麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫ささら

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 彼にこのようなカタチでスポットを当てるべきかはかなり悩みました。


第40話――学祭前夜、別荘にて。ある男の決意。

 

 

 タカミチが別荘を訪れたのは、怪我の具合を見て貰う為だ。

 先の襲撃事件で負った4thランサーに与えられた傷。

 治癒は不可能であるが血止めの火傷と特殊な包帯で痛覚遮断及び運動の補助を施して生活に不便のないように処置は出来ていた。

 またある程度は戦闘力の低下も抑えられている。尤も彼としてはそれだけに甘んじるつもりは無い。

 その為にも自分の“専属医”になってくれている白い少女の下を訪れた。何しろ負った傷はある意味、彼女の専門分野なのだから。

 

「タカミチ、師匠の別荘に来るなんて初めてだね」

 

 事情を知らないネギは驚いた様相でずっと年上の友人に尋ねる。

 タカミチは軽く首を横に振って苦笑する。

 

「いや、エヴァの別荘に来るのは別に初めてじゃないんだ。ネギ君と此処で会うのは初めてだけどね」

「え? そうなの」

「らしいわよ、ネギと同じで昔修行で使わせて貰ったって話。少しだけ稽古も付けられたとか」

 

 ネギの疑問にイリヤが答えると、稽古のことは余り思い出したくないけどね、とタカミチは小声で呟いて苦笑を強めていた。

 その呟きと苦笑にネギは、そ、そうなんだ、と顔を引きつかせる。覚えがあり過ぎる為だろう。

 

「それはそれとして……エヴァから聞いた感じ、ネギ君は大分強くなったようだし、そろそろ腕試しの約束も果たせそうかな?」

「ええ!? でも僕まだ――……あ、ううん、そうだね。まだまだかも知れないけど、タカミチとの約束だしやってみるよ!」

 

 昔の約束を持ち出されてネギはテンパったが、白い少女の目の前である事に気付いて落ち着いて訂正した。

 

「お、乗り気で嬉しいね。それに良い意気込みだ」

「うん、頑張るよ!」

 

 柔和に笑うタカミチにネギは拳を掲げてやる気を見せる――が、

 

「水を差すようで悪いけど、それ今でなくてダメ?」

 

 白い少女が少し困ったように言い、

 

「まったくだ。タカミチ、そんな用事で此処へ来た訳ではないだろう。ぼーやもだ。お前はそろそろ帰る時間になる。クラスの出し物の最後の手伝いが残ってるぞ」

 

 タカミチの来訪に気付いたのだろう。金髪の吸血姫が空中から舞い降りて来て、呆れたように告げる。

 

「ハハッ……ゴメン、そうだったね」

「う……すみません」

 

 金銀二人の少女にジトッと見詰められて中年(おとな)と少年(こども)が揃って頭を下げた。

 

 

 

「それじゃあ悪いけど、何時ものを頼むよイリヤ」

「分かったわタカミチ、明日の事もあるし今日は念入りにやるわね」

「ああ、助かる」

 

 テラスから通路へ入り、道すがらイリヤとタカミチが話す。ネギの手前やや抽象的であるが。

 

「でも少し待っていて、さっきまで地下の工房で作業をしてたから先に休憩を入れたいの」

「ん、分かったよ。どのみちこの別荘からは一日は出られないんだ。僕も用が終わったらゆっくりさせて貰うつもりだったし」

「貴方もなかなかに忙しいからね」

「ハハッ、本当お互いにね」

 

 談笑する二人。

 そのやり取りにネギは首を傾げる。あれ?と。

 

「……タカミチ、何時からイリヤを呼び捨てにするようになったの?」

 

 まるで友人である自分と同じように少女に接する大人の彼にそう疑問を覚えた。それに、

 

「イリヤも、以前は苗字でタカハタ先生ってタカミチのことを呼んでたよね?」

 

 想い人の白い少女も同様であるのが不思議だった。

 イリヤはそれにタカミチが怪我を負ったことは気を付けていたのに、と少し迂闊に思いつつ。

 

「ああ、それは協会職員としては同僚になるから互いに気楽にいましょうとなったのよ」

「……うん、年下とはいえ、イリヤにはお世話になってるし、職員としては結構対等な関係になったものだから僕からお願いしたんだ」

 

 イリヤがまず疑問に答え、タカミチが被せるように続けた。

 僕が初対面のキミに友達になりたいと話した時と似たようなものだよ、とも年上の彼は言った。

 ネギは、それに「うーん、そうなんだ」と納得したようなそうでない表情を見せる。

 

「……タカミチの奴の人懐っこさは今更だろう。コイツは昔からそういう男だ。遠慮なしに人のテリトリーにズケズケと入ろうとしてくる」

 

 そしてこの場にいるもう一人、金髪の少女が言う。何時もの悪態がタカミチに向けられる。

 

「大方、憧れの人(ナギのやつ)を真似ての事だったんだろうが……結局はそれがコイツの生来の性分ですっかり板に付いたらしい」

 

 いや、何かフォローしたというべきかも知れない。

 ネギが父の名前を出されて「父さんの?」と意識がそっちに向いた。そんなネギに答えるためか、

 

「確かにあの人のように成りたいという気持ちは無くはないけど……うーん、どうだろう? 言動とかは特段意識した事は無いつもりなんだけどなぁ」

 

 タカミチは悩ましげにしながらも言葉を出す。

 ネギはややキラキラした目をして、父のことを聞きたそうにする。

 その様子にエヴァはヤレヤレと謂わんばかりに肩を竦めてーー……タカミチを見据える。何処か鋭さを感じる目線で何か観察するように。

 

 

 だがネギは父のことを聞くことは出来なかった。

 

「ネギー……」「ネギ先生ー」

 

 彼を呼ぶ声が向かい先から聞こえたのだ。

 若い女性の声、言うまでもなく別荘を訪れているネギパーティ御一行だ。

 

「あ、いたいた。ここに……って、高畑先生!? イリヤちゃんも」

「やあ、明日菜君。夕映君、のどか君、クーフェ君も、こんばんはだね」

「こんばんは、皆」

 

 思わぬ人物が居た事で驚く明日菜と、彼女の後ろに見えるメンバーも見てタカミチは挨拶し、イリヤも続いた。

 明日菜は「こ、こんばんは」とどもりながら、他の女生徒達はやや丁寧に元担任と白い少女へ挨拶を返した。

 

「ど、どうして高畑先生が!?」

 

 彼女の事情が事情なだけに明日菜は緊張と動揺のまま尋ねると、彼は「イリヤに用がね」と隣りにいる少女に目線を送って苦笑する。

 そんな何処か誤魔化す態度に明日菜は不審を覚えたが、夕映とのどかが「あ、協会の」と少しハモりがちに言った事で納得した。

 

「お仕事の用事ですか?」

「うん、そんなところ」

「高畑センセーも大変アルな、センセーの仕事と魔法使いの仕事の両立なんて」

 

 頷くタカミチに古 菲が相槌を打つ。

 そんな中国からの留学生にタカミチはまた苦笑するしか無い。ネギに担任を譲ってからは学園の外へ方々飛び回っているからだ。

 それ以前から留守に成りがちというのもあるが。

 

「それよりアスナ、何か少し急いでいる様子だったけど……あ、そろそろ別荘を出るのだったわね」

 

 イリヤが言う。

 

「あ、そうそう。ネギ、学校に戻ってクラスの皆を手伝わないと、外ではもう零時過ぎてるし」

「はい、それで今、僕も皆さんのところへ戻ろうと思って」

 

 明日菜は砂時計を片手に持って言う。中央部にカレンダー付き文字盤のある少し風変わりな物だが、外での日時を表示する特殊な道具だ。

 

「あ、でもイリヤは――」

「――ごめんなさい、タカミチが言ったように協会の仕事があるの。悪いけど伝言をお願いするわ。明日の学祭で宝飾店の準備にゴタ付いてるって事で。サヨもね」

 

 そう告げるように本来ならば、イリヤはタカミチの傷の処置を終えたらクラスの出し物の手伝いに行く予定であった。しかし現状の通りその余裕がなくなってしまった。

 

「……うん、分かったよ」

「イリヤちゃん、お疲れ様。伝言は任せて、上手いこと言っておくから」

「ええ」

 

 ネギが頷き、明日菜が応じて彼と彼女達は慌ただしく転移陣の方へ向かって行く。

 無論、挨拶も忘れない。イリヤを含め、それ以外のタカミチとエヴァに対しても各々にお疲れ様です、お疲れ様でした、お疲れさまネと頭を軽く下げて背中を向けていった。

 

 ただ、ネギと明日菜は見送ってくれる白い少女と、大人の教師を駆け出しながら僅かに振り返ってチラッと見た。

 それは勘であるのか、引っ掛かるものをやはり覚えたのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「お待たせ」

 

 重い物を避けてパンとスープとフルーツサラダとミルクといった軽食を取り、湯浴みを終えたイリヤがタカミチが間借りした客室へと姿を見せる。

 

「ああ、イリ――」

 

 暇潰しに目を通していた文庫本から視線を上げて部屋の入口の方へ視線を向けたタカミチは――瞬間、硬直した。

 彼女の持つ白い髪や肌とは異なる色合いの白く薄いネグリジェを纏う美しい少女。

 一般的な子供用とも違う、シルクの光沢を帯びる大人っぽいものであり予想もしてなかった衣装姿であったというのもある。……あるのだが、

 

「――――」

 

 手にしていた文庫本が滑り落ちた。

 ハッキリ言おう。タカミチは幼い容姿を持つ白い少女に色香を感じてしまった。

 湯上がりの為か、僅かに朱に染まった白皙の肌。同じく微かに紅潮した頬に整った美貌。濡れてより艶を表す銀砂の髪。

 ネグリジェの薄い布地から微かに浮かび上がる細身の身体(かげ)。

 

 ――拙い、と思った。

 

 だが何に拙いのか、思考となる前に、

 

「どうしたの?」

 

 小首を傾げて見詰めてくる愛らしい所作。銀の睫毛から覗く緋色の瞳(ほうせき)。

 それらに呑まれてしまった。

 フラッと立ち上がり、やや覚束ない足取りで不思議そうに見詰めてくる小柄な白い少女に近づき……襟から除く白い肌を持った肩へ手が伸び――

 

「――おい、タカミチ」

 

 ハッとした。

 変わらず不思議そうな表情で自分を見詰める少女から二、三歩離れる。

 

「ふぅぅぅーー」

 

 彼は深く深呼吸した

 胸に感じる動悸は直ぐに落ち着かなかったが、肺に入った少し冷たさを覚える空気が心地良くて気分が楽になる。

 視線を白い少女の背後へ向ける。

 

「エヴァ……」

 

 己をきつく睨んでいる吸血姫の鋭い蒼氷の眼に怯まず片手を挙げて感謝の視線を返した。

 助かったよ、と。

 それを理解したのか、エヴァの目線が少し和らぐ。そして呆れたように肩を竦めた。

 

「……?」

 

 ただ一人、白い少女だけ訳が分からずに首を大きく傾げて二人を交互に見詰めていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「それじゃあ、始めるわね」

「あ、ああ」

 

 ベッドに腰掛け、上半身裸となった筋肉質の男性に妖精の如き白亜の少女が寄り添う。

 手に真銀(ミスリル)の鋏(はさみ)を持って右肩を中心に巻かれた包帯を成れた手捌きで切って解いていく。

 魔術で編んだ特性の包帯の上、超一流の戦士たるタカミチの激しい運動を阻害しないように身体にしっかりフィットするようやはり魔術を施して巻いてある為、同様に特性の鋏を使って魔力を通して解いていく必要があった。

 

「……ん、もしかして痒い? そんな事はないようにしたつもりなんだけど?」

「い、いや、大丈夫だ。包帯の密着には不快さもそういった痒みや蒸れもないよ……前にも言ったけど」

「そう? なら良いんだけど……」

 

 イリヤは小首は小首を傾げる。

 

(どうしたのかしら? 何かムズムズしてる気がするのだけど……)

 

 どういう訳かソワソワと言うか、ジッとして動いていないのに落ち着きがない雰囲気の患者。今ひとつ先の返答に腑が落ちない。

 疑問に思ったが、とりあえず処置を続ける。

 

「ところでイリヤ」

「何?」

「どうして寝巻きというか、そんな服なんだい?」

「……え? 別にただこの後、貴方の処置が終わったら少し眠ろうと思ったから。それ以外ないでしょう。今の別荘の時間帯は夜なんだし」

 

 おかしな事を聞くのね、とイリヤが文字通り少し可笑しそうにクスッと笑う。

 

「あ、いや。確かにそうなんだろうけど……」

 

 当たり前の返事をすると、何故か困った表情を見せるタカミチ。

 変なの?と言葉に出さずにイリヤは思う。

 先程、部屋を訪れた時も様子が少しおかしかったし……お酒でも飲んだのかしら? チャチャゼロなら大人の彼を喜んで誘いそうだし。

 そう自分が食事と入浴中している間に一杯嗜んだのかと考える。

 

 包帯を完全に解いて肩にある傷口を確認する。

 

「……やっぱり変化無しね。万一でも効果があるかも、と幾つか追加で薬を試したのだけど」

「そうか…」

「こっちが付けた火傷は治ってきている。肝心な槍の傷、裂傷はほんとダメね。……仕方ない、今回の薬は火傷のだけにするか」

 

 分かってはいたけど、と嘆息しつつタカミチが腰掛けるベッドの上に置いた鞄の中から幾つか瓶と布を取り出す。

 

「先ずは洗浄を……と」

 

 清潔な白い布に水を浸して包帯で覆っていた部分を拭いていく、そして乾いた布で水気を取って、今度はアルコールで更に清潔にする。次にランサーの知識で得た古ルーン(アンサズ)を宙に描いて火を灯し、

 

「焼くわよ」

「ああ……っぅぅ」

 

 肩に火を押し当てると彼は喘ぎ、歯を食いしばって焼かれる痛みに耐える。

 包帯の効果と同様に痛覚を遮断してから血止めの焼入れをしてもいいのだが、タカミチはこれを拒否していた。

 不覚を取った戒めとして、こ(・)れ(・)ぐ(・)ら(・)い(・)は(・)と彼は言って痛みを受け入れていた。

 

「不器用ね、やっぱり貴方も」

「ハハッ……自分でも悪い癖だとは思うよ」

 

 傷口から直接内側を焼かれる痛みもあって額に脂汗を浮かべ、それでも柔和な笑みを浮かべるタカミチ。

 イリヤは、そんな彼を見て……まったく、ほんとどうして私の周りにいる男達はこんなのばかりなのか、と内心で呆れるような、仕方ないような、お兄ちゃん(おとうと)の事も過って何とも言えない感情が浮かぶ。

 コタロウはちょっと違うけど、とも思った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 焼いた傷口に上に塗り薬。もしあの黒い槍兵の傷が癒えた際、火傷の跡が残らないようにと軟膏が塗られて――タカミチ個人は、これも戒めとしてそんな気遣いは無用にしたかったが――新しい包帯が巻かれる、のだが、

 

「…………っ」

 

 左脇から胸部と背中を通して右肩へと白い布を巻くためには、どうしても医師は患者へ密着する必要がある。

 ましてや患者たる自分は大人で、医師たる彼女は小柄な少女である。体格の差もあって少女に抱き着かれる姿勢がどうしても途中入ってしまう。

 しかも腰を掛けているだけとはいえ、ベッドの上……。

 

「やっぱり痒みあるの?」

「い、いや、そんなことはないよ、ほんと」

 

 声が裏返って何とも説得力ない言い訳だろうか。

 幼いながらも女を感じさせる柔らかな身体の感触。時折首や顔に掛かる吐息。鼻腔に感じる湯上がり特有の女性の甘い香り。

 以前、処置して貰った時は然程気に掛からなかった事が今は無理だ!

 タカミチは心の奥底から懊悩していた。まるで生殺しだと。

 

 それに――

 

「――――」

 

 部屋の片隅の壁に寄り掛かって蒼氷と例えるように氷点下の如く冷たく鋭い視線(ひとみ)に射抜かれていた。

 

 ――天に昇るような気持ちで地獄行き。

 

 昔、日本の漫画で見たある人物の台詞が頭の中で何故か過った。

 いや、まさにその通りかとも思ったが。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 処置が終わってイリヤは部屋を後にした。

 

「お大事に。何かあったら直ぐに言ってね」

 

 とタカミチに言い残して。

 

「ふぅぅぅ……」

 

 また深呼吸した。

 動悸を抑えながら、あの娘に気付かれなくて良かったと心底安堵した。……ベッドに腰を掛けた状態であった事も幸いだ。

 ともかく、落ち着かなくては、今は立(・)ち(・)上(・)が(・)る(・)のも拙い。

 だが、

 

「フンッ、結局はお前もオ(・)ト(・)コ(・)という事だな。何時もの大人の余裕ぶったフリはどうした?」

 

 元同級生たる少女の姿をした吸血姫には気付かれたらしい。

 ベッドに腰掛けて目立たぬようにしている下半身のある一点に蒼い視線が向けられている。

 

「いや、大人だからこそか。中年男性(オジサン)らしく若い娘の身体に夢中で昂ぶりは抑えられんと」

 

 酷い言われようである……が、彼女の言うように何時もの態度で反論が出来ない、こればかりは。

 ただ、中年である事は否定したい。まだギリギリ二十代なのだ――別荘での修行期間を入れなければ。

 

「……ハァ、やれやれ本当に余裕がないのだな。お前らしくない」

 

 吸血姫……エヴァから怒りと呆れの雰囲気が霧散する。いや、呆れは少しは残っているようだが、一切反論せず沈黙していたタカミチへ思うところがあるのだろう。

 

「とりあえず聞くぞ、そ(・)う(・)い(・)う(・)事(・)で良いんだな」

「…………」

 

 質問の意図は分かっているが、タカミチは直ぐに返すことは出来なかった。

 正直に言えば、その通りなのだ。

 こんな感情は久方ぶりで、自分の中に酷く浮ついたモノがあり、普段の生活の中、気付くとあの娘の事を考えてる自分がいた。

 

「ハァ……否定しないか。沈黙が答えだな」

「ぐっ」

 

 二度(にたび)ため息を付いて言うエヴァに思わず呻くタカミチ。図星を指されたからだ。

 

「そうなった経緯は全く持って分からんが、ったく……しずなも居るというのに」

「いや、しずなとは別に……」

「今更、誤魔化すな同(・)級(・)生(・)なんだろ私達は」

 

 珍しく彼女から同級生という言葉が出る。

 

「お前としずなとはあの頃からの付き合いだ。……ま、しずなの奴は私の事に気付いていないが」

「ああ、学園結界の認識阻害の効果もあって、親族か何かだと彼女は考えているね」

 

 そう、タカミチ、エヴァ、源しずな、この三人は当時共学であった麻帆良中の同級生である。

 そしてエヴァに関しては、結界の影響と15年間も姿が変わらず成長もせず、ずっと女子中学生をやっているとは普通思われない事から、しずなはタカミチの言うように解釈している。

 その辺りは正直、エヴァとしては少しばかり思う事がない訳でもない。

 タカミチがお節介を焼いたように、しずなもまたそうであって仲はかなり良かったのだ。当時は初めての学生体験で割と悪くないと楽しかった事もあるが。

 なので、

 

「しずなに対してどうするつもりだ?」

 

 同級生の好(よ)しみと、二人の仲を知る友人として心配も込めて尋ねる。

 これまで他者へ無関心を装ってきたエヴァ。それを知るタカミチは変わったものだな、と白い少女と目の前の吸血姫の関係を頭の隅で考えつつ答える。

 

「……彼女には悪いとは思っているよ」

 

 本音を見せて心配してくれる同級生(ゆうじん)の誠意に応じて言葉を出す。

 

「恋仲という訳でもないのに色々と世話を掛けているし……なにより――……」

「――……待ってくれている、か」

「ああ」

 

 言いづらく一瞬途切れた言葉をエヴァに続けられて首肯した。

 

「エヴァは分かっているだろうけど、僕は正直彼女の想いに応えられる自信がない。……いや、余裕が無いのが正しいかな。それに僕の手は真っ赤だ」

「魔法を知らぬ一般人。そうだな、それを無条件で受け入れるのは難しい。魔法使いの中にはそれでも上手くやれている家族はいるが……お前は、しずなにずっと何も教えずに“その世界”に置いておきたいと、そうして来たんだからな」

「……うん、僕はあの人達のようになりたいと憧れて“この世界”を色々見てきて、そうなろうと努力して(たたかって)きた。だからさ」

「偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)として生きる道は、世界の残酷さを理不尽さを見るに容易い。その資格を得られなくとも実質そうであるタカミチ、お前はそれをよく知っている」

 

 そう、だから友人であり、想い人である『源しずな』にはそんな世界を知って欲しくはなく。そんな世界で生きる自分の傍に置くことが……その勇気が無かった。

 加えて、

 

「それに僕はそんな立派な人間ではなかった。憧れはあっても、あの人達のようにただ誰かの為、世界の理不尽に抗う為にだけに戦ってきた訳じゃない」

「ああ、お前が血が滲む思いで修練を積み、強くなりたいと力を付けたのは、その一番の動機は――」

「――復讐」

 

 そう、タカミチには怒りがあった。憎悪があった。“彼等”への赦し難い殺意があった。

 

 ナギ・スプリングフィールド。

 ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ。

 

 憧れの人と師の仇をこの手で討ちたかった。それ以外の仲間が抱く無念も晴らしたかった。

 アスナ姫の不幸の元凶も断(た)ってやりたかった。

 あ(・)の(・)時(・)に何も出来なかった無力感を払いたかった。

 

「だから強くなった。そして得た力で奴らの残党を討った。一切容赦なく思うがままに…………殺した」

 

 勿論、そこには大義も名分もあった。

 悪辣なテロリストの殲滅。世界を滅ぼさんとした悪の組織の生き残りの打倒。

 世間は、その活躍に……『赤き翼(えいゆう)』のかつての仲間の活躍に賛辞を惜しまなかった。

 それでも多くの人間をその手に掛けて、赤く血で染まった事には変わりはない――個人的な感情で、私怨でそれを行ったのだ。

 タカミチにとっては、大義も名分も後から付いてきたモノに過ぎない。

 

「それからはエヴァも知っての通りさ。僕が今でも戦っているのはあの人達への憧れもあるけど……」

「……贖罪」

「うん、血で染まった手を拭う事はできないけど、それでも多くを助けられるのならそんな手でも意味はあるからね」

 

 そんな道に一般人であるしずなを付き合わせる訳には行かない。あの朗らかな優しい女性にはそんな世界は似合わない。

 

「話せば、それでも付いて来てくれるだろうけど、いや……付いて来るか。しずなは強い女性でもあるから。でも」

 

 タバコを取り出す。師も愛用していたマルコポーロ。それを形見のジッポライターで火を付ける。

 エヴァは僅かに顔を顰めるが紫煙を燻り出す事を止めなかった。

 

「僕には耐えられない。こちら側と何の所縁も無いのに彼女がこの世界に入って来る事が……」

 

 話は長くなったけど、そういう事さ……と自嘲する。

 受け入れる自信が無い、幸せにする覚悟も、なれる覚悟も。そこから出る後ろめたさと、自らの内に出る罪悪感で仮に結ばれたとしてもきっと関係は破綻する。それが分かってしまう。

 

 けれど、あの娘なら……――白い少女の姿が彼の脳裏に浮かぶ。

 

「なるほどな。つまりは敷(・)居(・)、か」

 

 エヴァの言葉にタカミチは静かに首肯する。

 しずなは駄目でもイリヤならば違う。同じ裏社会の人間でその世界の過酷さも、血で塗られた人間の事も理解している。

 それでウェイトも変わったのだ。タカミチの中にある“想いの比重”が。

 

 ――イリヤスフィールという異邦の魔術師。美しい白い少女。気高さの中に厳しさと優しさ併せ持つ冬の娘。

 

 その彼女が魅力的な大(・)人(・)の女性であると気付いて惹かれた。恋をしてしまった。

 あの少女なら、こんな自分でも受け入れてくれて支えてくれると。そして自分もまた彼女を……一族の道具などという酷な運命の下で生まれ、こんな何処とも知れない世界で一人、異邦である故に孤独なあの少女を――。

 無論、想いが実れば……の話だが。

 

「ハァァァ……」

 

 三度目の溜息がエヴァの口から零れた。今度は大きい。

 呆れか、感嘆か、その両方が籠もっている。

 

「つまり、つまり……本気なんだな。イリヤに対して本当に本気の恋をしているんだな」

「う…」

 

 改めて直球に指摘されてタカミチは言葉に詰まった。照れくささもあって羞恥めいた感覚もある。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

(図らずもぼーやに続いて別荘でまたも恋愛相談する事になるとは……。しかも相手はまったく同じ女性。いや、しずなの事もあるからその限りでもないか)

 

 素の自分を抑えてエヴァは降って湧いた問題を考える。そっちの自分を出しては冷静な自分でいられないのだ。

 

(何しろイリヤの事だもの)

 

 少しだけひょっこり出して心中で呟く。

 しかしどうしたものか?……と悩む。自分の中にある心情はとにかく置いておいて、とりあえずは、

 

「……イリヤへの想いが本気ならば、それこそ先ずは、しずなに筋を通すべきだな」

 

 年甲斐なく恥ずかしげに少年のように頬を紅潮させて照れているタカミチへ忠告する。

 冷静な殻を被ってはいるが、イリヤに二股なんぞ掛けるのはエヴァとしては決して看過する事はできない。また当然であるが、しずなに対しても失礼で義理を欠いている。

 あんな美人でスタイルも良く、器量良しな女性を三十路手前まで交際することもなく放って待たせているのだ。

 他に寄ってくる男は掃いて捨てるほど居ただろうし、その中には有望な男性も多くいた筈。

 晩婚というか三十路過ぎの婚姻も今の時代珍しいものではないが、それでも彼女の時間を無駄にしているのは事実。

 

「……そうだね。いい加減腹を括らないと。彼女の好意に甘え過ぎた。こんな中途半端な関係は終わらせないと……イリヤに受け入れられるか、受け入れられないのだとしても、続ける訳にはいかない」

 

 さすがにタカミチとて理解しているのか、照れを引っ込めて真剣に頷く。申し訳なさも含んだ声だ。

 しかし、エヴァとしては二人の仲を知る為、本当にそれが出来るのか? 一筋縄では行かないだろうなとの予感はする。

 

(修羅場るだろうなぁ)

 

 振られたら間違いなく彼女は泣くだろう。そしてタカミチはその涙を前にして心を揺るがさずに済むのか?

 他にも気掛かりなことはある。

 

(ぼーやと明日菜への影響は……ふむ)

 

 それに関しては成るようにしかならない。

 何より問題は、イリヤの方である。

 あの白い少女の意思(想い)もそうだが、余(・)命(・)が大きな問題である。

 これでタカミチにまったく脈が無ければ、しずなは振られ損だ。そしてイリヤの残り時間(いのち)が想定されている通りであったら、それはそれでタカミチに宜しくはない。これはネギに対しても言える事だが……。

 

「だが……」

「ん? なんだいエヴァ?」

「……いや」

 

 つい声が漏れてタカミチが不審がるもエヴァは首を横に振る。

 

(だが、タカミチの奴は大人だ。ぼーやとは違う)

 

 自分の選んだ決断の重みと、現実を受け止める度量と老成さもある。

 だからその事実を話してよく考えて貰うべきではないか、そうエヴァは思うが直ぐに判断はつかない。

 イリヤの余命を受け入れるのは、エヴァでさえ未だに苦しいもので、認め難いものだから。

 

(そう、何とかしたい。その方法もある。かなりの賭けになるけど)

 

 素の面が出てくる。

 ならその賭けに巻き込んでしまう、いっそのこと?

 手が……戦力は多い方が良いのも確かである、その方法は。

 

(さよも賛同してくれている)

 

 ひっそり持ち掛けた話に元幽霊の少女は迷う事なく即断してエヴァの手を取っている。

 

「…………」

 

 イリヤ、ごめん……だけど、こればかりは許して。

 

 吸血姫は、愛する義姉(イリヤ)の為に決断する。その姉に対する少しの裏切りを。いや、大きな……かも知れない。

 

「タカミチ……お前がイリヤを好いていて大切に思うのであれば一つ話がある。大事なことだ」

 

 真剣な、神妙な、そして切実な訴えが込められた元同級生の声にタカミチは耳を傾けた。

 

 そして愕然とした彼もまた決意する事になる……。

 




 これまた賛否の大きい内容ですが、これもクロスオーバーの醍醐味でしょう……か?
 私的にも悩ましさが抜けません。ネタを練って書いてる内にこう流れが出来てしまいました。
 書いていて少し思ったのは、似ているようでネギとは結構向きが違うのかな? という事。
 大切だからしずなに壁を作って遠ざけたタカミチ。
 大切な生徒を結果的に魔法の世界に引き込んでしまったネギ。
 ネギに関しては、魔法バレが自分の意思なく進み、ヒロイン達が積極的に関わって行った事もあるのですが、タカミチとネギのこの違いが今後キャラの動きに何かしら影響しそうな予感がします……筆者的に。
 それ以前に子供と大人という対比がありますが。他にも色々。

 あとは、イリヤは18歳以上の大人なので彼の事をロリ道とは呼ばないであげて下さい。……異論は認めます。
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