麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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まだ時間掛かりそうなので先んじて投稿。
先行試作で出来ていた分を数日に跨いで少しずつ投下します。


第36話――学祭前夜、対策と傾向。未来人との接触。

 

 

 

 ……時は明治。

 

「その事件の担当を私に……ですか?」

 

 東京湾に面した一つの区域、欧風の建物が並ぶ異人街。

 

「そうだ。上の連中はこの件は君にしか解決できないと判断した。無論、出来得る限りの支援はする。事は急務だ」

 

 列強に対して平等とは言えない関係が続く時代……否、それより古く江戸幕府がまだ在った頃より築かれたその街に。

 

「こちらです警部。聞き込みによればこの被害者達は5日前の夜から行方不明となっていたものと思われます。それが……」

「死後丸一日という所ですね。にしてもまた酷い状態……人の手によるものにも見えるけれど、でも……」

 

 奇妙な事件が続き、不可解な死を迎える住人たち。

 

「間抜けな警察と愚かな政府の連中を出し抜く事は出来た」

「うむ、今頃連中は大慌てだろうよ。あとは時を稼ぐのみ」

「……では手筈通りに」

 

 水面下で暗躍する人と人。

 

「我が国の民が犠牲になっているのだッ! だというのに指を加えて黙って見ていろとッ!!」

「お気持ちは理解できます! しかし信じて頂きたい! この一連の事件は我々が……日本が責任を持って必ず解決致します……どうかっ!」

「……良いだろう、君と私との関係だ。信じよう。だが猶予はないぞ……こういってはなんだが本国にもこの件で騒ぐ連中がいる、出来る限り手は打つが私とて何時までも抑えられん」

 

 介入を仄めかすも苦悩する異国の大使。そして――

 

「あれはっ!? うわっ!!」

「誰か! 誰か! 助けくれぇーー!」

「いやぁぁぁ…!」

 

 忍び迫る不穏なる闇と影。

 

「ふ、せいぜい足掻き踊れ、覆せぬ絶望を前に膝をつくまで……この国は既に堕ちたのだ」

 

 高みにて不敵に嘲笑う何者か……。

 

「見つけた! ハァァァーー!!!」

 

 それを捕らえ、払い、滅し、討つために彼女は街を駆け抜ける。

 密命を帯び、一振りの刃と一丁の銀の銃を持って。

 

白上(しらかみ) 才華(さいか)! 参ります!!」

 

 白亜の髪を靡かせる美しき一人の戦巫女が舞う!!

 

 ――極東異人街・怪奇譚

 

 2003年6月20日(金)より麻帆良市麻帆良学園にて22日(日)まで限定公開!

 

 待ち受けるのは人の世か、魔の世界か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、何とかクランプアップを迎えたのだけど。アヤカは泣き出さんばかりに喜んでたわね、間に合いましたわー!って」

 

 学祭の前日、前夜祭で賑わう通りを歩く3人の一人、白い少女…イリヤが呟いた。

 それに続いて残りの2人も口を開く。

 

「私、全然キャラが違うんですけど。そもそも主役なんてこう柄じゃありませんし」

「今更だな、だがそれを言うならイリヤの役もそうなんだが……いや、随分と様にはなってたが」

 

 白い少女の弟子であり、師と同様にアルビノの容姿を持つさよ。今やその師弟を身内に思う金髪の吸血姫エヴァ。

 

「私はそうね。生まれも育ちもアレな訳だし、ああいう雰囲気は何とも合うのでしょうね。我ながら酷いものよね」

「……今更って言うと、ほんと良いのでしょうか? これって昔、実際に在ったお話なんですよねエヴァさん?」

 

 さよが視線を下げて自分より少し前を歩く金の(かぶり)に向けて問いかける。

 

「まあ、一応大凡のストーリーはな。ただ元ネタである事件の方は、この日本ではなく上海(シャンハイ)で在った事で、主役であった人物も実際は女性ではなくて男性で既に故人。他に事件に関わった奴らも私以外は皆亡くなっている。百年近く前の出来事であるし、舞台設定や主人公の性別を変えていることもそうだが、脚色は大分で入れてある」

 

 金髪の少女は視線を振り返らせてさよに応じて、その隣を歩く白い少女は、ふむ…という感じで首肯する。

 

「気にする人間はほぼいないという訳ね。協会にしても」

「なら良いですけど……」

「でも話を聞く限り、アカシ教授は結構気にしそうね」

「そこはアイツの曽祖父の事であって、当の本人の話では無いし、先にも言ったが性別なども変えているから別に構わないだろう」

 

 さよの演じた人物、映画の主人公の事であり、エヴァの話によれば明石家は当時から協会に籍を置く中々に由緒ある家柄だとの事だ。陸軍の士官でもあったとか。

 

「……にしてもおよそ百年前とはいえ、近代という時代で随分と派手にやった物ね」

「まあな、ホント途方もなく厄介な事件だったぞあれは。ただでさえ極秘捜査という事で大きく動けないのに各国政府のスパイ共が何やら嗅ぎ付けて暗躍するわ、本国(MM)からもちょっかいは来るわ、市街地のど真ん中で二十人以上の人間が並んで銃撃戦をするわ。その上で最後の最後に馬鹿がやらかすのを止められずトンデモナイ化け物が出て来た。……その所為で欧米列強共の租界(そかい)どころか上海(シャンハイ)そのものが壊滅しかねない大惨事に危うくなり掛けた。流石の私もこれはもう駄目かも知れんと覚悟した程だ。尤もそこまでの大事に成ったお陰で事態は収束に向かったと言えるんだがな」

 

 当時の苦労を思い返したのか肩を落とし「ハァァ…」と大きく溜息を吐くエヴァ。

 

「そんなウンザリした出来事をよく脚本に使おうと思ったわね」

「ああ、それはあれだ。アイディアが降って湧いてきたからな。書かずに居られなかった。それに執筆自体も結構楽しかった」

 

 ゲンナリをした様子のままイリヤに応じる。

 

「ところで詳しく聞いてなかったんだけど、その化け物って何だったの? 貴女がそこまで言うなんてとても気になるんだけど」

「ああ、それは()だ」

「えっ!!?」

「狐……ってまさか!?」

 

 トンデモナイ言葉が帰って来て目を見開くイリヤとさよ。

 

「ああ、そのまさかだ。玄翁和尚が割ったとされる石の欠片の内二つが盗まれ、英国の手で上海に運び出されてな……協会の依頼を受けて隠れ潜む化け物の討伐と以前は話したが、その石の行方の追跡・回収と盗み出した犯人の捜索が本当の所だ。しかし結局は九の内、三つ尾を生やして復活した女狐(・・)が出てしまった」

「――っ!!? 3尾も!? そ、それが相手でよく無事だったわね! 貴女も都市も!」

 

 白皙の美貌を青くするイリヤ。

 何しろ件の英霊……いや、怪物は一つ尾が増える都度にその力を3倍へ引き上げていくというインフレの極致とも言える存在(神霊)なのだ。

 

「それは、少し前にお前の話を聞いて気付いた事ではあるんだが抑止力(カウンター)が働いていたんだろう。……事件の捜査の途中で偶然拾った孤児がいて、そいつが石から漏れ出た力の一部で切り離された一尾だったんだ。今にして思えばそれも偶々や偶然ではなかったという訳だな」

 

 当時の疲労感か安堵も思い出されたのか、やれやれと言わんばかりに「ふぅ…」とエヴァは再度ため息を吐く。

 

「イリヤさんが演じた子がそれですか……」

「そうだ。で、その拾った娘が映画の通り……まさに物語なんかでよく見る自己犠牲をやってくれて、女狐を何とか封じる事が出来た。……明石の曽祖父(じいさん)――才一郎の奴は生涯その事を悔やんでいたが、お陰で最悪の大惨事は回避できた。殺生石の回収もな」

 

 

「自己犠牲……ね」

 

 その言葉を聞いて白い少女は何とも複雑な心境を抱く。

 この世界に来る直前、自らも人生をそうやって幕を降ろそうとした為だ。

勿論その事に無念も後悔もイリヤには無い。

 しかし、敢えてそういった役をエヴァが自分に振った事、そしてこのように言葉を向ける意味を考えさせられてしまう。

 この映画で描かれた結末と共に……。

 

 

 

 そうして、しばらく映画の事も含めて雑談と談笑に興じて前夜祭を見回っていたイリヤ達であるが、

 

「やあ、3人ともこんにちは」

「タカミチ」

 

 灰色の髪の持つ顔見知りの男性が通りの先から姿を見せた。それに「こんにちは」とエヴァを除く二人が軽く挨拶をし、

 

「不良教師が何のようだ?」

「いきなり酷い言いようだねエヴァ、同級生に対して」

 

 楽しい時間を邪魔にされた為か、エヴァが喧嘩腰に突っかか……いや、普段通りとも言える。タカミチに対して何かと彼女はいつもこんな感じである。

 どうも彼が麻帆良学園に通っていた頃、最弱状態に陥ったばかりのエヴァに色々と気遣いやお節介を焼いた事が関係しているらしい。同級生というよりは、外見そのままに子供扱いされた事を根に持っているのかも知れない。

 

「あん、少し老けてみせたからって年上目線か? 小僧のお前に説教などされたくない。その様子だとこちらを探していたのだろう? ケータイなんかも使わずに。用件があるならとっとと言え。ナンパという積りでもないのだろう」

「む……」

 

 ナンパという単語が入った途端、何故かタカミチが口籠って視線が一瞬、これまた何故かイリヤの方へと向く。

 

「……なっ!」

 

 そしてそれをエヴァは目敏く見逃さなかった。イリヤも気付いたが「なに?」と疑問符を浮かべる表情だ。

 

「おい、タカミチお前、まさか……?」

「い、いや、長話も何だし用件を言おう。……学園長からお呼びが掛かっている。例の件でね。日暮れ以降に行う予定だったのだけど、前倒しになって今から急遽という事で号令が掛かった」

「――!」

 

 彼が一瞬見せた動揺と携帯電話で済むような用件を聞き、自分達…否、彼女(・・)に直接会いに来た理由も察してエヴァは愕然とする。その顔にはマジで!?と書いてある。

 

「タカミチ、あ、あなたっ――!?」

 

 思わず素の内面が出て問い詰めようとするエヴァを制して……いや、誤魔化してタカミチは、「それじゃあ、い、行こうか」と少し慌てた様子を見せてササッと背を向けて行く。

 

(――え? タカミチってそっちの趣味だったの? てっきり大人っぽい女性がタイプで巨乳好きだと思ってたのに。もしかして私も対象に入ってないよね?)

 

 素の面持ちのまま混乱するエヴァ。

 白い少女こそ、その対象だと分かってはいるのだろうが……しかし、この時、タカミチへ向けて割りと深刻な――教師生命や社会的に危うい――誤解が生じつつあった。

 尤も白い少女の実年齢を思えば、そうとも言い難いのだが、周知されている事でもないのがネックであろう。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 原作では、世界樹広場であったが万が一の人目を避けたいという事なのか、協会本部である例の教会にて魔法先生並びに職員らは集合していた。

 内容もまた原作とは異なり、職員と生徒共にかなりの大人数が居並び、また話の内容も世界樹の馬鹿げた呪い等の説明ではない。

 

「……既に正規の職員らは知っておる事であるが、明日に魔法世界(ムンドゥス・マギクス)より客人が来訪する。生徒諸君らの中にも聞き及んでおる者は居るじゃろう」

 

 礼拝堂の祭壇より近右衛門が職員と生徒たちへ向けて告げる。

 

「メガロ・メセンブリア……本国からこちらの世界との友好を求めての外交使節団という訳じゃな」

 

 礼拝堂の一部がざわつく。ネギ達を含めた見習い魔法使い達の幾分かが驚きの表情をして近くに居る人物と小さく囁き会話しているのが見える。

 

「魔法世界って……エヴァちゃんとの講義で聞いた――」

「はい、僕も行った事はありませんが、魔法学校でも教えられてます」

「地球とは異なる時空に存在する世界で、紀元前からあるそうですが“新世界”とも呼ばれているとの事でしたね」

 

 明日菜、ネギ、夕映のヒソヒソとした声がイリヤの耳に聞こえたが、近右衛門は軽く手を上げて静粛に、と言ってそれらのざわつきを収める。

 ただ、明日菜が頭痛を覚えたのか額に手を当てており、少し気掛かりのようであるが、

 

「使節団は、明日より開かれる麻帆良学園祭をある種の平和の式典と見立て観覧の要望をされておる。何分、学祭期間中は魔法に関わらぬ一般人が数十万人と多く入場し、我が学園の活気に溢れた生徒達の行動も合わさり危険なトラブルも絶えぬが、同時にそれらの問題を我ら魔法使いが秘密裏に対処し解決しておる。つまり小さくも魔法社会と一般社会との間に起こり得る有事の事態が収められ、双方の在りよう…平和共存が示されている一つの例と言えよう」

 

 明日菜の様子を気に掛けつつ近右衛門は話を再開する。

 

「彼等はそれらを良きモデルケースと捉え、直にその耳目で確認しこちらの世界でも我ら魔法使いが安全に安心して暮らしていると、世のためにその力を使っていると、そう魔法世界へと伝え……両世界の今後の在り様を、未来を示す一助としたいと考えておられる」

 

 何ともそれらしい綺麗事を並べているわね、とイリヤは思う。

 尤も壇上に居る近右衛門とてそれは同じであろう、内心では苦いもので一杯の筈だ。日本の裏にある東西の問題に触れようとしない様子も含めて。

 無論、話す内容の幾分かは本当である。建前であると同時に、だ。

 にしても幾度も思う事であるが、原作とは違い過ぎるこの件への不安は本当に大きい。

 予備知識無しのまさに出たとこ勝負。

 それにこの件に合わせて『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』が介入を目論まないという保証もない。

 規模と人材は乏しいらしいが、修学旅行で天ヶ崎 千草のように誰かを焚き付けて扇動するなりの工作はあるかも知れない。

 近右衛門の言い様ではないが……ほんと読めないわよね、とイリヤは胸中で嘆息する。

 

「――であるに、各職員にはそれらを胸に此度の学祭にて、より一層尽力し各々役目を全うして頂きたい。また生徒達の中にはこのような重大な件を前日の直前になって伝えられた事へ疑問に思う者も多いじゃろう。それを含め詳細を知りたい者、質問のある者は担当の上司や監督役に尋ねて欲しい」

 

 イリヤが考え事をする間、数分ほど演説が続いて締めに入り「以上です、解散」と何時かのように木乃香が告げて終わった。

 

 

 

 演説後、イリヤ達は木乃香と刹那を除いたネギパーティと高音・愛衣コンビ、そして小太郎らと共に教会の一室に集まる。

 エヴァとイリヤが彼ら及び彼女たち監督役である為、改めて説明を……という事だ。

 

「――と、説明なんて言っても大して改めて話す事はそう無いのだけど。連絡が前日になったのはセキュリティ面の都合というくらいかしら?」

「うむ、ぼーやはまだ見習い一年目であるし来年以降が本番だからな。仮契約者とその候補である者とて現場に出すのは躊躇われる。今年は使節団の訪問という例外はあるが、その辺りに変更はない」

 

 テーブルを挟んでソファーに座る一同。イリヤとエヴァが向かい側にいるネギ達へ話す。

 

「そうですね、私と愛衣も見習い一年目は学祭は他の生徒に混じって出し物を優先させて頂いてますし……まあ、それが来年以降の布石にも成ってましたが」

「うん、この麻帆良の学園祭って僅か3日だけなのに規模がほんとネズミの国にも負けないくらいに大きいから。まず普通の生徒としてそれを分かっていないといきなりは戸惑うと思う。……明日菜さん達は学祭の事は分かっていても協会の一員としての経験や知識面など下地が出来てないから無茶だろうし」

 

 高音と愛衣が協会の先輩としてネギ達後輩へそう言葉を向ける。

 するとネギたち後輩組もなるほど、と首肯する。

 

「なら、俺達はふつーに学祭を楽しめばええって事か?」

「……それなら助かるかも。クラスの皆との約束や出し物でスケジュールが大変だし」

「って、女とばっかかいな。……あ、いや、でもネギの立場ならしゃーないか。女子校のセンコーなんやし」

 

 小太郎が隣りに座るネギが開いたスケジュール表を覗き見て一瞬悪態を吐くも、思う所があったのか直ぐに訂正する。むしろ大変そうだと同情しているようだ。これも原作との違いであろう、良い方向での。

 スケジュール表を見られたネギはというと、少し焦っていたが小太郎の様子を見るに気付かれなかったと安堵していた。眼の前に居る白い少女との約束の事もメモされていたからだ。

 

「学祭を楽しむかどうするかは自由ね。早く経験を積みたいのであれば申請して現場に出ても良いわ。コタロウは事情が事情だから現場に出るのは良いかも知れないわね。仕事での手当てもあるし、協会で実績を積む機会な訳だし」

「あ、そっか。……うーん、どうすっかな?」

 

 イリヤの説明に小太郎は腕を組んで悩む素振りを見せる。

 

「私としては、特に予定がなかったり、時間に余裕があるなら現場に出て欲しいかな。実績を積んで協会の信用を得る事は貴方の将来の為になると思うから。勿論、学祭を思いっ切り楽しむのも良いと思うけど……いえ、貴方の歳を思うと、こういう時こそ遊ぶ方が大事かしら?」

「……イリヤ姉ちゃん」

 

 続く言葉に小太郎は、少し惚けたような虚を突かれた顔をする。

 今の言葉は何処か柔らかく暖かみがあり、師と慕う彼女の気遣いと思いやりが確かに込もっていたからだ。

 同居生活の中でこういった姿を小太郎はもう何度も見ている。混血だとか孤児だとか、そういった物へのただの同情ではない純粋な心配。犬上 小太郎という一人の人間を案じる優しさ。

 

「へへっ、ならよく考えてみるわ」

 

 だから彼は笑って見せた。

 そういった感情を向けられる事が嬉しくて。

 

「…………」

 

 そのやり取りにネギは複雑そうな顔を見せているが、それに構わずイリヤは話を続ける。その彼を見詰めて。

 

「使節団の訪問そのものに関して説明することは余り無いけれど……注意事項としては、まずはネギ貴方ね」

「え?」

 

 やや唐突な言葉に彼は戸惑う。

 

「正確には、貴方のお父さんというべきなのかも知れないけど……意味分かる?」

「あ、英雄の息子だから魔法の国の人達に変に注目されるかもって事だよね」

 

 流石に察しが付いてほぼ即答するネギ。その返答を聞いて愛衣は少し恥ずかしそうにしている。エヴァ邸での初対面時に彼にサインをお願いしたからだ。

 そんな事情を知らないイリヤだが愛衣の様子を見て何となく察ししてしまう。敢えてツッコミはしないが。

 

「そういう事、向こうのマスコミやら記者やらも随伴して来るでしょうから注意は必須。……それ以上に本国のお偉い議員サマやら官僚やらの他、財界の有力者なんかの方が厄介だと考えられるけど、そういった人達が接触して来る筈」

「えぇ……僕、そんなのを相手できると思えないんだけど」

 

 社会や政治といったその辺りの知識が乏しいネギでも、そういった人物らが人の形をしたある種の魑魅魍魎だというくらいの想像はつく。

 思わず弱音を吐いて十歳の子供らしい情けない表情を浮かべてしまう。しかしそんな彼にやれやれとしながらもエヴァはフォローの言葉を向ける。

 

「……大丈夫だ。基本的には麻帆良に居る大人達を相手をする時と同様に賢さかしく丁寧に応対すれば良い。なんだかんで大人達に混じって教員をやれているお前なら出来るだろう。それにその肩に乗る友人(知恵者)もいる」

「カモ頼むわ。貴方ならその辺の立ち回りも分かるでしょう」

「お」

 

 ここに来て白い少女に名前を出されたオコジョの妖精が反応する。

 

「ああ、分かったぜ。確かに俺っち向きの案件かも知れませんからね。兄貴のフォローは任せて下さい。取り敢えずはおかしな言質は取らせないようにすれば良いんですよね?」

「ええ、お願い。こう言ってはなんだけど、ナギの息子であるネギを利用したいと考える人間は多いでしょうから」

「無論、ぼーや自身も話す言葉には気を付けろ。ナギの名前が出されたり、故郷の事を口出しされても動じるな。カモと予め対応のシミュレーションをしておけ。時間が少ないから別荘を使っても良い、合わせて本日の修行は無しとしておく。余裕があれば自主練をするのも良いだろう」

「はい、分かりました。お気遣いありがとうございます」

 

 胸を叩いて応じるカモに続けて、酷とも言える事を言うイリヤとエヴァにネギは先程までの情けない顔を引っ込めて頷く。悠長にただ困ったり動揺ばかりしていては駄目だと彼なりに理解しているからだ。

 

「あと、アスナ達も……仮契約者たちの事はプライバシーも含まれるから公にされてはいないけど、マスコミを始め嗅ぎ付ける人間は嗅ぎ付けるから注意して」

「うげっ!」「あわわ」「ふむぅ…」

 

 明日菜、のどか、夕映がそれぞれ反応する。古 菲は含まれていないと思ってか、これといって反応はないが、

 

「エヴァさんと同様にネギと同様に師と数えられてる貴女もよ、クー」

 

 そうイリヤに指摘されてびっくりした表情をし、「あいや、困ったネ」と遅蒔きながらに慌て「ウムム、今すぐ故郷(くに)から兄様(あにさま)達をどうにか呼びないものカ」などと顎に手を当てて小さく呟いている。

 

「とりあえずそっちもカモと対応をシミュレーションしておけ。……どうしても難しそうなら私の名前を使っていいし、何ならこっちに振って(・・・)貰っても構わない。監督役だしな、余り頼られても問題だがこういう時の為の上司でもある」

 

 エヴァのその言葉を聞いてカモが頷いた。

 

「そりゃ効果はバツグンだ。音に聞こえし“闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)”に突撃する馬鹿はそうはいねえ。姐さんや嬢ちゃん達はいざと成ったらその方がいいかもな」

 

 カモの言葉に当のエヴァは何とも面倒だなという顔をするが、今回ばかりは仕方がない。魔法や武術の修行云々でどうにかなる話でもないし、元はただの一般人であった経験浅き女子中学生に期待する藩中を超えている。

 社交の経験を学び高める機会とも言えなくはないが、そうして放任した結果、大人達の碌でも無い思惑に良いように翻弄され、玩具にされては目覚めが悪過ぎる。

 洞察力が高く頭の回転の早い夕映や、今此処には居ないが報道部所属で多少経験のある和美なら上手いこと対応出来そうではあるが……。

 

「「…………」」

 

 イリヤとエヴァは互いに視線を合わせて難しげな顔をする。どうしても不安を払拭できないからだ。

 その二人の様子を見てか高音が提案する。

 

「学祭期間中は私が明日菜さんや夕映さん達の傍に付きましょうか? 今年は幸いにも先達としてネギ先生達のフォローを、とのお達しがされていますし。……それでも互いに時間が合う時になりますが」

「ああ、アカシ教授からもその話が来てたわね」

「それに私は、一応そういった事への対策といいますか、応対の術に心得がありますから」

「……なるほど」

 

 良家の子女としてという事だ。帝王学なども学んでおり、幼い頃よりその手の社交経験が彼女にはある。

 

「それならお願いしようかしら。あと特別に念話用の礼装……アクセサリーも用意しておく。連絡を密に出来れば互いに時間を合わせ易いし、いざという状況にも対応できると思うから。通常の念話や携帯電話よりは当てになるし」

 

 念話用の礼装は、先の襲撃事件の反省を踏まえて直ぐに制作に取り掛かっていた。

 広域に渡って通信網が寸断された事が対処の遅れを呼び、被害が拡大した要因であったからだ。

 念話の妨害並びに盗聴の対策を行い、魔術とこちらも世界の魔法を組み合わせた特製の礼装。通信範囲もこちらの既製品よりもずっと広く、東京を中心に関東一円くらいまではカバー出来る代物だ。当然、複数同時の多元通話も可能である。

 ただ高価な天然の宝石や貴金属のほか希少金属を使うために割りとコストが高い。

 “自分専用の礼装”の制作へ大きくリソースを割いていた為、数はまだ20個余り程度とそう多くはないのだが明石教授などの信頼できる主要な人員には渡せている。とはいえ、

 

(そこが『魔術』の難点よね。手間もお金も掛かる。『神代の魔女メディア(キャスター)』の知識やこっちの魔法のお陰で効率化とコストカットは大分出来てるけど……中々にままならないもの)

 

 秘匿性(セキュリティ)は、この世界の既存技術から外れるから固いのだけど、そう思うも内心でボヤいてしまうイリヤ。

 なお通信範囲と強度をより向上させられないか研究と改良をまだ進めている。

 

「宜しいのですか? イリヤさんの物となるとかなり高価で貴重な魔法具だと思うのですが」

「構わないわよ。私とエヴァの監督下になる貴女達には元より渡す積りの物だったから。協会の経費で落ちる話……あとはまあ、試験を兼ねた先行配備のようなものだと思ってくれれば良いわ。それなら余り気兼ねないでしょう」

「……わかりました」

 

 高音は頷くが、その隣で「あれ、それって使用感とかのレポートを提出しないと行けないのでは?」と愛衣が呟いて、それを聞いた明日菜と古 菲と小太郎が「うわっ」といった嫌な顔をしている。

 一方でネギや夕映やのどかといった座学でも向上心に溢れる面々は興味深げだ。高音も貴重なアイテムを授かるという部分を除けばこちら側である。

 

「ふむ、では我が教え子達の学祭での行動指針として、各々が離れて行動する際は……ネギのぼーやにはカモが付いて、頭の回る夕映はのどかと基本同行、残りの明日菜とクーには高音が愛衣がなるべく付くという方向でいいな」

「うん、それが良いわね。勿論、私とエヴァも出来る限りカバーはするけど」

 

 エヴァの言葉にイリヤも同意する。

 二人の言葉に各自が首肯する……が、

 

「あ、相坂さんは?」

 

 ネギがここまでダンマリな幽霊少女を見詰めて言う。

 

「サヨは、私と同行するか……また別の仕事があるから」

「はい。確かに私もイリヤさんの弟子という立場で少し注目されそうですけど、ご心配なく」

 

 今は潰れてしまったが、さよもこう見えて生前は伝統ある旧家(きゅうか)・名家の出であったりする。記憶が戻った今、高音同様にその手の心得があるのだ。

 

「そ、そうですか。……って、イリヤも注目されてるの!?」

「今更、そこに気付くのか、ぼーや」

 

 驚くネギにエヴァが考えれば分かりそうなものなのにと呆れる。

 

「やれやれ。愛衣、イリヤがこれまでやった行いを挙げてみろ」

「え? あ、はい」

 

 唐突に今や師となった恐るべき吸血姫に振られて戸惑いながらも愛衣は話す。客観的視点且つ学園の魔法使いとして見た評価は自分が一番適任であると思った為だろう。

 

「えっと……先ず未知の隠れ里から学園の結界を抜けて転移して、続けて京都の騒ぎでは真っ先に救援に駆けつけ、世界を救った英雄の一人である『サムライマスター』の近衛 詠春様を追い詰めた危険なテロリストを単独で撃退…」

 

 視線を宙に向けて確認と頭の中を整理する為か、一つ一つ指折りしながら愛衣は言葉を紡いでいく。

 

「同じく救援に来たエヴァンジェリンさんと共に関西呪術協会の危機を解決しました。その後、未知の魔法技術を評価されて協会の魔法鍛冶に特別に抜擢され、協会へ有用な魔法具の制作・提供をしており、合わせてその高い戦闘力と戦術眼から戦技研究の特別顧問にも就任…」

 

 彼女の中では5つ数えられたのか、愛衣の手の指が一度全部開く。

 

「更に先の学園襲撃にも対応して京都の時と同様に世界トップクラスの戦力を持った強大な敵を撃破。その事件以降は警備部の部長補佐を他の役職と共に兼任されて学園の結界網の刷新・構築を担当。……あと、これ言って良いのかな? エヴァンジェリンさんの封印も解呪されてますよね、噂ですけど」

 

 開いた指が3つ折られて、視線が宙から金銀の二人の少女へ躊躇いがちに向けられた。

 

「……」

「その噂は事実だな。公式発表では誰が行ったかまでは明かしておらず、暗黙の了解みたいに誰もが口を(つぐ)んでいるが………ま、今更隠せるものではないからなぁ」

「ですよね、学園長も一時的な解呪しか出来なかったのに……いきなりですから」

「誰が(おこな)ったのか、一目瞭然という訳ですね」

 

 最後に上げた件にイリヤは苦笑に留めて沈黙するもエヴァ自身が認め、愛衣と高音は何処か重々しく首を(かぶり)を振る。

 

「……それにしてもほんの二ヶ月程でこれなんですよね」

「役職などに関しては学園長のワンマンによる所もあるが、しかしそれだけの能力があるのも事実で実績も確かとなると、無駄に遊ばせておく理由にはならないからな。二十年にも渡る人材不足に加えて昨今の度重なる不穏さだ。やむを得ない」

 

 高音のポツリとこぼした言葉を補足してエヴァは念を押すかのように言った。彼女の中にある蟠わだかまりを察してだ。

 

「…………」

 

 ネギは唖然としてしまう。こうして言い並べられて白い少女が如何に凄い人物なのか今更気が付かされ……いや、再確認した。身近過ぎてそれらの事を余り考えていなかった。

 明日菜達も同様である。うん、凄いのはわかってたけど……いや、うん……やっぱり凄いんだね、といったところだろう。

 

「そういう訳でイリヤさんも注目されているんです」

 

 当人にとって余り喜ばしいとは言い難い事なのだが弟子たるさよは誇らしげだ。小太郎もうんうんと同意だとばかりに頷いている。

 ただ、本当にイリヤとしては……特に戦闘面とエヴァの封印解除に関しては夢幻召喚(インストール)で成し得たものなので胸を張れるものではない。

 その一方で、相応の装備と最近完成した礼装を持てば、現状のネギパーティー全員を相手取っても負けない自信が実のところ今のイリヤにはあったりもするのだが。……この世界の『魔法』に関して目処が付いた事もある。

 しかし、まだ練度は低く、そこに楓と真名が仮に加わると五分(ごぶ)かそれ以下に持ってかれる“程度”の戦力しかないだろう……。

 それでも夢幻召喚をされていない、或いは使えない状態を想定すると、どうしてもその辺りの用意をせざるを得ない。英霊相手でも少しでも時間稼ぎないし撤退出来るように念入りに。

 そのため、イリヤもまたネギ達同様に修練が必要であった。

 

「――とりあえず話を戻して纏まるぞ。大体の事はもう言ったからな」

 

 エヴァはパンッと一つ、手の平を軽く打って脱線しかけた空気を払うようにして告げる。

 

「今回……今年に関しては、ぼーや達は学祭の面倒な警備任務に携わる事はない。ただ本国使節団の来訪に合わせて少し厄介事があるかも知れない為、各自注意が必要という事だ。そして高音と愛衣はそんなぼーや達のフォローが主で、私とイリヤも監督役としてお前たちのフォローに一応入るが……」

「私とエヴァは状況しだいでは、学園長達と同行して使節団への対応や警備に回る可能性があるから完全には当てにしないで」

 

 エヴァに続いてイリヤも言うとネギと明日菜達は少し戸惑う。頼りになる二人が援護に入らないかも……と告げられてやはり不安を覚えたのだ。

 

「だから念入りにシミュレーションをして対応を練っておけという事だ。ほら前夜祭へ行け、そして十分に楽しんだら別荘へ向かえ、解散だ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 イリヤ達は、ネギ達が教会から出ていくのを見送ると、しばらく近右衛門と木乃香や明石教授達と打ち合わせを行い。それから教会を後にした。

 お昼の時間はすっかり周り、遅れた食事をどうするか、取り敢えず前夜祭の屋台を漁るか等と歩きながら話していると――

 

「こんにちは、イリヤチャン。エヴァンジェリンもさよサンも」

 

 学祭で始まるであろう事件の黒幕に声を掛けられた。

 

「少し私と話をしないカ?」

 

 夕暮れに差し掛かった赤い陽の下でニコリと笑みを浮かべて。しかし――

 

 

 

 

 

 

 

「サツキに立会させるなら応じても良いわ」

 

 唐突な誘いに一切動じること無くほぼ即答したイリヤに、超の笑みが強張り逆に動じているのがエヴァには見て取れた。

 同時にエヴァもまた動揺した。

 

「イリヤ、それはッ!?」

「エヴァ、一般人を巻き込むのか?と言いたいの。なら見当違いね。貴女も分かっているでしょ」

「いや、しかし五月(さつき)は――」

「――エヴァ(・・)

 

 その突然の冷たい声にビクッとエヴァは自分の身体が大きく震えたのを自覚した。

 多くに恐れられるだけであった彼女にとって珍しい感覚。

 それを感じるほどにイリヤの声には静かな怒りが込められている。

 

「サツキは既にこの眼の前にいる陰謀家の意図を知り巻き込まれている。そしてそれを理解しながら彼女に関わっているの。とうにただ無関係の一般人ではないのよ。繰り返すわ。……分かっている(・・・・・)でしょ」

 

 白い少女の言葉が突き刺さる。

 そう、エヴァは分かっている(・・・・・・)。 

 四葉 五月という一介の女子学生が超 鈴音の隠す秘密を知っていながら悪を自称する彼女と関わっている事を。

 エヴァ自身、“またそれも良し”とし見過ごした。

 だから無関係とは言えない。例え超と……そして自分も五月を裏の事情に巻き込みたくないと思っていたとしてもだ。

 それを分かっている筈だった。

 

「…………厳しいわねイリヤは」

 

 無意識に素の口調で溢してしまった。

 それは、超と自分だけに向けられたものではない。五月(・・)に対してもだ。

 けれど、それだけでもない。厳しいだけではない。恐らくイリヤは……――

 

 

 

 




 3-Aの出し物とした映画とエヴァの関わった上海での過去事件は連載当初から軽く構想があって、サムレムが出て実は焦りました。
 少し似ている部分があったので。
 狐の英霊は出す予定があったのですが、今は話に調整を掛けていて未定。

 ちなみに明石教授の曽祖父のイメージは、身体が勝手に動いて覗きしてしまう二刀使いの人。
 時間的に余裕が持てれば、外伝として過去話も書くつもりでした。今は無理でしょうけど。
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