麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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今回は結構長いです。あと冗長な部分があるように思います。
戦闘シーンの加筆は諦めました。


第18話―――訪れる暗雲(後編)

 淀んでいた意識が浮上して行くのを感じ―――明日菜は眼を覚ました。

 

「ここは…?」

 

 寝起きのような霞みかかった感覚は無く。覚醒した頭は直ぐに此処が見慣れた女子寮(じぶんたち)の部屋では無い事を理解し、数秒も立たずに彼女はこの場所がどこなのか見当を付けた。

 

「学祭で使うステージ? 大学部の……」

 

 呟き、思わず明日菜は足を踏み出そうとしたが…グッと両腕が引っ張られて、そこで自分が拘束されている事に気付いた。

 ちょっとした縄と同じぐらいの太さを持つ、柔らかくも丈夫で透明な蔓のようなナニカが両腕に絡まり、それがステージの天井まで続いているのだ。

 

「何よ、これ…っ!?」

 

 何とか解こうと腕や身体全体に力を入れ、奇妙な蔓を千切らんとするが…一向に外れない。

 それでも諦めずに前へ踏み出そうする明日菜だが、そこに声が掛かった。

 

「やあ、目が覚めたようだね。お嬢さん」

「!」

 

 先程まで誰も居なかった筈の自分の目の前……一段下にある小ステージとも言うべき場所に、黒衣を纏った長身の男性の姿が在った。

 初老に差し掛かった頃合いの、彫が深く整った顔立ちを持つ西洋人の男性。

 明日菜にとって十分好みの範疇に入る容貌であるが、流石にこの状況下では見惚れることは無かった。寧ろ警戒心が先行し―――途端、目覚める直前の出来事を思い出し、

 

「このっ…!」

 

 直感的に自分と木乃香を飲み込んだ“ニセ刹那(モノ)”と関係していると察して、自由が効く足で蹴りを見舞った―――が、

 

「ハハッ、流石はネギ君のパートナー候補筆頭だ。生きが良くて大変宜しい」

 

 明日菜の渾身の蹴りは余裕を持って受け止められ、彼の手に足首を掴まれてしまう。

 

「ッ…放しなさいよ!!」

 

 その余裕と笑みが酷く癪に障った明日菜は、自身の置かれた状況にも構わず怒鳴り、威嚇した。

 

「ウム、本当に生きが良いね。他のネギ君のお仲間はどうにも大人しすぎて……眠らされた神鳴流の剣士達や東のお姫様は兎も角」

「! 仲間…!?」

 

 未だ足首を放さない男性の言葉に、自分と一緒に飲み込まれた木乃香の事が先ず脳裏に浮かび。次に連絡が付かなくなった刹那や夕映達の事を明日菜は思い出した。

 その途端、足から手を放した男性の視線が自分では無く、その後ろの方へ向いている事に気付いて、明日菜も身体と首を捻って後ろへ視線を向けた。

 

「みんな…!」

「彼女達は観客だ」

 

 明日菜の視界に入ったのは、ガラス……いや、微かに泡立つのが見えた事から、液体で作られたと思われるドームに閉じ込められた夕映達と木乃香。加えて個別に分けられて同様の物に閉じ込められて眠る刹那、真名、楓にエヴァ。それに―――

 

「―――あれは那波さん!? どうして!?」

「真祖殿や神鳴流の剣士たちは危険なので眠って貰った……まあ、そのお嬢さんは成り行き上の飛び入りでね」

 

 無関係の那波さんまで…コイツどういう積もり?

 そんな疑問が過ったが、それ以上にある意味気になったのは夕映達が全裸である事だ。一瞬、この男性に剥かれたのかと不穏なことを思ったが、木乃香と自分が私服のままである事を見ると違うと思い。では何だろうと考えて彼女達の姿を改めて見て―――ふと気付いた。

 木乃香が口元を引き締めて自分や刹那達の様子を窺いながらきつく敵を睨んでいるのは判らないでもない。勿論、他の友人たちも表情を沈ませて若干顔が青いのも判る。けど木乃香を除いたその友人達の視線が一定の方向で固定されていた。

 ステージ前方の方だ。

 

「ん…―――ッ!!?」

 

 明日菜は友人達の様子に少し嫌な予感を覚えながらもそこを見て、驚愕に表情を染めた。

 

「そんな…っ!?」

 

 なぜ今まで気付かなかったのか?

 ステージの直ぐ前、観客席とステージの間に黒い甲冑を纏ったナニカと、地面に伏して腹部を赤く染める白い少女の姿が在る事を。

 

「―――イリヤちゃん!!」

 

 思わず彼女の名を叫び、明日菜は自分の顔が血の気を引き、青くなって行くのを自覚した。

 そこには勿論、傷付いたイリヤへの心配もあった。だがそれ以上に彼女が地に伏し、身体を赤く……血で汚しているという意味を…そう、それが何を意味しているのか理解したからだ。

 

「そ、そんな…」

 

 明日菜はもう一度、その言葉を零した。

 ただしそれは先と違い、イリヤへの心配や驚愕に伴う疑問的な意味では無く、絶望とも言うべき感情から出たものだった。

 

(あのイリヤちゃんが……最強だっていうエヴァちゃんも認める。とんでもなく強いあのイリヤちゃんが負けたの?)

 

 と。

 そう思うと夕映達の顔が青い理由も判った気がした。無論、こうして捕まった事への不安や血で赤くなったイリヤの姿もその理由なのだろうが。

 明日菜は以前から刹那に聞いていたし、夕映達も数時間前にあの“別荘”でエヴァがまるで我が事のように自慢気に語っていたのを聞いている。

 イリヤは英雄であるネギの父親達と並ぶ“力”を有しており、この学園でまともに戦え、勝負に成るのは全盛期の力を取り戻した自分か学園長ぐらいなのだ…という話しを。

 それはつまり、救援を望むのは絶望的だという事だ。

 そのエヴァが捕まっている事もそうだが、学園長こと近右衛門が来たとしてもイリヤが倒れている……つまり敗れたらしい事実を見ると、この状況から助かるとはとても思えなかった。イリヤを破った相手……恐らくはあの黒い甲冑がそうだろう。そんなイリヤ以上の強者かも知れない存在に近右衛門が勝てるのだろうか?

 

(多分、無理…よね)

 

 倒れたイリヤの直ぐ傍に立つ黒い甲冑が纏う得体の知れない……いや、以前、そう京都の時にも感じた覚えのある禍々しい雰囲気とその内にある圧倒的な力を直感し、明日菜はそう思った。

 幼い時分から見知っているあの飄々とした老人を侮った訳では無いのだが、この禍々しい気配を放つ甲冑姿の敵に打ち勝つビジョンはどうしても浮かばなかった。

 

(イリヤちゃん……)

 

 明日菜は悲嘆した思考から俯き掛けた顔を上げて、地に伏している少女を見つめた。

 傷付いて身体を血で汚し、僅かだが地面も赤く染める彼女。それでもそのイリヤの実力と普段から見せる自信にあふれた姿を知る為か、幼いながらも頼りになるその少女に対し……心配の感情以上にこの状況を何とかしてくれるのではないかと期待を抱いてしまう。

 そんな身勝手な自分の思考に当然、嫌悪感も懐いたが、明日菜はそう祈り願うしかなかった。

 その明日菜の視線をどう捉えたのか黒衣の男性が言う。

 

「心配はいらない。私も彼女に死なれては困るのでね……まあ、少し危なかったが出血も止めた。命に別状はない」

 

 それは明日菜にも判っていた。

 少し距離はあるが、眼の良い彼女にはこのステージの上からでもイリヤが呼吸をしているのを見て取れたからだ。ただその男性の言葉はやはり癪に障った。

 自分達を捕らえただけでなく、そのイリヤを傷付けたのは彼等なのだ。なのに恩着せがましく言うのは腹が立った。

 だから明日菜は状況も悪さを忘れて、気丈に男性を睨み付けた。

 

「イリヤちゃんが怪我したのはアンタたちの所為でしょうが! こんなことして何が目的なのよ!!」

「尤もな意見だが……なに仕事でね。“学園の調査”が主な目的だが、“ネギ・スプリングフィールドと”」

 

 男性は笑みを浮かべて明日菜の怒りに答えつつ、意味深に彼女を見つめ―――

 

「君…“カグラザカ アスナが今後どの程度脅威と成るか”も調査内容に含まれている」

 

 ―――そう、明日菜にとって全く予想外の事を告げた。

 

「え……―――どういう事よ!?」

 

 一瞬、唖然とし明日菜は直ぐに問い返したが、男性は笑みを深くするだけでそれには答えず、懐から見覚えのある銀のブレスレットを取り出した。

 

「それは…木乃香の―――?」

「ウム、あの東の姫君が身に付けていた物だ。君が目的であったというのに、割り込んできた彼女のお蔭で危うく転移に支障を来たすところだった」

 

 そう答える男性に何処からか「アタシの心配は無しカヨ! すっげー痛かったのに…」との抗議の声が聞こえたが、明日菜は気に留めず。そのブレスレットを見てイリヤから贈られた自分のペンダントが囚われる寸前に首から奪われ、放り捨てられた事を思い出していた。

 同時にそれがただのペンダントでは無い事も。

 

「聞いていた通り、見事な護符(アミュレット)だ」

 

 そう、ネギがあの誕生日に言った通りペンダントは魔法のお守りだった。

 送り主であるイリヤもそれは認めている。

 

 

 

 それはネギの父親の別荘で記念撮影を行なった後の事だ。

 デジカメで写真の写り具合を確認した時、自分の首からぶら下がるペンダントを目にしてイリヤに尋ねたのだ。ペンダントの事を事件が片付いた後に話すと言っていたのを思い出して。

 

『―――ネギが言った通りよ。それは魔法などの神秘的な力を持ったお守り…所謂、護符(アミュレット)と呼ばれる代物よ』

 

 ナギの別荘からの帰りの道で、帰路に着いた集団の最後尾―――当時は魔法の事を知らない筈の夕映達に聞かれない為―――に位置して、イリヤは隣で歩く明日菜の問い掛けに答えた。

 

『あの時……確か、“贈って置いて幸いだった”とか言ってたけど、どういうこと?』

『うーん、そうね。……アスナは不思議に思わなかった? 自分があんな異常な状況に―――得体の知れない怪物に襲われて命が掛かった状況に放り込まれて。それも生きたまま喰われるかも知れず、辺りには血と肉が散乱して、臓物臭が漂う凄惨な光景が繰り広げられたというのに平然……とまでは行かなくとも、心を乱さず戦えた自分を変に思わない?』

 

 そう、逆に問い返されて明日菜は、漸くその昨晩の出来事に疑問を抱いた。

 確かにあんな状況に立たされ、吐き気を催すような光景が繰り広げられたにも拘らず、自分はそれほど動揺してなかったように思えた。勿論、全くでは無い。恐怖はあったし、呆然と足を止めて危機に陥ったりもした。

 けど、あんな目に合えば普通なら錯乱してもおかしくは無い。いや、絶対に錯乱する。でも自分はそうならなかった。

 

『それが、このお守りのお蔭ってこと?』

『ええ、それには持主の意思を昂らせるというか、“勇猛”にさせる効果が在るんだけど……判り易く言えば、それのお蔭でゲームなんかで言う“混乱”だとかいう精神系のバッドステータスを回避出来るの』

『…へえ』

 

 判り易い例えに明日菜は思わず頷いた。

 尤もそう言ったゲームは―――身寄りも無く、学生である為。限られた時間でのバイトが主な収入源な事もあり、ふところ事情が色々とキツイ―――自分は余りしたことは無いのだが、美砂や鳴滝姉妹などのイマドキっ娘たちの部屋で見掛けたり、プレイさせて貰った事はある。

 

『勿論、それだけじゃなく。魔法に対する耐性や物理的な―――毒や石化などと言ったステータス異常の回避もあるわ。まあ、そのアミュレットはそちらの方が本命なんだけど』

 

 と。イリヤは説明を続けて、あの得体の知れない怪物が出した“瘴気”という物からも明日菜を守っていたとも言った。もしそれが無かったら自分は瘴気の混じった空気を吸い、肺を始めとした内臓が腐っていたらしいとも。

 

『ホント、贈って置いて良かったわ。製作者としては甲斐が在ったとも言えるけど……正直、世の中何がどう幸いするか判らない、みたいな釈然としない感じも在るわね』

 

 安堵しつつも何処となく複雑そうな表情でそう言うイリヤだったが、それら事実を聞いた明日菜としては随分と背筋を寒くすると共に、アミュレットをプレゼントしてくれた彼女には勿論のこと、身に付けるように進言してくれたネギとカモにも非常に感謝したものだ。

 ただ、

 

『あ、そういえば、カモの奴が言ってたんだけど……コレってもしかしてとても高かったり…する?』

『…………』

 

 カモの話を聞いて気になっていた事を贈り主であり、製作者であるというイリヤに尋ねたのだが、白い少女は何故かその質問には答えてくれなかった。

 

 

 

 つい数日前に木乃香が受け取ったブレスレットも、自分の物と同じ材料を使った代物でユニコーンの絵が彫刻され、その効果も同様らしいが―――回想を終えた明日菜は、それらアミュレットが自分の事……男性の目的にどう関係しているのか判らず、再度問い掛けていた。

 

「どういう事…? そのアミュレットっていうのが私とアンタの目的に何の関係があるのよ」

「フム、それは―――…と、来たようだ」

 

 男性は明日菜の問いに答えようとしたようだが、不意に何かに気付いたように振り返って明日菜に背を向け。ステージの向かい……薄暗く曇った空の向こうへと視線を転じ、

 

「―――今、それが確かになる。まあ、依頼主の目利きが正しければ…だが」

 

 やはり明日菜には理解出来ない意味深な言葉が返されて、その疑問は濁された。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ネギが姿を現わした事により、明日菜はまた顔を青くする事と成った。

 だから隣に見覚えのある頭に犬耳を生やす少年の姿がある事を疑問にも思わず叫ぼうとした。ネギの魔法が防がれた瞬間に何故か身体を襲った奇妙な苦しさを堪え、

 

 ―――ネギ、駄目! アンタじゃあコイツらには勝てない。私達の事はいいから逃げて!!

 

 彼等が自分達を助けに来たのだと判るからこそ、そう必死に告げようとした。

 何しろエヴァと刹那や真名たちだけでなく、あのイリヤが敗れた化け物が居るのだ。

 だが、それを察したヘルマンの指示でその言葉は途中で遮られた。幼女の姿をした魔物が彼女の口に手を押し付けて、そのままガムテープのようなもので口を塞いだのである。

 

 その後は正にイリヤが言う所の原作通りの展開と言えた。

 ネギと小太郎が変に張り合って言い争う漫才染みた事は流石に無かったが。

 

 ネギの問い掛け―――ヘルマンが何者なのか、何故こんな事をするのか? その目的は? との言葉にヘルマンは自らの正体は明かさず、人質を取ったのはネギを誘い全力を出して貰う為であり、目的はネギの実力を見たいだけなのだと答えた。

 無論、自分が倒れれば彼女達は解放されるとも。

 しかし実の所、“調査”さえ無事終えれば、勝敗に関係無く明日菜達は解放されるのだが、当然そこは伏せられた。それではネギは全力を出さないであろうから。

 ネギは自分が狙いらしい返答を受け。それに生徒達を巻き込んだ事に忸怩たる念が芽生えると同時に、此処へ向かう直前に感じた事―――父との因縁が関係しているのかとも思い。それを尋ねようとしたがその問い掛けを口にする前にヘルマンが指を鳴らし、それを合図に幼女姿の魔物(スライム)がネギと小太郎へ襲い掛かり、戦端が切られた。

 

 

 

 バーサーカーの手によってステージに上げられて明日菜の背後、木乃香達が囚われる水牢の前に転がされ、何故か自身の身体を隠すようにして被せられたヘルマンのコートの下で―――また彼女には分からない事だが、エヴァの入った水牢も濁りガラスのようになり、吸血姫の姿も隠されていた―――イリヤは周り状況を音と気配を頼りにし、それらの事態を大凡把握していた。

 

 イリヤが目覚めたのは明日菜とほぼ同時だった。

 その時、一瞬眼を開きそうになったが、腹部から背中に奔る熱い痛みと、直ぐ傍に在るバーサーカーの重圧(けはい)を感じ、状況を察して気を失ったふりを続けた。

 当然、機を窺う為だ。

 ヘルマンと明日菜の会話を耳にしつつイリヤは思考を巡らせた。

 先ず自分の居る場所だが―――これは直ぐに分かる。原作と同様であるなら世界樹付近に在るステージだろう。

 次に敵の戦力だが―――気配を探る限り、近くに居るバーサーカーとステージ上のヘルマン……他には、やはりオマケ的な幼女型スライムと思われる気配がある。

 ただ先の一戦の時、バーサーカーが気配を消していた事を思うと、この他にも敵がいる可能性は在るが……ともかく、この判る範囲の状況で打開手段を模索するしかない。

 一番のネックは―――

 

(やっぱり、バーサーカーね)

 

 腹部の熱さと全身に感じる痛みにイリヤは当然のようにそう判断する。

 あの後……高音を見捨てられず串刺しにされた直後、イリヤはかなり手荒く扱われた。

 腹に刺さった剣が乱暴に引き抜かれると同時に抵抗する間も無く、首を圧し折らんばかりに強く掴まれて、そのまま地面に背中から思いっきり叩き付けられ、さらに追い打ちとばかりに傷を負った腹を堅い鉄で覆われた足で踏まれ、同じく硬い手甲で覆われた拳で額まで殴られた。

 そこでイリヤの意識が途絶えた訳なのだが……

 

(……ほんとう容赦がない。幾ら狂戦士だからって、仮にも騎士なんだから女の子は優しく扱うべきじゃない?)

 

 敵であり、狂化の上に黒化までして理性が無いのは判っていたが、最高の騎士とも讃えられる彼の“湖の騎士”がその正体だとを思うと、そう文句を言いたくなる。

 イリヤは聖杯戦争に関わる身として、また神秘に触れる者として、彼の有する伝説とその偉業を重ねた彼自身にはそれなりに理想を抱いていたのだから。

 それに父親(キリツグ)が使役するのが、彼の騎士王という事もあってか、幼い時分に母親(アイリ)がそれに纏わる円卓の騎士たちの物語をよく読んで聞かせてくれ。そこから芽生えた憧憬も少なからずある。

 

(まあ……そんな幻想(りそう)は、セイバーを見てからとっくに砕けているんだけど…)

 

 聖杯戦争以上にあの“四日間”とそれを補完するかのように刻まれた在る筈の無い、それまでの“半年間”の記憶が脳裏に蘇ってそう思った。

 シロウに稽古を付けたり、買い物などの家事を時折すれど、基本的には衛宮邸で食べて寝て過ごすだけの騎士王(かのじょ)の姿は、正に“ぶろーくんふぁんたずむ”であった。

 尤もイリヤ自身もお嬢様な為、何かこれといった生産的な事はしておらず、シロウに対して我が侭し放題、甘え放題といった日々だったのだが。

 

(―――と、いけない。つい思い耽ってしまって思考が逸れたわ)

 

 内心で頭を振り、イリヤは慌てて思考を戻す。今は過去を懐かしむ余裕も時間も無いのだから。

 

(とにかく、この4thバーサーカーに隙を生じさせない限り、私は動けない)

 

 恐らく自分に対する警戒なのだろう。甲冑を纏った狂戦士は自分の傍に佇み動く様子は無い。

 もしこの状態で下手に動こうものなら、意識を失う直前のように凶暴に踏み付けられるか、その手に持つ剣でまた串刺にされ、地面に張り付けられるかのどちらかだろう。

 その高い敏捷値を思えば、此方が何かをする前にそうなるのは確実だ。況してや今のイリヤの状態―――夢幻召喚(インストール)が解除された身体では尚更に。

 

(というか、そんな状態でさっきと同じような事をされたら、確実に死ぬわね)

 

 そう、急所を外したとはいえ、串刺しにされたあの刺突は音速を遥かに超えた速度を持っていたのだ。

 剣の重量及び質量に加え、バーサーカー本体のソレが加わった超音速の刺突や剣戟。英霊化していなければ、とてもではないが耐えられない。常人であれば余波で生じる衝撃で胴体真っ二つどころか、その部位が丸ごと粉砕して肉片と体液を周囲に撒き散らすだろう。

 英霊化していない今のイリヤも、それを受ければ当然そうなる。

 

(……冗談じゃないわ)

 

 思わず想像し、背筋に悪寒が奔らせながら内心で呟く。

 勿論、バーサーカーに此方を殺す気が無いのは、手にする刃挽きされた剣や急所を外した事からも判る。恐らくアイリの指示なのだろうが、狂化と黒化で理性が無い彼はどこまでそれを尊重するか?

 

(やはり今は動く事は出来ない…か)

 

 ただ『アーチャー』は解除されて手元には無いが、幸いにも他のカードはある。

 カードの存在自体に気付かなかったのか、それとも敢えて無視したのかは判らないが、腿に在るホルダーの中身に手は付けられて居ないようだった。

 目は閉じているし、当然手探りした訳でも無いがイリヤはカードがそこに在るのが判った。サーヴァントとの契約程では無いが、細くもハッキリとしたラインの繋がりが在る為だ。

 となるとイリヤの打つ手は、先ずバーサーカーの気を逸らして再度夢幻召喚(インストール)を行なう事だ。そして人質と成っている明日菜達を救出し、バーサーカーとヘルマンを相手にしながら彼女達を逃がさなければならない。

 かなりの難題だが、

 

(明日菜達を逃がすまでは何とかなると思う)

 

 イリヤはそれなりに勝算が在ってそう考えた。

 バーサーカーを打倒出来るかまでは一度敗れた身としては、不安で在ったが。

 

(けど、何とかやってみるわ。せっかく“一対一”の好機なんだから)

 

 そう、“複数対一”ではなく“一対一”である。最悪残り6体とも考えられる黒化英霊を確実に削れる機会とも言えるのだ。

 ヘルマンと幼女スライムも居るが、弱体化している悪魔や最弱モンスター程度などは如何とでもなる。この機を逃す訳には行かない。勿論―――

 

(―――さっきのバーサーカーのように、他に気配を消したサーヴァントが居なければだけど……)

 

 ただし、その場合の対策も一応はある。尤もそうなれば打倒は難しくなり、撤退を優先する事に成るだろう。それに―――出来れば使いたく無い手でもある。

 しかし、自分や明日菜達の身を考えると出し惜しむ訳にも行かない。

 イリヤは分の悪さを感じて内心で溜息を吐いたが、覚悟を決めてラインを通じた念話を開く。

 魔力の波に頼らないそれは、予想通りジャミングの影響を受けずに彼女の契約下に在る者達へと繋がった。

 

 しかし―――

 

(間に合うかしら…?)

 

 ネギが姿を現した状況を鑑みてイリヤはそう焦燥感を覚えた。この事件の収束が近い事に―――このまま動けないまま、帰結に向かう事に大きな不安を感じて。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ひゃ…ああああああぁぁぁぁっっ!!!」

 

 突然、明日菜の悲鳴が一帯に響いた。

 苦しさを感じさせながらも何処か艶を帯びた奇妙な悲鳴。

 ネギは敵を目の前にしながら思わず明日菜に振り返って彼女の名を呼び、水牢に閉じ込められていた木乃香も友人の名を叫んだ。

 

「明日菜さんっ!?」

『明日菜ーー!?』

 

 同時に金属を擦り付けるかのような異音が響き―――バシッと、何かを叩くかのような音が、この直前にヘルマンに向けて使った『封魔の瓶』から放たれ、宙に浮いていたそれが床へと転がり落ちた。

 何が起きたか木乃香にもネギにも判らなかったが、カモがそれを口にした。

 

「封印の呪文が掻き消された!?」

 

 信じられない物を見たかのように彼は叫んだ。

 『封魔の瓶』は非常に強力な魔法具だ。本来は滅ぼす事が出来ない上位悪魔や霊格の高い存在に対する為に作られた高位のアーティファクトで、その威力は絶対である。

 一度呪文が行使されれば、それこそ地獄を統べる悪魔王か、それに準ずる存在でも無ければ逃れることは出来ない。勿論、低級悪魔用の(ランク)の低い劣化版(デットコピー)の“瓶”も存在はするが、ネギが使った“瓶”は数少ないオリジナルとほぼ遜色の無い代物である。

 だというのに、封印の失敗どころかその効果が無効化されたのだ。故にカモの驚愕は大きかった。魔法の矢程度ならいざ知らずに……と。此処に到着する寸前に見たもの―――機先を制する為、杖の上からネギが放った魔法の矢が防がれた現象と同様である為に。

 

 しかし木乃香は違った。この現象に思い当たる節があるからだ。

 祖父から聞かされた親友が持つ重大な秘密。先程までのヘルマンと明日菜の会話。そしてこの現象が生じると同時に苦しむ親友の姿。

 それらから至る結論に木乃香は表情を険しくする。

 

(明日菜のこと気付かれとったん…いや、確証を得に来たんか?)

 

 魔法が通じないというネギの不利や現状の心配より、真っ先に思い浮かんだのはその危惧だった。

 “敵”が明日菜の秘密……むしろ正体というべきか、それに薄々気付き。確かめに来たらしい事。

 それが何を意味するのか理解する木乃香は、途方も無く大きな焦燥感が胸中から湧き出るのを覚えた。

 そう、明日菜という友人への不安や心配もあったが、それ以上にその事実が招く今後の事態を想像し、肩に圧し掛かった強迫観念染みたナニカ―――自覚してまだ薄いが、“近衛 木乃香”としての責任感や義務感。そしてその道を歩むことを覚悟し抱いた義憤……“正義感”が彼女の中で大きく唸りを上げていた。

 だが、今の木乃香は無力だ。

 術の媒介である符はアミュレットと共に取り上げられ、隠し持っていた杖も同様である。その為、行き場の無いその衝動は木乃香の胸中でただ渦巻くだけで、険しく深刻な表情を浮かべながらもヘルマンを睨むことしか出来なかった。

 

 

 

 そんな木乃香の視線を気付いている筈だが、ヘルマンは意に介した様子も無く。ただカモの驚愕に答えるかのように語る。

 

「実験は成功のようだね。放出型の呪文に対しては完全だ。正直、不安は在ったのだが―――これで確証は得られた訳だ」

「…!?」

 

 ヘルマンの言葉にネギの瞳が不可解そうに揺れた。

 それに気付いたのであろう。彼はネギを見据えて言葉を続ける。

 

「マジックキャンセル…魔法無効化という奴だよ。一般人である“筈”のカグラザカアスナ嬢……彼女が“何故か”持つ魔法無効化能力。極めて希少(レア)かつ極めて危険な能力だ。それを逆用させて貰ったのだよ」

「!…」

 

 ネギは眼を見開いて驚くも、以前から何と無くそうではないかと思っていた事もあり、こうして他者からの説明を受けてようやく腑に落ちた感じがした。

 カモも同様だった。

 やはり、明日菜の能力は彼女が持つアーティファクトやイリヤのアミュレットによるものだけでは無かった、と。

 そう、ネギ達にして見ればその兆候は以前からあったのだ。

 麻帆良へ赴任初日の忘却魔法の失敗を始め、その後の幾つかの騒動や事件―――ネギの作った惚れ薬の効果が彼女だけに効果が無かったり、彼女を杖に乗せると何故か飛びにくくなったり、エヴァとの対立時にはその真祖の吸血鬼たる彼女の持つ障壁をものともせず、見事な蹴りをぶつけていた。

 そのいずれも明日菜はアーティファクトを所持しておらず、イリヤと出会う以前の出来事だ。ネギは京都の事件と南の島の一件を経てカモと相談を重ねる内にその疑問も話していた。

 

「カモ君…!」

「ああ!」

 

 だからヘルマンの告げられた話に魔法使いの少年とその使い魔は、互いに確信するように頷き合った。

 

 

 

 しかし、ネギ達はともかく明日菜本人に取っては全く予想外の話だった。

 

「私…の持つ、力……? アーティファクトや……イリヤちゃんのペンダントの効果じゃなく…て?」

 

 何時の間にか……さっきの叫び声の所為か口を塞いでいたモノが剥がれており、明日菜は苦しく呼吸を乱しながらも半ば呆然と呟いた。その途端、頭に軽く痛みが奔った。

 ズキッというよりもギシッと何かが軋むような痛み。

 そう、まるで固く閉ざされた古めかしい木製の扉を開けるかのような―――それともずっと昔…子供の頃にでも仕舞った大切にしていたモノを入れた宝箱を開けるかのような―――パタンと閉じた音が聞こえ―――て…………そんな痛みがあった気がした。

 明日菜は何処か視線が定まらずボンヤリとしていたが、ヘルマンはソレに気付いていないのか、構わず彼女の呟きに答えるように言葉を向けていた。

 

「その通りだアスナ嬢。私の依頼主はその確信が何よりも欲しかったようでね。こうして手荒に扱っているのも。ペンダントについてすまない事をしたのもその為だ。私が言うのもなんだが少し謝罪させて頂くよ―――“姫君”」

「―――ッ!!?」

 

 ヘルマンの言葉が耳に入った瞬間―――また軋んだ痛みが頭に奔り、明日菜のボンヤリとした意識と視線が定まった……が―――彼女は、何故か淀みかかった思考を振り払う為に頭を振ってヘルマンを強く睨んだ。

 “ソレ”に呑まれては行けないと訴える(はたらく)意思(さよう)に従って。

 勿論、自分にそのような不可思議な力が在る事やそれが原因で、皆を危険に晒したらしい事は大きなショックだったが、それに打ちひしがれる姿をこの敵に見せるのは嫌だった。

 

「ふむ…」

 

 その気丈な姿にヘルマンは満足げに見える表情をしながらも、不満そうにも聞こえる声を漏らした。

 ヘルマンの相反する表情と声に明日菜とネギは訝しんだものの、その心情を計る事は出来ず微かに眉を顰めた。しかし、

 

「まあ、良い。実験は成功しアスナ嬢に対する目的はほぼ果たせた。次は君の番だ」

 

 気を取り直した様子でそうヘルマンは告げ、ネギを鋭く見据えた。

 ネギは身構え、明日菜は逃げるように再び叫ぼうとしたが―――

 

「そろそろ本気でやらせてもらうとしよう。ネギ・スプリングフィールド君」

 

 そう宣言した途端、黒衣の男性の姿が掻き消え―――

 

 ―――背後に回り込んだヘルマンの一撃が掠めてネギは吹き飛び。

 ―――目の前に現れた幼女に明日菜は開こうとした口を再度塞がれた。

 

 

 

 ヘルマンが動いた事でスライム達を相手に果敢に攻めていた状況から一転し、ネギと小太郎は一方的に攻められる側に立たされた。

 魔法が通じないというハンデもあるだろうが、それを抜きにしてもヘルマンは圧倒的だった。

 ネギと小太郎を同時に相手をし、余裕を持って対応出来る体捌きと素早さ。そしてそれを活かして繰り出される四肢による重い攻撃に、詠唱も無く放たれる魔法の矢を優に凌ぐ魔弾や中位魔法相当に当たる範囲攻撃。

 これらにネギと小太郎は防戦もままならず、打ちのめされ、致命的な一撃を避けるのに精一杯であった。

 

 そんな劣勢を少しでも覆そうとカモはネギから離れ、イリヤが贈った物に代わって明日菜の首に掛かる宝石の付いたペンダントを奪いに行った。

 そのペンダントが明日菜の持つ魔法無効化能力を利用している(キー)だと判断したからなのだが―――焦りなのか、油断なのか、姿を隠す事も無く行動した為。幼子の姿を取ったスライムの手に敢え無く捕捉されてしまう。

 

「捕まえマシター」

「うおお、しまった!? 放しやがれーーっ!!」

 

 奇妙なイントネーションで話す幼女の両手に掴まれ、カモは抜け出さんとジタバタと足掻く。

 明日菜はそのカモの無様かつ間抜けな姿に悪態を吐きたかったが、口が塞がれていてはそれすらも出来ない。

 

「てめーもこの中、入ってナ」

 

 挙句、別のスライムにボールを扱うかのようにパスされてカモは木乃香達が囚われる水牢へと放り込まれた。

 そしてスライム三体の内、二体が水牢の傍でまるで明日菜や木乃香達に聞かせるかのように話し始める。

 

「ククク、あの二人のガキはもうダメダナ」

「ええ、もったいないデスケドネー」

 

 小生意気そうな雰囲気を持つ頭に短いツインテールをしている幼女と、丁寧な口調で淑さを感じさせる眼鏡を掛けた幼女が言葉を交わす。

 その言葉が持つ不穏さに気づき、水牢に囚われた青い顔をした少女達が尋ねる。

 

 ―――どういう事です。

 

 と。

 ただし明日菜と同様、余計な事をネギ達の耳に入れられない為にその声は水牢の外にまでは響かなかったが、その造り主であるスライム達には彼女達の声が聞こえた様だった。

 

「安心シナ、お前らは無事返してヤル。タダノエサダカラナ」

「調査の結果はどうあれ、ネギ君には暫く戦えないようにしておけって命令が出てマス」

「しかしヘルマンのおっさんの石化は強力だカラナー。まあ、悪くすると片手と片足、永久石化かも知れネェナ」

 

 コタローってガキもな、と。楽しそうに話す魔物二体の会話はそう締められ、水牢に囚われた青い顔をした少女達の顔は更に青くなった。

 特に京都の一件でクラスメイトの友人達が石にされるのを目の辺りにしていた夕映、のどか、和美は。

 

 

 

 ヘルマンが大きく足を踏みしめ、ズシンッと地面が罅割れ砕けると同時に弓を引くように構えた拳が輝き―――次の瞬間、振り上げた拳と共に地から登り立つような魔力が衝撃を伴って放たれた。

 事前の大振りな動作もあり、ネギと小太郎はそれの直撃を避けることは出来たが、その一撃でステージ周辺の観客席が大きく吹き飛び、舞い上がる粉塵と瓦礫によって視界が僅かに塞がれ、その僅かな間にネギ達はヘルマンの姿を見失う。

 

「「!?」」

 

 気付くと背後に敵の気配があった。

 攻撃の気配も察し、振り向くと同時に二人は防御を固めるが咄嗟の事もあり、放たれた拳の連打を受け切れず、いくつもの打撃がネギと小太郎の顔や胴体を強かに打ち。防御が完全に崩れて姿勢すらも取れなくなった所で尚重い蹴りがヘルマンから放たれる。

 まともにそれ受けた2人は吹き飛び客席を巻き込みながら派手に地面に叩き付けられた。

 

「くっ…」

「くそっ、つええ!」

 

 重い一撃をまともに受け、更に受け身も取れずに地面に叩き付けられた所為か、ネギと小太郎は直ぐに起き上がれず。呻き、悪態を吐いた。

 その二人にヘルマンは追撃もせず、余裕を持った雰囲気で佇むが小太郎はともかく、彼のネギを見つめる彼の目は失望に彩られていた。

 

「……やれやれ、この程度かね」

 

 彼は溜息を吐きながら言う。

 

「先程までの―――“瓶”を使うまでの動きは中々良かったが……どうやら私が手を下す程でも無かったようだね。残念だよネギ君」

 

 そう、それは深い失望が込められた言葉だった。

 その言葉にネギはどう感じたのか? 悔しさを覚えたのかも知れないし、ヘルマンがそうまで自分にそのような感情を向ける事に戸惑いを覚えたのかも知れない。

 ただ確かなのは、実力差を見せつけられ、力が足りないと感じたにも拘らず、諦めずに立ち上がった事だ。

 

「小太郎君、大丈夫!?」

「アホッ、まだ行けるわ! …チッ、変化が使えりゃあな」

「行くで!」

「うん!」

 

 その姿に抱いた失望感が若干ではあるが軽くなったのをヘルマンは感じ、ネギと小太郎による攻撃を軽くいなしつつ不意に思い付いた事を口にした。

 

「いや…違うな、ネギ君。思うに君は―――」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 隣に居た即席の相方……小太郎がヘルマンの一撃を受けて大きく吹き飛んだ直後、ネギはヘルマンから思いもよらない言葉をぶつけられた。

 

「―――本気で戦っていないのではないかね?」

「!?」

 

 疑問的でありながら確信が籠った敵の言葉を聞き、ネギは何故か一瞬、胸を透くものを感じた。だが直ぐに反論した。

 

「な、何を…? ぼ、僕は本気で戦っています!!」

 

 胸に突き刺さった鋭い感覚を振り払うかのようにネギは言う。

 ヘルマンはそれに「そうかね?」と首を傾げる。どこか愉快そうに可笑しげに。

 

「……サウザンドマスターの子供がなかなか“使える”と聞いて楽しみにしていたのだがね」

 

 ネギから離れ、無防備に背を向けてステージの方へゆっくりと歩きながらヘルマンは語る。

 

「彼とはまるで正反対。戦いに向かない性格だよ」

「!?」

 

 父と引き合いにされてネギの動揺は大きくなる。

 そこにヘルマンはさらにネギの不意を突くように尋ね、言葉を向ける。

 

「君は何のために戦うのかね?」

「な、何のために…?」

「そうだ。小太郎君を見たまえ、実に楽しそうに戦う」

「……」

「君が戦うのは? 仲間の為かね。下らない実に下らないぞ。ネギ君、期待外れだ。戦う理由は常に自分だけのものだよ。そうでなくてはいけない」

 

 身振り、手振りを使い芝居がかったかのようにヘルマンは大仰に語りかけ、ネギは思わず耳を傾けてしまう。

 

「“怒り”、“憎しみ”、“復讐心”などは特に良い。誰しも全霊で戦える。或いは健全に“強くなる喜び”でも良いね、小太郎君みたいにね。そうでなくでは戦いは面白くならない」

「ぼ、僕は別に戦うのが面白いなんて…」

 

 ネギは口を開いた。戦う事に面白さなんて求めていない。好きで誰かを傷つける真似何てしたくはない。そう、イリヤも言っていた。自分の“力”がもたらす結果を理解していなくては、と。

 そうだ。戦って誰かを傷つける事はとても辛くて悲しい事なのだ。けど、それでも―――

 

「僕が……僕が戦うのは―――」

「一般人である彼女達を巻き込んだ責任感かね。助けなければという義務感?」

 

 その通りだ。“偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)”を志す魔法使いとして、また教師としての役割や仲間としてもそれは当然の思いだろう。刹那との約束もある。

 それにこれまでの―――エヴァとの対決や京都の事件もそういった意思で戦ったのだ。

 だからネギは頷こうとしたが、続けて言うヘルマンの言葉に遮られる。

 

「義務感を糧にしても決して本気には成れないぞ、ネギ君……実につまらない。いや…それとも君が戦うのは―――」

 

 そしてさらに続けられる衝撃的な言葉にネギの思考は停止する。

 

「―――あの雪の夜から逃げる為かね?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ネギの頭の中は白く染まって行った。

 まるで深々とあの日のように雪が降るかの如く―――後の……数分間での出来事は良く覚えていない。

 白く染まる思考と視界に。異様なまでにドクドクと大きく脈を打つ心臓の音だけがネギの記憶に深く残っており。ナニカを尋ねた自分の声に……ヘルマンと、呼ばれる男性が―――帽子を、取って、その顔が……見覚え、のあるモノで、何かを言いながら、心底可笑し、そうに…ユカイに嗤う、ワラウこえ、が。とても、ミミ障りで……

 

「―――そうだ。君の仇だ、ネギ君」

 

 悪魔が、フカイ笑みを浮かべて言うのを、キイタ。

 ジリジリと白く染まった思考を―――降り積もった雪を解かそうと熱く赤いモノが脳裏に過る。

 アクマはまだナニカを言っていた。シャクイ級の上位アクマだとか、おじさんとムラの人タチを石にしたとか、スタンお爺ちゃん(あのろうじん)にしてやられただとか―――

 

「どうだね。自分の為に戦いたくなったのではないのかね?」

 

 瞬間、ジリジリとしていた赤いモノが轟ッと一気に燃え広がり、炎の如く思考と視界を赤一色に染めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ヘルマンは歓喜に打ち震えていた。

 動きはまだ荒く未熟そのものであったが、ネギが今示している“力”と性能(スペック)は明らかに自分を圧倒している。

 例え力の大半を抑えた今の己ではあるが、それでも眼に追えぬ速度を持ってこの身に確かなダメージを与える打撃は十分に満足行くものだ。

 

「ふふ…ははは、いいね! すばらしい!! これだ! これが見たかったのだよ!! それでこそサウザンドマスターの息子だ!!」

 

 ネギの突き上げる掌底を受け、まるでロケットの如く凄まじい勢いで打ち上げられ、続く拳撃による怒涛のラッシュで全身を撃ち付けられながらも、ヘルマンは歓びに満ちた笑い声を上げた。

 これを確かめたかったからこそ、彼はこの依頼を受けたのだ。幼くまだ青い未成熟な花開く前に見せる才能溢れる者の輝き。それも英雄と称えられるサウザンドマスターの実の子供。

 

(うむ、素晴らしい。惜しい才能だ。将来を見てみたい)

 

 才能に恵まれ、さらに英雄の子という肩書きを背負い。多くを期待され、それに恥じない力の片鱗を見せる幼い少年。それに直に触れられる機会。

 彼との因縁も含め、非常に自分好みで美味しい依頼であり、“報酬”だ。

 

 ―――そう、こうしてその幼くも眩しい輝きを放つ才能を、己が身を持って確かめられ。

 

(だが、しかし…)

 

 ―――そう、その将来性を確信し、他の多くの者と同じく嘱望を抱き。

 

(そういった才能が潰えるのを見るのもまた…)

 

 ―――そう、その才能をこの手で摘み取り、将来を奪うという悲嘆と快感を得られるのだから。

 

(私の楽しみの一つなのだよ!!)

 

 そう、没落した爵位級悪魔のヘルマン伯にとってこの仕事は依頼であると同時に報酬でもあるのだ。

 故に、果てしなく怒涛の如く続く打撃を受けつつ、彼はその身を変貌させて本来の姿を―――異様に長い手足の体躯の背に、黒い蝙蝠に似た羽と鏃のような尾を持ち、頭には羊のものにも見える角を飾る禍々しい異形を―――取り、己が最大の悦びを得んと口腔を大きく開き、才能溢れる少年へ向けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それは、ほんの数秒前に起きた僅かな時間の出来事だった。

 

「―――!」

 

 自分に迫る無数の敵意の塊に黒い甲冑の騎士―――バーサーカーは直ぐに気付いた。

 空気を裂いて常人どころか高位の魔法使いや武の達人であっても視認不可能な速度で迫るソレの気配を。バーサーカーはその鍛えられた鋭敏なレーダーのような感覚で先ずソレを捉え、次にソレを直接目で“視認”した。

 数は6つ。円錐状で大の大人の親指ほどの太さを持つ鈍い金属質の物体。秒の間も無い間隔で連続して放たれたソレ。

 彼はソレを見た事がある。銃と呼ばれる物体から飛び出す主に鉛で出来た物質―――銃弾だ。理性無き思考から彼はソレを理解する。先の“戦争”でその銃という代物を扱った事がある故に。

 

 ソレ自体は然程脅威では無かった。

 凡そ音速の5倍。極超音速で迫る銃弾であろうと神秘が薄く、込められた魔力も乏しいのであれば彼を傷つける事は叶わないのだ。

 

「■■■…!!」

 

 しかし彼は、唸り声を上げてソレを迎撃した。

 ステージの床が軋み、足場を踏み砕きながら巧みな剣捌きを持って、音速を遥かに凌駕する速度で迫る弾丸を打ち払う。

 まともにソレを受けては、例えダメージが無くとも悪魔が羽織っていた黒いコートの下に隠れる“対象(イリヤ)”の傍から衝撃で吹き飛ばされ、引き離されてしまうからだ。

 視認していた無数の弾丸が黒い剣を振るう度に火花を散らせてあさっての方向へ飛んで行く。

 1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6…―――瞬間、

 

「■■―――!!?」

 

 バーサーカーの右側頭部に衝撃が奔った。

 ガァァンと複数の銃声に混じり、フルフェイスの兜が甲高い音を鳴らし、彼の身体は側転しながら吹き飛ぶ。途中、少女達が囚われる水牢にぶつかり、跳ねるかのようにして飛ぶ方向が変わり、正面から見てステージの右端の方へ身体が叩き付けられる。

 そこでネギの猛反撃に気を取られていた明日菜、木乃香を始めとした囚われの少女達とカモ、小太郎が銃声に気付き。バーサーカーに起きた異常事態を認識したが、理解は追い付かず、ただ突然の事に表情を驚愕に染めるだけだった。

 

「■■■■―――!」

 

 何の脈絡も無く突如襲った衝撃にバーサーカーの理性無き思考にも驚愕が奔ったものの、床に叩き付けられた身体をすぐさま起こし、同時に視界に捉えられたソレ―――先の物より二回り以上も大きい“気配を感じさせない”銃弾を手放さずに済んだ剣で打ち払った。

 ソレを打ち払えたのは全くの偶然だった。理性無き知性がそう判断する。

 そう、身を起こし、傍から引き離されてしまった重要対象(イリヤ)の動きに注意しようと、そこへ視線を送ろうとした瞬間、その“気配無く迫る銃弾”が偶々視界に入ったのだ。

 

「――――」

 

 バーサーカーはその飛来方向……弾道を辿り―――狙撃主の姿を確認する。

 直線距離にして凡そ二百数十m。高く太く伸びた木の枝の上で大型の狙撃銃を構える女性。その恰好は武骨な銃を持つには似合わない白と黒を基調としたメイド服で、腰には鞘に収まった二本の長剣を差している。

 その隣には同じ格好をした女性の姿が一人在る。おそらく二人一組なのだろう。狙撃主とその護衛兼観測主。この直前の6つの銃弾を放った弾道の先にも同様の2つの人影があったことから彼はそう判断した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 視界の多くを遮る枝葉の合間を縫って、ステージ上と“我らが主”に不貞を働いた厄介な標的―――バーサーカーなる黒い騎士の様子を見詰める彼女の頭に念話が響く。

 

『上手く行きましたね』

「はい」

 

 弾んだ少女の声に、長く伸びた緩く波掛かった黒髪を揺らして彼女は頷き短く答えた。

 無論、その声の主はここからは見えぬ位置に居り、此方を見ている訳では無いのだが…彼女はつい首を動かしてしまったようだった。

 “人形”でありながらも思わずそのような“人間っぽい”仕草を取ってしまうのは彼女の製作者の技量の高さか、それともヒトを模倣し擬態する役割故なのか、いや……或いは仮初とはいえ、“魂”が宿っている為なのか?

 それは彼女自身にも判らない。

 ともかく、上手くマスター(イリヤ)の傍からあの不逞な輩を引き離せた事に安堵を覚えたのは確かだ。

 

 そう思いつつ彼女は隣で、この枝の上で器用に片膝を着きながら今し方、バーサーカーを狙撃した“妹”の一人と、その腕に抱える大型狙撃銃を一瞥する。

 今の我らが主であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが改造……いや、魔術を使い文字通り“魔改造”した対物狙撃銃―――Mag-Fed20mm(アンツィオ20mm対物ライフル)

 それは最早銃というよりも砲と呼ぶべき代物だ。

 およそ人が扱う上では、様々な意味で最大級を誇る携帯火器と言え。その口径と20×102弾という弾薬やそれから生じる威力と反動は勿論なのだが、全長も2m(銃身1.24m)と平均的な成人男性よりも大きく。重量も27kgと7、8歳前後の子供を抱えるようなもので、有効射程に至っては5000yd(4572m)と人による狙撃の領域を明らかに逸脱しているのだ。

 尤もその使用弾薬のサイズから装弾数は限られ、3+1と4発でしかないのだが……しかしイリヤが何故このような実用性皆無なトンデモ銃を入手し魔改造したのかというと、先の南の島での一件よりも前、麻帆良の中でも数少ない銃使い…ガンドルフィーニの依頼が事の発端であった。

 

 端的にいえば、自身の戦闘力向上を求めての銃の強化がガンドルフィーニの依頼であったのだが、イリヤにはその要望に応えるだけの銃器の知識が無かった。

 しかし今後を備える意味では、麻帆良でも有能な戦力として数えられるこの黒人教諭がより“使える”ようになるのは歓迎であり、また切嗣(ちちおや)が銃器を扱っていた事もあって魔術による近代火器の強化は―――魔術師としては思う所はあるが―――イリヤ個人としては十分興味を引く事柄であった。

 その為、今すぐには無理だが、追々可能だろうとガンドルフィーニに返事をし、イリヤは火器類の研究に取り掛かった。

 その過程で此方の世界での神秘と火器の組み合わせは、銃が大きく発展した19世紀…主にトライゼ銃が登場した頃から行われているらしい事が判り、イリヤはそれを参考に研究を進めた。

 そして表裏問わず様々な種類の銃を学園長の協力で超法規的に収集しつつ、それらの改造試作と実験を繰り返して行く内にこの世界で嘗て行われていたある研究がイリヤの目に留まった。

 ただし、それは銃その物では無く。

 

 『穏行弾』と呼ばれる弾薬の研究であった。

 

 穏行弾―――つまり文字通り、探知も察知されないステルス仕様の弾頭の事だ。

 所謂、英雄などと呼ばれる者に比類する最高位の魔法使いや超一流に達した武の達人というのは、一般的な到達点とも言える高位の魔法使いや一流の達人とはより逸した超常的な感覚や勘を有しており、例え狙撃主が気配を完璧に消したとしても射出された後の弾丸に籠った気配―――“意”ともいうべき物を感じ、避けるか、防いでしまうのだが。その最高位ないし超一流の相手に気付かれず完全に不意を突いた狙撃を実現し、労せず無力化しようと試みられたのがこの穏行弾であった。

 しかし、穏行弾そのもの自体は当時から穏行符などが普及していた事もあり、それらを転用する事によって比較的容易に開発出来たのだが、致命的な問題として決定的な威力を持てず、障壁貫通どころか魔力や気によって守られた肉体を傷つけるには至らなかったのである。

 そう、弾丸その物に穏行系術式を付与出来たのは良いが、意外にもそれに“容量(キャパ)”が喰われ、他の付与効果までは込められず、威力が不足し、さらに込められたとしてもその別の付与効果が穏行弾の性質を損なうという本末転倒な結果となったのだ。

 

 無論、研究者たちは問題解決に取り組んだ。弾丸の素材をミスリルやオリハルコンにアダマンタイトなどの希少な魔法金属や高度な合金を使用して“容量”を増加させ、その上で穏行と障壁貫通や威力増加などの各種付与を行い。また付与結合し易い新たな穏行術式やその他、付与魔法の新たに研究開発し問題の改善を図った。

 だが、どうしても穏行の効果をその他、付与効果を両立させる事は出来ず研究は徐々に先細り、今や誰も取り組まない分野と化していた。元より一つの銃弾に二種類以上の付与を籠める事自体難しく、手間の掛かる事なのだ。

 加えて最強クラスないしそれに準じる最高位の魔法使いや超一流の戦士などの実力者を不意打ちとはいえ、銃弾一つで如何にかしようという発想自体無理が在ると、ここ二十年余りで結論付けられた事もそれに拍車をかけていた。

 

 しかしその発想と有用性は、その最強クラスを相手にするイリヤにとって非常に興味深いものであった。

 当然、それで一撃必殺と成る事や致命的なダメージを与える事は出来ないだろうが、最強クラスの化け物たちの不意を一度でも完全に突けるならば何かしらの手札にはなる……そう考えての事だ。

 元より“魔術による銃の強化”という研究だった事もあり、イリヤは思い切ってその発想―――穏行弾による戦術論をやや転換しつつ、より極端に、

 

『穏行の付与で銃弾に他の付与の制限が掛かるなら……銃弾の方に威力を付与するのではなく。銃弾を放つ銃その物で威力を引き上げれば良いじゃない?』

 

 と進め。

 その為のベースと成る銃を―――最高位の魔法使いの張る障壁をぶち抜き、超一流の戦士による気に守られた鋼の肉体を打ち貫ける域にまで達せる銃を求めて。

 結果、20×102弾という携帯火器では最大級の質量を最大級の運動エネルギーを持って打ち出せるMag-Fed20mmなどというゲテモノ銃に行き着きついたのである。

 そしてその魔改造の結果、銃身内部とライフリングにイリヤが編み出した独自の術式が施され、魔力そのものを加速源としつつ魔術理論による概念的な側面からもレールガンの如く銃弾を追加速させて極超音速以上…秒速2700mという音速の8倍近くで射出し、それによって得られる運動エネルギーで物理的な破壊力を高めていた。

 その威力は見ての通りだ。例え霊的・魔的なダメージが期待できない穏行弾―――しかも魔法では無く、よりステルス性の高い“魔術”仕様―――であっても、直撃を受けた英霊(バーサーカー)は見事吹き飛び。掛かる余りにも大きい衝撃から宙で姿勢を整えられず、不意打ちであった事から受け身も取れずにステージの床へと叩き付けられた。

 もしこれがエーテルによって第二要素(たましい)を核に構成された英霊(サーヴァント)では無く、普通に肉体持つ人間ならばどうなっていた事か。

 

 ジャコッとボルトを引く音と共に“妹”が手にする対物ライフルから排莢され、次弾が装填される。同時に視界の先に捉えたバーサーカーに別方向―――彼の左側…ステージほぼ正面から銃撃が襲った。

 この場に居る自分達と同じ人形―――“妹達”の手によるものだ。あちらも同様に魔改造されたM82A2を使用しているが銃弾は穏行弾では無く、通常の巫術弾を装填している。

 先程、あちらが此方よりも先にバーサーカーに銃撃を加えたのは、こっちの穏行弾を確実に叩き込むための陽動だった。

 

 ちなみにイリヤは初め、対物ライフルとしては有名で実用性の高いそのバレットM82で穏行弾を運用する積りだったのだが、魔改造しても期待していた程の威力…せいぜい音速の5倍程度の速度・運動量しか出せ無かった為に、実用性を無視してMag-Fed20mmというキワモノに走ったという経緯もあったりする。

 とはいえ、両者に施した改造はかなり無茶なものであり、強引に威力を引き上げている訳だから、当然その負荷は大きく。Mag-Fed20mmの方は凡そ8、9発、2ケース分。M82A2の方も12発、1ケース分程度が限界であり、それ以上の射撃は銃身の歪みが酷く、良くて狙いが付かなくなるか、最悪銃身破裂を起しかねず、整備分解及び銃身の交換が必要であった。

 この問題を解決する為には魔術的工程による強化・鍛造だけでは無理だとイリヤは判断しており、素材や設計の見直しが必要だと結論していたが、完全に門外漢である為、今後は専門家の意見や協力が必要不可欠だとも考えていた。

 なお、この二つの銃は反動が非常に大きい事もあり、慣性制御の魔術も程されていたりする。

 

 

 別方向から銃撃を受け、それに対応するバーサーカーの隙を再度突き、彼女の隣から三度目の銃声…いや、砲声とも言うべき重い音が響く。

 その音が耳に入るか否かと同時に今度も直撃するかと思われた穏行弾による狙撃は、彼の振るう剣によってステージ正面から飛来するM82A2の12.7mm弾共々防がれてしまう。

 フルフェイスで分かり辛いが、おそらく此方も視界に入れていたのだろう。

 思わず彼女は表情を歪めそうになるが―――

 

 ―――良くやったわね。上出来よ。

 

 そう、脳裏に響いた声に不愉快に歪みそうになった口元を喜びの笑みへと変えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あの子達が間に合ってくれた。

 ガンドルフィーニ先生にも助けられたわね。彼の依頼が無かったらどうなっていた事か……。

 イリヤは、工房から急ぎ駆け付けて来てくれた従者達と、思わぬ助けと成った頼みをしたガンドルフィーニへそう内心で感謝を告げ。安堵しながらも焦燥の表情を浮かべ、自身に被さる黒いコートの下で腿に付けたホルダーに手を伸ばす。

 

告げる(セット)! 夢幻召喚(インストール)!!」

 

 周囲に轟く銃声が途切れると同時にイリヤの声がステージに響き―――直後に彼女が居た場所が爆ぜた。

 

 爆発めいた音にステージ上の面々と小太郎は、銃撃を受けていたバーサーカーからその音のした方へ視線を移したが、小太郎と明日菜以外は、その原因を全く捉えられず砕けて陥没した床を見ただけであった。また件の2人にしても“青い人影”の残像を辛うじて捉えたに過ぎない。

 

「―――ッ!?」

「何やッ!?」

 

 明日菜は塞がれた口から呻き声を上げ。小太郎は叫んだ。

 残りの面々も声を上げた二人が顔を上向かせているのに気付き、遅れて視線を上向かせた。

 

「―――!?」

「アレはッ!?」

 

 水牢に囚われた少女達は驚きを示す―――だが同時にやっぱり…という安堵にも似た思いもあった。爆音が生じた場所には悪魔が羽織っていた黒いコートがあり、その下には……見知った白い少女の身体が隠れていたのだから。

 彼女達の視線の先には悪魔に立ち向かうネギを背景にし、此方を背にして跳んだイリヤの姿があった。

 

 

 

 そのイリヤの身体は私服から新たな衣装に包まれていた。

 全身に密着する青い装束を纏い。長く伸ばした白銀の髪を銀の髪留めで尾のようにして一つに纏め。手には血の如く深紅に染まった一本の長槍を持っていた。

 そう、彼女がホルダーから取り出したのは、槍を手にする騎士が描かれたランサーのカードだった。

 

(ッ―――間に合え!)

 

 彼の光の御子を身に宿した瞬間、現状の拙さを感じていたイリヤは、バーサーカーを無視して直ぐに駆け出し、飛び上がっていた。

 本来なら小太郎が担った役割を―――銃撃を受けたバーサーカーに気を取られ、起きた窮地に気が付かなかったその彼の代わりに“主人公”を助ける為に。

 鋭い矢の如く飛翔したイリヤは空気を切り裂き、雨滴を吹き散らし、異形を持つ悪魔とそれに対峙する幼い少年へ凄まじい速度で迫り―――

 

「「!?」」

 

 半ば体当たりするように少年の身体をイリヤは抱え、背に悪魔が口から放った不吉な魔力の奔流が至近で通り過ぎるのを感じ―――“宙”を蹴って彼女は悪魔から距離を取りながら地面へと降り立つ。

 

 ズシンッと幼子二人分とはいえ、高所からの落下した人の重量を受けて地面が軋み、周囲の水溜りが飛沫を上げる。

 

「ふう―――」

 

 ―――ギリギリ間に合ったわね。

 イリヤは思わず溜息を吐く。これも原作に近しいといえば、そうなんだろうけど……とも思いながら。

 

「あ…う、い…今?」

 

 イリヤの腕の中でネギが呻いた。呆然と自分の手を見つめて我を忘れた己が、何をどう思って、ナニしようとしたのか、それを想起して顔を青くしている。

 その様子を見るに恐らく自分がイリヤの腕に…所謂、お姫様抱っこされている事も気付いていないのだろう。

 そんなネギにイリヤはまた軽く溜息を吐くと、ネギを放した。

 

「わ…! っ…イ、イリヤ!」

 

 地面に落とされた痛みで彼は、漸くイリヤの姿が在る事に気付いて我を取り戻したようだった。

 自分を見つめるネギにイリヤも視線を返すも、直ぐに逸らしてバーサーカーを見据える。狂獣のような重圧(けはい)を向けながらも不思議と動く様子の無い彼に若干訝るが、好都合だとも思いイリヤは、我を忘れて無謀を起こしたネギに…無論その心情も判るのだが、注意をしようと口を開き―――

 

「この―――アホーーッ!!」

「へぶ!?」

「アホ!! 幾ら(パワー)があってもあんな闇雲に突っ込んでったら、返り討ちを喰らうんは当たり前や!! 確かにお前の魔力の底力がスゴイのは判ったわ! 判ったけどな…今の戦いは最低や!! 周り見えてへんし、結局決め手も入れてへん!! あんな力押し俺でも勝てるわ!! ったく、頭良さそうな顔しとるくせに! 仇か知らんけどおっさんの挑発に簡単に切れよってからに!! ガキ!!」

 

 今更ながらに先程までの状況を思い出し理解したのだろう。小太郎はイリヤとネギの元に駆け寄るとネギの頭を殴りつけて一気にそう捲くし立てた。

 口を開けかけたイリヤは突然の横やりに思わず唖然とし掛けたが、小太郎のその原作通りの言い回しが自分の言いたかった事と大体合っていた事もあり、肩を竦めて開けかけた口を黙って閉じた。

 元より、それが小太郎の役割であろう事もある。

 勿論、イリヤは、イリヤなりにまだ言いたい事はあるが、それはこの件が片付いた後でも……いや、この場を乗り越える為にネギに釘を打てる以上は、どちらかというとその方が良いと思えた。

 そう思いイリヤは二人を見て考えていると、小太郎が此方に視線を向けて来る。

 

「確か、イリヤ…言うたか? “姉ちゃん”」

「ええ」

 

 小太郎の問い掛けにイリヤは―――微かに違和感を覚えたが―――頷くと。彼は若干の間を持って青い衣装を纏う同年代に見える幼げな少女を探るかのように観察すると、視線を転じて此方を睨んで動かない黒い甲冑…バーサーカーの方へ向ける。

 

「アンタはアレの相手をするんやな」

 

 バーサーカーの頭部全体を覆う兜のスリット。小太郎はその奥から向けられる視線がイリヤに固定されているのを感じてそう言い。イリヤはそれにも肯定して頷いた。

 

「そか」

 

 イリヤが首肯するのを見、小太郎は再度黒い甲冑に視線を送る。

 この敵の存在はこの場に来た時から気付いていた。即席の相方と成ったネギとその使い魔であるカモは、甲冑が此方に何ら意識を向けていなかったから気付かなかったようだが、幼くも修羅場を潜って来た小太郎はバーサーカーを見て、直ぐに「アレはマズイ」と本能と勘が凄まじい警鐘を鳴らすのを感じ、その脅威を理解していた。

 

 ―――アレは“死”そのものだと。

 

 そう、決して手を出してはならない。近づいては成らない。此方に興味を誘ってはいけない。そうなれば自分とネギは有無言わせず、抵抗する間も無く一瞬で殺されると。

 だが、それを理解してもこの場から引かず、ヘルマンに対して向かったのは、そう感じた自分の臆病さを認めたくなくて反発したのと。ヘルマンを相手にする限りあの恐ろしい敵はこちらに手を出してこないと直感したのが大きかった。

 しかし、それも確実とは言えず、こうしてイリヤが相手をしてくれるという事を知れたのは正直に言って有難く。大きく息を吐いて胸を撫で下ろしたいほどの安堵を覚えさせた。

 無論、一方でこんな小柄な少女(おんな)を頼り、安堵してしまう事実に情けなさと不甲斐無さもあったが。

 ともかく―――

 

「―――オラ…という訳や」

 

 小太郎は自分の説教を受け、反論できない事実を突かれて「むむ…」と眉を寄せるネギの胸を拳で小突いて告げる。

 

「この頼りになる白い姉ちゃんは助けにならん。だから―――“俺達二人”でおっさんをブッ倒すんや。共同戦線ゆーたやろ」

 

 そう小太郎は、その言葉以上に目線で告げた。独り闇雲に突っ込むな。此処には頼りになる仲間(じぶん)が居るのだ。簡単に頭に血を登らせてそれを忘れるな。そんなんじゃあ、勝てる戦いにも勝てない。手強くとも自分達二人ならきっと此奴にも勝てる……と。

 小太郎の言葉を受けたネギは何故かこの場に居るイリヤの存在もあり、一瞬その言葉と目線に込められた意思を理解出来ず戸惑ったが、それでも飲み込み頷く。

 

「うん…そうだね。小太郎君」

 

 凛々しく表情を引き締めてネギは小太郎を見つめ返した。

 そこにヘルマンが悠然とした様子で口を出した。

 

「ふむ…良い仲間を持ったようだねネギ君。だがどうするね……君達二人で私に勝てるのかな?」

 

 彼の姿は先程見せた本性では無く、人間然としたものに戻っていた。その方がこの学園結界の影響を受けずに済むからなのだろう。

 況してや…一見するとそう見えないが、オーバードライブを起こしたネギから受けたダメージも残っている。無論、それでもヘルマンの優位はまだ揺るがないのだが……。

 

「は、何を聞いていたんだか、二人はあなたを倒すと…勝つと明言したのよ。“どうするね”、“勝てるのかな?”なんて疑問は口にするまでも無いでしょ」

 

 イリヤがヘルマンに対して答えた。

 その声にヘルマンはネギ達から視線を逸らしてイリヤへ移す。

 

「ほう、大した自信…いや、信頼ですな。イリヤお嬢様」

 

 そうして悪魔と白い少女は睨み合う。

 

「そういえば、何時お目覚めで? 貴女には出来ればゆっくりと眠って頂いて欲しかったのですが」

 

 その言葉は言外にヘルマンはイリヤに対してもエヴァ達同様、眠りの符を使用したと言っており、当然イリヤはそれに気付いた。しかし、

 

「そう思うなら、もう少し静かにするべきだったわね。ああも騒がしくすれば嫌でも目を覚ますわよ」

 

 と、あっさりと受け流した。敵に態々答えてやる義理は無いという事だ。

 ヘルマンにしては予想だにしない事だろう。彼が知る“魔法使い”とは違い“魔術師”…それもイリヤのような由緒ある魔術師というものが、“魔術刻印”という半ばの独立した生き物のような器官を体内に持ち、その器官が術者の意思に寄らず自動で治癒を行ない不浄な魔力の作用を打ち消すなどとは。

 しかも治癒が始まっていたイリヤの傷をヘルマンが止血した為に、魔術刻印にその分余裕が生まれ。彼が掛けた“眠り”の解呪が早まったのだ。

 

(なんとも皮肉ね)

 

 その事実にイリヤは、そう内心で呟いた。

 

 

 

 イリヤの挑発的な態度にヘルマンは彼女の自信を見て取り、一度敗れた相手―――湖の騎士に打ち勝つ算段があるのか? ネギ達が自分を退けられると本気で思っているのか? と微かに訝しむが……此処に至ってやるべき事は変わらない。

 

「……仕方ありませんな。では貴女にはもう一度彼の相手をして頂きましょう」

 

 抱いた疑問を胸にしまい。ヘルマンはバーサーカーと呼ばれる彼の騎士に視線を向け、

 

「■■■■■■―――!!」

 

 獣の如き咆哮が一帯に轟いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 獣の咆哮が轟く寸前、イリヤはネギの顔を一瞥した。

 

「―――ネギ」

 

 僅かな視線の交錯と短い呟き。

 だが、イリヤの視線と自分の名を呼ぶ声に込められた意味をネギは理解したらしく力強く頷いた。先程ヘルマンに告げた言葉の中に秘められた自分への信頼。それに必ず答えてみせるとネギの見詰め返す眼はそう言っていた。

 

 イリヤはクスッと笑みを零した。

 正直、自分の方は兎も角、ネギ達に対する不安は大きい。ヘルマン相手に勝ちを拾えるか、原作同様上手く状況が転がるか、判らないのだ。

 それでもイリヤは、ヘルマンの言葉に自然とあのように返していた。ネギ達はこんな所で負けはしない。あの悪魔にきっと勝利すると確信して。そして今も見せたネギの凛々しく頼もしさを感じさせる顔を見、不思議とその信頼が高まった。

 

(うん……大丈夫。ネギは必ずアイツに勝つ)

 

 ただ……その時、イリヤの脳裏に浮かんだのは誰だったのか? 彼を通して“誰か”の姿を見た事に彼女はこの時気付かなかった。

 

 イリヤはネギを一瞥し、視線を吼えるバーサーカーの下へ向けると、同時に紅き長槍を持つ手とは逆の左手に木筆を取る。一見すると、それは先端が尖っただけの10cm程度の黒檀にも似た色艶を持つ短い木の棒だ。

 しかし一応それは歴とした魔術品である。

 イリヤはそれを両肩、胸、両膝、そして右手の槍へ素早くも目にも止まらぬ速さを持って正確に奔らせ、無数の“印”を刻んだ。単体でも何かしらの意味を持つ特殊な文字―――古より伝わる“ルーン”を。

 そう、木筆はルーンを刻むと同時に魔術的染色を行なう為の染料が含まれた専用の魔術道具であり、影の国でルーン魔術を修めたランサーこと“クランの猛犬(クー・フーリン)”の持ち物だ。

 マスターに恵まれなかった不運と根っからの戦士とも言うべき彼の性分から、聖杯戦争中では殆ど用を為さなかったそれをイリヤは惜しみなく使った。

 言峰がマスターであった状態よりもランクが向上しているとはいえ、それでも現状の能力(ステータス)のままでは、黒化したバーサーカー(ランスロット)を相手にするのは危険だと感じた事もあるが、元より彼女は魔術師なのだ。折角保有するスキル『ルーン魔術』を行使する事に躊躇いは無いし、無駄にする理由も無かった。

 

 筆を奔らせ終わり、木筆を手離し、槍に両手を添えた瞬間―――ステージ上に在ったバーサーカーの姿が消えた。いや、周囲にそう見えただけでイリヤに飛び掛かったのだ。

 先程、ネギを救出したイリヤと同じくステージの床を砕き、イリヤへ一足飛びに突進する。イリヤもまた地を砕かんばかりに足を踏み締め、前へ飛び出す。

 

「■■―――!!」

「はあ―――っ!!」

 

 黒い軌跡と紅い軌跡が激突し火花を散らす、様々な角度から振るわれる黒い帯のような軌跡が、一直に伸びる線の如き赤い軌跡に弾かれる。

 秒という間に幾十、幾百ほど閃光が瞬き、雨雲によって暗く影を差した一帯を連続した稲光のように照らす。

 

 ―――行ける! 戦える!

 

 イリヤは喝采を上げたいほどに高揚感に包まれ、胸中で叫んだ。

 歴代の聖杯戦争に於いてマスターとして最高の性能を誇るイリヤにより十全の性能を発揮するランサーの能力。それに加え、ルーンで引き上げられた各種パラメーター。

 そしてアーチャーとは違い才能に恵まれ、神話の時代で幾つもの武勇譚と共に鍛えられた技量は、黒化したバーサーカーを相手にしても引けを取らないものだった。

 元々彼は―――クランの猛犬(クー・フーリン)は、数あるサーヴァントの中でもトップクラスの英霊なのだ。

 

「ふっ…」

 

 知らずに笑みが零れた。

 自らを溢れんばかりに満たす力の高まりに、際限なく高まる高揚感に、心の奥底からそれこそ魂までもが荒ぶるかのようにイリヤは歓喜し、その美貌には似合わない獰猛な笑みを浮かべ。

 

 

「…、ああ――――ッ!!」

 

 吼えて思うがまま、猛るままに槍を握る手に力を籠め、更に鋭く、より速く、より精緻に振るった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 呼吸が大きく乱れているのをタカミチは自覚していた。

 喉に荒く息が通る感覚は久々だった。ここ数年で経験した戦闘が特別温いという訳ではなかったが、このような強者……それも明確な格上を相手にする事は無かったのだ。

 

「く…!」

 

 視認不可能に近い恐ろしい速度で、顔目掛けて迫る黄槍の先端を半ば勘任せで強靭なグローブで包まれた拳で捌き、軌道が逸れたそれを躱す。

 ギリギリ、こめかみを掠めんばかりに過ぎる黄槍の先端を感じ、背筋に怖気が奔った気がした。

 

(今のは、危なかった…!)

 

 癒えぬ傷を与える魔槍という事もあるが、それ以前に対応出来ていなければ頭部を貫かれ即死していた所だ。

 しかし安堵する間も無く、黄槍は突き出されたまま払いに入り―――タカミチはこれも半ば経験則から来る勘に任せて身を低く屈めて、頭頂部に風を切って過ぎる槍の気配を感じた。

 本来なら此処で払いの動作で身体が流れ、槍を引き戻す隙を突いて反撃に転じる所であるが、

 

「っ―――!」

 

 荒げる呼吸を僅かに整えるだけが精一杯で、まるで戻りが無かったかのように繰り出される槍捌きの対処に追われ、師より受け継いだ無音拳を放つ事も出来ず、防戦を強いられてしまう。

 それも文字通り片手間でだ。

 そう、今も彼の向かい―――ランサーを挟んだ先には、同僚である神鳴流の葛葉がこの敵の右腕から繰り出される赤槍を捌き、隙あらばその手にする太刀を打ち込まんとしているのだ。自分同様に。

 タカミチは改めて思う。

 

 神話の時代に生き、現代にして英雄と語り告げられるこの敵の恐ろしさを。

 異様とも言うべき二槍を用いた戦闘技術とその巧みな冴えを。

 此方の打つ手に的確に対処する戦術眼を。

 そして何よりもそれらを活かす反応の良さと動作の速さを。

 これが伝説、神話の世界に名を刻んだ英雄なのだと。

 

 それでもタカミチ達は綱渡り……いや、細い糸の上を歩くに等しい戦闘を継続していた。

 それは経験と意地のなせる技なのだろう。タカミチも葛葉も幼い時分から“大戦”に関わり、幾つもの戦場を見て渡り、生き抜いて来た強者だ。そしてそうして得て、身に付けた力に対して自負と矜持があるのだ。

 例え打倒できなくとも此処でこの敵を釘付けに出来れば、それだけでも意味が在る。

 この敵によって麻帆良に出る筈である犠牲者を抑えられるであろうし、ランサーを押し留めて送り出した神多羅木の助けにも成っている筈なのだ。

 

 

 葛葉は、タカミチ同様防戦を強いられ、苦境に立たされながらも徐々に“慣れ”…或いは馴染んで来ているのを感じていた。

 あの白い少女が制作したという畏れるほどの業物。刹那から贈られた霊刀のもたらす効果―――“気”の運用と身体の軽さに対応し、先程よりも巧く剣を扱えるように成っているのが判った。

 本来ならばまだ時間が掛かるであろうそれが成せているのは、この手に負えない強敵を相手にし、得難いほどの経験を得ている為だ。

 タカミチも葛葉の剣技と体捌きにキレが出て来ているのを感じていた。その事実は確かに今ランサーを相手にしている現状から見ても有難く喜ばしい事なのだが、正直僅かに嫉妬めいた感情も彼は覚えていた。

 タカミチにしてもランサーという強敵を相手にし、経験を得ているのは同じなのだ。しかし彼の方は葛葉に比べて未だイリヤから授かった礼装を使いこなせておらず、葛葉 刀子という才能ある女性剣士を羨ましく思ったのだ。

 

 しかし当然ではあるが、その程度の技量向上では劣勢を覆すまでには至らない。若干、タカミチと葛葉自身の負担が軽くなった程度だ。

 それでも、軽くなった分を利用し葛葉は機を窺い―――程無くしてランサーの槍が伸びきった僅かな…ほんの微かな合間に出来た隙とも言えない隙を見、自分の懐へ手を伸ばした。

 

「―――っ」

 

 彼女が取り出したのは三枚の符。人差し指と中指の間に挟んだそれに最速で“気”を注ぐ。槍と腕が伸び切りランサーの攻撃が緩んだほんの刹那の時間に彼女はそれを成す。イリヤ謹製の霊刀のお蔭で増幅され、運用効率が高まった“気”によって初めて可能な事だった。

 

「…!?」

 

 ランサーが赤槍を引き戻した瞬間、彼は突然現れた赤い光と身を焼く灼熱感に囚われて動きを止めた。

 それまでの怒涛の如く繰り出されていた二槍も嘘のように停止し、轟々と赤く揺らめく炎が彼とその周囲を覆っていた。

 それを放った葛葉は勿論、彼女と連携し呼吸を合わせてタカミチも同時にランサーから距離を取っていた。

 

「■■…■■■―――!!」

 

 紅蓮に撒かれたランサーが悶えるかのように蠢き雄叫びを上げる。

 彼の周囲には三羽の鳥が舞っていた。体長は人の半分ほどで赤く輝く…いや、全身に炎を纏ってランサーの至近で旋回し、彼と周囲をその炎で赤く染め、熱く焦がしている。

 その鳥は四神としても良く知られ、彼の安倍晴明も使役したと云われる式神…十二神将の一柱と数えられる朱雀の分御魂だ。

 葛葉の持つ呪符の中でも最大の手札であり、彼女が唯一使役する戦闘用の式神である。

 

「よし…やった!」

 

 叫び悶えるランサーを見て彼女は自分の勘が正しかった事を理解し、普段のクールな佇まいからは想像も付かない高い声を上げて綻んだ笑みを見せた。

 葛葉は、対魔力が高い事からランサーには大規模な魔法以外は効かないと聞き、実際に神多羅木の魔法を掻き消すのを見て納得はしたが、では召喚されて実体を持った幻獣や式神自身はどうなのか?…と、この短い戦闘の最中でふと思い至り、勘に任せて行使に踏み切ったのだ。

 しかし、これが決め手に成る訳が無い。確かに幻獣による魔力の籠った攻撃は通った。ランサーにダメージが入ったのも見ての通りだ。しかし朱雀の分御魂とはいえ、葛葉は術師としては一流に程遠い人間だ。

 最強クラスであるこの難敵がその程度の火力……剣士である葛葉の呪術で倒れる筈が無かった。

 故に―――

 

「奥義―――!」

「極状―――!」

 

 幻獣の炎に不意を突かれて撒かれ、動きが止まったこの一瞬が唯一のチャンスだった。

 圧倒的な強者に対して不意を突けた喜びも僅かに、油断も懐かず間髪入れずに葛葉とタカミチは構えを取り、極限にまで高めて圧縮した気の剣戟と咸卦の砲弾を赤く燃ゆる人影に向けて―――放つ。

 

「―――真・雷光剣、縮!!」

「―――大槍・無音拳!!」

 

 ―――直後、何の変哲も無い公園である場所に恒星が生まれた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「な! 何だ!?」

 

 前方に並び立つ鬼達を見据えていたガンドルフィーニは、振り返って思わず叫んだ。

 見るとその周囲の部下や同僚達も一様にして同じ方向を見て驚愕を露わにしている。

 彼等の視線の先には黒く厚い雲に照りかえった光があった。

 恐らく上空高くある雲に届くほどの光源が地上に生じたのだろう。膨大な魔力ないし気の反応が感知できるのを見るにそう彼は判断した。

 

「あの位置は…確か女子寮の近くですよね」

 

 雲に照りかえった光と感じ取った気配から瀬流彦が言う。

 ガンドルフィーニは首肯する。

 

「ああ、高畑君達が向かった所だが……」

 

 街中にも拘らず、あれ程までの力が必要に成るとは……一体何が起きている?

 途轍もなく尋常では無い不穏さを覚え、ガンドルフィーニは表情を険しくし、目に届かぬ遠くを見通さんとするかのように件の方向を睨んだ。

 傍で明石や弐集院たちへ状況確認の為に連絡を取ろうとする瀬流彦の声を耳にしながら。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 公園であった場所は完全に形を失い。クレーターと化していた。

 それはまるで京都でイリヤが行った物の規模を抑えて再現したかのようだった。範囲は勿論のことだが、剥けた大地もガラス状にまでは成っておらず、黒く焦げた程度で熱気も少なく空気は生暖かい。

 しかしこの惨状を見れば、その威力は想像に難くない。

 最高クラスに準じるタカミチと神鳴流剣士の中でも一流である葛葉の最大級の攻撃が放たれたのだ。直撃してただで済む訳が無い。

 

 そう―――

 

「う…ぐっ…」

 

 ―――直撃していればだ。

 

「ばっ…そんな……!」

 

 地に仰向けに倒れていた葛葉は、身を起こして見たその光景に愕然とする。

 左手の甲が裂けて血を滴らせ、右肩を赤く染めるタカミチの姿を視界に捉えて。

 

「ぐぅ…っ」

 

 致命的だった。

 タカミチは傷付いたにも拘らず、甲が裂けた左手で赤槍の柄を握りしめ。肩が傷付いた右手で今もまだそこに刺さったままの“黄槍”の柄を握りしめていた。

 目の前に居るランサーを睨み。決して放さない。逃がさんと言わんばかりに両手で敵の武器を掴んでいる。

 

 タカミチは最大の一撃を放った直後―――炎に撒かれた筈の…否、炎で身を焦がしながらも槍を構え、此方を見据えて駆け出したランサーを見た。

 思えば此方へと接近するランサーの姿を見たのはそれが初めてであった。これまでの長くも無いこの戦闘では、彼を抑えようと、その動きを止めようと、決して同僚のいずれかと単独で当たらせぬようにと、此方から果敢に槍の間合いに位置し続けたのだ。

 だから彼が両足を踏みしめて全力で動く姿を知らなかった。

 まさにそれは疾風だ。

 目に捉えられたのはほぼ残像のみ。自分達の放った雷を凝縮した剣閃と極限にまで圧縮された咸卦の砲弾を紙一重で避けて一瞬で接近する敵の姿。

 そのランサーに対して全く反応を見せなかった為なのか、葛葉を狙って彼は彼女に迫り、赤と黄の槍を突きださんとした。

 タカミチはそれらを見……いや、見たという以上に本能的な部分と超常的な感覚で捉えて、思考するよりも早く脊髄反射的に咄嗟に行動した。

 葛葉を庇おうと彼女を突き飛ばし、代わって自分の心臓を刺さんとする赤槍を左手で弾き―――甲が裂け。続けて伸びる黄槍は防御が間に合わず、体をずらす事で人体の中心部から肩へと狙いを逸らし―――穿たれた。

 

 結果、致命傷は避けられたが―――致命的だった。

 タカミチの戦闘力は著しく減じ、ランサー相手には無力に等しいレベルにまで落ちてしまった。

 左手は深く裂けており、赤槍によって頼りになる礼装も損傷し、何よりも黄槍で右肩を貫かれて利き腕がほぼ使い物にならなくなったのは痛かった。

 いや、この際治癒出来ようが出来まいが関係無い。ランサーとの交戦が続いている以上は、黄槍で傷を負った事すら些末事だろう。

 治癒する隙など、この敵は与えてはくれないのだから。

 

(葛葉…)

 

 だからタカミチは覚悟を決め、槍を掴む手をより強くして視界の端に在る同僚をランサーに気付かれないように一瞥した。

 葛葉は、一瞬交錯した視線にその意図を理解した。タカミチは自分諸共この敵を討てと言っている。それがこの状況での最善の策だと。

 それに彼女は即断した。躊躇が無かった訳では無い。しかしこの敵の討つ機会を逃す方が危険だと判るからこそ、その非情な選択を選ぶ事が出来た。

 それに余裕も無い。ランサーがタカミチを直ぐにでも引き離すかも知れないのだ。

 葛葉は手元近く落ちていた自分の大太刀を素早く拾い。同時に瞬動で一挙に接近し―――気を練り上げて最速で打ち出せる最も威力ある一撃を浴びせんとし、

 

 ―――あきまへん、見え見えでおますなぁ。

 

 そんな声が聞こえた途端、ランサーがタカミチを蹴り飛ばし―――刀を振り被る葛葉を貫かんとするのを…中断、即その場から離れ、直後彼の居た場所に銀閃が通り過ぎ、衝撃音と共に地面に大きな溝……断層のような跡が刻まれた。

 

「今のは…」

 

 葛葉は思わずたたらを踏み、瞬動からの急停止で崩れそうになる姿勢を堪えながらも今の出来後と声に思考を巡らせる。

 

「―――斬空閃改……弐の…太刀?」

 

 半ば唖然として呟く。

 神鳴流の基本技の上級版。それも極めて高錬度…彼女がこれまで見た中では最も洗練された一太刀―――いや、そうでは無い。見た事がある。剣の道を歩み、神鳴流を学ぶ過程で、大戦の最中で、幾度も目にしていた。

 こんな一太刀を、技を持てるのは葛葉の知る中では一人しかいない。

 

 先程耳にした声を思い出す。

 

 知らず内に身体が震えた。

 

 凛とした鈴の音が聞こえた。

 

 そうだ。こんな事が出来るのは―――葛葉の脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。

 

「お久しゅう、刀子はん」

 

 明瞭に聞こえたその声に気付かない内に俯かせていた顔を上げ―――目の前にその人物が居た。

 

 

 

 チリンと軽やかな場に沿わない鈴の音が響いた。

 蹴りを受けて吹き飛んだタカミチは鈴の音を聞き、身を起こして視線をその音の方へ向ける。

 

「―――…!」

 

 思わず目を見開き、表情が驚愕に染まった。

 それは一言で言えば、

 

 ―――伝説である。

 

 神話や伝承で語られる物で無く。現代の世に生まれ、裏の世界のみと言えど、確固たる実話として語られ、畏怖される存在だ。

 

 何処からか風が吹き、凛とした軽やかな鈴の音をまた聞いた。

 

 白い胴衣と赤い袴を着こなす彼女。音は彼女が手にする大太刀の柄に結ばれた二つの鈴から鳴り響いている。

 風に鈴が揺れて軽やかな音色が響く度に彼女の長く美しい黒髪も艶やかに靡き、その整った麗しい美貌がより際立った。

 靡く髪を空いた左手で乱れまいとするかのように押さえ、彼女は葛葉に向けていた顔をタカミチへ向けて淑やかに微笑んだ。

 

「タカミチはんも、お久しゅう」

 

 微笑み、場違いなほど暢気に挨拶をし会釈する彼女。

 それは、何処か心を惑わせるしっとりとした妖艶さと、全てを受け入れる慈愛的な包容力というべき相反する魔性と母性を併せ持った笑みだった。

 男性であろうと女性であろうと真っ当な美的感覚の持ち主であれば、ほぼ間違いなく見惚れるだろう。

 

 だが、彼女を知る者からすれば、それは全くの擬態だと、詐欺だと言いたくなるほど彼女の本質は異なる。

 

 そう、彼女の本質は妖艶な美貌と寛容な包容力を併せ持った魔性的かつ母性的な雰囲気では無く。手にする大太刀からも判る通り剣士としてあり、その剣を振るう時の苛烈さにこそあった。

 知己の仲でもあり、過去に仕事を共にした事もあって、当然タカミチも彼女の本性は知っている。

 判らないのは、

 

「なぜ貴女が……鶴子さんが此処に?」

 

 現役を退き、西の本家に住まう筈の彼女がこの場に居る理由だ。

 すると鶴子と呼ばれた彼女は、その質問が余程可笑しかったのか口元に手を当ててクスクスと微笑んだ。

 

 鶴子―――その名字は青山。

 そう、神鳴流宗家である西の名家、あの青山家の長女であり、そして彼のサムライマスター、旧姓青山である近衛 詠春の実の妹にして、彼をも“圧倒”する実力を持つ元・神鳴流師範代だ。

 特筆すべきは、数百年にも及ぶ彼の流派の歴史の中でも1、2を争う強さを持つと言われ、この現代に於いては世界を救った英雄の一人として讃えられる兄のサムライマスターを差し置いて、まがうことなく“最強の剣士”として勇名を馳せている事だろう。

 世界的な名声こそ、流石に赤き翼(アラルブラ)の一員である兄には及ばないが、裏社会に於いてはまず知らぬ者は無く。その実力と実績からこの平成日本にて、やんごとなき彼の御方様方から敬意を持って“剣聖”とさえ称えられ、兄と同様の…いや、ある意味では兄以上の生きた伝説だ。

 

 ―――しかし、最強の……かつて仲間であったサムライマスターをも圧倒する剣士というのはタカミチも認めざるを得ないが、剣聖と彼女が称えられるのは、彼個人としては素直に賛同できない思いがあった。

 

(そう、むしろアレは剣聖などの尊敬すべき対象では無く、剣の鬼……剣鬼だ)

 

 タカミチは鶴子が災厄の如く猛威を振るった戦場を脳裏に思い起こし、内心で身震いしながらそう呟いた。

 そんなタカミチの心情を知ってか知らずか、鶴子は彼の先程の問い掛けに答えた。不気味なほど変わらず微笑んだままで。

 

「おかしいどすなぁ? もう通達されとるものと思ってたんやけど……」

 

 笑みを表情に張り付けたまま、彼女は小首を傾げたが、

 

「まあ、よろしいやろ。赴任先での初仕事からして――――」

 

 スウッと鶴子の眼が鋭く細まり、タカミチはハッとし彼女の眼が向いた方へ自分も視界を転じた。

 二槍を振るう英霊…ランサーが居るのを失念しかけていた。

 ランサーは此方を…いや、鶴子を見据えて構えを取っていた。恐らく鶴子が姿を現してからずっと警戒していたのだろう。彼女の視線を受けた彼は今まで以上の気迫と重圧を感じさせ、タカミチは身が竦みそうになるが、

 

「―――中々楽しませてくれそうやしなぁ」

 

 と、重圧をぶつけられた鶴子自身は平静なまま言葉通り楽しげにそう言い。笑みを深めてランサーと等量の濃密な重圧を纏った。

 タカミチは突如場に顕現した二つの気配に今度は本当に身を竦ませ、ふと見ると同僚の葛葉もとても青い…青い……見た事も無いほど顔色を悪くしていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その二人…いや、三人というべきか、彼と彼女達は穏行符を使い学祭ステージ周辺のオブジェクトの陰に隠れて状況を窺っていた。

 人質に取られた生徒達に。ヘルマンと名乗る悪魔と交戦する英雄の息子と狗族の子供。そして悪魔の配下の魔物にバーサーカーと呼称される怪物。

 此処へ辿り着いた時には、悪魔と幼い子供達の戦闘は始まっており、出来れば立ち向かう彼等を援護してやりたかったのだが、あの白い少女が敗退したという黒い甲冑の騎士……ランサーと同等の存在の姿がある以上、彼―――この場の三人を纏める神多羅木は迂闊に飛び込む指示を下せなかった。

 

「……………」

 

 ただ彼に同行し、同じく物陰に隠れる少女―――愛衣は、敗北しバーサーカーに連れ去られたというイリヤの姿が見えない事に心配を募らせて、直ぐにでも飛び込みたそうな顔をしていたが、彼女もまたバーサーカーの脅威を理解するが故に大人しく神多羅木に従っていた。

 しかし彼女はイリヤの救出を諦めた訳では無い。敬愛する姉貴分が無謀を行なった所為で危機に陥った友人を何としても助けたく。気絶した高音を寮へ運んでいた途中、たまたま居合わせた神多羅木に無理を言って同行したのだ。

 

『わ、私も行きます! お願いします神多羅木先生ッ! もしかしたらそこにいるかも知れないから! イリヤちゃんを助けたいんです!』

 

 と。

 彼としては生徒であり、見習い魔法使いである愛衣を連れて行くのは論外であったのだが、問答する時間も惜しく、無理にでも付いて行こうとする彼女に逆に危険を覚えて已む無く同行を許可した。

 ただし一方で手数が足りない事もあり、見習いの中でも比較的優秀である彼女が思わぬ役を果たす可能性も僅かではあるが期待していた。

 そしてもう一人……というべきなのか。武装解除され、ヘルマンの手に落ちる直前、女子寮に来るかも知れない救援への言伝の為、刹那が密かに呼び出した自律型式神である“ちびせつな”は、何とか眠りに落ちた本体に干渉しようと念を飛ばしていたが、

 

(やはりダメです。届きません)

 

 そう囁きながら落ち込む姿を見せて、その試みは失敗に終わったと悟らせた。

 しかし、確かに戦闘力を殆ど持たない斥候・連絡用の式神ではあるが、彼女は決して役立たずという訳では無かった。

 この式神が居たお蔭で気配を隠せる穏行符を本体(せつな)の部屋から調達出来、さらにか細く繋がった本体とのラインもあって神多羅木と愛衣は迷うことなく此処へ来られたのだ。そういった意味では現状最も役に立っているのはこの式神(かのじょ)だろう。

 

 尤もこの面々を束ねる神多羅木は実際の所、分の悪さを見て取り、この場は大人しく隠れ情報収集に徹しようと……つまりネギ達を見捨てようと考えていた。

 イリヤが敗北した事を愛衣から聞き及び、ちびせつなからヘルマンが人質を取った経緯を聞き、手に負えない強敵と手段を問わない敵の行動を思うに、手札を欠いた現状では手を出す事は危険過ぎ、不可能だった。

 故に最低限、どう事態が転ぼうとせめて情報だけは持ち帰る必要があり、その為に自分達の身の安全を優先するべきだと神多羅木は判断していた。

 協会の一員として“偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)”の流儀を胸に秘め、またタカミチ達から託された信頼を思うとかなり苦しい決断ではあるが、後の為を思うとそのような選択を取らなくてはならなかった。

 勿論、諦めた訳でもない。だから彼は愛衣たち共々身を隠し、状況を観察して訪れるかも知れない機会もまた窺っていた。

 

 そして、彼と彼女達の思いは届いたのか、事態は動き出し……機が訪れた。

 

 イリヤが姿を現し、バーサーカーに再戦を挑み。尤も厄介な敵が彼女に引き付けられた。

 ヘルマンもネギと小太郎と再度火蓋を切り、そちらに意識が行っている。

 

(チャンスだ!)

 

 神多羅木は胸中で呟いた。

 視線で愛衣に合図し、彼女が確りと頷くのを見て、神多羅木は彼女と供に物陰から飛び出した。

 バーサーカーがステージ上から離れ、ヘルマンがネギ達に気を取られているこの数瞬が勝負だった。

 目指すべきは、人質と成っている生徒達。

 

「「「!!」」」

 

 突然現れた思わぬ闖入者の存在は、ヘルマンとバーサーカー…そして、ステージ上に残っていたスライム達も当然、気付いた。

 だが、ネギ達とイリヤを相手にする前者の二人はともかく、三体の魔物はこの予想だにしない事態に判断が遅れた。

 もとより、ヘルマンがネギ達の相手をした以上、スライム達の役目は上司とも言うべき上位悪魔の仕事を邪魔しようとする輩の警戒と対応であった。

 しかしそのいざという状況が生まれたにも拘らず、彼女等は即座に動けなかった。

 それは油断以外の何者でも無かった。初手で学園の侵入が探知された失態があったにも拘らず、それでも彼女等自身は仕事を順調にこなし、困難である女子寮の結界を抜け、ネギの仲間と思われる少女達を拉致し、ヘルマンの寮内への手引きも済ませ、重要目標であるアスナ姫の確保も成功した。

 その為、此処に至ってスライム達は驕って完全に楽観してしまい、イリヤの復帰を目にしてもバーサーカーが居る以上、問題だとは全く思わなかった。つまり精神的に緩み切っていたのである。

 そしてそれが彼女等の命取りと成る。

 

「メイプル・ネイプル・アラモード!」

 

 愛衣は自分の前を駆け出し、盾になるかのような神多羅木の後方で始動キー唱えつつ、同時に無詠唱で3矢の火炎を放つ。それは赤い軌跡を持って個々別々に曲線を描き、頼れる教師の背中を三方から越えて、ステージの上で動揺し一ヶ所に固まる三体のスライムに向かい―――散開を誘発させない為に狙いを逸らし、敢えて彼等が佇む周囲へ着弾させ、爆炎を上げた。

 透かさずそこに、

 

「目醒め現われよ、燃え出づる火蜥蜴、火を以てして敵を覆わん―――」

 

 詠唱で生じる間と隙を無詠唱の火矢で牽制した愛衣は、爆炎で動きを鈍らせた敵を完全に封じんと戒めの魔法を放った。

 

「―――『紫炎の捕らえ手』!!」

 

 力ある言葉と共に愛衣の翳した腕の先から、渦巻き進む紫の火柱が宙を奔り先程の火の矢同様、曲腺を描いて先行する神多羅木の背を飛び越し、スライム達へと伸びる。

 

「ちょ…!」

「コレは…ッ!?」

「……詰んだ」

 

 迫り来る火柱を目にしスライム達が各々に声を上げ―――彼等は愛衣の生み出した円筒状の火柱に飲み込まれ、彼女の意図通りその動きを完全に封じられた。

 

「や、ヤベェ」

「は、はわわ」

「……ふぅ」

 

 彼等を囲こんだ火柱とそれが作る結界を抜けるのは、スライム達の力では無理であった。

 渦巻く炎の壁を抜けようにも、吹き飛ばそうにも、こうも“決まっている”上、魔力の出力差も歴然であり、それ以前に内部に生じた結界が強固で炎の壁に触れる事すらできない。転移もまた同様だ。結界の干渉力が強過ぎて(ゲート)を開くのもままならない。

 これは愛衣の生来の才もあるだろうが、それまで怠らず伸ばして来た今日までの努力の成果に加え、イリヤ謹製のタリスマンによる魔力増幅・出力向上のお蔭であった。

 

「や、やった!!」

 

 思いの外上手く行った為か、愛衣が喝采を上げる。

 彼女がスライム達の相手をした分、風使いでもある神多羅はその身のこなしの軽さをより活かせ、素早くそれを成し遂げる事が出来た。

 無論、彼ほどの実力者ならばスライム達ぐらい物ともしなかっただろうが、この数瞬が勝負だと考えた彼にとって僅かにでも手間取るというのは旨いと言える話では無かった。

 故に彼女の実力ならば可能だと、スライム達の牽制を任せたのだが……正直予想以上の手際の良さで思わず唖然と立ち止まりそうに成り、逆に時間をロスしてしまう所だった。

 スライム達が油断し反応が鈍かったのもそれが上手く行った要因であろうが、この小柄な女生徒が既に見習いの域を脱し、一端の魔法使いの領域に達しているのは確かだった。

 

「フッ…なら教師である俺が、その働きに応えられなくてどうする―――!」

 

 一瞬で客席の奥からステージ上へと駆け抜け、感じる手応えの確かさと同時に幾つもの水の弾ける音を耳にしながら、神多羅木は不敵に口元を歪めてそう言い放った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 突然の闖入者により配下のスライム達が無力化され、少女達を捕らえる水牢が弾けて割れ、更に蔦を切られて自由を得た明日菜が自らの能力を利用するペンダントを引き千切ったのを見、ヘルマンは驚愕する。

 

「何とっ!?」

 

 同じくそれを気配と視界の端で捉えたイリヤは、思わず口笛を口遊みそうになったが、流石にバーサーカーを相手にした状況ではそのような余裕は無い。

 それでも表情や口に出さずに内心で感嘆の声を上げた。

 

(カタラギ先生はともかく、メイもやるわね。見直したわ)

 

 と、やはりあの大人しそうな少女の意外な活躍に感嘆の占める割合は大きいのだが、それより……

 

(二人が何時からこの場に居たかは知れないけど……恐らく、今この直前という事は無いわね)

 

 ヘルマンやバーサーカーに手を出さず、ネギ達と自分の援護に回らずに迷いなく人質の救出に走った事からそれなりに状況を観察し、機を窺ったのを見て取れ。その判断力と忍耐―――そして果断さにイリヤは感心していた。

 そう、イリヤは神多羅木が最悪自分達を見捨てようとした事を察していた。勿論、責めるつもりは無い。その事情も察せるからだ。

 バーサーカーという怪物が居る以上、迂闊に手を出さないのは正解であるし、情報収集に徹するのも賢明である。またその判断が彼にとって苦しい物であるのは想像に難くない。

 しかしにも拘らず、彼は機会が訪れるや否やそれらを捨てて即行した。このタイミングを逃せば人質の救出とイリヤ達の救援は困難だと判断して。

 

(思い切ったわね。彼も判ってはいる筈なのに……バーサーカーが此処に居る以上、他の黒化英霊もこの場に居る可能性が在る事を……けど―――)

 

 その可能性は高くない。

 

(あの子達に危害を加えられていないものね)

 

 バーサーカーを狙撃しイリヤに再戦の機会を与えてくれた人形(メイド)達。その狙撃直後もそうだが、待機させた彼女達に未だ何ら攻撃を加えられて無い状況を見ると、此処にはもう他に戦力は無いと考えられた。幸いな事に。

 神多羅木も同じ判断をしたのだろう。だから思い切って行動に打って出たのだ。

 あとは彼等が人質を連れて離脱してくれれば、イリヤとしては色々な意味で“やり易くなる”。

 神多羅木も無理はせず、そう判断する筈……そこを本来ならば、彼等の果たした役割を担わせる予定であったメイド達に支援させ―――そこまで思考を巡らせた所でイリヤは、水牢から解放された木乃香が離脱に移らず、神多羅木の制止を振り切って未だ眠りに陥っている刹那を視線で気に掛けつつ、それとはまた異なる方向へ駆け出すのを見て。彼女の意図を察するが、

 

「ッ―――!」

 

 状況を見届ける余裕はそこまでだった。

 

「■■■■―――!!」

 

 イリヤが周囲の動きに気を取られ、微かではあるが槍捌きが鈍ったのを感じ取ったのだろう。間断無く突き出され、止まらぬ槍の速度が緩むのに合わせ、バーサーカーは踏み込みながら右の片手のみで剣を振るいつつ、左手でイリヤの槍の柄を”掴まん”とし、

 

「チィ―――ッ!」

 

 イリヤは強引に槍の軌道を変え、槍が“掴まれる”難を辛うじて逃れるが―――姿勢が崩れて槍捌きも乱れ、それを見て取ったバーサーカーがその隙を見逃す筈が無く。左手を素早く戻し、さらに踏み込んで再び両手で握った鋭い剣戟を間髪入れずにイリヤに打ち込み。

 

「な―――」

 

 死線ともいうべきバーサーカーの間合いに捉えられ、僅かでも崩れた姿勢では回避は間に合わず。乱れ泳ぎ遊んだ感のある槍とそれを支える腕力の流れでは、上段から振り降ろされた重い一撃は防ぎ切れない、捌けないと瞬時に判断し、イリヤは何を思ったのか自分でも判らず。今度は己が槍から手を―――しかも両方放し、

 

「―――んとーッ!!!」

 

 叫んだと思った刹那の瞬間、両の掌に熱い摩擦を感じ、冷たくも硬い金属の感触を覚えた。

 見ると、反射的に掲げた両腕―――両手でバーサーカーの黒い剣を挟んで受け止めていた。所謂、真剣白刃取りだ。

 

「はぁ―――」

 

 ほんの数cm先……左の首元から肩口の合間を狙い、僅か寸前にまで迫った刃挽きされた黒い刀身が停止したのを見、イリヤは安堵の息を吐き、

 

「―――ぁああっ!」

「■■■■…ッ!」

 

 それも束の間、互いに押し合って腕に力を込め。自身の腕と黒い刀身が小刻みに震え―――フッとその腕に加わる力が消え。瞬間、二人は同時にお互いの腹部目掛けて蹴りを放っていた。

 

「ぐっ!?」

「■■――!?」

 

 全くの偶然だった。

 腕と刀身を通じて力を競合わせた二人は、同時に膠着状態を脱しようと考え、示し合せたかのように全く同じタイミングで同じ行動を取ったのだ。

 それは当然、互いに思わぬことであり、イリヤとバーサーカーの双方は掛かっていた腕への負荷が突然消えたのに驚きつつも次に行うべき動作を中断せず、躊躇わず蹴りを放ち―――脚に手応えを感じると共に、自身の腹部に奔る衝撃と苦痛に喘ぎ、その場から吹き飛んでいた。

 

「っ―――」

 

 腹へ奔った衝撃と痛みにイリヤは表情を歪めた。

 ランサーを夢幻召喚(インストール)した後、刻印に頼らず自前の治癒魔術で塞いだものの、腹に在ったのは背中を貫くまで達していた深い傷だ。未だ完治はしておらず応急的な処置に止まっており、傷が開いたのではと思う程の鋭い痛みを覚えていた。

 しかしイリヤは、気に留める事も……そんな余裕が在る筈も無く。衝撃を逃すように後転…宙で姿勢を整えて着地し、足裏を地面に擦過しながら掛かる勢いを完全に殺すと―――前へ跳んだ。

 目指す先は、バーサーカーの剣を止める為に已む無く手離した紅い槍が転がる彼と力を競り合った地点。

 イリヤとバーサーカーにして見れば、これらの一連の行動は十数秒という体感を持つ攻防であったが、それは傍から見ればほんの数秒も無い数瞬の出来事に過ぎない。黒い影と一瞬激突し、弾かれて飛ばされた青い影が逆再生した映像のように戻ろうとしているにしか見えなかった筈だ。

 

 黒い影もまたそうであるから余計に。

 

 そう、バーサーカーもイリヤと同じく宙で姿勢を整え着地して直ぐに元の場所―――敵の獲物である紅い槍か、それともそれを拾わんとする敵の隙を突かんと跳んでいた。

 しかも悪い事に体格差と鎧を纏う重量の為か、バーサーカーはイリヤよりも大きく飛ばされず、その着地点は紅い槍に比較的近かった。

 これではイリヤが槍を回収する前にバーサーカーが手にする方が早い。

 

 だが、

 

(悪いわね)

 

 イリヤは不敵に嗤う。

 この状況に至ったのは偶然だが、彼女は跳ぶ寸前、戦闘に合わせて高速で思考し続ける脳裏にふと浮かび。自らの本分を活かす好機の到来に気付いた。

 自分同様、一直線に紅い槍の方へ一足で跳ばんとする敵を見、相対的な位置と距離に速度…そしてソレを成し上げる時間を半ば直感的に計算―――瞬時に可能だと判断すると、イリヤはソレを行なっていた。

 

(私は貴方のような騎士では無く、この身に宿った戦士でも無い。そう―――)

 

 イリヤは宙を跳びながら手を背中へ回し、二本の指を擦り合わせ、弾くように中指の先で親指の付け根を叩いた。

 

(―――魔術師よ!)

 

 途端、パチンッと指の鳴る音がイリヤとバーサーカーの耳に届くよりも早く、イリヤの背後に小さな光球が生まれ、暗雲で陽光が届かぬ―――この一帯に限ってだが―――地上を太陽に代わって眩しく照らした。

 直視すれば眼が眩むほどの眩しい光だが、別に目暗ましを狙った訳では無い。そんな小細工でバーサーカーこと湖の騎士たるサー・ランスロットをどうにか出来るとは流石に思っていない。

 そもそも光球はイリヤの背後にあるのだ。バーサーカーへは眼が眩むほどの光は届かない。むしろ彼女に遮られて影が出来るだけである―――それがイリヤの狙いだ。

 

「■■…!?」

 

 イリヤは自らの生み出した光によって足元に影が生まれ、同時に迫るバーサーカーへ自分の影が長く伸びた瞬間、彼が宙を駆ける姿勢のまま、硬直したのを確認し、旨く“掛かった”事を理解した。

 光球に照らされ、自分の足元から伸びる“影がバーサーカーを捕らえた”のだと。

 そう、イリヤが使ったのは自分の影を通じて対象(てき)に干渉し束縛する魔術だった。

 

(予想通り、対魔力は皆無なようね)

 

 思惑通りの結果にイリヤは不敵な笑みをより深くする。

 バーサーカーの対魔力は最低値(Eランク)であり、魔術に対する抵抗は僅かな軽減のみ。さらに黒化の影響(デメリット)でそれすらも喪失している可能性は高い。

 イリヤの見立て……というか今覚えた感触では、喪失したというのが確実だと思えた。

 勿論、こうしてバーサーカーに魔術を上手く当てる事、掛ける事は容易では無い。通常であればその高い敏捷値から当てるのは至難であり、掛かる直前に回避されてしまうのがオチだろう。

 

(けど……旨く“嵌まった”と言った所かしら、ね)

 

 イリヤはそう思う。

 今の“影縛り”にしても敵にしろ、自分にしろ、先程までの戦闘のように縦横無尽に常に動き回る状況ではまず狙えないであろうし、距離的な制約もある。基本的に動きを止めている相手の不意を突いて使う術なのだ、これは。

 それでも今回こうして上手く行ったのは、敵の動く方向が明確であり、みすみす有効範囲に入り、そのタイミングが適切に計れた為だ。ついでに言えば影すらも作らないこの天候の悪さと夕暮れ時……暗がりのお蔭もあった。でなければ光球を作っても影の伸びる方向など決められなかっただろう。

 

「ふ―――!」

 

 影によって束縛され、満足に動けないまま滑空するバーサーカーが槍の上に到達し、地に足が付きそうになるのと同時に槍の2、3歩手前まで迫ったイリヤは、跳躍した勢いを存分に乗せ―――

 

「―――っ飛べぇ!!」

 

 ―――地面に足先を引っ掛けて、無様に転倒し掛ける黒い騎士へ再び蹴りを叩き込んだ。

 

「■■■■―――!!」

 

 とても人が繰り出した打撃とは思えない硬く巨大な何かが激突し合うかのような衝撃が空気を震わせ、一方的な打撃を無防備に腹へ受けたバーサーカーは、鎧を軋ませながら再度吹き飛んだ方向へ逆再生……いや、逆再生していたのを再生に戻すかの如く吹き飛んだ。

 尤もその速度と飛距離は随分と段違いであったが。

 イリヤは素早く槍を拾うと、直ぐに宙を飛ぶバーサーカーを追撃する。視界の先で喘ぐかのようにして宙で姿勢を整える敵。恐らく防御もままならずまともに直撃した為、甲冑越しとはいえ、多少なりともダメージが入っているのだろう。しかし流石と言うべきか、見事姿勢を整えると彼は地面に足を向け―――

 

「■■■■■■―――!!」

 

 着地の衝撃で地面を削り、砕き、無数の客席を残骸に変えつつバーサーカーは、咆哮を上げて追撃するイリヤを迎え討たんとし―――イリヤは再び嗤う。その勝機の訪れに、

 

「その心臓、貰い受ける―――!」

 

 敵へと迫り、長く極限にまで引き延ばされた一瞬を体感する最中、構えた槍が周囲の魔力を貪欲に吸い上げるのを感じ、イリヤは彼の槍の担い手の如く獰猛にそう告げ、

 

刺し穿つ(ゲイ)―――」

 

 完全に間合いに捉え、着地したばかりで姿勢が低く大きく回避行動の取れない敵の状況、例え宝具の発動を感知し予測したとしても、即その場から離れて間合いを取る事は困難。故に迎撃を選択した彼に、

 

「―――死棘の槍(ボルク)!!」

 

 そう、念を入れて敵の選択の幅が限られた瞬間を狙いイリヤは、因果を逆転する不可避の槍を放った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「―――!?」

 

 低い槍の軌道…まるで足元を刺すかのような不可解な槍の伸びに、バーサーカーの理性無き思考に戸惑いが生まれ―――

 

「■■―――!」

 

 気付いた瞬間、彼の胸に槍が突き刺さっており――――見えた急速に変化した赤い軌跡を防がんと剣を振るっていた。

 槍が胸へ……“既に到達して”心臓を喰らっているのに、黒い騎士は歪で奇妙な軌跡を描いて“未だ迫る”槍の穂先を打ち払わんとした。

 その矛盾の意味―――とうに身体へ突き刺さっているというのに、虚空を駆けて向かってくる矛先がある訳。

 耳にしたその真名(ことば)を思い起こし、突き刺さった穂先から生えた無数の茨によって心臓が破裂する音を聞きながら、死の淵に捉われ、理性を取り戻しつつある思考によってそれを理解した。

 

「―――…ッ!」

 

 破裂した心臓から肺へと入った血液の所為で咽て声を上げるのは難しかった。

 それでもこの禍々しい呪いと狂獣の如く思考を塗り潰す(はこ)から自分……いや、自分達を呪いと柩から解放するであろう白い少女に言葉を伝えようとし……―――果たせず意識は混濁し、闇に覆われた。

 

 ―――無念……。

 

 それがバーサーカーこと高潔な騎士であるランスロットがこの場で最後に思ったことだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 嘆き苦しむような声を漏らし、イリヤへと伸ばして宙を掻いた手が力なく地に垂らしたのを最後にバーサーカーは動きを止め、徐々に霞みと成って輪郭を薄くし……程無く姿を消した。

 

「ふーっ…」

 

 難敵が排除できたこと、どうにか勝利できたことを受け、イリヤは大きく息を吐いた。

 ただし僅かに気が緩んだものの油断はしていない。ネギ達の方は決着が付いておらず、低くは成ったがまだ敵がいる可能性はゼロでは無いのだ。

 しかし弛緩してしまうのも無理は無かった。

 あのバーサーカー…黒化英霊を一騎仕留められ、退場させられたのだ。

 

(まったく…ホント上手く行ったものね。黒化の影響(デメリット)で対魔力のみならず、幸運値も下がっていると見込んだけど、当たりみたいだったし……)

 

 正直な所、Bランクと高めの幸運値を持つバーサーカーに対し、イリヤはランサーを使うのに一抹の不安があった。

 それでも“クランの猛犬(クー・フーリン)”を夢幻召喚(インストール)したのは、必中必殺が狙える事や先述のように黒化で幸運がランクダウンしている可能性があった事。そして仮にBランクのままであっても、高い直感スキルを持つセイバーでさえ『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』を躱し切れず手傷を負った事実がある為だ。

 例え心臓を穿てなくても直感スキルが無い分、深手を負う確率は高いとイリヤは目論んだのである。

 

(それに―――)

 

 イリヤは視線をバーサーカーの姿があった正面から逸らし、観客席の一角…遠い端の方を見据え―――

 

(折角来て貰ったのに悪かったわね。ご苦労様)

 

 と、目線と念話で告げて軽く手を振った。

 すると、姿見えぬ相手から念話で「いえ…」と返されてお辞儀する気配が窺えた。何となく緊張している雰囲気も感じられ、まあ、無理も無いか、とイリヤは危急の事態とはいえ、彼女を実戦に参加させて――――結局…いや、幸いにもこの時点で切る事は避けられたが―――重要な役目を与えた自分を若干反省し苦笑する。

 

(いずれ経験する事ではあったけど、いきなり黒化英霊との戦闘は……やっぱり厳しいか。元々性格的に向いてない事だろうし……)

 

 そう、反省を抱きつつ苦笑してイリヤは振り返り、視線をネギ達の方へ向けた。

 イリヤが戦っていた逆の方―――ステージ正面から右側で彼等は戦っている……いや、“いた”というべきか、彼等の方も片が付きつつあった。

 

 原作同様、小太郎が影分身を使い前衛を担い。ネギが決め手を入れる為の隙を作ったようだった。

 イリヤが見たのは小太郎が作った隙を狙い、ネギが攉打頂肘なる震脚を効かせた肘打ちに雷の矢を乗せた一撃をヘルマンに入れた所だった―――本来ならこの後、ネギは雷系の上位古代魔法語魔法である『雷の斧』を決めてヘルマンを打倒する筈なのだが。

 

 しかし―――

 

「ネギ君!!」

 

 肘打ちが決まった直後、木乃香の大きな声がネギに向けられた。同時にネギの眼前に小瓶が躍り出て―――木乃香の手によって投げ込まれたソレを……目の前に飛び込んだ『封魔の瓶』をネギは地面に落ちるよりも早く反射的に空中で拾い上げ、

 

「五芒の星よ、六芒の星よ、悪しき霊に封印を―――!」

「ぬうっ!?」

 

 考える前にネギは本能的に詠唱を行ない。ヘルマンは身に奔った雷撃と打撃に苦しみながらもソレに気付いて焦る。

 

「―――させんっ!!」

「―――『封魔の瓶』!!」

 

 ヘルマンの叫びとネギの力ある言葉が重なった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 クレーターの中に更に大小様々なクレーターが穿たれ、塹壕のような溝が幾つも掘られ、焼け焦げた一帯は更に地形を変化させていた。

 そんな無残な破壊の痕跡を、既に元公園とも言うべき場所に現在進行形で築いているのは二人の男女。

 

「■■―――!」

 

 男は過去、神話の時代にて知られ、英雄として語られる二槍の使い手―――今世でランサーと呼ばれる英霊ディルムット・オディナ。

 右に赤い長槍を、左に黄の短槍を手にし自在に操り、疾風の如く地を駆け抜け、果敢にその対峙する相手に立ち向かっていた。

 

「はあぁぁ―――!!」

 

 女は現在、この時代に於いて勇名を誇り、英雄と並び伝説として裏の世界で語られる剣聖―――元・神鳴流師範代にして最強の剣士、青山 鶴子。

 右に愛刀である自身の式刀を握り、左にはかつて門弟の一人であった葛葉から借りたイリヤ謹製の刀が握られ、相手の二槍の異様に対して大太刀二刀という異質なスタイルで受け立っている。

 

 二人は激突する度に、槍を振るう度に、剣を振る度に、衝撃を生んで大気を震わせ、地を穿ち削り揺らした。

 過去と現代の違いはあれど、伝説として語られる実力者の戦闘は正に圧巻だ。

 しかしそれを見るのは、この場には二人のみ。つい先程までその片方であるランサーと戦いを繰り広げていたタカミチと葛葉はもはや単なる観客と化して、ある意味で出来の悪い劇ともいうべき、この悪夢のような光景を半ば呆然とクレーターの外から見詰めていた。

 

 そう、それは憧れという感情が吹き飛んでしまう畏怖と恐怖を抱かせるものだ。

 互いに伝説として名を刻み、刻んでいるという真実、最強クラスの化け物。人外の境地。そんな人の(ことわり)から逸脱し切った……云わば完全に“振り切れた”者同士の戦い―――破壊行為なのだ。

 況してや、一方は呪いを帯びた禍々しい魔力を放ちながら憎悪と憤怒に濡れた異相を見せ。もう一方も狂気めいた苛烈さと鬼の如き形相を浮かべて凶刃を振るっている。

 恐怖を感じない方がおかしいだろう。

 

 ―――しかし、

 

「ん?」

 

 それも終わりが来た。

 鶴子はランサーが突然離れ、向けられていた身を切り刻まんとする程の鋭さを持った敵意と殺意が急速に薄れるのを感じ、思わず動きを止めて首を傾げた。

 そして考える間も無く、ランサーは踵を返して背を向けると、一気に駆け出して彼女の視界から消えて行った。

 

「やれやれ、存外釣れないおヒトやなぁ。途中で女性を放って一人行ってしまうやなんて」

 

 鶴子は軽く溜息を吐きながら、そう独り語った。

 それまでの激しい嵐のような戦闘が嘘であったかのように辺りは静寂に包まれ、その終わりは異様なほど呆気ない物だった。

 

 

 

 同時刻。ガンドルフィーニが仕切る一隊の前に展開していた鬼達も姿を消し、術者の意向で現世から彼等の住まう元の世界へ還らされた。

 半ば唖然とそれを見詰める麻帆良の魔法使いたちを置いて。

 

 それは暗雲と共に麻帆良を覆った不穏な気配が去った事を意味しており。

 同時にまるで示し合わせるかのようにその上空にある厚い雲も晴れ、夕刻から夜に差し掛かった空に月が映え、僅かながら瞬く星が見える様になった。

 

 そう、暗雲は晴れて事態は収束したのである。

 

 




 釈然としない締めですが。とりあえず決着です。


 少し長くなりますが、今回幾つか補足しますと。
 イリヤがヘルマンのコートの下に身体を隠され、エヴァの姿も曇った水牢で隠されたのはネギに見せないためです。この二人までヘルマン達の手に落ちた事を知ったらネギが完全に畏縮してしまうとヘルマンが考えたからです。

 『ランサー』のカードでランスロットと互角に戦えたのは、本文にある通りイリヤというマスターの力とルーンによるランクアップのお蔭です。
 イリヤのお蔭で筋力と耐久がワンランクアップし敏捷に+補正が加わり、さらにルーンで宝具を含めた全パラメータがワンランクアップしている、としてます。
 ちなみに『アーチャー』も幾分イリヤの影響を受けているとしてます。

 鶴子さんについてですが。一応知らない人の為に簡単に説明しますと「ネギま!」と同じく赤松作品の登場人物で、「ラブひな」のヒロインの1人…青山 素子という人物の姉であり、神鳴流の使い手です。
 神鳴流の歴史上1、2を争う強さを持つというのも公式の設定でして宗家「青山」の長女というのも公式です。ただ詠春が兄というのはこちらの独自解釈ですが、彼を圧倒する実力を持つというのは先述の設定がある為です。
 その為、ネギま!勢の中でもエヴァと同様、破格の戦闘力を持っている事にしました。実質、兄の詠春どころか他の赤き翼のメンバーをも上回る実力者(ばけもの)です。ただし主人公補正を発揮したナギには絶対に勝てないともしています。

 最後に銃器の登場部分は自分の趣味的な所が大きいです。
 Arcadiaから移るに当たってこの部分は冗長だと感じて何とか端折ろうとしたのですが……何度書き直そうとしても上手く行かなかったのでそのままとなりました。
 無駄に長いと感じられた方には、すみませんとしか言いようがありません。

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