麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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こちらに移るにあたり、本作に初めて目を通される方々に一応補足しますと、自分を元男性だと思っているこのイリヤは、自分の仕草や口調が完全に女性のものとなっている事に気付いていなかったりします。その自覚が無いのです。


第2話―――日々の始まり、そのある一日  お出掛け編

 

 エヴァ邸で過ごす事が決まってから四日。

 私はこれと言った難事に遭遇する事無く、無事平穏な日々を過ごしていた。

 

 さて、平穏とはいえ、する事がなければ人間は死んでしまうもの……いや、言葉通りの意味ではなく、主に精神的な意味でだ。要は腐るだとか、ダメ人間だとか、ニートという感じである。

 型月厨の中でそういった扱いを受け、印象(イメージ)を与えたあの“食っちゃ寝王(セイバー)”ですら、確か“hollow”ではキャスターの内職を時折手伝っていたとかいうし、買い物なども言われればこなしていたようだし―――何より私自身そういった何もしない日々には耐えられない。

 

 故に私はこの数日、この世界の神秘を学ぶ事に時間を費やしている。

 

 なにしろ異邦人であり、この世界にとって異端の神秘を内包する(もつ)身なのだ。何時何処で、どのような厄介事に巻き込まれるか知れたものではない。

 だから最低限、自分の身を守れるように知識と力を付ける必要あると考えたのだ。またこの世界で生きて行く上…ひいては魔法社会での将来を見据えての事でもある。

 そしてそれに関連して、私はエヴァジェリンさんと共に学園に通っていたりする。

 勿論、生徒としてでは無い。学園長に師事して魔法学を学ぶ為だ。また警護・監視対象である者が独り家で留守番というのも問題だという意見もこれに絡んでいる。

 とはいえ……まあ、アレでも学園経営者兼関東魔法協会理事なのだから、中々に忙しい身の上であるらしく、教えを請う時間は余り取れないのだけど。

 その為、大半の時間は独学・自習と為っている感が強い。

 尤も、私としてはその方が都合が良いという面も無くはない。

 表向きには、記憶喪失の影響で知識に齟齬と欠落があり、その補完と確認のための再学習としているのだ。

 長々と個人指導を受けては、知識不足が露呈したり、或いは魔術面の知識をうっかり披露する様な事をしたり、と不審を買う危険が大きくなりかねない。

 しかし、一方で大半が独学である事に不安もあった。

 

 そういう訳もあり―――正直、後が少し怖いけど―――それを補う為に、エヴァンジェリンさんに師事するとまでは行かなくとも、せめて家で過ごす合間にでも魔法関係の話を聞ければ、助かると思ってはいるんだけど……一体何をしているのか? 

 毎日帰宅するなり、殆どの時間をどうにも地下か、あの“別荘”で過ごしているらしくそれは叶わない。

 原作でも好きなキャラとほぼ会話できず、残念な気がするような、身の危険を感じられずホッとするような、何とも複雑な心境だ。

 その代わり…と言ってなんだけど、茶々丸とは結構親交が深められていると思う。主に家事を手伝ったり、猫の世話をしたり、一緒に買い物に行ったり、とそんな感じで。

 

 あと、学園に顔を出しているお蔭でネギともあれから毎日のように顔を合わせている。

 今日の授業はどうだったとか、寮での生活はこうだったとか、修学旅行が楽しみだとか、ありふれた会話をしながらお互いにちょっとした身の上も教えあったりもした。

 ついでにあのオコジョ―――エロガモは、紹介された直後、あろう事か私に仮契約を迫って来たりしたので、きっついお仕置きをしておいて上げた。

 

 そんな日々の中、未だに少し気になっているのはこの家に来た翌日の朝のこと。

 タカハタ先生から何かを受け取り、ハイになった筈のエヴァンジェリンさんがまた一転して不機嫌を絵に描いたような表情をしていた事だ。おまけに憔悴しきった有様で足取りもフラフラしていた。

 それは例えるなら、“遠坂 凛、寝起きの一幕”と言った感じだろうか?

 原作では色々とイジられる場面も在ったけど、それでも屹然としたイメージをある彼女がそんな姿を見せたのは、妙に印象に残った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「人……ホント多いわね」

 

 麻帆良ではまず見かけることは無い、ガラス張りの近代的な建物が周囲に立ち並ぶ中。目の前を過ぎる黒山の人だかり―――雑踏に少し辟易してしまう。

 今日は4月20日の日曜日。一般的に休日であるこの日、私は麻帆良学園から離れて東京・原宿を訪れていた。

 

「僕もこの国に来た時、同じ事思ったよ」

 

 と言うも、私と違い物珍しさに好奇心一杯という様子で周囲を楽しげに見回す赤毛が特徴的な幼い少年―――ネギ。

 

「ここは都心やしなぁ。麻帆良と比べると、やっぱなー」

 

 と、同意するような事を言う日本人形の様に整った長い黒髪を持つ女子中学生―――近衛 木乃香。

 

「…………」

「? どうしたのイリヤ?」

「ん? もしかしてイリヤちゃん、人多いとこ苦手なん?」

「そんなことないわ、コノカ。…ただ、ちょっとね」

「「?」」

 

 曖昧に返事をする私に2人は不思議そうに首を傾げた。

 何故この二人と東京に来ているのか?

 それは数時間前。

 先日、学園長から渡されたばかりの携帯電話―――早朝、それに掛かってきた一本の通話から始まった。

 

 

『ねえ、イリヤ。今日東京に行くんだけど、君もどうかな』

 

 電話越しでの朝の挨拶もそこそこに、ネギがそう切り出した。

 出会ってから初めての休日にデートの誘い……? 意外に積極的ね。とそんな冗談染みた感想を懐くも口には出さなかった。

 まあ、十歳児である彼にそんな考えがある訳も無く、ただ友人として親交を深めたいのだろう。

 しかし、私は色々と事情を抱えており、学園から離れるのは……。

 それに正直、私自身、今は遠出をするのは気が乗らなかった。だから折角の誘いに悪いと思いながらも断ろうとした。しかし――

 

「行って来たらどうじゃ」

 

 何故か? 朝早くからエヴァ邸を訪れて居て、しかも堂々と無遠慮に朝食にまで口を付けている学園長がそんなことを言い放ったのだ。

 どういう積もり?と睨む私に、学園長はバルタン笑いするばかりで真面目に答えもせず、「折角の友達の初めての誘いじゃ、無碍にするのもどうかのう」という言い分から始まり、「遠い異国で――」「おぬしが友人として――」とかなどと気乗りで無い私にそんな事ばかりを穏やかな口調でありながら、チクチクと責めるかのように言うのだ。

 どうやら、この前の土下座の一件をまだ根に持っているらしい。

 それに溜息を吐きながらも私は―――

 

(まあ、学園長のお墨付きがあるのなら、それもいいかな。この前借りた“先立つ物”もまだ余裕があるし)

 

 と、前向きに思考を切り替える事にしてネギの誘いを受けるのだった。

 

(―――それに態々早朝から訪ねて来た学園長にとって、私が今日此処(エヴァ邸)に居ると都合が悪いようだし)

 

 そう感じたのも理由の一つだった。

 ちなみに私が出かけるのに気乗りしない理由の一つに、私服がエヴァから与えられた(強制された)フリフリたっぷりのゴスロリ服ばかりしか無いこともある。

 そんな如何にも少女趣味全開な衣服を渡された時には、思わず固まってしまったのだけど、横暴な家主曰く「私の作った服に何か文句でもあるのか、無いなら居候らしく家主の言う事には従え」と凄まれて拒否権の発動出来ず、元から着ていた服も何やら「参考にする」とか言われて取り上げられてしまった。

 まあ、だからこそ“先立つ物”―――学園長から借りたお金にも余裕があるのだけど……女の子の服って結構値が張るのをつい最近知りました(しかし後に、とてもたかーい高級ブランドを扱うお店を敢えて茶々丸に紹介させた事が発覚する)。

 

 

 こうして止むを得ず、羞恥心を押し殺しつつ私は、外出用の白さが眩しいフリフリの“私服”に着替えて約束した時間に学園中央駅前を訪れた。

 そこには既にネギと、同行するというルームメイトで彼の受け持つクラスの生徒である少女が待っていたのだけど―――。

 

「この娘が噂のネギ君の恋人のガールフレンドぉ? やーん! ホントお人形さんや妖精さんみたいに綺麗でかわええな~♪」

 

 挨拶をする間も無く。

 突然、開口一番にルームメイトの少女―――つまりコノカが、瞳を爛々と輝かせてこのような言葉を発しながら私に抱き付き。さらに、

 

「ウチらの知らん内に、こんな美人な子と仲良くしとるなんて、ネギ君もなかなか隅に置けんなぁ」

 

 こう続けて私とネギの顔を真っ赤にさせた。

 ネギはコノカの冗談めかした言葉に。私はコノカの柔らかい女の子の感触にである。

 

 いえ、これでも私は元成人男性であった訳でして、幾ら中学生とはいえ、このように女子―――それも美少女に抱き付かれては……その…色々と大変なのですよ?

 ましてや胸だとか、頬とか、顔に押し付けてきたり、スリスリされたりするのは…良い匂いが…って違くて…嬉しいような気が…ってそれも違……けど、その…ね。

 

 抱き付かれ、このように困惑しつつヒートする自分の思考を押しのけ、コノカの冗談めかした言葉へのネギの抗議をBGMに私は何とか彼女を引き剥がすと。

 未練がましく残念がるコノカを宥め、何とかお互いに自己紹介を済ませ。私達は東京へと向かう電車に乗り込んだのだった。

 

 

 ―――にしてもガールフレンドはともかく、ネギの恋人とはね。

 

「なな、コレなんか、どやろ?」

「あーーー! いいですねー。可愛いと思いますよ」

「私は本人を直接知らないから、なんとも言えないわ。…でも良いんじゃない?」

 

 ネギとコノカ。2人と共に原宿に立ち並ぶ様々な店を巡り、歓談しながらも先の事を思う。

 麻帆良を訪れてから四日。僅かな期間ながらどうにも私に対して妙な噂が広がっているっぽい。

 東京行きの電車の中でその事を尋ねると、

 

 ―――コノカ曰く「クラスの皆して、言うとるよ」とのこと。

 

 しつこいようですけど私は元成人男性な訳で、流石に少年を愛でるような趣味は持ち合わせていない。

 しかし、コノカをはじめ周囲は当然それを知る由も無く。このような―――自分で言うのもなんだけど―――目を惹く希有な容貌の美少女が同年代の…しかも学園でも有名な“子供先生”と仲の良い姿を見せていれば、何かしら噂の一つや二つ吹聴するのは、仕方の無い成り行きなのかも知れない。

 

 とはいえ、喜ばしい事ではないのは確かよねぇ。

 ……果たして噂の範囲はどれ位なのだろうか? ネギのクラス3-Aの中だけ? それとも女子中等部―――もしくは学園全体までに及んでいるのかしら? いえ、3-Aに広まっているという事は既にそうなっていると考えるべきなのかも。

 あのクラスには、人間拡声器やらパパラッチ娘やらと噂の拡大に関しては事を欠かない人物が多いんだし。

 …まあ、3-Aに広がっているだけでも十分厄介……というかドタバタとした珍妙な事態に陥るのは確実なんだろうけど。

 例えば、図書館島探検部の3人娘だとか、びっくりリボン使いの女子体操部員とか、ショタ趣味の委員長だとかが主に絡んで……って、あれ? 確か修学旅行前の話って―――

 

「―――ん……?」

「どうしたん、ネギ君?」

 

 歩きながらの談笑の最中、突然ネギが後ろを振り向いた為、会話が途切れて私の思考も中断された。

 

「あ、いえ、何か変な気配があったもので……でも気の所為―――」

「―――気の所為じゃないわよ」

 

 何でもありません、というようにコノカに返事をするネギを制して、私は彼の振り返った方へ視線を転じながら言う。

 それに「え?」とネギも再び振り返る。

 すると視線先―――路傍に在る物影から「やばっ!」「気付かれた!?」「に、逃げよっ」と、微かに複数の女性の声が聞こえた。

 そして、声の主達はタッと駆け出そうとするような足音を立てる。けど―――

 

「別に逃げる必要は無いんじゃないかしら?」

 

 ―――遅く。“強化”した脚で私は素早く彼女達の先を回り込んだ。

 

「わあ!?」「んなっ!?」「い、いつの間にぃ!?」

 

 逃げ出そうと振り返った先へ突然現れた私に、物陰に潜んでいた彼女達―――ネギの生徒である釘宮 円。柿崎 美砂。椎名 桜子は三者三様の驚きを見せた。

 そして、そんな3人の背の向こうで、

 

「へ? あれー、くぎみー?…それに」

「柿崎さんと椎名さん?」

 

 ネギとコノカも意外な尾行者の存在にそれぞれ困惑した表情を見せていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 丁度お昼に差し掛かった頃合いであった為、私達は立ち話もなんだと思い。遭遇した3人を連れて近くの飲食店へと足を運んだ。

 

「やっぱり、ネギの生徒だったのね。……私はイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ネギの()()よ」

 

 店員に席へと案内されて注文を済ませた後。テーブルの向かいに座る3人の紹介をネギから受けた私は、初めて彼女達の事を知ったかのように装いながら敢えて()()と強調して自己紹介し、呆れたように半眼の視線をチアリーダー3人組へ向けた。

 

「…あははっ、どうも」

「よ、よろしくね、イリヤちゃん」

「…同じく、よ、よろしくねー」

 

 私の視線の意味を察したのか、“尾行者”の3人は焦ったように引き攣った笑みを浮かべた。

 そんな3人組の不審さを気にせず、或いは気付かないのか? ネギが普段通りの様子で3人に尋ねる。

 

「それで皆さんは、修学旅行の準備で東京に?」

「えっ? あー、そうね…そうよ」

「ネ、ネギ君たちもそうなの?」

 

 マドカが動揺した様子で焦ったように頭を掻きながらネギに答え。サクラコが誤魔化すように尋ね返した。

 

「いえ、僕たちはその…えっと…」

 

 今度はネギが途惑って口篭り、コノカの方へチラッと視線を向ける。

 どうやら話して良いか迷い、コノカへ伺いを立てているらしい。そんな困った感じのネギを察してコノカは頷く。

 

「別にええんやない? 今日一日、内緒にして貰えばええだけやし。―――って、ゆーか…」

 

 そう朗らかにネギに応じるも、途中で首を傾げて不思議そうな顔をマドカたち3人へ向ける。

 

「それが気になっとたん? なら別にウチらに隠れて覗いとらんで、直接聞きに来たらええのに?」

「「「「う…!?」」」

 

 コノカは先の事を疑問に感じていたのか、そのように問い。問われた3人は申し合わせたかのように揃ってビクリと…或いはギクリと身体を震わせた。

 

「い、いやー、それは…なんというか…」

 

 マドカは何とか答えようと言葉を紡ぎ出そうとしているが中々出せず、より焦って再び頭を掻く仕草を取り。

 その隣席では、此方に聞こえないようにミサとサクラコがヒソヒソと話し込んでいるのが窺える。

 

(ど、どうしよう)

(ま、まさか二股デートか! とか思い込んで()けていたなんて言えないし)

(冷静に考えれば、ありえないっていうのは判っていたんだけどねぇ)

(うう…ノリに任せて面白半分でやったのが悪かったか)

(そ、それに、なんかあの子…イリヤちゃんにはバレてるみたいな感じだし…)

 

 イリヤイヤーは地獄の耳~♪

 というのは冗談だけど、ヒソヒソ話をする2人と同じ壁側に席に座ったお蔭か、反響の関係でボソボソとした感じでミサとサクラコの会話内容が私の耳に届いていたりする。

 当然、彼女たちはそのような事を知る由は無く。しかし幸いなのは聞こえているのが私だけらしく、隣に座るネギとコノカの2人はマドカ達3人の様子を不思議そうに見ているだけだ。

 

 内心で溜息を付き、手元のドリンクをストローで飲み干しながら思う。

 まさかとは思ったけど、二股デートとはね。

 私もさっき似たような発想をしていたけど、先の噂の話といい、実際に他人……いや、学園の人間。それも3-Aの生徒からそんなふうに見られるとちょっとゾッとしなくもない。

 ―――けど、この3人をあの場で抑えられたのは幸運だったかも。

 記憶によれば確かネギが尾行を勘ぐったあの時点では、アスナへ一度目の電話を入れたばかりでまだあの“いいんちょ”に今日のこと(デート疑惑)を知られていない筈。

 もし、あのまま“いいんちょ”が3人組の言う二股デートなどという話を知ったら―――しかもコノカの言う噂を聞き及んで、その当事者である私がネギと一緒に出掛けているなどと耳にすれば……例えデートが誤解であっても絶対なにか一悶着が起きた筈。

 うん、先延ばし感が在るような気がしないでもないけど、妙な噂が広がっている間は出来る限り顔を合わせるのを避けるべきね。

 明後日には修学旅行という学園からの不在期間も在るし、旨くすればその間に噂やらも払拭されるかも知れないし。

 

 それにこのまま無事平穏に今日を乗り切るのは、原作と異なるけどネギの本来の目論見通り―――アスナの誕生日を当日に祝うことへ繋がる訳だし、悪い事ではないわよね。

 そんなことを思いながら、やや薄っすらと額に汗を浮かべるマドカを見て、いい加減に哀れに思えてきたので助け舟を出す事にする。

 

「まあ、いいんじゃない。それより私達が原宿(ここ)を訪れたのはプレゼントを買いに…という事らしいわ」

「ぷ、プレゼントって?」

 

 一見何気無いように言うサクラコ。けど、彼女にも額に薄い汗が見えたり、どもったりしている様を見ると、内心では藁を掴む思いで疑問を返しているのかも知れない。

 

「なんでも、ネギとコノカのルームメイト―――ああ、貴方達のクラスメイトでもあるのよね。そのカグラザカ アスナって人が明日、誕生日なんだそうよ」

「あー、そういえば!」

「それで一日、内緒にして欲しい…ってワケね」

 

 私の答えにサクラコはポンと手の平を打ち、ミサは自分達の追及が逸れた事への安堵か、それとも得心したからか笑みを見せて返事をする。

 それに「ええ、そうなんです」「そうなんよ~」とネギとコノカがそろって頷いた。

 そんなやり取りの隅で、ホッと安堵の溜息を吐いていたマドカが仲の良い友人2人に視線を向けて口を開く。

 

「それなら私達もソレに付き合わない?」

「いいわよ。ちょうど私もそう思ったところ」

「うん、私もいいよー」

 

 マドカの提案に同意するミサ、サクラコ。

 

「え…いいんですか?」

「いいわよ。修学旅行準備のついで…というのもアレだけど、クラスメイトのよしみ…私達も友達だしね」

 

 途惑う尋ねるネギに笑顔で答えるマドカ。ミサとサクラコもうんうんと頷く。

 こうして私達の買い物にチアリーダー3人組も加わる事と為った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「御利用、ありがとうございました。またの御来店をお待ちしておりま~す♪」

 

 食事を終え、女性店員―――ウェイトレスの挨拶を背に私達は店を後にする。

 そして店巡りを再開しようとした矢先、コノカのバックから携帯電話の着信音が鳴り響いた。

 

「あ、いいんちょからや」

 

 ―――え、なんで?

 手に取った携帯のディスプレイを見て発したコノカの言葉に思わず身体が硬直してしまう。 

 そんな私の様子にコノカは気付く事無く、着信ボタンを押して携帯を耳に当てる。

 

「もしもし、いいんちょ……え? 今、原宿やけど……うん、そやけど、……今から? ほんなら、待ちあ……って、切れてもーた」

 

 相手の声は聞こえなかったけれど、どうやら相手はあの“いいんちょ”に間違いないらしい。

 

「ど、どうしたのコノカ?」

 

 嫌な予感をしながらも私は尋ねる。

 それに切れた筈の携帯をまだ何か操作しながらコノカは答える。

 

「うん、いいんちょ―――ゆうてもイリヤちゃんには分からんよね。えっと…雪広 あやかっていう、ウチらのクラスの委員長さんで、ウチと明日菜の昔っからの友達なんやけど。その人が今からコッチ来るって」

 

 嫌な予感大当たり!

 これは歴史の修正力というヤツなのでしょうか? それとも運命…!?

 

「あ、もしかして、いいんちょさんも明日菜さんのプレゼントを買いに…」

「うん、そやなー、なんだかんだ言って、いいんちょも明日菜のこと大好きやしなー」

 

 内心で戦慄する私を余所に、暢気にそんな会話するネギとコノカ。

 そうだといいんだけど……でも絶対違うと思う。

 

「でも、途中で電話が切れてしもーた。合流場所もまだ決めてへんかったのに…」

「言い忘れたのでしょうか?」

「…そーおもて掛け直し取るんやけど、繋がらへんのや」

「なにそれ…?」

 

 携帯を耳に当てながら答えるコノカにミサが疑問の声を上げ、コノカが携帯を切るのを見ると自らも掛ける。

 

「……何でか、電源を切ってるみたいね」

「気付けば、向こうから掛けて来るんじゃない?」

 

 先のコノカと同様、耳に携帯を当てて答えるミサにマドカが言う。

 それに「そうですね」「そやね」とネギとコノカをはじめ皆が同意する。

 私としては、出来れば気付かずに延々と原宿を彷徨っていて欲しいんですけど……まあ、この分だと無理な願いよねぇ。

 

 その後、些か不安を抱く私の思いを別にし、原宿巡りと買い物は順調に進み。

 ネギとコノカはアスナのプレゼントとして、原作のオルゴールの他にペアの服を買い。

 3人組も―――

 ミサは「明日菜、こういうの疎そうだからね」と流行のお勧め化粧品を。

 サクラコは「プレゼントっていうのは、自分が贈られたら嬉しいものって言うしー」と可愛い猫の写真集(中古プレミア?)を。

 マドカは「アスナの趣味に合うか分からないけど、桜子と同じ意見かな…」と洋楽のCDをそれぞれ購入し、当初の目的―――修学旅行への買い物を行い。私達もそれに付き合った。

 またその最中に、お約束として男子禁制(精神的に)の領域にネギが強引に連れ込まれたり、私と共に着せ替え人形の如く様々な衣服を試着させられたり、何故か? それらの店の売り上げに貢献してしまったりしたけど……まあ、楽しく過ごせたと思う。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 買い物を終え、陽の傾きが大きくなった頃。

 朝から変わらず朗らかな笑みを浮かべているコノカと、「よし、このままカラオケにでも行こうかー」と未だテンションの高いミサ達の中……。

 

「ふう…」

 

 と、私の隣を歩くネギが独り気だるそうにして大きな溜息を吐いた。

 気付いた私は少し体を前屈みに傾けて、彼の顔を下から臨み込むようにして訊ねる。

 

「ネギ、疲れたの?」

「あっ…いや、そんなこと無いよイリヤ」

 

 女の子(一応外見は)の私に疲れたと思われたのが恥ずかしかったのか? それとも心配されたのが照れくさかったのか? 少し頬を赤らめて「ほら」と、腕を掲げてグッと拳を握る動作で元気だとアピールして強がるネギ。

 そんな歳相応に“男の子”を見せようとするネギを微笑ましく感じ、思わずクスッと頬が緩む。

 

「あ、何笑っているのさ」

 

 今度はムスッとし、ネギは顔を顰める。

 そんな彼に益々微笑ましさが増す。けど、ここはネギの“男の子”としてのプライドを尊重して立てることにする。

 

「ううん、別に、…私はもう足が棒みたいで、すっかりくたびれているのに。さすが男の子だなぁ、と思ってね」

「そ、そうかな。うん、イリヤは女の子だもんね…大丈夫なの?」

「そうね、少し休みたいわね」

 

 私の煽てにまた頬を赤らめて照れたように応じるも、心配そうに私を窺うネギ。

 それに私は正直に答えた。この身体(イリヤ)に成ってからこれほど歩いたのは初めてなのだ。「棒のみたいに~」というのも本当でもう足の裏だとか、脹脛だとかが、今結構痛かったりする。

 どうやら、イリヤスフィール(この身体)は余り運動に向いていないらしい。

 

「ほんなら、ちょっと静かなところ探して休んでこか、…円たちも、ええ?」

 

 そんな私達の様子に気付き、見ていたコノカが提案して三人組に伺う。

 

「うん、いいよ」

「イリヤちゃん、大丈夫ー?」

 

 3人を代表して同意するマドカと私を気遣うサクラコ。

 

「じゃあ、私、何か飲み物買ってくるよ」 

 

 そして自販機を探しにいくミサ。

 

「美砂、私も付き合う。この人数分は一人じゃ持っていくの大変だから」 

 

 するとマドカもミサに続き、その後を追った。

 

 

 

 そうして人気の無い広場に着き、短い階段をちょっとした椅子代わりにして私達は座り込んだ。

 

「――ふう」

 

 先程のネギのように思わず息が漏れ、自身の疲労の具合を自覚してしまう。

 少し訂正―――運動に向いてない…というよりも、すっかり子供の体力みたいね。これは…。しっかりと魔力で水増しして置くんだった。

 そう思いつつミサには悪いけど、折角買って来てくれた飲み物に手を付けず。私は痛む足首や脹脛を揉み解すことに専念する。

 

「イリヤ、大丈夫?」

 

 そんな私の様子を見て気遣うネギだけど、その彼もまた身体の上半身がフラフラしている。

 

「そういうネギ君こそ、大丈夫なのー?」

「ふふっ、フラフラしとるえ、ネギ君」

 

 とりあえず、気遣ってくるネギに頷くと私が言うよりも早く、サクラコとコノカがフラフラと疲労を隠せないネギを微笑ましそうに気遣い指摘した。

 ネギは「あ…」と少し慌てた様子で背筋を伸ばし、周囲へ視線を泳がせて誤魔化すようにして言う。

 

「いや――その…でも、今日は東京も見れたし、楽しかったです」

 

 しかしそれは強がりだったのか、程無くしてネギは座ったままコクリコクリと舟を漕ぎながら眠り始めた。

 

「あははー、歩き疲れて寝ちゃうなんて」

「やっぱり、子供だね」

 

 そのネギの様子にクスッと頬を緩ませるサクラコとマドカ。私も疲労を忘れて頬が緩む―――途端、グラリ…と私の膝の上に影が被さった。

 ……と同時に重みも感じる。

 

「へ?」

 

 思わず間の抜けた声を零して視線を落とすと。

 私の膝の上に今ほどまで隣にあった筈のネギの顔が在る。

 

「ちょっ――!?」

「ああーー! 膝枕ーー!!」

 

 私が驚きの声を上げ切る前に、サクラコが大声で叫ぶ。

 

(しーっ)

 

 それを咎めるようにコノカが口元に人差し指を当てて、静かにというジェスチャーをする。

 慌てて両手で塞いで口を噤むサクラコ。

 それが功をそうしたという訳ではないと思うけど、変わらず私の膝の上でスヤスヤと寝息を立てるネギ。

 ―――そして、硬直したように動けずにいる私。

 

 ……えっと…どうしよう? 何この展開…?

 コレってコノカの役目だったわよね。

 確かにネギの隣に私は座っている―――というかネギが私の隣に座ったんだけど…けど、もう片側にはコノカも座っているのに……何これは?

 思わぬ展開に対応できず半ば呆然としてしまう。

 

「夕暮れ時、静かな公園で憩いの一時を過ごす美少女と美少年かぁ……いやー、なかなか絵になる光景ね。これは」

 

 イッ?

 ナニイッテルンデスカ? コノヒトハ…。

 私はギギッと錆びた機械の如く、不穏な言葉を発した主であるミサの方に首を振り向ける。

 彼女の顔はイヤラシイまでにニヤニヤと唇が歪んでいる。いかにも碌でもない事を考えてます、という表情。

 

「ねえ、イリヤちゃん。“友達”っていうけど、実際ホントの所どうなのよ? 新学期…ネギ君が正式に先生として働き始めた翌週には、麻帆良のトップである学園長から直々学園に招かれたってゆうし、何か関係があるんじゃない?」

 

 オーケー…予想通りだけど、予想外な質問ね。なんか恋人っていう話を飛び越してない?

 さて、こんな弛んだネジなぶっ飛んだ思考をするイマドキ娘のネジを締め直すには、どんな言葉を返してやるべきかしら?

 

「そういえば、ネギ君には“実は王子様でパートナーを探しに来た”っていう噂も在ったよね。…って、それじゃあ! イリヤちゃんはもしかしてお姫様とか!?」

 

 サクラコ…お前もか!

 というかコノカも興味津々っていう瞳で私の方を見ているし……今またサクラコの声、結構大きかったわよ。注意しなくて良いの?

 …はあ、まったく本当に何でこんな展開になってるんだか。

 

「ネギとの噂の事はコノカから聞いているけど、それは完璧に誤解よ。ミサとサクラコも可笑しな憶測をしないで」

「え~~、でも…ねぇ」

「うん」

「ネギ君とイリヤちゃん。2人ともお似合いやと思うけどな~」

 

 ―――くっ…!

 否定するもミサが煽るような口調と視線を皆に向け。見事にそれに同調するサクラコとコノカ。

 不味いわね。このまま放って置くと噂が妙な方向に拡大しかねない。どうしたものかしら? ムキになって否定するのも逆効果になるだろうし…ここは―――

 

「はあ……まあ、貴方達がどう思おうと自由だけど、とにかく余り変に吹聴しないでよね。ネギにしろ、私にしろ、妙な噂を流されると迷惑なんだから」

 

 とりあえずこうして過剰に反応せず、冷静に釘を打って置くしかないかな。……効果は余り期待できないけど。

 しかし、ミサは私のそんな反応が面白くないからか、しつこく喰い付いて来る。

 

「む、…じゃあ、そうしてネギ君を膝枕している感触はどう? こうなにか胸にグッと――」

「―――はいそこまで。……美砂、いい加減にしなよ。静かにしてないとネギ君が起きるよ」

 

 言葉通りいい加減見兼ねたのだろう。マドカが少し語気を強めてミサを嗜める。

 そんなマドカに気圧されたのか? それともミサ自身も調子に乗っていたことを自覚したのか? 「う…ゴメン」と素直に謝る。

 

 …やれやれ、マドカには感謝ね。

 

 そう思い視線をマドカに向けると彼女と視線が合い、アイコンタクトというべきか、その意味を察した様子で「気にしないで」という感じで苦笑した目線を返してきた。

 それに―――成程、苦労しているのね。

 と、恐らく3人の中ではストッパー役であろうマドカに同情めいた感慨を懐くのだった。

 

 

 

 眠ってしまったネギの為か、沈黙が私達の間に漂い。夕暮れ近い赤みを帯びつつある日差しの中、小鳥のさえずりだけが耳に入る。

 ネギはすっかり寝入り、私の膝の上でスヤスヤと健やかな寝息を立てて子供らしい無垢な寝顔を見せている。

 そんな無防備な姿は、まるで親猫に寄り添って眠る子猫を連想させる……だからか、無断で私の足を膝枕にして一寸した迷惑を起こした事も不快とは思えず、責める気もすっかり失せてしまった。

 そんな無垢なネギの寝顔に心の機微を覚えたのは私だけではなかったらしく、コノカが沈黙を破って口を開いた。

 

「ふふっ…新学期から少しは凛々しゅうなった思うてたけど。寝顔はやっぱ子供やな、ネギ君」

 

 そう微笑ましそうに独り語る。

 

「凛々しい…か、ネギは教職をしっかりこなせているのね」

 

 コノカに続いて私も口を開いた。

 原作では余り授業や仕事の様子など描かれていなかったので、どのようにネギが教職を行なっているのか今一イメージできない。

 この世界でも学園で私と話す時は、すっかり歳相応の少年に成っているのもその要因だ。

 そんな私の疑問に答えるかのようにコノカ、マドカ、ミサ、サクラコはそれぞれに言う。

 

「うん、がんばっとるよぉ」

「授業も分かりやすいしね」

「そうそう、十歳とは思えないわよね」

「それに、二年の最後の期末は学年トップだったしねー」

 

 絵空事(マンガ)ではなく、事実(げんじつ)として聞く3人の言葉に私は何ともいえない実感を覚える。

 それは、この四日間で幾度も懐いた感覚。

 絵空事(マンガ)現実(リアル)とのギャップ―――そう“此処”が確かな現実で、彼らの“生きている世界”であるという事への戸惑い。

 これまで“原作”という言葉を用いた表現―――そして恐らくこれからも用いるだろうけど―――しかし、“此処”は決して……誰かに描かれた物語の中では無い。

 だから―――

 

「そう、偉いのねネギは…」

 

 気付けば、眠るネギの顔を見、呟いて無意識に彼の頭を撫でていた。その手に柔らかな髪の感触を覚え、今更ながら自分の膝に彼の体温を感じていることを事実に気付く。

 なんだかね、と。

 漫然と自分に呆れた。

 ただ、正直このとき。私はどんな気持ちを懐いていたのか……明確には理解していなかった。まあ、だからこそ無意識での行動であり、呟きだったのだろう。

 

 

 私の呟きに三人組が頷いている気配を感じ、コノカも私の隣で頷いてネギの頬に手を伸ばす。

 

「そやね。…だから、そんな頑張っとるのに今日はちょっと無理をさせてもーたかな?」

 

 私がその言葉を聞き―――あ…不味い、と原作でのことを思い出した時にはもう遅かった。

 

「疲れよ、飛んでけー」

 

 止める間も無く、既にコノカは人差し指を立てて手を振っており、「なんてな」などと言いながらも半ば本気であったのだろう。

 茶目っ気の積もりで行なった行為であろうと、身に秘めた魔法資質がその“意”を汲み取り、僅かに一瞬、振るった指先に柔らかい光が灯る。

 

 原作と同様の展開なんだろうけど、悪い事にコソコソと遠巻きに見ていたのと違い、3人組はそれを間近で見ている。

 実際、3人の方を見ると一様にギョッとした顔をしている。

 しかしまだ誤魔化し様が無い訳ではない。

 

「ねえ…今――」

「見つけましたわーーー!!」

 

 マドカが口を開き、私は予想される言葉への返事を思い浮かべた時―――マドカの声を遮って遠くから大きな声が響いた。

 その声は明らかに此方を指向しており、視線を転じると西日の差す方角から2人の人影が走って近付いて来るのが見えた。

 

 …………それが誰か判り、頭痛を覚える。

 ―――そうだった。すっかり忘れてた…というか油断していたわ。

 

「いいんちょ?」

「あ、ホントだ」

 

 マドカとミサが言う。

 そう一人はあの“いいんちょ”ことアヤカ。で、もう一人は……。

 

「明日菜もいるよ」

「え…何で?」

 

 サクラコの出した名前にマドカから疑問気な声が零れた。

 ホントなんでだろう。やっぱり修正力かしら?

 

「……もしかして、バレたんやろか?」

 

 コノカは何か危惧しているけど、多分違うわよ。声に出して言わないがそう確信する。

 そうしている間にも徐々に二つの人影との距離は縮まって行き―――

 

「木乃香さ――ッ…ぶっ!!」

 

 人影の片方―――金髪の女性が私の方を見た途端、いきなり噴き出した。

 見様によっては私に失礼な態度ともいえないけど…これは私の方が迂闊よね。さっさとネギを起こすべきだったわ。

 

「あ、あああなた…」

 

 ぷるぷると全身を振るわせ、私を指差す金髪の女性―――アヤカ。

 

「―――…一体、何処の誰ですの! ネギ先生を膝枕など……など…わた、私がしたいですわ!!」

 

 と、悲鳴か怒号の如く大声で叫ぶ―――というよりも魂の嗚咽ね、これは。

 ボンヤリとそう他人事のように思う……要するに現実逃避である。

 

「いいんちょ、落ち着きなさいって」

 

 今にでも飛び掛って来そうなアヤカを宥めるツインな頭の女性……まあ、アスナなんだけど、朝にコノカから写真を見せて貰ってるし、学園でもチラホラと見掛けているからある意味初見ではないし。

 そこにコノカが割って入り、少し不安げな表情でアスナに尋ねる。

 

「アスナ、どうして此処に来たん?」

「え? それはいいんちょに無理矢理―――」

「ん―――……」

 

 コノカがアスナに尋ねる最中、騒がしくした為か、私の膝の上でネギが身動いで瞳を薄っすらと開ける。

 その薄っすらとした視線と眼が合い、何気無く私は口を開く。

 

「おはよ、ネギ」

「あ、お…はよう、イリ―――ヤ!?」

 

 寝惚け眼でネギは挨拶に応じるも、直ぐにハッとし私の膝から身を起こす。

 

「ご、ゴメン、イリヤ」

 

 顔を赤くして膝枕の事を謝っているらしいネギ。

 まあ、それはさっきも思ったけど、もうそれ程謝る事ではないんだけど…それより―――

 

「ネギ先生から離れなさ~い!」

「え!? いいんちょさ―――わ…うぷ!?」

 

 アヤカがこの場に居る事に驚くと同時に、ガバッとネギがその“いいんちょさん”に腕から引き込まれ、彼女の胸の中に顔を埋める。

 ―――それより、もっと周りに気を配ったほうが…と言いたかったんだけど、遅かったわね。

 というか、私の膝の上から今度はアヤカの胸の中とは……やっぱり、そういう星の下に生まれたと言う事かしら? 男性なら羨ましい限りの状態だけど当人は苦しいのか逃れようともがいている。

 

「ちょ…どうして、いいんちょさんが?…って、明日菜さんまで!?」

 

 もがきながらネギはアヤカに問い掛けるが…途中、視界にアスナの姿を収めたらしく彼女の名前が出てくる。

 

「どうしたも、こうしたもありません! 明日菜さん達から木乃香さんと出掛けたと聞いて―――先生と生徒が……2人っきり…で、デートなんて! 例え神と学園長が許したとしても! 3-Aクラス委員長であるこの私は許しません!!」

「え~~~!!?」

 

 ガーーと勢い良く捲し立てるアヤカに盛大に驚くネギ。

 対して私は冷静にこの状況へ至った理由にある種の納得…というか、推測が出来た。

 

 元々アスナは今日、ネギとコノカが出掛ける事自体は知っていた訳で……恐らく単純にそれを第三者に話したのだろう。

 そう、ネギとアスナとコノカはルームメイトであり、3人でセットのようなもの。

 それが休日に一緒に居る姿を見かけなければ、多分誰かしら「今日一人なの?」「あれ…木乃香は?」「ネギ君は一緒じゃないの?」とそんな感じで尋ねる事は容易に想像できる。

 そしてアスナがそれに答え、そこに運悪くアヤカが居合わせた、といった所だろう。

 「明日菜さん“達”から~」という言葉からも確実にそうね……多分に誤解を含んでそうだけど。

 ―――となると第三者はアサクラかハルナ辺りかしら?

 そんな事を考えていると、アヤカの勘違いを解く為にネギは弁明する。しかし咄嗟である為に余計な事を口に仕掛け、

 

「で、デートだなんて、そんな…ご、誤解ですよ~! 今日、僕達は明日菜さんの―――もがっ」

「―――ばっ…バカ! 何口走っているのよ!」

「な!?」

 

 あ…迂闊。

 折角のプレゼント計画を自分でバラそうとするネギに思わず慌ててその口を塞いだ…けど。

 途端、その勢いでネギの身体がアヤカから離れ……彼女の顔が般若に染まった。

 ―――本当に迂闊…今の行動って、アヤカが胸に抱くネギを私が取り上げたようにも見えるわよねぇ…。

 

「―――貴方…本当にどなたですの? わたくしからネギ先生を引き剥がし、あまつさえ抱擁を交わすなんて…」

 

 怒りの表情で私を睨み、ジリジリと間合いを計るようにして躙り寄ってくるアヤカ。

 いやいやいや…抱擁なんて交わしてないから! どんな目をしてるのよこの人…!?

 冷や汗を流しながらジリジリと迫る彼女に合わせて私もジリジリと後退する。

 

「ネギ先生を放しな―――」

「―――だから落ち着きなさいって!」

 

 ダッと足を力強く踏み、飛び掛ろうとしたアヤカをアスナが羽交い絞める。

 それにバタバタと手足を振って抵抗するアヤカ。

 

「は、放しなさい明日菜さん!」

「うるさいっ!…っ、アンタも何時までネギを抱え―――口を塞いでんのよ! 鼻まで塞がって、窒息するわよ!」

 

 あ…。

 指摘され、慌ててネギを解放する。

 

「ぶはっ!…し、死ぬかと思った…」

「ご、ゴメン」

 

 ぜーぜーと膝を突いて呼吸を整えるネギに反射的に謝る。

 そんな私達を尻目にアヤカを抑えるアスナに再びコノカが尋ねる。

 

「そ、それで、明日菜…何でここにおるん」

「あー、だから、いいんちょに無理矢理連れて来られたんだって―――」

「―――明日菜さん! いい加減に放しなさいっ!」

 

 コノカに応じようとするアスナの腕の中でアヤカが叫び、拘束を抜けようと抵抗を強める。その瞬間、アスナも眉と目を釣り上げて叫ぶ。

 

「…このっ! アンタこそいい加減に落ち着けぇーーっ!!」

 

 ゴッ!! と硬い物がぶつかり合う小気味良い鈍い音が周囲に響いた。

 一向に落ち着きを見せず、抵抗を強くする一方のアヤカを煩わしくなったアスナが羽交い絞めた状態のまま、彼女の後頭部に目掛けてヘッドバット―――頭突きを咬ましたのだ。

 余程の威力だったのか? 悲鳴を上げる間も無くアヤカは無言で崩れ落ちた。

 うわぁ…死んだんじゃない? そう一瞬思ったけど、ピクピクと打ち上げられた魚のように痙攣しているのでどうやら生きているらしい。

 いや…これはこれで非常に危ない状態に見えるけど。

 

「―――なんか、朝倉と木乃香達が出掛けた事を話してたら、そこにいいんちょが通り掛って話に加わったんだけどね……まあ、なんていうか。いいんちょがさっき言ってた通り、勘違いしてさー」

 

 ふう…と溜息を付き、アスナは昏倒し痙攣するアヤカを放置してコノカに向き合い話し始めた。

 ……結構良い根性してるわねアスナ。それとも“慣れ”なのかしら? まあ、助かったけど。

 アヤカにしても、ネギが「あわわ、大丈夫ですか! いいんちょさん!」と介抱しているし、役得だから悪い事じゃない…かな?

 

 

 

 ◇

 

 

 

 で、アスナのコノカに話す内容を聞くと、ほぼ私の予想通りだった。

 

(アスナにバレたわけじゃないのね)

(話を聞く限り、そうみたい)

(よかったね~、ネギ君)

(はい!)

 

 アヤカを介抱しつつ、ネギがマドカたちとヒソヒソと話す。

 

(アサクラって言う人が原因みたいね)

 

 私も話の輪に加わる。

 

(う~ん、朝倉か)

(分かるわねぇ)

(あはは、朝倉、パパラッチ娘だからねー)

(ぱ、パパラッチですか)

 

 マドカ、ミサ、サクラコの順で3人が苦笑し、ネギがむうと唸る。

 どうもその娘も原作同様の子らしい。在ること無いこと…いえ、この場合は無いことばかりをアヤカに吹き込んだというべきね。

 

(傍迷惑な話ね…もしかして、私とネギの妙な噂の出所もその人なのかしら?)

(確かにありえそうだけど…どうかな?)

(私は確か…鳴滝姉妹から聞いたけど)

(私は美砂からだから、円もそうなんじゃない?)

 

 何気無く、それでも一応少し探る積もりで聞いたけど、これでやはり少なくともクラス全体には広がっているらしい事が窺えた。

 そうなると…

 

(そこでノビてるアヤカって人も知ってる訳よね。なんだか、ネギに対して物凄い反応を示してたけど)

(あはは…いいんちょ、ショタコンだから)

(なるほど、そういう特殊な趣味の持ち主なのね)

 

 知ってはいたけど、答えてくれたサクラコに一応頷いておく。

 

「ところで、柿崎達が居るのも意外だったけど…その外国の子は誰なの?」

 

 コノカと一通り話し終えたらしく、アスナはそう言いながら私に視線を向けた。

 「あー、この子はな――」と答えようとするコノカを制し、一度お辞儀をして私は社交的な笑みを浮かべて自己紹介する。

 

「初めまして、私はイリヤスフィール・フォン・アイツベルンと申します。貴女の親友であるコノカさんの祖父、学園長で在らせられる近衛 近右衛門様の御好意で麻帆良学園に招かれた客分です」

「え…えっと、あの、どうも、ご丁寧に…私は神楽坂 明日菜……です」

 

 外見上、子供な私の丁寧な挨拶に虚を突かれたらしく、面食らったようだけどアスナは戸惑いながらも何とか挨拶を返した。

 

「ええ、スプリングフィールド教諭から貴女の事はとても優しい方だと、よくお話を伺っております。これから宜しくお願いしますねアスナさん」

「へ? そんな優しい……じゃなくて、その…い、いえ、こちらこそ宜しくお願いしますイリヤスフィールさん」

「貴女の方が年上なのですから、そんな畏まらず…名前も気軽にイリヤと呼んで下さい」

 

 優しいと言われたのが効いたのか、顔を少し赤くにして受け答えるアスナに淑やかに宥めるように言葉を掛けた。

 そんなやり取りの後ろでミサが「私達の時とえらく対応違くない?」と、ぼやいていた。

 私は視線を転じ、

 

「あら、あの時は挙動不審な行動を取っていた貴女達に合わせただけよ。それとも今からでも―――このように貴女達とお話させて頂いた方が宜しいでしょうかミサさん?」

「ウッ…! ……なんか今、ゾクッと悪寒がしたから今までどおりでいい…っていうかお願い!」

 

 にっこりと天使の如く微笑む私にミサは顔を顰めてそう言う。

 む…これはこれで失礼ね。一応、コノカに自己紹介した時もこんな感じだったのだけど。…まあ、もう少し優しく微笑んではいた気はするけど。

 

「あー…私の方も出来たら、もう少し普通に話してくれた方が…じゃなくて…えっと、話してくれませんか。なんていうか…そのとても話し難いですから…」

 

 アスナもミサのように少し顔を顰めてそのように言う。コノカもそれに同意して頷く。

 

「そうやね、ネギ君も随分丁寧にしゃべるけど、イリヤちゃんの場合はなんか高貴ってゆうかー、気品が在るゆうかー…コッチが畏まってしまう感じがするしな」

「そう?」

 

 コノカの言いように首を傾げる。今一自分では分からない。

 確かに本来のこの身体の持ち主こと…イリヤスフィールは、お姫様と言っても良いほどの貴族だけど、私は本人ではないし、寧ろ私の方こそコノカの柔らかな物腰や言動に何処となく品の高さを覚える。

 ついでにいえば、アスナは気品云々以前にそれこそ本物のお姫様……まあ、こちらは記憶を失ってる訳だから、言うだけ意味は無いのかも知れないけど。

 

「わかりました。そう仰られるのであれば、アスナさんのお言葉に甘えさせて頂きます―――それじゃあ、改めて宜しく、アスナ」

 

 脇に逸れつつあった思考を戻し、私は改めて挨拶する。アスナもそれに応えて笑みを浮かべ、

 

「うん、よろしくイリヤちゃん」

 

 挨拶を返す。なかなか優しい声色だった。

 アスナは子供嫌いという話だった筈だけど…どうやら私の第一印象はそれ程悪いものではないようだ。

 

「ふふ…そういえば朝もウチとこないなやり取りをしとったな」

 

 朝の事を思い出したらしくそうクスクスと笑うコノカ。

 その後、私がその直前である初対面時のコノカの暴走めいた行動を若干揶揄を込めて口にした為、アスナとマドカ達の興味を惹き、詳しく話す事と成った。

 コノカには恥ずかしい思いをさせて悪かったけど、お蔭でネギの口走り掛けた事が話題に上がる事を避けられたように思えた。

 

 まあ……更にその後―――アヤカが目を覚まし、今日出掛けた事(デート疑惑)への追及やら噂に関する誤解とそれを解く説明。そして私に対する妙な対抗意識やら宣戦布告めいた宣誓やら…と。一悶着…いえ、三悶着ほどあったけど。

 ネギのプレゼント計画をアスナ本人には知られず―――アヤカには明かす事になったけど―――何とか無事にその日を乗り越えられた。

 

 ―――けど。

 

「―――明日は盛大に祝いましょう」

 

 というアヤカの言葉を切欠に、私は済し崩し的に翌日のアスナの誕生日祝いパーティに強制参加させられる事となった。

 

 ……どうやらこれからは平穏ながらも騒々しい日々を過ごす事に成りそうね。

 

 そう思わせる一日だった。

 

 

 


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