麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫ささら

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 予定より少し早く更新。
 学祭本編になかなか入れない。でもあと少し……。


第39話――学祭前夜、別荘にて。少年との会話。

 

 

 

 時刻は22時を周る頃。

 工科大に発注して送られた資材と機材を持ち込んでイリヤはエヴァの別荘へ訪れた。

 

「はー……これが噂の別荘か。ホンマまるで南国リゾートやな」

 

 転移陣のある高台から見える景色……つい今程見た瓶に入ったミニチュアその物の風景を一望し、感嘆と物珍しさが混じった声を上げる犬上 小太郎。

 彼は今日初めてこの場に足を踏み入れていた。

 エヴァの弟子でもなく、イリヤの監督下――本人は弟子の意識だが――である為、所有者の許可なく出入りするのは問題であるが、小太郎本人としてはその機能を知っても余り興味を抱いていなかった。

 ライバルであるネギがそこで修行している事は気に掛かっていたが……。

 

「楽しみを直ぐに取るつーのもな……」

 

 ふいに呟く。

 此処に今、ネギが居ることを思い浮かべたのだろう。

 率直に言えば、ライバルである彼はまだ弱い。京都での戦いでこそ彼に不覚は取ったがアレは自分の油断も含め、彼の生徒の助力や幾分かの幸運の傾きがあっての事。

 先だっての襲撃事件では少しばかり成長していたが、それでもまだまだ全然、だ。

 一方で思う。いや、だからこそというべきか、自分と同じ歳(タメ)であれほどの才気を持つライバルが強く成長し一対一(サシ)で存分に戦える時が来るのが待ち遠しかった。

 そしてそこから互いに競い合い、共に研鑽を積むのも……。

 その楽しみを取っておきたくて、つまみ食いする真似などしたくはなかった。

 

 そうであったのだが――。

 

「……イリヤ姉ちゃん大丈夫か?」

 

 見える風景から視線をそらしてチラリと背後を伺う。

 

「ええ、そう心配しないで」

 

 師と敬う白い少女が小太郎の呼びかけに答える。しかし彼は眉根を寄せる。

 

「そうは言うけど、顔色良くないで」

「大丈夫よ、この別荘の機能は聞いているでしょう。用が済んだら休息もしっかり取るから」

 

 笑みを浮かべるイリヤ。しかしその声に覇気はない。本人はそれに気付いていないようだ。

 その隣に立つさよも困った表情をしている。

 小太郎にとっては"姉弟子”と呼べる元幽霊の彼女もイリヤを止めたい……というよりは直ぐに休んで欲しいと思っているようだが、イリヤが言い出したらなかなか聞かないのは知っているし、師が此処で行おうとしている作業が重要だと分かっているので止め難いのだ。

 

 それで小太郎は付いてきた。

 この白い少女が、師であり、姉(・)であり、”家族”であるイリヤが心配であったから。

 

(一体、何があったんやイリヤ姉ちゃんに……?)

 

 帰宅した途端、食事も簡単に……というか栄養ブロックとゼリーだけで済ませて自室に閉じこもり、小一時間ほどして部屋から姿を見せたと思ったら酷く疲れた表情をし、肩も何処かガックリ落とした様子になっていた。

 その際、開いた扉の奥がたまたまチラッと見え、壁にクレーター状の陥没と罅割れがあったがそれが何なのか? 関係あるのかも気にはなる――まさかステッキを脅した跡だと思わない小太郎は内心で小首を傾げる。

 ちなみに破壊音は結界で抑さえられたが地響きは屋内全体に伝わっており、住人達に地震と勘違いされていたりもする。

 

「なら先に休んでからの方が良くないか? ほんま顔色悪いんやから」

「……そう? そうなのかもね」

 

 覇気……気力のない返事が二度(にたび)来る。

 すると我慢できなかったのだろう。

 

「イリヤさん、コタ君の言う通りにしましょう。大事な作業であるならそれこそ万全でないと…!」

 

 さよが強く進言する。そこに小太郎が頷く。

 

「せやで! 俺はイリヤ姉ちゃんのやる大事なことはわからんけど、そんな状態じゃあ何やっても上手くイカン事は分かるで! さよ姉ちゃんにも心配掛けとるんや、此処は一旦おとなしゅう休もうや」

 

 イリヤの方へ詰め寄りそう意気込んで言う。さよもそれに合わせてグッとイリヤの右から詰めて無言でその顔を寄せる。

 その二人の様相にイリヤは溜息を一つ付くと折れた。

 

「分かったわ。一度仮眠を取る。……心配掛けて悪かったわ。ゴメン」

 

 その言葉を聞いて小太郎はホッと安堵した。さよも同様に息を吐いて「よかった」と呟いた。

 そして小太郎に感謝の視線を向ける。自分だけではきっと説得できなかった、と。

 視線に気付いて小太郎は、ニッと笑顔を返した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 イリヤが休むことを決めたのは、一つ事情(わけ)がある。

 自覚のなかった顔色の悪さを弟子二人に酷く心配された事で「あ、これは拙い」と気付いたのである。

 

「イ、イリヤどうしたんだ!!?」

 

 イリヤ達の来訪を察知した別荘の主。

 出入口の転移陣のある高台の方へ吸血鬼の飛行能力で飛んで来たエヴァがイリヤの顔を見るなり、血相を変えて詰め寄ってきた。

 先程のさよと小太郎とは、比較にならない勢いで。瞬動の如く。

 まあ、つまり、そういう事である。

 

「け、怪我か!? 病気か!? 何処が悪いんだ!? ……ハッ! もしや超の奴が何か――!?」

 

 詰め寄り、肩を掴み、視線でイリヤの身体のあちらこちら確認、彷徨わせながら叫ぶ。

 このようにお姉ちゃん大好きっ娘の吸血姫も心配させると気が付いたからだ。

 

「だ、大丈夫よ。ちょっとあって疲れているだけだから! 単なる疲労!」

 

 心配させまいと大きな声で返事をする。精神的なところは兎も角、これで肉体的には問題ないと伝わると思って。

 ほんの少し一瞬、今にでも突撃しそうな目を吊り上げたエヴァを見て、そのまま誤解させてチャオのせいにすれば学祭期の問題が減るかも?……との誘惑に駆られそうになったが、慌てて首を振る。

 そんな事をさせたらエヴァの立場が地に落ちる。

 

「だから少し横になって休ませて頂くわ。訪れたばかりで申し訳ないんだけど」

 

 そうも伝えて安心させ――、

 

「――そうか。では行こう」

 

 ――ようとした直後、イリヤの視界が一瞬眩んだ……いや、暗んだ。

 

 

 

 

「……転移しましたね」

「……ああ、転移したな」

 

 残された……置いてけぼりにされた白い少女の弟子二人が呟く。

 放置されて、イリヤと金髪の少女が足元の黒い影に沈んで消えるのを静かに見た。

 私(俺)達には眼中無しで、ともボヤいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 目を覚ますと、貼られた金箔とクリスタルで輝く豪奢なシャンデリアの光が灯る白い天井がイリヤの視界に入った。

 微かに首を傾げる。眠りに就く前は明かりが消えていた筈なのだが……目を覚ますと同時に勝手に灯ったのか?

 

 そんな取り留めのない事を考える。

 

 寝起きでボンヤリしている訳ではない。父親こと切嗣も使っていた精神解体の魔術と思い出した休眠機能を併用して休んだので頭も身体もかなりスッキリしている。

 だから本当に何となく思った事であった。

 

「目覚めた? 疲れは大丈夫?」

 

 視界の端から声が掛かった。金色の髪が見える。声色は素のものだ。

 それにイリヤは体を起こして答える。

 

「ええ、疲労はすっかり抜けたわ。エヴァの薬の効果もあるのかもね」

「……良かった」

 

 吸血姫のホッとした安堵の声。

 身体のすっきり感は、魔術と休眠機能だけでなく彼女が心配して飲ませて……いや、飲ませられた魔法薬の効果も恐らくある。

 転移するなり、無理やり試験管の瓶を口に押し付けられたのはびっくりしたが。

 自前の回復呪文は苦手と言うも、こういうアイテム類を抜かり無く用意してあるのは流石というべきか……そんな事を思う。

 

「イリヤ、何か飲む? それとも食べる? お腹空いてない?」

「ん、そうね……」

 

 エヴァの気遣いに少し考える。

 某大塚なブロックとゼリーで夕食を簡単に済ませていた事を思い出すも、それでも何か食べる気にはならないが、

 

「もしあるなら甘酒でもお願いしようかしら、冷えたのを」

 

 そう、もう少し栄養と糖分でも摂取しようかと注文した。

 

「うん、わかった。なら名産地の米麹から作ったとっておきのを持ってくるね」

 

 注文を受けたエヴァは、ニコッと笑顔を見せるとベッド脇にある椅子から立ち上がって小走りに駆けて部屋から出ていった。

 ……今度は転移を使わないのね、と内心イリヤは呟く。こんな事でわざわざ魔法を使うのもなんではあるので別に良いのだが。

 

「って、ハウスメイドに頼まないのも珍しいわね?」

 

 そんな疑問も抱いた。そこに――

 

「いやー、甲斐甲斐しいものですねー」

 

 忘れかけた……忘れていたかったモノからの声が掛かる。

 

「眠っていたイリヤちゃんを心配してずっと傍から離れずに居て……ルビーちゃんは久しぶりに堪能しました。実に素晴らしい大きな愛(ラブ)パワーの波動! とても美味しかったです。ご馳走様でした☆」

「……」

 

 イリヤのスカートのポケットから飛び出したそれは言うまでもなく、

 

「ルビー……」

 

 愉快型魔術礼装(カレイドステッキ)である(省エネver.)。

 柄も無い先端部分のみを更にデフォルメ化したような姿になったそれにイリヤは呆れた口調で返す。

 

「おかしなことを言わないで。エヴァとはこの世界で出来た家族のようなもので、互いにあるのは信頼と信用であり、“親愛”なんだから。貴女が求めるそういうのではないわ」

「は?…………え?」

 

 疑問の声。

 礼装がクルリとイリヤの周りを一回り飛んで顔の前に静止する。――視線。今度はルビーが呆れた気配を漂わせる。

 それ本気で言ってます? とそんな視線が向けられているのだがイリヤは気が付かない。

 

 

 そう、礼装は呆れた。

 しかしこの時ルビーは思った。これは黙っていた方がきっと面白い事になる、と。

 

(いやー、ご兄妹……いえ、姉弟揃って朴念仁ですねー。だからこそ愉快なことになるんですけどw んー、楽しみ……愉しみですね☆ ワインが欲しくなります。あのエヴァって娘もイリヤさんに負けないくらい素晴らしいMS力を持っていますしね)

 

 

 

 

 などと思っているとは夢にも思わず、イリヤはルビーの視線に「何?」と疑問符を浮かべるばかりだ。

 

「……まあ、いいわ。にしても言い付け守ってしっかり大人しくしてくれたのね」

 

 ポケットから飛び出してきたのを見てイリヤはじっとしていたのだと……意外に殊勝ね、とそう思う。ら(・)し(・)く(・)ないとも。

 

「ええ、まあ。ものすごーく悩みましたし耐えました。下手なことをして、心臓を貰い受ける!とか言われて“紅い棘”に貫かれたら、さすがの私も壊されない自信がありませんから」

 

 そういう役割は貴女のお兄さんだけで十分、とイリヤの疑問を解消した。

 何となくバッドエンド・メーカー(くろ れきし)の事も言われているようで、こめかみ辺りが引き攣るが我慢してスルーする。

 これも孔(とびら)に落ちた影響なのか、その辺りの(弟をヤッた)記憶も微妙にある……というかルビーのあのふざけた台詞が切っ掛けで刷り込まれて(おもいだして)しまった。

 その八つ当たりと言うべきか? 用が済んだら本当にぶっ壊してしまおうかしら、ともイリヤは半ば本気で考える。

 

「ハァ……とはいえ、エヴァとシロウ……それにサヨ、場合によってはコタロウ。いえ、学園長達にも貴女の事を話さないと。特に身近にいる彼女達には何時までも隠しておくのは難しそうだし、それに――」

「――それに例の件がありますからね」

 

 一つ息を吐き、渋い表情で言うイリヤにルビーは少し真面目になって同意する。

 例の件……ソレの可能性としてルビーは3つの例を挙げていた。

 

 一つ、この世界の何処かに本当に『大聖杯』が在る可能性。

 

 一つ、大聖杯は無くとも、その代わりとなるモノがあって小聖杯(イリヤ)と繋がっている(パスがある)可能性。

 

 一つ、イリヤ自身がこの世界へ転移する際に変質し、大聖杯要らずにある種強化された可能性。

 

 これらの可能性にイリヤは3つ目は無いと思っている。

 自分の身体をチェックした限りそんな感覚は無いし、そんな都合の良い事は有り得ないと。

 なので可能性があるとすれば、残り二つのどちらかである。

 加えて京都事件と、さよの実家を訪れた際には麻帆良を離れている。その時、性能が低下した感覚は振り返ってみても無い……。

 

「それを含めるとまた謎があるわね。レイライン(パ ス)は絞れないし、麻帆良には無さそうだし……厄介な事」

「そうですね。大聖杯かそれに準ずるものがこの世界にあるのは確かなのでしょうが、それを考慮すると影響の及ぶ地域が広範であるという事になります」

「なんともゾッとしない話ね。位置の特定も困難な訳だし」

「現状、日本国内を先ずは探索……といった所ですかねぇ?」

「その為にも学園長……魔法協会の協力がいる」

 

 大聖杯ないし『準ずるモノ』――『亜種聖杯』と取り敢えず何処かの世界(Apocrypha)の事を真似て仮名する――がどのような状態にあるか判らないが、仮に第4次や第5次のように汚染などされていたらどうなる事か。

 また汚染されて無くとも厄介ごとの種に成りかねない。

 影響範囲が広く、位置も不明なのだから尚更だ。最悪、距離も空間も関係が無い可能性すらある。捜索は非常に困難だ。

 

「この現代でまさかの『聖杯探索』……ほんと頭が痛いわ。ただでさえ、お母様の事があるのに」

「今はチャオさんという方とMMなる国の事も、ですね」

「……ええ」

 

 スッキリした筈の頭と身体がズンッと重くなる気がした。しっかり休んだ後なので本当に気のせいだが。

 そうして話していると、部屋の扉がノックされてルビーはイリヤから離れてベッドの下へ潜り込んだ。

 

「イリヤさん、目を覚まされたと聞いて伺いました」

「おー、顔色すっかり良くなったなー、安心したわ」

 

 イリヤはベッド下に潜り込む礼装を尻目にノックへ返事をすると、弟子の二人が入ってきた。

 

「サヨ、コタロウ、二人とも心配をかけたわね」

「いや、元気になってほんと良かったわ」

「はい、ほんとそうです」

 

 へへっと如何にも少年っぽく笑うコタロウに、少し目尻に涙を浮かべて嬉しそうにするサヨ。

 小太郎はともかく、さよはオーバーだと思うが指摘せずにもう大丈夫だと笑顔だけを向ける。

 

「先程までネギ先生達と少しお話してましたが、イリヤさんの事は伏せておきました」

「ああ、ネギ達には悪いけど、イリヤ姉ちゃんとしては余り心配かけとーなかったやろうし、何かやろうとしてる姉ちゃんの邪魔になるかと思ったしな」

「そう、ありがとう二人とも。確かに心配は掛けたくなかったし、私もそうだけどネギ達にも明日の事があるからね」

 

 二人の気遣いにお礼を返す。

 ただ小太郎の言うようにネギ達には少し悪い気もするので、作業の合間に余裕があったら顔を見せておこうかとも考える。

 

「それと例の荷物の方は地下へ運んでおきました。着替えなどは客室に」

「なんや沢山あったな。よーわからん機械の部品やら金属や鉱物の塊とかガラクタっぽいもんが……」

「確かにウチの工房では見ないようなものが多かったですね。……機械を全く使わないという事も無いですけど、あれだけの電子機器は珍しいような?」

「まあ、今回は少し特殊でね。サヨには少し触りだけ話したけど、上手く言ったら詳しく説明する。終わるまで待たせる事になってしまうけど」

「いえ、大丈夫です。お気になさらずに」

「おう、せっかくのリゾートやし、こっちの事は気にせんでええで。……ちょっと、さよ姉ちゃんとやりたい事もあるしな」

 

 しばらくそんな事を弟子二人と話し……さらにもうしばらくして戻ってきたエヴァからの差し入れを頂くと、

 

「エヴァ、ご馳走様。それじゃあ此処の地下を借りるわね」

「うん……いや、構わないが。何か手は居るか?」

 

 一瞬、素の声色で返事しそうになるも直ぐに取り繕ってエヴァは手伝いを申し出る。

 イリヤは少し考える素振りを見せ。

 

「そうね。機材の組み立てにメイド達をお願い。それ以外は良いわ。今回は結構風変わりな事をするから一人でやりたいの」

「……そうか。わかった。だがそれ以外にももし何かあるようだったら直ぐに言ってくれ」

 

 先の顔色の悪さもあってか心配げにするエヴァに、ありがとう、とだけ答えてベッドを立つ。

 そして別荘の地下にある工房施設へ向かう。

 スカートのポケットの中に手を入れ、いつの間にかその中に戻っていた礼装(ルビー)を握りしめる……。

 

 

 

 ◇

 

 

 別荘内時間で二日が経過。外では零時を過ぎた頃。

 イリヤは作業台――PCやらタブレットやら工具やらなどが並ぶデスクから顔を上げて眼の前の機械を見る。

 大きな水槽にも、或いは金型の成形機にも、もしくはMRIにも似て見えるソレ。

 デスクにも並ぶPCとタブレット等の端末もそうだが、何処かこの時代……2000年代初頭には似つかわしくない雰囲気がある。

 異様に高い技術力を持つ麻帆良の工科大から融通して貰った機材という事もあるのだが、そ(・)れ(・)で(・)も(・)、である。

 

「ある程度の目処は立った、わね。まだやるべき事は多いけど、とりあえずは……ふぅ」

「お疲れ様ですイリヤちゃん」

「ルビー、貴女もね。一(・)人(・)では手が回らない所もあったからほんと助かったわ」

「いえいえ、それでも殆どの作業を行(・)っ(・)た(・)の(・)は(・)イ(・)リ(・)ヤ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)ですから。……一息付かれますか?」

「……そうする。さすがに疲れたわ。食事もそうだけど、お風呂にも入りたいし」

 

 別荘を訪れた時と違って今度は疲労を自覚して素直に頷く。

 デスクの上、カップ半ばに残っていたコーヒーという砂糖もクリームも入っていない苦い泥水を一口で一気に飲み干して部屋を離れる。

 ルビーは留守番だ。

 大型機械の中で制作中であるモノの状態と経過を観察して貰いたいのもある。あんな玩具のような姿だが手というか羽飾りを動かして存外器用に作業するのだ、あの礼装は。

 

(物体操作というか、羽で触れた物に念動魔術(テレキネシス)を働かせて掴んだり、持ち上げたりできるみたいだし)

 

 言動やら性格やらがアレなだけに魔法少女のマスコットには成り得ないが、知識・知恵もあって助言も出来るし使い魔としてはかなり優秀な気が……と思い掛けて、いやいやと頭を振った。

 疲れのせいかしらね、と呟く。

 

「そういえば、ネギ達はまだ居るのかしら?」

 

 この別荘の2日間は地下に籠りっ放しだったので結局顔を見ていない。

 さよと小太郎は、自分が来てるとは、どうやら話していないようだったし、私が別荘に居る事も意外に知らないのかも?とイリヤは思う。

 

 エレベーターホールまで歩いた。

 円柱のタワー構造になっているこの別荘には意外にも中央部にエレベーターがある。

 ただ近代的とは言い難く古い機械式と魔力伝導式を組み合わせた作動機構を持ち、どこか欧風のレトロなクラシックさを感じさせる作りになって、二本通っている。

 蒸気機関と共に機械が大きく発達した頃に目新しさを覚えて取り入れたとの事で、魔法に頼らずとも荷物の運搬が便利になるので当時から結構重用していたらしい。

 最上階のコテージ部分には通じていないが、その下のエヴァのプライベートルームやネギ達の客間がある居住階までは通っている。

 

「あ、イリヤ。来ていたんだ」

「……ネギ」

 

 エレベーターを出て自分の客室に向かっている途中、通路で赤髪を持つ少年と会う。

 別荘内の時間と外での時間を思い浮かべて挨拶をする。

 

「こんばんは、少し用があってね」

「うん、こんばんは。……別荘に来るなんて珍しいね」

「そうね。用もあるのだけど、明日から大変だし偶にはゆっくり身体を休めようとも思ってね」

 

 適当に誤魔化して嘯くイリヤにネギは、そっか、イリヤは忙しいもんね、と素直に頷く。

 イリヤがネギ並びその一行と違って別荘を普段利用しないのは、己の残りの余命(かどうじかん)の節約が理由だがそこは当然触れない。

 ネギも尋ねては来ないが、イリヤなりに事情が――協会の仕事の関係で外の1時間でも惜しいのだと考えているようだ。

 

「小太郎くんと相坂さんは、もしかして来るかも? みたいな事は話していたけど、そっか」

「ん……なに?」

 

 ネギの何処か不可解な態度にイリヤは疑問符を浮かべながら、内心で二人はそういう風に誤魔化したのか、と呟く。

 

「あ、いや……最近こういう風に二人で話す事って無かったから」

 

 ネギは少し眼の前の白い少女から目を逸らし、若干頬を赤らめた様子で言葉を出す。

 それにイリヤは小首を傾げる。

 

「また何か相談事?」

 

 二人っきりでの会話との言葉から、イリヤは襲撃事件後にネギの心理カウンセラーを行った事が過ってそう尋ねる。

 

「ううん、そういう訳でもないんだけど」

 

 慌てた様子で彼は首を横に振る。

 要領の得ないネギの言動と態度にイリヤの首の角度は深まるばかりだ。

 

「えっと……立ち話もなんだし場所を変えましょうか?」

「あ、うん」

 

 白い少女の提案に彼は同意して少女の後に続いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 実のところ、ネギとしては話したいという気持ちはあっても話題を持ち合わせていなかった。

 小太郎達からイリヤが今日は別荘を訪れるかも知れないと聞いた時に、そういう機会があるかも?と思い、浮かれた感情で心が占められたのだ。

 

 好きな女の子と二人っきりになれる。

 

 そんなまさに浮ついた物に。

 勿論、学祭で舞い込む厄介事――MMからの使節団での対策を疎かにした積もりはないが……いや、だからこそか。

 そちらの厄介事に集中する為に、いざ二人になった時の話題を考える余裕がなかった。天才と言われ、マルチタスクも出来る彼としては珍しい事であろう。

 ただ単純に恋愛など、その辺りの機微に疎いだけなのかも知れないが。

 なので――

 

(な、何を話したらいいんだろう!!?)

 

 先を歩く白い少女の背中を見ながら、内心ちょっとパニックになっていた。

 学祭二日目のデートの事は?……と考えるが、そこは何か恥ずかしいと即拒否する。というかその話題はそれこそその時のものだ。なら、

 

「イ、イリヤ……最近仕事の方はどう?」

「え?」

 

 出てきた話題がコレだった。言った瞬間に後悔……。

 男女二人っきりでする話題が……これが好きな子とするものなのか、もっと楽しいものが無かったの!? と内心で頭を抱えるネギ。

 

「そうね……魔法鍛冶の方は、学園にだいたいアミュレット等が普及したから落ち着いているわね。もっぱら研究が主。戦技教導と練兵案の方は、今は向こうからの結果報告待ち……ただ学祭が控えているからどうしても遅れるわね。その分、こっちはのんびり。実地はエヴァから預かった娘(メイド)達に任せられるのも大きいわね、あの娘達戦闘経験と記録が豊富だから。結界や警備の方は明日一の最終確認で、ま……一段落かしらね」

 

 僅かに顔を振り向かせると前を進みながら律儀に答えてくれる白い少女。

 

「……全体的に忙しさは減ったという事で良いのかなそれ?」

「学祭が終わってしばらくすれば、戦技と練兵の方は協会に殆ど任せられるし、警備の方は結界の整備と管理だけになるから大分楽になる。そうなったら本来の研究職に戻って集中出来るわ……」

 

 ハァ…と溜息を吐くイリヤ。

 そこには明らかに疲労の色が滲みでており、ネギは、うぅ……となる。話題を振った事でそれを呼び起こしたのだと理解したからだ。

 

(うわー! 気が利かないなぁボク!?)

 

 ギャオーッとムンクの叫びをする自分を脳裏に浮かべる。

 

 これで愚痴の一つ二つ吐き出させて受け止めていられれば、まだ良かったのだろうが生憎な事にイリヤはネギをまだそこまでの対象とも、大人とも思っていない。

 早い話、この手の話題を振るのは早かったのである。ある種の信頼や信用の積み重ねが足りないとも言えよう。

 

(ど、どうしたら……せっかくイリヤと二人っきりなのに!?)

 

 無意識に“積み重ね”が足りないのを自覚して悩む。

 こんなんじゃあ、明後日のデートもどうなるのか?との不安も増してしまう。すると、

 

「あ、そうだ。コタロウとサヨはどうしてるのかしら? まだ別荘にいるの?」

 

 白い少女から話が振られた。悩むネギを気遣ったという事ではないようだが。

 

「あ、うん。下の階の訓練場に居るはずだよ。一昨日から籠もってると思う」

「へぇ、此処でも修行か。バトルマニアのコタロウはともかく、サヨも真面目ね」

 

 結構なことね、とも話すイリヤ。

 

「せっかくだから僕と一緒に……と誘ったんだけど、小太郎くんに楽しみは後にしたい、やるなら学祭の武闘会で……って言って断られたんだよね」

「あの子らしいわね。大方互いに修行の成果や手の内を見せ合うのは嫌だってところかしら?」

「よくわかるね。イリヤの言う通りだよ。本番……学祭の武道会で僕がどれだけ強くなったか知りたいんだって、そう嬉しそうに笑ってた」

 

 そう語るネギの顔は釈然としないようでまた少し頬がむくれている。一対一の真っ向勝負では小太郎にはまだ届いていないとの自覚もある為か、それを指摘されたように感じたのだ。

 そんな表情を見たイリヤは、クスッとする。

 

「ふふっ、ネギはちょっと怒っているようだけど、別にコタロウは貴方を侮った訳ではないわよ」

「え? でも」

「嬉しそうに笑ったのでしょう? ならそれは見ただけで貴方が強くなっていると感じたから。修学旅行の時や先の事件の時と比べて実力が付いて、自分に近づいて来ているのが分かってワクワクしたのよ」

 

 その言葉にネギはハッとした。

 確かに言われてみると、小太郎の性格を思うにライバルと見る自分が弱いままだったらガッカリした表情を見せて悪態を吐いていただろう。

 そういう真っ直ぐで正直な少年だ、犬上 小太郎という人間は。

 それに気付いてネギは、そうなんだ、と彼もまた嬉しそうに笑った。

 

「ふふっ……」

 

 ネギのその様子を見てイリヤは二度(にたび)クスリとする。

 白い少女の笑いにネギは、あっ……としてしまう。

 

(……うーん、僕ほんとまだまだだなぁ)

 

 小太郎に対する嬉しさは消えなかったが、自分自身へ呆れが出る。

 ライバル(ともだち)である小太郎からは対等に見られていても、想いを寄せるこの目の間にいる冬の娘からはそうではないと、そう改めて感じてしまったから。

 こうして話題を振って楽しく会話を広げられるのもそうだ。

 

(……大人になりたい)

 

 そんな言葉が胸の内から零れた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ネギが何を話したかったのかイリヤは分からなかったが、たまたま顔を合わせた事で他愛のない話でもしたくなったのかな? と思い始めていた。

 明日の事もあるのでそっちの問題で相談が……とも考えはしたが、ネギからそういった話が出る様子はない。

 

(疑問や問題があれば素直に尋ね、申し出てくるタイプでもあるしね)

 

 なので、その辺りは大丈夫なのだとイリヤは判断する。対策シミュレーションにはエヴァも傍に居た筈だから。

 二人が向かった先は、円筒タワーの外壁から突き出る夜景の見えるテラス……そこのラウンジチェアへ腰掛ける。

 

「そういえば、小太郎くんはイリヤの所に居る訳だけど、どんな修行をしているの? メイドさん達……ウルズラさん達から厳しくされてるとは聞いてるけど」

「基本はネギと変わらないと思うわ。基礎体力と気の運用効率の向上に我流で付いた癖の矯正……武術の指導。そして模擬戦……此処の時間圧縮と同様の効果を体験できる幻想空間(せいしんせかい)を使ってね」

「なら小太郎くんも体感的には一日で何日分も修行しているって事?」

「戦闘経験という意味ではそうね。精神世界だから肉体的な鍛錬は望めないけど、気の扱いや技術はかなり磨いているわ」

「……う、ならアレから更に強くなっているんだ」

 

 イリヤの説明を聞いてネギは、ライバルも実力を付けていると知って不安な面持ちを見せる。

 先程の話で少しは追いついたと思えたのに、そうでもないのかも?……と思ったのだろう。

 

「そう心配することはないわ、きっと。素人だった分、伸び代は貴方の方が大きいのだから」

「そ、そうなのかな?」

「ええ、確かにまだ追い付いていないのかも知れない。でも下地が出来た貴方もこれからはそうではない。直ぐに並び立って隣で対等に競い合う仲間になる。保証するわ」

 

 そう告げると笑顔を向ける。彼の抱いた不安を払拭するかのように。

 

「うん、そうだね。ありがとうイリヤ、僕もっと頑張るよ。イリヤの……キ(・)ミ(・)の期待に応えるために!」

 

 少しイリヤは驚く、そんな風に呼ばれたのは初対面の頃以来だから……と言ってもほんの二ヶ月前に過ぎないのだが、あの頃とは違う雰囲気を今のは感じた。

 ルビーが言うように鈍感なところがあるイリヤだが、自分に向ける何らかの意気込みをこの時覚えた。しかしそれが何であるかは分からないのでやはり鈍いのだろう。

 

「ええ、頑張ってね」

 

 僅かに疑問を覚えながらそう返すだけである。

 

 と――。

 

「イリヤ、こんばんは。エヴァの別荘に行くって連絡を貰ったから伺ったのだけど――ああ、ネギ君もこんばんは」

「「タカミチ」」

 

 テラスの入口から唐突に掛かった大人の声に少女と少年の声がハモる。

 

 

 




 イリヤ、ルビーと少し悪巧み中(謎工作)。
 ネギとは他愛のない平和な会話。

 今回は予定より早く仕上がった為、気掛かり部分が出て後々見直すかも知れません。
 もうあと二話くらいで学祭に入れる筈です。引っ張り過ぎて申し訳ないです。
 その前にナデシコの方へ一旦手を付ける予定ですが。

 ちはやしふう様、Luize様、誤字脱字報告ありがとうございます。
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