麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫ささら

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 今話は試作版のはもう少し続いていたのですが、切りが悪いので別けます。
 今更感が少しありますが、本作の素のエヴァの口調と声色のイメージは、『りりなの』の方のフェイトちゃん。その上で台詞を考えてます。


第38話――交わらぬモノ。相対の先。

 

 

 差し込む陽光で薄っすらと埃が舞い散る雪のように光を煌めかせ、古い木材の香りが漂う一室。

 十代半ばの少女が強い、力の籠もった視線でより幼い容姿を持った十(とお)程の白い少女を射抜いていた。

 

「……ーー私はその奇跡を取る!」

 

 それは宣戦布告だ。

 これを持ってイリヤと超 鈴音(チャオ・リンシェン)は、真実お互い敵となった。

 

(分かり切っていた事だけど)

 

 声に出さず嘆息する白い少女。

 そう、分かり切っていた事なのだ。

 自分の中にある憧憬に似た大切な想いと、この悪を自称する少女の求める願望。

 これらは決して相容れない。

 原作でも夕映が述べていたが、仮に世界が滅亡するほどの問題であれば、また違ったのだが。

 

(そうではないのよね)

 

 相対し、この短い会話でもイリヤは超の持つ願いが原作とほぼ同様であると理解した。確認した。

 

(この娘は、取(・)り(・)戻(・)し(・)た(・)い(・)だけ)

 

 そう、起こり得る悲劇、惨劇を回避したいと願い。ましてやタイムトラベルなどの危険を犯してまで実行する目的は、究極的な滅亡を除けば、なにか大切なモノを喪った事ぐらいであろう。

 

(そういう意味では誠実あるわね。この"悪”の天才科学者は)

 

 原作でもそうだが、彼女は己の望みを『何処にでもあるありふれた悲劇』を回避したい、と語ったのみ。

 それこそ適当にでっち上げて、世界を滅亡の危機から救う為とでも嘯けば、お人好しの麻帆良の人々もネギ達も超へ協力し、彼女の思うままに事を運べただろう。

 彼女の頭脳と謀略の才能であれば、それは容易い筈だ。

 

(でもこの娘には、それが出来なかった)

 

 だから誠実……それとも不器用なのか? 自らをも騙す嘘は嫌であったのかも知れない。

 彼女なりに信条に反する部分もきっとある。

 

(その所為なのかも知れない……)

 

 彼女の問いに隠す事なく、イリヤは自分の内にある想いを明かした。

 今はもう懐かしい冬木の土地であった戦い(ものがたり)にて、自分が歩んだ道程(ルート)とは異なる選択(分岐)を進んだ大切な弟の決断を語り、それを尊重する想いを告げたのは……。

 

(……もう一つの道程(Unlimited Blade Works)もある意味そうなのだけど、そこまでは語るの少し、ね)

 

 その選択を進んだ彼もまた己自身(過去)を否定する自分(未来)に抗った。

 そして、未来の彼もまた答えを得て受け入れた。己が過去を。

 そちらの物語(UBW)こそ噤んだが、自身の中に刻まれたこれら大切な想いを語ったのは、超の過去改変の願望と対峙する上で避けてならない事柄であると感じたのもある。

 

(あと、その言葉によって変心の期待もあったか……と言われれば、それも否定できない)

 

 しかしそれは、やはり傲慢なのだろう。

 超の抱く悲しみの要因と、想いの深さをどうしても知らないから。

 大切な誰かを喪うつらさ。それまであった当たり前の日常が崩れ落ちる過酷さ。その悲嘆の重さ。それらは個々に異なり、受け止め方もそれぞれだ。

 それを思うと、

 

(……お兄ちゃん(シロウ)のような決断を下せる事の方が、それこそ稀で酷(こく)…か)

 

 だからこそ迷いなくそれを選んだ彼の在りようは尊いのだが……。

 

(それをこの娘にまで求めるのは、また違う…)

 

 翻って自分はどうだろう? とイリヤは己に問う。超との件が近づくに連れ、もう何度も繰り返し考えた事ではあるのだが。

 やはり直ぐに答えは出た。確かに取り戻したいと思う失った日々(かこ)と人々(かぞく)は自分にもある。

 今の私が切嗣とお母様がアインツベルンから旅立ったあの日に戻れるなら。または大切な弟に出会う第5回目の戦いの時に再び赴くのであれば……そんな夢想をする。

 

(でも私は後悔していない。そして奇跡を願ってまで叶えようとは思わない)

 

 キリツグもお母様も辛い決断を、苦しみ深い悲しみを背負った。そして命を失った。そこには悔いも後悔もあったのかも知れない。けれどそれを無にはしたくない。

 それをしてしまえば、やっぱり何もかも否定してしまうから。お父様、お母様、私、シロウもサクラもリンも……そんな多くの人々の抱いて来た想いとそれまでの生き方を。

 勿論、切嗣にもアイリスフィールにも、そしてシロウにもまた会いたい。その願いはずっとある。

 

(けど――)

 

 イリヤは内心で首を振る。

 そこまでにしないと……考えても限りはなく、仕方のない事だと。

 

 超 鈴音の意を決した強い視線に答える。

 

「そう分かったわ。でも私はそれに頷けない。それに――」

 

 目を閉じ、軽く肩を竦める。

 そして制服のスカートのポケットからソレを取り出す。その瞬間、僅かに身構える褐色の少女が居たが無視する。

 

「――それに貴方のやり方は気に入らない」

 

 ポケットから取り出した物がチャリっと鎖が擦れる音を鳴らしてイリヤの手から釣り下がる。

 懐中時計を模したそれは言うまでもなく、

 

「……それは、航時機(カシオペア)!?」

 

 これまで事態を静かに、いや……口出しせず沈黙していた葉加瀬が驚きの声を上げる。

 その――自分とよく似た声をした――驚きに、イリヤは、ああ…と納得して察する。

 

「ハカセは知らないのね。これは貴方も知る航時機の技術実証機……零号機らしいわ」

「零号機! そんな物が!? どうして貴女の手に!?」

 

 混乱する様子を見せる葉加瀬。

 そんな葉加瀬から目を逸らして超へ視線を移す。己から話せと。

 

「それは航時機の稼働負荷を……フレーム並びに各部品の作動状態と耐久性を測る試験の為に古くに作ったものネ。実際に飛ばす訳ではなく、あくまで作動確認……だから理論ではなく設計技術の実証機にナル。この時代へ飛ぶために使った一号機の完成後に改修して、予備として一応この時代に持ち込んだガ、取(・)り(・)引(・)き(・)で学園長へと渡したヨ」

「!?」

 

 短い説明であるが超同様に天才であり、頭の回転の早い葉加瀬はそれだけで理解した。同時に竜宮 真名(まな)がなるほど、と呟く。

 

「学園長に対する警戒を最低限で良しとしたのはその為か。どんな裏があるのかと思えば……」

 

 真名も理解したのだろう。無愛想な表情の中に微かに不快気な色が見える。

 

「……あの学園長が取り引きに応じて、それで私達に手心を?」

「ええ、彼にも過去に色々とあったという事。何しろ私達よりずっと長く生きている訳だし、そ(・)う(・)い(・)う(・)事(・)の経験の一つや二つくらいはあるわよね」

「…………」

 

 疑問を抱く葉加瀬にイリヤが答える。その隣でさよが俯き、唇をきつく結んでいた。

 それに気付いたイリヤは、弟子の背中を労しげに擦る。貴女の所為ではないわ、と。しかし、さよは静かに首を横に振る。俯いている為その表情は伺えない。

 その二人の様子に葉加瀬は何かを察したのか複雑そうな面持ちを浮かべ、真名は少し苛立ちげに小さく舌打ちした。

 イリヤは、視線をやや釣り上げて超を見据える。

 

「貴女は"痛み”がよく分かっているのに、自分も同じく抱えているのにそれを利用する」

 

 そのように人の痛みと心を弄ぶ事をするのが、した事がイリヤはどうしても赦せなかった。

 白い少女にとって……"今の”イリヤにとって最も憤る部分。知らぬ事とはいえ、大事な弟子を傷つけた事もそうだ。

 憤り睨むイリヤ。それに超は、

 

「……分かっているから、こそネ」

 

 白い少女の怒りから視線を逸らさずに答える。

 

「利用した事は否定しない。ダガ……分かるからこそ、その"痛み”は解決できる可能性があるものダト、教えかったネ」

 

 その答えにイリヤは、フンと息を吐く。

 

「だから……自分(チャオ)と貴方(だれか)は同じで、痛みを抱えたもの同士仲良くしましょう、って?――」

 

 ――ほんと、ふざけてるわね…。

 

 すうっと一息間を置き、冷えた声がイリヤの口から零れた。

 

「それは身勝手なエゴよチャオ・リンシェン。それまで痛みを堪えて悩み。過ぎる時間と共に縫合して塞ぎ、乗り越えようとした傷を、辛さを克服しようとした人の、それまでの頑張りを愚弄している」

 

 静かな怒りが冷めた声に込められていた。

 内心で激昂する自分は、らしくないとイリヤは思うが止められない。

 

「共感を誘い、同情を引いて、その癖して自分には"方法”があるって、上から目線で相手の古傷へナイフを突き立てるような真似をしているのよ貴女は…」

 

 それまで彼女に抱いていた鬱憤をぶつける。

 超 鈴音の最も悪辣な所はそこだ。

 自分自身が理解する痛みを、その悲哀を何より良く分かっていながら策謀に利用する。そう、本当に…本当に分かっているからこそ。

 

 だって、それは――

 

「――繰り返すヨ。分(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)ネ(・)、イリヤチャン」

 

 超は、イリヤの怒りからやはり視線を逸らさずに答えた。

 白い少女もその眼を真っ直ぐ受け止める。

 

「…………ああ、そう。……チャオ、貴女……――」

 

 ――その視線にイリヤは、少し間も待って怒りを収める。

 

「カナシイわね、貴女…」

 

 そうして誰か(ひと)を通して自(・)ら(・)の傷口をも刺し続け、切開し"悪”たる道を行くのね。

 

 本当、今更だったとイリヤは内心で寂しく呟いた。

 意を決した超の瞳の中に強さの光だけでなく、冷徹な影(・)が差したのも見て。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「私の説得が目的だったのでしょうけど、私はそれに頷けない。そして貴女もまた願いを捨てられない」

「そうネ」

「なら話はこれでおしまい」

 

 そう、お互い最後に告げて超達はこの場から去った。

 ただ、

 

「サツキ、貴女とは二人で話したいから少し残って」

 

 イリヤの引き留めで四葉 五月は残り………――しばらくして今晩の屋台営業の為に彼女は戻った。

 扉の前でペコリとお辞儀する五月との入れ替わりで教室へエヴァとさよが入って来る。

 

「……ふむ」

 

 椅子にもたれ掛かり、腕を組んでイリヤは少し思いに耽る。

 超 鈴音の目的は、やはり原作同様に『ありふれた悲劇』の回避。

 となると、学祭での目論見も世界樹の魔力を使った『強制認識魔法』だ(・)っ(・)た(・)と見て間違いない。

 それを此度の相対で確認出来た。勘も含めた推測もあるが。

 正直な所、本当に超 鈴音が原作同様の人物なのか、同じ目的を抱いているかの確信はなかったのでこれは成果だ。

 ”自分がいる未来”から来た可能性も皆無ではなかった。

 そして確証を得た。

 

(――のだけど…)

 

 厄介な事になるかも知れないわね、と思う。

 

「イリヤ……さつ――」

 

 何処か躊躇いがちに声が掛かる。

 その声にそういえば、情報源が直ぐ側に居たわね、と今更ながらに気付く。身内との意識からすっかり蚊帳の外においていた。

 差し込む陽光に金糸の如き髪を輝かせる吸血姫の少女。

 

「――エヴァ、そういえばチャオと付き合いの深い貴女は元から彼女の計画を知っていたのよね」

「! そ、それは……」

「いえ、良いのよ。義理堅い貴女の事だから話せないのは分かってる。……無理に聞こうとも思ってはいないわ、茶々丸の事もあるしね」

「………」

 

 幼い容貌に困った表情を浮かべる吸血姫。

 責めるつもりも、打算もなく言う白い少女が向ける親愛に対する葛藤がそこにはあった。それを読み取って、あ…迂闊、とイリヤはバツが悪くなる。

 こんな言い方をしてしまっては、どうしたって――

 

「――ごめんなさい」

 

 落ち込んだ顔を見せて金の頭(かぶり)を下げてエヴァは謝罪する。口調も素の物である。

 今度はイリヤが困った顔をする事となった。

 

「でも、その……もう超(チャオ)の計画は潰れたようなものだから」

 

 シュンと頭を下げたままの為、イリヤの様子に気付かないエヴァは言葉を続けた。

 

「イリヤが学園に各所に仕込んだ魔術の影響で超の取れる手段は殆ど意味がなくなった筈なの」

 

 表情と同様に落ち込んだ声色で言い訳するエヴァにイリヤの胸が痛くなる。

 罪悪感いっぱいになり内心頭を抱える。素のエヴァは態度や所作だけでなく顔つきも含めて外見相応のまさに可憐で…それも無垢で清楚な雰囲気と変わる為、

 

 やめてー! お姉ちゃんのライフはゼロになるからー!

 

 と思わず声を出さずに絶叫する。

 だが、本当にそう言う訳にもいかないので、

 

「そ、そう……なら結果おーらいね。よかったわ」

 

 かろうじて、なんとか、へんじする。

 

「うん…」

 

 無論そんな返答でエヴァの状態が戻るわけでも無かった。

 

「……でも、超はいったいどうするつもりなのかな? あの様子だと諦める気は全くなさそうだけど」

 

 ポツリと呟やくようなその台詞にイリヤは精神を――真面目に――立て直して答える。

 

「でしょうね。……だからこそ厄介な事になったわ」

「え?」

 

 真面目な面持ちを取り戻したイリヤにエヴァは疑問符を浮かべた。

 そこに同じくこの場に居るさよが尋ねる。

 

「イリヤさんは予想されていたんですよね。超さんが今年の学祭期に動く以上は、世界樹の魔力と学園各所にある魔力溜まりを利用すると」

「まあね」

 

 原作知識もあるから、とは言わずに首肯する。それにエヴァは「あ、やっぱりそうなんだ」という表情を見せる。さすがイリヤ…とも言いたげだ。

 

「それで協会の依頼も合わせて対処の布石を打った……のに、厄介ですか?」

「ええ、趨勢(すうせい)はまだ定まってなくて、あくまでも状況は流動的だから。おそらくチャオは――」

 

 さよの問い掛けにイリヤは己の考えを口にする。

 何しろ超 鈴音という人物は魔法使いでもなく、戦士でもなく、戦(いくさ)におけるその本分は軍師であり、謀略家なのだから。

 故に、麻帆良学園という盤上に敷かれたイリヤ及び協会の敷いた石(駒)の並びと動きを俯瞰し、その隙を見出さんとし、空隙があれば容赦なく打ってくる筈である。

 

 こちらが優勢である盤上をひっくり返す一手を……。

 

(いえ、問題は――)

 

 そこは口に出さずにイリヤは思う。

 前回下手を打った襲撃事件の反省を踏まえて……また、今後を考えて今回の学祭は、原作を参考に盤石の体制を整えたのだが――脳裏にある予感と推測が過っていた。

 

(チャオの"目的”は分かっていたのに甘かったわ。どうやらあの娘を侮っていたようね。いえ、これも原作という物を知る弊害かしら。私もまだまだ考えが浅い。今になってそ(・)こ(・)に気付くだなんて)

 

 超の目的。

 この時代に於けるそれは、世界の裏に伏せられている魔法――より正確に言えば、“魔法社会”の存在を明らかにする事。

 表社会との隔たりを廃して、

 

(そうする事で“時計の針を進めよう”という訳)

 

 原作の終盤の記憶が何故か薄らいでいるイリヤであるが、魔法世界の崩壊なる大問題に対する答えは自分なりに出している。

 ただこの時点では、魔法世界の崩壊は不可避と考えており、イリヤが出しているのは“事”が起こってしまった際の備えである。

 仮に姫巫女の能力と役割を詳細に把握していれば、また異なる案を思い付いていたのだが……ともかく、対策としては崩壊の前に火星の過酷な環境を人間を始めとした生命が居住可能な惑星へと造り変える事(テラ・フォーミング)。

 

 これは原作のネギが出したものとは似て否なるものだ。

 イリヤはより単純に崩壊が避けられないのであれば、それによって放り出される人間に“整った受け皿”を用意してしまえば良いのでは……と考えていた。

 超 鈴音が火星人を自称していた事や100年後には火星は人が居住可能となっている等の台詞からの結論でもあり、超に訪れた“悲劇”の原因あるいは遠因はテラ・フォーミングの開始の遅れか、停滞にあるのでないか? と推測していた。

 

(そう、だから魔法社会の存在を明らかにし、火星に魔法使い達が住まう人造異界(しんせかい)がある事も表沙汰にして何かしらスパンを短縮する。その土台を築いて調整するのがこの時代でのチャオの目的。未来の進んだ科学技術を持ち込んで提供している事も……。恐らくG7など先進国にも裏から根回している筈)

 

 そうする事で未来に起こり得る“悲劇”を回避、さらに言えば“より良い未来”を作り出せれば――

 

(って、ところかしらね。ま、後者はついで……もしくは過去改変という行いに対する贖罪意識から来るものでしょうけど)

 

 要はいい訳である。

 良い事をするのだから、自分勝手な過去改変(これぐらいのわがまま)は許してね、と。

 これは超の罠に陥ったネギ達へ残した手紙……勝利宣言の台詞からも伺える。

 

(……チャオの目的をとりあえずそれらと仮定すると、『強制認識魔法』は手(・)段(・)の(・)一(・)つ(・)に(・)過(・)ぎ(・)な(・)く(・)な(・)る(・))

 

 恐らく超にとって最も効率的で効果的で確実性が高いのがソレだと踏んだ――のだろうが、

 

(よくよく考えると、手段も方法もそれだけとは限らないのよねほんと……)

 

 今になってイリヤはそ(・)こ(・)に気付いた。

 早い話、超が行おうとしている事は全世界へ向けての情報公開である。ただそれが一般の人々には信じ難い魔法なるオカルトの部類であり、余りにも荒唐無稽かつ規模の大きい突拍子もない事柄であるのが問題なのだ。

 

(つまりそれらの信憑性の裏付けさえ出来るのであれば、方法は世界樹の魔力に頼らず必ずしも『強制認識魔法』だけに拘ることはない)

 

 イリヤは考える。

 万全な手を……自らも世界樹の魔力を利用したいが故に打ったが為に裏目となり、読めなくなった敵(チャオ)の方策を。彼女の視点ではどう動くべきかを。

 真実天才である彼女の思考を読み切れるとは思えないが、とりあえず思い付く材料(もの)はある。

 

(……うーん、事前にその為という訳ではないけど、手札は伏せて置いてはある、でも…)

 

 それで足りるかどうか? 時間も惜しい。

 

(今日の内にエヴァの別荘にお邪魔はするとして…………ううう、|ア(・)レ(・)は(・)絶対に使いたくなかったのだけど。……やむを得ないわ。まるでこの為にあったかのようね……アレは)

 

 反省の念を覚えながら、あの天才少女の今後の動向と状況と、如何に対処し動くべきか思考して一つ決断。

 

(学園長は勿論として、シロウとも相談すべきかしら…)

 

 エヴァの胸元に輝く赤い宝石を一瞥し、数多の戦場を……恐らく謀略も多く経験しているであろう無銘の英雄の知恵を借りる事も考慮する。

 仮にあの聖杯戦争に於いてマスター(遠坂 凛)の意向を尊重せず、フリーハンドを得ていたら相当のダークホースになっていたと思える彼ならば……。

 

(そうなったら冷徹無比な掃除屋としてキリツグのような戦い方をしたでしょうしね、ア(・)ー(・)チ(・)ャ(・)ー(・)は)

 

 ランサーをして戦上手と云われるアーチャーの戦術眼。用兵家としても発揮できる能力をイリヤは高く評価していた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 真名を含めた超一味(チャオいちみ)は、旧市街区を離れて超包子(チャオパオズ)の本店――と言っても路面電車を改装した屋台だが――へと移動した。

 無論、イリヤに引き止められた為に五月の姿はまだ無い。

 

「ふー…」

 

 本店車内へ入った途端、真名が大きく息を吐いた。

 安堵の溜息だ。ただそれでも完全に警戒を解いた様子はない。歴戦の傭兵である彼女らしいと言える。

 

「真名サン、そこまで気を張らなくても大丈夫ヨ」

 

 一方、彼女の雇い主である超は気楽な様子だ。

 

「あのような会話はシタガ、言質を取られるような事は話していなのダカラ」

 

 その通りである。

 超一味は学祭期に"何かやらかす”とマークはされていても、まだ決定的にクロである事は起こしていないし、具体的な証拠も取られている訳ではない。

 イリヤとの対話も実際は当たり障りない物である。内容は濃いものであったが。

 しかし、真名は首を横に振る。

 

「……だが、相手はあのイリヤスフィールだ。これ幸いと問答無用に押さえに掛かって来ない保証はない。戦力差も歴然だ。やり合えば離脱するのも至難だ」

 

 油断して痛い目を見ては堪らないとばかりに真名は雇い主を見る。

 

「例えコイツがあっても、な」

 

 そう言い、懐から一枚の符を取り出す。

 転移符だ。持っているのは真名だけではない。五月を含めてあの場に赴いた一味の全員が万一の為に所持していた。

 あの場に敷かれた防諜の結界のみであれば十分有効であり、もしそれ以外の強固な結界でも張られる様であれば即使用するつもりであった。

 尤も懸念するようにそんな物で押さえに掛かった来たイリヤ達から逃げ切れるかは……。

 

「それでも大丈夫ネ。前夜祭の真っ最中の今は人も多い。幾らイリヤチャン達でも動きは制限されるし無茶はしないヨ。まだ日も高いし騒動は起こしたくない筈ネ」

「フム……」

 

 超の様子と自信を見るに真名は、もしや他にも逃げる算段を付けていたという事か?と思い至り、とりあえず策士たる彼女を信用して納得する事にした。

 事実、超は旧市街区に隣接する幾つか街区に離脱の為の仕込みをしている。

 牽制・陽動の為のドローンの配置や煙幕、閃光、音響、激臭、幻惑等の非殺傷爆弾の偽装設置に加え、ちょっとした宣伝効果と屋台の並びによる心理的誘導を使い前夜祭を楽しむ群衆を周囲に意図して集めていた。

 成果も定かでない対話の為に結構な人脈と労力を注いだ。

 今や正式に協会の一員、それも役職持ちとなったイリヤが具体的な証拠も無しに捕縛に動くとは考え難いが、真名が警戒するように完全にそれを当てにする訳にも行かなかった。

 結局、使う事はなかったが。

 

「……それでイリヤスフィールをこちらに引き込むのは無理だった訳だが、どうするつもりだ?」

「そうネ。予想はしていたコトではあるガ……」

 

 真名の問いに短く頷き……フッと不敵に超は笑みを浮かべる。

 

「気にしなくて良い……というのは言い過ぎダガ、とりあえず多少修正は入れるガ当面は計画通り動くヨ」

「?」

「超さん?」

 

 超の笑みと言葉に真名と葉加瀬は驚いて意外そうな表情をする。

 

「そう不思議そうな顔をするコトはないネ。確かにイリヤチャンを引き抜けなかったのは残念ではあるシ、仲間になってくれれば勝ちは決まって楽にはナッタ」

 

 シカシ、と天才少女は言う。

 

「無理ならムリと方(・)法(・)を(・)変(・)え(・)る(・)だけヨ」

 

 そう、盤上の形勢は今は圧倒的不利ではある。あくまで今のところは……。

 また、盤"上”がそうであるなら――

 

「勝ち筋はある、という事ですか? あと黒い呪いへの対処も?」

 

 葉加瀬が問う。

 それに超 鈴音は不敵な笑みから、にっこりとした余裕の笑顔に切り替えて見せる。

 

「ウム、大丈夫。任せるネ」

 

 と。

 

 

 

「…………」

 

 その笑顔を無機質な瞳が静かに見つめていた。

 ただ、考えるのは己が仕えるマスターと、かつては同居人であったあの白い少女のこと。

 不安があった。

 あの二人の力をよく知る為に。

 それに超の傍らにいる事を責められはしないが、それでも敵対している事実に様々な感情(負荷)が渦巻いていた……。

 だが、創造主(産みの親)の願いには応えたくあり、また不安を理由に信頼を寄せてくれる創造主を裏切る真似をしては、それこそあの二人は自分に失望す……――と、気付く。

 

(裏切る……?)

 

 そんな言葉を自らの量子電脳(あたま)が思考(演算)した事実に驚き、衝撃を受けて呆然とした。

 

 

 

 しばらくして料理長の五月が戻り、更に数時間後……超包子の営業が終わる。

 来客が消えたテーブルの席の一角で彼女は、ぼんやりと星と月が浮かんだ漆黒の天蓋を見つめていた。

 偶然か意図してか、その視線の先、暗い空の遥か軌道(かなた)には火の星(マルス)が浮かんでいた。無論、見える筈もない。

 屋台電車にはまだ明かりが灯っており、中の厨房で五月と茶々丸が二人で明日の仕込みを行っている。

 

 ――超さん、今日は私と茶々丸さんだけで大丈夫です。ゆっくり休んでください。

 

 五月にそう告げられて、その言葉に素直に甘えた。

 熟睡している時以外は休むことなく、いつも忙しなく動いている脳を休めたくなったのだろう、と自己分析する。

             ――そう誤魔化す。

 そこに。

 

「相席、良いか?」

 

 両手に一つずつグラスを抱えた長身褐色の少女が声を掛けた。

 グラスには琥珀色の液体が注がれている。

 

「ほら」

 

 ぼんやりとしていたせいか返事に迷い。返事を待たずに褐色の少女は超の向かいへ席に着き、冷たいグラスを渡してきた。

 

「どうしたネ?」

 

 グラスには口を付けず何の用があるか尋ねる。柑橘の匂いが微かに鼻腔をくすぐる。

 

「いや、なに……ちょっと話を聞いて欲しくてな」

「…………」

 

 首肯もせず無言で真名の顔を見詰め、目線でのみ話を促してグラスを口へ――

 

「――ンン?」

 

 口に含んだ飲み物の味と香り……甘い柑橘以外の独特のモノを舌と鼻に感じて言葉にならない声を零す。

 

「って、真名、これはッ!?」

「ま、こういう時ぐらいは良いだろう。うるさい教師の目もない。五月も目を瞑ってくれる。それに入っているのは2%にも満たないほんの少量だ」

 

 イタズラを成功させた子供のようにクツクツ笑いながら向かいの席の彼女は笑う。

 

「アルコールは脳細胞を破壊するネ。傭兵の仕事を長く続けたいのなら――!」

「そう言うな。よく勘違いされるが私も未成年だ。普段は勿論飲まないさ」

「ふむぅ……」

 

 ツッコむべき所はあるのだが、悪びれる様子も屈託もなく言う真名に超は気勢が削がれて思わず口を噤む。グラスにある冷たい甘いオレンジティーにも似た味のするジ(・)ュ(・)ー(・)ス(・)も仕方なく口にした。

 味は悪くなく普通に美味しい。感じる甘さと冷たさが舌と喉の他、疲労を感じていた頭に心地良さを覚えさせた。

 混じる"%物”のお陰か? 若干沈んでいた気分が高揚してくるのも感じた。

 そう感じるという事は、

 

(やはり、無理がたたっていたカ……)

 

 精神的に。

 何も先程の事だけが要因ではない。この僅か数日で2年掛けて……いや、遙か未来での準備期間も含めるとそれ以上の年月を掛けた計画が実行前に頓(・)挫(・)したのだ。

 まだ対応の術があるとはいえ、その衝撃は小さくはない。確実性も落ちている。それで今日の対峙である。

 黒い呪詛(アンリ・マユ)の事は……ま、成るように成るだろうが……。

 

 ――正直、悩みは尽きない。

 

 だが分かった事もある。

 半分は勘であったが、相対して話をして読み取れた。

 イリヤスフィールは知り……いや、識(・)り過ぎている。余りにも超 鈴音の事を。

 それは成果だ。だからこそ今日直接、あの厄介な白い少女との対話に挑んだ。

 無論、出来れば引き込みたい事も本当だ。しかし感じていた違和感の確認……ソレも目的であった。

 得たソレを考える必要がある。それが分かれば打つべき一手が見える筈だから。

 

 超 鈴音は間違いなく天才であり、油断ならない策士である。故に彼女は気付きつつあった……。

 

 

 

「ふう……」

 

 気付くとグラスが空になっていた。少し考えごとをしている間に飲み干してしまったらしい。

 乾いたグラスを見て一瞬、逡巡し、

 

「おかわりあるカ?」

「ああ、」

 

 追加を頼むと何処に持っていたのか? ウィスキーにも似たボトルを真名が取り出して超のグラスへと傾ける。

 ……ふいに何故か、向かいの彼女の手元にあるグラスの中身は私のより%が多いのではないか?などと思った。

 

 追加で二杯ほど飲んだ頃。

 

「――イリヤスフィールは正しい。正直、私も同じ想いだ」

 

 唐突に真名は語った。一見真剣な様相ではあるが口調は軽くて雰囲気も重くない。

 

「確かに私もかつて経験した"悲劇”はツラく、今もまだ胸に疼く痛みとなって消えては居ない。おそらく生涯消えることは無いのだろうなこの傷は。しかし、」

 

 超は無言で聞く。先程"聞いてほしい”と言われたのもあるが……。

 

「今日までの日々に悔いはない。力が無いと嘆き、それでも!と足掻いて築いたこれまでを……。これを否定してまで取(・)り(・)戻(・)し(・)た(・)い(・)かと言われれば――」

 

 それはやはり違うな、と長い髪を首ごと左右に揺らして真名は言った。

 どうしようもない悲劇を経て積み上げた苦悩、経験、想い……それらも手放したくない程に大事であり、今の己を構成する要素だから。

 

 それに、何だかんだで今の生活も気に入っている。

 気の良いクラスメイト達に囲まれた賑やか学生生活。義理の両親……家族との穏やかな日常。院で過ごす自分と似た境遇の孤児(こども)達との暖かな触れ合い。なかなかに心地が良かった。

 

 そんな感情を滲ませる真名を超は静かに見詰めるが、その瞳に批難の色はない。彼女とて正(・)し(・)さ(・)は理解しているからだ。

 

「一方で、私はお前の思想に共感している。お前の誘(・)い(・)に同情し哀れみ、乗った部分もある」

 

 "悲劇を無かった事にしたくは無いカ”……真名もまたそんな台詞を眼の前にいる未来人に告げられた。

 また、この平和な国で暮らしていると忘れそうになるが、海の向こう……"今も何処かで起こっている悲劇を、これから起こり得る悲劇を事前に止められるのならば”、とも。

 

「そうだ、今(・)を(・)生(・)き(・)る(・)私達にとってそれは"良い事”だと思った。流れる涙を止められるのなら、私のような人間が少しでも生まれる事が無い世界になるのであれば、それはきっと価値あるものだと思った」

 

 そこまで言うと真名は一度言葉を切り、自分の胸元を労しげに撫でる。

 胸元……その衣服の下に何があるかは超は知っている。彼女の大切な人の写真が収められたロケットのペンダントがある。

 

「っ……、っ……いや、だからこそお前に私は賭ける。少なくともこの学祭の最後までは付き合う事に決めた」

 

 それだけを言っておきたかった、とそう告げて真名は席を立った。

 その寸前の言葉、僅か数瞬口だけがパクパクと動き、言いたいことを躊躇った様子が見えた。

 超は、その言えなかった言葉が何であるか察する。おそらくは――

 

『きっとあの人ならお前に賛同する。だから私も……』

 

 そう言いたかったのではないだろうか?

 紛争地帯を歩き、少しでも多くの人を助けんと救わんと志ざしたその人物……とある小さなNGO団体の若きリーダー。

 魔法の秘匿という名分の為に本来振るえる筈の神秘(ちから)を制限され、満足に行使できず、ある戦地にて件のリーダーを含めてそのNGO団体は全滅した。

 どこかの紛争地帯、ありふれた戦場の中で彼等に拾われ、団体のメンバーとなった"孤児の少女”をただ一人残して。

 

「……真名、すまないネ。ありがとう」

 

 立ち去った背中に向けてお礼を言った。

 躊躇った台詞の意味は深く考えずに。彼女が口に出してくれた言葉だけを胸へしまい込んだ。

 

 

 

 また時間が経って、褐色の少女がテーブルに置いて行ったボトルが空になった。 

 

 ――はい、超さんお水です。少し多めに取ってください。

「五月、どうも助かるネ」

 

 超のテーブルに大きめの水差しが運ばれ、空になったグラスへ何の変哲もない普通の水が注がれた。

 無味な透明の液体を口へと運び、酔い冷ましに文字通り差(・)し(・)入れに来てくれた五月を見詰める。

 

「……五月は、まだ私に付き合ってくれるカ?」

 

 少し惑う思考の中、不意にそんな事を信頼する料理長へと尋ねていた。

 真名との話の影響もある。

 すると若干ぼんやりと映る視界の先で柔らかな笑顔が浮かんだ。

 

 ――はい、勿論です。超さんにはお世話になっていますし、大切なお友達ですから。

 

 曇りのない真っ直ぐな視線が超に向けられた。

 その眼、その笑顔は何も変わりがなかった。彼女と知り合い、料理の道へ目覚め、起業した超包子へと誘い、料理長を任せた時からずっと……。

 

 だから、

 

「そうカ、五月もありがとう」

 

 何も尋ねずに短くお礼を言った。

 先の旧校舎での白い少女と二人っきりでのやり取りも気にはなるが、それで良いのだろうきっと。

 そして、

 

「勿論、私もですよ」

 

 突然に声が掛かった。

 五月のふくよかめの身体の影から、眼鏡を街頭の光で反射し輝かせながら葉加瀬が飛び出してきた。

 

「科学に魂を捧げた人間として、超さんの優れた研究の先を……成し遂げる事を見届ける義務と使命がありますから!!」

 

 フフッと何故か胸を反らして勢いよく言う。

 

「……それにいくら超さんでも、まだ私の頭脳が必要でしょう」

「ああ、そうネ。ハカセが助けてくれるなら心強い。もうしばらく頼むヨ」

「ええ、任せてください! 一緒にイリヤさんをギャフンと言わせましょう!」

 

 フフフフ、と笑いを強める葉加瀬に「ぎゃふん」は古いネと思わず返して、

 

「ハカセも、ありがとう」

 

 やっぱりそう感謝した。

 きっと、彼女達とて自分の"悪”に思うところはある。だけど、それでも――

 

 ああ、とても嬉しい。

 私はこの時代でも仲間に恵まれている。

 見限らないでいてくれる。

 

 ならそれに精一杯応えよう。何があろうと諦めず。この道を貫く。

 

 

 

 

 

 そんな創造主達の姿と様子を車内の窓から機械仕掛けの瞳がジッと見詰めていた……。

 無機質な眼からは如何なる感情を抱いているかは伺えない。ただ静かに遠くを見るように視線を向けていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、イリヤは自らの部屋の中でそれを前にして難しげに顔を歪ませていた。まるで忌々しい物を見るかのように……。

 

「………………」

 

 それは一つの箱。

 今の時代、先ず目にする事の無い風変わりな……いわゆる宝(・)箱(・)の形をしていた。

 

 

 




 チャオは実は詰んでいるようで微妙にそうでないというお話。
 五月に関しては、触れるのまだ先になります。言えるのはイリヤは彼女には怒ってはいない、という事くらいですね。


 葉加瀬の声優はイリヤと同じ門脇舞以さん。つまり既にギャフンと言ってる事に…?
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