それは突然の報告であった。
血相を変えた
「お前は……イリヤに預けた」
「はい、レギです。グランドマスター」
小柄で金髪ツインテールの双子の
転移陣から一気にコテージへと走ってきて「緊急〜! 緊急〜!」と叫んでエヴァ達を呼び出していた。
「どうした何があった?」
慌てた様子のメイドに反してエヴァは冷静だ。
「それがあのジジイ……コホン、失礼したしました。近右衛門様から直接の連絡で――……」
告げられる言葉にエヴァは思わず「は?」となり、近くに居たタカミチは顔を強張らせた。
◇
30分後、場所変わって女子中等部校舎にある学園長室。
「……このような夜分遅くに集まって貰ってスマン」
招集した面々――イリヤ、エヴァ、タカミチ、明石、弐集院に頭を下げる近右衛門。
執務机の前にいる老人のその両脇には、木乃香とアルビレオの姿がある。
アルビレオは、本来であればイリヤが施した結界の影響でこの学祭が直前となったこの日でも外で活動する事は出来なかったのだが、代替手段として魔力溜まりで採集した『マナプリズム』が贈られた事でそれを“燃料”に世界樹の地下から出られるようになっていた。
無論、燃料で動く以上活動時間には制限が付く。
「それで、報告は本当なの?」
挨拶を抜きにイリヤが口火を切る。同時に他の面々から緊張が漂う。
「うむ、今より凡そ1時間前、ロンドンから発った国際魔法連盟が手配したプライベートジェットが日本海、隠岐の島付近に差し掛かった所で消息を絶った」
国際魔法連盟はその名前の通りだ。各国にある魔法協会の寄合所的な機関である。NGOとして別名で登録されてもいる。
そしてそんな組織が準備をし、本国に繋がるゲートがある英国から日本へと今の時期に飛行機を飛ばすとなれば、当然その乗客は言わずとも知れよう。
「よりによって、か。事故か?」
「せめてそうであって欲しいというのは不謹慎じゃが……いや、現状確定した情報はない」
エヴァが尋ねると近右衛門は首を横に振った。
「確定した情報は無く、状況が見えないのに我々と呼んだのは懸念があるからですね」
弐集院が横に広い身体を揺らしながら尋ねる。
その問いに近右衛門は無言で頷き、執務机を回って席につく。それに合わせて他の面々もソファーへと腰を預ける。
「ここで
明石が難しげな表情で言う。
他の面々もそれには同意なのだろう、近右衛門同様に無言ながら首肯する者が見える。
「でも率直に言って予想外だったわ。いえ、可能性としては極小ながら考えてはいたけれど」
イリヤが口を開く。
『
「残党も含めて壊滅して戦力という戦力と組織力を失い。それで目立たぬように水面下で動いていた彼等が再び
だから使節団……査察団の訪問は確定であると、イリヤは強く警戒していたのだ。むしろ妨害があって中止になってくれた方がありがたいと思っていたくらいだ。
「そうだね、イリヤの言う通りだ。残党以下と思われていた所でこんな……数百年ぶりとも言える
白い少女の隣に座るタカミチが意見を被せる。
イリヤは静かに頷く。
原作においては、学祭が終わった後が彼等の出番であり、本番であったからだ。
魔法社会で再び『完全なる世界』の脅威がこうも早く知れ渡っては、あの漫画のようなテロ行為……ゲート破壊は難しくなる。
原作では出てはいないが、この世界には防戦に限ればフェイトクラスのホムンクルスでもある程度は戦える一流クラスの人間は相応にいるのだ。葛葉、神多羅木、カゲロウタのような大戦を生き抜いた猛者がMMやヘラス帝国に。
人材不足と嘆くこちらとは違う。
或いは、警戒と防衛が高まっても実行できる自信があるのか? その自信の根拠が
しかし、それでもしっくり来ない。だとしても敢えて警戒を高めさせる理由がないから。だからもっと別の何かが……?
「うーん、水面下で動いていた事がバレたからやろうか? それで隠すつもりは無くなったとか?」
「その可能性もあるでしょうが、木乃香お嬢様。ですが彼等の動きは限定的でこの国で二度の事件だけ。それも間接的であって未だその組織力は乏しいと見られています……」
この国の両協会の組織以外には……と、微笑を浮かべてアルビレオが諭すように言う。
木乃香は…うーんとその言葉にまた唸って考え込む。
「つまり外国やまほーの国では全然怖くないと思われとる訳やね。だけどそれがひっくり返ると……」
「ええ…」
唸る木乃香に再びアルビレオが応じた。
「まあ、そこは今議論しても仕方ないじゃろう。問題はこの動きが我が国に……ひいては我々麻帆良に如何な影響を与えるかじゃ」
「特に明日菜とネギ君のことやね」
「あとは地下で
脱線を覚えたのか軌道修正を図った近右衛門に孫娘と吸血姫が応じる。
アスナ姫の事は先の事件で勘付かれており、地下に封印されている『始まりの魔法使い《ナギ・スプリングフィールド》』の事もホムンクルス達にある契約的繋がりから恐らく察知されている、というのが協会上層部の今の見解だ。
故に今回の件がその奪取ないし奪還が目的とした前段階ではないかと疑念があった。
この事件で浮足立った所で不意を突かんと。
しかしイリヤは首を捻る。
脅威は知られ、そこに明日菜の奪取……さらに連中にとっての主の奪還。
もしそれが成功してしまったら……。
「……そうなったら狐狩りの標的ね」
これも原作知識となるが、その組み合わせを狙って動くには時期とその下準備が足りない。
彼等は地球と火星の星辰の位置と、ゲート破壊による魔力集積を“儀式”のために重要視していた。……その筈だ。
時間も準備も不足している状況では、幾ら
以前に地下で話していたようにそんな状況に陥っては準備も何も無い。あらゆる裏組織に追跡され、逃げ回る中いたずらに消耗し戦力を削るだけに終わる。
仮に明日菜の能力を利用したとしても、ネタが割れれば長くは保たない。終盤と違って制限も恐らくある。
加えてイリヤもまた狐狩りに動く。当然、エヴァとサヨと鶴子も同行して。
だから話を戻す。近右衛門が軌道修正したものをまた修正する。
「狐狩りで狩られる狐に敢えてなるとは思えないわ。だから使節団を狙ったのは、自らの危険性を世界に再び知らしめる事になってでも達成したい別の目的がある筈よ」
「……むぅ」
イリヤの再修正に近右衛門が唸り渋面を作る。
アスナ姫とネギ、そして地下に在るモノを案じる余り、思考が狭まっていたと思ったのかも知れない。
ふむ、とエヴァが頷く。
「そうなると真っ先に考えられるのは、これもぼーやと明日菜とナギの事になるが、麻帆良に使節団の奴らを近付かせたくなかった、というのがあるな」
「確かにね。MMの特定勢力にしてみればネギ君は目の上のタンコブで、明日菜君は喉から手が出るほど欲しい宝物。地下のナギさんにしても存在が気付かれれば、これもお宝だ。……始まりの魔法使いという
タカミチがエヴァに同意した。
イリヤはふと思う。
「考えてみると完全なる世界にとってはMMの行動……使節団の派遣は予想外だったのかもね。だから自分達の脅威度を世間的に高める事になっても実行するしか無かった。アスナ姫の健在と居場所をMMに知られる可能性を僅かでも見過ごせずに……」
「……では、此度の件に関しては、既に連中は目的を達成したと見るべきかな?」
弐集院が腕を組んで考え込むように俯きながら呟く。声色には今ひとつ納得しがたい疑念を含んでいる。
「そこはジェット機に乗っていた人達の安否にも関わるわね。……捜索と救援の手配は?」
「1時間前の事だから当然、もう送っているよイリヤくん」
明石が白い少女に答える。
「海保を動かすと見せかけて協会のチームを向かわせた。既に民間のメディアにも事故としてニュースが流れていて国はかなり慎重になっている。実際の海保と海自、それと空自もバックアップとして何時でも出せるように待機中だ。他、民間からは雪広グループも支援に動いてるよ」
「……アヤカの実家も、か」
国からに関しては、協会の上層部……理事会メンバーは各省庁より選出・出向しているから分かるし、雪広グループは千鶴の実家である那波重工と共同で協会に出資しているので理解できる話だった。
(ナギのパトロンだったって言うし、その元財閥グループは)
内心でそんな事を何となく思う。
「それやと、ジェット機が無事で中の人達も無事やったら狙われるって事?」
「!? イカンぞ。だとすれば捜索部隊が危険じゃ! 完全なる世界に彼等も狙われかねん!」
孫娘の言葉に近右衛門は思わず腰を浮かせる。
「待って! だからといって麻帆良から戦力を割くのは駄目よ。陽動の危険があるし、それを見越して
イリヤもソファーから僅かに腰を浮かせて焦る近右衛門を宥める。
「チッ……なるほど、それも在り得るか。邪魔な議員共を麻帆良に近づけさせず、その上で罠にも使える訳だ」
「こちらの戦力を誘引しての各個撃破……か」
エヴァが舌を打ち、タカミチが眉を寄せて厳しい顔をする。
「ええ、こちらの戦力の
ここまでの話でイリヤは気付いた。
「狙いは私かも知れない……」
「「「「「「……!!?」」」」」」
イリヤとアルビレオ以外の面々がハッとし驚きの表情をする。
麻帆良という戦力と防衛力のある要塞から引き離して無力化し捕らえる。
「それは有り得そうですね。恐らく今、完全なる世界が一番厄介だと考えているのはイリヤさんでしょう。捜索部隊が危ないとなり、そこにあの黒き英霊達がいるとなれば対抗できるのはそれもまた……」
アルビレオは普段ある笑顔を消して神妙に告げた。
「イリヤ…か」
タカミチが歯を食いしばって拳を強く握る。
「ええ、エヴァンジェリンと鶴子さんに学園長も十分対抗できる強者ですが、いの一番に挙げるならば
イリヤは軽く溜息を吐くと、ジロリと胡散臭い美丈夫を睨む。
「私に奇妙な言いようをしてくれるわね。何かジョークのつもり?」
「私は事実を言っているだけですよ。貴女がいなければ恐らくこれまでに起こった事件は私達にとって最悪のものになっていたでしょうから」
なるほど、と小さく呟く。逆に言えば、私さえいなければ……か。
イリヤ自身、それに気付いたから先の可能性を口にした訳なのだが、改めて他人から言われると妙な説得力があった。
「……まいったのう。確実に罠じゃ。学園から離れられない儂は別として、向こうはエヴァの事も鶴子殿の事を知っている。罠であれば万全の態勢で待ち構えておる。出れば間違いなく討ち取られるぞ」
近右衛門が自らの額を手のひらで叩いてぼやく。
無論、罠ごと食い破る事も出来るかも知れないが、その危険を敢えて犯すべきかどうかは……?
それにそんな楽観が通じるほど甘い相手でも無い。
そもそもとしてイリヤ、エヴァ、鶴子という最強戦力を麻帆良から全て離すのも危うい。
三人全員が麻帆良から離れれば、それは大きな隙となる。それを狙っている可能性も皆無ではない。
しかし、だからといって罠を張って待ち受けている強大な敵が居る戦場へ全力投球しないのも拙い。
「では、どう致します? 捜索部隊は……それに使節団もまだ……」
明石が上司たる老人に尋ねる。尤も彼とて難しい問題で安易に答えられない酷な問いだと思っている。その為か言葉に逡巡がある。
その為という訳では無いが、かわりにイリヤが言葉を出す。
「捜索は続けた方が良いわ。更に餌となる人間を提供する事になるかも知れないけど、使節団が無事か否か。或いは本当に事故であるかどうかも分かる。今は憶測だけで判断材料に確実なものがない」
「うん、イリヤ君その通りだ。我々が先走っているだけという事もある。状況を確定させるにはまだ早い」
弐集院が肉の付いた顎を撫でながら頷く。
「ただ、捜索部隊ならびに協会各支部の幹部たちには連絡し注意を促しておいた方がいいだろう。今回の件に連中が関わっている可能性がある事、何かしらの罠である可能性も。それで現場に任せるしかない……情報が確定するまでのしばらくは」
そう更に続けて一度深く息を吐き、それと、と言い――
「――僕が行こう。注意だけを促して本部の人間が動かないのであれば示しが付かない。麻帆良本部の幹部が責任者として現場に出れば格好はつく」
緊張と決意、その二つを入り混ぜた顔を見せて弐集院 光は皆にそのように告げた。
「私からも話がある」
しばらくしイリヤが唐突にそう皆に言葉を向ける。一つ覚悟を抱いて……。
色々引っ張った使節団のまさかの行方不明。
ただしそれは本当であるのか、果たして彼等の仕業であるのかは……如何に。