麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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今回から暫くは向こうでのストック分は見直しつつ、切りよく分けて投稿する積りです。



第27話―――試し合いなる死合

「―――チッ!」

 

 直ぐ視線の先から迫り、頬を掠めて行った一条の銀光と遅れて頬に感じる痛みに思わず舌を打つ。

 危うかった今のが決まっていたら……と。

 

 が、

 

 それを考えるよりも先に身体は素早く回避行動を取っていた。

 左に右に、上に下に、雲一つない蒼穹(そら)を立体的に且つ高速で飛び続け、ほぼ間を置く事無く連続で注ぐ刃金の雨…機銃ように迫り来る無数の銀光を必死に避ける。空中であるが故に十分に開けた空間を活かして縦横無尽に駆ける―――が、だからこそ不利だった。

 遮蔽物の無い空中だからこそ自由に飛び回れるが、逆に言えば身を隠す場所は無いのだ。

 

「…クッ! これでは良い的だ!」

 

 銀光がまたも身体を掠め、感じる痛みに愚痴るかのように罵る。

 この銀光を放つ“敵”との距離は凡そ2km。腕前は尋常では無く、放たれるそれを回避してもほぼ至近か、身体を掠めて躱すのが精一杯。しかも今戦場と成っている場所は砂漠だ。この空中のみならず地上もなだらかな砂丘が在るだけで真面に身を隠せる所は無い。

 

 おまけに―――

 

「!―――ガッ!?」

 

 瞬間、避けられぬ一撃と思い。反射的に前方へ五重の障壁を展開するも、あっさりと貫通されて脇腹から“持って行かれた”。

 文字通りごっそりと腹部の半分が粉砕され、肉片を撒き散らしながら消し飛び、その中身が…血と内臓が零れ落ちる。

 

 ―――おまけに、敵の攻撃は己の強固な…それも何重にも重ねた障壁を無効化し、その威力は容易くこちらに致命傷を与えて来る。

 

「……!」

 

 それでも彼女は歯を食い縛り、激痛と共に零れ落ちるモノを無視して致命傷を負ったにも拘らず、今も容赦なく迫る銀光を避ける為に回避行動を続ける。

 この程度なら大したことは無いのだ。彼女にとっては。しかし相手もそれは判っている。この次の瞬間には致命傷であった筈の怪我は何事も無かったかのように治っているのだから。

 そう、彼女にとって障壁を無効化し如何な威力を持とうと然程意味は無いのだ。例え頭を貫かれようとも、心臓を打ち抜かれても、首を断たれようとも、だ。その不死性ゆえに。

 

「だが、このままではジリ貧である事に変わりは無い」

 

 身体を掠め、ひやりとする攻撃が続く中で彼女は独り呟く。

 自分も、そして相手の方も決定打が無い。

 それを確かめるかのように迫る機銃の如き銀光を避け続け、空を縦横に駆けながら彼女は呪文を唱え―――

 

「――――吹雪け、常世の氷雪……―――闇の吹雪!!」

 

 高まる魔力と詠唱を終えたのを察知した事による動揺か、間断なく襲い来る銀の弾幕が僅かに薄れ……彼女はその僅かな機を逃さずその名が示すような漆黒に染まった濃密な雪嵐を……上位魔法を遠方の銀光を放つ敵に目掛けて放った。

 2kmもの先を秒という間も無く詰めて敵に、こちらに弓を構える赤い外套を纏う銀髪の少女に闇色の雪嵐が直撃―――するかと思われた瞬間、

 

「…やはり、か」

 

 予想通りの結果に青い眼を細めて彼女―――漆黒の衣装を纏う吸血姫…エヴァは苦い表情を浮かべる。

 自身の大呪文。それも最強の名を冠する彼女が全力を持って放った魔法は、直撃する寸前に銀髪の少女の目の前に展開した幾学的な文様を輝かせる銀の魔法陣によって防がれ、霧散した。

 恐らく敵の弾幕が薄まったのは、動揺では無くこの防御壁を展開する為だったのだろう。

 

 話には聞いていた。

 彼女の作るアミュレットもそうだが、“向こうの魔術”によるそれは“此方の魔法”が持つ神秘と比べて“純度”が段違いなのだと。

 物理的な破壊力や引き起こせる現象の結果は、此方の魔法の方が遥かに効率的且つ上であるものの、その秘すべき神秘が“広まり薄まり過ぎている”のだという。反面、此方の世界に満ちるマナは異様に濃く、精霊の多くが“裏へシフト”していないのもそれが関連しているらしい。尤もそれは今はあまり関係が無いので兎も角―――神秘は更なる神秘の前に意味を失くす、と銀の髪の少女は言っていた。

 つまり齎すその効果や結果の差がどうであれ、神秘が薄まった此方の魔法では向こうの魔術には抗しえない。ぶつかり合えば容易に掻き消されてしまう。

 そうなれば当然、魔法と魔術の打ち合いと成れば、此方の魔法使いは向こうの魔術師に圧倒的な不利を強いられる。無論、いざ戦闘となればそんな単純な理由で結果が決まる事は無いだろうが、純粋に魔法では魔術を打破するのは、無謀とまでは言わないが非常に困難である。況してや特化型とはいえ、一級の魔術回路を持つ一流の魔術師である銀の少女―――イリヤに挑むのであれば尚更だろう。

 それを証明するかのようにイリヤの前面に展開していた魔法陣が姿を…いや、形状を変えて二本の剣のカタチと成り―――

 

「―――ッ!?」

 

 銀光……弓から放たれる矢よりもその速度はかなり遅いが、瞬く間に迫った剣のカタチを持ったソレが二度(にたび)展開した五重の魔法障壁の内、四枚を完全に貫いて五枚目で漸く止まった。

 眼前……鼻先でギリギリ止まったその切っ先を見、エヴァは眼を見開いてギョッとする、してしまう。

 最強の魔法使いと自他ともに認める己が張った障壁を容易く貫いたのだ。先程から続く宝具の矢であるならまだしも、ただの魔術である筈のソレに。高位の魔法使い…例え千の呪文を持つ男(サウザンドマスター)による最上位呪文すら通さない魔法障壁を。……エヴァが表情を引き攣らせるのも無理は無い。

 しかし、ソレ―――銀の糸…いや、もしや髪か?……で剣状に編まれた魔術弾ともいうべきコレから感じる迫力と魔力を思えば当然かとも納得してしまう。如何な魔法も持ち得ない濃厚な存在感を放ち。巨大で何処か怖気を感じさせる異質な魔力が込められているのだ。

 

「ふ…これ程とは」

 

 苦笑し強張った表情のまま称賛の声を零す。

 自分達のような超一流の魔法使いが使う災害規模とも言える最上位呪文に比べれば、その物理的な破壊力はちょっとした突風程度に過ぎないソレが、如何な障壁や気の守りであろうと防げず致命傷を負わせる力を持っている事実。魔術の優位性を―――そう感嘆する他ない……まあ、自分は一応防げているのだが…。

 

「にしても…」

 

 驚愕と感嘆の時間を僅かに再度銀光と共に迫る宝具の矢を避けながら思う。本職に徹したアーチャー(シロウ)の力を。

 

「分かってはいたが」

 

 距離を開けられるとこうも厄介だとは。

 宝具という破格の神秘を使い捨ての矢弾とする彼のチカラ。愛すべき彼の力をいざ敵に回すとここまで難物だとは…と思わざるを得ない。

 先が示す通り、魔法の守りなぞ紙切れ…とは言わないまでも、銃弾を薄板で防ごうとするような気休め程度にしかならず、避けようにもその狙いはほぼ正確で且つ速く絶え間なく、更には誘導性の物まである。

 

「遠間では流石に不利。仮にも弓兵の名は伊達では無いという事か……だが」

 

 このまま甘んじる積もりは無い。

 お互い決定打を欠いている状況とはいえ、座視すれば此方が敗れるのは確実。ならば―――と。取るべき打開策はそれしかないと考え、矢弾が迫るにも構わずその場で停止し、スッと眼を細めてイリヤを正面から強く見据える。そしてエヴァは両の掌に何の術式も使わずに魔力を集中し、剣道の正眼にも似た開手の構えを取った。

 

 

 ◇

 

 

 遠い視線の先、豆粒以下の大きさに映る相手を眼にし、投影した剣を…絶えず弓に番えながらイリヤは、漸く優位的な状況を得られた、と密かにホッと安堵していた。

 何しろ近接戦ではまるでこちらに勝ち目は無いのだ。

 エヴァのスペックと技量はそれ程だ。守り上手なアーチャーの技術を持ってしても、そして宝具による優れた武具を手にしていても、それを圧倒してくるだけのチカラが在る。

 

 ―――ホント、とんでもないと思う。

 

 踏み込む速度は獣の如く敏捷な最速たるクー・フーリン(ランサー)を凌ぎ、その膂力は幾つもの魔物を屈服させたヘラクレス(バーサーカー)にも負けず、一撃一撃に込められる魔力の重みは赤き竜の化身であるアルトリア(セイバー)の魔力放出に匹敵するのだ。

 宝具を相手にする不利も『断罪の剣』では打ち合えないと判断するや否や、あっさりと無手と成り、徒手空拳で肉が裂かれるのも構わず此方の剣戟を捌き、人の身では届かない長き年月を経て研鑽された体術で巧みに対応してきた。

 

 ―――正直、これ程とは思っていなかった。

 

 今も矢を放つが、『心眼』ともいうべき恐るべき読みで、確実に中る筈の狙撃を避けるエヴァの姿を見つつ畏怖する。

 六百年の時を生きる吸血姫。魔王と恐れられ、最強の魔法使いと呼ばれる所以。確かにこれは―――

 

「―――人の手に負えない。英雄と呼ばれる人間だけが打倒し得る怪物ね」

 

 決して舐めていた訳でも、侮っていた訳でも無いが改めてそう思う。

 ネギのお父さん(サウザンドマスター)は勝ちを得たというが、それは原作のようによっぽど油断していた所為だろう。或いはエヴァ自身全くやる気が無かったか。

 

「けれど…」

 

 “今回”は優位を得られた。

 幸運にも相対する距離は遠く離れ遠距離戦に持ち込めた。向こうの遠距離手段……魔法は下位は勿論、最上位ものまで防ぐ自信がイリヤには在る。

 先程は、呪文詠唱を許してしまった事、そして本当に最強たる彼女の魔法を防げるか不安が在った為に動揺したが……むしろそのお陰で確信を得た。この距離ならば自分は先ず負けることは無い。距離を詰められさえしなければ此方の勝ちは揺るがない。

 イリヤは微かに笑みを零す…が、

 

「!?」

 

 驚愕に眼を見開く。

 先程、最上位魔法に対して返礼するように放った髪で編んだ使い魔…剣弾(デーゲン)が多重障壁を貫き切れずバレルを失って解れるように自壊したその幾秒後、突如エヴァの動きが止まったと思ったら―――瞬間、イリヤの放った矢が止められた。

 

「…な―――!」

 

 一呼吸の間に十以上、魔力を込めて放った投影宝具の矢が受け止められた!…否、“掴み止られた”!!

 そう、驚愕するイリヤの赤い瞳に映ったのは、飛来する無数の矢を開いた手で器用に正面から掴み取っては中空に放り捨てるエヴァの姿だった。

 

「ッ…そ、そんなっ!?」

 

 非常識にも程がある。放った矢は全てが超極音速以上…音速の八倍から十一倍に達しているのだ。イリヤの魔力回路はシロウの比では無い。彼では十秒から数十秒かかる“溜め”も一瞬で済ませられ、威力も優に上回っている。

 

「―――そ、それを掴んで止めるって!?」

 

 しかも2kmの距離であれば秒にも満たない。正に一瞬……刹那の時間でこちら矢はエヴァの下へ到達している。それも十矢以上の数が…!

 それを剣などで弾き、捌くならまだしも掴み取るなんて…そのような芸当はあの“狂化した湖の騎士(ランスロット)”でも不可能な御業だ。

 

「ッッ…なんて化け物!」

 

 信じ難い光景にイリヤはゾッと背筋に冷たいものを覚え、思わず吐き捨てるようにそう言葉にしていた。

 無論、エヴァとてタダで済んではいない。よく見ればその小さな手の平からは鮮血が流れ飛び散り、指はあらぬ方向に曲がっている。恐らく手首と肘、肩の方も無事では無いだろう。

 だが彼女は不死たる吸血鬼だ。負った傷は瞬く間に回復する。だからこそ行えた無理であり、無茶なのだろう。

 ここでイリヤが驚愕に囚われず、大きく動揺せずに続けて矢を射れば…もしくはその掴んだ矢を……投影宝具(げんそう)を炸裂させればこの時点で結果は決まっていた筈だった。

 

「!―――ッ、マズっ!」

 

 掴んだ最後の矢を放り捨てたエヴァは次の瞬間、上空から地表へと向かって落下…いや、激突せんばかりに頭から突撃していた。

 

「くっ!」

 

 エヴァの意図に気付いたイリヤは動揺していた精神を建て直し、それをさせまいと再び弓に矢を番え―――

 

 

 ◇

 

 

 迫る地面。何処からか吹く風によって砂が舞い上がる黄土色の砂丘。

 高い空からそこに近づくに従って直下に黒いものが薄っすらと浮かび、徐々に濃く大きくなる。それは影だ。砂漠の上空に在って熱く輝く太陽によって作られるエヴァ自身の影。

 

「ふ―――」

 

 地面へ、自身の影へと激突する僅かな瞬間、エヴァの顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 イリヤが再度、自分を狙う気配を感じながらもエヴァは脅威に思わなかった。そう―――

 

「―――もう遅い」

 

 勝機を得たと確信を込めて呟き。砂丘へと…己が作った影へと飛び込んだ。

 

 影を使った転移。

 エヴァが得意とする魔法の一つだ。無論、彼女ほどともなれば、自然に在るものを使うまでも無く。何も無い空中に魔法で影を作りそれを利用する事も出来る。

 だが、それでは遅い。並の相手であれば、それでも十分間に合うだろうがイリヤ(シロウ)クラスの使い手では影を作る数秒の間が大きな隙と成るし、仮に造り出してもその幻想の籠った矢で射貫かれて容易に霧散させられる。

 だから自然に在るものを使うのが最も理に叶う。

 勿論、最初からそうすれば良かったのだろうが、戦闘を開始しイリヤの眼に捉えられた直後、狙撃を躱す為に上空へと迂闊にも舞い上がってしまった。容易に空を飛べる吸血鬼としての半ば癖のようなものであり、ナギのつまらないトラップに嵌められた過去からの教訓でもあったが……今回はそれが見事に裏目に出てしまった。

 そして空へと舞い上がった後は、イリヤは決して地面へと近づかせてはくれなかった。“これまでの経験”からエヴァの転移がどれほど厄介か良く知るためだ。

 

 その為、距離を取られたままジリ貧に追い詰められたのだが、

 

 ―――随分、狼狽えたものだ。

 

 と思う。

 膨大な魔力を注ぎ込んで一呼吸する間に十を超える数を放ち、超極音速に達した宝具の矢。まさかそれがあのように止められるとは思わなかったのだろう―――が、それでもエヴァが予想する以上にイリヤは動じた。

 まだまだ戦士として戦う者として未熟。経験が浅いという事だ。

 勿論、エヴァとてそのような失態を…相手の未熟を当てしていた訳では無い。躱せないのであればと考え、あんな無茶な手段を取り、あのまま放たれる矢を掴み続けて、受け止めながら強引に距離を詰めつつ地表へと降り、影の中へと飛び込むか、一気に吶喊する積もりだった。

 しかしそれを強行するまでも無くイリヤは隙を晒した。

 

「……ふふ、“今度”もお姉ちゃん(イリヤ)の負けね」

 

 (ゲート)を潜った直後、転移門ならではの不可思議な緩慢さがある空間と時間の暗中(せかい)でエヴァがクスリと笑う。

 

 笑いを浮かべ―――エヴァの視界に光が戻る。

 暗闇(ゲート)を抜け、荒涼とした砂漠が広がる日の下に出て……居た!

 

()った!」

 

 辺りを見回すまでも無く目の前―――僅か10m先、ほぼ至近と言える距離に白い少女の姿が在った。位置は彼女の右側面、砂丘の影から姿を現した此方に気付いてはいるが、その表情には迷いが見える。手にする弓に矢を番えるか、それとも得意の二刀に切り替えるか……愚かにも判断を迷わせている。

 エヴァは口角をニィィと歪ませると、一足で距離を詰め―――

 

「フッ―――!」

 

 指先から伸ばした漆黒の爪で容赦なくその首を刎ね―――た…?

 

「―――!?」

 

 エヴァの眼が驚きに見開かれる。

 振るった爪には何の手応えも無く。爪を受けたイリヤの姿にも何の変化が無い。確実に刎ねた筈の首は繋がっており、傷一つ見えない。一瞬前から変わらず迷いの表情で身体を固まらせている―――それを見、気付いた!

 

「しまっ―――」

 

 ―――た! これは幻影!

 

 驚愕の声を零すや否や気配を感じ、咄嗟に回避へと態勢移行しつつも振り返った先―――凡そ100m程先に紅白の人影を見、同時に迫る一条の銀光が眼前に迫っ…て―――

 

 

 ◇

 

 

「はぁ…」

 

 エヴァの頭部が矢に射貫かれて爆ぜ消えたのを見て、イリヤは安堵めいた溜息を吐いた。

 何とか上手く行った、と。

 あの瞬間…エヴァが影に潜り込まんとしてそれを阻止するのは無理だと。転移で距離を詰められてしまうと悟った瞬間、イリヤは狼狽える心を抑えて直ぐに思い付いたその手段を選択した。自身に幻術による迷彩を施してその場に幻影の囮を作り、即そこから離れた。

 ギリギリだった。幻術を使い、幻影を作り、今の場所に位置し弓に矢を番えたのは。

 ほんの微か…コンマ数秒でも遅れていればエヴァが囮に引っ掛かったとしても、位置は悟られ、矢は躱され……或いは矢を番える前には瞬動で距離を詰められて本当に首を刎ねられていただろう。

 けど、

 

「…勝てた。うん…“今度”は文句無しにこっちの勝ちね」

 

 その言葉が聞こえた訳ではないだろうが、頭部を失いぐらりと倒れそうであったエヴァの身体が地面を踏みしめて確りと立ち。失った頭部…首から上を白い煙が覆い―――煙が晴れたそこに再生させた頭部を見せて彼女が言う。

 

「…してやられたな。私相手に見事一本取ったなイリヤ」

 

 不覚を取った己に対してか、軽く肩を竦めながらエヴァがイリヤの方へ歩み寄って称賛の言葉を向ける。

 

「ま、何とかね。正直、幸運と偶然に助けられた部分が大なんだろうけど…」

「そうだな。しかし勝ちは勝ちだ」

「そうね。これで何とか立つ瀬があるかしらね?」

「ああ…」

 

 若干自信なさ気に言うイリヤにエヴァは鷹揚に頷く。合格だと言うように。

 それはイリヤがアーチャーの力を使いこなしつつある事や戦う心構えや……そして―――

 

「…ぼーや達もこれでイリヤの実力を改めて理解しただろうさ」

 

 ―――そしてエヴァの言う通り、これを観戦していたネギ達に先達として面目を立てられたかという事だ。

 

 

 ◇

 

 

 その戦いは五回繰り広げられた。

 戦場(ステージ)適当(ランダム)に選択され、相対(スタート)する位置もこれまた気紛れ(ランダム)に決まる模擬戦(ゲーム)

 

 最初は麻帆良にも似た欧州の街並みだった。路地が複雑に入り乱れ、建物が並び立つ遮蔽物の多い場所。

 初手を打ったのはイリヤだ。建物の中でも一際高い箇所に陣取った彼女は1km先にて空を飛ぶエヴァの姿を捉えるや即狙撃に移り、咄嗟に回避したエヴァの肩を撃ち抜いた。

 しかし追撃を行なわず地上に落下する彼女をそのまま見過ごし、落下直後に更なる一手を打とうとした時、イリヤは己が失態に気付いた。

 落下地点にはエヴァの姿は無く、慌ててその姿を探して左右に目線を動かそうとした直後、背後に気配を感じ取るが…しかし、振り返る間さえも無くエヴァの貫手でイリヤは背中から胸…心臓を貫かれて息絶えた。

 

 二度目の戦場は極寒の雪山。標高は高く、空気が薄く、辺り一面が冷たく白く覆われた世界。

 イリヤにとっては不運にも相対する位置が近かった。僅か300m程と彼女達にとって秒という間もなく接近できる距離だった。

 触れた物に相転移現象を引き起こさせる魔刃『断罪の剣』を手から伸ばして接近するエヴァに対し、何時もの双剣で迎え撃つイリヤ。

 これは断罪の剣がイリヤの持つ双剣…干将獏耶と打ち合う事すら許されずに“断たれる”事からイリヤが有利かと思われた。しかし結果としてはエヴァが圧倒した。

 断罪の剣が役立たずだと理解した直後、エヴァは驚くべき事に素手でこれに対処して巧みにイリヤを翻弄。剣筋を読んで刀身の横腹を打って剣戟を逸らし捌き、その拳や掌にてイリヤの身体を撃ち、掴み、投げを繰り返し、その体内…内側もある骨と内臓の他、関節を破壊してエヴァはイリヤを降した。

 

 三度目は暗い闇夜に覆われた森の中。針葉樹と広葉樹が奇妙に入り交ざった迷宮のように木々が立ち並ぶ狭い空間で二人は戦った。

 これはほぼ先と同様の展開だ。

 夜という状況が吸血鬼たるエヴァに有利に働いたのか、続けて負った手痛い敗北を引き摺っていた為か、エヴァの接近を警戒するイリヤは狙撃と天使の歌(エルゲンリート)を駆使して遠・中距離戦を維持しようとするも失敗。エヴァはそれらに翻弄される事無くあっさりと距離を詰め、イリヤは不本意にも近距離戦を強いられ―――二度目よりは長く持ったものの、エヴァのスペックと技術に対処し切れずまたも身体の内側を破壊されて倒れた。

 

 四度目は、周囲全てが硬い岩壁に覆われた洞窟の中という極めて特殊で狭い空間だった。

 それでもイリヤは距離が取り辛い状況の中で粘り強く防戦し、空間が広く開けた地底湖の在る場所にエヴァを誘引。そこで接近と転移は許さないと言わんばかりの剣弾の嵐と狙撃で迎え討ち……更に宝具を爆破。洞窟の崩落に巻き込んでまでエヴァにダメージを与えたが、それが返って拙く。崩落時に姿を見失った為に不意を打たれ、イリヤは首と胴体が泣き別れする事と成った。

 

 そして五度目、結果は先の通りだ。

 熱砂の砂漠という環境の中、遮るものが無い場所故にイリヤの優位に流れ、それに驕り転移を許したものの咄嗟の機転で危うくも勝利条件―――エヴァの心臓もしくは頭部の破壊というルールを満たした。

 

 幻想空間であろうと肉体に与える影響と模擬戦というあくまで試合に過ぎない為に、使える武器や能力に制限を掛けながら事であったが、お互いほぼ全力で挑んだ戦いである事に違いはない。

 

「………………」

 

 それを観戦したネギは無言で難しい表情を浮かべていた。

 幻想空間の片隅で実態を持たない精神体で見せられた戦い。明らかに模擬戦の枠を超えた試合…否、試合は試合であってもはや“死合”というべきものだった。

 少なくともネギにはそうとしか思えなかった。

 それはそうだろう。イリヤとエヴァは確実に相手を殺傷しえる攻撃を繰り出し、互いに殺しに掛かっているのだ。事実、イリヤは四度の死を迎え。エヴァは最後に頭を吹き飛ばされている……尤もその程度では不死たる彼女は死には至らないが。

 

 初めは二人が模擬戦を行うと聞いて、それを観戦出来ると言われて心が逸っていた。

 最強の魔法使いである師匠(エヴァ)とそれに並ぶ実力を持つというイリヤの戦い。きっと見応えのある凄いものに成るだろう。学び得られる物も多くあると楽しみに感じていた。

 

 しかし、

 

 確かに想像通り凄い戦いだったし、学ぶ物もあったとは思う。でも……ああ、あんなのを楽しみだなんて、どうしてそんな馬鹿な事を思ったのか?

 一度目の戦いはまだ良かった。けど…そう、特に二度目と三度目は酷かった。正直、見ていられずに何度も目を逸らし閉じては、どうしようもない、いても居られない感情に陥った。

 

 防戦に追い込まれ、エヴァの鋭く重い徒手による攻撃を防ぎ切れず、肉を打たれ、骨を砕かれ、関節を捻じり曲げられ、血反吐を撒き散らしながらも苦痛を堪えて必死にエヴァと相対するイリヤの姿。

 見える肌は顔を含めて赤黒く腫れ上がり、綺麗な白い髪も血で赤く塗れて、可憐で妖精のように美しい彼女の姿が台無しだった。

 

 正直、直ぐにでも止めたかった。実体が在り、動かせる身体であればまず間違いなく自分は彼女達の間に割って入っただろう。

 模擬戦に過ぎず、幻想空間であって現実では無いとしてもあんなにイリヤが傷付く姿なんて見たくなかったし、平然とそれを行なう師の姿も見たくなかった。

 

 だけど……うん、分かってる。

 

 これが戦うという事なのだと。

 二人が……特にイリヤが仮初と言えど、“死”を体験してまで自分達にこの死合を見せたのはそういう事なんだろう。

 傷付き、傷付け……殺し、殺される。戦う力を求める事の先にある結果。その覚悟。頭で分かっていても理解には及ばないまだまだ遠くに在る筈の……何れ通るであろう道。

 そういった事を少しでも理解し、持てるように、と。その為に二人は殺し合って見せた。

 他にも理由はあるのかも知れないけど、自分達にそれを観戦させたのは……そういうことなのだ―――

 

「―――だから、確りとその意味を考えて受け止めないと」

 

 ネギは薄れる景色…消え行く幻想空間を見ながら、現実へ帰還する時に覚える微かな意識の揺らぎの中でそう小さく呟いた。後ろ向きに否定的に捉えるばかりでは駄目だと己に言い聞かせるように。

 

 ただ、

 

 それでもイリヤの傷付く姿は見たくなかった。だからこんな事でも無い限りもう二度と……………その為にも―――と。

 

 

 ネギはそれを見た時に覚えた焦燥感と胸の痛み思いだし、そう強く思った。

 




模擬戦という事もあってイリヤは投影宝具はCランクまで制限を掛けて、エヴァもまた一部能力に制限を掛けてます。

 ちなみにエヴァのステータスはこんな感じで設定してます。

【パラメータ】

 筋力(B+)A++ 耐久(C)EX 敏捷(B)A+ 魔力(A+)A++ 幸運C+ 宝具-

【スキル】、
 真祖の吸血鬼A+ 心眼(真)A 闇の魔法A 人形遣いA+ 数在る忌み名A

 『真祖の吸血鬼』
 年月経過と吸血鬼特有の弱点を克服して行く事でランクが向上。エヴァは600年の時を生き、ほぼ全ての弱点を克服している為に最高ランクと成っている。
 効果は、強靭な肉体とそれに適応した魂を持つ事による全パラメーターのワンランクアップと+補正に加え、吸血鬼の持つ各特殊スキル『吸血』『飛行』『魔眼』『怪力』『霧化』『変化』などの修得及び不死の身体による規格外(EX)の耐久である。
 これを持つ彼女を討ち倒すには『禁呪』を用いる以外は―――“不死殺しの鎌”か、“星の聖剣”による全力の一撃か、“世界を切り裂いた乖離剣”などが必要となる。なお彼の槍による“不治の呪い”はこのスキルの本来の在るべきカタチ…『■■の■』と『■の■』の機能が未完成ながらも在る為に無効化される模様。
 正に破格の能力(スキル)であり、最強種の名に恥じない力である。
 なおパラメーターの()内のランクがこのスキル補正が外れた本来の彼女のランクとなる。

 『闇の魔法』
 原作同様、敵を打ち倒すべき攻撃魔法を自分自身に取り込み、己が力に代える特殊技法。
 魔法を取り込む事によって自己のパラメーターをアップさせ、スキルを付与する。
 パラメーターアップと付与スキルは取り込む魔法によって上昇値や効果が異なる。ただし適性が無く、ランクも低い場合は使用に大きな代償(デメリット)が伴い、自身の行動ターン終了の度に『精神汚染』の負荷判定を受ける。
 この判定の抵抗に失敗し続けると『精神汚染』をスキル修得してしまう。なお失敗する毎に判定が厳しくなり、『精神汚染』ランクが上がり切ると、自身の内に潜む“心の闇”に喰われて理性無き魔物と化す(ただしパラメーターは大幅にアップし自身の“心の闇”と変化した魔物の性質に見合った新たなスキル修得が可能となる)。
 エヴァは既に吸血鬼という魔物であり、自身が生み出した固有技法というだけに問題無く最高値に至っており、最上位魔法も何のデメリットも無く取り込めるようだが……彼女が目指した完成形はさらに先に在るらしく、原作同様により極めれば敵の攻撃をも取り込める……かも?

 『人形遣い』
 魔法人形の製作及び操作に関するスキル。ランクが高いほど高度な人形が制作でき、多くの人形を高い精度で扱える。
 エヴァはこの世界における人形制作の創始者とも言われるだけに最高ランクと成っている。
 彼女は独自の技術を有しており、擬似的な魂を人形に吹き込め、高度な知性を持った人格を人形に与えられる。当然その性能は他の追随を許さない物であり、高位の魔法使いに匹敵するか、凌駕する戦闘力を持つ。
 またエヴァは最大で1800体程度(原作の6倍)の人形契約が可能であり、周囲4km圏内に同時に転移召喚出来る。
 高位の魔法使いでも苦戦し敵わない魔法人形をそれだけ率いられる事が魔王と恐れられ、最強の魔法使いと謂われる所以の一つである。

 『数在る忌み名』
 もし彼女が死を迎えて英霊化したら『無辜の怪物』と成るスキル……なのだが、生きている間に彼女自身に与える影響は無く。彼女と戦場で対峙し、その当人(かいぶつ)だと理解する対象や部隊に恐怖や混乱などのバッドステータスを与え易くなる程度である。

 仮に聖杯戦争に呼びだされた場合のエヴァンジェリンの適正クラスは『キャスター』『バーサーカー』或いは『アサシン』である……が、型月世界で召喚されることは先ずあり得ない。
 呼び出す為の触媒…縁と成るモノが彼女の世界以外に存在しない為だが、もし可能性があり得るとすれば、彼女が救ったのが英霊エミヤである事から衛宮士郎に縁が生じる可能性が在る。もしくは彼女の大切な宝物である“宝石”の持ち主に生じる。
 所有する宝具に関しては、恐らくは彼女が生前に制作した数千…或いは万に達する数の人形が昇華されて、彼女達の具現化が可能になると考えられる。

 以上です。最強に恥じないチートなパラメーターとスキル設定にした積もりです。
 あと本作のエヴァは江戸時代以前に日本を訪れているので原作と異なり、その頃から日本で武術を学び研鑽している為、相当な技量を持ってます。もしかすると鶴子でも敵わない可能性があります。

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