 しかし、自らの戦闘スタイルを。恩師の形見というべき技法を信じ頼みにして来たタカミチの動揺は小さくは無かった―――そう、それはランサーが相手では十分過ぎる程大きな隙であった。

 

「■■■――!」

 

 奇怪な叫び声を上げ、真下に在る敵が腰を落とし、未だ宙に…真上に居るタカミチへ跳躍し…動揺するタカミチでは回避不可能な一撃を見舞わんと、寸前―――

 

「―――させん!」

「■■…!?」

 

 声が響くか否やタカミチの方へ跳ばんと腰を落としたランサーの体勢が崩れた。

 神多羅木がランサーの足元を狙い。無詠唱で放った風の刃でその足場である地面を砕いたのだ。

 彼はイリヤから提供された情報を鑑み、大呪文ないし上位魔法以下は受け付けない高い対魔力を持つであろうランサー自身は敢えて狙わず、このような牽制でタカミチと葛葉の支援に徹する事を選んだ。

 そこには威力が大きく範囲も広い上位魔法ないし最上位魔法は、市街地では使い難いとの判断もある。

 彼のそのアシストでタカミチは難を逃れ、ランサーはバランスを崩した。それを狙うかのようにタカミチより一拍遅れて距離を詰めていた葛葉が斬り掛かる。

 

「奥義―――」

 

 気を込めて抜刀し、胴を狙うと軽くフェイントを入れて、その真逆の方向から奥義で逆胴を叩き込む。

 

「―――雷鳴剣っ!!」

 

 雷を纏った一閃、それは姿勢を崩した敵の胴体へ吸い込まれるかのように伸びるが、

 

「―――■■ッ!」

「な―――!?」

 

 如何にして扱ったのか、長く伸びた赤い槍の穂先が刀身に帯びた雷撃を掻き消し、彼の胴にあとほんの僅かにまで迫った刃を打ち払った。

 葛葉の眼でもその槍捌きを捉えることは出来なかった。確実に入ったと思った一撃が何時の間にか弾かれており、その直後の敵の腕の位置と伸びる赤い長槍の穂先の位置からそれが打ち払ったらしいと漸く認識出来たのだ。

 

(―――速く…それに巧い! それも恐ろしいほど…!)

 

 このまま敵の間合いに居ては危険だと瞬時に悟り、葛葉は自らの太刀が弾かれた力さえも利用して距離を取ろうとした。

 槍使い相手に剣士が自らの適した間合いを捨ててまで距離を取るなど本来なら在り得ない選択だ。だがそんな常識に囚われていてはこの敵にやられるだけだ、と判断しての事だった。

 当然、間合いを取るにしても危険だが、そこは、

 

「ぬん!」

「フッ―――!」

 

 ランサー自身とその足元を狙う攻撃が同僚二人から打ち出され、その援護で彼女は追撃を受けずにランサーの間合いという危険領域から脱した。それが無ければ彼女は確実に敵の二槍に身を貫かれていた筈だ。

 先のタカミチ同様、九死に一生を得た葛葉は流れ出る冷や汗と怖気を振り払うかのように強く敵―――足場を崩されながらも無音拳の拳圧と、それに紛れて放たれる咸卦の砲弾を赤い槍で打ち払うランサーを睨んだ。決して呑まれまいと強い意思を込めて。

 

 

 

 緒戦の攻防から凡そ2、3分が経過し、戦場は女子寮へ続く街路からその近くに在るこの一帯の住人にとって憩いの場である公園へと移っていた。

 だが、そこは既に見る影は無く。地面に整然と敷かれていた石畳は所々が砕け、穿たれ、剥がれて、黒い土色を剝き出しにしながら大小様々なクレーターや轍の如き溝などを見せ。中央にある噴水は勿論、幼児達が楽しむ遊具や見る者の心を潤す花々が咲き誇った花壇と緑の彩りを与える木々も、無残な破壊の痕跡に刻まれ…もはや公園は憩いの場とは呼べない瓦礫置き場という様相と化していた。

 普段からこの公園にお世話に成っている近隣の住民が見れば、さぞ悲しむであろうそんな光景を作り出しながらタカミチと葛葉は無情にも気に留める事は無く―――いや、それを気に留める余裕は無く。神多羅木の援護の下で敵の間合いの境界ギリギリに位置し、神速を持って繰り出されるその槍捌きを必死に凌いでいた。

 

 無手であるタカミチは黄槍を持つ左に。太刀を持つ葛葉は赤槍を持つ右に。ランサーを挟み込むかのように2人は攻防を繰り広げていた。

 

 タカミチは無手ではあるが、その両手には黒い革手袋が嵌められていた。勿論、彼の戦闘スタイル―――俗に居合拳と呼ばれる一風変わった武術を阻害しないよう、表面には工夫と加工が施されている。

 それはイリヤから授かったグローブ型の魔術礼装だ。

 主な材料は真銀(ミスリル)の糸で編んだ素地と、ある龍の角と鱗を錬成した合成革で、素地の上に張り込んである。

 その強靭さは素で刃や銃弾は勿論、魔法の矢さえも一切受け付けず、例え宝具と打ち合おうと簡単に傷付き破れることは無いとイリヤは保証している。

 そう、麻帆良でも有数の戦力であり、真っ向から黒化英霊と立ち向かう可能性の高いタカミチの為に彼女はこの礼装を制作したのである。

 しかし、その強靭さの大部分は素材そのものの強度というよりも、素材が持つ魔術的な概念や神秘に頼ったものであり、その為、あの赤槍―――あらゆる魔術効果を無効化する『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』が相手では非常に相性が悪い。

 故に彼は、より危険である筈の黄槍―――決して癒えぬ傷を相手に与える『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』と打ち合う事を選びランサーの左に回ったのだ。あの黄槍であれば、この礼装の強靭さと咸卦の守りで凌げると考えて。

 

 無論、赤槍を握る敵の右に立った葛葉にしてもその刀はイリヤ謹製の礼装だ。

 龍馬(りゅうば)という日本では余り名を知られていない珍しい霊獣ないし竜……いや、“龍”種の角と髭を刀身の芯部に封入した非常に高い神秘を持つ、ちょっとした宝具に匹敵する真に“古代遺失物(アーティファクト)”とも言える領域にある極めて強力な礼装だ。

 その能力は駿馬という由来を持つその名から使用者の敏捷性を高め。黄河から姿を現して波を渡ったという逸話から水の性質を与えると共に何の技法も無く水上を歩む事が出来るようになり。

 さらに()()の合間を駆けたという伝承から陰陽の象徴とされている為、魔的ないし呪的な加護も非常に高く。当然、陰陽道を始めとした呪術とは相性が良く、“魔力”及び“気”の働きを増幅する力もある。

 だが、それら神秘性を抜きにしても、元が業物である式刀の強度と用いた素材の強度が加わった物理的な強靭さはかなりのもので、素で宝具と十二分に打ち合える武具と成っている。

 ただ葛葉自身は宝具という存在のことを明確に知らされてはいなかったのだが、彼女はそれを経験と勘から何と無く察して魔を断つ赤槍と打ち合う事を担った。

 

 またタカミチの礼装に使われた角と鱗もこの龍馬の物でほぼ同様の効果を持っている。

 お蔭で彼の技法―――“陽の気”たる“魔力”、“陰の気”たる“気”を融合させる『咸卦法』が強化され……いや、彼専用のという事から黄河の逸話が齎す神秘性を排し、その分を咸卦の働きを促進・増幅させる陰陽の象徴という伝承―――その神秘性と概念の効果を高める方向性へ“ズラして”、咸卦法の効果をより強化している。

 葛葉の霊刀が“気”の働きを1.5倍にまで上げるのであれば、タカミチの物は凡そ1.8~2.2倍にも成る。

 尤もタカミチ本人としては、2倍前後にまで増幅された力を使いこなすのはまだ無理が在り、現状では礼装が与える効果を持て余し気味なのだが。

 またその彼ほどで無いにしても葛葉も似たようなもので、高まった“気”の運用効果を把握し、習熟し切っていない感覚が在った。

 しかしその礼装が在るお蔭で、この強敵と何とか戦えているのも確かな事実だった。

 

 

 

 だが正直な所、ランサーと戦う3人の心境は極めて複雑であった。

 タカミチは言うにしかず、葛葉も神鳴流の使い手という事もあり、彼と近右衛門を除外すれば近接戦では麻帆良…いや、関東魔法協会の中でも随一の実力者だ。神多羅木にしても同様に上から数えた方が早い位置に在る実力を有する手練れである。

 その3人が共に戦い。連携しても一見互角…いや、そう見えるだけで実質は手も足も出ない。一歩…いや、半歩でも間違えれば、命を失う綱渡りの状況に置かれてしまっている事実。

 この短い攻防で目の前に居る敵が最高クラスの実力者だと完全に理解し、それでもソレを相手にまだ1人も倒れずに戦えている現状。

 そう、敵に一太刀も浴びせられぬと不甲斐無く憤れば良いのか、この難敵を相手に己が身と味方がまだ無事であることを喜んで良いのか、判らない感覚があった。

 ただ、危機的状況にあるであろう女子寮と学園の事。そしてやはり同じく危機にある自分達の事を思えば、そんな複雑な感情以上に焦燥の方が強くなるのだが……芽生えたその奇妙な心境は振り払えなかった。

 

 特にタカミチに至ってはその正体を知っているからか、尚更複雑でより一層深い焦燥感が心に渦巻いていた。

 ディルムッド・オディナという神話の時代に生き。真実…伝説の英雄として語り継がれる人物の力が誇張の無い確かなものなのだと実感させられ、そして憧れた何時かは追い付きたいと願う彼等―――かつて共に在ったが故に彼の“赤き翼(アラルブラ)”のメンバーに匹敵するか、それ以上のものなのだと認識させられ、打ちのめされるからだ。

 

 ―――まだ自分はあの人達に追い付いていないのか? まだその背すら捉えられていないのか?

 

 と。

 例え理解していた事だとしても、まざまざと見せつけられる自分の実力に。

 3人掛りで漸く互角だという自分単独では決して敵わないと思い知らされる現実に。

 焦がれた彼等の立つ場所の遠さをタカミチはランサーを通して実感する。

 加えて、この困難を打倒しない限り、守りたい…いや、守ると誓った大切な“少女(ひと)”を守れないかも知れないという焦れがその思いを加速させた。

 

(ナギさん…師匠……僕は―――僕は、)

 

 ―――まだこんなものなのか……っ!!

 

 かつてない強敵を前にし、その背に守るべき“誰か”を負った彼は心の中で叫んだ。尊敬するかつての仲間の姿を思い浮かべ、表情に焦燥と共に悔しさを露わにして。

 きっと憧れの彼等なら不敵に笑って乗り越えて行くであろう危機に、自分は手も足も出ていないという事実にタカミチは―――

 

 

 

 ◇

 

 

 

「―――?」

 

 刹那に従い寮内に待機し、自室で明日の準備をしながらも万が一に備えて警戒感を抱き、何処か気を張りつめていたネギはその気配に気付いた。

 荒事がこの寮内で起きたらしい事に。

 ただ今一気配がハッキリとしない事から確信は無かった。

 しかし刹那から何か起きた時は―――彼女に宜しくお願いしますと信頼を向けられて言われた事もあり、ネギは直ぐに寮内の探索に出る為、作業を中断してデスクから離れて立ち上がった。

 「兄貴…」と彼をサポートする使い魔であるカモも、異変に気付いた様子でネギに呼び掛けながら主人の肩へと駆け上る。

 

「どうしたのネギ?」

 

 勉強の為、机に向かっていた明日菜が杖を取ったネギの様子に気付いて振り返った。

 それに、「いえ…あの…」とネギは思わず口籠る。

 

 南の島での一件以降、色々と悩んだ彼は考えた末…やはり自分は未熟だと思う一方で、何でも一人で抱える事も駄目だと何となく感じ。パートナーとして見て欲しいと、そしてエヴァの別荘で父を探すのに協力すると言った明日菜を一先ず受け入れる事にした。刹那と木乃香もだ。

 

 そういった結論が出たのは、同じく南の島でイリヤが明日菜の申し出を真剣に考えるように言った影響も小さくは無い。

 けれど、やはり危険に巻き込む事への躊躇いも大きくこうして躊躇ってしまうのも彼らしい事実だった。勿論、明日菜の気持ちも判ってはいるのだが。

 そんなネギの心情を読み取った訳では無いだろうが、明日菜は鋭くネギが何か異変を感じ取ったのでは? と直ぐに思い至ったようだった。そこには先の刹那とネギのやり取りを見ていた事もあるだろう。

 

「もしかして何かあったの?」

 

 だから明日菜は杖を持ったネギにそう尋ねていた。

 

「…はい」

 

 ネギは躊躇いながらも頷いた。気付かれてしまった以上、誤魔化すことは出来ない。何しろ彼女は勘が良い方だ。下手に誤魔化しても先日の二の舞になるだけだろう。

 やや諦観しつつもネギはそう思った。実際、ネギの言葉を受けた明日菜は机から離れており、手には早くも仮契約カードが握られているのだ。

 此処で置いて行くなどという選択肢を取れば、彼女は絶対怒るだろうし、無理にでも付いて来る筈だ。それを無視して置いて行っても後から追い掛けて来ることであろう事も容易に想像が付く。

 そんな明日菜の強引さを思うとネギは溜息を吐きそうになったが、そこに木乃香が唐突に言った。

 

「ネギ君、行くなら早くした方がええと思う」

「木乃香さん?」

 

 木乃香の言葉にネギは明日菜から彼女の方に視線を向ける。

 

「ネギ君が席を立った時から試しとるんやけど、一向に念話が通じへん」

 

 手に符を持った木乃香が、ネギの疑問気の声に答えるかのようにそう続けて言った。

 

「!―――それって!?」

 

 ネギは木乃香の言葉の意味を理解し、慌てて仮契約カードを取り出して念話を試み、

 

「通じないっ!?」

「本当だ。外にも通じねぇ!」

 

 言葉通り刹那に繋がらず、カモもより遠くに居る筈の学園長か、恐れながらも信頼するイリヤ辺りにでも取ろうと試みたのか驚愕混じりに叫んだ。続けてネギは携帯を取り出して試すも結果は同じだった。

 

「そんな、電話まで…!?」

「―――残念なお知らせや、夕映達にも繋がらへん」

「え?」

 

 ネギ同様、携帯を耳にする木乃香が言い。動揺していたネギは一瞬呆然としたが、直ぐに玄関の方へ駆け出した。

 明日菜達も遅れて後を追って部屋の玄関に向かう。

 

「ネギ君、落ち着き! ただ慌てとっても何にもならんよ!」

「!?」

「木乃香…?」

 

 玄関で靴を履く3人の中で木乃香がやや語気を強めて言い。そこで漸くその彼女が冷静である事に残りの2人は気が付いた。

 一瞬、「でも…」と反射的に反論しそうに成ったネギであるが、肩に乗るカモも木乃香に同意して頷いているのが判り、彼女の言う通りだと気を落ち着けることにする。確かに慌てても碌な事には成らないと、納得したからだ。

 明日菜にしてもネギほどで無いが動揺する思いが在った。連絡が付かないという友人達の身が心配なのだから当然だ。

 だからだろう、逆に冷静そうな木乃香が奇妙に思えた。

 

「木乃香、あんたは妙に落ち着いているわね」

「うん、ネギ君に言った通りや。慌てとっても何にもならんから。何が起こっとるのか把握できんように成るし、考える事も出来んようになる…」

 

 その親友の様子に明日菜は驚いて目を軽く見開き、ネギは感嘆してスゴイと木乃香の事を見直した。カモもだ。

 

 

 だが、木乃香は言う程……表層に見えるほど冷静では無かった。必死に取り乱しそうになる自分を抑えているのだ。

 そう、何よりも大切で大事な幼馴染と連絡が付かないのだ。激しく動揺するのは当然だ。しかし口にした通りそれに任せて感情を暴発させても仕方が無い。

 何よりそんな有様では、何か在ったかも知れない幼馴染が本当に危機を迎えていたとしても助けられない。

 だから冷静に行動すべきだと、懸命に自分に言い聞かせていた。

 

(せっちゃん、どうか無事で居って……)

 

 そう刹那の安全を祈りながら。

 

 しかし結局のところそれは冷静さを装っていただけでしかなかったのだろう。

 外に念話が通じず、電話回線も同様。この建物が孤立した状態にあり、麻帆良には侵入者が居り、守りに付いて居る筈の刹那達にも連絡が付かず、寮内に居る筈の夕映達もそうだというのに暢気にそこを探索しようというのだ。

 木乃香はもとより、落ち着きを見せたネギと明日菜も迂闊と言えよう。カモもこの状況の拙さを感じてはいたが、夕映達の無事を先ず確認するのは悪くないと、もし無事であればのどかのアーティファクトが使え、この事態に上手く対処出来るかも知れないという考えがあった。

 また彼女達の部屋が比較的近くに在るというのも、カモにそのような楽観を抱かせる要因であっただろう。

 

 だからネギ達は、夕映達の部屋へ向かおうと通路を進んだ先に外に居る筈の“刹那”の姿が見て、安堵すると共に駆け寄ってしまった。

 

「「刹那さん!」」

「せっちゃん!」

 

 呼びかけると此方に気付いた刹那が笑顔を向けて来るのを見、傍へ駆け寄った明日菜は笑顔を浮かべる彼女の無事な姿に緊張感が緩み……思わずホッと息を吐いたが、

 

「え―――?」

 

 首に鋭い痛みが奔り、―――気付くと刹那が自分の胸の辺りに手を伸ばしており、引き戻したその手から切れた細い銀の鎖が伸びているのが見え、それがイリヤから贈られたペンダント…アミュレットの物で、その握られた手の中にはユニコーンが描かれた本体が在るのだと理解し、―――刹那が自分からアミュレットを取り上げたらしいと、何故そんな事をしたのか頭に疑問が掠め。

 ジュウと水が蒸発するような音と共に、刹那のアミュレットの握る手から白い煙らしいものが立ち昇るのが見え―――

 

「―――アカンっ!」

「―――明日菜さん、木乃香さん、離れてっ!!」

「―――姐さん!?」

 

 慌てて叫ぶ木乃香とネギとカモの声が聞こえると同時にペンダントを手離した刹那がニヤリと不敵に笑って、彼女の身体が爆発したかのように弾けた。

 

「!!―――」

 

 友人の身体が弾けた異様な光景に驚き、明日菜は身体が硬直した。

 弾けた刹那の身体は一瞬にして大量の透明な液体と成り、

 

「明日―――」

 

 自分を……恐らく助けようと突き飛ばそうとする木乃香と共に液体に飲み込まれた。

 

 

 

「あ、明日菜さんっ! 木乃香さん!」

 

 大量の液体に飲み込まれようとする明日菜と木乃香を助けようと、ネギは彼女達に手を伸ばしたものの間に合わず、二人の姿は飲まれてトプンッと水音を立てて姿を消した。

 そこに残ったのは小さな水溜りと明日菜の首に在った銀のペンダントだけだった。

 

「…っ! そんな」

 

 ネギはガクリと膝を着いた。

 そんなネギの肩からカモは素早く降りると残った水溜りを調べる。

 

「チッ…あん時と同じかよ。兄貴…こいつは水を利用した『(ゲート)』だ!」

「…!」

 

 カモの言葉を聞いた途端、ネギの脳裏に修学旅行の一件が蘇った。あの時も木乃香が拉致され、それを行なった人間は水を利用した転移を使った。そしてその敵は言っていた。

 

 ―――やめた方が良い。今の君では無理だ。

 

 それは自分の力が小さい。誰かを助けるのに不足しているという事だ。

 その敵―――白髪の少年は自分と戦うには……という意味で言ったのかも知れないが、ネギにはそういう意味に聞こえた。或いはそういった自覚が在るからかも知れない。

 あれからまだ一月程度。修行だって始まったばかり……まだ力不足だっていうのは十分に分かっている。けど、あの時と違って木乃香さんは勿論、明日菜さんも傍に居て、あの白髪の少年のような手に負えない脅威も無かったのに……。

 

「くっ…」

 

 強敵の姿も無く、手に届く所に居たにも拘らず、同じような事を繰り返してしまった事実からネギは悔しさを覚え―――直ぐに彼は頭を振った。いや、同じような事だって言うなら、あの時と同様に助けられる筈だと。

 

(そうだ。まだ諦めちゃいけない! 刹那さんと約束したんだ。みんなを守るって…!!)

 

 そう内心で自らに言い聞かせ、悔やむ心を叱咤する。

 そうして顔を上げると明日菜のペンダントが目に入り、今はこの場に居ない手にすべき持主に代わってそれを拾い。カモに尋ねる。

 

「カモ君。明日菜さん達の行先…転移先は判る?」

「ん…もう少し待ってくれ、今やってる。刹那の姉さんのように上手く追えるか判らねえが、俺も兄貴たち魔法使いをサポートする妖精の……“小さき知恵者”の端くれだ。正確には無理でも方向と大まかな距離なら……」

 

 そう言ってカモは水溜りに小さな前足を伸ばし、目を閉じて意識を集中させた。その時―――

 

「きゃあああ―――!!」

 

 そう遠くない場所から悲鳴が聞こえた。

 

「! この声…村上さんの!?」

「兄貴、行ってくれ。こっちは何とか逆探知して見るからよ」

「わかったよ。カモ君」

 

 悲鳴を聞いて思わず立ち上がったネギにカモが言い。ネギは頷いた。もしかしたら2人を浚ったモノと関係あるのかも知れないと思い。

 

 記憶にある寮内の見取り図を頼りに夏美の部屋へ向かうと、その部屋は何故か扉が開いたままになっていた。防音がしっかりと整っている寮内で悲鳴が聞こえたのもコレの所為だろう。

 ただ不用心にもそうなっているという事は、やはり何かが起こっているとしか考えられず、ネギは急ぎ確認の為に中を除くと玄関にはあやかが倒れていた。

 

「いいんちょさん!」

 

 その姿に慌てて駆け寄ったが外傷は無く、直ぐに魔法によってただ眠らされているだけだと判り、ネギはホッと安堵の溜息を吐いた。

 しかし、気を抜くのはまだ早いと一度抱えたあやかの身体をゆっくりと―――正直、女性の扱いとしては少し躊躇を覚えたが―――廊下の床に横たえると、彼は杖を構えて警戒しながら奥の方へ進んだ。

 

「やあ、遅かったね。ネギ・スプリングフィールド君」

「!?」

 

 進んだ先、部屋のリビングには黒い衣装で身を固めた初老前と思われる長身の男性の姿が在った。

 名前を呼ばれたが自分の方には彼の姿に覚えは無いが、その男性の腕の中には、

 

 「な……那波さん!?」

 

 自分の受け持つ生徒の姿が在り、彼女が悲鳴を上げた夏美と玄関で倒れていたあやかと同室である事を頭の隅に浮かべながら、ネギは思わず叫んだ。

 

「その人を離して下さい!」

 

 しかし、そのような道理が叶う筈も無く。男性は「うむ」と一つ頷き。

 

「君の仲間と思われる人間を預かっている。無事返して欲しくば、私と一勝負したまえ」

「!?」

 

 それはつまりこの黒衣の男性が明日菜と木乃香を浚った張本人だという事だ。勿論、連絡が付かない夕映や…もしかすると刹那達も。

 その事に思い至り、ネギは詳しく事情を聞こうとしたが、男性は一方的に告げる。

 

「学園下の巨木の下にあるステージで待っている。仲間の身を案じるなら助けを請うのも控えるのが賢明だ……尤も此処の魔法使い達はそれ所ではないかも知れないがね」

 

 そう言い。床からうねり持って立ち昇る幼子のような笑い声が上げる奇妙な水―――先程見たもの同じ液体に男性は身を包み、ネギが制止の声を上げるもやはり先と同様、トプンッと水溜まりを残して姿を消した。彼の生徒である千鶴と共に。

 

「くっ…」

 

 その水溜りを見てあの男性が犯人だと確信し、また全く無関係な千鶴までもが浚われた事にネギは悔やむが先と違って気を沈めることは無かった。

 正体不明であった犯人が明確と成り、その行き先も丁寧に教えられたからだ。目的は判らないがその言葉に偽りは無いと感じたのもある。

 そこに更なる確信が来た。

 

(兄貴…)

 

 自分の身体を駆け上がる親しみささえ覚える感覚が、肩にまで這い昇ると耳元でそう小さく自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「カモ君」

 

 信頼する白いオコジョ妖精の彼の名を呼ぶ。それに答えカモが言う。

 

(聞いたぜ、あの黒い野郎の言う事は先ず間違いじゃあねえ。姐さん達を飲み込んだ水溜りも奴の言う所に通じているみてえだからな)

 

 その言葉を聞くにどうやらカモは、あの水溜りを調べ終えるなり、急ぎ駆け付けて自分と黒衣の男性の会話している最中に此処へ辿り着いたらしかった。

 ただヒソヒソと内緒話をするかのような彼の声に疑問を抱き、それを尋ねようとし、

 

「あわ…あわわ……」

 

 今更ながらに此処へ来る切欠と成った悲鳴の主の姿に気が付いた。

 男性と千鶴に気を取られ、思わず夏美の事を頭の隅に追い遣ってしまっていたが、ただならぬ様子にネギは声を掛ける。

 

「大丈夫ですか村上さん!」

 

 声を掛けながらサッと目で状態を確認するとあやか同様、外傷は無いようで軽く錯乱しているだけのようだった。

 その事実にこれまたあやかの時と同様、ネギは安堵する。

 そこに肩に乗ったカモが相も変わらず囁きながらも驚きの声を上げた。

 

(オイ、兄貴。こいつは……!)

「―――え、あ!」

 

 カモの声に釣られて振り向くと、そこには見覚えのある自分と同年代の少年が倒れていた。

 

 京都で出会い。敵対した犬上 小太郎。

 罰を受けてその出会い先の京都で拘束されている筈の彼の姿が在る事にネギは驚いたが、眼を覚ました小太郎も記憶が若干曖昧に成っており、詳しい事情や経緯は覚えていないようだった。

 ただしあの男性―――ヘルマンという人物と敵対した事や自分が狙いであるらしい事だけは覚えていた。

 その曖昧ながらもそう覚えている事を話す彼の言葉を聞いて。ネギはエヴァとの事を思い返しながら父との因縁がまた関係しているのかとも考えたが、その詮索は後だった。

 何処か見覚えのある陶器製らしい“小さい瓶”を彼から渡されながらもネギは言った。

 

「―――ともかく、みんなを助けに行かなくちゃ」

 

 と。

 しかし正直な所、忠告は受けたものの本当に1人で助けに行って良いのか。助けを求めるべきでは…と不安は在った。

 自分の力が不足しているという自覚もあるのだから尚更に。

 だが連絡がまともに取れない今、救援を求めるには時間が掛かるし、ヘルマンという男性が言った言葉もある。学園はそれ所では無いと。

 

(なら、狙いは僕なんだし、それに応じるしかない…)

 

 実際、念話も通じない異常事態なのだ。学園が此方に手を回す余裕が無いのは本当なのかも知れない。

 ネギはそう考えて行動を起こすことにした。

 が、彼の助勢は思わぬ所から来た。直ぐ傍に居る小太郎がネギの言葉に、

 

「おうっ、俺も行くわ!」

 

 そう、応えたのだ。

 それに若干驚き、ネギは怪我の心配もしたが、

 

「千鶴姉ちゃんを巻き込んだんは俺の責任や。助けてくれた恩義もある……俺も行く!!」

 

 そう強い眼差しを向けて言う小太郎にネギは直ぐに言葉を返せず、思わず沈黙した。

 エヴァ邸から此処に帰って来た時のやり取りで、刹那が見せた物に通じる雰囲気を一瞬彼から感じたからだ。無論、刹那が見せた物に比べれば、その内にある重みや気迫ともいうべきものはずっと小さいようにも思えたが。

 けど、その意思の強さは十分伝わってきて、ネギはその意を汲みたいと思った。だから―――頷いた。

 

「わかった」

「よっしゃあ! ほな、共同戦線やな。勝負はお預けや!!」

 

 ガッツポーズと取って子供らしくも豪快な笑みを見せる小太郎にネギは再度頷き。一人残る夏美に小太郎と一緒に千鶴を必ず助ける事を約束し、魔法で眠らされたあやかの事も頼んで。二人は寮を飛び出した。文字通りネギの杖に乗って。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 近右衛門は学園長室で険しい表情で机上を睨んでいた。

 イリヤとエヴァへ連絡は取れず、タカミチ達との連絡も先程途絶えた。恐らく彼等もまた敵と交戦に入ったのだろう。女子寮へ近づく前にその一帯にある妨害範囲が広がった事もそれを裏付けている。

 彼の見る机上には学園全体を俯瞰した映像が投影されており、様々な情報がリアルタイムで表示されていた。

 しかしそれは完全とは言い難く。女子寮や世界樹付近や学園外縁の一部が灰色で塗り潰され、妨害圏である事を示しており、状況不明との文字が浮き出ていた。

 結界への影響こそ出てはいないが『遠見』や『千里眼』などの魔法に加え、ごく普通の望遠手段での探知は勿論、遠隔操作型の使い魔や式神での探索も不可能な状態だ。

 正直、人を送り込みたい所ではあるが―――

 

「手強いのう」

 

 近右衛門は思わず呟く。

 郊外の一角に視線を送り、交戦状態を示す赤く染まった区画を見る。こちらも当然妨害が掛かってはいるが、中継点を設置し、更に自立型の使い魔などによる伝令を使い情報網は維持が出来ていた。

 そこから齎される情報によると日本古来からの(アヤカシ)で構成された敵勢は、その物量に加えて個としても想定より手強いらしく。ガンドルフィーニ達はやや苦戦しているとの事だったが、それは然程問題では無かった。問題はそれら妖が還す度に新たに召喚されている事であり、その数が一向に減じない事だ。

 これではそこから戦力を動かせない上に、予備の重要性も増すばかりだ。

 そう、予備である弐集院達を状況を見極めてガンドルフィーニ達の援軍に向かわせるか、それとも消耗と疲労が何れ蓄積するであろう彼等の交代に使うかのどちらかによって恐らく戦局が決まる。迂闊に動かすことが出来ないのだ。

 

「だからといって明石君の所を割く訳には行かんし…」

 

 情報関連と結界関連などの後方支援(バックアップ)要員で明石の班は占められている。明石を含め、戦闘員やそれに耐えられない者が居ない訳では無いが、学園中枢近くという重要な位置にある彼等はやはり動かせない。

 外へ連絡を取り、救援も要請はしているが、向こうの状況や事情もあり、有力な戦力の召集と到着には転移を使っても20分は掛かる見通しだ。

 これを早いと取るか遅いと取るかは、

 

「……微妙じゃな」

 

 近右衛門はそうして現状を確認すると、止むを得ん…と呟いて地下に居る者へ念話を送ろうとし、自らも重い腰を上げんと足に力を入れ―――

 

「―――む」

 

 気配を感じて振り返った。

 彼が座るデスクの背後、ポツポツと雨を打つ窓の外に一羽の黒い鴉が居た。窓の枠に降り立ちジッと近右衛門の方を見詰めるソレが使い魔だと近右衛門は直ぐに気付いた。勿論、職員たちが放ったものでもないと。

 

「……」

 

 その鴉のいる外の方は無論、室内にも気を張り巡らせて近右衛門は警戒する。彼の脳裏には“アサシン”という単語が浮かんでいた―――が、その危惧は杞憂に過ぎた。

 突然、鴉は大きな鳴き声を上げると、その眼からプロジェクターにも似た光を放ち、窓をスクリーンにして一つの光景を映し出した。

 

「ぬ…!」

 

 近右衛門は半ば愕然とした。

 投影された映像には、覚えのある少女達の姿が在ったからだ。

 ガラスのような透明なドームの中に在る少女達……ネギと関わった3-Aの生徒だ。刹那や真名が見たものと同じメンバーであるが、そこに彼の孫である木乃香と―――彼女より優先すべき守護対象である明日菜の姿が加わっていた。

 

「うぬう」

 

 思わず呻き、近右衛門は歯軋りした。

 そこに目の前の鴉からだろう…感覚的に直ぐ近くから脳裏に念話の声が響いた。

 

『見ての通り、ネギ君の仲間と思われる彼女達は此方の手中に在る。此方が目的を果たすまで出来れば貴方には動かないでいて欲しくてね』

「……目的? 彼女達を浚った事から見るに狙いはネギ君か?」

 

 念話の言葉の内容に、もしや明日菜君の事に気付いていないのか? と疑問が過るもそれをおくびに出さず近右衛門は慎重に尋ねた。

 

『ウム、お察しの通り依頼主が確認したいとの事だ。あのサウザンドマスターの息子の実力…いや、その潜在能力かな? それを確かめたいそうだ』

 

 近右衛門の内心に気付いていないのか、素直に問い掛けに応じる姿見えぬ声の主。

 

『それさえ叶えば、彼女達は無傷で開放する。無論、貴方のお孫さんも』

「その保証は在るのかのう?」

『ああ、それは約束しよう。我が偉大なる主の名に懸けて…』

 

 近右衛門は訝しんだ。明日菜の事や彼女達の解放が果たされる事への疑問もそうだったが、声の主がその約束を違えないという雰囲気……侵し難い尊寿すべき強い意思…いや、力―――もしくは『言霊』が込められていたからだ。

 そしてそれは信じるに値するものだというのも分かった。

 しかし―――

 

「守るべき生徒が捕らわれて学園の長であるワシに動くなとは、随分と無茶な注文じゃな」

 

 近右衛門は鴉を睨んで言う。この使い魔を通じてこの場を見ているであろう敵を鋭く見据えんと。

 

『確かにその通り。この学園と魔法使い達の双方の責任者で、何よりも正義を尊び後進の鑑で在らなければならない貴方にして見れば無茶な要求だろう。だが極東は愚かアジア圏最強とも言われる貴方が動くともなれば、此方も相応に…いや、必死に成らなければならない。当然、そうなれば、このお孫さんを含めた少女達の安全は保証出来なくなる。無論、それ以外にも――――お判りでしょう』

 

 敵の言葉に眉を顰められずに居られなかった。

 その言葉は近右衛門が動けば、木乃香達を盾に使うと暗に示しており、更に言えば、戦況がより激化する…否、そうさせると告げていた。

 

『私…いや、私を含めて今この麻帆良に居る異分子達は、目的さえ叶えば皆引き下がる事に成っている。そして彼―――ネギ・スプリングフィールドを誘い奮起させる役割を持つ少女達も無事解放される』

 

 声に近右衛門は益々自分の眉間に皺が寄るのが判った。

 要するに選べという事だ。この状況を修めるのにネギ1人を贄にするか、より多くを巻き込むのかを。

 近右衛門は逡巡した。心情的には呑むべきではないと感じてはいるが、木乃香や明日菜が無事帰るという事や膠着した戦況を維持できる事、そして自らが動かぬとも時間さえあれば状況を覆せる手立てが在る事―――無論、そんな時間は無い可能性は高いが―――それら打算を考え、この場は大人しくすべきでは、と。

 そこに彼の思考を読むかのように声は付け加える。

 

『…ネギ君にしてもその命までは取るなと厳命されている』

 

 と、

 無論、五体満足だとも言ってはいないが、近右衛門を葛藤させるには十分な言葉だった。

 

 使い魔たる鴉は、そんな険しい表情を見せる老人をジッと見詰める。鳥故に彼と違って何の表情を見せる事も無く、無関心であるかのように。それを通じて葛藤する老人の姿を見ている何者かの意思も表す事無く。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「む、あれは…」

 

 神多羅木は、女子寮を目前にしてそれを目にした。

 杖に乗って寮から文字通り飛び去って行く少年たちの姿を。その後ろに乗っている一人には見覚えは無いが、杖を操る少年は間違いなく彼の英雄の息子であるネギ・スプリングフィールドだ。

 

 何処か急ぐかのようなその姿を見つつも念話を試みるが、高速で飛行する彼等は既に視界の遠くに在り、妨害が掛かっているこの一帯ではまだ視認距離で在ったにも拘らず届かなかった。

 直ぐに後追うべきかとも思ったが、距離とネギの飛行速度を思うと追い付くのは難しいと判断し、先ずはこの場に居る筈の刹那達に念話で呼び掛けて見るが、

 

「やはり、無駄…か」

 

 内心で舌を打ちつつ彼はそう呟いた。

 ネギが飛び去った事からもそうなのではないかと予感はしていたが、こうして突き付けられると様々な意味で苛立った感情が擡げてくる。

 急ぎ駆け付けながらも足止めを食らい。その立ち阻んだ脅威が大きいにも拘らず同僚2人に託して、この場へ先行しながらも間に合わなかった自身の不甲斐無さが情けなかった。

 だが頭を振って一つ大きく息を吐き。その後ろ向きな感情を追い払うと彼は状況を確認する為に寮の周囲を見回った。

 長年の勘から既に此処での荒事は済んだと感じたが、それでも万一を考えての事だった。

 

「神多羅木先生…!」

 

 その彼の背中に少女の声が掛かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 戦況は完全に膠着していた。

 

「ふう…」

 

 指揮官でありながらも戦域を駆け回り、率先して戦い続けたガンドルフィーニは漸く出来た小休止に軽く溜息を吐いた。

 そう、戦況は膠着していた。ただしそれは敵の攻勢が止み、単なる睨み合いという状況と成ったからだ。

 それまで異常とも言うべき好戦的な攻勢を続けていた敵の軍勢が、突然攻撃を停止して後退し、僅か50m先ではあるがその場に佇み此方の様子を窺うかのように見詰めるだけに成ったのだ。

 その不気味な後退にこちらも下手な追撃をせず、合わせて人員を下げたのだが、

 

「……どういう事でしょうか?」

「わからん」

 

 直ぐ隣で自分同様疲労し、唐突に出来た休憩時間に呼吸を整えていた瀬流彦が言い。ガンドルフィーニは正直に首を振った。

 原因は判らないが敵は攻勢を停止した。お蔭で此方も疲労した肉体を休めさせ、負傷者を治癒や重症者……それに■■を安全に後方へ下げられるが、

 

「……何とも不気味だな」

 

 落ち着いた事でこの長くも無い戦闘の間で起きた出来事が脳裏に過ぎって苦悩しそうになったが、振り払うかのようにそう独り呟き。前方に佇む敵の様子に再度意識を向ける。

 鬼を始めとした日本古来から人に仇を成してきた妖怪たち。同時に人々を守らんとする陰陽師を始めとする東洋の術者に使役されてきた彼等。

 米国生まれの両親を持ちながらもこの国に籍を置き、長年その(アヤカシ)を退治してきたガンドルフィーニは、今回相手にした彼等の異様とその凶暴性…そして奇妙な強靭さに戸惑いを覚えていた。

 

 先ず、召還された彼等は“黒かった”。呪詛めいた魔力を全身から匂わせて、より黒い奇妙な文様が体に刻まれている。眼には正気が無く、爛々とした輝きを宿しており、その動作も非常に荒々しいものでソレに相乗するかのように凶暴性と共に膂力を始めとした個々の能力も増しているようだった。

 召喚時に何かしらの付与(エンチャント)を行なったのだとは思うが、その様子を見るにとても真っ当な物だとは思えなかった。

 

(恐らく感じた通り“呪い”だろう。それも一般的な“呪術”とは違う本質的にそういう“モノ”での)

 

 ガンドルフィーニはそう思った。

 同時にそういうモノに括られた鬼達に憐れみを覚える。

 これまで幾度も対峙し還してきた彼等ではあるが、何処となく憎み切れないのだ。

 そう、人に仇成す筈の妖怪達であるが人懐っこい者も少なくない。特に術者に召喚される者達にそういった傾向が強かった。

 術者に使役される形と云えど“人側”に立って戦って来た事が影響しているのかも知れない。無論、それを快く思わない者も同じほど居るのだろうが、彼等の性格や気質なのだろう。余程の因縁や確執でもない限り、大らかに過去の出来事は水に流すのである。

 中には再度敵として会ったにも拘らず、酒の席に誘おうとする者まで居るのだ。人に仇成すとして退治され、時には道具として良いように使役されて来たというのに。彼等の多くは人間を憎もうと思わず好んでいるようなのだ。或いはそういった人間との関係さえも、その人ならざる生に於いて娯楽にしてしまっているのかも知れない。

 ガンドルフィーニを始めとした大抵の人間には理解出来ない事ではあるが、その性根と奇妙な関係を嫌えないのも確かだった。

 勿論、こうして敵対する以上は容赦する気も無いのだが、

 

「ともかく、今の内に弐集院さんの所に人員の補充をお願いしよう。場合によっては予備全体の投入も検討しなくてはいけない」

「そうですね。負傷者だけでは無く、疲労や魔力の消耗が大きい人も居ますし……次に動く時が決戦に成るかも知れませんから」

 

 瀬流彦の応答にガンドルフィーニは「ああ」と気を引き締めるかのように頷いた。

 ただこの時の彼は、自分の知る所以外で事態の帰趨が決まる可能性が在る事を完全に頭の隅へと追い遣っていた。

 いや、後方に在る弐集院などの先達や近右衛門という上司を信頼していたが故に、“現場での最善”を優先して意識と思考を巡らせていたのかも知れない。

 

 

 だから彼は知らなかったし、知ろうとも思わなかった。

 黒く呪いを帯びた(アヤカシ)が動きを止めたのは、信頼する司令官たる近右衛門がこの騒動を引き起こした者に脅され、苦渋の決断を強いられたが故だという事を。

 

 

 




 前回のあの終わり方で申し訳ないですが、決着は後編の次回です。

 刹那達に少女に続き、学園最強の手札であるお爺さんを人質で脅すヘルマンマジ悪魔。
 

 …にしても今回はイリヤ謹製の礼装の説明がくどい…かなと心配です。ちなみ霊獣の素材については、例の如く学園長からの提供だったりします。

 あと次回はやっぱり決着という事もあって戦闘シーンを加筆できたら…と思ってます。

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