麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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第37話――矛盾する想い、願い。それでも…と。

 

 

 

 

 超 鈴音(チャオ・リンシェン)は麻帆良学園旧市街区の方へ向かっていた……その後ろに白い少女と吸血姫を連れて。

 

(機先を制する積もりだたガ……逆にしてやられたネ)

 

 前触れもなく接触し対話を持ちかけ、反応を伺いながらイニシアチブを取る積もりであった彼女。

 白い少女らから見ればテロの主犯たる自分が直接出向いての申し出は、それなりに不意になると考えていたのだ。

 しかし、予想されていたのか動揺も困惑もなく――ただそこまでは超の想定範囲でもあり、不意を突けない可能性も考慮していた……が、

 

(まさか五月のコトを持ち出されてしまうとは……)

 

 これは完全に予想外であり、逆にこちらが不意を突かれてしまった。

 確かに料理長たる彼女とは良き友であり、ある意味では同志でもある。しかし裏の事情には関わらせていない……いないと思っていた。五月には自らの正体と計画を明かして秘密を共有させ、超包子の経営を担わせ、間接的に計画に関与させているというのに。

 何処か楽観的に、それでも五月は一般人だから、と考えていたが故の不覚だった。

 

(……私としたコトがそれに気付かないとは。イリヤスフィールの指摘は正しイ。確かに五月は無関係とは言い難いヨ)

 

 白い少女が自分と五月の関係をどこまで把握しているのか分からないが、クラスメイトの中でも葉加瀬と共に親しく超一味(チャオいちみ)などと呼ばれている事と超包子(チャオパオズ)の共同経営者という事から推測するのは決して難しくない。

 そしてイリヤが以前から自分に探りを入れていた事も知っている。無論それは自分達に対してだけではないだろう。

 工房を建てる前後、学園へ協力し始めた頃から俗に魔法先生と呼ばれる職員だけでなく、魔法に関わらない一般職員や学生にも接触して少女は諜報の糸を張り巡らせた。

 その可憐な容姿を武器にして。時には子供のように無邪気な顔を見せ、時には実年齢相応か、それ以上の大人びた顔を見せ、巧みに学内いる人間達へ取り入った。

 恐ろしいのは魔術や暗示などを一切使用していない事だ。

 それをすれば協会に不信感を持たれる為であろうが、それでも容姿と話術――実績もあるだろうが――だけでこうも短期間に広く人脈を築けるのは、一体どんな手品を使ったのかと問い詰めたくなってしまう。

 

(まったくあの真名(マナ)が警戒するのも道理ネ)

 

 十代半ばにして歴戦の傭兵となり、その経験から多くの人間を見てきた龍宮 真名。

 観察眼においては超以上と言えるその彼女曰く、

 

 英霊の力は確かに恐ろしいが結局のところそれは力に過ぎない。極端な言いようだが対抗するならより強い力を持って来るだけで良い。あの娘が敵対する“黒い呪詛”ような……或いはいっそ核兵器や化学兵器などをな。

 勿論、それはそれで難しい事ではあるが、ともかくイリヤスフィールの最も警戒すべき所は、魔術や英霊の力ではなく、その頭の切れと人心を惹き付ける……いや、惑わす魅力にある。言うなればアレは――

 

(――学園長と私と同じ類。ただの一兵士などでは無く“策士”か“将”。それも魔性やらの言葉も付きそうなモノ……)

 

 上に立つべき者が持つ素質、或いは(うつわ)

 そういったカリスマ性を白い少女は有しているという事だ。確かな智を伴って。……ヒトを惑わず危うさも含んで。

 

 ただ、本人にはその自覚はないようだがな、困ったことに……いや、厄介なことに、というべきか?

 

 とも真名は指摘している――が、それも事実であればまた恐ろしい話だ。つまり意図せずにそういった策謀と振る舞いを自然とやってのけている化け物という事になるのだから。

 

『おい』

 

 歩みを進めながら思考に没頭していると念話の声が頭に響いた。

 

『どういう積りだ超 鈴音? 警告はした筈だぞ。しかも悪い事にイリヤは既にお前の秘密や計画に気付いている』

『エヴァンジェリン……』

 

 声なき声の口調には苛立ちがある。無論、後ろを歩く金髪の少女からはあからさまにその気配は発せられてない。隣を歩く銀髪の少女に気取られたくないからであろう。

 

『警告は確かに茶々丸を通じて聞いたシ、彼女が私の事を察知したのもワカテル』

『だったら――』

『しかし、彼女とはどうしても対話する必要があるヨ』

『む……?』

『貴女なら察し付くと思うガ、計画後の事もあるカラ』

 

 超は計画を諦めていないし、成功させるつもりであるが、それが叶った場合、今後十数年に渡って世界を監視し調整する予定である。尤も帰郷(・・)予定である為、それを実際に行うのは超自身ではないが。

 しかし――

 

『なるほど、“アンリマユ”か』

『その通りネ、それが気掛かりヨ』

 

 『完全なる世界』に加わっている“黒い呪詛”。

 世界を監視・調整する上で余りにも異質・不可解で大きな障害に成り兼ねないアレに対抗する術が超にはない。イリヤスフィールという存在同様に超の持つ未来知識に有り得ないイレギュラー故に。

 アレの事を識るのはこの世界においては白い少女のみであり、対する手段を持つのも恐らく異邦の『魔術師』たる彼女だけである。

 だから計画が成功した後を見据えてイリヤと対話し、出来れば味方に……と言えないまでも協力を取り付ける必要がある。

 だが、それも――

 

『……(チャオ)、だったらやはり無理だな。イリヤを説得するしない以前の問題だ。アンリマユをどうにかする方法がお前に無いなら計画は諦めるしかない』

『――! それはどういう意味カ?』

 

 エヴァの念話に意味深さを覚えて超は微かに動揺した。嫌な予感がした。

 

『これも世話になった礼だ。特別に教えるが……いや、先日の伝言にも入れるべき事だったかも知れんな。イリヤは世界樹の膨大な魔力とそれに付随する霊脈構造を用いてアンリマユ打倒に必須となるモノ(・・)を錬成しようとしている。それが無ければ打倒は危ういと。……最悪、この世は地獄に生まれ変わるかも知れないと言ってな』

『――――!!』

 

 超は思い掛けない事実を聞かされて愕然とし、その場に佇んで歩みを止めてしまう。

 

『……もし地獄に生まれ変われば、この世はお前もよく知る何処にでも在る“ありふれた悲劇”が絶えず溢れる世界になる。何しろ成り損ないとはいえ、“この世全ての悪(アンリマユ)”などと言う御大層な名前を持った“魔”……イリヤに言わせれば、より最悪な"真性悪魔”とやらに至れるモノらしいからなアレは』

 

 そう、残酷な事を告げられた。

 

「――――…………」

 

 

 佇んだのも僅かに足を再び進める。

 それでもその思い掛けない事実を脳裏に反芻する。

 エヴァは佇んだ僅かの間に尚も言った。

 

『だからイリヤは話していたよ。この麻帆良の地に飛ばされた事と世界樹の魔力が溢れる時期が今であったのは非常に幸いで好機だった、これも抑止力(うんめい)による巡り合わせなのかも、とな』

 

 運命……だとすれば、それはなんて酷いものなのか。

 自分の全てであった計画。それがこんな……。

 

 ――超 鈴音の心に絶望が覆う。深く深く黒く暗闇に……。

 

 

 

 麻帆良学園旧市街区に在る今は使われていない廃校舎。

 廃校舎と言っても朽ちぬように最低限の管理がなされ、また一部が倉庫として使われている為か、その屋内は意外に埃は少なく小綺麗である。

 或いは、学祭当日に肝試し大会に使われる為に軽く清掃が行われたのかも知れない。

 人払いと防諜の結界を張り、一同はその校舎内で会す。

 

「五月、突然呼び出してスマナイ」

「前夜祭で忙しい所を申し訳ないわね」

 

 超とイリヤが校舎の一室へ五月が入って来たのを見て会釈した。

 五月の背後には褐色の肌を持つ長身の女性……いや、少女こと竜宮 真名の姿がある。彼女の案内を受けて来たのだ。

 少し遅れて葉加瀬と茶々丸も姿を見せた。

 

「さて、持て成しも何もない場所で悪いけれど、“お話”を始めましょうか」

「……」

 

 各々が適当に室内にあった椅子を並べて席につくとイリヤが口火を切る。対話の誘いを持ち掛けた筈の超は無言を返す。

 心に覆った絶望感が彼女の口を重くさせていた。

 

「先ず改めて確認するけど、チャオ・リンシェン……貴女は未来人で間違いない?」

「……誤魔化しても仕方ナイからそれは認めるネ。私は今カラ凡そ100年後の未来から時空を超えてこの時代へ来タ」

 

 重い口を開いて超は答える。何とか対話の主導権を握りたいが余裕がまだ取り戻せず、その自覚もあり、取り敢えず眼の前の白い少女の言葉に答えながら調子を戻そうと考える。

 

「そう、なら次に……これも確認。貴女は私の事を“知っていた”?」

「……!」

 

 微かに動揺した。イレギュラーである彼女自身が己をイレギュラーだと確信している事に。

 まるで己が存在しない未来から超が来たと分かっているかのように……。

 いや――

 

「ふう、鋭いネ。イリヤスフィール……貴女の予想通りヨ。私は貴女を“知らなかった”」

「……そう、やっぱりか」

 

 ――考えてれば当然と言える。

 イリヤスフィールという存在の事を始めから知っていればここまで杜撰な対応も計画もしない。

 況してや白い少女は並行世界の住人だ。超もまたこの世界とは異なる世界……並行"未来”世界の人間であるとの予想くらいはするだろう。

 

「時間旅行イコール並行世界への干渉……"第二”の概要を考えるとタイムパラドックス回避の為にはやっぱり分枝(ぶんし)が……或いは分枝ではなく近しい世界、類似する既存の並行世界へ移動?……でもそうなるとアレらのは……数日間程の時間なら抑止的に影響が小さいから? 修正や辻褄合わせが容易という事かしら?……それとも移動した人物の行いで修正か剪定が……その場合、時空流に揺れが……あ、だから特異点の……で、一時的保存のような現象が起こり得る? ある種の別ファイル化(バックアップ)?……だとすると罠に掛かったあの未来は……仮定として…」

 

 そういった予想も含んでの事なのかイリヤスフィールは何やらブツブツ言いながら考え込んでいる。

 それに超は興味を覚えた。学園での陰謀家や学祭の黒幕的なものではなく一人の科学者として。

 

「イリヤスフィール、貴女モ時間旅行の経験か見識ガ?」

「あ、いえ……そういった経験はないけれど、見識があると言えば、そう言えるかも知れないわね」

「フム、聞いてもヨロシカ? 貴女なりの時間旅行とタイムパラドックスの所感か推論ヲ」

 

 脱線する所であるが、好奇心や興味の他、精神の余裕を取り戻す時間稼ぎの意味で尋ねてみた。

 

「うーん、まあ良いけど。天才科学者たる貴女の欲求を満たせるものではないでしょうね、先ず――」

 

 在り来りな一つの例えではあるが、Aという人物がタイムマシンを作り、己の過去を変えたいと移動する。

 移動した先で干渉を行い過去を変える。

 その時点で考えられるAの変化は、過去改変によって移動したA自身の消滅、もしくは上書き無しでの現代への帰還。

 またはAの記憶も改変されてタイムマシンによる時間移動という経験と事実が消滅。

 

「――まあ、大きな矛盾がある話だけど。前者も後者もタイムマシン在りき結果なのに、そもそもとしてタイムマシンを作る動機(・・)が消失している。なのにAの作ったタイムマシンによる過去改変の結果が在る」

「ウム、タイムマシン移動にヨッテ過去改変がなされたというのナラバ、タイムマシンの存在は確保されなければならないガ、改変された世界ではAは作るも使うもソノ理由が無い。しかしタイムマシンが無ければ過去改変もまたあり得ない。コレを解決するにはそもそもとしてタイムマシンの存在が時空軸上で規定の路線にあり、過去Aに未来Aが協力し事情を共有、そして共に行動していたという成り立ちにするしかないのダガ」

「ソレだと過去改変とは言えなくなる。前提がおかしくなる。そしてそれらの話からタイムマシンの存在自体が根本的に矛盾した物になるのよね。誕生した時点で時間という流れによるあらゆる事象が成立しなくなってしまう」

「そこは私も考えたヨ。しかし現実として事象ガ崩壊してる様子はなく、タイムマシンの存在は“世界”に許容サレテイル。となると……」

「そうね」

 

 イリヤは頷き、超も同意するように頷き返す。

 

「時間旅行イコール――」

「――並行世界への転移ないし分枝世界の創造」

「になるネ」

「結局この推論に落ち着く訳なのよね」

「そう、私が航時機(カシオペア)を作った時点デ」

「あと、修正力も考えたのだけど、それにしたって……」

「矛盾が出るネ。修正もまたタイムマシン在りきの現象ヨ」

「そうなのよね。タイムマシンが在るからこその修正なのに修正の結果、タイムマシンを無かった事にしてしまう」

「ダカラこその"修正"なのかも知れナイガ……」

「……そうね。ただ間違いや誤りを正すのが修正というのなら過去改変自体が真っ先に問題になるわ」

「つまりAの行いを潰すか、無かった事にするのが手っ取り早いト?」

「ええ、先にも挙げたけど、時間流による成り立ちと事象の崩壊の危険性ある訳だし」

「フム、ナルホド。となるとやはり並行世界……多世界解釈が一番シックリ来るカ……」

「まあ、修正に関してまた別の考えがあるのだけど」

「ホウ、それは?」

「これは、私達『魔術』界隈で知られている概念なんだけど、そこから――」

 

 ――などなど共に我が意を得たりという風に二人はしばらく会話する。

 

 

「……思うのだけど、事象崩壊という可能性に気付いておきながらよく作ろうと決断したわね貴女。この時代での計画どころではないでしょうに……」

「そこは、我がことながら反省は正直あったシ、無謀な行いと思てはイタ。……しかし理論が出来上がった以上は実践せずにいられなかったネ。科学に魂を売った一人の学者とシテ。好奇心には勝てなかたヨ」

 

 呆れたイリヤの様子に、超は誤魔化すように……事実、誤魔化す為に苦笑する。反省はしても後悔はしていないという感じだ。

 下手をすれば超 鈴音という一人の少女の思い付きだけで時間流の混乱による事象崩壊……つまりこの宇宙一つが滅亡していたかも知れないのにだ。

 ただし、イリヤの本心としては"第二(ゼルレッチ)”の事もあるのでそれはないという確信もあるが。

 そんな話しをする二人の様子に不思議そうな声が掛かる。

 

「あの……超さん、イリヤさん、何かこう仲が宜しいというか、息合われてますね?」

 

 茶々丸からだ。感情無き筈の機械の眼に困惑と疑問の色が見え、二人を見詰めている。

 その視線にイリヤは首肯する。

 

「それはそうね。この麻帆良の居る“魔法使い”達と違って、私の故郷のいる“魔術師”達は基本的にはチャオやハカセのような探究者であり学者なのだから」

 

 などと言うも本来イリヤはそういった真っ当な魔術師ではない。

 研究者気質が出たのは、この世界でアンリマユ対策も兼ねた礼装制作を行なってからである。或いは“今の”イリヤになった所為か……。

 

「ナルホド、研究者としてはある意味同類……同好の士である故にという事カ」

「ええ、過去(まじゅつ)未来(かがく)……走る向きが違うだけのね。だからこそ残念でもあるわ、貴女とはきっと良い友人になれたでしょうから」

 

 スッとイリヤの眼が細まった。仲良し小好しはお仕舞と告げるかのように。

 細まった緋色の瞳を見、超は緊張が高まるのを自覚する。無論、表情には出していない。にこやかな笑みを貼り付けて平静を装う。ここまでの短い会話で多少余裕が戻っている。

 

なれた(・・・)とは寂しいコトを言うネ、今からでも遅くはないと思うガ。私はイリヤチャンとは仲良くしたいと思てるヨ」

「そう、私()出来れば仲良くしたいと思っているわ。だからつまらない()は言わないで欲しいわね」

 

 にかやかな超に対してイリヤは冷然とする。

 

「貴女が私に見い出している価値は、利用できるか出来ないかのどちらかでしょう。根本的に私へは警戒が先にあって信用してないんだから」

 

 眼の前の少女の冷たい言いようにやはり引き込むのは難しいかと、超は笑みを崩さないままに思う。

 

「……そんな事はないヨ、それにそれを言うならイリヤチャンこそ、そうでないカ?」

「ある意味ではそうね。だから“出来れば”という事。貴女が計画を諦めて誓約してくれるなら私は貴女と仲良く出来る」

 

 でも無理なのでしょうね、と一つ息を入れてイリヤは冷ややかさの中に残念そうな態度も見せる。

 

「貴女がどのような凄惨な体験をしたのか、どれほどの犠牲を払って来たのか、それでも今もなお辛い戦いを続けようとするその信念の根本にある物を私は知らない。100年もの時間を遡ってまで求める未来も。ただそれらが強い、とても強い想いであり、どうしても叶えたい願いに繋がってるのだとは理解できる」

 

 故に諦める事はないと、この白い少女は分かっているのだ。

 決して譲れない願いを貫き通そうとする者の想いを識るから……超は漫然とそう何かを感じた。

 それは直感だ。眼に前にいる少女はそういった誰か(・・)を識っている。自分に似て異なる“何者か”がきっと身近に居たのだと。

 

 だから、

 

「…………もしそれを話せば、イリヤスフィール……貴女は私を受け入れてくれるカ?」

 

 気付けば問うていた。

 話せば……より理解をして貰えば――……そんな希望を抱いて。

 しかし超の問い掛けにイリヤは首を横に振る。

 

「どんな想いを、願いを抱えていようとそれは無理。そもそも知った所で私には意味がないから」

 

 そこには何か強烈な拒絶が込められているように思え――超はエヴァの警告にあった言葉の一つを思い出す。

 

「それは私が未来人であり、過去改変しようとしてるカラ?」

 

 茶々丸を通じてエヴァは言った。既に手遅れだが、それを目的だと知られてはならないと。

 だから疑問があった。その理由に――何故!と強く。

 

「貴女には、或いは貴女の身近にそういう想いを持った者は居なかったのカ? 辛い出来事、やり直したいと思える程の悔いや未練。誰しも持つそういった想いを持った人間ガ。もしそれを取り戻せる、やり直せる方法や超常の力があってもイリヤスフィール……貴女は、そしてその“誰か”はその手段を取らないと!」

 

 覚えた直感のままに言葉を紡ぎ、不意に感情が高まり思い出す。かつて(未来にて)失った人を、その彼と共にあった暖かな日々を、彼に託された希望と想いを。

 改変後の世界でまた会えるかは分からない。

 でも変える事さえできれば、あの人は未来も(今でも)生きていて、会う事が出来るかも知れない。

 例えそれが並行未来であろうと構わない。彼が願った平和で希望の溢れた世界(火星)にし、またあの人に出会える可能性のある世界を、喪う事のない世界を作れるなら……私は!!

 

 ――だというのに白い少女は言った。

 

「ええ、取らない。だって間違っている(・・・・・・)から」

 

 自分でもない、この廃校舎の一室でもない、何処か遠くを見つめる眼で懐かしそうに、また愛しげに少女はまるで詩を謳うかのように言った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それは自分の精神(なか)に入り込んだ記録(きおく)でもなく、はっきりとイリヤ(じぶん)の記憶に刻まれていた。

 その理由は分からない。けれどその場に立ち会ったようにイリヤの内に在った。

 

「昔、ある子供が酷い災害に巻き込まれた」

 

 唐突にイリヤは語り始める。

 

「いえ、災害というのは正しくはないのでしょうね。でも……酷い酷い火災だった。子供の住んでいたその街一帯は炎と煙に巻かれ、周囲には燃え盛る瓦礫と人……苦しみながら息絶えて行く人と既に絶えてしまった人の死体」

 

 感情は熱く、それでも言葉は静かに紡ぐ。

 

「その子はそれらを目にして、聞こえる悲鳴と慟哭……そしてまだ無事である自分に助けを求める声を振り切ってただただ歩いた。生きていたから……生きている以上は生き長らえなければ行けないと、子供の自分には助けられないから、そんな思いだけで地獄の中を歩き進んだ。でも――」

 

 静かに静かに朗々と。

 

「それも限界。地獄の中で生き延びる事なんて無力な幼い子供に出来はしない。力尽きて倒れた。そこに奇跡が起きた」

 

 その口調は穏やかに。

 

「生き残れる筈のない地獄から助け出される奇跡を得て子供は生き延びた。だけど、災厄の中でただ一人だけ生き残ったその子はもう心が空っぽ。たった一つの感情だけで動く壊れたブリキのロボットのような物になっていた」

 

 声はどこまでも優しく。

 

「その子供……生き残ったが故に彼は誰かの為に生きなければならない、生き残った以上は果たす責務があると、それが自分だけを残して死んで行った人達への報いだと、その感情だけを呪いのように抱いてしまった。……強迫観念とも言える」

 

 寂しさを、愛しさがあった。

 

「苦しい生き方だったと思う。自分よりも他人の方が大切だなんて考えて、渡せば消える金貨のように使い潰されても良いとさえ思っていたんだから。本人は辛くはないと言ってたけど、ずっとずっと軋んでいた。きっと肉体も魂も精神も」

 

 郷愁の音色(響き)があった。

 

「そんな彼にある時、また一つの奇跡が訪れた。それは以前のとは違う、とてもとても大きな奇跡。それを使えば彼はやり直せる、子供の頃に起きた災厄を無かった事に出来て、ごく普通の人並みの幸福を得る事も出来る……犠牲になった人々も救われる、そのように告げられた。災厄の犠牲者にして、その生き残りである(きみ)にはその資格があると」

 

 けれど悲しさは無かった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「…………それでその子は、彼はどうしたネ?」

 

 白い少女の(語り)を聞き、そう尋ねた。

 その脳裏には、愛しい人との別れの日の出来事が思い浮かんでいた。

 炎に飲まれた自分達の基地。あっという間に瓦礫と化して多くの仲間が苦しんで倒れ、死体が辺りに散らばった。

 あの人もまた自分を庇って酷い怪我を負って……そして、

 

 イキナサイ――そう言われた。

 

 そうだ、生きている以上は、あの人が願った以上は生きて行かねばならない。

 だけど、だけど……そんなどうしようもならない現実が嫌だった。理不尽な悲劇で失われたものを取り返したかった。

 だから……だから、少女が語る子供、その彼に共感できる。

 その筈なのに尋ねた後、酷く嫌な予感がした。

 

「――いらない、そんな事は望めない……そう答えたわ」

 

 その言葉(へんとう)に超の身体が僅かに震えた。

 

「そしてこうも続けた……やり直しなんて出来ない、死者は蘇らない、起きた事は戻せない、そんなおかしな望みなんて持てない。――だって嘘になるから」

「……おかしな望みに、噓?」

「ええ、起こしてしまったものを巻き戻してしまえば、災厄で流した涙も、痛みも、記憶も、現実の冷たさも」

「……」

「苦しんで死んだ人、そんな人を助けようとして命を賭した人、そんな彼等の死を悼んで長い日々を乗り越えて来た人々。――何もかも無かった事にしてしまったらそれらの人達の想いとそれまでの時間は何処へ行ってしまうのか? そう……きっと偽りになってしまう」

「それは……」

「死者は戻らない、現実は覆らない……その痛みと重さを抱えて進む事が、失われたモノを残すという事になる」

「……!」

「残るものだって痛みと重さだけではない筈。悲しくとも輝かしい思い出も残す。辛い災厄での事はその思い出が守ってくれて、思い出は礎となって今を生きる自分達を変えていく」

 

 だからそれを信じ、災厄(悲劇)を嘘にしない為にも、そして置き去りにしてしまった物の為にも――

 

「――彼はやり直しなんて望まず、奇跡を取らなかった」

 

 そう告げると白い少女は目を閉じて何かを思い耽るようにし、一呼吸置いて緋色の眼を開く。

 

「私はそれを尊いと思った。それを言う彼だって悲劇を覆したいという想いはあるのに……それでも辛く苦しい今とこれからが大切だと、やり直す奇跡よりも乗り越える意志を選んだ事が」

 

 だからこそイリヤスフィールもまたそれと同じ想いを抱く。しかし同時に、

 

「でもチャオ・リンシェン……貴女の抱く想いもまた間違ってはないのでしょうね」

 

 それは意外な言葉だった。いや――当然でもあるというべきか?

 

「凄惨な過去を無くしたい、失ったモノを取り戻したい……そう思い、考えるのは貴女の言う通り誰しもある事だから」

 

 だけど、とも白い少女は言う。

 

「私がこうして話すより以前から賢い貴女なら気付いてる筈。想いはそうでも誤った方法を取っており、間違っているって」

「――――」

 

 思わず息を呑み、思考が一瞬止まる。

 その自覚はあったのに何故か今の瞬間、眼の前の少女の指摘が胸の奥に強く突き刺さった。

 そう、自らを"悪”の科学者などと呼称するように学園で陰謀を目論む自分はきっと間違っているのだと分かっていた筈なのに……。

 

(そうネ、分かっていた。ダカラ嫌な予感を覚えたのか私は)

 

 自らの心理を自己分析する。

 共感を覚えた少女の語る彼が出した返答を思い返す。

 

(似た境遇にある人物ガ、私と異なる(こたえ)を選ぶと感じ……それも残酷なまでの正しい選択をしたコトに。そしてその予感が当たりショックを受けてしまった)

 

 胸中で語る通り、超は“正しい”と認めていた。イリヤの言う人物の言葉を否定出来ず。

 

(私とて心の何処かで思てはイタ)

 

 過去を改変するとなれば、あの人と過ごしていた輝かしい日々も失われ、最後の別れの時に告げられた大切な言葉も無くなり、自分が精一杯の想いを込めた愛の告白も消え去る。

 時間移動という手段に思い至るまでに辛く苦しく悲しみながら、それでも!と痛みに耐えて残った仲間と共に奮闘して歩んだ道程も意味がなくなる。

 

(けれど、あの人に託された願いも仲間の意志も叶える為にこの時代へ……過去改変を挑んだ)

 

 きっと過去改変なんて行えば、その想いは果たされながらも失われ、消えさり、意味がなくなるのだろう。

 だけども……。

 

「イリヤスフィール、認めるヨ。確かに私は間違っているネ。だけどワタシは貴女や貴女の語る奇跡を取らなかった彼のように強く……はナイヨ」

 

 白い少女を真っ直ぐ見つめる。

 気が緩めば飲まれてしまいそうになる緋色の視線に抗いながら。

 

「眼の前に奇跡があれば、それに縋らずには要られない、どうしようもなく普通の……いや、もしかすると酷く弱い人間なのかも知れないネ」

 

 だから自らの生んだタイムトラベル理論の誘惑に囚われた。

 

「それで悲劇を無かった事に出来るなら、例え多くの人々の想いと意志を踏み躙って台無しにし、嘘や偽りになるとしても……――私はその奇跡を取る!」

 

 それが彼女の覚悟。

 正しくないと間違いだと理解しながらも間違ったままに進む、“悪”を成す選択。

 何よりも大切な“あの人”を裏切る行為。ふと――

 

『――でも過ぎ去った事はどうしようもないし変えようがない。そもそも例え変えられるのだとしてもそんな事はしてはならない……俺はそう思う』

 

 白い少女の語りを聞いたからだろうか、ある時に聞いた言葉を思い出した。

 

『だってそうだろ、そんな方法を取れるようになったら人間は反省と後悔をする感情を覚えなくなる。安易にまたやり直せば良いって馬鹿な考えに陥る。トライ・アンド・エラーなんて科学の実験などとは違った意味でな。だから起こった事、起きてしまった事はどんなに酷くとも忘れずに考え、希望を胸に前に進むしかないんだ俺達は。過去と今が冷たく暗くかろうと、進めば暖かく明るい未来への道が拓けるかも知れないんだから。実際――……』

 

 何気ない日常と雑談の中で聞いた言葉であったけれど、それでもそれは大切で大事な言葉だった。しかし今の超はその思い出に首を横に振った。

 それでも良い。

 裏切るだけ(・・・・・)で……そんな事(・・・・)ぐらいであの人の死を無かった事に出来て、世界を変えて、いつかまた何処かの時空、何処か世界で出会える可能性があるなら……――だけど、少し謝る。

 

(ゴメンナサイ、私は……リンは悪い子になりました。貴方との掛替えのない日々も思い出も噓にしてしまうのに………ゴメンナサイ)

 

 そう、胸の内で呟いて、心で悲しく泣いた。

 自分は、本当はこんな事をしたくないのかも知れない……と、覚悟の中にそんな薄っすらと矛盾する想いも感じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――実際、そうしてあの研究所から無事逃げ出せて、こんな間違いまくった火星(せかい)でも俺達は笑い合っていられるんだ。そうだろう……リン』

 

 そう言って笑顔で優しく頭を撫でてギュッと抱き締めてくれた感触と温もり……それも今は思い出したくなかった。

 

 覚悟を鈍らせたくないから……。

 嘘になっても、偽りになっても、貴方を、……愛しい貴方との日々を取り戻したいから。

 

 

 

 




 正直、この37話は余り納得行く出来では無いと感じています。もう少し上手い書きようがなかったのかと悩ましい。
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