麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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重い感じのシリアス続きです。


第22話―――懊悩と決意と

 

 その日。教会を後にしたネギとその生徒達は何をする訳でも無く、時間を無駄に浪費するようにボンヤリと過ごしていた。

 本来ならば明日から始まる中間テストに備え、準備や予習なり復習なりして置くべきなのだろうが、とてもでは無いがそんな気には成れなかった。

 

 

 

「…はぁ」

 

 その一人、ネギは寮の室内にある自身のプライベートエリアと化したロフトの、備え付けたデスクに頬杖を突き、静かに溜息を吐きながら物思いに耽っていた。

 先日の事件で殉職者が出ていた事……彼はそれを知り、小さくない動揺と衝撃を受けていた。その為、事件後にイリヤと言葉を交わして晴れた筈の彼の胸の内がまた淀み始めていた。

 あの悪魔―――ヘルマンなる人物は言った。自分の戦力評価が麻帆良で騒動を起こした目的だと。

 それ故に、死者が出た事実は、ただでさえ生徒を巻き込んだと考えているネギにとって、更に重く圧し掛かるモノを与えた。しかし、

 

 ―――それは間違いで勘違いよ。

 

 つい先程、教会で告げられたイリヤの言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 ―――今回の件で貴方達に責任を負う所は無い。あるとするならそれは学園長を始めとした協会上層部の方。

 

 そうして続いた彼女の言葉は恐らく正しいのだろう。

 ネギとて、いい加減気付き、理解している。あの南の島でイリヤが泣き叫ぶようにして言った日からカモと相談を重ねてそれを考えて来た。

 

 自分の持つ価値と業を。サウザンドマスターこと英雄…ナギ・スプリングフィールドの息子である事の意味を。

 

 ネギは、自分に与えられた日本で教師をやるなどという奇妙な課題―――この麻帆良での修行が各国協会上層部の思惑によって決定された事なのだと、今に成って漸く気付いたのだ。

 

 ―――極東の島国。東と西で複雑に絡み合う情勢がある国。

 

 魔法使い達の本場である西洋から中東、中央アジアなどの大陸の他勢力圏を挟んで遠く離れ、その情勢故に余所から魔法使いの来訪は否応なく目立ち、動き辛く、手が出し難い日本という最果ての地。そしてその国の中でも鉄壁を誇る麻帆良学園。

 そんな場所が修行地に選ばれた理由。

 それは恐らく日本での修行というのは半ば口実であり、その実、英雄の息子たるネギを安全な場所へと送り出して保護させる為の処置なのだ。彼が一人前と成り、己が力で脅威を振り払えるまでの。

 無論、そこに在るのは善意だけでは無いだろう―――これはネギではなく、カモの考えだが―――将来有望な魔法使いを…それこそ、世界最高クラスの実力を得る可能性のあるネギを確実に“協会側”が取り込みたい事。世界を救った英雄の息子の“名”を何かしら利用したいという打算も在る筈だ。

 そういった意味では春先でのエヴァとの対決や、もしかすると弟子入りまでも魔法協会の思惑の一環なのかも知れない、とネギとカモはそこまで考えを巡らせていた。

 

「……」

 

 黙したままネギは思う。

 協会は―――麻帆良は打算こそ在れど、英雄の息子という名の価値と重みを承知し、自覚の薄い自分に代わって受け持つ覚悟を持っていた。

 その身を狙う何かしらの脅威によって何らかの被害を、犠牲が生じる可能性が在る事を十分理解した上で。

 

(だからきっとイリヤの言う事は正しくて、事件での被害や犠牲者…ううん、事件が起きた事そのものに対して僕に責任と罪が無いのは、その通りなんだろう。でも…)

 

 ―――そんな理由では貴方達が納得できないのも、苦しさや蟠りを解消できないのも判るんだけど、ね。

 

 と、これまたイリヤのそんな言葉が過ぎり、ネギはそれに頷くようにしてデスクに視線を落とした。

 

 

 

 一方、同室の明日菜もネギと同様に自分の机に頬杖を突いて視線を落としていた。

 その目線の先には参考書や問題集などの教材がある。ウジウジ悩んで時間を無駄にするのも嫌になったので、テストが始まる明日に備えて勉強をしようと彼女は思い立ったのだ。

 しかし結局は集中し切れず、教材を目に映しつつも頭には入らず、ボンヤリと胸の内に蟠るものに思い悩む事となっていた。

 そう、明日菜もまたネギと同じく殉職者が出た事に、その事件の要因が自分にある事実にショックを受けているのだ。それも『完全魔法無効化能力』などという魔法に詳しくない彼女でも、とんでもないと判る得体の知れないチカラが自分にある為にだ。

 

(私…ただの女子中学生の筈なのになぁ)

 

 愚痴の様にそう内心で呟く。

 無論、今更本気で言っている訳では無い。魔法に関わり、散々非常識な目に遭い、自らの意志でそんな世界に踏みこむ事を決めたのだ。

 だが、それでもネギのように普通でないチカラを自分も実は持っていて、そんな自分が原因であんな事件を招いて、死人まで出した何ていうのは―――

 

(……堪えるわね)

 

 そう思いながら背後を振り返る。

 明日菜の視界にロフトの上で項垂れるネギの小さな背中が捉えられた。

 それを見て、ネギの事を言えないな、などと彼女は思った。

 

(偉そうにあんな啖呵を切って置きながら…)

 

 ネギの過去を見た直後、明日菜は彼に言った。

 あの雪の日の惨劇の原因は自分にある。自分が悪いんだと言わんばかりのネギに「アンタの所為じゃない!」と言い切った。

 

(だっていうのに―――)

 

 ―――情けない、と彼女は思う。

 こうしていざそう言った位置に己が立たされると、そのネギのように責任感やら罪悪感やらを覚えているのだ。

 本当に悪いのは、事件を引き起こしたあの悪魔や黒幕らしいフェイトとかいう生意気そうな子供(ガキ)だっていうのに。それに―――

 

(―――イリヤちゃんの言う通りなんだろうし)

 

 自分が秘める価値。自分が持っていたチカラの事を幼い頃からよく知る学園長や保護者である高畑先生も知っていたのだろう。幼くも大人びた雰囲気を持つあの白い少女が言うように。

 それを認識した上で学園長達は自分を引き取ったのだ。

 保護者である二人に直接聞いた訳ではないが、明日菜は“勘”でそう確信していた。

 

「…ん」

 

 途端、微かに頭痛を覚えて明日菜は額を軽く押さえた。

 自分の持つチカラの事を考える時、何故かいつも頭痛を感じるのだ。まるで“考えてはいけない”と訴えるかのように。

 だから彼女は“考える事を止める”。

 とはいえ―――明日菜は“頭痛を堪えて”思う―――どうしても気に掛かる。

 自分がネギ達のような魔法使い側の人間であるらしい事や、学園長と高畑先生がそのチカラを知っていると窺える事が。だから何処か打算があって孤児である自分を引き取ったんじゃないかとの疑惑があり、そして学園に来る以前の記憶が無い事も―――妙に落ち着かない、不安な気分にさせた。

 ある意味、事件で犠牲者が出たこと以上に気掛かりで、強い衝撃があった。

 

「………」

「………」

 

 そうして二人はただ沈黙し、静まった部屋で答えの無い、割り切れない感情を抱えて懊悩し続ける。

 

(兄貴、姐さん…)

 

 カモはそんな二人を黙って見つめる事しか出来なかった。勿論、始めは励まそうと元気付けようとした。

 

 「兄貴や姉さんの所為じゃない」「イリヤお嬢様の言う通りですよ」などと。

 

 だがそれだけだ。根本的に彼等の悩みを解決できる言葉をカモは思い付くことは出来なかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 夕映とのどかの二人は寮へ戻らず。ダビデ広場のベンチに座り、何と無しに揃ってぼんやりと空を見上げていた。

 

「…今日も、いいお天気だよね」

「……ええ。お出かけには絶好の日和ですね」

 

 空を見続け、そんな取りとめのない言葉を彼女達は交わす。

 しかし二人の目に映り、脳裏に描かれているのは、青い快晴の空では無く。4日前の出来事―――エヴァ邸で見たネギの過去と、暗雲に覆われた空の下で起きた事件のことだ。

 

 

 

 赤い炎に包まれた雪の日の惨劇、想像すらも出来なかった過酷な少年の過去。

 それは、魔法に関わる世界に潜む恐ろしさを知り、それでもその世界へ進もうと考えていた矢先の事だった。

 正直、まだ考えが甘かったと、そう思わざるを得なかった。

 

 ―――ネギ先生が過去にあんな酷い思いをしていたなんて…。

 

 のどかが、そう漸く口に出せるようになったのは別荘で一夜を明かした後だ。

 あの過去を見た直後は、凄惨な光景ばかり目に焼き付いてただ俯き、震えている事しか出来なかった。とてもでは無いが――情けなく、悔しいことに―――明日菜のようにネギを気に掛けて励ます心の余裕なんてなかった。

 そして、夕映とすら言葉を交える気力も出ず、戻ったベッドの上で焼き付いた凄惨な光景に震えている内に気付かぬまま眠り落ちた。

 

 夕映もまた同様だ。

 別荘での翌日になってから漸くのどかと言葉を交わす余裕を持て、互いにネギの過去の事を話し合ったが…。

 

 ―――私とのどかは本当に魔法に関わるべきなのでしょうか?

 

 話し合ったが、結局そう疑問を呈する事しか出来なかった。

 見せられた光景を思い出す。

 何処からともなく這い出る無数の恐ろしい異形の群れ。だが、それ自体は姿形こそ違えど以前にも似たものを見た。だから怖気を覚えたのは寧ろ…そう、動かぬ骸と化したネギの故郷の人々の姿だ。

 こう言うのもなんだが、2年前に亡くなった祖父の遺体は綺麗なものだった。まるで穏やかに眠っているようで、呼び掛ければ今にも眼を覚ましそうな、生きている時とほぼ変わらない姿だった。

 しかしそれに比べて赤い炎に撒かれた村で見たモノは―――焼かれ、ひしゃげ、潰され、千切られ、裂かれ、切り刻まれ、撒き散らされて―――無残で人のカタチを保っているものは殆ど無く。まるで人としての尊厳が踏み躙られているような酷い有様だった。

 

(あんな風に人が死んで行く世界。魔法に関わればそれが身近になる)

 

 夕映達は、まだ触り程度ではあるが、魔法社会について既に幾分か学んでいる。

 その学んだ知識よると、この世界の魔法使いの多くは各国にある魔法協会に所属し、各地にある神秘の足跡や魔物の封印、古い遺跡などを監視しながら人知れず世に仇成す悪霊や妖怪…或いはあの悪魔などの他、外道に堕ちた魔法使いなどと戦い。また表向きに何らかの政府の機関か、もしくはNGOなどの非政府組織で活動し、世界各地の大きな事故や災害現場、そして戦場に赴いて人々を守っているのだという。

 当然、事故、災害、戦場などの処理や救援となれば、そこで目にするものはネギの過去と同様、凄惨で過酷な光景ばかりの筈だ。勿論、そういった活動を行う事ばかりが魔法使い達の仕事ではないのだが……。

 

(“偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)”。ネギ先生のお父さんがそう呼ばれ。ネギ先生自身もまた目指しているもの…)

 

 “偉大なる魔法使い”―――そう呼ばれ、敬意を持って讃えられる彼等は、例外なくそういった過酷で凄惨な現場を渡り歩いている。

 それを志願するネギの傍で助けに成りたいと願う以上、夕映とのどかもまたその過酷な道程を進む事に成る。

 況してや、のどかはネギと既に仮契約を交わしている。しかも非常に貴重で強力なアーティファクト『いどの絵日記』に選ばれたというとんでもないオマケまで付いている。

 また夕映の方にしても、非常に優れた資質を持っている事から、協会の次世代を担う貴重な人材・戦力と目されており、ネギ同様その将来は“偉大なる魔法使い”だろうと高い期待と評価を受けている。無論、本格的に魔法に関わるのであればの話だが…。

 

「………」

「………」

 

 そして、思い悩む2人を嘲笑うかのように悪夢のような事件が起き。彼女達は“敵”―――恐らく魔法協会に敵対…もしくはネギ先生の故郷を襲撃した勢力と思われる一味の手に囚われた。

 それは、寮の大浴場で雨に濡れた身体が温まり、悩める心を落ち着かせようと気を抜いた瞬間の事だった。

 周囲の湯が突然溢れ返り、夕映とのどか達は一瞬にしてソレに呑み込まれた。

 呑まれた湯の中…いや、得体の知れないおぞましいナニカの体内(なか)で悪意が篭った笑みを浮かべる貌を見て、笑い声を聞き、意識を失い……気付いた時には自分達は人質にされていた。

 一糸纏わぬ姿で囚われた事に羞恥を覚える間も無く。その所為で刹那、真名、楓の三人までも囚われの身と成り、無関係な千鶴、夏美、あやかまでも巻き込み、敵の思惑のままネギを誘き寄せる事となった。

 無様だったと思う。

 何の抵抗も出来なかった無力な自分達が情けなく屈辱に感じたし、友人達と助けに成りたいと思った人を危機に陥れた己に対する怒りもあった。

 

(けど…)

(でも…)

 

 しかしそれ以上に二人の心を大きく占めたのはそんな無力感や屈辱と怒りでは無く、況してやネギと友人達への心配でも無かった。

 そう、何よりも大きかったのは敵に囚われ、何をされるか判らない状況に置かれた事への恐怖だ。

 あの時、脳裏に強く浮かんだのは、夢で見たネギの故郷で息絶えた無数の無残な骸だった。そして……こうも思った。

 

 ―――ひょっとして私達もあんな無残な姿に、人の尊厳を踏み躙るような殺され方をするのだろうか?

 

 と。

 だから震えている事しか出来なかった。

 自分達と同じく囚われた友人達の姿を。傷付き倒れ伏したイリヤの姿を。自分よりも強大な力を持つ敵に挑むネギを見ても。

 そして救援によって水牢から解放された直後も。

 気力も湧かず、動けず、見ている事しか出来なかった。

 

 

 そうして気力が抜けたまま日が過ぎ、今日になって事件で亡くなった人達がいた事実を知らされた。

 もしかすると自分達もその中に加わっていたかも知れない―――ヘルマンは夕映達を傷付けないと“主”の名に懸けて誓っていたが、彼女達して見れば、どこまで信じられるか判らないものだ―――そう、血の気が下がる思いと共に夕映達は考えてしまった。

 

 本当、改めて思い知らされた感があった。

 世界の裏、魔法が関わる社会に潜む危険性と自分達の認識の浅はかさを。

 

 しかし、それでも―――

 

「のどか。私は魔法使いになろうと思います」

 

 夕映は隣に座る親友に視線を向けずに、そう彼女へ告げた。

 のどかは唐突な親友の言葉に「え…」と声を漏らして夕映の方に顔を振り向かせる。

 

「夕映?」

「今回の事件を受けて改めて思いました。魔法の在る世界は未知と冒険が広がる小説のようなファンタジーな世界では無いと。魔法という要素が加わっただけのどうしようもない現実が横たわる世界なのだと。いえ…むしろ、イリヤさんが以前言ったように、そういった不可解な要素がある分、きっと何倍もリスクが潜む世界なのでしょう」

 

 今回の件を経て突き付けられた現実は、夕映から魔法という未知に未だ在った夢と憧れを完全に打ち砕く出来事だった。

身を持って経験した為だろう。以前、イリヤに見せられた記録(ゆめ)と告げられた言葉以上の迫力と説得力を覚えたのだ。

 

「しかし……だからこそ、私は魔法使いに成らなければいけないのです」

 

 腕を組むように身を縮ませて肘を抱え、まるで身を守るような仕草をしながら夕映は言う。

 

「本音を言えば、成るのは怖いです…とても。でものどかも知っての通り、私には魔法使いとして優れた才能があって、関わらなくともあのような事件にいずれ巻き込まれるか、招き寄せる危険性が在ると言われてます。いえ、詭弁ですね。確かにそれもあるのですが、本当の所は、そんな世界が在ると知った以上は力を持たないと、持っていないと不安で堪らないのでしょうね。私は…」

 

 それはある意味、戦う力を持つ事で雪の日の恐怖から逃れようとしたネギと同じだと言えた。

 もしこの場にイリヤが居たら、彼女はさぞかし顔を顰め、悔やんだ事だろう。今回の一件が夕映のトラウマに成りつつあるのだと。やっぱり関わらせるべきじゃなかった、確りとヘルマンに対処すべきだったと。

 しかしイリヤはこの場に居らず、例え居合わせたとしても今更だろう。既に零れてしまった水を戻すことは出来ないのだから。

 夕映は、きつく唇を結ぶと改めてその意思を口にする。

 

「私は、魔法使いに成るです。もうあんな何も出来ず無力なまま、恐怖に震えるだけなのは嫌ですから…!」

 

 夕映は意を固めた。

 ネギの助けに成るという思いが消えた訳ではないだろうが、何よりも魔法社会に潜み、己の身に降り掛かるであろう恐怖に抗う為に、そして―――

 

「……ですが、のどか。貴女は魔法に関わらず普通の生活を歩んで欲しいです」

「!?」

 

 正面を向いたままの為、顔は見えないが、躊躇しつつも口にした自分の言葉に親友が驚き、顔を強張らせているのが夕映には分かった。

 身勝手で、エゴだという自覚はある。けど、大切な親友をあのような危険な世界にこれ以上関わらせたくなかった。

 

「自分が酷い事を言っているのは判ってます。ですが分かって欲しいのです。のどかにはこのまま今までのように平穏な世界で生きて欲しいのです」

 

 本当に身勝手で嫌な友人だと思う。

 ネギ先生との契約を切って、想いを捨てろと言っているようなものなのだ。それに自分との関係もこれまでだとも聞こえているだろう。

 

「……」

「『いどの絵日記』についても大丈夫です。協会もその重要性は理解していますし、イリヤさんがきっと何とかしてくれる筈です」

 

 黙り込むのどかに夕映は顔を彼女の方へ振り向かせながら、そう言葉を続けた。

 その内心では、自分ものどかを守ると決意しながら―――そう、何も恐れや自分の身を守る為だけに夕映は魔法使いに成ろうとしている訳ではなかった。大切な親友が持つ、強力なアーティファクトに選ばれる稀有な資質を狙い。利用しようとする輩から守れるように成る為にも、彼女は力を得ようと決めたのだ。

 

 

 

「……夕映」

 

 俯いていた顔を上げて此方を見詰めながら言った夕映に、のどかは何を言うべきか直ぐに言葉が出なかった。

 ただ、危険を理解しながら魔法使いに成ると決意した親友が自分の事も案じて話をしているのは判った。

 正直に言えば、その言葉に甘えてしまいたい気持ちがある。

 

 魔法―――不思議な事を、不思議な法則で、世界に作用する夢のような神秘の力。

 

 その存在を知り、それを見た当初は冒険ファンタジーや小説・漫画の世界に入り込んだかのような、ワクワクドキドキした浮き立つ気持ちがあった。

 あの南の島でどうしようもない現実があると知って、危険があると理解して、深刻に受け止めても、のどかには何処かそんな夢の世界に居るような感覚が抜け切れなかった。

 

 ―――ネギの過去を見、今回の事件に巻き込まれるまでは。

 

 真実、自分の身に危険が迫り、人死にが出て、己の命すら失われていたかも知れない過酷な体験。それを感じてのどかは夕映と同じく、抱いていた幻想が修復不可能なまでに粉砕されてしまった。

 だから夕映の関わらなくて良いという、思いもよらぬ言葉に彼女の心は大きく揺れた。

 

(もうあんな怖い目に、酷い目に遭わなくていい…? 魔法の事を忘れて悩む必要も、怯えて過ごす必要も無くなるの…?)

 

 親友の優しい言葉に逆らわず、頷きさえすれば……―――きっと、そう、楽に成れる。

 けど、それは、

 

(ネギ先生との関係も終わりで、これまでの日々と思い出を捨てるという事。魔法使いに成る夕映とも隔たりが出来る。今までのような日々は過ごせなくなる……そんなの―――)

 

 嫌…!

 怖い目に遭いたくは無い! あんな目に遭うならもう魔法になんて関わりたく無い! 化け物に殺されるなんて想像したくも無い! でもネギ先生との関係を断つのも嫌! 夕映とずっと友達でいたい!

 ……怖い。でも捨てたくない。一緒に居たい。けど怖い事に関わりたくない。でも―――傍に居たい。離れたくない。でも酷い目に遭いたくない。けど……。

 

 感情と思考がグルグルと回り、出口の無い回廊と化した頭の中で走り続ける。

 ネギへの想いはとても大切で。親友との絆も掛け替えのないものだ。のどかにはそれを手離す事など出来ない。しかし、彼女には恐怖や困難に抗う勇気は無く。逃げられる道が在るならそれを安易に選び取ってしまう弱い心しかない―――けど、

 

(―――けど、そんな自分が嫌だった。キライだった。引っ込み思案で気が弱い私は周りの視線が気に成ってばかりで、人と眼が合うのも怖くて髪で目元を隠して、いつも俯いて、目立たないようにクラスの皆からも一歩引いた位置に居た。そうして自分は何も口にしないで周りの意見に流されるままにして来た。夕映とハルナだけの時でも自分の意見を強く出した事は余り無かったと思う)

 

 けれど、そんな自分を―――変えようと思いもしなかった、そんな嫌いな自分を変えたいと思わせる出来事が起きた。この春、担任となった幼い少年と出会った事で。

 

 そう、普段は年相応に子供にしか見えないのに、どこか頼りになる年上のような印象があって、何時も一生懸命で年上の自分達にも無い明確な目標を持っていて、常に前を向いて進もうとするその少年を見て、

 

 ―――すごいと思った。

 

 大人が働く職場で、年上の生徒(じぶん)たちを相手に、そんな大変な状況の中で子供なのにめげずに頑張れる事が。

 自分に置き換えて例えるならそれは、中学生にも拘らず大学の講義を行なうようなものだろう。

 幾ら天才だと言っても、僅か10歳の子供がそんな事を…教師をやるなんて、とても勇気のいる行為の筈だ。しかも遠いイギリスから単身日本に乗り込んでだ。

 少なくとも自分には出来ない。無理だと思う。もし自分がそうだったらきっと初日も持たない。何とか独り外国に行けたとしても、赴任の挨拶で何十人も居並ぶ生徒達を前にしただけで緊張し切って声も出せず、立っているだけでも精一杯になってしまう。いや、教室のドアさえ開けられず、アワアワと目を回しているかも知れない。

 

 ―――だからすごいと思い。素直に尊敬した。

 

 自分よりも年下なのに自分には出来ない事をしている少年に。失敗を重ねながらも前を向こうとするその勇気ある姿に。

 そうしてのどかは、そんな彼の姿を見て励まされているような感じが……自分にも勇気が湧いてくるように思え―――

 

(憧れて、好きに成って、私もネギ先生のように成りたいって…ううん、成れなくても、ただ皆の後を付いているだけの引っ込み思案な自分を少しでも変えられたら良いって、ネギ先生の何分の一でもいいから勇気を持った人に成りたいって思った)

 

 そう、それなら、本気でそう思い願うのならば―――自分は変わる為に選ばなくてはならない。

 夕映と一緒に居る為にも、ネギ先生の傍に居る為にも、ありったけの勇気を振り絞って、弱い心に負けないように、逃げたいっていう気持ちを振り切って恐怖に立ち向かわなければ行けない。

 だから、のどかは重く閉じた口を開き、親友に向き直ってそれを伝える。

 

「……夕映、ありがとう。でも私は逃げないよ」

 

 強張っていた筈の喉から何とか声が出せ、言葉を聞いた親友は驚いたように僅かに眼を見開いた。

 

「のどか…ですが」

「うん、私も夕映と一緒で……すごく怖い。大きな怪我をするかも知れないし、死んじゃうかも知れない。それ以上のもっと酷い目に遭うかも知れないんだもの。でも、それでも此処で逃げたら後悔すると思うから。ううん、望めばきっと後悔する事が無いように全部忘れさせて貰えると思う。けど、無かった事に何てしたくない」

 

 これまでの事に背も向けて後悔するのも、思い出を忘れて無かった事にするのも、嫌で出来ない。

 

「それに夕映がこうして頑張ろうとしているのに、私が頑張らない訳にはいかないよ」

 

 自分の事を思ってくれる大切で掛け替えのない優しい親友を見詰め。今も脳裏に浮かぶ光景に震えそうになる身体を抑えながら、恐怖と迷いを振り払うように屹然とのどかは言う。

 

「ネギ先生の助けに成ってお父さんを探す手伝いをする為に、夕映とずっと仲の良い友達でいる為にも私は逃げない。目の前の出来事から目を逸らさずに、確りと前を向いて歩いて行こうと思う」

 

 それはのどかの決意表明だった。

 

 

 

 夕映は前髪の隙間から除く、意志の強さを感じさせる親友の(まなこ)に思わず息を呑み、それを理解した。

 

(…強くなったですね、のどかは)

 

 お世辞でも社交的・積極的とは言えない臆病で控えめな性格の親友。

 そんな性格だったものだから、本当にしたい事、やりたい事、そして欲しいものがあっても中々言い出せず、行動に移せず、強引にでも引っ張ってあげなければ一歩も踏み出せない、その場で足踏みをしてしまうような彼女。

 そんな彼女が変わり始めたのは……その要因は夕映にも判っている。

 

(ネギ先生のお蔭ですか)

 

 突如現れた僅か10歳の子供先生などという常識外れの存在。

 以前、のどかに彼の事を男性の中でもマトモな部類と評し、好意的に言った事はあったが、正直、その頃の夕映にはネギの何処が良いのかよく判らなかった。

 せいぜい頭の賢い天才児で良くできた子供という程度の認識で、件の言葉も控えめな親友の初恋を応援し、発破を掛ける意味合いしかなかった。

 だが、今ならはっきりと判る気がする。

 のどかの言うように、どこか年齢不相応な大人びた面影があり、自分達と同年代の少年達にも無い確りとした目標を持ち、何事にも一生懸命に取り組み、見ている自分達にも同じように頑張ろうとやる気を―――のどか風に言うなら勇気を湧かせてくれるのだ。

 そんな彼に影響され、そしてのどかは……。

 そう、あれは修学旅行の二日目の事だ。ネギにアプローチするクラスメイト達の中に割って入ってまで、のどかは彼を自由行動に誘い。更にその日の内に自らの想いをも告白した。

 幾ら焚き付けた所があったとはいえ、それはそれまでの彼女からすれば信じられないくらい大胆な行動だった。あれがのどかが変わったと感じた初めての出来事だったように思う。

 

「分かったです。のどか…」

 

 夕映は頷いた。

 きっとその時のように勇気を出し、決意を告げて、選んだ道へ踏み出そうとする親友の言葉と想いを無碍にしたくないと思ったから。

 

「もう関わるなとは言いません。一緒に頑張って行きましょう」

 

 そう、笑顔で夕映はのどかに応えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 和美は自室に独り篭り、愛用のノートPCのディスプレイを半ばぼんやりと、されど何処か真剣な表情で見詰めていた。

 マウスを操作しカチカチとクリックボタンを押して、画面に映る画像に目を通しながら次から次へと切り替え、表示して行く。

 

 その画像、無数のウインドウに分けられて映っているのは―――、

 

 荒れ地の中で動かぬ無数の骸。片足が無く杖を突いて歩く老人や子供。血が滲んだ包帯に全身を覆われた重症人。ミイラのように痩せこけて生死も定かでない人々。泣き叫び何かを訴える表情をした幼子……等など。

 どれも国外の戦争、災害などといった現場で撮られたものだ。凄惨というには余りあるそれら写真の数々は、とてもでもないが花の女学生が好んで見るものでは無い。

 

 では、そんなものを和美は何故見ているのか……?

 

 彼女は麻帆良学園で大学部・高等部との共同の報道部に所属している事もあり、ジャーナリストを自称し、クラスメイトなどの多くの生徒にパパラッチ娘と揶揄されながらも、情報を取り扱う学生記者として広く認知されていた。

 その活動は“あの麻帆良学園”の報道部という事から、かなり本格的なもので、学園内、麻帆良市、県内に活動範囲が主に限られているがプロにも差し迫る物がある。

 何しろ代々の先輩たちの成果のお蔭か、麻帆良学園・報道部の腕章と所属証明書があれば、少なくとも県内…或いは一部国内では、取材先も学生の部活動などと侮らず本業同様に対応をしてくれるのだ。

 和美は、そんなプロにも劣らぬ環境の中で経験を積み、素人ながらも記者として鍛えられてきた。だが―――

 

(―――それも結局の所、あくまで“プロ並み”止まり。学校の部活動……気楽な学生身分のごっこ遊びの延長でしかないのかもね)

 

 ここ最近、あの南の島での一件から和美はそう思うようになっていた。

 

(ウチら中等部にも、地方紙や県発行の情報誌なんかに掲載枠を与えられたり、月一か二、程度で夕方のニュース番組に十分程の時間枠が貰えたりするけど、基本的に対象としている読者や視聴者は同じ学生達。自然と内容はそういった若い学生たちが好むものか、自分の興味の在るものばかりに成るんだし…)

 

 無論、大学部ともなればまた違っては来るが……和美は正直、まだまだ先の事だと中学生(こども)らしくそう考えてしまっていた。

 愚かな事にこれまでさんざん周囲に自分の事をジャーナリストだと一人前(プロ)のように吹聴しておきながら。将来はその道へと進路を定めていながらも、まだ十代半ばの世間を知らない未成年の少女…中学生という立場に甘んじていたのだ……無意識の内に。

 

(そう、それに気が付いて…自覚した時、我が事ながら私は愕然とした)

 

 PCを操作する手を止めて、ふう…と一つ溜息を吐き。何気なく窓の方へ…青い空へ視線を向けると、和美は己の思考に意識をより沈ませた。

 県内でも名の知られた麻帆良の報道部に所属し、その本格的な活動と環境に触れ、自分の進むべき道がコレだと天啓を受けたかのように思っていながら……振り返って見れば、自分がそこで行ってきた事は己の好奇心と欲望を満たすだけのものだった。

 

 だが―――

 

 それは別に悪い事では無いだろう。所詮は学生たちの部活動で、あくまでも素人達による記者の真似事なのだから。公序良俗に反しないのならば責められるような事では無い。

 第一、自分の趣味―――世に知られていない秘密や未知を探り、暴き立てて得られるスリルや快感―――と、実益―――自分に賞賛と注目が集まるという成果―――が叶うからこそ、和美は報道部に所属し記者の真似事をしているのだ。

 ならそれで良いし、これからもそうすれば良い。

 

 と、そのように心の中の悪魔というべきか、欲望に忠実な部分が甘く囁いている。

 

 しかし―――

 

 そうじゃない。確かに好奇心から来る趣味はある。実益を求める欲望も否定しない。けどそれだけを目的にして記者に成りたいと思った訳じゃない。

 スクープを捜し、見つけ、記事にし、世にそれを知らしめるのは自分の為だけじゃない。そう、それはそれに目を通す読者の為でもある筈だ。情報を扱いそれを発信する側として、それは決して自己満足の為だけであっては成らない。

 

 甘い囁きに頷きそうになる一方で、そう青臭くも強く思ったからこそ和美は改めて考えた、自分が成りたかった記者(ジャーナリスト)という将来の姿(ゆめ)を。

 

 故に彼女は己を見詰め直す意味を兼ねて、同じジャーナリスト達の…いや、尊敬すべき先達らが世界の在る悲劇、惨劇の場で切り取った写真や映像をPCのディスプレイを通して見ていた。

 また、こういったものを敢えて選んだのは、魔法使い達が世界の裏でこのような場所で活躍していると知った影響もある。

 これらを撮り、世に伝える彼らの殆どは、ただ欲望を―――富や名声を求めて活動している訳では無いと和美は聞いている。

 危険地帯である事から当然リスクも高く、フリーや駆け出しなんかは得られる報酬も小さく、寧ろ赤字である事の方が珍しくないという。

 しかしだというのに、その彼等の大半は安全な筈の故国を幾度も離れ、それも渡航、滞在、現地のガイドやボディガードを雇う費用を別の仕事やバイトまでして蓄えて赴くのだ。

 

「……そこまでしてその人達が、現場まで赴くのは―――」

 

 呟き、和美にはその思いが分かる気がした。

 勿論、その彼等も自らの記事や論説などでその思いを答え、語っている。端的に言えばそれは使命感だ。

 彼等が伝えたいと思ったナニカ。自分の身を危険に晒してまで人々に知って貰いたい事実と真実があると思うから、彼等は活動し、それを今も何処かで続けているのだ。それが自分達―――ジャーナリストが全うすべき役目だと考えて。

 

「…………」

 

 きっとそれは自分が成りたかった、夢に見た将来の姿……在るべきジャーナリストの姿だ。

 

「…ホント、何時から忘れていたんだろう?」

 

 振り返って見たこれまでの自分の行動を思い起こし、和美は考えてしまう。

 何時の間にか、スクープやら特ダネやら追い求める事だけを。人々をあっと驚かせる事ばかり考えるように成った己の姿。手段がすっかり目的と化した情けない自分。そして―――

 

「今になって思うとネギ君の事を知った時の私って、本当に最低だったな」

 

 それを思い出し、和美は頬が熱くなり赤面する思いに駆られた。

 何しろ、降って湧いたスクープとそれに伴う富と名声を得られるチャンスに、すっかり欲望に眼が眩んでしまい。思いっ切り先走った行動を取ったのだ。

 

「オマケにネギ君を泣かせちゃったしね」

 

 欲望に囚われた愚かしい自分に苦笑し、乾いた笑い声を零す。

 

「でも……魔法、か」

 

 ネギとの事を想起し、その過去や先日の事件、今日の出来事、魔法使い達の活動を思い、改めて考え込む。

 一人のジャーナリストとして…いや、正直今と成ってはそう自称するのは恥ずかしさを覚えるので、あくまでもそれを志す見習いとして、それら世に隠された“真実”を知って、その“事実”とどう向き合うべきか?

 

(少し前の私なら眼の色を変えて、スクープだとか言って意地でも記事に仕立てようとしたんだろうけど……)

 

 口を閉じ、PCの画面に視線を移して思索する。

 もしもだ。仮に魔法協会を出し抜いて世の中に報道出来たとして―――それで自分が得られる物は? ネギやクラスメイト達、そして世に与える影響はどのようなものだろうか?

 答えは簡単だ。

 成功しようがしまいが自分は間違いなく協会に捕らえられる。ネギ君もオコジョにされて虜囚の身に。クラスメイト達も彼と離れ離れに…いや、悪ければ関係者と成った明日菜や夕映たちにも累が及ぶだろう。もしかすると学園長達…麻帆良の関係者も同様かも知れない。

 魔法の存在を知った世界は混乱に陥る事は確かだろうが、率直に言って想像が付かない。

 それでも和美の考えられる範囲でも宗教的な諍いや民族的な対立が起こり得る程度の事は分かる。

 教義や信仰に対する揺らぎと反発。魔法使いという“新たな民族”…或いは“種族”の誕生による動揺と隔意。幾ら政界や財界、宗教界の一部や上層部が認知していたとしても、それらがもたらす混乱を避ける事はきっと難しい。

 他にも亜人と悪魔や妖怪、魑魅魍魎などの実在が知れ渡る問題がある。

 

(そんな問題や混乱が起きるのを理解して置きながら、安易に報道なんて……幾ら何でも無責任だし、ジャーナリストとしても失格よね)

 

 和美はそれまでの反省からか、そう結論を下す。

 そこには昨今の―――報道の自由などという言葉を己の都合よく便利に振り翳すマスコミの姿勢に対する反発も少なからずある。色々と思うようになった為か、今の和美の認識ではそれは正直、眉を顰めたいものがあった。

 無論、彼等が言う事も判らないではない、が……―――では、その責任は無いのか? とも思うのだ。

 世の中には、自由に責任が伴うという言葉には矛盾があると、哲学的な指摘を行なう人間もいるが、今の和美はそれには素直に頷けなかった。あくまでこれは彼女個人の考えだが、やはり自由と責任は表裏一体なのだ。

 そう、自由とは、己の行動を正当化する免罪符では無い。報道の自由を主張するのであれば、報道に伴う責任も持つべきだろう。

 

「まあ、けど…」

 

 彼らの……魔法使い達の命を賭した活動や、ネギの故郷で起きた惨劇…それも村一つ虐殺されたとも言える大事件が、そして麻帆良で死者まで出した今回の事件が、世に知られず隠蔽されている事実は―――正直、思う所が大きい。

 これ等は世の人々が知るべき事では無いのだろうか? と和美はとても強く……ジャーナリストを志す人間として、先に挙げた使命感というべきものが心の内から訴えて来るのを感じていた。

 

 そんな報道者として担うべき責任と、胸の内から湧く使命感に板挟みされて和美は葛藤する。魔法に関わってしまった自分が進むべき、選び取るべき道を。

 己が在るべき将来(ジャーナリスト)の姿に思い馳せながら……―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 日が暮れ、空に月と星々が輝き始める時間帯。

 イリヤはネギ達に告げた言葉を守る為に、彼と彼女達が住まう寮を訪れた。

 寮内は防音設計が整っているお蔭もあり、非常に静かであったがその理由はそれだけでは無いだろう。明日から始まる中間テストに備えて机に向き合っている生徒が多いのだ、とイリヤは静けさに満ちた寮内を歩きながら思った。

 そこまで考えて、イリヤは思わずふと呟いた。

 

「…明日菜や夕映達は大丈夫かしらね」

 

 その精神状態もそうだが、その影響が明日からのテストにどう出るか、今もまともに机と向き合っていられるのかも心配だった。

 すると、

 

「ん…?」

 

 近づく気配を感じ、足と止めて振り返ると、丁度廊下の角から件のネギの生徒である夕映とのどかが姿を見せた。

 

「あ」

「イリヤさん」

「…二人とも、今朝方振りね」

 

 短く声を零すのどかと自分の名を呼ぶ夕映にイリヤは挨拶すると、二人の方もこんばんはと頭を下げた。

 

「二人も、もしかしてネギの所へ?」

「はい、イリヤさんもですか?」

「ええ」

 

 そう夕映と言葉を交わし、イリヤは二人と一緒にネギの部屋へ向かう。彼女達の用件は大体予想が付くので態々尋ねない……のだが、イリヤは二人の様子を窺い、微かに首を傾げた。

 今朝と同様、重く堅苦しい空気を彼女達は纏ってこそいるが、何処となく朝と比べると軽いというか、振り切れた感じがあるのだ。

 

(それはつまり、何かしら結論を出したって事なんだろうけど…)

 

 果たしてそれがイリヤにとって望ましい、好ましいものであるかまでは流石に判らない。

 

(…というか私自身、この子達にどう在って欲しいのか。このまま魔法に関わって欲しいのか? それとも平穏な日常に帰って欲しいのか? 結局どっちなんだろうか?)

 

 ネギの事や原作を思えば関わってくれた方が良いと思える。しかしそれがネギと彼女達にとって本当に良い事なのか、原作と同様の展開を招き、本当に良き結末を導くかはイリヤには判らない。

 また私情を言えば、やっぱり関わらないで日常に帰って欲しいという思いの方が強い……と、多分、自分はそう感じている……筈だ。

 

(自分の事なのに今一、心の機微が分からないわね)

 

 そうして悶々とした思いを抱えたまま、イリヤはネギの部屋の前に立つとインターホンを鳴らした。

 

 

 

 出迎えたネギの表情は今朝見たものとそれほど変わらなかった。明日菜の方も同様だ。カモは頼りになるイリヤが姿を現した事に何処となく安堵しているようだ。

 また、部屋のもう一人の住人である木乃香の姿は見えないが、恐らく彼女はまだ祖父の所に居るのだろう。

 

(さて、どう話し掛けたものかしら?)

 

 気に掛かり、こうして様子を見に来たもののイリヤは僅かに迷った。正直、今朝掛けた言葉以上の慰めの言葉を彼女は持っていなかった。

 彼らの顔を見れば、少しは言葉が出て来るかと思ったが―――イリヤは考え、取り敢えず今朝の言葉を更に被せるようにネギと明日菜に責任が無い事を改めて告げようとし、

 

「あ、あの―――」

 

 それよりも先にのどかが唐突に口を開いた。

 

「少しお話ししても良いですか?」

 

 イリヤとネギ、その二人の方に交互に視線を向けながらのどかは言う。

 何時もの変わらない控えめな口調であり、表情は緊張しているのか強張っている。けれど、前髪に半分隠れた彼女の目線には普段とは違う力強さが込められているように思えた。

 イリヤは、そんな見た事が無い彼女の姿に感じるもの覚えて、思わず「ええ…何かしら?」と頷き、ネギものどかの話を聞こうと彼女の方へ視線を向けて首肯した。

 途端―――

 

「あの、そ、その―――ごめんなさい!」

 

 いきなりのどかは、頭を下げて謝った。

 それにイリヤとネギはそろって「「え?」」と唖然とする。明日菜とカモもポカンとして口を開けている。夕映は少し困ったような表情だ。

 訳が分からないと言った感じの夕映を除いた面々を余所に、のどかは頭を下げたまま言葉を続けた。

 

「この前の事件の時、何の役にも立てなくて、それどころかネギ先生や刹那さんの足を引っ張って、先生の力に成りたいって言いながら何も出来なくて、イリヤちゃんにも散々危険だって言われていたのに自覚が薄くて……その、真剣に受け取っていた積もりなのに、真面に受け止められないで居て、ようやく今に成ってそれを本当に分かって―――」

 

 のどかは捲くし立てるように言い、やや言葉が滅裂に成っている。しかしこの場の皆は、何と無く彼女の言いたい事が分かった。

 要するに、事件で役に立てず却ってネギ達の危機を招き、迷惑を掛けた事とイリヤの警告をどこか軽んじていた事に反省し悔やんでいるのだろう。

 

「のどか、少し落ち着くです」

 

 必死というか、テンパった様子の親友を見かねたのか。夕映がその彼女の肩に手を置いて優しく声を掛ける。

 

「うう…ゴメン、夕映。……でも大丈夫だから」

 

 涙目になりながら夕映に答えるのどか。それに夕映は頷くと「頑張です、のどか」と彼女を応援する。

 その様子を見るに、どうやら夕映は自分達の伝えたい事を親友に任せる積りのようだ。何時もならこの逆なのだが……此処に来る前に何かしら話し合い。そう、のどかの意思を尊重し、その背中を押す事に夕映は決めたのだろう。イリヤは二人の事をそのように予想した。

 のどかは、深呼吸するように大きく息を吸って吐いて、イリヤとネギに確りと向き直ってから言葉を続けた。

 

「…それで、夕映と相談して改めて考えて決めたんです。足を引っ張らずに先生達の助けに成る為にも、あんな目に遭っても震えて何も出来ず居るなんて事が無いように、本気で魔法使いに成ろうって、だから―――」

 

 キュッと胸元で強く拳を握り締め、目の前の白い少女と赤毛の少年を見据えてハッキリとのどかは告げた。

 

「ネギ先生! イリヤさん! 改めて宜しくお願いします! 力も知識も無くて、きっとまた迷惑をお掛けする事に成ると思いますけど、何れはそうならない為に、そして貴方達の力に成る為にも、どうか私達に魔法とその社会(せかい)の事を教えて下さい!」

 

 そう告げて、のどかは再び頭を下げた。その背後に居た夕映も同様に「お願いします!」と言って頭を下げる。

 イリヤはそれを静かに見詰め、ネギは唖然としていた表情をさらに唖然と……放心したような顔を見せていた。その二人の胸の内にある言葉は同じだった。

 

 ―――あんな目に遭いながらどうして…。

 

 と。

 ただしかし、イリヤは良く決断できたわね、という感嘆の思いに占められ。ネギは何故、そんな風に決断できるのか? という疑問しか無かった。

 その為だろう。ネギは呆然としながらその胸の内の言葉を小さく呟いていた。

 

「どうして……? あんな酷い目に遭って、これからも危険な目に遭うかも知れないのに……のどかさんと夕映さんは…?」

 

 小さな声であったが、その呟きが聞こえたのだろう。決意を滲ませた二人の少女達が答える。

 

「今も言いましたけど、私達はネギ先生の助けに成りたいんです」

「のどかの言う通りです。直ぐには無理でしょうが、その為に頑張る積りです」

 

 そう、答える二人にネギは俯く。

 

「そんな…! 僕の為に危険な目に遭う必要なんて無いのに……!」

 

 彼は愕然とした声を上げる。

 自分の為に彼女達が危険な世界に足を踏み入れるなんて間違っている!と言いたげに、そして反射的に説得しようとネギは口を開くが―――しかし、

 

「いえ、それだけでは無いです」

「うん、確かに先生の為って気持ちもあるけど、自分の為でもあるんです」

 

 先んじるかのように言う彼女達にネギの言葉は封じられた。そして―――

 のどかは言う。

 

「―――ここで逃げたらきっと後悔する。ずっと俯いたまま私は一生を過ごす事に成る。先生の事が好きだっていう気持ちも嘘に成ってしまう。そう思うんです。そんなのは嫌だから、そんな自分に成るのが嫌だから、自分自身の為にも逃げたくないんです」

 

 夕映は言う。

 

「―――私は無力でいる事が怖いです。世の中にあんなモノが居て、事件が在って、何時か自分が…そしてのどかやハルナなどの大切な人がそれに巻き込まれる可能性が在ると知って、力を持たないままでいる事が。ですから魔法使いに成る事を決めたのです」

 

 そう、強く言った二人にネギは何を言うべきか直ぐに言葉が出なかった。

 あくまでネギの為であるというなら言うべき言葉が…二人を諌める言葉も出ただろう。しかし彼女達が自分自身の為だというなら…その理由があるのならば、ネギにそれを止める資格は無い。諌める言葉が無い。

 危険を理由に訴えようにも、それはイリヤの言葉や先の事件で十分に伝わっているのだ。これ以上何かを言うのであれば、それはのどかと夕映の二人を否定するだけになる。そうなれば、先立って認めた明日菜の決意も遠回しに踏み躙る事になってしまう。

 ネギはそれが分かるから、口を閉じる事しか出来なかった。

 

「…ふう、そっか。ユエとノドカは決意したんだ。今度こそ本当に…」

 

 ネギに代わって溜息と共にイリヤが呟いた。

 

「…それで良いのね? 特にユエ、貴女はチカラを強く求めるようだけど、それが何を意味しているのか―――それを分かっての事よね」

 

 イリヤは二人を見据える。

 

「はい」

「…です」

 

 イリヤの視線に目を逸らさずに二人は首肯する。

 

「力を持つ事の意味。それを使う意味。判っています」

「自分が傷付くだけじゃなく、私達が誰かを傷付けて……もしかするとその誰かを死なせるかもしれない…って事だよね」

 

 そう答え。微かに逡巡の感情が混じるも、相変わらず強い意思が篭った眼差しを返す彼女達を見て―――イリヤは笑顔を浮かべた。

 ネギはその嬉しそうな顔を見て微かに驚く。南の島ではあれだけ強く反対の姿勢を見せ、処罰が下った直後は関わる不幸(こと)に諦観と憐れみの感情を彼女達に向けていたのを覚えていたからだ。

 

 ネギにその理由は判らなかったが、別段大した事では無い。

 単純にイリヤは吹っ切れたのだ。自分の意志を明確に見せて今までとは違う、確固たる根のある覚悟を秘めた夕映とのどかの姿を見て。未だ彼女達が関わる、関わらないで乱れていた筈の心情が軽くなったのだ。

 ただし、この心情の変化の理由をイリヤは自分自身でも良く判っていなかった。ただ何となく覚悟を固めた少女達の姿を見て、ようやく割り切れた解放感というべきか…不安や不満が何故か消えたのだ。

 

(自分の事ながらやっぱり判らないわね。この感情の機微は)

 

 イリヤは自分の事に内心で首を傾げた。だが―――もし、

 

 もしイリヤが魔術師ではなく、アインツベルンの住まう僻地で生まれず、孤独に過ごさなければ―――普通の女の子として平穏に生き、多くの人々に囲まれ、友人に知人に恵まれてさえいれば、その理由が直ぐに判った筈だ。

 イリヤは認めたのだ。原作知識が在る故に気に掛けてこそいたが、それでもただ一般人で巻き込まれただけの無力で無関係な子供としか見ていなかった夕映とのどか達を。その抱く覚悟に触れて、戦う者の眼をした彼女達を見て……ネギや明日菜ら同様、自分達側に立った事で、ようやく対等な仲間と成る事を認め、受け入れたのだ。

 

 ―――そう、つまり仲間……“友達”だと、彼女達とそんな関係に成りたいと心からそう思ったのだ。

 

 ただそれだけの当たり前で、簡単な理由だった。イリヤが自分に生じたその想いに気付くのは後々の事だ。

 

 

 そんなイリヤの感情を理解できないネギは戸惑う一方だ。あのイリヤが笑顔で自分の生徒達を受け入れる訳が判らなかった。

 だから本人にも理解出来ていないそれを訪ねようとし、口を開き掛けたが―――

 

「ああああ! もう! 本当に止めた! ウジウジ悩むの!」

 

 突然、そんな叫びが自分の直ぐ後ろから聞こえた。

 明日菜だ。ネギは驚き振り返ると、ルームメイトの彼女は両手を振り上げて天井を睨むかのように顔を上向かせていた。

 そして視線を下ろして眼を閉じ、腕を組んで考え込むようにしてブツブツと何事かを呟き始める。

 

「―――まったく、本屋ちゃんと夕映ちゃんがこう頑張ろうとしているのに…ほんと情けない。落ち込んでウジウジ、ウダウダ悩んでもなんも解決しないって事は判り切ってるのに…」

 

 怒りが含んだ苛立たしげな口調だ。

 

「ネギ!」

「え? はっ、ハイッ! 何ですか明日菜さん?」

 

 睨まれ、強い口調で名前を呼ばれてネギはビクリしながら返事をする。

 明日菜はそんなネギに構わず告げる。

 

「起きてしまった事は仕方が無い…とまでは言わないけど、もうどうにもならないのもホント。私達が目的だって言っても、イリヤちゃんが言った通り私達に責任が無いのも事実なんだろうし、悪いのはあの悪魔やきっとフェイトっていう奴等よ」

「で、でも…」

「うん、分かってる。私も多分、同じだから―――」

 

 強く言う明日菜の言葉にネギは反論しようするが、明日菜はそれを制止ながらも同意の頷きを見せ、話を続ける。

 

「―――でも、だからって悔やんで悩んでそれだけでどうなるっていうの?」

「そ、それは―――」

「きっと何にも成んない。それは悪い事じゃないんだろうけど、答えを出さなきゃ意味が無い。事件のことで、今日知った事が辛くて、苦しくて、怖く思っても、立ち向かわないと。それでどうしたいのか、考えてきちんと決めないと、本屋ちゃんと夕映ちゃんのように」

 

 感情の赴くまま、思い付いた言葉を並べ立てるかのように明日菜は言った。

 それは彼女自身、クラスメイト二人の言葉と決意に触発され、何かを決断したという事だ。

 明日菜はそれを口にしなかったが、訴えかけるかのようにネギを強く見据えた。

 

「―――……」

 

 そんな明日菜の視線を受けてネギは戸惑いつつも考える。

 直感的には直ぐに答えは出た。いや、とうに出ていた筈だった。

 確かに事件で、殉職者が出ていた事はショックで、自分の持つ価値がそれを招いた事に罪悪感はある。けど―――

 

(だからってただ悩んで立ち止まっても意味が無い―――そう、決めたじゃないか、これからも頑張るって、もう逃げないってイリヤの前で決めたじゃないか。悩んで悔やんでばかりいたらそれと変わらない。逃げているのと同じに成る)

 

 そこでネギは、そうか、と理解した。同じなんだ、と。

 

(……また僕は、何度も繰り返そうとして)

 

 自分の所為だ、責任だって、悩んで苦しんでいるのは、そうやって言い訳して立ち止まる為の……進むべき道から、困難から目を逸らす為の口実なのだと。あの雪の日の出来事から逃げ出す為、我武者羅に勉学に打ち込んだ事と同様に。

 ただ今回、その頃と違うのは何ら建設的なものが無いという事だ。

 

 ―――だってその方が楽なのだから。

 

 降ろせないモノを辛く背負いこんでその場で突っ伏すよりも、重く背負って前へ進む方が苦しいのだ。その方が疲れるし、進めば進むほどきっと背負わなければいけないモノが増えて行くと、この日本での日々で彼は知ってしまったのだから。

 

(明日菜さんは勿論、のどかさんや夕映さん達を巻き込む事に成ったように……僕が原因で事件が起きて、亡くなった人が出たように)

 

 そして事件で突き付けられ、明らかに成った己の持つ業の深さを自覚し、怖気付いたのもあるだろう。

 

(……改めてそれを理解して逃げたくなった、逃げたいってそう心の何処かで思ってしまったんだ)

 

 しかし、それでも逃げる事を選択出来なかったのは、深奥に焼き付いた父の姿を追う事を諦められず、背負ってしまったモノも放り出せないからだ。

 

(情けないな…僕は)

 

 抱いたわだかまりに向き合って立ち向かう勇気が出せず、だからといって放り出して逃げ出すともできない。

 だから中途半端に答えを出そうとせずに悩み続けようと、そこに何時までも留まろうとした。

 

(責任感や罪悪感を覚えるなら、それこそ自分が確りしてその事実に向き合わなくちゃいけないのに……そして明日菜さんのようにどうしたいのか、悩むだけでなく決めないと)

 

 ネギは改めて考える。

 事件は自分が原因で起きた部分がある。その所為で死者も出た。けれど、責任が自分だけに全面的に在る訳では無い。自分や明日菜がどういった存在か理解し、襲撃を予期していた協会の力不足による部分もある。また戦いに赴く事を選び、その上で戦い抜けなかったその魔法使い自身にも在るだろう。

 勿論、一番悪いのは明日菜の言う通り、ヘルマンを始めとした麻帆良を襲撃した敵だ。

 だけど、それらを理解しても自分は納得できず、割り切れないでいる。しかし―――

 

「―――明日菜さんの言う通りですね。わだかまりはどうしても消えませんし、残りますけど、それを理由にして何時までも悩んで塞ぎ込んでいたら駄目ですよね。僕らが幾ら落ち込んでみせても起こった事実が変わる訳じゃありませんし、解決もしないんですから」

「うん。だから私は、これからも確りと顔を上げて、立ち止まらずに前へ進んで行こうと思う」

 

 ネギの言葉に明日菜は大きく頷いた。

 あんな事で、事件でのことに負けちゃいけないと。こんな事の所為で自分は折れてはいけない。だって、そうでなくては―――こんなツミブ■いワタシのシア■セをネガってくれた、ギセ■にナった■ギや■トウさんが■かばれない――――明日菜は頭の奥底で訴えかけるように疼く痛みを堪えながら言う。

 

「そして、アンタと一緒にあんな事件を起こした奴等に文句を言ってやろうと思う。何が狙いで私とネギを狙ったのか、あんな事件を起こしたのか、いつか必ず問い詰めて…とっちめてやる。こういうのも何だかアレだけど、きっとそれが私達…っていうか、麻帆良を守る為に―――(あのフタリのように)―――戦って亡くなった人達の報いに成るだろうからさ」

「……明日菜さん」

 

 相棒(パートナー)と成ってくれた彼女の言葉を受け、ネギは感慨深げに首肯する。

 自分達が亡くなった人達の事を想い、事件に責任を感じるのならそうする事が正しいのかも知れない。脳裏に炎に包まれた故郷の事と、炎の中で亡くなった故郷の人々の事も思い浮かべ―――背負うモノが増えたのを感じながらネギはそう思った。

 

(―――その為にもやっぱり落ち込んではいられない)

 

 そうして、ネギは消えないわだかまりを胸に抱えながらも、振り切るようにして意を固めた。だが―――

 

 だが、今回の事件のことが故郷の惨劇とヘルマンとの関わり以外に、父たる英雄ナギの行方と名も知らぬ母の存在。それに纏わる元老院の陰謀。“完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)”と“赤き翼(アラルブラ)”の因果。魔法世界の秘密……それら様々な事柄と密接に関係しているなどとは、この時の彼には思いも依らない事だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 表情が引き締まり、眼に力が灯ったネギを見て、イリヤはホッと溜息を吐いた。

 わだかまりは消えなくとも何とか割り切れたようね、と。

 そして、夕映とのどかの方を一瞥し、明日菜へと視線を向けた。

 

(この子達のお蔭か。やはりネギには彼女達の存在が必要なのね)

 

 自分という異物が物語(げんさく)に介入する、介入しないに関わらず、それが彼と彼女達に在る運命(Fate)なのだろう。

 ただ、元々此方側である明日菜…と、今この場には居ない木乃香、刹那に関してはそうだが、夕映やのどかに関しては本来一般人である以上―――いや、夕映の資質を思うとのどかだけかも知れないが―――ここまで深くネギに関与する事は……少なくとも魔法に関わらない可能性は在っただろう。

 その場合、二人は日常サイドからネギに高い影響を及ぼしていた筈だ。

 魔術師的な勘によるものか、仮にも“第二魔法”の一端を体現した為か、何となくイリヤがそんな並行世界(かのうせい)があるように思えた。

 

(…あるいは、そう思いたいのか)

 

 この場に居ない原作でネギに深く関わった少女達の姿を思い浮かべながら、そう内心でやや憂鬱げに呟いた。

 勿論、夕映とのどかの二人の事は吹っ切れたし、今は歓迎したい気持ちがある。が、しかし―――

 

(―――問題は、あの子ね)

 

 親友である彼女達がこうなった以上、図書館探険組の最後の一人である彼女―――早乙女 ハルナも同様に関わってくる可能性は高い。

 ネギは、自分と協会からの警告もあって慎重に成っているし、夕映とのどかも危険性を明確に理解しているから積極的に関わらせようとはしないだろうが……―――それを思い。イリヤは頭痛を覚えたような気がした。件の彼女の思考やら性格やらを思うに自分とは相性が最悪に思えるのだ。

 

(別にああいったノリの良い性格が嫌いって訳では無いんだけど……タイガの例もあるし)

 

 だがそれは、あくまでも一般人という線引きがあっての話だ。もしくは…ブルマでも履けば―――っと何故か過ぎった阿呆な思考を軽くかぶりを振って振り払う。第一、あの“虎”は、あんなのでも物事の分別を弁えた人徳厚い人間なのだ。

 

(…いや、実は人間じゃなくて、UMAなのかも知れないけど…ってまた思考が変な風にズレてるわね)

 

 逸れそうになる思考に再び首を振る。

 ともかく、イリヤとしてはあの軽薄なノリの彼女とは余り深く関わりたくはなく、出来れば除外したかった。

 ただし、もう一人……排他的でありながらも、何処かそれを徹底出来ない面倒見の良い、不器用な性格である“電脳使いの少女”の方は―――それでも可能な限り関わらせない方針だが―――ここ最近、ネギと話し合った頃から、関わらせるべきではないかとイリヤは考えるようになっていた。

 

(ネギの心の深層にある闇を思えば、原作で見せたあの子の献身的な支えは……それに、全てを終えた後に……―――)

 

 

 

 そう、だんまりと考え込むイリヤの様子に周囲の面々は気付き、ただならぬ雰囲気を纏っている事が気に成ったのか、声を掛けようとし、

 

 ―――ピンポーン

 

 と、呼び出しベルが部屋に鳴り響いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「こんばんは、ネギ君、明日菜、それにカモ君……と、イリヤちゃんや図書館組の二人も来てたのか」

 

 そう言い、部屋に姿を見せたのは和美だった。

 そこには今朝見せた暗い表情は無く、何時もの快活とした笑顔があった。その様子を見るに彼女もまた何かしらの決断を下したのだろう。

 イリヤや他の皆もそう思っていると、彼女は短刀直入にそれを告げた。

 

「皆が居るならちょうど良いや。イリヤちゃん、ネギ君―――私、決めたよ。協会の誘いを受けてみようって」

「朝倉さん…」

「……」

 

 ネギは何気なく彼女の名を呟き、イリヤは静かに首肯しながら続きを促す。

 

「…まあ、と言ってもネギ君には悪いけど、お父さん探しに協力しようって訳じゃないんだ。あ、勿論、出来る範囲ではする積りでもあるんだけど…」

「つまり、ネギの仲間というよりも協会の一員という立場を重視する訳ね」

「うん、私は明日菜や桜咲と違って一緒に戦えそうにないから。そもそも武器を取って戦うなんて柄じゃないし、ユエっちみたいに魔法の才能が高くも無ければ…っていうか殆ど無いみたいだし、運動能力も探検部所属ののどか以下だしね。これじゃあ、とてもじゃないけど、“偉大な魔法使い(マギステル・マギ)”を目指すネギ君と行動を共にするなんて…無理」

 

 イリヤの問い掛けにそう答えて話す和美。

 その口調も表情も普段の飄々とした軽い感じものだが、何時に無い真剣さもあった。ただの好奇心や遊びから来るものじゃないとでも言うような雰囲気を彼女は纏っている。

 だが―――イリヤは、ふむ…と短く唸ってから敢えて尋ねた。

 

「…で、その心は? 真実を追い求めるジャーナリストだと称する貴女が魔法へと関わる動機は何かしら?」

 

 そう尋ね、ジッと見詰めるイリヤに和美は微かに怯むモノを覚えたが、

 

「―――そうね。色々と考えたし、考えさせられたんだけど。やっぱり知ってしまった以上はただ傍観する事ができない…からかな? 魔法が本当に在って、私達の住まう社会(せかい)の裏にはそれが関わる事件が在って、表に知られている事件の中にもそれが隠されている事が在って、そんな事実を…こうして知ってしまったら、ね」

 

 和美は葛藤を吐露するようにして、そう答えた。

 

「例えそれが公表する事が出来ない……そうする事で社会に要らぬ混乱が齎せるものだって、安易に報道出来ない物だって判っても見過ごせないんだ。私は……」

 

 固い決意の中に含まれる葛藤の言葉に、イリヤは神妙に感じるものを覚え、顎に手をやって少し考え、

 

「……なるほど、カズミは“探る者”としての性分…あるいは衝動が強く。ある意味、そのしがらみに囚われているのかも知れないわね」

 

 と、そう何気なく、まるで無意識から零すように言葉を口にした。

 耳慣れない言葉に和美は首を傾げる。

 

「……探る者?」

「ええ、ある人が言うには、人間の性質は創る者と探る者、使う者と壊す者…その二系統二属性に別れるそうよ。正直、少し乱暴というか、極端な例えのようにも思わなくもないけど、そう提示する彼女の考え…人間の性質っていうのも判らなくはないから、否定も出来ないんだけど―――とにかく、その彼女が言う持論からすればカズミは、探る者に該当するわ」

 

 イリヤの説明を聞いた和美は、少し虚を突かれたような表情を見せたが…途端、可笑しそうに笑った。

 

「ハハッ、そっか、探る者…か。聞き慣れない言葉だけど、何かしっくり来るし、イリヤちゃんが言うならなんか納得だわ。うん、そうなのかもね。だからどうしてもこの目と耳で見て聞いた事実に見て見ぬ振りが出来ないで、そのままそっぽ向くのが我慢できないのかも………―――世の中に真実を報道する、しないなんて二の次で…ただ…ホントは」

 

 一頻り笑って、そう和美は言った。ただ…その語末の呟きはとても小さく、聴力に優れた明日菜の耳にすら届かなかったが。その一瞬で覗かせた表情をイリヤは見逃さず、彼女が未だ大きな悩みを抱えている事を察した。

 しかしその内容は推測も付かないので言うべき言葉は見つからなかったが…。

 

(…まあ、この子はネギと余り深く関わらず距離を置くようだし、所属予定の部署から鑑みても、そう、大きな危険に巻き込まれる心配は無い…かな?)

 

 取り敢えず微かに不安は在ったものの、和美に関してはもう暫く様子見にする事にした。

 

 

 

 

 そうして2時間ほど……夕食を挟んで話し合い。皆が寝静まる時間が迫った事からイリヤは寮を後にした。

 今回は余りネギ達の役に立てず、意味の無い訪問と成ったが、イリヤとしては決して無駄ということでも無かった。

 塞ぎ込む様子を見せていたネギと明日菜が前向きになった事を確認でき。和美については保留したが、夕映とのどかに抱いていた不安と不満もほぼ解消できたのだから。それでもその二人については、平穏な世界で幸せを掴んで欲しいという気持ちもまだ残ってはいるが―――

 

「―――けど、不思議と以前のような未練は感じないのよね。むしろ逆に今それを選ばれると残念、寂しいって気持ちが在るような…?」

 

 玄関から出て歩いて暫く。そんな彼女達の居る寮の方へと振り返りながらイリヤは不思議な面持ちのまま呟いた。そして首を傾げなら帰路を歩いて行った。

 

 

 己が内に芽生えた感情に気が付かぬままに―――。

 

 

 




 今回を経てようやく夕映達が魔法社会に関わる事が正式に決まりました。今更という気もしますが。


 次回からは更新間隔が伸びると思います。来週から…と言いますか、明日から少し忙しくなりそうなので。どうかご了承ください。

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