麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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前回から結構時間が飛んでます。


第23話―――新たなる日常。その始まり

 

 

「え、私達のクラスに編入生ですか?」

「それでネギ先生は今日…」

「うん、だからアイツは先に学校へ行ってるの。なんか急に決まったらしくて、ネギも昨日知らされたばかりとか…」

 

 登校の時間、夕映とのどかと珍しく一緒に成った明日菜は、そう彼女達の疑問に答えていた。

 

「こんな時期にとは、何ともおかしな話ですね」

「せやね、先週テストがあったばっかりやし」

 

 そう相槌を打ったのは何時も明日菜と登校を共にしている刹那と木乃香だ。

 二人の言う通り、中間テストも過ぎたこの半端な時期に転校生とは奇妙な話しだった。その所為か、二人の声色には微妙な緊張が含まれていた。

 何しろ、あんなゴタゴタが在ったばかりなのだ。“本国”から何か干渉が在っての事ではないかとの疑惑があった。特に木乃香にしてみれば、急な決定で且つ“ネギと明日菜の居るクラス(3-A)”というのは尚更そう思わせる物だ。

 片やそういった機密(トップシークレット)を知らない刹那にしても“本国”と魔法協会の隔意と確執は理解している。況してやあの噂―――“西”の大戦への派兵に纏わる陰謀が事実だと知っていれば尚の事に。

 とはいえ、

 

「まあ、でも確かに珍しいけど、まったくあり得へんって事でもないと思うし……ネギ君にお爺ちゃんの連絡が遅れたんもここん所、忙しかった所為やろうし」

 

 木乃香は杞憂だとでも言うように自らの懸念を考え過ぎだと振り払った。

 もし情報が洩れたとしても、実際、動くにはまだ時間が掛かる筈だ。“ゲート”の開閉周期の事もある。

 第一、明日菜やヘルマンの事が簡単に外部に流出するとは思えない。それらの重大事項を知る人間は木乃香から見ても信用できる者達だけなのだ。

 それによくよく考えてみると、学園に干渉出来る明確な口実が無い……と言うか弱い。

 明日菜とヘルマンに関わる件は“本国”としても表沙汰に出来ない事であり、万人を納得させる表向きの口実には使い難い。仮に使えるとしたら鉄壁を誇る筈の学園都市への襲撃事実そのものだろうが……―――それだけなら協会の自治の範囲、内政干渉で拒否できる案件だ。

 勿論、口実など必要としない裏方専門の部隊なり、工作機関なり、人員を動かすのならまた話は別だが……それなら表立ったクラス編入という凝った手段は使わないだろう。協会の警戒を無駄に煽るだけだ。

 

「……うん」

 

 木乃香は独り納得すると、頷く。

 それを見た刹那も何となくそれに追従して首肯した。政治には疎い為、自分よりも聡い木乃香が納得を示したことで取り敢えず問題は無いと判断したのだ。

 そんな二人の様子に明日菜とのどかは不思議そうな顔をし、夕映は若干訝しげな表情を見せていた。

 

 そして、話題を変えるように木乃香が「どんな子が来るんやろなぁ」と口にした事で普段の和気藹々とした雰囲気に戻り、それぞれ勝手な予想と言うか、妄想を交えながら明日菜達は通学路を進んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 明日菜達が新たな生徒がどういった人物か想像を巡らせながら登校している一方、その生徒と顔を会わせたネギはというと、

 

「―――えっ!…え、ええっ!?」

 

 驚愕の余り叫び、固まっていた。

 

「え? え?……どうして?」

 

 口をパクパクさせながらも何とか疑問の言葉を口に出すネギ。だが、

 

「うむ、そういう訳じゃから彼女達には君のクラスに入って貰う」

 

 一体何がそういう訳なのか、近右衛門の説明が耳を素通りしたネギには判らなかった。

 その為、「え、いや…」と再度ネギが尋ねようとするが、

 

「ええ、そういう事だからこれから宜しくね」

「よろしくお願いします! ネギ先生!」

 

 と。にこやかに言う小柄な彼女と、溌剌と元気よくお辞儀しながら言う少女にネギは戸惑いながらも、

 

「こ、こちらこそ、よ、宜しく…お願いします」

 

 そう、お辞儀して答えるしかなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 明日菜は教室の扉を開くと……その目に入った光景に戸惑った。一緒に登校していた背後から続く友人達もそれを見て、一様に表情を困惑させた。

 

「な、何してるですか? ハルナ」

 

 そう呟いたのは夕映だ。

 珍しくいそいそと、自分とのどかを置いて先に出掛けて行った友人の、クラスメイト達にしていること―――制服から…なんというか、メイド服のような物への着替えを手伝っている姿を見て、夕映は明日菜と同様にやはり困惑した表情を張り付かせている。

 それに「え、見て判らない?」と逆に尋ねるハルナ。

 

「ほら、私達のクラスってまだ出し物が決まってないじゃない」

「あ、学祭のですか?」

 

 ハルナの言葉に思い当たることが浮かび、困惑は消えないものの取り敢えず夕映は頷いた。

 

「そうそう、それで朝早く集まったクラスメイト達と相談して、メイドカフェが良いんじゃないかって決まったのよ」

「え? 決まっちゃったの!?」

 

 ハルナの続く言葉にのどかが驚く。

 確かに3-Aの生徒達は殆どが部活をしており、朝早くから練習やらミーティングなどを行う部に所属しているクラスメイトの数は少なくない。だからそれら朝の部活を終えた生徒達が逸早く教室を訪れる事はある。

 そういった事情の生徒も含め、今此処にいる面々の賛同を取り付けたのならば、確かにクラスの過半数を超える事には成る。いや…それ以前にメイドカフェなる案に、無条件に賛成しそうな面子で構成されているのが3-Aというクラスだ。

 それを思うと確かに決まったも同然であり、ハルナの言葉に間違いは無いのかも知れない。

 明日菜もそう思ったのだろう。溜息を吐きながら仕方なさそうに頷くも、それでも晴れない疑問があるので、ハルナに尋ねる。

 

「はあ、何となく事情は分かった。けど、それでどうして今着替えてる訳? それにだいたい何処から…いつの間にメイド服なんて取り寄せたのよ」

 

 そう、今朝決まったばかりならそれは今後用意しなければいけない物なのだ。だというのに既にあるというのはどういう事なのか? 前もって用意していたとしか思えない。

 ハルナがいそいそと出掛けたのを聞いている事もあって、明日菜は疑わし気に3-A騒動屋の一角である彼女を厳しく見据える。

 が―――

 

「―――ふ、このわたくしが居るというのに、そんな事も判らないなんて相変わらず頭がお猿さんですわね、明日菜さん。流石、中間テストで我がクラス最下位を取っただけの事はありますわ」

 

 その声…言葉を聞いて、明日菜はこめかみにピキッと奔るものを感じながらも理解する。ああ、そうかこの馬鹿(コイツ)の所為か…と。そして見る。

 

 ―――バカと金持ちは使いよう。

 

 とでも言そうな、新世界を築こうとした某少年…或いは青年のような笑みを浮かべるハルナの顔を。

 それを見て明日菜は爆発しそうになった怒りが鎮まるのを覚えた。良いように使われてるわね…と、あやかに僅かに憐れんだ気持ちが芽生えたのだ。

 その為、明日菜の怒りが向けられない事もあってか、あやかは調子付いたように言葉を続ける。

 

「正直、メイドカフェというものがどのようなものかは判りませんが、皆様たっての希望です。この雪広あやか、3-Aの学級委員長として精一杯…―――いえ、ネギ先生の為にも、先生のクラスに恥じない! まさしくこれぞ麻帆良祭に相応しいと! 相応しかったと! 子々孫々まで語り継がれるような立派な出し物に仕立てる為! 命を賭して奮闘させて貰う所存です!!」

 

 グッと拳を力強く握り締めて翳し、長い金髪を振り回すようにして仁王立ち、その瞳の中と背景に燃え盛る炎が映りそうな意気込みであやかは言った。

 

「―――……うわぁ」

 

 明日菜はそんなあやかの姿にドン引きする。夕映やのどかなどの他のクラスメイトの大半がそうだが……ほんの一部、ハルナや裕奈といったあやかを煽った生徒達は不敵な笑みを益々深めていた。

 

 ―――計画通り…!

 

 と、言い出しかねない雰囲気を醸し出しながら。

 

 

 

 そのような騒ぎが続き、分刻みでクラスメイト達の数も増え、より騒がしくなって―――暫く、教室に担任教師たるネギが姿を見せた。

 

「おはようございます―――わああっ!? な、何ですかこれは!?」

 

 当然のことながらメイド服を纏う生徒の姿や教室に持ち込まれたソファーやらテーブルなどの備品の他、数多の飲み物の存在にネギは驚く。

 

「「「いらっしゃいませー、ようこそ、3-Aメイドカフェ、“アルビオーニス”へ!!」」」

 

 ネギの驚きも余所に、あやかを筆頭とした生徒達はそんな事を平然とのたまった。

 

「3-Aの出し物がメイドカフェに決まりましたの」

「ウチの学校、お金儲けして良いからね」

「お小遣い稼ぐならこれだよ!」

 

 驚きから抜け出せないネギの様子に構わず生徒達は口々にそう言う。

 そしてネギが教室を訪れるまでに、出し物に関する話題でテンションが高まっていたのか、桜子と美砂を始めとした幾人かがネギの腕をやや乱暴に取った。

 

「そうだ! ネギ君、お客第一号になってよ」

「練習、練習―――っ」

 

 突然そんなこと言い。あやかが調達した思われるソファーの方へネギを引っ張り込もうとする―――が、何時もの彼なら此処で流されていただろう。しかし、今しがた入って来た教室のドアの向こうから感じる気配……いや、向けられる視線が気に掛かって、額に汗を浮かべて焦り、

 

「ま、待って下さい! 出し物が決まったというのも初耳ですけど……皆さんそれより今はHRの時間ですよ」

 

 取られた腕を振り払って、何とかそう生徒達に告げる。

 

「え~~、そんなこと言わないでさぁ。たっぷりサービスするからお客役やってよぉ」

「そうそう、お姉さんがたっぷりと楽しませて上げるから、ね」

 

 不満そうに言いながらも桜子は似合わない“しな”を作って色気をアピールし、美砂は慣れた様子でウインクしながらそれに続く。

 ネギは迫る二人に思わず後ずさるも、かぶりを振って先生らしく叱り付けるように言う。

 

「駄目です! 椎名さん、柿崎さん、変な風に言わないで…!―――他の皆さんももう席に着いて下さい! それに今日は新しいクラスメイトが入るんですから、その紹介もあるんです」

 

 そう、本人は精一杯言っているのであろうが、やはりどこか子供っぽさは抜けない。だがネギの言葉の中にある……つまり新しいクラスメイトという言葉は、騒動好きの彼の生徒達の琴線に触れるものがあったのだろう。

 

「え? もしかして転校生っ!?」

「こんな時期に…?」

「どんな子なの!」

「男の子? 女の子?」

「女子に決まってるでしょうが!」

 

 瞬く間に学祭の事は彼女達の頭から吹き飛び……でもやはり静かにはならず、別の意味で教室は騒がしくなる。

 ネギは、詰め寄らんばかりに質問をぶつけて来る生徒達に半ば辟易しながら、それでも落ち着かせようと声を張り上げる。

 

「皆さん、とにかく席に着いて下さい! 今紹介しますから!」

 

 そうして暫く……2分ほど経過して教室は落ち着きを見せる。しかも何故かあった筈のソファーやらテーブルなどの備品を始め、ドリンク類なども何時の間にか片付けられていた。

 おそらく楓や茶々丸あたりの仕業だろう。流石に服を着替える時間までは無かったが。

 

「ええ…コホン。では出席は―――まあ、全員居るようですし、時間も惜しいですから省略するとして……入って来て下さい」

 

 気を取り直すように咳払いし、教室を一度見渡してからネギはそう扉の向こうに声を掛けた。

 カラリッと静かな音を立てて扉が開かれ、麻帆良女子中の制服を着た二人の人物が入ってくる。途端―――

 

「え…?」

 

 と、幾人かの声が重なった。

 

「皆さん、えっと…初めまして、相坂 さよと言います。よろしくお願いします」

 

 一人がそう皆に挨拶をしてぺこりと頭を下げる。しかし席に着いた生徒達の大部分は彼女に視線を向けていなかった。

 無論、見知らぬ新たなクラスメイトである彼女―――さよも稀有で整った容貌な事もあって、十分注目に値する人物ではあるのだが、もう一人……小柄な彼女がこのクラスに来た事の方が驚きであり、注目すべき事だった。

 その少女がさよに続き、

 

「皆さん、初めましての方もいれば。そうでない方もいますが―――」

 

 一度言葉を切ると、彼女は丁寧にお辞儀をし、

 

「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと申します。本日よりこの3-Aのクラスで皆さんと一緒に勉強させて頂く事に成ります。どうぞ宜しくお願い致します」

 

 そう、誰もが見惚れるような淑やかな笑みを浮かべて白い少女が挨拶した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 挨拶の直後、当然3-Aは大きな騒ぎになった……いや、成りかけた。それこそ放って置けばネギに出し物を告げた時以上の騒動に成っていただろう。

 だが、

 我先にクラスの多くが質問をしようと、イリヤへと詰め寄ろうとしたが―――

 

「今は大切な朝のHRの時間よ。それが終わってからの方が良いでしょう」

 

 そう、淑やかな笑みのまま微かに眼を細めて告げるイリヤの…小柄な少女が放つその不可思議な迫力に呑まれ、席から腰を上げようとした生徒達は誰もが腰を落とす事となり、大きく成ったであろう騒動は未然に防がれた。

 尤もその分、妙にギクシャクした雰囲気に成ったが……ネギは何とかHRを続ける。

 

「えー、それで相坂さんですが、彼女は元々僕達のクラスの生徒でして、本来なら皆さんと一緒にこのクラスで勉強して来た筈なのですが、一学年の頃…入学前に入院する事となった為、今日まで学校へ通えなかったそうです。ただ学力に心配は無いとのことですが……やはり学校で過ごす面では不慣れな所があると思いますので、皆さんその辺の事をフォローしてあげて下さい」

 

 ネギはさよの事をそのように話すが、勿論でっち上げ(ウソ)である。

 実は幽霊で、このクラスにずっと居た(憑いていた)という事情を隠すための方便だ。一応、学力に遅れが無いのは事実だが、学校に不慣れという事は無い。何しろ60年近くもこの校舎に居たのだから。

 

「で、イリヤ―――じゃなくて、すみません。えっと…アインツベルンさんですが、ご存知の方も多いと思いますが。彼女は海外の…ドイツからの留学生でして、こちらも事情があってこれまで決まったクラスや学年に編入されていなかったのですが、つい先日そちらが解消されて、本人の希望を汲んで今日から僕達のクラスに入る事になりました。年の頃は僕と同じですが、相坂さんと同じで学力に問題はありません」

 

 そう、イリヤについても話すネギではあるが、戸惑いが抜け切れない為に若干声が強張っていた。或いは“歳の近い”友達が生徒になった事実―――イリヤに先生として振る舞う姿を見られる事に意識が行き過ぎているのかも知れない。

 そんなネギの様子を察して、イリヤは少し可笑しそうにクスリと笑って彼の方へ視線をチラリと向ける。

 それに気付いたネギは、自分の心境を見抜かれたように感じて頬を軽く赤くする。しかし、かぶりを振って気を取り直してHRを続け―――…………

 

「ふう…」

 

 と、無事に終えて安堵めいた溜息を吐きながらネギは、後ろ髪が引かれながらも生徒に見送られて教室を後にした。教師という立場や仕事があるのだから仕方の無い事だ。その直後、

 

「ねえ、イリヤちゃん。どうしてうちのクラスに?」

「ネギ君とは、ホントの所どうなの?」

「貴族って本当なの~?」

 

 イリヤに見据えられた緊張は何処に行ったのか、彼女の周りには人だかりが出来ていた。

 しかも何故か席が離れたさよまで傍にいる。オマケに廊下の窓越しに他のクラスの生徒の姿が徐々に見える様になり、こちらに視線をチラホラと向けている。

 どうやらイリヤの編入は一瞬にして学年全体…もしくは校舎全域に広まったらしい。何処のクラスにも属さず女子中等部に通う妖精の如く可憐な白い少女の事はそれなりに有名なのだ。

 イリヤは軽く溜息を吐くと、目の前のクラスメイト達の質問に手早く答える事にした。早々この状態を何とかしないと隣の席であるエヴァの……既にこめかみをピクピクさせている彼女の機嫌が最悪になりそうだからだ。

 

「このクラスに入ったのは、そう大した理由は無いわ。単純にこの麻帆良に来てからネギやコノカ、アスナを始めとした3-Aの人達と縁があったからよ。折角、知り合えた人達が多いんだから、編入するならそこが良い…ってね」

「そっか、そうだね。明日菜の誕生日の時もそうだったけど、この前の南の島のリゾートやボーリングなんかも一緒だったし、確かネギ君とくーふぇとの拳法の稽古にも付き合ってるんだっけ?」

 

 イリヤの返答に美砂がウンウンと頷きながら納得する。

 続いて桜子が尋ねる。

 

「それじゃあ、何で今になってこう本格的な生徒に成ろうと思ったの? 聞いた噂じゃあ、生徒に混じって勉強するのが嫌だって事だったし、実際イリヤちゃんを見掛けるようになってから一ヶ月くらい経つけど、その間、どのクラスにも入らずに居たよね」

「それについては少し答え辛いわね」

 

 桜子の問いにイリヤはそう言いつつ、

 

「こう見えても私は高卒以上、大学生程度の学力があるんだけど、この国じゃあ原則的に飛び級は認められていないのよ。でも私はドイツ国籍な訳で…日本のそれに従うのも、ね」

 

 などと嘯き。近右衛門と話し合って適当に決めた設定を述べる。

 

「だからその辺りの事で、県の教育委員会や文科省が色々とゴタゴタしてしまってね。そもそも私のような年齢で高卒以上の学力を持つ例自体が少ないらしいから、認可やら妥協点やら……と。まあ、こうして編入に時間が掛かったのよ」

 

 そんな曖昧に濁しながら話すと、聞いていたクラスメイト達は、はぁ~と納得したような、していないような微妙な声を漏らした。

 しかし適当とはいうものの、その辺のアリバイ作りの為に協会上層部を通じた文科省と外務省…さらにドイツの方とも交渉し、その協力を得て、イリヤの表の経歴と国籍は偽造されていたりする。

 ちなみにネギが教師をしていられるのも、そういった政治力学(パワー)が作用しての事だ。

 

「それで、ネギ先生との関係はどういったものなのでしょうか?」

 

 イリヤの説明に余り得心がいかない、微妙な表情をしているクラスメイト達を押し退けて、そう改めて尋ねたのはあやかだ。

 相変わらず強く、挑むような視線でイリヤを見る彼女に対しては、以前にもその答えを言っている筈なのだが―――その表情と目線から察するに、どうも自分の知らない所でネギと進展、或いは関係が発展したのでは?…と疑っているようだ。

 イリヤはやや呆れる。

 

「以前言った通り、友達以外の何者でもないわよ。アヤカの気持ちは判らなくも無いけど、少し勘ぐり過ぎじゃないかしら。大体、10歳の子供にそんな感情を求める方がおかしいわ」

 

 素っ気なくイリヤは答える。しかしあやかは納得できないらしく、

 

「…ですが、どうもネギ先生の貴女を見る目が―――」

「―――それは、私があの子の周囲でも親しみやすい、同じ年齢の子供だからでしょ?」

 

 喰い掛かるあやかの言葉をイリヤは遮るように否定する。だが、

 

「いえ、確かに以前はそうでしたが、しかしここの所、何処か……」

 

 尚も何か言い募ろうとあやかは言葉を続ける。

 その二人のやり取りに他のクラスメイトもネギとの事がやはり気の掛かるのか、黙って傍観しようとするが―――

 

「ま、いいじゃない、あやか。イリヤさんはネギ先生を友達と言い、先生もそうだって事で」

「千鶴さんっ! ですが…」

 

 あやかを宥めるように千鶴が口を挟み。それに反論しようとするあやかの口を塞いで彼女の耳元で何かを囁いた。

 その内容は当然イリヤは勿論、他のクラスメイトにも聞こえず―――ネギ先生が本当にそうだとは限らない。なのにそれをイリヤさんに知られるのは返って危険よ。もしイリヤさんが意識するように成ったりしたら、自覚の薄いだけかも知れないネギ先生にも貴女にとって好ましくない影響が出るかも、等との言葉に―――渋々といった態度であやかは千鶴に首肯した。

 

「…わかりました。千鶴さんの言う通りですわね。これ以上は言わないでおきましょう」

「ええ、分かってくれて嬉しいわ。流石はアヤカね」

 

 納得してくれたあやかに千鶴は心の底から嬉しそうな笑顔を見せる。

 イリヤは、その千鶴の表情に……菩薩のような笑顔の筈なのに何故か―――そうまるで、目の前に今にも爆発しそうな爆弾でも置かれたかのような不穏なものを覚え、あやかからこちらの方へ視線を移す彼女を警戒してしまう。

 

「それにしてもイリヤさんが私達のクラスに来てくれるなんて思いませんでした。改めてこれからも宜しくお願いしますね」

「…ええ、こちらこそ、チヅル」

「それと相坂さん…でしたね。長い事入院されていたそうですが、お加減はよろしいので?」

 

 声を掛けて来る千鶴に警戒を高めたイリヤであったが、意外にも彼女はあっさりと自分からさよへと話題を転じた。

 そのさよの方は、これといって何も感じていないらしく、嬉しそうに千鶴の言葉に応じる。

 

「はい、もう大丈夫です。皆さんとこうしてお話しできますし、確りと地に足を付けて歩く事も走る事も出来ますよ」

「そうですか。詳しい事情をお聞きするのは流石に憚れますが、確か入学前ですから……2年以上にもなるのですか? そんな長い間、入院生活は大変だったでしょう」

「あ、はい。その……大変でした。あ、でもでも…お医者様や看護士さんとかが良くしてくれましたから」

 

 千鶴の問い掛けに実際、入院などした事も無いさよは曖昧に言葉を紡ぎながらも何とか答える。

 そんな彼女にクラスメイト達は心配げに声を掛けながら、退院できた事、学校に通えるようになった事などを我が事のように喜ばしげに、良かったね、と言いながら励ました。

 

「うんうん、これからは相坂さんも一緒か。イリヤちゃんもだけど」

「でも、さよちゃんは本当なら1年生の頃から私達のクラスメイトだった筈なんだよね」

「そんな寂しいこと言わないの……まあ、事実なんだけど」

 

 裕奈が頷きながら言い。桜子がやや憐れんだように。円がそんな桜子を叱りつけるように言いつつも、少し思うように呟く。

 

「それならさよちゃんが居なかった分をこれから取り戻せばいいじゃん」

「そうだよ。中学の卒業までまだ時間はあるんだから」

「そうだね。じゃあ今年の麻帆良祭をさよちゃんの快気祝いと二人の歓迎会を兼ねて派手にやって、そして楽しもうよ!」

 

 鳴滝姉妹が桜子と円に反発するように元気よく言うと、まき絵が姉妹に賛同するかのように提案する。

 すると、クラスメイトの殆どが口々に「いいね!」「うん、精一杯やろう」「今から楽しみですね」「わたくしも委員長として微力を尽くしますわ」などと賛成の声を上げる。

 さよは、そんなクラスメイト達を見て、

 

「う…」

「サヨ?」

 

 突如、呻き声を上げた彼女にイリヤは気付く……が、

 

「私、本当に皆さんとお話しできているんですね。クラスメイトとして……クラスのみんな…と、こんなに歓迎してくれて…私の為に……」

 

 目元に浮かんだ光るものを見て、イリヤは心配するような事では無いと思うも…ずっと高い位置に在る彼女の頭に手を伸ばして背伸びをし、労わる様に優しく撫でた。

 途端、さよの目元に浮かぶ光るものが零れ落ちて泣きだし、クラスメイト達を驚かせて心配させたが、イリヤの説明もあって嬉し泣きだと判り、彼女達は安堵すると共にさよの歓迎と快気を兼ねた麻帆良祭への意気込みを高めた。

 

 ただ、イリヤは泣くさよを見て、初めて会った時の事を思い出して静かに苦笑し、そんな彼女とクラスメイト達を黙って見つめた。

 

 ―――良かったわね、サヨ。

 

 と、口に出さずに胸中で呟いた。

 あの時、間の抜けた事だと思った自分を妙に恥ずかしく思い。出会えたことがさよにとって幸運だったと感じて。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 昼休み。

 燦々と輝く太陽の下で各々は弁当を開き、彼と彼女達は校舎の屋上に集まっていた。

 

「それで、イリヤちゃんがウチのクラスに来た本当の理由ってなんなの?」

 

 明日菜は木乃香手製の弁当に箸を伸ばしながら、イリヤに尋ねた。

 イリヤもまた自分で用意した弁当箱に箸を伸ばしながら答える。

 ただ何時もの面々―――イリヤとエヴァを始め、ネギと明日菜とカモ、木乃香に刹那、夕映とのどか、和美、古 菲―――の中に茶々丸と新たに加わった筈のさよの姿は無い。

 さよは今、他のクラスメイト達と昼食を取っている。

 というのも、イリヤが明日菜達に今回の事を説明する用があり、彼女達と一緒に取ると言った為。新しいクラスメイトと楽しくお喋りをする機会を失った従来のクラスメイト達は非常に残念がり、それならば、せめて自分が…と、さよがそちらに応じる事を申し出たのだ。

 そして茶々丸も、万一の事を考えてそんなさよのフォローをする為に付いて行った。

 本当ならば、こちらに来る筈だったのだが―――気を使ってくれた二人に感謝しつつ、イリヤは明日菜に向かい合う。

 

「一言で言うと、貴方達の監督ね」

「監督…?」

 

 イリヤの言葉にネギが首を傾げる。それにエヴァが頷く。

 

「ああ、多少紆余曲折はあったが、神楽坂 明日菜を含め、綾瀬 夕映、宮崎 のどか、そして古 菲の数名が新たに見習いと成ったからな。その担当をする指導役や監督官が必要になったんだ。で、その担当として私とイリヤが抜擢された」

「え、エヴァちゃんもっ!?」

「そうよ。アスナとノドカはネギを(あるじ)とした仮契約(パク・ティオー)を交わしていて、そのネギ(あるじ)の師匠はエヴァさんでしょ。だから弟子の仮契約者の面倒も自然と見ることに成る訳。それにユエとクーともクラスメイトで一応近しいから」

 

 明日菜の驚きに、イリヤはさも当然とばかりに答えた。

 

「そして、今朝も似たような事を言ったけど、私は貴方達とそれなりに関わりが―――縁が在るから担当に選ばれた訳」

「加えて言えば、お前たちの精神衛生上のことも考慮しての処置だな。あんな事件があったばかりだし、此方側へと関わる切欠もお前達は特殊だ。色々と不安に思う事があるだろう。そこに見知らぬ人間を担当に付かせるのは問題だと考えられたのさ。イリヤがわざわざ私達のクラスに編入したのも、その辺の事情…公私に渡る心理的なサポートを任された面もある」

 

 二人の説明を受けて、なるほど、とその場の全員が首肯した。

 イリヤはその内の一人、和美に視線を向ける。

 

「まあ、カズミについてはまた少し違うんだけど……」

「あ、うん。そうだね」

 

 イリヤの言葉に、和美は今気が付いたように先程に続いて首肯する。

 和美の立ち位置は、彼女の希望通りネギとは距離置いたものに成っており、別の担当官が既に付いている。

 

「でも、何か相談事が在ったら遠慮なく行って頂戴。出来る限りサポートはするから」

「うん、ありがとイリヤちゃん。その時はお願い」

 

 イリヤの気遣いに和美は素直に頭を下げる。実際の所、自分の希望とはいえ、ネギ達と距離を置いた事にやはり不安はあるのだ。だからイリヤの申し出は和美にとって非常に心強かった。

 その心情は距離を置かない明日菜達にしても同様だ。何にしろ、頼りになるイリヤが傍に付いてくれる事実に今言われたように安心感を覚えているのだから。

 しかし、そう思う一方で、

 

「でも、イリヤさんには更にお世話を掛ける事になりますね」

「分かってた事だけど、ほんと迷惑を掛けちゃうよね」

 

 夕映とのどかは揃ってションボリと俯いて、そう言う。

 今までの事もあるが、自分達よりも年下だと思っているこの白い少女に世話を掛けて、迷惑を掛けっぱなしという事実は情けなく、申し訳ない気持ちで一杯なのだ。

 同じ思いなのかネギと明日菜も眉を顰めている。

 そんな彼等を見てイリヤは、やれやれといった感じで軽く頭を振る。

 

「気にすることは無いわ。それが先達たる者の務めなんだから」

 

 イリヤの言葉にエヴァも同意する。

 

「まったくだ。未熟なお前たちが今どうこう言う事じゃない。頼れる所は存分に頼れば良い。そしてそれを恩だと思うなら力を付けた時に返せばいいだけだろう」

 

 そのように頼れば良いと、頼る事を恥だと思うなといった風に言うエヴァだが、その言葉には多分に厳しさが込められていた。そう、“頼れる所は”という部分が曲者なのだ。

 それは裏を返せば頼り過ぎるなという意味でもある。自らの出来る事で、その時分の力と知恵で乗り越えらえる事なら己だけでその道を切り開けという事だ。

 

「「は、はい」」

 

 エヴァの鋭い言葉に夕映とのどかはこれまた揃って返事をする。その言外に秘められた意味を察してだ。二人とてエヴァが厳しい人間だという事は理解している。

 ネギと明日菜も無言だがそれに神妙に頷いている。

 

「ん、分かれば良い」

 

 図書館組の二人やネギと明日菜の主従コンビの首肯に、エヴァは鷹揚に頷いた。

 

 

 

「しかしイリヤお嬢様が学校に来て、ほんと良いんですかねぇ?」

 

 話しが一段落した為、弁当の中身へと皆が意識を集中させつつも、それを具材に楽しく団欒していた途中、カモが唐突に言った。

 それにイリヤは首を傾げる。

 

「ん?」

「いや…イリヤお嬢様は頼りになりますし、来てくれるのは兄貴や姐さん達にとって良い事だとは思うんですが……」

「ああ…カモ君が言いたいのはそういう事やね。これまでイリヤちゃんは協会の仕事やら、工房での研究やらで忙しかったからなぁ」

「そう、それ。木乃香姉さんの言う通り、それで大丈夫なのかと思ってよ」

 

 木乃香の得心のいった言葉にカモは大仰に頷く。

 教師の仕事や修行に忙しいネギに代わって、使い魔らしく色々と学園内や協会などの情報収集を一手に引き受けているカモの知る限り、イリヤの仕事量はかなりのものだった筈だ。

 事件が起こる前は研究や魔法具の開発を主にし、それら魔法具を応用した新戦術・戦技の考案を魔法先生達に混じって行い。警備任務を一部引き受けて、独自の結界システムを運用・維持していた。

 そして事件後には、事件の教訓を踏まえた新たな警備システムの構築を近右衛門や明石、弐集院などを交えて行っており、それらの各種実験や運用試験の他。先述の新戦術・戦技の構築を兼ねた魔法先生達への教導訓練を自ら企画し、実施し始めている。

 正直、コレらを知った時、カモは感服した思いに駆られた。

 頼りにしても居たが、基本的に畏怖と恐怖の対象でしかなかった“断罪の魔女(イリヤ)”に対して初めて本当の意味で敬意を抱いたのだ……だからカモはその彼女に庇われ、贖罪の機会を与えてくれた恩義に報いられるよう決意を新たにした―――しかし、

 

 ―――大丈夫なのだろうか、イリヤお嬢様は…?

 

 とも思った。

 そう、ただ者で無いにしろ、それら数多の業務はとてもでは無いが、こんな小柄な10歳の少女が担う重責(モノ)では無い。カモの心配は当然と言う物だ。

 

「そうね、確かに忙しくはあるけど、この一週間で大分片付いているし、ウチのメイド達にも任せられる部分があるから大丈夫よ。サヨもいるしね」

「なら、いいんですけど、余り無理しないで下さいよ。幾らただもんじゃないって言ったってお嬢様も兄貴と同じくまだ子供なんです。ナマ言うかも知れませんが、辛い時は辛いって言って下さい。俺達も自分で出来る事は自分でしますし、さっきエヴァ…さん…は、ああ言いましたが、今の未熟な兄貴達や俺でもお嬢様の助けになれる事はあると思いますから」

「カモ……」

 

 何時にないカモらしくない様子と言葉に、イリヤは僅かながら眼を見開く。

 真剣に自分を心配する彼に胸打つモノが在ったという事もあるが、やはり意外だったからだ……いや、これでもカモは元々義理堅く、人情に厚い精神を持った(オス)だ。

 下着泥棒などという不名誉な罪から逃れる為でもあったとはいえ、根本的にネギの使い魔に成り、彼の助けになろうとしたのは、過去に受けた恩を返す為なのだ。

 それに気が付き…正確には思いだしたイリヤは、カモの言葉を確りと受け止め、心配してくれた彼に「うん…」と感謝の念を込めて重く頷いた。

 首肯のみではあったが、イリヤが重く受け止めた事を理解したのだろう。カモはイリヤが自分の進言に感謝している事に照れた様子で、その短い手…前足で頭を掻く仕草をする。

 すると木乃香も頷き。

 

「うん、イリヤちゃんも何処か無理する所があるからな。ウチらが助けに成れることがあったら遠慮せずに言って欲しいわ」

「…木乃香お嬢様の仰られる通りです。私もイリヤさんには返す事が出来ない程の恩義があります。助けが必要でしたら遠慮なく申し出て下さい!」

 

 刹那も親友に続いてイリヤに力強い口調で訴えかけるように言った。

 木乃香は、祖父とエヴァからの―――イリヤの助けになって欲しいとの―――頼みもあるが、自分や刹那、明日菜などの親友を助けてくれた恩人だ。それにイリヤも今や彼女にとって大切な友達なのだ。

 刹那にしても同様だ。自分と木乃香を助けてくれた恩人で、自分という存在を認めてくれる大切な人だ。ただ独りで身を削るような事していれば何としても止めたいし、困っていれば如何な危機や難関が阻もうと必ず助けに成ると誓っている。

 イリヤは、カモと同様、自分を何処か大袈裟に―――懸命に心配する彼女達に思わず苦笑が零れるも、

 

「―――ありがとう。頼りにさせて貰うわ」

 

 そう、偽りなく心の底から答えた。

 イリヤとて理解している。独りだけでは限界があると、何もかも出来る訳では無いと。

 だからエヴァに協力を求め、近右衛門の要請に応え、この一週間の内に魔法協会の一部……タカミチの他、明石や弐集院といった信用できる魔法先生達に事情を開示した。

 そして―――ネギと彼の仲間達。

 自分の傍で共に戦う事になるであろう、彼等が力を付ける為に尽力しており―――その時が来たら存分に頼ろうと思っている。

 そう近い時に起こる彼等のクラスメイト…ないし友人が招く騒動と。更にその先、夏の間に起きる事件……或いは冒険となるかも知れない日々と、そして来るであろう決着の時に。

 

 イリヤは、いずれ来るその時に少し思いを馳せ―――自分を気遣うように見詰める木乃香と刹那から視線を移し、ネギを視界に収め、

 

「ふふっ」

 

 何と無しに笑みを零した。

 それは微笑みにも見えたし、苦笑しているようにも見えた。

 ネギはそんな笑みを零すイリヤに困惑する。

 

「イリヤ…?」

「頼りにしているわね、ネギ」

 

 戸惑ったネギの呼び掛けに、イリヤは繰り返すようにしてそう答えた。

 ただ、イリヤ自身にも笑みが零れた理由は判らない。それが微笑みであったのか、苦笑であったのかもだ。

 或いは、この赤毛が特徴的な…十に成るか成らない程度の幼い少年が自分の隣に立って、背中を任せて戦う姿に……そんな本来なら在り得ない筈の未来におかしさを覚えたのかも知れない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 クスクスと笑うイリヤにネギは何故か憮然とした表情を浮かべた。

 釈然としないというのなら…まだ判るが、ネギはどうしてか憮然としないものを……不満を覚えていた。

 

 ―――頼りにしているわね。

 

 そう、イリヤに……あのイリヤにそう言われたのなら本当は喜ぶべきだ。嬉しく思うべきなのだ。その筈だ。けど―――耳に届いた声色は、そんな言葉通りに自分を頼りにしているような響きは無かった。

 少なくともネギはそう感じた。だが、

 

「…うん、僕もイリヤに出来る事があるなら、必ず助けになるよ」

 

 そんな感情の“しこり”と、浮かべていた自分の表情を自覚出来ず、ネギはそうイリヤに首肯していた。

 傍から見れば、それは神妙に頷いているだけに見えただろう。ネギにしても胸に不快感が過ぎったのは一瞬であった為、それほど気に掛けなかった。

 

 ただエヴァは、そんな彼の様子をジッと見詰めていたが……。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「そういえば、さっきも言っていたあのサヨという娘はイリヤの何アルか? 随分と親しげダッタガ…」

 

 先程のイリヤの言葉にさよの名が入っていた為か、古 菲が首を傾げながらそんな事を口にした。エヴァと木乃香と刹那を除いて、ネギ達はさよと顔を会わせるのは初めてなのだ。

 古 菲の言葉に、明日菜も今気付いたかのように少しハッとして言う。

 

「そうそう、そうだった。私もそれを聞きたかったのよ。HRの時のネギの様子やイリヤちゃんとの仲を見ると“此方側”の人間って事は分かるんだけど…?」

 

 そう言い、古 菲と同様に首を傾げる明日菜。

 残りの面々…夕映、のどか、和美も疑問は同じなのだろう。イリヤの方を興味深げに見詰めて言葉を待つ。

 

「あ…! もしやイリヤの弟子アルか?」

 

 だが、イリヤが疑問に答える前に古 菲が確信を突くように言った。

 イリヤは微かに驚くも、否定せずに頷いた。

 

「ま、一応そうよ。貴方達と同じ見習いだけど、色々と教えているし、私の助手をして貰っているわ」

「ホウ…」

「へぇー」

 

 イリヤの肯定に古 菲と明日菜が感嘆の声を漏らした。ネギや他の生徒達も一様に心底驚いているようで、感心の表情を見せている。

 何しろ彼女達にとってイリヤは、可愛らしい年下の少女や友人であると共に、年齢に見合わない敬うべき目上…或いは遥か格上だという思いのある人物なのだ。

 その敬意すべき白い少女の弟子で助手。それも確かな信頼が篭った風に言われたのだから、明日菜達の反応は―――少なくとも彼女達にしてみれば―――大袈裟では無かった。

 尤もイリヤ本人にして見れば、大袈裟以外の何者でもないのだが……、

 

「大袈裟ね」

 

 苦笑するだけに留め。イリヤは彼女達の反応をこれといって否定する事も無かった。

 そう思ってくれるなら、それはそれでやり易い事もあるだろうとの思惑があるからだ。

 それに年下と……半ば黙認しているとはいえ、10歳の子供だと思われている事からそのバランスを取る意味も―――と、言い訳しているが、子供と見られている事実への抵抗感や反発。そして成長しない身体から来るコンプレックスも正直、理由にあった。

 早い話、年長者としての意地というか、お姉さんぶりたいと言うべきか、年齢相応に“大人”に見られたい感情があるのだ。

 

(はあ、情けない代償行為…ね)

 

 イリヤは、ネギと明日菜達の目上の見るような視線を受けて、満たされる物を感じつつも空しさを覚えてしまい。内心で溜息を吐いた。

 気付くと、無意識に自分のほぼ平らな胸へ手をやっていたのも、その内心に拍車をかけた。

 

 ともあれ、イリヤの口に出せない恥ずかしい理由にネギ達は気付くことは無く。一頻り感心すると、さよの話題を続けた。

 

「さよちゃんが私達のクラスに来たのも、そう言ったこっちの関係者っていう事情があるからなんだろうけど……うーん」

 

 感心していた一同の中で、和美が逸早く言葉を切りだしたが……途中で唸って首を捻る。

 

「何か私、あの娘と初めて会った気がしないのよね。さよちゃんの席がずっと隣りに在ったからって訳じゃないだろうし……―――あ、」

「どうしたです?」

 

 首を傾げて、独り言のように呟いていた和美が突然驚きの声を上げ―――直後、額に脂汗を浮かべ始めたので、夕映が怪訝そうにする。

 それに和美は徐々に顔色を悪くしながら答える。

 

「いや、そういえば、あの席って……私はずっと隣だったから気にも留めなくなっていたけど―――…………」

「…けど?」

 

 言葉を切り、直ぐに続きを口にしない和美にのどかが小首を傾げる。そして―――

 

「―――座らずの席」

 

 と、ポツリと和美が呟いた。

 

「「「「あ…」」」」」

 

 和美の短い呟きに明日菜、夕映、のどか、古 菲の四人が同時に声を漏らした。

 何故それにすぐ気が付かなかったのか……そう、それは彼女達の使う教室に伝わる話―――麻帆良女子中…いや、学園全体でもかなり有名な怪談だ。

 彼女達が中学に入る前から、それも何十年も前から長く言われてきた事。

 

 そう、曰く。

 

 ―――教室には幽霊が出ると。

 

 曰く。

 

 ―――窓際の一番前の席に座ると何故か必ず悪寒を覚え、

 

 曰く。

 

 ―――耳元に囁くような恨めしげな声が聞こえ、

 

 曰く。

 

 ―――夜な夜な枕元に白い影が立つようになり、呪われ、取り憑かれるという。

 

 そして、その教室に出る幽霊と枕元に立つ幽霊の姿は、

 

 ―――中学生くらいの背丈の女子で、

 

 ―――長い白い髪を持ち、

 

 ―――ぼんやりと輝く赤い目でジッと見詰めて来るという。

 

 そんな一連の噂を脳裏に浮かべた3-Aの彼女達は、自然とさよの容姿も思い浮かべていた。

 そう、噂にある“座らずの席”に座る事と成った件の彼女は、自分達と同じ歳で、腰まで長く伸びた白い髪を持ち、特徴的な赤い目をしているのだ。

 

「「「「「…………………」」」」」

 

 思わぬ符合に気付いて無言となり、彼女達の間に奇妙な緊張感が漂った。

 

 ―――加えて、さよは自分達の“一年生の頃”からクラスメイトであったとか。

 

「―――いやいや…! まさかぁ。そんな事ある訳ないじゃない」

「そうです!」

「うん! うん!」

「朝倉も人が悪いネ。冗談でもそう言うこと言わないで欲しいアルヨ…!」

 

 明日菜がブンブンと大きくかぶりを振って言い。夕映が妙にキッパリとそれに賛意を示し、のどかが何度も力強く頷き、古 菲が突飛な事を言った級友に頬を膨らませて非難する。

 そんな友人たちの必死の反応に和美も同意し、ふと頭に浮かんだ馬鹿な考えを彼女達と同じく否定するように「ゴメン、ゴメン、つい…」と謝ろうとした―――が、しかし、

 

「残念やけど、和美の……」

「……ええ、朝倉さんの考えている通りなのです」

 

 和美の言葉を遮って木乃香と刹那がそれを事実だと言った。

 ただ、何処か言い難そうなのは、皆の事を思ってというよりは専門家である刹那も、ここ最近まで幽霊(さよ)の存在に気が付かなかったからだ。

 刹那は初歩的なミスを告げるような恥じ入りがあり、木乃香はそんな親友の心情を思い遣ってである。逆に知っていたエヴァは、その様子にククッとおかしげに笑いを零していたが。

 しかし、その二人の心境を「えっ!?」と驚き固まる明日菜達は当然、察せない。

 イリヤは、そんな彼女達の様子に軽く溜息を吐くが、構わず事情を判り易く説明する為にもネギに声を掛けた。

 

「ネギ、頼んだ物は持って来ている?」

「え? あ、うん!」

 

 イリヤの問い掛けの意味を察したネギは、頷きながらそれを皆に見える様、自分達が座る輪の中心で広げた。

 

「これ出席簿…?」

「はい。皆さんここを…出席番号一番の所を見て下さい」

 

 怪訝そうな和美に頷きつつ、ネギは出席簿に貼られた右端の白黒写真の方へ指を伸ばした。

 

「あ、これ」

「セーラー服の相坂さん? それに―――」

「―――1940年…? 席を動かさない事…? ですか」

 

 さよの欄を見た明日菜、のどか、夕映が続けて言う。

 

「このセーラー服……ちょっと分かり辛いけど、確か昔の麻帆良の制服だった筈。報道部の資料で見た覚えがある。それに席を…って、言われてみれば私達のクラスって入学時の始めだけで、その後は一度も席替えをしてない。あと1940年…って―――」

 

 和美が顎に手を当てて、考えるようにして言葉を紡ぎ出す。

 

「もしかしてさよちゃんが生まれた年…? ううん…違うか。亡くなった年ね。ネギ君、これらの文字って誰が書いたの?」

「えっと、タカミチだと思います」

「やっぱそうか、ネギ君の前任だもんね。だとすると…」

 

 ネギに質問し、その答えを聞いた和美は更に考えに沈みこんだ。

 

「ちょっと…朝倉?」

「…………」

 

 明日菜はそんな彼女を見て、訝しげに声を掛けるも和美は余程考え込んでいるのか沈黙したままだ。

 皆もそうだが、イリヤも少し気に掛かったが、和美の事はそのままにして話を進める。

 

「ま、これを見ての通り、あのクラスにある噂の正体はサヨな訳」

「うわっ!…じゃあ、さよちゃんは本物の幽霊って事?」

「そうよ」

 

 若干引き気味の明日菜にイリヤは頷く。

 そんな明日菜の…いや、皆の不安を取り除くようにして刹那とエヴァが言う。

 

「ですが、そう心配することはありません。多少風変わりな……私も初めて見る形式(タイプ)の幽霊ですが、人に仇成すような悪霊や怨霊の類では無いので」

「刹那の言う通りだな、私の知る限り……この14年間、悪さをしたという話は聞いた事が無い。というか出来るような幽霊(にんげん)ではないな、さよの奴は」

 

 木乃香もその二人の意見に首肯する。

 

「うん、さよちゃんは良い子やよ。クラスに居った間もウチらに何の悪さもしてないし、噂の方も殆どデマやし」

「木乃香と刹那さんがそう言うなら……イリヤちゃんとエヴァちゃんも信用してるみたいだし」

「うん…」

「…です」

「……ウム、確かに見た感じでは、悪い幽霊には見えなかったネ」

 

 木乃香の言葉に考え事をしている和美を除き、皆は納得したようだ。

 

「…けど、どうして幽霊の筈のさよちゃんが―――……って、それは魔法のお蔭か」

 

 明日菜は何か疑問に思ったようだが、言った自分で答えを見つけて勝手に納得したらしく、首を傾げては直ぐに頷くという奇妙な仕草をした。

 その言いたかった内容も皆、大体察しが付いていた。

 恐らく幽霊なのにまるで生きている人間と変わらない姿、様子なのが気に掛かったのだろう。

 幾ら非常識な事に慣れたとはいえ、実体を持った幽霊というのは……いや、だからこそ魔法という不可思議な現象であれば、簡単に解決できるのだろうと疑問が吹き飛んだようだ。

 夕映とのどかは、それはそれで疑問というか興味もあるのだが、詳しい事は座学の時にでも聞けばいいと、今は頭の中にメモするだけに留めた。

 そこで考えが纏まったのか、和美が俯かせていた顔を上げた。

 

「んー、イリヤちゃん」

「…何かしら?」

「さよちゃんの事、協会は知っていたんだよね。なのに―――」

「…………」

 

 和美の問い掛けにイリヤは口を噤み、やっぱりそこに気付くわよね、と内心で呟いた。どうやら和美が思考に没頭していたのは、その理由を色々と推理していた為のようだ。

 さて、どう答えたものか? とイリヤは難しげに、むむ…と表情を歪める。

 するとイリヤの様子に気付いた和美は微かに、しまった、という表情を顔に張り付けた。

 

「……えっと、もしかして言い難い事?」

「あー…うん、まあ……ちょっとプライバシー…プライベートに関わる事だし…」

「ん、プライバシー…? プライベート?」

「…ええ、そう……って、ああ…! だから大丈夫よ。和美が考えているような機密だとか、そんな大仰なものじゃないから」

「あ、そうなんだ。それもそうだよね。良かったよ。また拙いネタを引っ掛けたのかと思った」

 

 イリヤと和美はそう二人して話す。しかし主語というか、具体的な本題に触れていない所為で何の事を話しているのか、その事情を知っている木乃香と刹那、エヴァを除いたネギ達にはさっぱりだ。

 だが、少し間を置いて―――頭の回転の速い夕映は流石に気付いた。

 

「あ、そうですね。さよさんは何故、成仏…と言いますか、彼女(ゆうれい)に気付いていた魔法協会はどうして60年以上もの間、さよさんをそのままにしていたのでしょうか?」

「…確かにそうだ。幾ら相坂さんが悪霊(イービルスピリット)じゃないって言っても、この世にさまよう霊を鎮め、払うのも僕達の仕事なのに」

 

 夕映の言葉で、ネギも今更ながらに気付く。

 幽霊であると知らされていながら、そんな当たり前の事に気が付かないとは……ネギは少し迂闊だと思うも、それも仕方が無いと言えよう。

 関東魔法協会のトップたる近右衛門から幽霊である筈のさよを平然と紹介され、イリヤも当然のように彼女が居る事を受け入れているのだ。ネギがそれに疑問を覚えないのは決しておかしい事では無い。

 況してや、非常に幽霊らしくない生きた人間と変わらない今のさよの姿を見れば尚更だ。

 

「うーん、疑問に思うのは判るんだけど。出来たら余りその事は言わないで上げて欲しいかな。他の魔法関係者にもそうだけど、サヨにも…」

 

 夕映とネギの疑問を含んだ言葉にイリヤは少し困ったような表情を見せる。だが一方でその隣に座るエヴァはやれやれといった様子だ。

 

「私としては、かまわずに言ってやりたい所だが……まあ、勘弁してやるさ。イリヤもこう言っているし、さよに要らん迷惑を掛けるのも気が進まんしな―――どのみち、この連中にも近い内に知られるんだろうし、その方が楽しめそうだ」

 

 そう、エヴァは言葉通り、乗り気で無さそうに言うが、小声で呟いた言葉の後半は明らかに邪気が含まれており―――とても楽しげだった。

 隣に居るイリヤは当然耳に入り、

 

「……エヴァさん」

 

 げんなりした様子で彼女の名を小さく呟いた。

 ただ、エヴァの言う事も判らなくないので、さよと“彼”の命運の行き先を麻帆良の中心部にそびえ立つ巨大な樹に祈った。

 

 ―――どうか、おかしな事になりませんように。

 

 と。その言い伝えられる御利益を信じて。

 “彼”の事はどうでもいい―――いや、良くは無い―――のだが、さよの為にも強く…そうとても強く思った。

 

 

 




 イリヤとさよが3-Aに編入されました。
 その事情は本文にある通りです。さよは元々クラスメイトですが。
 ただ学園長としては他にも思惑があるようです。それが叶うかは少し微妙な気もしますけど…。
 

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