麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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第33話―――自覚、芽生え

「それじゃあネギ君。デートしっかりな。せっちゃん、カモ君、フォロー任せたえ」

「はい、お役に立てるかは判りませんが、出来る限りサポート致します」

「え?」

「あれ、木乃香姉さんは来ないんですか?」

 

 朝、ネギカモコンビと刹那と一緒に寮を出た木乃香が足早に一同よりも前に出て手を振ると。事情を知る刹那は頷き返し、ネギとカモが不思議そうに首を傾げた。

 

「付いて行きたいのは山々なんやけど、今日はエヴァちゃん所とは別の修行があってな」

「別…ですか?」

「うん、西から来た人にちょっと陰陽術を教わる事になっとるんよ。イリヤちゃんからも勧められて早めに覚えんならん術があるんやえ」

「イリヤお嬢様が…?」

 

 答える木乃香にネギとカモは尚も疑問の表情を浮かべるも、木乃香はそれに気付かず急いでいるのか、「じゃあ、行ってくるえ」と登校時にも使うローラースケートで素早く道を駆けて行った。

 

「では、私達も急ぎましょうか。明日菜さんを余り待たせるのもなんですし」

 

 刹那もまたネギ達の疑問気な様子を気に掛けずにそう促した。

 

 

 

 待ち合わせまでの道の途中で一度人気のない路地裏に入り、ネギは素早く着替えて詐称薬を飲む。寮で使わなかったのは大人になった姿を誰かに見られるのを警戒しての事だ。この人気のない路地裏にも人払いの結界を張っている。

 

「どうかな?」

 

 目線が高くなった為、薬の効果が出ているのは間違いないのだろうが、一応ネギは確認するため刹那とカモに尋ねた。

 

「……ええ、大丈夫です。十代半ばか後半ほどに見えます」

「うーん、出来れば姐さん好みの歳にしたかったんだが。この薬が安もんの所為か上手く調節できねえからなぁ。…いや、安もんって言っても普通の薬よりはずっと高ぇんだが。やっぱお嬢様みたくエヴァンジェリンの薬を分けて貰うべきだったか」

 

 刹那は何故か頬を赤らめながら問題無い事を告げ、彼女の肩に乗ったカモは不満そうに愚痴を零す。

 

「今更言っても仕方ないよカモ君。それにこんな事で師匠の助けを借りたりしたら後が怖いし……それじゃあ、問題なさそうなので行きましょうか」

「あ、いえ。ここからは別れた方が良いでしょう。ネギ先生はお先に。私達は後から付いて行きます」

 

 カモの愚痴に苦笑しネギは待ち合わせ場所へ向おうとするが、刹那が待ったを掛けてネギに先を急がせる。

 ネギは頷き、

 

「そうですね。それじゃあ僕は先に明日菜さんの所へ行って来ます」

 

 そう言って、刹那とカモに軽く手を振りながら路地裏から表通りに出て行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 明日菜は麻帆良駅前にあるスターブックスというカフェの前でネギを待っていた。

 

「……といってもねえ」

 

 明日菜は思わずポツリと呟く。

 昨日も言っていたが正直、明日菜はネギとデートする事に乗り気では無かった。

 ネギを相手にしても仕方が無いという思いもあるが、別荘でイリヤと話し、夢で幼い自分と話した事で色々と吹っ切れたからだ。

 勿論、それなりに緊張やら二の足を踏みそうになる恐怖はある。それでも昨晩、部屋の皆が寝静まる頃には何とか踏ん切りを付けられ、タカミチに連絡を取れたのだ。

 そう、既に学祭での約束は取り付けていた。

 

「けど、まあ…これといって予定がある訳じゃないし。たまにはネギと二人で遊ぶのも良いか。今日は学祭前の最後の休日な訳でプレオープンしている店や出し物なんかもあるだろうし、アイツの大人姿を見てからかってやるのも一興かな?」

 

 乗り気でない己を納得させて楽しむ事を考える。

 

 そうして時折、声を掛けて来る同年代の男子やら大学生ぐらいの男性を適当にあしらい―――誘った男性も待ち合わせと知ると大人しく引き下がってくれるという出来た麻帆良の生徒な為―――明日菜はこれといってトラブルも無くネギを待ち。十五分程経過して彼と顔を会わせた。

 

「すいません。お待たせしました明日菜さん」

「―――!」

 

 十代半ば過ぎ…いや、欧風の顔立ちの所為でさらに幾分上に見える彼の姿に、明日菜は一瞬既視感を覚える。

 ナギ…!と思わず声が零れそうになり―――明日菜は慌てて自分の口を塞いだ。

 それはまだ早い。ネギに自分とナギの関係を知られるには早過ぎる…と。内なるアスナ(おのれ)の訴えが聞こえたからだ。

 

「? 明日菜さん、どうかしましたか?」

「あ、ううん、なんでもない。ちょっとびっくりしただけ、またナンパかと思ったからさ」

 

 明日菜はそう誤魔化す。

 

「ナンパですか…?」

「そ、さっきからちょくちょく声を掛けられてね」

「なるほど、明日菜さんは美人で綺麗ですしね」

「び、美人…綺麗って!? 多分違うわよ。学祭が近くて世界樹の噂もあるからこの時期には、手当たり次第に声を掛けるそういった軟派な奴が結構多くてね」

「そうなんですか?」

「うん。世界樹の例の噂話や学祭の雰囲気に浮かれて乗っちゃう女子も少なからずいるみたいだし、遊び半分でそんな男子を釣る女子も中にはいるしね」

「はあ?」

「だから私もこんな学際前の休日で一人寂しく佇んでいたから、そういった女子の一人だと思われたのよ…きっと」

「むむむ…」

 

 明日菜の話にネギは理解できない…と言いたげな表情を浮かべる。

 薬で外見こそ大きく成ったが、やはり10歳の幼い彼にとって女性に手当たりしだい声を掛ける男子やら、遊び半分で男性の誘いに乗る女子の考えが判らないのだ。

 どちらも不誠実だとしか思えない…のだが、

 

「ま、私もそういうのはどうかと思うけど。…でも中には真面目だったり、切実な理由があったり、そこから真剣な付き合いになる事もあるんだから、全くは否定できないんだけどね」

「……そういうもの、ですか」

 

 否定を含みながらも肯定的にも言う明日菜の意見にネギはむう…と難しげに眉を寄せる。しかしそれでも頷いて見せて、男女関係の仲は難しいのだなと取り敢えず納得する事した。

 そんなネギの表情を見て、やっぱり外見だけで中身は子供のまんまね、と。明日菜は半ば呆れた様に内心で呟き。ナギの面影を見た動揺が抜けて行くのを自覚する。

 

「そうよ。だいたいアンタだって私と木乃香や刹那さん、本屋ちゃんと何人もの女の子と仮契約しているでしょ」

「あ、そ…それは……うう、そうですね」

 

 明日菜の指摘を受けてネギが言い訳を口にしようとするが……余り弁明できないと思ってか肩を落とした。

 仮契約が志を共にし、同じ道を歩んでくれる従者(パートナー)を探す以外の目的…恋人探しの口実に使われているのは確かな事実なのだから。そんな対象を複数人抱えている自分は……と、ネギは今更ながらに気付かされて落ち込んだ。

 そうして肩を落として俯くネギに明日菜はクスリと笑う。やはり普段と変わらないネギだと思って―――動揺は完全に抜けた。

 

「…じゃあ、行こうか。何時までも立ち話をしているのもなんだしね。学祭本番はもうちょっと先だけど、プレで色々と面白いものが見られるからさ」

「あ、ハイ…って、待って下さいよ明日菜さん!」

 

 先に歩き出した明日菜をネギは顔を上げて慌てて追い駆けた。

 

 

 ―――――――――――と。

 

 

 それを影から見ていた者達がいた。

 先程までネギと一緒に居た刹那とカモ。そしてそれとは別に明日菜の後を付けていた夕映とのどかだ。この二人に気付いたのは、流石は一流どころの剣士というべきか…刹那だった。物陰に潜み、明日菜に向けられる奇妙な視線に察知して件の図書館コンビを見つけたのである。

 この二人がこの場に居る理由は明白だ。のどかは想い人たるネギが友人と言えるクラスメイト…明日菜とデートする事が気に掛かり、夕映もまたそんな親友の様子が気に成り―――或いは密かに芽生えつつある想い故に―――明日菜の後を隠れて追ったのだった。

 

「…にしても姐さん思ったよりも平然としてんな。兄貴を見た時に一瞬動揺したみてぇだったが…なんか色恋的なものとは違うようだったし、ナンパ連中も慣れた様子で追っ払ってたし」

「うん。私だったらあんなカッコいい先生に傍に寄られたら緊張しちゃって真面に顔も見られなくなるよ…」

「…気持ちは判りますが。のどか、それではいけませんですよ。貴女も学祭に向けて頑張らなくてはいけないのですから」

 

 カモの言葉に答えるようにのどかが言い、夕映が弱気な彼女を何時ものように嗜める。

 

「明日菜さんはやはり綺麗ですからね。休日に出掛けると先程のように男性に声を掛けられる事はよくあるんですよ」

「てえと、思ったよりも男に免疫があるって事か。少し意外…でもねえか、よくよく考えたら姐さんならあり得るな、確かに…」

 

 刹那の話に納得するように頷くカモ。

 ちなみに刹那がそんな事情を知る背景は、この二年余りを影から木乃香を護衛していた為で。明日菜と共にその大事なお嬢様が男性にナンパされる場面を幾度となく見ていたからだ。当然、その度に刹那は激しそうになる感情を抑制しなくてはならなかったが。

 しかし中学生に声を掛けるナンパ師というのは同年代ならば兎も角、大学生や大人までとは―――中々のチャレンジャーだなオイ…と、カモは明日菜の容姿を認めながらもそんな事を思う。

 

「と、いけね。俺っち達も行かねえと」

 

 話し込んでいる間に明日菜とネギの背中が随分遠ざかっている事に気付き、カモ達は急ぎ二人の後を追う。慣れているにしろ慣れていないにしろ、これは明日菜が本番に備えた予行演習(デート)なのだ。その本番の為に確りとサポートしなくてはとカモは意気込む。

 

 

 ―――――――――のだが、

 

「何か普通に楽しんでますね」

「…うん」

「…です」

「…ああ」

 

 あれから凡そ二時間近く経過し、カモは念話でネギにそれとなく明日菜に顔を寄せさせたり、それっぽい甘い言葉を口にさせたりしたのだが、

 

「駄目だ。何か上手く行かねえ! 動揺したにしてもほんの一瞬だし、それほど大きくもねえ…! 姐さん本当に男慣れしてんじゃねえのか…!?」

 

 カモがそう愚痴る程に思惑通りにいかなった。

 

「うーん、やはりイリヤさんも言ってましたが、ネギ先生というのが良くなかったのかも知れませんね。傍から見ると恋人の逢引のように見えますが。二人の事を知る私達からすると仲の良い姉弟のやり取りのようにも見えます…」

「確かにそうですね」

「うん、そう言われるとそうとしか見えなくなって来ちゃった」

 

 刹那の感想に夕映とのどかが同意する。

 それも仕方が無い話である。幾らネギが同年代や大人の姿になったとしてもその正体は十歳の子供だ。そしてそれは明日菜にも判り切った事なのだ。片やネギにしても気安い明日菜の前では何時もと変わらない普段通りの振る舞い…口調や仕草が十歳の子供のままである。

 これでは明日菜にネギを男性として意識しろといっても土台無理があろう。

 

「ぐぬぬ…こうなったら思い切って大胆に攻めて見るか…! よし…兄貴―――」

「あ、カモさん。余りやり過ぎるのは―――」

 

 イリヤが注意したように思い通りに行かない事実に腹が据えたのか、カモは気炎を上げてネギに念話を送り。刹那が不穏な予感を覚えてそんなカモに注意を促す―――が、

 

「きゃあああああーーーーぁっ!!!?」

「えええええーーーーっ!!?」

 

 刹那の予感は外れず、トラブルが発生して明日菜が悲鳴を上げ、ネギが驚愕の声を上げる。そして、

 

「このっ…! 何すんのよーーっ!」

「うも゜っ!!」

 

 スカートの中に顔を突っ込んだネギに明日菜が拳を振りかぶり―――思いっ切り殴り飛ばす。

 

「ろめぬけもぽこれーーーっ!!!」

 

 まるで大型トラックに跳ねられたかのようにネギは派手に吹き飛び、訳の分からない悲鳴を上げながらカモ達の前に飛び込んでくる。

 

「ヒッ…ネ、ネギ先生ーー!!?」

「あ、あわわ…わ」

 

 突然の悲劇(いや、喜劇か?)にのどかも悲痛な声を上げ、夕映は顔を青くして声を震わせた。何しろ明日菜が無意識に魔力やら気やらを籠めて放った一撃なのだ。ネギに魔力の水増しによる身体強化と魔法障壁が無かったら危うく死んでいた所だ。

 それを理解しているのか、していないのか? 肩を怒らせて明日菜が此方へ…追撃を加える為か、ネギが吹き飛んだ方へと歩いて来る。

 幾ら子供とはいえ、スカートの中に顔を突っ込まれては思春期の少女として寛容に許すことは出来ない―――が、

 

「あんた達…!」

「「「ヒッ」」」

 

 明日菜は、自分の怒りの形相を見て怯える一同の中から元凶らしき人物…否、畜生を見出しソレに鋭い視線を向ける。

 

「アンタの仕業ね! このエロガモーーーっ!!」

「ゆ、許して…姐さーんっ!!」

 

 ハマノツルギ(ハリセン)を取り出して繰り出す叩きからカモは必死に逃げる。

 

「許すかぁっ!! 避けるなぁっ!!」

「ヒィイイ…お、お助けーーっ!」

 

 そんな、どこぞの仲良くケンカしな♪的な猫と鼠のようなやり取りを見て―――刹那は溜息を吐くも、

 

「カモさん。この事はイリヤさんにシッカリと伝えておきますから」

 

 無情にもカモにとって最悪最凶の宣告をする。

 

「そ、そんなーーーっ!!!…ぐぇあ!?」

 

 無慈悲な宣告を受けて愕然と固まる彼に、早くも断罪の一撃が明日菜より下された。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「まったく、あのエロガモは……最近は随分大人しくしていたと思ったら―――後でシッカリとイリヤちゃんに叱って貰わないと」

「す、すみません。でも出来たらお手柔らかにお願いします」

「それはイリヤちゃん次第ね」

 

 騒動の後、明日菜とネギは龍宮神社の近くにある芝生公園で休憩を取っていた。

 なお騒動を引き起こしたカモを始めとした刹那達一同は、カモを止められなかった事と覗き見ていた気まずさもあってか、そそくさと退散していた。

 明日菜なりに周囲の気配を窺う限り、確かに刹那達の気配は無い。勿論、未熟な彼女では断言はできないのだが……大丈夫だろうと思う。

 

「それでネギ、大丈夫。さっきは手加減できなかったから。アンタがあんな事するのも久しぶりだったし」

「あ、はい。大丈夫です。師匠(マスター)や古老師に鍛えられていますから」

 

 明日菜の言葉にネギは芝生に横たえていた身体を起して答える。

 

「はは、くーへは兎も角、エヴァちゃんは厳しいもんね。私達も結構無茶させられてるし」

 

 別荘に出入りするようになってからの事を思い出して明日菜は苦笑する。

 ネギや刹那と一緒になって何度硬い地面の上に沈んだか。夕映やのどかは基礎の基礎段階だからまだそんな怪我するような目には遭ってないのだが……元々、同じ素人であった身としては、ネギと刹那と同等の訓練をさせられる事に少し理不尽に思わなくもない―――そう考えていたが、それも昨晩までだ。

 何しろ……―――

 

「あの、…明日菜さん」

「―――ん…何?」

 

 ネギに何処か改まった口調で声を掛けられ、明日菜は沈みかけた思考の淵から意識を浮上させる。

 

「明日菜さんは何でタカミチを好きになったんですか?」

「―――――――」

 

 ネギの唐突な問い掛けに明日菜はあらゆる思考が止まり、一瞬意識が真っ白になった―――が、

 

「―――いきなり単刀直入ね。またどうしてそんな事が気になったのよ?」

 

 一瞬に留めて明日菜は、直ぐに精神を立て直して逆にネギに問い返した。

 今の明日菜にはその問いに返すべき言葉が見当たらないからだ。胸に渦巻く複雑な感情と自身の秘密故にこの胸中にある思慕にも自信どころか確信すら持てなくなったから。少なくともタカミチと話すまでこの曇った感情は晴れないのだろう。

 普段通りの取り繕った表情でそれを上手く隠せたのか、明日菜の一瞬の思考の漂白には気付かずネギは彼女の問い返しに答える。

 

「その…好きになるっていう事が……よく分からなくって」

「あ、なるほど。流石はガキ…ね」

 

 言葉が足りず、何処となく抽象的なネギの言葉の意味を察して明日菜は少し呆れる。まあ、確りしているようで十歳の子供なのだからそれも仕方ない…とも思うが。

 

「すみません。でもやっぱりどういう事なのか分からなくて」

「やれやれ、本屋ちゃんもこれじゃあ苦労するわね」

「はい。重ねてすみません。のどかさんには失礼だと思ってます。一生懸命に勇気を出して告白してくれたっていうのも判るんですけど、でもやっぱり…―――分からなくって」

「……」

 

 しょぼんとした様子で語るネギに、明日菜は何故こんな質問をして来たのか何となく理解出来た。

 単純な好奇心や恋愛ごとへの関心もあるのかも知れないが、想いを寄せてくれるのどかの為にもそういった事を理解しようと思って尋ねたのだ。

 

「…うーん」

 

 思いの外、真面目な理由があると判断して明日菜も真面目に考える。

 自分の例を出すのはさっきも思ったが色々とあってその気にはなれない…というか、自分の場合はずっと傍で見守ってくれたその感謝の念が昇華したモノだろうし、色々と失い…ショックを受けた心を埋める代償的な部分もあると思うし……とてもじゃないが参考にはならない。

 表層意識と深層にある無意識を混ぜてそんな風に考える明日菜。

 

 ―――と。

 

「あれ…?」

 

 好きになる…人を好きになる……好きな人……と―――脳裏に言葉を繰り返し、ふと最近聞いた話を連想して思い出す。ネギと同じ歳で好きな人がいると言っていた人物の事を。

 だからつい口に出してしまった。

 

「そっか。ならイリヤちゃんに訊けば何か参考になる話が聞けるかも…」

「え、イリヤ…?」

「あ…!」

 

 気付いて明日菜は慌てて自分の口を塞ぐ。

 自分達女子には話してくれたとはいえ、こんなプライベートな事を本人の了承も無く言いそうになるとは……迂闊過ぎる。もしイリヤちゃんに知られたらと、“断罪の魔女”を恐れるカモの様相を思い出して明日菜は背筋を寒くするが、

 

「イリヤに…どうしてです?」

 

 既にもう手遅れなのかも知れない…そう明日菜は思った。ジッと真剣に探るように見るネギの眼に誤魔化すのは悪い気もする……それにここに至って気になったのだ。昨日ネギがエヴァの別荘で見せた反応や、何かとイリヤをライバル視しているあやかの事。

 あやかに関してはただの言い掛かりだと、勝手な勘違いだと思っていたからそれ程気にしては無かったのだが…だが、しかし、よくよく考えてみるとイリヤちゃんは全く興味無さそうでも……ネギの方は本当の所はどうなのか? 同じ歳のあんな綺麗な娘が傍にいて何も思わないものだろうか?

 

「…………」

 

 数瞬の沈黙。ネギが黙った明日菜に不思議そう首を傾げる。

 明日菜は僅かに躊躇ったが……それを口にした。

 

「…イリヤちゃん。好きな人がいるんだって。あんな確りした子だし…うん、やっぱ大人だよね。ガキなアンタとは違ってさ」

 

 少し意地が悪い風に敢えて言う。その方がネギの感情を揺さぶれ、引き出し易いと思ったからだ。その演技が功を奏したのか、

 

「へ―――?」

 

 ネギは呆然とした表情を一瞬見せ―――

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あれは…―――セツナにユエ、ノドカじゃない」

「え? あ、イリヤさん! それにエヴァンジェリンさんも…!」

 

 世界樹前広場にある魔力溜まりをチェックし終わったイリヤ達は、次に学園外縁部に設置されている結界を見回ろうと移動していた所、ネギと明日菜と別れた刹那達の背中を見掛け。イリヤは足早に近づきながらその背に声を掛けていた。

 

「こんにちはです。イリヤさん。エヴァンジェリンさん」

「こ、こんにちは」

「イ、イリヤ…お嬢様に……エヴェンジェリン…さん、こ、こんちわっす」

 

 背後から声を掛けられて少し驚く刹那の隣から挨拶する夕映とのどかに……刹那の肩の上でギクリと硬直するカモ。先程の事がある為だ。

 刹那も遅れて挨拶をし、イリヤとエヴァもそれに返事をしたのだが、

 

「―――ん、どうしたのカモ?」

 

 目聡くイリヤは、動揺を見せる駄オコジョを見逃さなかった。これまでの彼の所業から何と無く嗅覚が効くのだ。

 

「え、いや、その…! 別に何でもありま―――」

 

 ジロリとした胡乱げな緋色の双眸を向けられ、カモは焦るも何とか誤魔化そうとするが―――

 

「―――イリヤさん、実は…」

 

 先程、刹那が言ったように彼女の口からイリヤにそれが語られた。

 

 ―――数分後。

 

「どうか、どうか…なにとぞ、なにとぞ、御慈悲を…御慈悲を…!」

「…………」

 

 刹那の肩から降りて地面に正座して頭を擦り付けて土下座するカモ。オコジョの身体で実に器用である。

 周囲の眼もあり、場所は人気の無い裏通りへと移っている。

 イリヤは土下座するカモを見下ろし…一呼吸して、

 

「…ギルティ」

「NOーーーーーー!!!」

 

 ポツリと有罪であると告げると、カモは叫び声を上げてムンクの名画のような名伏しがたい表情をする―――が、

 

「冗談よ」

「へ?」

 

 思わぬ言葉が断罪を下す魔女(イリヤ)の口から零れ、オコジョの彼は唖然として立ち尽くす……いや、途端ペタンと腰を付け…でもなく、仰向けに倒れてイリヤを見上げた。

 

「というか、今回は見逃がすって所かしら。意図しての事でもなさそうだし、完全な不可抗力みたいだし」

「お、おお…!」

 

 イリヤからの免罪に慈悲が通じたと思いカモは感極まった声を漏らす。しかしそれを釘刺すようにイリヤはカモを見据える。

 

「けど、アスナに迷惑を掛けてネギがとばっちりを受けたのは事実なんだから、もう一度確り謝る事…―――良いわね」

「あ!…ハイ。誠に申し訳ありませんでしたお嬢様」

 

 イリヤの目線と告げられる言葉に緩みかけた意識を引き締めてカモは再度頭を下げた。

 

「うん、素直でよろしい」

 

 反省して頭を下げるカモにイリヤは満足げに頷いた。

 そのイリヤの顔を見て、刹那は珍しげにする。

 

「…意外でした」

「ん、何が?」

「いえ、てっきりもっときつく叱るのかと思っていましたから……何時ものように」

「…そうだな。イリヤは怒ると本当に容赦が無いからな」

 

 刹那の言葉にエヴァが同意する。

 

「…さっきも言ったけど、今回は不可抗力だから。それにそんなに大きな害も無かったんだし。大体エヴァさんがそれを言う?」

 

 イリヤは、自分に珍しいものを見るような眼を向ける二人に憮然とする。まるで鬼か悪魔……カモが言うように魔女だと思っているような、失礼なもの二人の視線に感じたからだ。

 だが、そう考えてしまうようにイリヤとてその自覚が全く無い訳ではない。確かに自分はカモに対して“少し”酷いのかも…?と思う事はある。

 ただ、あくまでもそのように“少し”と思っている所を見るにやはり自覚は薄いのだろう。実際、カモの受けるお仕置きは少し所では無く、Z18指定なほど凄惨なのだから。

 カモはイリヤのお仕置きを受けて猫の集団に食い殺され掛けたり、雑巾のように身体を絞られたり、梟やミミズクなどの野鳥の餌として簀巻きで木の枝に吊るされて一晩放置…などと何度も血塗れになって死に瀕しているのだ。正直、よく死なずに済んだなと褒めても良いほどの目に遭っている。

 尤もそれを理解しながら先の所業を平然とイリヤへ告げた刹那も刹那だが……―――兎も角、イリヤは乏しいものの一応自覚はあった。また今回は被害が自分に向かず小さかった事もあり、その為手厳しく当たらなかったのだ。

 しかし端的に言えばそれは、“そんな気になれなかったから今回は見逃した”という…イリヤ生来の猫のような気紛れさによるものと言える。場合によっては…例えば先程の現場を目撃していたら、何時ものように凄惨な断罪を下していたのかも知れないのだ。

 

「……まあ、いいけど」

 

 ともあれ、イリヤはそんな乏しい自覚もあってか、刹那とエヴァに向けていた憮然とした表情を引っ込めた。ただしカモにこれまで下したお仕置きに関して自省している訳でも無ければ、今後も控えようとも考えている訳でも無かった。

 

 そう、それよりも…と、刹那の隣に視線を移し、

 

「紹介するわ。この二人はタカネとメイ。貴女達と同じ見習いの魔法使い…といっても魔法学校で確りと学び卒業し、麻帆良(ここ)できちんとした修行を積んでいる先輩だから、偶発的に此方の世界に踏み込んだ貴女達と全く同じではないんだけど」

 

 イリヤは、同行している高音と愛衣を気に掛かった様に眼を向ける夕映とのどかに見習いの二人を紹介する。初対面であろうと思っての事だったが…、

 

「はい。存じております。…お二人ともどうもです」

「うん。…高音さん、愛衣ちゃん。こんにちは」

 

 意外にも既に図書館コンビの二人は知り合っていたらしく、見習いの二人に親しげに挨拶した。

 顔を合わせて数分経過していた為、若干間を外した感のある挨拶だったが挨拶を受けた高音と愛衣は気にする事無く「こんにちは」と挨拶を返した。

 

「一体、何時の間に…」

 

 夕映と高音達の様子にイリヤは少し目を見開く。

 原作と異なる出来事にはいい加減慣れが出来たとはいえ、それでも驚きはどうしてもある。夕映とのどかにしても、高音と愛衣にしても、主立った活躍を見せたり、脇を固めたりした人物(キャラクター)なので、それなりに気に掛けているのだ。それなのに彼女達が接点を持っていた事に気付かなかったのは―――本当に驚きだった。

 そんな唖然とした様子のイリヤを気遣った訳ではないだろうが、実は…と夕映がその経緯を話しだした。

 

「…先の事件で足を引っ張り、役に立てなかった私達を助けてくれたのが、神多羅木先生と愛衣さんでしたので、イリヤさんに決意を告げた後日にその事でお礼を言いに行ってたのです」

「そうなんです。愛衣ちゃんとは同じ学校だから、少し前にイリヤちゃんと図書室で話しているのを偶々見掛けて……その時に助けて貰った事を思い出して、その日の放課後に夕映と一緒にお礼を言ったんです」

 

 夕映の話にうんうんと頷きながらのどかも言う。

 

「…何時ぐらいの事?」

 

 イリヤはふむ…と、首肯しつつ尋ねる。

 

「えっと…確か出し物が決まる前ですから……一週間前です」

「うん。出し物が決まった前日の筈」

「…ああ、さよの奴がお化け屋敷の案に取り乱して、イリヤの店が開いた日だな」

 

 夕映、のどかの返答にエヴァが続いた。その隣ではさよが取り乱した事を思い出したのか、恥ずかしそうにあはは…と力なく苦笑している。

 

「そういえばあの日は、イリヤの店を覗きに行くから修行は無しにしたんだったな」

「なるほど、あの日ね…」

 

 エヴァの言葉にイリヤはその日の事をふと思い出す。

 その日は宝飾店の開店初日であり、しかも広告が上手く行った事もあって非常に忙しかったのをイリヤは覚えている。

 一見さんばかりという事から、客の大部分は買い物よりも冷やかしや様子見といったウインドウショッピングが多数だったが…だからこそ、客一人一人に丁寧に対応しなければならなかった。訪れる客の印象を良くし、評判を広げ、リピーターや馴染み客を作る為に。

 無論、ウィンドウショッピングが目的な客だけでなく、小学生や中学生でも手が届く手頃な物もあったから購入者も多数いて、売れ行きもそれなりにあった。ちなみにその日、店の売り上げに一番貢献したのはエヴァだったりする。

 これもイリヤが忙しいと感じた理由だ。何しろ高級品どころか中級品というべき物まで危うく彼女に買い占められる所であったのだ。例の“幸運のお守り”の拡散こそが目的だと言うのに……しかも従業員(にんぎょう)達はグランドマスター(せいさくしゃ)たるエヴァに対して強く出れない為に押し切られそうになり、余計にイリヤが彼女の相手をしなくてはならなかった。

 

(何とか…宥められたから良かったけど、エヴァはなんであそこまで暴走したんだか…?)

 

 その日の事を思いだし、イリヤは頭痛を堪えるようにこめかみに指を押し当て、店の物を全部独占しようとした年上の妹分の意味不明さに内心で溜息を吐く。未だに全く謎だし、本人に聞いても言葉を濁すばかりなのだ。

 

(まあ、良いけどね。…兎に角、ユエとノドカがタカネとメイに接点を持ったのが、あの日なら私が気付かないのも道理か……いや、店が忙しくとも忙しくなくとも放課後以降の時間帯に接していたら判らない…かな?)

 

 イリヤは首を傾げる。それでも今日まで気付かないなんて事はあるのだろうか?と。

 彼女達が接点を持った以上、気に掛けている自分が気付かない事は無いと思うからだ。特に愛衣とは学年こそ違うが同じ女子中等部に通っているのだ。なのに―――

 

「―――知り合っている事にまったく気付かないとは…」

 

 不思議そうにそう呟く。

 

「それは仕方が無いかと、愛衣さんと高音さんと会って話をしたのはその日だけですので」

 

 イリヤの呟きに夕映が答えた。それもまたイリヤは意外に思った。

 

「そうなの?」

「はい。あくまでも事件でのお礼を言いたかっただけですから。それに愛衣さんとは校内では学年が違いますし、高音さんとはそもそも通い先が違います。それで放課後に会おうにもお互いどうも忙しく、時間も合いませんでしたし…」

「そうですね。綾瀬先輩達は上級生ですから尋ねに行き難いものがありますし、それに今は学祭時期です。放課後もその準備に加えて、私とお姉様は協会の仕事があって忙しいですから」

「うん。私達もエヴァちゃんの所で修業だから」

「なるほど…」

 

 夕映、愛衣、のどかと続いた彼女達の言葉にイリヤは納得する。

 

「一応、携帯の番号やメールアドレスも交換していましたが…余りやり取りは出来ませんでしたね」

「はい。色々と話したい事はあるのですが、何とかお互い時間の都合を出来ないかと連絡する程度で。結局それも無理そうですから学祭が始まるか、過ぎてからまた…という約束になりましたね」

 

 さらに続いた高音の残念そうな言葉に夕映も残念そうに答える。

 

「せめてまほネットか、此方専用の通話回線の使用権を持っていれば、気にせず魔法の事も交えて貴女達と話せて、相談にも乗れたのですが…」

「仕方ないです。私とのどかは魔法に関わったばかりでまだ見習いにすら成れていないのですから…」

 

 そうして会話を続ける二人。その様子を見るに僅か一日…放課後の時間だけとはいえ、それなりに友好を結べたらしい。イリヤはそう思う。

 恐らくは夕映とのどかは同年代の見習いの存在に親近感と安堵を覚え。高音はそんな彼女達の思いを感じて先輩として面倒を見ようとし。愛衣は素直に歳の近い“こちら側”の友人が新たに出来た事が嬉しくて進んで接したいと思ったのだろう。

 愛衣は兎も角、気難しい高音がこうも二人を受け入れられたのは正直驚きなのだが。まあ、その理由…いや、原因は察しが付く。恐らく自分の事も含め、色々と精神的なものが重なって丸くなった為だろう。或いは原作の彼女とは元から異なっていたのかも知れない。

 

「…………」

 

 イリヤは沈黙しつつ考える。

 ともあれ、何とも幸先が良いと言うべきか。高音と愛衣の指導・監督役を引き受けた直後に接点を…それも良好に見える関係を築いているのが知れた事が。それも人見知りのが強いのどかと本人は否定するかも知れないが、初対面の相手には警戒を抱く夕映の二人である。

 のどかの人見知りは言うまでも無いが、夕映もまた結構人と接する事を苦手とするタイプ……いや、無関心とすると言うべきか、あまり積極的ではなく、対象に興味や好意を抱かない限り事務的に接する人間だ。

 だからこの親友コンビが、新たな修行仲間となる見習い二人と早々良好な関係を持ててたのは幸いだった。

 

(とはいえ、その切欠を思うと余り喜べないんだけど)

 

 そうあの事件、切っ掛けとなる事―――愛衣が夕映達を助ける事となったのは、イリヤが迂闊にもバーサーカーとの戦いを傍観している者に気付かず、その為に不覚を取ったからだ。

 それを思うと何とも苦い感情もあり、イリヤとしては手離しに喜べる事でもなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 刹那達のイリヤの仕事を見学したいという申し出を受け、イリヤはそれを了承し、一行は裏通りの人気の少ない道を進んで学園郊外に向かっていた。

 その最中、イリヤは改めてネギと明日菜のデートの様子を尋ね。ほぼ原作通りでありながらも姉弟止まりの雰囲気だといった刹那達の話を聞き、イリヤはそうだったかな?と原作での事を思い返しながら内心で不思議そうに首を傾げていたが、

 

「…ネギが明日菜の姉ちゃんとデート…か―――ハッ」

 

 小太郎がそうポツリと言い、鼻で笑った。

 

「なんです。その言いようは?」

 

 如何にも馬鹿にした口調である小太郎が気に障ったらしく、夕映が睨みつける。

 

「何、チャラい事してんなぁ…と思っただけや。幾ら明日菜姉ちゃんの為ゆーても女にかまけるなんて軟弱やってな」

「…………」

 

 小太郎の言葉に夕映がムッと眉を寄せる。

 

「無関係な貴方が口出しする事では無いでしょう。それに軟弱と言いますがああして明日菜さんの為を思って快く承諾したネギ先生をそう貶めるのは間違いです。どのような事であれ、誰かの為に進んで行動できる人が本当に弱いと思うのですか…貴方は?」

「……」

 

 夕映の言葉に今度は小太郎が眉を寄せる。

 

「そもそも女性にかまける事が軟弱というのが意味不明です。何ら根拠のない事です」

「んなもん、根拠があるに決まっとるやろ! 女に(うつつ)を抜かしてデートだとかくだらん事しとって、浮ついた心でフラフラとしとったら弱なるに決まっとる!」

「…やはり根拠の無い、浅慮で身勝手な妄想ですね。確かに気になる異性が出来、その事で悩み、心乱れる事はあるでしょうが―――それ以上に人は、その大切な人の為に己を磨こうと…または変えようと努力し、強くなる事が出来ます。大切なその人の為に頑張ろうと、守ろうと幾らでも前へ進む事が出来るのです…!」

 

 ―――ええ、そうして愛する事を知ってこそ本当の強さが手に入るのですから。

 

 グッと拳を握って夕映は力強く言う。

 そんな彼女の様子にイリヤは思わずほう…と声を漏らした。

 原作で見た夕映の祖父が言った言葉を引用しての台詞だという感慨もあるが、恐らく親友であるのどかがネギの為に努力し自分を変えようと、強くなろうとしている事も含んでの台詞だと判るからだ。

 

「!……ッ」

 

 夕映の確信の籠った言葉に小太郎が歯噛みした。本能的に夕映が今の台詞に確かな実感を覚えている事、そして正しいと判るから反論の言葉が浮かばず。自論―――反射的に言った事なので自論という程では無いが、いや、だからこそ掲げた信念・信条的なものが揺らいでしまったのだ。

 イリヤはそうして狼狽する彼にクスリと笑みを浮かべ、夕映の自信に満ちた顔を見る。

 

「そうね。ユエに同意するわ。愛があったお蔭でどうしようもない困難を打破した人達も世の中には確りと居るし、愛というのは最強だって何処かのお人好し…いえ、お節介な悪魔も認めているしね」

 

 懐かしげにイリヤは言う。

 その強い感情が在った故に救われない筈の少女(サクラ)を救った少女の姉(リン)と、その少女を想う少年(シロウ)が居たから。

 そしてそんな少年を大切に想っ(愛し)たからこそ自分は全てを終わらせようと思えたのだから。

 だからなのだろうか? その事を知っていたからあの出来損ないの悪魔(アンリマユ)は、愛をこの世で最も強いものだと認めたのは。…いや、それは違うか。人の世(ニンゲン)を憎むと同時にどうしようもないほど世界(ヒト)を愛している彼はただ始めから識っていただけだろう。

 

「私も同意します。イリヤさんの仰るお節介な悪魔というのは判りませんが……『愛する事を知ってこそ本当の強さが手に入る』。大変含蓄があって良い言葉だと思います」

「はい。流石は夕映さんです。哲学に深い造詣を持たれるだけはあります。私も感銘を受けました」

 

 高音が夕映の言葉を称え、刹那が感服した様子を見せる。のどかや愛衣、カモもうんうん頷いている。

 

「ふっ…何とも恥ずかしく青臭いものだが、…私にも覚えがあるから否定はしない。愛というのは本当に素晴らしく強い感情だからな。まあ、だからこそ―――」

 

 エヴァも苦笑しつつも深く頷き、誰にも聞こえないように小さくこうも呟いた。

 

 ―――制御も利かず、時には己が意思を離れ、憎悪や怒りなどの別の強い感情に容易く裏返ってしまう非常に厄介なものなんだが…と。

 

 そう、愛という感情は強いが故にある種の切っ掛けで制御の利かない別の感情へ裏返る事があるのだ。

 エヴァはそれを良く知っている。六百年前、シロウへの愛情が強かったが為にそれを奪った者達(ニンゲン)に裏返ったその感情を―――激しい憎悪と憤怒をぶつけた事を。そして愛があったからこそ最後の最後まで堕ちずに済み。憤怒が消えて憎悪もさらに裏返り……重い罪悪感と共に深い後悔を抱く事になってしまった。

 本当にあらゆる意味で最強の感情だ。正の意味でも負の意味でも。強ければ強いほど何処までも行ける万能感を得られるが、深ければ深いほど間違えれば取り返しの付かない事態を招くのだから。

 

(―――できればこの子達には、正の意味での愛を持ち、貫いて欲しいものだけど……ま、心配はいらないかな?)

 

 素の少女の面持ちでエヴァはそう思う。

 尤も昨今ではイリヤの事で暴走しがちな自分では、そんな心配をしても余り説得力が無いとも思ったが、それは……………―――――仕方が無い事だ。何しろイリヤは……エヴァはその浮かんだ嫌な考えを首を振って振り払う。今考える事ではないからだ。

 

「イリヤ姉ちゃんや真祖…エヴァさんまでそう言うんか…」

 

 小太郎は顔を顰めながらも、むむ…と唸り考え込む。愛というのは何なのかと、師と思うイリヤと裏の者なら誰もが認める真に最強たるエヴァの言葉を受け。

 だが、

 

「考えても判るものじゃないわよコタロウ。こればっかりはね」

「…イリヤ姉ちゃん、やけど…」

「大丈夫、きっと貴方にも判る時が来るわ。必ずね」

 

 幾ら思考を巡らせても判るものでは無いと諭すように言うイリヤに、小太郎は納得し難い表情をしながらもイリヤが言うのなら…と、取り敢えず「分かったわ」と首を縦に振った。

 しかし同時に小太郎は、自分を諭すイリヤの顔を見てふと脳裏に過ぎるものが在った。

 

(ひょっとしてイリヤ姉ちゃんも誰か好きな奴…愛する人がおるって事なんか…?)

 

 愛というモノを否定せず、解ったように言う白い少女の言葉からそう疑問に思わざるを得なかった。彼女のそんな姿を想像出来ないとも感じながら。

 

 

 

 一方、夕映は皆の反応を受け。今更ながらに大人げない態度で恥ずかしい台詞を口走っていた事に気付いて全力で猛省中だった。

 

(うう…ついカチンと来て、年下の…子供相手にムキに成って偉そうに……亡くなったお爺様にも悪い癖だと忠告されていたというのに)

 

 穴があったら入りたいです…とも胸中で呟く。

 しかし周りからは絶賛である。

 

「本当良い言葉だよ夕映。うん…なんか実感があったし、ちょっと感動しちゃった」

「綾瀬先輩、私も感動しました。ただ私はまだ…その…誰かを愛すると言うのは……多分、判っていませんけど、本当の強さを手に入れる為にも今の言葉を決して忘れないようにしますね」

 

 親友とのどかと後輩の愛衣が文字通り感激したかのように、どこかキラキラとした夕映に眩しい視線を送る。だが夕映にしてみれば寧ろ羞恥心が増すばかりである。

 とはいえ、紛れもなく先の言葉は夕映の本心から出たものなので否定するのも何か違う…と、只々顔を赤くし猛省しなくては…と胸の内で呟くので精一杯だった。

 そんな夕映の耳にポツリと嘆くような呟き声が聞こえた。

 

「愛が人を強くする…か。…そうだよね。それだけ強い想いだから私は…―――それ自体は忘れちゃってたのに…」

 

 背後から聞こえたその小さな声に振り向くと、上の空な様子でぼんやりと宙を―――いや、どこか遠くを見詰めるようなさよがいた。

 夕映は気に掛かり、声を掛けようとしたが、

 

「―――と。いけない、少し駄弁りすぎてるわね。時間も惜しいし……急ぎましょう」

 

 そう、一行の足を急かすイリヤによって訊ねそこなった。

 

 

 ◇

 

 

「―――イリヤに…好きな人……?」

 

 その言葉の意味が一瞬理解できなかった。しかし、

 

「…それって本当ですか!?」

 

 理解した次の瞬間にはネギは明日菜にそう叫ぶように詰め寄っていた。

 もしかすると…と予想していた反応であったが明日菜は少し驚きながらも首肯した。

 

「うん、本当よ。イリヤちゃんがそう言ってたから」

「……、」

 

 明日菜の返答にネギは何かを言おうとしたが、喉に何かが詰まったかのように苦しさを覚えて言葉にならず、それでも何とか振り絞るように声を出す。

 

「…だ、誰なんです…その、イリヤの好きな人……って」

 

 彼女の名前を口にした途端、どうしてか? 脳裏に白い少女の…いつか自分に差し向けてくれた笑顔が過った。同時に胸が苦しくなり、目の奥が熱い。

 明日菜はそんなネギの様子を神妙に伺いながらも答える。

 

「ごめん、分かんない」

「え…」

「イリヤちゃん、そこまでは答えてくれなかったから」

「………」

 

 そんな…と、モヤモヤした感情が沸き立つのを覚えつつネギは誰なのかを考えてしまう。しかし身近にいる男性の知り合いは少ない。タカミチか小太郎ぐらいだが……それはないと判断する。タカミチはずっと年上だし、明日菜さんの思い人だし、コタロー君とは知り合って間もない。それじゃあ一体…?と、そこまで考えて……イリヤの知り合いで身近な男性として自分がそうなのでは?と思い、一瞬浮かれた感情が胸に過ったが、

 

「でも、もう会えないって言ってたから、多分イリヤちゃんの故郷に居た人なんだと思う」

 

 明日菜の言葉に一瞬過った感情が消えてガッカリしつつ…ホッとした安堵も抱き、良かったと思い―――ネギは嫌悪感を覚えた。ホッと息を吐きそうになって、喜んでしまった自分に。

 

(イリヤの故郷は…もう会えないって事は……)

 

 それは偽りに過ぎないカバーストーリーであるが…そう間違ってはいない事実だ。イリヤは故郷へと戻ることはできず、愛しい大切な人には二度と会うことは叶わないのだから。

 そのことに安堵し、一瞬でも喜んでしまった自分が酷く醜く思え、自己嫌悪にネギは思わず俯いた。

 

「………」

 

 俯くネギを見て明日菜は、ドンピシャかぁ…と確信した。ネギはイリヤを意識しており、恋愛感情を抱いている事を。

 しかし、確信したもののそれを知ってどうするかまでは考えていなかった。

 

(……うーん)

 

 俯くネギを放って顔を上向けてぼんやりと青い空を見詰めながら明日菜は考える。

 

(…本屋ちゃんには悪いけど)

 

 しばらく考えて結論を出し、クラスメイトであり、仲間であるのどかに申し訳なく思うが、明日菜はうん、と頷いてネギに告げる。きっとそれがこの弟のように思える少年の為になると信じて。

 

「ねえ…ネギ、イリヤちゃんをデートに誘ってみない?」

「え?」

 

 明日菜の唐突な提案にネギは俯かせていた顔をハッとして上げる。困惑と驚きが混じった表情。それを見ながら明日菜はもう一度言う。

 

「イリヤちゃんとデートしてみない?」

「え、え?…ええぇぇーー!?」

 

 明日菜の言葉を再度理解するのに時間が掛かったのか、困惑の後に意味を飲み込んだネギは顔を真っ赤に染める。

 

「な、ど…どうして? 僕がイリヤと!?」

「…したくないの? デート? イリヤちゃんと。嫌なの?」

「え? いや、そんな事は…!」

 

 どこか畳み掛けるように続く明日菜の言葉にネギはますます顔を赤くしてワタワタと手を振り、首を振って慌てる。詐称薬を飲んで十代半ば…いや、欧風の顔立ち故に二十歳近くにも見える男性には不釣り合いな姿だ。

 そんなおかしな姿に明日菜は込み上げる失調感を堪えて尚も言う。

 

「ネギ、イリヤちゃんのこと好きなんでしょ?」

 

 そう、決定的な言葉を。

 

「…!―――あぅ」

 

 その言葉を耳に入った瞬間、ネギは胸に強く苦しく鼓動を打つのを感じた。頬の熱さと共にそれを自覚しながらもネギは明日菜に抗議するかのように言う。

 

「そ、そんな…イリヤのことはべ、別に…」

「そんな事ないでしょ。違うっていうならイリヤちゃんに好きな人がいるって聞いた時、どう思った?」

 

 抗議…否定する言葉を口にしようとしたネギに明日菜は軽く首を振りながら言う。

 

「苦しく思わなかった? 辛い、悲しいって感じなかった?」

「そ、それは……」

「もしイリヤちゃんが知らない誰かを好きだと言って、男の人と付き合う事になったらどう思う? 考えて想像して見て」

「…!」

 

 ネギは明日菜の言葉を考えてしまう。

 誰かなんて分からない。けど空想の中で自分とは違う…きっとイリヤが好きなるであろう大人な男性と肩を並べ、嬉しそうな笑顔をその見知らぬ男性…誰かへ向けるイリヤの姿。腕の組んで自分に背を向けて歩くイリヤと見知らぬ誰か―――…そんなのは……。

 

「うん、嫌よね。そんなのは考えるのも苦しくて辛くて悲しいわよね」

 

 明日菜がネギの思考を読んだかのようにその感情を代弁した。

 

「そう感じるのなら、そういう事よ。…ネギ、アンタは―――」

 

 その先の言葉は聞くまでも無かった。ネギは頬を赤くしながらも明日菜に頷き、

 

 

 

 ―――そっか、僕……イリヤの事が好きなんだ。

 

 

 

 その想いを自覚して呟いた。

 途端、先ほどまで辛く恥ずかしく感じていた胸の苦しさと頬の熱さも不思議と心地好くなった。

 

「イリヤ…」

 

 今まで何度も口にしたその言葉…名前がとても…とても大切なものに思え、今直ぐにでもその名を持つ白い少女の顔が…綺麗な笑顔を見たいと、見に行きたいと思えた。

 

 それが好意、恋、愛……人を好きになるという事なのだと理解して。

 

 胸の奥、種となって埋まっていたモノが少年の心に芽吹いた。

 

 




 想いの自覚。
 学祭時期が丁度良く思えたのでネギに恋心を抱かせました。
 まあ、実際は結構前からあったのですが…色々と抱えてるものが多い所為か、自分の事となると鈍いというか、どこか無頓着な所があって自覚してなかった訳で。まだまだ幼い子供という事もありますが。

 これで、のどかや夕映などの他にネギに恋心を抱く面々は実質フラれた事になります。

 …にしてもネギと明日菜の会話は結構強引だったかも……書いていて照れも在りましたし…。


 今回以降は完全新規の話になると思いますので次回の更新も少し間が空きます。別のサイトの話も進めたいですし。

 あと読者の皆様、誤字報告もありがとうございます。多い自分としては本当に助かってます。

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