麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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第24話―――イリヤのアトリエ

 

 

 昼休み。

 校舎の中庭でさよは、クラスメイト達と昼食を取りながら歓談に興じていた。

 屋上でネギ達と話をしているイリヤの事も多少気に掛かってはいたが、さよは級友との会話を楽しんでいた。

 

「―――…だから今はイリヤちゃんと一緒に暮らしているんです」

「へえ、あの子と…」

 

 さよの返事に裕奈が頷く。

 つい先程、さよの両親の事や住所に付いて裕奈は尋ね。さよは両親が既に居ない事、天涯孤独の身の上である事を告げた為、気まずそうにしていたのだが、さよの気にしないで欲しいとの言葉や今のあっけらかんとした返事に裕奈はホッとしたようだ。

 

「はい、私の両親がイリヤちゃんのご家族と親しくしていたそうで…その関係で私の身元を引き受けてくれたんです」

「それは―――……大変でもありますが、良かったですね」

 

 千鶴はさよの話し(カバーストーリー)を聞き―――顔に笑みこそ浮かべてはいるが、どこか難しげな様子で相槌を打つ。

 彼女はイリヤと親しい為に記憶喪失であった事、それを取り戻した事、既にイリヤの両親が亡くなっている事などを本人から聞いており。内心では眉を顰めたい感情を抱いているのだ。

 クラスメイト達の手前、こうして表情にも口にも出せないのだが。

 そんな千鶴の様子に気付く事なくさよは、はい…と明るく笑顔で返事をするので、千鶴は尚更思う所を言いづらく感じてしまう。

 仕方なく、千鶴は追及を避けて話しを続けた。

 

「そうなると、さよさんはあそこでイリヤさんと暮しているのですか」

「あそこかぁ…」

 

 千鶴の言葉の意味を察して、夏美がやや感慨深げな声を零した。ついこの間の事―――修学旅行の前の出来事を反芻しているようだ。

 

「ん? 何…二人して? さよちゃんの家が何処だか知ってるの?」

「ええ、まき絵さん。イリヤさんは春先に閉店したあの喫茶店に今は住んで居られるのです。それ以前はエヴァンジェリンさんの所でお世話になられていたそうですが…」

 

 まき絵の疑問に千鶴と夏美に代わって、“いいんちょ”ことあやかが答えた。

 千鶴と仲の良い友人であり、ルームメイトという事からイリヤの事情をある程度聞いているのだ。無論、そこには強力な恋敵―――と、あやか的にそう思える人物―――の動向が気掛かりという警戒心もある。

 ただ、流石に雪広グループの総力を挙げた調査まではしていない……―――そのぐらいの分別はあった。

 答えを聞いたまき絵は、あやかと千鶴との仲を理解しているので、直接尋ねられた訳ではないあやかが千鶴に代わって答えた事を気に留めず、へぇ…と声を漏らし、

 

「…あそこかぁ。あの喫茶店のこと…閉店した所為かな? 目にしていた筈なのに全然気が付かなかったよ……今はイリヤちゃんの家になってるんだ」

 

 若干、不思議そうにまき絵はそう言った。

 続いて美砂も小首を傾げながら言う。

 

「…あの辺りにはよく行ってるけど、私もイリヤちゃんが居るなんて全然気が付かなかった」

 

 そんなまき絵と美砂の反応に、他のクラスメイト達も引っ掛かるものを感じたらしく、一様に不思議そうな表情を浮かべる。

 その皆の様子にさよは、あ…これは少し拙いかな、と思うが、

 

「仕方が無いと思います。イリヤさんと親しくしているのは私を含めて校内ではごく一部でしたし、お店の方もやはり閉店した所ですから。そう、気に掛からなくとも不思議では無いでしょう」

 

 さよをフォローする為に彼女に付いて来た茶々丸が皆にそう告げた。

 その言葉にクラスの皆は、そういったものかと、取り敢えず納得した表情を見せる。

 

「そうだね、私もこれまでイリヤちゃんとは話したこと無かったし」

「ウチもちょこっと顔を合わせた程度やったしな。それに言われてみれば、幾ら人気があったゆうても、閉店したお店を何時までも気に掛けるのは、ちょっと変やし」

 

 アキラと亜子が皆を代表するようにして言う。

 そうして頷くクラスメイト達に、さよは安堵の息を吐いて視線で茶々丸に感謝する。

 

「……」

 

 さよの視線を受けた茶々丸は静かに首肯し、その感謝を受け取った。

 この一連のやり取りで分かるように、イリヤの工房と成ったあの元喫茶店には人払いの結界が張られ、関係者以外の人間の目に留まらないようにされていた。

 その理由は勿論、魔術師の工房に人を近付かせない為だ。

 尤も、今は解除されているのだが……それも理由がある。

 

「でも、どうしてあんな場所に? それも喫茶店に…? 改装すれば住居として使えるのは判るけど、学園(うち)の繁華街の中にわざわざ家を構えるっていうのは、どういう事なの?」

 

 その疑問を口にしたのはハルナだ。

 夕映とのどかという親友達が今この場に無く、最近ネギ―――と、知っているかは判らないがイリヤ―――と行動を共にしている事実を果たしてどう思っているのか? さよは伝え聞く…または幽霊として教室で見ていた二人との仲の良さからそんな考えが過ぎったが、ハルナの顔からはその思いを窺うことは来ない。

 さよは内心で首を振って判らないものを考えても仕方が無いと思考を止め、ハルナの疑問に応じる。

 

「それは、想像が付くと思いますけど―――」

「―――まさか本当にお店を開く為なのですか?」

 

 ハルナに返答しようとしたさよに、あやかが驚いた様子で横から口を挟んだ。

 それにさよも驚く。

 

「えっ!? あやかさん、知っているんですか?」

「え、ええ、雪広(わたくし)の所の業者にイリヤさんの所から資材の発注がありましたから……」

 

 あやかが戸惑ったように答える。

 それを知ったのは偶然と言うか必然と言うか……別にイリヤの事で聞き耳を立てていたからという訳ではない。繰り返すようだが、流石のあやかでもイリヤに対してそこまで調査の手は入れていないのだ。

 だが、驚きの表情を張り付けたさよを見て、後ろめたさを覚えたのか、あやかは言い訳するように事情を話した。

 

「えっと、わたくしこう見えてこの学園を始め、麻帆良市や県内などで、ちょっとした事業をしていまして…」

 

 というのも、あやかは次女とはいえ、世界に名だたる大企業の娘であり、経済や経営の何たるかを実地で学ぶ為、麻帆良市や埼玉を中心として活動するある企業を任されているのだ。

 勿論、雪広家の子息、子女の全員がこの幼い…未成年の時分でそういった経験をさせられる訳ではない。あやかが兄妹の中でも才媛であるからだ。

 ちなみに同じく大手企業の娘である千鶴もこれに協力しているのだが……ただ彼女の方は家の事業を引き継ぐ積もりも、関わる気も無いらしい―――それは、ともかく。

 あやかが任された事業は県内での流通関係であり、特に学園内に関しては自分の目で確認する事が多く、その為、上がって来た書類でイリヤの工房が資材を発注しているのを見たのだった。

 

「―――まあ、そういうことですの」

「ほへぇ……あやかさん凄いんですねぇ」

 

 思わぬ自慢する事になった為か、恥ずかしそうにするあやかにさよは半ば呆然と感嘆の声を零した。

 見ると、既知であった千鶴と夏美を除いた周囲の面々も同様だった。

 

「いや、まあ、その…わかってたけど、ホントにほんとのお嬢様なんだね」

「うんうん、普段は、こう……“アレ”なのに…」

「ちょっと見直した…かも」

 

 美砂と裕奈がウムウムと顎に手を当てながら何度も頷き、円が言葉通り感心した様子で呟くのを筆頭に、あやかに尊敬の篭った視線が注がれる。

 

「な、なんですか、その目は…っ!? それに“アレ”ってどういう意味ですの!? 貴女達一体わたくしを今までどのような目で見ていたのですかっ!?」

 

 あやかは再び戸惑い。叫ぶようにしてクラスメイト達に問い掛ける。すると、

 

「いやぁー、何ていうか」

「うん」

「まぁ…ね」

 

 口を開いた三人を始め、3-Aの生徒達は気まずさそうに互いにチラチラと視線を交わし――――思いを一つにして一斉に視線をあやかの方へ向けた。

 すなわち、

 

 ―――残念お嬢様、もしくはお馬鹿令嬢。

 

 と。

 彼女達は、そう心の中で呟いた。

 

 

 

 それから暫く。

 委員長として、また友人として信頼するクラスメイト達にアホの子を見るような目線に向けられ、感情を爆発させようとしたあやかを千鶴とさよが何とか宥め―――話しが戻り、

 

「それじゃあ、イリヤちゃんは喫茶店をやろうとしているの?」

「あ…いえ、喫茶店ではないんです」

 

 イリヤが開くという店について3-Aの生徒達はさよに尋ねていた。その脇では、未だ腹立ちの収まらないあやかがクラスメイト達を怒りの形相で睨んでいたが……。

 

「勿論、整った厨房が折角あるんですから、それを活かしたいともイリヤさんは考えているみたいですけど―――」

 

 さよの言葉の中に一瞬、幾人かの生徒は違和感を覚える。しかし、それを考える前にさよが話しを続ける。

 

「―――喫茶店のような飲食のお店ではなく……その、アクセサリーを…正確にはジュエリーというのが正しいそうですけど、それらを扱う宝飾店を開くんです」

 

 それが工房周囲の結界を解除した理由だった。

 何時までも人通りの多い場所に結界を張り続ける魔力や手間はやはり勿体無く。生半可な異常ならば学園結界の阻害効果によってやり過ごせるのだから、それなら自前の結界を使ってまでして、人の眼を遠ざけて隠れるのではなく、店を開く事によって周囲に紛れて隠してしまおうと、イリヤは考えを変えたのだ。

 それに、人通りの良い繁華街の表通りに在る立地を活かさないのは勿体無いと感じたのもある……まあ、工房の設備が整い、錬金術という文字通り黄金(きん)を錬成できる“釜”も完成し、貯蔵しているので何かあっても先ず金銭に困る事はないのだが―――いや、だからこそか。

 

(…イリヤちゃんは、借金を返すまでなら兎も角、必要以上に金を市場にばら撒くのは拙いって、使う時は選ぶべきだって言ってたし…)

 

 正直、さよにはその辺の経済やら市場の動きなどは判らないのだが、イリヤが言っていた事なので、とりあえず魔術を使って無節操にお金を稼ぐのは良くないと彼女的に捉えて、頷いていたりする。

 

「…なるほど、ですからあのような資材が多いのですか―――」

 

 さよの宝飾店という言葉に真っ先に反応したのは、先程まで顔を怒らせていたあやかだった。

 

「―――しかし、その割には外部からその辺の……店頭に並べる品々を委託していませんわね」

「それは必要が無いからです」

 

 あやかの疑問にさよはすぐさま応じた。

 

「基本的に店に出すのは、イリヤさんの手作りですから」

「!…イリヤさんがお作りになるのですか!?」

 

 さよの答えにあやかは驚き眼を見開いた。

 当然の反応だった。幾ら普通の子供ではないと判っていても、それでもまだ10歳の幼い少女なのだ。そんな年齢の子が様々な工作技術を必要とする装飾品を手掛け、あまつさえ学園都市の内部とはいえ、店を構えようというのだ。

 他のクラスの面々もそんなあやかの驚きに続いた。

 

「え、イリヤちゃんが指輪だとかピアスだとかを作るの?」

「そんな事が出来るんですね、流石はイリヤさん」

「…びっくりだけど、確かに言われると、あの子なら出来そうとも思えるわね。それにちょっと興味あるかも。歌も上手かったし、そういった芸術的センスは良いみたいだから、なんか凄いのを作ってそう」

「むぅ…そういった物は、正直興味ないのでござるが……あの御仁の作る物なら…」

 

 まき絵、千鶴、美砂、楓に始まり、生徒達は口々に言う。

 

「凄いなー、見てみたいなー、さよちゃん何時お店に行けるようになるのー?」

「うん、開店は何時からなの? それとももう開いているのかな?」

 

 桜子がテンション高く大きく口を開けて、アキラが控えめながらもやはり女性なのか若干眼を輝かせながら言った。

 

「えっと、開店は一応、明日からになってますけど……あ、そうだ! ちょっと待って下さい」

 

 二人…いや、皆が向ける興味津々な視線にさよは少し戸惑うが……ふと思い付き、眼を閉じて考え込む仕草を取った。

 

(―――イリヤさん。聞こえますか?)

(ん…何か用? それとも問題が起きたの?)

 

 さよが取ったは念話だ。

 今のさよは、イリヤとレイライン(パス)が繋がっているのだ。

 

(いえ、何も問題はありません。ちょっと尋ねたい事があって、今お時間大丈夫ですか……)

 

 と、一応断りを入れてから、さよは先程のクラスメイト達とのやり取りを話し―――ある提案をする。

 

(…………)

(あ、あの…やっぱり駄目ですか?)

 

 黙り込んで返答が無い事にさよは不安に成る。しかし、

 

(その事は良いわ。皆を呼んでも)

(あ、よ、良かった。じゃあ皆さんにそう伝えますね)

 

 意外にも了承の返事を貰えてさよは安堵するが―――直後、イリヤの怒りの含んだ声がさよの脳裏に響いた。

 

(―――でもね、サヨ。こんな事で念話を使うなんて、一体どういう積もりなのかしら?)

(ヒッ…!)

 

 サヨはその声―――穏やかで優しくありながら、ゾッとする氷のような冷たさがあるソレを聞いた途端、身体が一瞬硬直し……震え始め、額からブワッッと汗が浮くのを自覚した。

 

(念話が便利なのは判るわ。けどこんな用件なら携帯で十分でしょう? 今は緊急時でも非常時でも無く、内容も魔術や魔法絡みの話しじゃないんだから)

(はうはうはう、あう……すみませんすみません、ゴメンナサイ、考え足らずでした! 許してください! 反省しますから…っ!!)

 

 イリヤの先程の沈黙と怒りの意味を理解し、さよは身体を大きく震わせながら必死で謝った。

 魔術師たるイリヤにとって、日常と非日常の切り替えを出来ない、裏と表の境界に線を引かない、自覚に乏しい行為は許し難い失態である。況してやさよは、その辺の事情を弁えてイリヤの弟子と成り、助手を務めているのだ。

 当然、そうなると失態に対するその罰も重く―――……

 

(嫌ぁ…またカモ君みたい成るのは……あんな事なるのは…いやぁ)

 

 さよは、考えるのも恐ろしいと脳裏に浮かびそうになる光景を振り払う。

 つい最近、工房でエライことを仕出かしてエライ目に遭った上に、更にイリヤの怒りでエライ罰を与えられたさよとしては、それは死んでも避けたい事だ。

 

 ―――……もう既に死んでいるのだが。

 

 その祈りが神に通じたのか……いや、さよの泣きそうな声がイリヤに届いた所為だろう。念話先から呆れた様子の溜息が聞こえ、怒りの気配も遠ざかった。

 

(はぁ、まったく……分かったわ。今日は貴女にとって目出度い日な訳だし、本当に反省してるようだから特別に許してあげる。けど以後気を付ける様に)

(は、は、はいっ! ありがとうございます、師しょーっ!)

(…! 師しょー…って、どこからそんな言い方を…っ!? いえ…とにかく、許して上げるからその言い方は止めて、どこかの塗りの甘いトラを思い出して良い感じがしないから…)

 

 あとお母様のように袴姿で薙刀なんて振るわないから……等とイリヤが言うのを聞きながら、さよは謝罪が通じた事に心底安堵して念話を切り……大きく息を吐いた。

 

「はぁぁ…良かった」

「さよちゃんどうしたの? 急に黙り込んだと思ったらすんごい汗掻き始めるし…」

「あ、いえ、大丈夫です。何でもありませんから」

「そ、そう…なんか震えとったし、泣きそうになっとったように見えたんやけど」

 

 イリヤのお蔭で尋常じゃない様子を見せたさよを裕奈と亜子が心配するが、さよは軽く手を振って大丈夫だとアピールし、それよりも…と、先程イリヤから承諾を得た事を皆に提案する。

 

「…皆さん、開店は明日からですけど、良かったら今日うちに来て見ませんか?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 HRを終え、放課後と成り、3-Aの生徒達のほぼ全員が繁華街へと繰り出していた。

 凡そ30名にもなる大所帯であるが、目的は違えど繁華街へ赴く学園の生徒は多いので、彼女達の姿は特別周囲から目立つことは無かった。

 ただ様々な容姿(タイプ)の綺麗所が揃っているので、通り掛かりの男子達の視線が幾分寄せられてはいたが……。

 

 

「なんだかおかしな事になりましたけど、本当にこれで良いのでしょうか……?」

「まあ、良いじゃないかしら。そういうのも3-A(わたしたち)らしくて」

 

 そう言葉を交わしたのは、あやかと千鶴だった。

 この二人を含め、お祭り好きの幾人かの生徒達はネギの赴任時と同様、新たなクラスメイトであるイリヤとさよの歓迎会を放課後に開こうと密かに画策していたのだが―――昼休み、さよの突然の提案によって元喫茶店であるイリヤの工房でそれを行なう事になった。

 しかし、つまりそれは……“歓待しなくてはいけない二人の住居を会場にして歓迎会を催す”などという、世にも奇妙な珍事が現在進行真っ盛りという事である。

 勿論最初、真面目なあやかは当然として、企画していた他の生徒達もそのような珍事を避ける為に抵抗を覚えた―――覚えたのだが……サプライズの為、本人達に内緒で進めていた事や、自分の提案に賛同を求めるさよの期待の視線を前に中々口には出せず。

 提案に渋っていた事を察した彼女に泣きそうな顔をされ、已む無く歓迎会の事を明かし―――……それが一体何がどう作用したのか。

 

 ―――私の為に歓迎会ッ!? 嬉しいです!!

 

 さよは泣き顔から一転、パアァッと擬音でも付きそうな輝かんばかりの笑顔と成り、異様なハイテンションで「それじゃあ、私達のうちでやりましょう」と皆に告げ、その奇妙な申し出に「え? それでいいの?」「二人の歓迎会なのに?」「それは何か違うんじゃあ」「さよさん、落ち着いて下さい」と忠告するように言うクラスメイトや、オロオロとフォローしようとする茶々丸の声に感激の余り暴走したさよは一向に耳を貸さず―――………現在の状況へと至っていた。

 60年もの間、幽霊として孤独に過ごした事を知らないクラスメイト達にして見れば、あの時のさよの反応はさぞかし過剰で、大袈裟で、理解不能なものにしか見えなかっただろう。

 ……で、そのさよはと言うと、

 

「あ、貴女って娘は…」

「はうう…す、すみません」

 

 愕然とした様子で額を抑えながら歩くイリヤの隣で俯き、身を縮める様にして歩いていた。

 片や、今になって先の事情を聞いた所為であり。片や、今になって自分が引き起こした所業が如何なるものなのか気付いた為であった。

 イリヤは、身内の暴走と歓待者である自分が歓待の場を提供するという珍事の片棒を気付かぬ内に担がされた事に頭痛を覚えており。

 さよは、自分の馬鹿げた行動もそうだが、恩人であり、今や師とも言えるイリヤに恥をかかせるような真似をした事に恐縮しているのだった。

 

(嬉しいのも、はしゃぎたくなる気持ちも判るんだけど。もう少し貞淑とまでは言わないけど…落ち着きを持てないものかしら?)

 

 イリヤは隣で縮こまるさよを横目で見ながらそう思う。

 そう感じるのは、こうして彼女に思わぬ形で振り回された事が幾度もあった為だろう。

 出会って早々の事も、彼女の過去に関しても、その秘めた特性の事も、先日の工房での騒動も……―――最後のはほんと洒落に成らない事件だったし、こうも簡単に感情を暴走させるようでは……仮にも魔術師(じぶん)の弟子なのだから、これでは本当に困る。

 

(とはいえ、今更無碍には出来ないし、見放す積もりもないんだけど……それに自分で招き、請け負った責任もあるし……ま、仕方ないわね)

 

 イリヤは胸中で抱いた思いを何とか整理し、覚える頭痛と吐きたい溜息も堪えて過ぎた事は仕方ないと気を取り直す。

 そうして額から手を放し、顔上げると―――明日菜が声を掛けて来た。

 

「ゴメンね、イリヤちゃん」

「ん?」

「いや、聞いた限りじゃあ、ウチのクラスの生徒も最終的には…あやかとかは別にして、騒動好きの奴らはさよちゃんの暴走(ていあん)に面白半分に乗っちゃったみたいだし、さ」

 

 困った表情で明日菜はそう言い、さよの方をチラッと一瞥した。

 その様子から察するに、余りさよちゃんの事を責めないであげて、と彼女は言いたいようだ。

 イリヤはそれに頷く。

 

「判ってる。でもそれならアスナも謝る必要は無いわ。貴女は何も知らなかったんだし、許可したのは結局の所、私なんだから……でも、ありがと」

「ううん、こちらこそこんな押し掛けるような形になったのに……ありがと、イリヤちゃん」

 

 イリヤと明日菜は互い頷き合い、共に感謝の言葉を口にした。

 ただそれを向けたのは、明日菜が謝意を示した事や、姦しいクラスメイトを迎え入れたイリヤの寛容さにではなかった。いや、勿論それもあるのだろうが、何よりもさよに対してだ。

 イリヤは、知り合ったばかりである筈のさよを気遣ってくれた事を。明日菜は、自分の意図を察してさよを許してくれた事にである。

 イリヤは、明日菜の気遣いに嬉しさを覚えて笑みを零すと、明日菜もまた釣られたのか、可笑しそうに笑った。

 さよもそんな二人の様子に何となく許して貰えた事を理解し、ホッと安堵の溜息を吐いていた。無論、反省も忘れず念話の件もあって、確りしなくちゃ…と自戒していたが。

 

 そうして暫く、昼休みに話しをできなかった鬱憤を晴らすようにクラスメイト達はイリヤに話し掛け、適当にイリヤはそれに答え―――

 

「…ふむふむ、それじゃあイリヤちゃんの両親はドイツに居て、麻帆良じゃ一人で暮らしているんだ。大変そう……って、ゴメン、さよちゃんが居たわね」

「いえ、気にしないで下さい」

「そうね、サヨも居るけど。一応、お付きのメイド達も居るから一人って訳じゃないわ」

 

 ハルナの言葉にさよが首を振り、イリヤはでっち上げた設定を話す。

 そんなやり取りをしている内に目的の場所に3-Aクラスメイト御一行は到着する。

 

 

 

「見た目は以前と変わってないね」

 

 店を前にしたネギがイリヤの傍に小走りに寄りながらそう言った。

 その背後であやかが「あっ…」と小さく声を上げているが、ネギは勤めて聞こえない振りをする。

 それというのも、此処に来るまでイリヤの傍に寄ろうと、声を掛けようとする度に彼女が何かと邪魔をするように遮ったり、話し掛けて来たりするものだからネギは少し鬱陶しく―――いや、率直に言って怒っているのだ。

 無論、あやかを邪険に扱いたくはなく……その為に彼女の行動を容認していたのだが、やはり限度というものはある。

 今こうしてイリヤの声を掛けられたのは、工房を前に立ち止まった時のほんの僅かな隙を縫ったお蔭だった。

 

「ええ、一時はこの表通り側にショーウインドウを設置しようかと思ったんだけど、この穏やかな雰囲気を壊すのは嫌だったから」

 

 イリヤがネギに答えた。

 それに漸く言葉を交わせた為か、ネギは若干心が浮き立つのを感じながらイリヤに続けて話し掛ける。

 

「その気持ち凄く判るなぁ。けど、看板も以前の…前の店のままなんだけど?」

「ああ、そっちは明日の午前中の内に取り換える予定よ。開店は明日からなんだけど、お客は学生が主になるんだから放課後までに開けられれば良いんだし」

「そっか、なるほど」

「だから当然、商品の方も学生が手を出せる手頃な物ばかりにしているわ。小学生でも買えるお祭りの屋台に並ぶような安物から、大学生が背伸びして買えそうなそこそこ高価な物までを、ね」

 

 勿論、大人をターゲットにした……妻や夫、恋人などへのプレゼント、定年を迎えた自分祝いに相応しい物なんかも注文限定で用意する積もりだけど…と、イリヤは言い。

 

「ま、立ち話もなんだから中に入りましょう。内装は今日は…私とサヨの……いえ、とにかく。皆を招待する為にまた喫茶風に少し戻しているけど、それでもどんな感じの店かは判るだろうし、商品も見られるから」

 

 そう、言葉の途中で複雑そうな表情を見せながら、イリヤはネギを始めとした3-Aの皆を店内に招き入れた。

 が、しかし―――

 

「ただいま」

「帰りましたー」

 

 イリヤとさよが店内に向けて告げ、

 

「おかえりなさいませ、マスター、サヨ様。それにいらしゃいませ、3-Aの皆様。グランドマスター(エヴァンジェリンさま)もお久しぶりです、お変わりないようで何よりです」

 

 店内のメイド達が二人とネギ達に一斉に頭を下げて、以前此処を訪れた時にネギを出迎えたメイドが代表して挨拶の言葉を発し―――直後、ネギは思わぬ人物を目にして驚く。

 

「―――え?」

「オッス、ネギ。一週間ぶりやな」

 

 惚けた表情を見せて目を見開くネギに、関西弁で挨拶する少年。

 

「こ、コタロー君…?」

 

 そう、それは京都で出会い、対峙し、先日の事件で共闘した狗族と人間との混血(ハーフ)の少年―――犬上 小太郎であった。

 予想だにしない同じ年の友人の登場にネギは完全に固まってしまう。

 

「おう、どうしたんや? そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔して」

 

 ネギの驚きを余所に、小太郎は馴れ馴れしい笑みを浮かべてそうネギに話しかけた。

 

「い、いや…だって、どうしてコタロー君が此処に?…イリヤの家に居るの?」

「あ? どうしてってそりゃあ……って、もしかしてイリヤ姉ちゃん話してないんか?」

 

 ネギの疑問の声に怪訝な表情を浮かべながらも答えようとし……小太郎はハッとしたようにイリヤの方へ首を振り向かせた。

 

「ええ、伝える必要がどうしてもあった訳じゃないから……―――それに、今こうして知ったんだから良いじゃない」

「……イリヤ姉ちゃんも人が悪いなぁ」

 

 さも当然の様ににこやかに答え、驚いた表情を見せるネギを何処となく満足そうに見詰めるイリヤに、小太郎は若干肩を落として溜息を吐いた。

 そこに先ほど言葉を発したメイドが小太郎に鋭い視線を向ける。

 

「コタロー様。マスターに向かってそのような口を訊くのはマスター御自身の寛大な許しもあり、認めはしましたが……お迎えの挨拶ぐらいきちんとなさってはいかがです?」

「う…わ、分かったわ。………お帰り、イリヤ姉ちゃん、さよ姉ちゃん」

 

 きつい視線を向けられ、小太郎はたじろぎながら素直にそれに従った。

 そんな彼にイリヤはクスクスと笑い、釣られてさよも可笑しそうに笑うが二人とも「ただいま」と小太郎に挨拶を返す。

 ただ今一しゃんとしない小太郎の態度に件のメイドは、目尻を下げなかったが―――

 

「―――ウルズラ…」

「っ……失礼致しました。では皆様を席へ御案内致します」

 

 イリヤの意を受けて大人しく引き下がり、店の出入り口に集まるクラスメイト達に声を掛け、姉妹達と共に彼女達を店内へと案内する。ただメイドの彼女―――ウルズラにして見れば、小太郎を許したというよりは客人の前で主人に恥をかかせる訳にはいかないと考えての事だ。

 その彼女の案内を受けて、小太郎の登場とそのやり取りに色々と口を出したがっていた3-A一同は、丁寧に応対するメイド達を前にそう騒ぐのを失礼に思ったのか、それともプロのメイドという存在に臆したのか、あの3-Aの生徒とは思えない謙虚さでそれに従った。

 尤もあやかや木乃香、千鶴はもとより、その彼女達と親しい明日菜と刹那、夏美などはそんなメイド達の慇懃な応対に慣れた様子だったが。

 

 そうしてウルズラが傍から離れた事で小太郎はホッと息を吐く。彼は普段の素行と行儀の悪さから、生真面目な人格を持つあの人形(かのじょ)にすっかり目を付けられてしまい、此処に来てから何かに付けて小言を言われているのだ。

 

「ご愁傷様」

 

 イリヤはそんな彼を見て気の毒そうにそのように言うが、顔は笑っている。

 小太郎とウルズラのやり取りに元の世界での―――自分の世話役であったセラの事…そしてリズの事を思い出すからだ。

 イリヤ自身もそうだが、リズもよくセラにこのように小言を言われていたなぁ、と。

 

(でも、コタロウは男の子な訳だから、どちらかというとシロウとの関係の方が近いのかも知れないけど…)

 

 あの四日間(きせき)の日々も思い出して、そんな事も思う。

 そうしてややバツが悪そうにする小太郎と自分と同じく微笑ましそうに笑うさよを連れて、イリヤは皆の後に続こうとしたが、その直前に唖然とした状態から立ち直ったネギが口を開いた。

 

「あ、えっとイリヤ。それでどうしてコタロー君が此処に? それにお帰り…って?」

 

 ネギはそう尋ねるが、その言葉から鑑みるに半ば勘付いているようだった。

 イリヤはそれに頷き、答える。

 

「ん…まあ、その言葉から判る通り、コタロウは今私の預かりに成っていて一緒に暮らしているのよ。一応、西から派遣された扱いにも成ってはいるけど…」

 

 ネギはその言葉を聞き、やっぱりという表情を浮かべる。

 

「…俺としては、独り暮らしの方が性に合ってるんやけど、こればっかりはなぁ。元々獄中入りの身だった訳やし」

 

 イリヤに続いて小太郎も答えるが、言葉の内容に反してその声色と口調は気楽なもので嬉しげな響きさえあった。

 さよはそんな彼の様子に気付く事無く、心配そうに若干眉を寄せて言う。

 

「コタ君も大変ですね」

 

 と。

 何しろ小太郎はテロに加担した犯罪者だったのだ。先の事件の功績と情報提供という貢献もあって、司法取引的に仮釈放と成ってはいるが、それでもイリヤや鶴子などといったお目付け役が必要とされ。以前ネギが受けたものとはまた異なるが、あの『発信術式』も体内の何処かに刻まれ、行動に制限が科せられている。

 それにこの麻帆良に居るのも半ば済し崩し的ではあるが、脱獄という本人にとっても、西にとっても面白くない事情を正式な派遣という形で体裁を取り繕っており、これに関しても彼は東と西の両協会の一部からやや白眼視されている……そこには狗族との混血(ハーフ)というのもあるだろうが。

 だが、やはり小太郎はあっけらかんと言う。

 

「はは、ありがと、さよ姉ちゃん。けどこんな扱いは何時もの事やし、俺はなんも気にしとらんから平気やって」

 

 本人は心配させまいと言っている積もりなのだろうが、その言葉を聞いてさよは余計に心配げな表情をし、何を思ったのか彼の小柄な身体を抱き寄せた。

 

「ちょっ!? さよ姉ちゃん!?」

 

 突然、ギュッと抱き締められ、小太郎は驚きの声を上げるが、さよは黙って抱き寄せた彼の頭を優しく撫でるだけだ。

 

「………………」

 

 これに最初は無理にでも引き剥がそうと思った小太郎であったが、先の事件の時に似たような事をして千鶴に怪我を負わせた事を思い出し、躊躇い。しかし抗議の声を上げても聞きそうに無い事から、どうしたものかと、さよの胸に顔を埋めながら考える。

 それに―――正直に言えば別段、嫌という訳でも無い。

 男のプライドがどうとか、ライバルのネギの前だとか、そんな事も思わなくもないのだが―――包まれた暖かくとても優しい温もりと柔らかい感触を感じ、鼻に良い匂いを覚えながら―――それでも何も出来ず、この数日で泣き虫だと知ったこの姉ちゃんを如何に傷付けず引き離すか、小太郎はそれを考える事しかできなかった。

 

 

 イリヤはそんな二人の様子に肩を竦める。

 長い孤独を経験したさよが、孤独を抱える小太郎に同情する気持ちは判らくも無いので放置といった所だ。

 

(―――“彼”にはサヨのこんな姿を見せられないわね)

 

 また色々な意味でそんな事を思いもしたが、

 

「ん?…何、どうしたのネギ」

 

 隣を振り向き、イリヤはネギに尋ねた。

 彼が自分の方へ強い視線を向けているのを感じた為だ。

 何か言いたい事があるのだろうか? とネギの視線と思い詰めたような表情から思うイリヤであったが、ネギは首を振り、

 

「…………ううん、何でもないよ。ちょっとびっくりしただけで、コタロー君がイリヤとさよさんと一緒に暮らしているとは思わなかったから……」

 

 そう明らかに何でも無いなどという事は無い、作った笑顔で彼は言った。

 イリヤはそのネギの様子に微かに顔を顰めるが、事件直後のような重い感じでは無いので、追求するほどじゃないかな、と判断し、彼の言葉に首肯しつつも一応注意する。

 

「そう。でももし何かあるなら言った方が良いわよ。中には言い難い事もあると思うけど、相談できる事ならなるべく相談すべきよ。貴方は内で溜め込んで爆発させるタイプなんだから、その自覚はあるでしょ?」

「……う、うん、分かった。気を付けるよ、ありがとイリヤ」

 

 注意を受けたネギは、その言葉に思い当たる節がある……いや、あり過ぎる為か、苦笑を浮かべながらも素直に頷いた。

 イリヤは、素直な彼の返事に満足し―――次に横から向けられる助けを求める小太郎の視線に応える事にする。さよの気持ちは判るといっても、何時までも放置しておく訳には行かない。

 

「サヨ…」

 

 彼女の名を呼び、制服の襟を掴んで強引にさよの体を引っ張る。

 喉が絞まった為だろう。うっ…と僅かに呻き声を上げて、さよは小太郎から引き剥がされた。

 

「イ、イリヤちゃん!?」

「まったく、直ぐに感情に任せるんだから。小太郎を心配する気持ちは判るけど、突然そんな事をされたら戸惑うだけで迷惑になるでしょう。時と場合を考えなさい」

「え? あ…」

 

 背後のイリヤに引っ張られた事に驚いたさよは、続けて叱られるように言われて今になって周囲の様子に気付く。メイド達の案内を受けて席に着いたクラスメイト達が一様に自分の方へ視線を向けている事に。

 今はイリヤに襟を掴まれてはいるが、小太郎を抱擁していた時から目線を集めていたのだろう。

 学ラン姿の少年の方にも視線が向けられ、一部級友からは何処かニヤニヤした明らかに小太郎と自分の関係を邪推しているっぽい顔が見られた。

 それを察してか小太郎も苦い表情を浮かべていた。

 

「…コタ君、ゴメン。イリヤちゃんも」

「まあ…ええけど」

「……」

 

 慌てて頭を下げるさよ。それに小太郎は苦い顔を引っ込めて仕方なさげに息を吐き。イリヤも責めるのも何なので静かに溜息を吐くだけに留めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「―――些か珍妙な事(会場が)になりましたが、イリヤさんとさよさん。新たな学友を迎えた事を祝して、」

 

 ―――かんぱーいっ!!

 

 クラス委員長のあやかの音頭を合図にグラスのかち合う音が響き、クラスメイトの声が響いた。

 直前まで、担任であるネギが音頭を取るべきだという意見もあったのだが、むしろ同じ勉学の友と成る生徒の方が相応しいという意見が通り、委員長であるあやかが取る事になったのだ。

 

「改めてよろしくね、イリヤちゃん、さよちゃん」「よろしくー」

 

 乾杯に続いて店内の彼方此方からそのような声が本日の主役である二人に次々と掛かる。

 そして店内の様子や周囲に見えるジュエリーを話題に雑談に興じる声が混じり、各々は飲み物を口にしながらテーブルの上に並んだ料理―――ではなく、菓子に手を伸ばす。

 歓迎会という事もあり、クラスメイトである彼女達がそれぞれに菓子類や飲み物を用意して持ち込んだのだ。主にあるのはポテチやクッキーなどのスナック、一口チョコ、ケーキなどの市販品だが、所々にイリヤが普段から口にしているお茶請けもある。

 

「うわっ、美味っ!」

「何これ、ほんと美味しいし!?」

「イリヤちゃん、何時もこんなの食べてるんだ。くうぅぅ羨ましすぎる! 私も優雅且つ自堕落な貴族生活を堪能したいっ!」

 

 そんな声がイリヤのお茶請けがテーブルから消える度に聞こえる。

 当然と言えば当然だろう。イリヤの貴族としての目に…いや、口に適う物ばかりなのだ。それは海外―――欧州から取り寄せた高級品を始め、日本に置いては某T国ホテルに宿泊されるVIP相手に出される物だ。

 値段的にもそうだが、身分的にもあやかと千鶴や木乃香以外はまず口にした事が無いだろう。

 

(いえ、あの三人と付き合いの親しいアスナやナツミ辺りも口にしてそう。…でもそれだと、余り気にしないアスナは美味い美味いって喜ぶだけで済むかも知れないけど、平凡過ぎるほど平凡な普通の子であるナツミは逆に気の毒かもね。恐縮し切って困ったように遠慮する姿が目に浮かぶわ)

 

 そう思った事もあり、自然とイリヤの視線は夏美の方へ向かい―――あ、やっぱりそうなのか、と確信を深めた。イリヤの菓子を見詰めて彼女が複雑そうな顔をしているのが目に入ったからだ。恐らくイリヤの想像したような事が過去に在ったのだろう。

 クラスメイトを観察しながらそんな事を考えていると、

 

「イリヤちゃんっ! 私にもイリヤちゃんの両親を紹介して! 私もさよちゃんのように―――…もぐっ!?」

 

 何故か美砂が詰め寄って来て、

 

「ゴメン、イリヤちゃん。美砂の言うことは気にしないで…!」

「な、なんか酔っ払っちゃったみたいで、お菓子に入っていたお酒にやられたのかな…! は、はは」

 

 慌てた様子の円が美砂を羽交い絞めて口を塞ぎ、桜子も乾いた笑みを浮かべて何かを誤魔化すように言い、美砂の脇を固め、

 

「じゃあ、私達ちょっと御手洗いに行くから」

「あはは、また後でお話ししようね」

「二人とも放してっ! イリヤちゃんに大事な話しがあるんだか「「美砂は黙ってて!」」らぁ……」

 

 そう言って円と桜子が美砂の脇を挟んで遠ざかって行った。その間際―――

 

 ―――私の優雅なっ、自堕落な貴族生活がぁぁーーーっ!!

 

 と。

 そんな誰かしらの叫びが聞こえた気がしたが……イリヤは聞かなかった事にする。

 正直、何をどう勘違いしたのか? そんな風に見られるのは不本意だと思うし、さよも決してそんなのではない。いや、まあ……彼女が自分とさよにどんな想像を巡らせたのかは、ハッキリしないのだけど……

 

「……碌でも無い事には違いないわよね」

 

 彼女達が消え去った方を見ながら呟く。

 見ると店内に居る一同もほぼ全員が手洗いの方に顔を向けていた。此処がほんとに漫画の中であれば、それらの頭には縦線が入り、大きな汗が浮かんでいただろう。

 

「はは、おもろい人達やなぁ、ネギのクラスの奴らは…」

「コ、コタロー君…」

 

 イリヤの近くに席を取った小太郎が笑うと、同じく席の近いネギは居た堪れない様子で俯いた。受け持った生徒のあんまりの行動にやはり担任としては他人事ではいられないらしい。だがそれはイリヤも似たような物だ。

 

「…そのクラスに入った私としては笑えないんだけど。……ほんと一体どういう風に見られているのやら」

 

 思わず吐露する。

 するとイリヤの席の周囲の面々―――ネギパーティー及び、それと親しい生徒達が申し訳なさそうな顔をしたり、困ったような苦笑を浮かべ……向かいの席に座っているエヴァが口を出した。

 

「やれやれ、これで思いやられる様ではあの連中と一緒にやって行けんぞ。この程度の騒ぎなんぞ日常茶飯事なのだからな、あのクラスは」

「…………そうなんでしょうね、うん」

 

 エヴァの忠告めいた言葉に原作を思い返してイリヤは困ったように首肯する。心配の種が大きいネギと明日菜に対してもそうだが、夕映達の事を思って編入したのに、早まったかなとも思ってしまう―――とはいえ、

 

(チャオ・リンシェンの事も観察したかったし、ね)

 

 皆と同様、この歓迎会に参加した件の人物の方を一瞥してイリヤは内心で呟く。

 その彼女は五月と話しをしている。どうやら他の生徒達と同じくイリヤの出したお茶請けに付いて意見を交わしているらしい。

 そう、ネギ達の心配の他に、それもイリヤが編入した理由の一つだ。“敵”である彼女の人物像を近くで見定める為に、原作との相違点を見極める為に、だ。

 さよと人形(メイド)達にも超 鈴音が協会から要注意人物に指定されている事は伝えてある。今もそれとなく警戒し、観察している筈だ。たださよは少し判らないが……忘れていないか少し心配になる。

 

「そっか、そうやった。イリヤ姉ちゃんもネギの生徒になるんやったな。うん、笑ってスマンかったわネギ。あと姉ちゃんも大変やな、あの様子だと」

 

 エヴァの言葉を聞いて、イリヤがこのクラスメイト達の一員になる事を今になって思い出したらしく、小太郎は同情の視線をイリヤに向ける。

 ただ自分をそう気に掛ける一方で今の台詞を聞くに、ネギが自分を生徒に受け持つ事に哀れんでいるようにもイリヤは思えるのだが。

 しかしそれを追及する前にネギが口を開いた。

 

「……さっきから気に成っていたんだけど…」

「ん?」

「なんや?」

「どうしてコタロー君は、イリヤの事を“姉ちゃん”って呼んでるの?」

 

 首を傾げて、純粋に疑問気に尋ねるネギ。

 

「あ、それは私も気に成りますね」

 

 聞き耳を立てていたのか、それとも偶々耳に入ったのか、千鶴も興味深げな表情を見せてイリヤ達のテーブルに近付いて来る。あやかと夏美もだ。

 当然、イリヤの席に近い明日菜や夕映達もイリヤと小太郎に好奇の視線を向けている。

 小太郎は先の事件の最中…フェイト一味を出し抜いてネギに警告を発する為に麻帆良へ向かう前に、イリヤの事をある程度アイリから聞いており、イリヤが本当は明日菜や千鶴よりも年上だと知っているのだ―――が、しかし、

 

「いや、千鶴姉ちゃん。そんな視線を向けられても別に大した事やないで、単に同い年の俺よりもずっと確りしとって、さよ姉ちゃんよりも“姉ちゃんっぽい”からだけやって」

 

 イリヤからの口止めもあって、向けられる無数の視線に対して小太郎は平然とそう嘯いた。一応事実を言っている為だ。勿論、本当の事を言っている訳でも無い。

 千鶴は答えた彼の様子を何時もの笑顔のまま、しかし僅かにジッと窺うかのように見詰め―――

 

「なるほどね、その気持ち良く判るなぁ。私も時々イリヤちゃんを自分よりも年上じゃないかって思う事があるもの」

「明日菜の言う通りやね。イリヤちゃんホント確りしとるからなぁ」

「そ、そうですね。私もイリヤさんにお世話になる一方ですから、そう感じていますし」

 

 小太郎の返答に明日菜は大きく頷いて同意し、空かさず木乃香と刹那がそれに便乗した。

 無論、明日菜は本当に年上だとは知らず、後者の二人は知っている。明日菜には悪いが知らない彼女が言う納得の言葉を出汁にその事実を覆い隠そうという事だった。尤も嘘が苦手なのもあり、刹那の言葉は若干硬くなっていたが。

 その甲斐もあってか、少し考えるような仕草をした後、千鶴も納得した様に頷いた。

 

「―――そうね。イリヤさんはそんな感じをさせる子よね。だから小太郎君を安心して任せられるのだし…」

「………千鶴姉ちゃん」

 

 相変わらずの笑顔だが、後半の言葉は若干寂しげにも聞こえた。だからイリヤは少し申し訳なく思う。原作での本来の役割を奪ったという感覚があった。

 

「悪いわね、チヅル」

「いいえ、イリヤさん気になさらないで下さい。詳しい事情は分かりませんが、私が預かるよりも貴女の傍の方が良いという事は判りますから。小太郎君の為にも、そして恐らくは私達の為にも…」

 

 そう、この世界では小太郎の身元引受人はイリヤとそして鶴子になっているが、原作同様、千鶴も彼の身元引き受けを申し出ていたのだ。

 しかし、そこは裏の世界が関わる所。それに巻き込まれた千鶴の実感は決して小さくは無く、イリヤと近右衛門の説得を受けて已む無く辞退したのだった。また先の言葉から判るようにイリヤへの信頼も少なからずある。

 尤も千鶴にしても、イリヤの存在は非常に不可解で、言うなれば怪しくもあるのだが……それ以上に頼れるナニカを感じているのだ。

 ただ、そのナニカを信じて頼り切るのも危ういと、イリヤに覚える孤独が強まるような不吉な予感も無くは無いのだが―――千鶴はかぶりを振る。そのイリヤの纏う孤独を払う為に小太郎を任せた側面もあるからだ。だから、

 

「…ですので、小太郎君を立派に育てるのをお願いしますね」

 

 だから千鶴は、胸の内に秘めた想いを被せてそう告げ、イリヤに改めて彼を託した。

 

「り、立派に育てるって、千鶴姉ちゃん……」

 

 千鶴の言葉を聞き、小太郎は何とも言えないような渋い表情をする。

 彼としては、独りでも努力してこれまで生きて来た自負はあるのだが、お天道様に胸を張れるような真っ当な生き方を出来なかった負い目があり、正にそういった真っ当な生き方をさせるとでも言うその言葉に反論し辛いのだ。

 それまで苦労し、泥臭くも生き抜いて来た人生を否定する訳ではないが、小太郎自身、本音を言えば出来る事なら真面な人生を歩みたいとも思っている。

 その生まれ故に裏の世界から抜ける事は出来ないだろうが、イリヤの下に居れば、少なくとも正道に立ち、薄汚く生きる必要は無くなるだろう。

 そういった意味では、千鶴の立派に育てるという言葉はあながち間違いでは無い。

 イリヤもまたそれは判っている。

 

「ええ、チヅルに確り顔向けできるように立派に育てるわ」

 

 判っているからイリヤは、満面の笑みで若干冗談めかしながらもそう確かな答えを返した。

 

「イ、イリヤ姉ちゃんまで……」

 

 イリヤの返事を聞き、小太郎はガックリと肩を落とす。何となく自分の立場がどんなものか、二人に良いように弄られてるなぁ…と、文字通り飼い犬にされたような気分を覚えたのだ。

 その彼の様子と千鶴とイリヤのやり取りに重くなった雰囲気が解けたのを感じ……プッと明日菜が噴き出す。それに釣られて周囲の面々も笑い声を上げる。

 

「なんか色々と複雑な事情や経緯があるようだけど、犬上君は那波さんからイリヤちゃんに里親が移った訳か」

「さ、里親っ!? ぷぷ…まあ、間違ってないわよね」

「うん、言い方はちょっと悪いけど、小太郎君はやっぱり犬っぽいし」

「とんだ野良…いえ、駄犬ですが、良い飼い主が出来て良かったですね。何しろイリヤさんなのです。貴方には勿体無いくらいです」

「ぐ…! 明日菜やのどかの姉ちゃんが言った事は許せるが…コラッ! チビ助! オマエが言った事は許さへんぞっ! 誰が野良の駄犬やねん! このデコッパチがぁっ!」

「そういって直ぐにムキに成るガサツな所が野良みたいで駄目って事でしょうに。少しはネギ先生を見習いなさい。でないとイリヤさんから見放されますわよ」

「そうです。そうやって単純且つ感情的な所が原因で言いように使われ、油断を招いて……結果、周りに迷惑を掛ける事になるのです。いい加減少しは学んだらどうです? あとチビ助というのは百歩譲って認めなくもありませんが、デコッパチというのは訂正して貰います」

「うぐぐ…このチビ、何時か泣かす」

「できる物ならやって見ろです。何時でも受けて立つですよ」

 

 ハルナが面白げに言い。明日菜がまた噴き出し、のどかは申し訳なさそうに言って、夕映が鼻で笑いながら続き、小太郎は怒りのボルテージを上げるが、あやかが叱りつけるように宥め、夕映は呆れた様子で彼を見下げ、的確な反論が思い付かない小太郎は悔しそうに歯噛し、夕映は余裕で挑発する。

 イリヤはそれらのやり取りを、やれやれと肩を竦め、千鶴はホホ…と微笑ましげに見詰め。さよは睨み合う夕映と小太郎にオロオロし、周囲のクラスメイトは夕映と小太郎の突然の対決に恒例のトトカルチョを始め、何故かメイドの一部がそのトトカルチョの仕切りを行う。

 そんな混沌の坩堝に成りつつある状況を見て、溜息を吐きながらも。

 

「まったく、イリヤが加わっても変わらない……相変わらず騒々しい事この上ないな、この連中は。まあ……そんなお気楽な奴らと過ごす日々も―――」

 

 ―――最近は、悪くないと思わなくも……―――そう、そうか。悪くない、…ものなのだな。

 

 そう、エヴァは周囲に聞こえないように―――眼を見開いて、口から零れた自らの発言に驚きながら―――感慨深げに呟き。茶々丸のみがそれに頷いていた。

 

 

 騒動から一時間ほど経過し、大きく騒いで疲れたのか会話も交える声も疎らと成り……彼女達は代わりに店内の壁際とカウンターに設置されたショーケースに静かに視線を向ける事が多くなっていた。

 以前の喫茶店に近い状態に戻された店内において、それら壁際とカウンターであった場所に在るショーケースの存在が、この店が宝飾店と成った事を明確に示していた。

 金、銀、銅、鉄、真鍮、宝石などの多くの素材を元に、動物、植物、天体、武具などの様々なモチーフを持って作られた多種多様なアクセサリーがより映える様にライトに照らされ、ガラスで覆われたケースの中で輝いている。

 それらは全てイリヤが手掛けた品だ。今後は徐々にさよと分担し、人形達にも手伝って貰う積りだが、開店始めという事もあって今ケースに並んでいるのはイリヤが制作し、念を入れて厳選した物だけである。

 

「うーん、ほんと凄いわね。これ全部イリヤちゃんが作ったんでしょ」

「…プロ顔負けね。いや、プロなんだろうけど……雑誌で見る物や渋谷の専門店で見る物となんら遜色がないわね」

「円が言うんなら確かなんだろうね。少なくとも私と美砂が見るよりは」

 

 そう話すのは先程お手洗いに逃げ込んだ。チアリーダー部所属の今時っ娘3人組だ。

 特に円はシルバーアクセサリーを好み、よくその手の店を覗いている事もあって熱心に品評している。イリヤが様子を伺うに感触は悪くないようだ。

 

「うん、気に入ってくれて何よりだわ」

「あ、イリヤちゃん」

 

 イリヤは3人組に話し掛ける。

 

「正直、今の子達がどういった感じのデザインを好むか判らなかったから不安だったのよね」

「そうなの。あ…さっきはゴメンね、変なテンションに成っちゃって」

 

 美砂が先程の事を謝る。

 イリヤはかぶりを振り、気にしてないとでも言うような態度を示すものの、一応注意するように彼女をきつく一瞥する。

 

「う…」

「えーと…それで、好みが判らなかったっていうのは?」

 

 睨まれて呻く美砂を庇うように円がイリヤに訊く。

 

「まあ、なんていうか。余り他所の影響を受けたくなかったから、他店の物を始め、そういった有名なデザイナーやブランド、職人の事とかを詳しく調べなかったの」

「え! それじゃあ、此処に在るのは全部イリヤちゃんが一からデザインしたオリジナルなの?」

「あー、でもそうとも言えないかな。アインツベルン(うち)専属の職人の物をリスペクトしている部分もあるだろうし、気付かない内に目にしたものを参考している事もあると思うから」

 

 円の質問にイリヤは、うーんと顎に指を当てながら考え込むようにして答えた。

 実際、イリヤは一応自分で考えはしたが、結局は魔術の延長な―――というか目的もあって、魔術を用いて製作している―――事もあり、その辺(アインツベルン)の知識を元にデザインしている感が拭えない。また数多の宝具を投影する“錬鉄の英雄”たるアーチャーや、高度な魔術品を作製できる“神代の魔女”であるキャスターを夢幻召喚(インストール)して受けた影響も多分に在る筈だ。

 それに、そもそも人間というのは自分が経験し、得た知識を反映してナニカを生み出す事しか出来ない生き物だ。況してや“ここまで”文明が高度に発達し、多くの物と様々な情報に溢れた現代の世ならば尚更だろう。故に完全なオリジナルだと言い切るのは、イリヤ的にはどうにも違和感しかなかったりする。

 そんな事を思った……一瞬、脳裏に究極の原典(オリジナル)コレクターたる彼の黄金の我様(サーヴァント)の姿が浮かんでしまう。途端―――

 

「っ―――!」

 

 そんな厄介な半神半人(じんぶつ)を思い浮かべた所為か、イリヤは胸に強烈な幻痛(いたみ)を覚えた。

 

「え…!?」

「どうしたの!?」

「大丈夫、イリヤちゃん!」

「―――…あ……」

 

 突然奔った強い幻痛に胸を押さえると、美砂たちが倒れ掛けたイリヤの身体を肩から支える。

 イリヤは遠退き掛けた意識を取り戻すと、肩を支えてくれた彼女達に直ぐに笑顔を向けた。

 

「……何でもないわ。大丈夫よ」

「ホント? なら良いけど」

「心配させてゴメン。ふふ……“誰かさん”の様にお菓子に入っていたアルコールにやられたのかしらね」

 

 三人を心配させたことを誤魔化す為にイリヤは冗談めかして答えた。すると、うえっ…と美砂の口からバツの悪そうな声が零れ、円と桜子も可笑しそうに笑みを零した。

 そうして三人の視線が外れた合間に、イリヤは幻痛の在った胸の辺りを擦って何も異常が無い事を確認する。

 

(―――そういえば、アイツには胸を抉られて心臓を取り出されたのよね。ある並行世界(かのうせい)(ばあい)だけど……その所為かしら?)

 

 イリヤは、不可解な幻痛にやや釈然としないながらも―――そう思った。

 

「イリヤ、大丈夫…?」

「マスター、お加減が悪いのですか?」

 

 先程の事を見ていたのだろう。声の方を振り返ると心配げな様子でネギとウルズラ、その他にエヴァや明日菜、夕映といった面々も傍に寄って来た。

 

「大丈夫よ」

 

 心配げな表情した皆に先程と同じくイリヤは笑顔でそう告げる。

 

「…ですが」

「大丈夫よ、ホントに何とも無いから」

 

 ウルズラは従者らしく簡単に納得しなかったが、念を押すように繰り返し大丈夫だと言うと大人しく引き下がった。

 エヴァも眉間に眉を寄せていたが、イリヤがかぶりを振って問題無い事を示すと、仕方なさげに頷いて渋々納得した様だった。

 他の面々もイリヤの浮かべる笑みに安堵しつつも何処か心配げだ。

 

「…と、そうだ」

 

 イリヤはそんなおかしくなった雰囲気を代える為に、やや大袈裟にポンッと手を打ち、

 

「折角だからクラスの皆にはサービスして、一点だけこの店の物をプレゼントしようかしら」

 

 そう、唐突ながら提案した。

 

「えっ…良いの!?」

「ええ、気に入った物を一つだけね。遠慮は無用よ。日本では引っ越しした際、お世話になる隣人にお裾分けするそうだから、そういった物と思えば…」

「や、それって引っ越し蕎麦の事やよね……そんなんとは違うような」

 

 突然の提案に驚くアキラにイリヤが答えると、亜子が突っ込みを入れた。日本文化に多大な誤解があると思ったのだろう。

 勿論、イリヤも“誰か”の精神(きおく)が混ざった影響をあってそれは理解している。だから敢えておかしく誤解している風に言ったのだ。彼女達が受け入れやすいように。

 

「どうしても気が咎めるなら……そうね、八割引きで応じても良いし、口コミで店の事を宣伝してくれたら嬉しいかな」

 

 加えてそう更に受け取り易いように皆に言う。

 それでも「うーん…でも」「良いのかな?」「うん、目にした限り、今ここに在るもので安い物が無いし」と若干渋る様子を見せていたが、

 

「なら、ええかな。イリヤちゃんの好意を素直に受け取らせて貰うえ」

「ええ、私も遠慮なく受け取られて頂きます」

 

 そう、木乃香と千鶴が言った事を口火に他の生徒達も気が軽くなったのか、次々と申し出る。

 

「じゃあ、タダはやっぱり申し訳ないから八割で…」

「私も」

「どんなのでも良いの~?」

「では、拙者もお言葉に甘えて…」

「イリヤちゃん、太っ腹ー!」

「ふとっぱら~」

 

 喜ぶクラスメイト達の姿を見、イリヤはその切欠を作ってくれた木乃香と千鶴を一瞥する。

 気を使ってくれて、ありがと、と内心で感謝と告げながら目を向けると、その感謝を察した二人は笑みで答えた。

 

 

 

 ―――そして、

 

「今日、此処に来なかった生徒達分も一応選んでおかないと……」

 

 皆がそれぞれ気に入った物を選び、店を後にする生徒達を見送りながらイリヤはそう静かに呟いた。

 視線の先には此方を振り返り、手を振るクラスメイトの姿がある。

 「じゃあねー」「また明日」「歓迎会楽しかったよ」「プレゼントありがとね」…等々とイリヤとさよに言いながら彼女達は帰路に付く。

 

「……やっぱり、訳があったんや」

 

 と。

 生徒を見送るイリヤの背後から先程の呟きに答えるかのように声が掛かる。

 まあね、とイリヤはそれに応じながら振り返る。

 そこに居たのは木乃香だ。他にも明日菜や夕映達も居るが…ネギの姿は無い。残ろうとするとあやかが強引にでも居座りかねなかったからだ。その為、彼には先に帰って貰っている。

 エヴァも今日は所用がある為、帰宅しており。親友達を置いて行く事になったハルナは、学祭を控えた今月の“修羅場(原稿)”対策の為にだ。

 

「プレゼントした物もそうだけど、この店に在るのはちょっとした護符(アミュレット)なのよ」

「やはり、そうですか」

 

 先程の質問に皆と店内に戻りながらイリヤは返答すると、夕映が納得気に頷いた。

 

「ま、とは言っても貴方達に渡した物や、協会員が身に付けている物とはかなり違うし、比較的簡素なものなんだけど」

「でも、アミュレットには違いないんですよね。どういった物なんですか?」

 

 のどかは興味深げにしつつも真剣な様子で尋ねる。

 

「一言で言うと、よくある幸運のお守りよ。怪しい通販とかでもよく在るヤツ…ね。勿論、効果は本物だけどそういった物の宣伝文句ほど大袈裟じゃなくて、せいぜい失せ物が見つかったり、怪我や病気に掛かり難かったりする簡単な厄払い程度の代物よ」

「……つまり手にしようと、していまいと大した事にならない物、ですか?」

 

 説明を聞いた刹那が首を傾げて言う。

 そんな物を売りに出して何の意味があるのか? 無論、“本物”を簡単に売り捌くのも問題だが、その程度ならわざわざ護符に仕立ててこの学園の生徒達に販売する理由が無い。普通のアクセサリーなりジュエリーなりにした方が無駄が無く、実利的な筈だ……そう刹那の顔は言っている。

 要するにそれではイリヤらしくない、本当の目的は何なのか? という事だ。

 イリヤはそんな物言いたげな刹那の顔に苦笑しつつ、その問いに答える。

 

「個人が持つだけなら刹那の言う通りになるわ。だからこうして大々的に売りに出そうとしているわけ。この店の品物―――アミュレットの本当の効果は一定の範囲に複数広まる事で発揮されるの。ヒトが所有する事で、弱く、薄くとも確かに在るそのヒトが得る幸運を広める事でね」

 

 そう告げるが、皆は抽象的な言いようもあって顔を難しげに顰めるだけだ。しかし流石というか、木乃香が気付く。

 

「…結界やね。人の持つ無意識や何気ない感情に作用し、利用した概念的な結界……効果は、やっぱり悪意と邪気を払い清めて、幸運を呼び込む文字通りの厄払い…」

「えっと……?」

「……つまりどういう事アルか?」

「明日菜、くーふぇ、多分イリヤちゃんの狙いは、この前の事件のような襲撃を避ける為の……ううん、もしそれが起こったとしても被害を抑えるのが、本当のとこやね?」

「うん、そうよ。よく出来ました、コノカ」

 

 むむ、と顔を顰める明日菜と古 菲に答えた木乃香に、イリヤは教え子を褒める教師のように言った。

 

「この店の品物は、“所有者”の元から持っている幸運とアミュレットで招いた幸運を複数で共有、拡大し、厄払いの結界を構築するのが本当の効果なの。目的はコノカの言う通り、先日の事件のような事態をそういった幸運や厄払いで少しでも遠ざけ、被害を抑制する為ね」

 

 そう、“幸運”と呼ばれるモノは一種の因果干渉なのだ。来たるべき運命や在るべき結果を変え得るチカラ。彼の騎士王が因果をも()る心臓を貫く不可避の一撃を退けた様に、強ければソレを捻じ伏せられるのだ。

 無論、そこまでの幸運を持つ者は非常に稀だ。イリヤが施したこの事前策も言う程の効果は期待できないだろう。学園が敵に目を付けられている事実は変えられないし、ネギや明日菜の持つ因果や運命は途方もなく大きいのだ。無いよりもマシ程度の効果しか示さないだろう。

 

(……けど、その無いよりマシ程度でも、備えられる事ならやるべき、少なくとも被害を抑制することは出来るのだから…)

 

 内心でイリヤは呟く。

 先日の犠牲者とその遺族達の姿を脳裏に思い浮かべて。

 

「それじゃあ、このお守りは広まれば広まるほど、効果が在るんだよね?」

 

 明日菜が問い掛ける。

 

「ええ、ただ一応上限みたいなものはあるけど…ついでに補足すると、常に身に付けるんじゃなくて、“所有”する事自体が術式の起動条件になっているわ」

「それなら、いっそのことタダで配ったりした方が良いんじゃない? あと本当に効果のある幸運のお守りだー!…って大々的に宣伝してさ、多くの人に知って貰えばもっと―――」

「―――あ、それはアカンよ明日菜」

「ですね、宜しくないかと」

「へ…?」

 

 疑問を呈しながらも名案とばかり言う明日菜に、木乃香と刹那がダメだしする。イリヤも無言で頷く。

 

「明日菜、訊くけど……タダで貰ったもんを大事にしたりする?それも唐突に理由も無しに配られたりした物を?」

「それは…」

「その上、幸運のお守りだなんて言われても信用しませんね、普通は」

「あ、あー……ゴメン、確かに思い入れは持たないし、怪しいわ。私だったら受け取らないかも、或いはすぐに捨てるかも知んない」

 

 友人の二人に言われて明日菜は項垂れる。

 

「今日、クラスの皆に配ったのは、イリヤちゃんとさよちゃんとの事や、そのプレゼントって意味でそれなりに大事に思うやろうから問題ないしな」

「うん」

「それと、幸運のお守り…という案についてはもう一つ。仮にそう宣伝し売りに出して、本当に効果が在ると周知されても、それを目的にイリヤさんの護符を求めに来ては意味がありません。そういった下心は悪意と邪気を呼びますから……最悪、効果が裏返りかねません」

「げっ! それって運が悪くなるって事…!?」

 

 更なるダメ出しを受けて仰け反る明日菜に、刹那はええ…と首肯する。イリヤさんの事だからその辺りの対策は勿論されているでしょうが、とも言うが、明日菜は自分の安易な考えに気を落とす事を止められなかった。

 イリヤは、そんな彼女を慰める意味でも口を開く。

 

「そう気落ちすることは無いわよアスナ。貴女は……いえ、ユエとノドカ、クーもこっちの世界に足を踏み入れたばかりで、知識も碌に無いんだから」

「そうアルヨ。私なんて聞いてもよく判らなかったのに。正直、学校の勉強だけで手一杯……もう逃げだしたいくらいネ」

「…………それは駄目よ」

「わ、判ってるネ。だから睨まないで欲しいアルヨ、真面目にやってるから、勘弁して欲しいネ」

 

 小柄な幼い外見の少女に睨まれて、イリヤちゃん怖いアルーッ!と涙目になる古 菲を見て、明日菜は笑みが零れるのを自覚する。元よりそんなに落ち込んで無い事もあり、

 

「それじゃあ、頑張りますか。イリヤちゃん、今日は宜しく!」

 

 と、前向きに元気良く今日の講義を受ける事にする。そう、だから明日菜を含めた彼女達は工房…もとい明日から表向きには宝飾店となるイリヤ宅に残ったのだ。昨日まで連日、例の別荘でエヴァがやっていたものをイリヤから受ける為に。

 イリヤも古 菲から目を外すとそれに頷く。

 

「ええ、では今日の座学を始めましょうか。テキストは持って来ているわよね……うん、大丈夫みたいね。では―――」

 

 そうして、歓迎会の会場であった店内を即席の教室にし、魔法社会の講義を始める。

 何時もなら先の通り、エヴァが講師でネギが助手を務めるそれを、イリヤとさよが代わりに務め、小太郎が生徒に加わって。

 

 

 そうして彼女達はイリヤの家に泊まる事と成り、やがて夜が更ける頃にはネギも再度訪れ……事件を経て変わり始めた日常から、また更に一風変わった一日を過ごし、その日を終えた。

 

 




 イリヤのアトリエこと宝飾店がオープン。
 結界で魔術工房の存在や閉店した喫茶店にひと気がある事を誤魔化していましたが、本文にある通りそこそこ手間が掛かり、立地も中々勿体無かったのでイリヤは店を構える事にしました。
 これでイリヤは本格的にエヴァ邸から引っ越した事になり、小太郎がそこに転がり込こんで今度は自分が居候を抱える事になりました。
 なお、さよは身内扱いなので居候とは余り言えないようです。









 おまけ―――本編に関係無いようであるような余談。


「そういえば、サヨ」
「なんですか?」
「昼間の師しょーっていうのは…何? 何であんな呼び方を?」
「…あれですか。えっと…昨日…ううん、一昨日の晩だったかな? その…夢を見たんです」
「夢?(あれ…? 何かすごく嫌な予感が…)」
「はい。どうしてか私は道場みたいな所に居て、竹刀を持った剣道着姿の女性が目の前に居て……その人が弟子一号だとか、変な事を何の脈絡もなく突然話し始めて…とても長い口上でしたから内容はよく覚えてないんですけど、とにかくブルマ…じゃなくて、イリヤさんの弟子になるんだったら、そう呼んだ方が良いとか言ってたんです。なんだか夢とは思えないくらいに妙に生々しくて。…私、お告げか何かかと思ったんですけど―――…って、どうしたんですかイリヤさん!? 顔真っ青ですよ! 大丈夫ですか!?―――きゃああっ! 確りしてください!? 気を確かにっ!」
「―――あ………あたま痛いわ」



 そうしてイリヤは夜も更けたその日の晩に突然倒れ。
 さよの慌てた声を聞きつけたネギと明日菜達は、顔を青くして倒れたイリヤを目にし、騒然となった―――とか、ならなかったとか。




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