麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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第3.5話―――異邦人の過ごす一日

 ジリリ、ジリリと、けたたましさを覚える時計のベルを耳にして眼を覚ます。

 覚め切らない鈍い思考に代わって条件反射的な行動で手が伸び、クラシックな外見を持つ時計を軽く叩いてけたたましいベルを止めた。

 

「ふあ…」

 

 目覚めたばかりの為に欠伸が出るも、身を起こして私は両手を上げて思いっきり身体を伸ばし、

 

「うーん……よし!」

 

 気合を入れるようにして声を出した。

 毎朝そうする事で私は眼を覚ました実感を手にする。

 

 ベッドから降りて更に軽く屈伸運動をした後、部屋に備え付けられたクローゼットから着替えを取り出す。

 取り出したのは、麻帆良学園本校女子中等部の制服だ。

 どうして私が制服を持っているのかというと、学園長の許しがあるとはいえ、私服姿―――しかもフリルたっぷりのゴスロリ服―――で校内を歩き回るのは問題ではないかという指摘がなされた為だ。

 尤もそれ以前に、生徒でも無い少女が校舎を出入りすること自体問題ではないかという意見があったのだけど、そこは学園長の許可とそのお爺さんが私に与えた特別留学生なる肩書きが一応抑えてくれている。

 まあ、実際は学園長のゴリ押しと、その他教師陣達の妥協の産物というべき物なんだけど……ただ、私としても学内であんな目立つ姿で居るのは避けられるので、ゴリ押ししてくれた学園長と妥協してくれた諸先生方には、感謝以外の気持ちは持ちように無いのだけど…。

 

 そんな他愛も無い事を考えながらも着替えを済ませ、化粧台に付属する大き目の姿見で身嗜みを確認してから私は自室の扉を開けた。

 廊下を抜けて洗面所に向かい。洗顔などを済ませて再度身嗜みを整えると、今度は台所の方へ足を向ける。

 台所に続く扉を開けると、そこには私と同じく制服に身を包んだ同居人である機械の少女の姿があった。

 

「おはよう、茶々丸」

「はい、おはようございます。イリヤさん」

 

 挨拶をすると、彼女はいったん作業の手を止めてこちらに確りと振り向き、丁寧にお辞儀をしながら挨拶を返す。

 見る度に気軽に返事をするだけで良いのに…と思うのだけど、その一方でこの方が彼女らしくて良いかな、とも思って何となく笑みが零れた。

 そうして挨拶を交え、私はエプロンを身に付けると茶々丸の傍に立って彼女の作業―――朝食の仕度を手伝い始める。

 そう、当然のように家事を手伝っている私だが、此処へ来た当初…手伝いを申し出た時、茶々丸は強く反対していた。

 彼女にしてみれば、主人の家でそのような雑事を行うのは従者である自分の役割であり、主が許し招いた客である私にそのような事させるのは言語道断なのだ。

 けれど逆に私にしてみれば、幾らお客扱いされようと実際はお世話になるばかりの居候の身に過ぎず、何もしない事は心苦しくまた我慢出来ない事だった。

 結果、若干揉めたものの、最終的に家主から「やらなくても良い事を、わざわざやりたいという奇特なこと言っているんだ。好きにさせたらどうだ」などと鶴の一声が出て、この居候先に於いて私の家事手伝いが認められた。

 とはいえ、私は茶々丸ように家事の知識が豊富に在る訳では無く、手際も良い方ではない。

 事実、料理の最中に鍋を焦がし掛け、洗濯物の脱水をうっかり忘れたり、掃除でも手の届かない所の埃を落とそうとして足場の椅子から転げ落ちそうになったりした。

 しかし、流石にどこぞの(タイガ)のように足を引っ張るほどでは無いと思う……―――けど気の所為か? 茶々丸の傍に立つと嫁入りしたての娘が姑から家事を学んでいるような感じを覚える。

 茶々丸自身感情を表さないし、表情も基本的に無愛想だし、言葉にも出さないのだけど。何故かこうして一緒に家事をしていると彼女から学ばせようといった気迫を感じるのだ。

 

 ………気の所為かもしれないけど、教わることが多いのも事実な訳だし、ともかく頑張ろう。

 

 

 手伝いを始めてから20分ほど経過して仕度を終える頃になると、

 

「……おはよう」

 

 そんな眠たげな挨拶と共にこの家の家主であるエヴァさんが台所に顔を出した。

 ちなみに寝間着姿のままである。

 

「おはようエヴァさん」

「おはようございます。マスター」

 

 私は気軽な感じで返し、茶々丸は先と同様に丁寧な挨拶を返す。

 エヴァさんは返事の挨拶を受けると、視線を私達からキッチンの中央にあるテーブルの方に移した。

 

「今日は洋食か」

 

 目にした料理―――切り分けられたフランスパン、アボカドとトマトとベースにしたサラダ、コーンクリームスープなど―――を見て彼女はポツリと呟き、

 

「ふあ…」

 

 と、口元に手を当てて眠たげに欠伸を零した。

 

 

 

 仕度を終えてリビングへ出来上がった料理を運ぶ。

 エヴァさんは当然のように手伝う事は無く、先にソファーに座って料理がテーブルに並ぶのを待っていた。

 それに茶々丸と私も別に文句は無い。茶々丸にとっては仕えるべき主人であり、私に至っては単なる居候なのだ。

 

 テーブルに並んだ料理は2人分。

 エヴァさんと私の分だ。茶々丸は私達が食事を取っている間はまさに従者宜しくエヴァさんの傍で控える。

 私が目にしていた二次創作では、何かと理由付けて主人公は茶々丸にも食事をさせていたが、私はそんな気を起こさなかった。

 実際、茶々丸には食事は必要無く。それがそれほど意味のある行為に思えなかったからだ。

 第一―――

 

「坊や達は駅前に集合している頃かな」

「集合は9時でしたので、まだかと……マスターは呪いの所為で修学旅行に行けず、残念ですね」

「…おい、何が残念なんだ。別にガキどもの旅行など」

「いえ、行きたそうな顔をしていたので……違いましたか?」

 

 ―――と、このように食事の間にも彼女との会話はあり、エヴァさんは茶々丸を無碍に扱っている訳ではないのだ。

 それに―――

 

「アホか。それより、お前は行っても良いんだぞ。行きたいだろ?」

「いえ、私は常にマスターのお傍に」

「……ふん」

 

 エヴァの問い掛けに応じる茶々丸。それに鼻を鳴らしながらも何処となく満更ではない様子を見せるエヴァさん。

 

 ―――こうして見ると、この2人の“主従”と言う間には侵し難い確かな繋がり……絆が在るのだから、居候である以前に赤の他人に過ぎない私が口を挟むのは間違いだろう。

 

 また―――

 

「それにしても融通の利かないっていうか…変な話よね。学校には通わせるのに、学業である筈の修学旅行には参加できず、なのに登校はその間にもさせるなんて。…休日や祝日なんかは確りと区別付けているのに」

「だからこその“登校地獄”なのだろう―――と言いたいが……はぁ、馬鹿げた魔力で適当に且つ即興で術式を組んだ為だな。…奴らしいと言えばそれまでだが」

「サウザンドマスター……千の呪文を持つ魔法使いと呼ばれるのに、何とも似つかわしくないものですね」

 

 溜息を吐きながら私に答えるエヴァさんと無表情に感想を零す茶々丸。

 

 ―――こうやって私が会話に交じる事も許し、まだ慣れない感はあるけれど、食事中にも3人で楽しく思える時間が在るのだから問題は無い。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 朝食を終え、エヴァさんが着替える合間に私は後片付けを行っていた。

 茶々丸は彼女の着替えを手伝うので後片付けは一人で行う事に成る。

 

「これでよしっ…と」

 

 最後の食器をキュッと拭き終え、次に種類ごとに分けて棚に戻す。

 その途中、

 

「こっちは終わったぞ」

 

 廊下からエヴァさんのやや大きめな声が聞こえた。

 

「こっちももうすぐ片付くから、ちょっと待って」

 

 そう私も大きめに声を上げて返事をし、片付けを急ぐ。

 程無く終えて玄関に向かうと2人が待っており、私の姿を見止めると、

 

「行くか」

 

 エヴァさんは、そう短く告げて玄関のドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 登校は徒歩の他、麻帆良学園構内を走る電車も利用する。

 私達は同様に登校する他の生徒達の中に混じって、学園でも中央に位置する女子本校中等部の校舎へ向かう。

 

 そして十数分後、校門を潜って校舎に入ると私はエヴァさん達と別れる。

 

「ん…じゃあな」

「ええ、またお昼頃に会いましょう」

 

 エヴァさんは軽く手を振り、茶々丸はペコリと頭を下げ、2人は私が向かう先と反対の廊下を歩いて行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 私が向かった先は学園長室だった。

 魔法学などの師事という理由もあるが、今日はまた別の用件があった。

 学園長と挨拶を交わすと早速その用件に話題が移る。

 私は腕にしていた銀のブレスレットを外し、学園長に手渡しながら口を開いた。

 

「これが以前から言っていた例の物よ」

「ふむ…どれ」

 

 学園長は受け取ったそれを昨日のエヴァさんと同様に注意深く鑑定する。

 そう、それは一昨日の晩に私が制作したあのアミュレットだ。

 彼にはエヴァ邸での居候が決定した翌日から、錬金術を使って魔法具の製作を行う事を相談しており、必要な道具や材料などを提供して貰っていた。

 ただし、それを職とする事までは相談しておらず、こうして出来栄えを評価して貰った後にそれを申し出る積りだった。

 

 暫くし、鑑定を行なう学園長に求められて、昨日の実験内容とその結果を話ながらアミュレットの機能を説明する。

 今回実験的に制作したこのアミュレットの機能は、所謂『魔除けの加護』―――つまりは対魔力の付与である。

 昨日行った実験を見る限り、その性能は魔術的に言えば、Dランク相当……『魔法の矢』と同ランクの低位魔法であれば、例え至近…零距離でも完璧に無効化できる事が確認された。

 おそらく秘めた概念から考えるに、術者の魔力出力や魔法に込められた魔力量に関係無くDランク―――低位以下と規定された魔法は完全に無効化される筈だ。

 また使用者の元々の対魔力ないし魔法抵抗値が高い場合は、更に上ランクの魔法にも多少の軽減効果を発揮すると思われる。

 尤もその場合、アミュレットに掛かる負荷が大きいから破損・損失する値も大きくなると思うけど。

 しかし、たかが低位魔法の無効化とはいえ、その機能を侮ることは出来ない。

 何しろこの世界の魔法戦闘に於いて、低位に位置する『魔法の矢』は戦闘の基本であり、戦術の応用性にも優れた汎用性の高い攻撃魔法なのだ。加えて無詠唱としても扱い易い。

 特に“魔法剣士”などスタイルを持つ魔法使いにとっては、使用頻度はとても高く、その他の詠唱の短い…もしくは無詠唱化し易い低位魔法はほぼ主力である。

 その低位魔法がアミュレットを身に付けるだけで、魔力値に関係なく無効化されて一切封じられるのだ。それがどれ程のアドバンテージであるかは大きく語るまでも無い。

 

「むう…」

 

 当然、学園長も理解できるのだろう。眉間に皺を寄せて難しげに唸った。

 

「……まったく、君から魔法具を制作すると聞いた時はどんな物が出て来るかと思ったが、予想以上にとんでもない物が出てきたのう」

 

 更に溜息を吐きながらそう言う。

 

「一応聞くが、製法を開示する気はあるのじゃろうか?」

「お世話になっている上、道具や材料を提供してくれた貴方には悪いけど…」

 

 学園長の問い掛けに私は首を横に振った。

 こんなまだ誤魔化しの効くアミュレットなどの魔道具や礼装ならば兎も角、“魔法”との違いが明らかで誤魔化し難い製法を―――つまり“魔術”そのものを公開する気は無い。

 魔法理論とは異なる、魔術回路や魔術理論の存在を知られて厄介事を招くのは御免なのだ。

 勿論、このアミュレットを知れば製法を―――技術に関心を抱き、欲する人間は出て来ると思う。しかし魔術という未知の技法が存在すると知られず、制作した……或いは、これから制作するアミュレット等がこの世界の魔法技術でも製作出来ると思われる内ならば、無茶をする輩はそう多くなく。危険も大きくは無い筈だ。

 多少楽観的かも知れないけれど、実際、魔力を使う以上は魔法とは似通った部分はあるし、材料もこの世界の物が使えたのだから、分析なり、研究なりすれば、魔法でもまた似たような物が作れる筈……性能までは流石に保証出来ないけど。

 それに製作者としては一応素性を隠して匿名を使う積もりだし、基本的に販売などの流通や材料などの調達も、この目の前に居るお爺さんを頼る積もりなのだ。

 彼なら製作者(わたし)の素性を大きく公にせず、魔道具や礼装を売りに出せるだろう。

 

「いや、構わんよ。公開する積りであったら逆に諌めておった所じゃ、賢明だと思う」

 

 事実、製法の開示を拒否する私の返答に、このように応じられる慎重かつ思慮深い人間であり、その上で善良な人格者でもある。信用は出来る。

 とはいえ……いや、だからこそ、やはり色々と疑問と不審に思う事もあるのだろう。

 

「しかし、このようなわしも知らぬ術式……以前見させて貰ったカードもそうじゃが、一体どこの系統の魔法なのかのう?」

「さあ? 私の覚えている範囲…というか知識じゃあ、人界との関わりを捨てた偏狭な魔法使いの一族が、錬金術の一種として研究していたらしい……という事しか判らないわ」

 

 何処となく探るような視線を向けてくる学園長に私はそう答えた。

 まあ、一応嘘でも誤魔化しでもないと思う。

 事実として頭の中にある知識では、その偏狭的な一族(アインツベルン)が扱い、研究していた技術となっているし、アミュレットもその技術―――錬金術で制作した物なのだ。

 ただ“魔法”では無く、“魔術”であることを隠しているだけで。

 

「ふむ、君の失ったという記憶には興味が尽きぬな」

 

 学園長もそれを……隠し事はしていても嘘は言っていないと感じたのか、それだけを口にして追及はしなかった。

 代わりに別の事を尋ねてくる。

 

「そう言えば、昨日は明日菜君の誕生日にこれを贈ったのじゃったな」

「ええ…正確には、これよりももっと上等な代物をね。丁度出掛け先で質の良い銀細工も見つかったし、それがあの子の誕生日祝いの為という事にも縁を感じたし、それも製作を予定していた翌日だっていうのもね」

「……ふむ」

 

 私が答えると学園長は僅かに考え込む。

 

「?…どうかしたの?」

「ん…いや、そっちのアミュレットはどんな感じなのかと思ってのう。今手元にあるものより上等だというし」

「ああ、アスナのは『魔除け』の方はそれと大して差は無いけど、追加として幾つか高度な加護効果を付与してあるわ」

 

 学園長が抱いたものを何となく察するが、私はあえて気付かないふりをしてアスナに贈ったペンダント型のアミュレットの説明を行った。

 

 その説明後、学園長は私の申し出―――アミュレット製作を職にする案を保留にし、私達は何時もの魔法学の講義に入った。

 保留した理由は詳しく話されなかったけど、とりあえずもう少し考えさせて欲しいとの事だった。

 若干残念に思ったものの、明確に否定された訳も無いのでそれだけ彼は慎重に検討したいのだろうと思い。私も理由を追及せずにあっさりと引き下がった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 学園長―――関東魔法協会理事たる彼直々による魔法学の講義を終え、私は学園長室を後にする。

 基本、今日のように講義は午前のみで午後は無い。以前にも言ったが学園長はあれでも忙しい身の上なのだ。

 それにも拘らず、彼が私にこうして個人指導を行うのは、自分やエヴァさん等以外に私の事を任せるのが不安であるかららしい。

 口にはしないがそんな雰囲気を学園長からは覚える。

 

 

 さて、取り敢えず今日の講義は終わったけど、一人で家に戻るのは監視対象兼保護対象である私には問題がある。

 そういう事もあり、私はエヴァさんが帰宅する時間までこの校舎で過ごさなければならない。

 ふと腕時計を確認する。時刻は11時半で若干お昼には早い。まあ、何時もならそれでもこのままエヴァさんと合流するのだけど………ふむ。

 私は少し考え込み―――屋上で暇を潰しているであろうエヴァさん達の下へ向かわず、踵を返してある場所へ行き先を転じた。

 

 

 

 程無くして目的の場所の前に辿り着いた。その出入り口であるドアの脇には“3-A”と書かれた掛札が見える。

 そう、私はネギ達が修学旅行で留守だという事から、クラスの面々に顔を合わせる心配が無いその間に、この3-Aの教室を見てみようと思い立ったのだ。

 なんというか、聖地巡礼を行うオタク的な気分と思考のようなものだろうか。

 この身体のキャラではないような気もするが、原作のファンとしては折角の機会を逃したくは無い。

 

 しかしこの時、浮かれ気味だった私はとても重要な事を失念していた。

 原作の展開に下手な干渉を行わない為にも、“彼等と積極的に関わらないで置こう”と考えていたというのに……。

 

 そして意気揚々と教室の扉を開け―――それを目にした。いや……眼が合ったというべきか。

 

「……………」

「……………」

 

 予想外の何者かの存在を見、思わず互いに固まって無言で見詰め合う。

 そんな固まった空気の中、カランカランと音を立てて“彼女”の手から鉛筆がこぼれ落ちた。

 おそらく長年の暇潰しで、得意になった指での鉛筆回しを一人寂しく行っていたんだろう。

 

「……………」

「……………」

 

 ………確かに失念していた私が悪かった。けど、けれど…しかし、それでも何とか誤魔化そうと努力はした。

 顔が引き攣ろうとするのを何とか抑制し、視線も自然に、さも見えていないかのように装ってゆっくりと逸らした……逸らしたのだけど―――

 

「わ、私! 相坂さよって言います!! 見えているんですよねっ!? 私のこと見えているんですよねっ!!?」

 

 と。彼女は足の無い足で脱兎の如く勢いで、瞬きする間も無いほどの一瞬で距離を詰め。教室の入り口に立つ私の目の前でそう叫んだ。

 

「―――――っ」

 

 無視しようかとも思った。

 けれど周囲で…或いは耳元でわーわー叫び、必死に自分の存在をアピールする彼女―――サヨに半分呆れ、半分根負けして私は彼女に応えた。

 

「……うん、見えているわ」

 

 若干げんなりとしながら、そう彼女に告げると、

 

「うう…」

 

 サヨは嗚咽を漏らして「うわーん」と盛大に泣き始めた。

 突然泣き始めた彼女に驚き戸惑ったけど、直ぐにそれが嬉し泣きなのだと私は理解する。

 

 

 

 地味幽霊こと―――相坂 さよ。

 まったく、彼女の事を忘れているなんて何と言う失態だろう。原作ファンとしては致命的ではなかろうか?

 地縛霊である彼女が此処に居るのは当然なのに、何を浮かれて教室に来ているんだか…私は。

 自分の迂闊さに呆れと怒りを覚える。

 けど、こうして知り合ってしまったのだから仕方が無い。今更無碍に放って置くのもどうかと思うので、とりあえず落ち着きを見せたものの、未だに涙で瞳を濡らしている彼女に声を掛ける。

 

「…貴女、大丈夫?」

「ハ、ハイ…すみません。急に泣き出したりして」

 

 滲んだ声を出して私に答えるサヨ。

 

「でも、見えているのが嬉しくて…うれしく……て―――うう」

 

 再び嗚咽を上げて泣き出しそうになる彼女。

 私は、そんな様子のサヨに少し焦って宥める為に続けて声を掛ける。

 

「と、とにかく、嬉しいのは判ったから落ち着いて、泣かないで…」

「うう…す、すみません」

 

 はぁ…泣く子には勝てないって、案外ホントかも知れないわね。

 涙を浮かべるサヨを見てそんな事を思った。

 

 

 

「イ、イリヤちゃんって言うんですね。可愛い名前ですね。…あ、あの良かったら私とお友達になってくれませんか?」

 

 私も名乗り、自己紹介を済ませるとサヨはそんな事を言った。そして期待に瞳を輝かせてジッと私を見詰める。

 正直な所、どう言葉を返すべきか少し悩む。

 ここで彼女と知り合った事といい、今後これが”物語”どのような影響を与えるのか? 問題が無いのか考え―――

 

「うう…」

「―――ハッ!」

 

 気付くと彼女がまた瞳に涙を浮かべていた。

 …ホント泣かれると困るわね。私は苦笑する。

 

「そうね。こうして会ったのも何かの縁かも知れないし、友達になりましょうか」

 

 私は悩むのを止め―――まあ、諦めたとも言うけど、涙を浮かべて不安そうにするサヨにそう告げた。

 

「――――あ、ありがとうございます! 私、嬉しいです!」

 

 私の返事を聞いたサヨは、幽霊とは思えないほどの明るい笑顔を見せ、また違った意味での…不安ではない色の涙を瞳の端から滲ませて、そう嬉しそうに大きな声で応えた。

 

 そして暫くそのまま教室で話し込み。

 

「―――自分の死んだ原因が分からないの?」

「はい、それが全く覚えてなくて」

「でも、こうして地縛霊として括られているって事は、何か大きな未練があるって事よね?」

「う~~ん…どうなんでしょうね~? それも良く分からないんですよね~、何かあったような気はするんですけど」

 

 自分の大事なことの筈なのに全然気にした様子を見せず、可愛らしく首を傾げながらサヨは話す。

 彼女の死んだ理由は、少なくとも私の知る範囲に於いては…原作でも語られていない。残している筈の未練も同様だった。

 確か初期だか、旧設定とかでは、殺人事件に巻き込まれたと何かで見た記憶はあるんだけど……あと、学園長の級友だったとかいう話もあった筈。

 それならあのお爺さんに聞けば、何か判るのかしら?

 そんな原作での謎を考えるも、実はもう一つ気になっている事がある―――というか、私の持つ知識面が盛大に喚いているのだ。

 

 そもそも幽霊とは、一体なんなのか?

 私の(なか)にある知識では、第三要素(せいしん)で構成された思念体だとされている。云わば死んだ人間なんかの残留思念に過ぎないという事であり、死んだ本人の魂が現世に留まって居る訳では無いのだ。

 しかし目の前に居るサヨは、とても未練などのある種の強い感情で動く思念体―――そんな不安定な精神体には見えない。まるで生前の魂がそのままこの世に留まっているようにしか見えない。

 正直、在り得ない事だと思う。

 肉体が死に。何の器にも依代にも移さず、精霊の領域にも至っていない人間の魂が現世に留まるなど。

 そう、それではまるで―――

 

「―――っ」

 

 私は思考を振り払う為に首を横に振った。

 此処は“ネギま!”の世界だ。神秘に異なる法則や常識ぐらいあってもおかしくは無い。

 そう思う事にする。

 でなければ……―――

 

 

 

 そうしてサヨと話してしばらくするとチャイムが校内に鳴り響いた。

 それに気付き、教室の時計を確認すると正午を過ぎていた。

 

「お昼になったわね。それじゃあ、またね。私は―――」

「―――私も行きます!」

 

 サヨの席の隣―――アサクラの席に座っていた私が別れを口にしてそこから立ち上がると、彼女は叫ぶようにして言った。

 

「えっと…サヨ?」

 

 戸惑う私であるが、サヨは気付く様子は無く。尚も一方的に言葉を続ける。

 

「大丈夫です。地縛霊だけど学校の近くまでは動けますから、昼食のお供をするぐらい何でもありません!」

「あ…そう」

 

 私はその有無を言わせない勢いに呑まれて、思わず頷いていた。

 そして学食で同居人達と合流すると、その同居人の一人―――エヴァさんが目を丸くして私の方を見ていた。

 

「何と言うか…レアなイベントを引き当てたというか、惜しくも見逃したらしいな私は…」

 

 そんな感想を口にするからには、やっぱり彼女の目にも私の背後に文字通り()いているサヨの姿が見えているんだろう。

 しかしその隣では、

 

「何を言っているんです、マスター?」

 

 何時もの無表情で不思議そうに首を傾げている茶々丸がいた。その様子を見るに彼女の方には見えていないようだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「驚きました。まさかあの教室にこのような幽霊(ひと)が居たとは……」

 

 周囲に人気が無いテーブルに席を着くと、抑揚の乏しい声で茶々丸が私の方を見詰めながらそう呟いて驚きを示した。

 あの後、エヴァさんが何処からかゼンマイらしきものを取り出し、茶々丸の頭に嵌め込んで一巻きすると、彼女にもサヨの姿が見えるようになった。

 何でも、契約の因果線(レイライン)を使ってエヴァさんの霊感を茶々丸へ同調(リンク)させているのだとか。

 

「うう……嬉しいです。私が見えている人がまだ居たなんて…」

 

 その事実にサヨは再び嬉し泣きをする。

 そんな2人を余所に私とエヴァさんは、取りとめのない会話をする。

 

「しっかし、本当にレアなイベント引き当てたな、お前は…」

「……そうかも知れないわね。まさかこんな真っ昼間から、それも貴女達の教室で幽霊と出会うなんて想像もしてなかったわ」

 

 失念していた事が原因だとはいえ、ホント予想していなかった。

 エヴァさんの言葉を聞いて、サヨと出会った失態とショックがぶり返す。

 

「いや、私としてはよくコイツが見えたな、という感心もあるんだが」

「ああ、なるほど。サヨの話によると、どんな霊媒師にも霊能力者にも姿が見えなかったとか?」

「そうだ。コイツ……相坂 さよは、クラスに在籍する退魔師はおろか、魔眼持ちにすらこの2年以上見えていないという非常に地味な……いや、隠密性の高い幽霊だ」

 

 エヴァさんの指摘に私は、そういえばそうだったわね、と内心で呟く。

 まあ、深く考えても仕方ないけど、イリヤの一族は『第3法』を嘗て持っていた所だし、普通の魔術師も第2要素(たましい)第3要素(せいしん)を扱えない事も無いから見えても不思議ではないと思う。

 そんな事を考えていた所為か、エヴァさんが質問する。

 

「何か思い当たる事でもあるのか?」

「……どうなんだろう? 正直確証が無いから何とも言えないわ」

 

 そう答える。

 それはそうだろう。アインツベルンの知識やその技術の粋を結集したホムンクルス(イリヤ)の身体を持つからといって、サヨが見えていた明確な説明にはならない。ただ見えてもおかしくは無いという程度の話だ。

 エヴァさんも私が何とも言えない表情をしている為か、それ以上尋ねずに「そうか」と短く頷いた。

 

 そうして昼食の時間は、サヨの事をダシにしたお蔭で話題に事欠くことなく過ごせて、昼食を終えると再び私達は別れた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 私はこの女子中等部の校舎で過ごす時、学園長に師事が無い場合は図書室へ赴くことが多い。

 何故なら静かで自習や独学に向いており、休憩時間にも訪れる生徒はそう多くなく、人の目を気にする必要が無いからだ。

 ついでに言えば、時間を潰せる読み物に事欠かないという理由もある。

 当然のようにサヨが付いて来ている事を除けば、今日も何時も通りの自習か読書の時間になる……筈だった。

 というのも、テーブルの上に資料を広げる頃には―――私の話を聞いた所為もあるが―――魔法(オカルト)の実在を知った幽霊(オカルト)が好奇に瞳を煌めかせ、はしゃいで広げた資料に指をさしながら私に次々と質問をぶつけて来るからだ。

 とてもでは無いが勉強にならない。

 一応注意をして見たものの、キラキラと瞳を輝かせる彼女は中々言う事を聞いてくれない。

 実力行使して黙らせても良いんだけど、凡そ60年ぶりに出来た話し相手であり、友人である存在に感情を抑えきれないその気持ちは分からなくなかった。

 なので、私は溜息を吐きながらも仕方ないかと思い。今日は大目に見る事にしてサヨの質問に適当に応じる事にした。

 

「ん…?」

 

 そうしてしばらく過ごすと、視界の隅に生徒らしい少女の姿が入った。

 まだ授業中の筈では…と疑問を抱き、視界の隅から中央へその生徒の姿を収める。

 生徒の姿は2人。片方は本校の物だが、もう片方は本校では見掛けない制服を着ている。両者とも教科書、もしくは参考書らしい本と筆箱とルーズリーフを腕に抱えており、本棚へ視線を巡らせている。

 2人とも体格はやや小柄の方だが、容貌は整っており、可愛らしく美少女と言える。

 一人は、私と同じ本校の制服を着ていて、アスナにも似た栗色の掛かった髪をしており、彼女よりずっと短いもののリボンで結んで同じくツインテールにしている。

 もう一人は、十字のマークが入った学帽を被り、ブレザーではなくセーラータイプの制服を着ている。長く伸ばした黒髪を二つに分けて短く編んでおさげにしているのがチャーミングだが、顔に掛けた淵の大きいメガネが若干野暮ったい印象を与えている。

 その姿と髪型に、原作でも覚えがある気がして気に掛かって見ていると、2人の方からメイやらメグミやらと声が聞こえ―――誰か思い当たり、

 

「あ…」

 

 思わず声を零した。

 するとその声が聞こえたんだろう。2人がこちらに振り返り…私と視線が合った。

 眼が合った私と2人は、互いに何となしに軽く頭を下げて挨拶らしきものを交わしたが、その後は言葉も交わす事は無く。私は自習という名のサヨの相手に。彼女達は本棚の物色に戻った。

 私はそう思ったのだけど、

 

「あの、イリヤスフィールさんだよね」

 

 数分後、ツインテールの少女にそう声を掛けられた。

 声を掛けられた事に一瞬戸惑うも、私は頷いて「ええ」と答える。すると彼女は、にっこりと少女らしい笑顔を浮かべて自己紹介してきた。

 

「私は此処の2年の佐倉 愛衣(めい)。隣に居るのは…」

「麻帆良芸大付属中学の2年生の夏目 (めぐみ)よ」

 

 眼鏡を掛けた少女も笑顔を浮かべて自己紹介する。

 その2人の自己紹介を受けて、私はやっぱりと内心で呟く。

 この子達は原作でタカネと一緒に出ていた脇役の二人だ。ただメイの方は比較的登場比率が高い事もあって覚えているのだけど、メグミの方は余り記憶に無い。

 たしか学園祭編の時しか出ていなかったような…?

 そんなこと思いつつ声を掛けられた理由が判らず、微かに首を傾げていると彼女達は「相席良い?」と聞いて来たので、それに私が頷くと2人は対面に席を着いた。

 

「何か御用でしょうか?」

 

 一応外見上では相手の方が年上という事もあり、敬語を使って私は尋ねた。

 それにメイが答える。

 

「うん、……と言っても大した用じゃないんだけど。最初に言って置くけど、イリヤスフィールさん―――」

「イリヤと気軽に呼んで下さっても構いません」

「そう? じゃあイリヤちゃんはもう気が付いているかも知れないけど、私と萌は“アッチの関係者”なんだ」

 

 メイは自分が魔法協会所属だといきなり告げて来た。

 

「ええ、何と無くですが、見た時にそういった感じがありましたから、そうだと思っていました」

 

 メイに首肯しながら私はそう答えた。

 まあ、実際は原作で容姿に覚えがあったから気が付いたんだけど……にしても、わざわざ魔法関係者と名乗って私に話しかけるなんて、本当に何の用なのだろうか……?

 

「ごめんね。いきなり話し掛けられて戸惑っていると思うけど、ちょっと話をして見たかったから」

 

 メグミが私の思考を読んだかのように少し申し訳なさそうに言う。

 それでも戸惑いが抜けなかった私だったけど、話を続けて行く内にどうやらメグミの言う通り、彼女達は本当に私と“ちょっと話をして見たかった”だけだったようだ。

 要するに、あちらの関係者として職場に来た新しい同僚と交流を―――と言うよりも、彼女達の感覚で例えるなら、クラスに来た転校生に物珍しさを覚えて声を掛けて見た、といった感じだろうか?

 

「じゃあ、記憶喪失って話は本当なんだ」

「ええ、知識の方は一応あるんだけど、欠落しているというか曖昧な部分も多くて…」

「だからこうして勉強しているんだ」

「大変そうだね」

「ふふ、ありがとう。でもそれほど大変というほどじゃないわ。少なくとも勉強の方は楽しく感じているし、生活の方も学園長が確りと保証してくれているから苦労も無いしね」

 

 意外にも私達の会話は弾んでいた。

 正直、今時の子とのガールズトークなんて良く分からない。けれど私自身もそうなんだけど、彼女達もこの会話を楽しく感じているようだ。

 私への印象も良いらしく。口調も敬語から普段のものを許してくれている。

 会話の中で、彼女達が図書室へ来た理由も分かった。

 メイの方は授業が急遽自習になったそうで、真面目な彼女は折角なので参考書が多くある此処を利用しようと思ったらしい。

 メグミは、あっち方面の関係で学園長が居るこの校舎に用があったのだが、思ったよりも早くそれが済んだ為。空いた時間を使ってこちらの図書室で自習しようとした所、友人であるメイと偶然居合わせたそうだ。

 そしてそこで声を上げた私に気付き、話をして見ようと2人は思い立ち―――こうして今に至った訳である。

 

「仕事を回されるなんて危険じゃないの?」

 

 周囲に私達以外に誰も居ない所為か、次第に話が本格的にあちらの方へシフトして行き―――私のした質問にメイが僅かに首を傾げながら答える。

 

「うーん……危険か、危険じゃないかって言われたら確かに危険なんだと思うけど、修行の一環でもあるし―――」

「でも見習いの私達じゃあ、それほど危ないのは任されないよ。例えそんな任務をするにしても、任されるっていうよりは見学に近い感じだよね」

 

 メグミがメイに続いて言う。

 

「うん、基本的にガンドルフィーニさんや葛葉(くずのは)先生とか、ベテランの人達に同行して場合によっては、補佐をする…ってだけだもんね」

 

 メグミが何処となくホッとした感じで言ったのに対して、メイの口調には若干不満の色があった。眉根も少し依っている。

 

「なるほど、見習いの子供達には無暗に危険を犯させないよう、一応は徹底してる訳か…」

 

 2人の話に私は顎に手を当てて考え込むように呟いた。

 当然と言えば当然なのだろう。どうも原作の影響か、それとも二次作の影響なのか? 目の前に居るこの子達が危険な任務に身を置いているように思っていたけど、実際は違うらしい。

 考えてみれば、さっきも言ったように当たり前の話だ。

 どこの企業が社会勉強の為、体験入社した若者や学生に社員と全く同じ仕事を任せるだろうか? 私がさっきまで抱いていた考えは、そう言っているようなものだ。

 ……となると、ネギが今任されている修学旅行の件もそう捉えて良いという事なんだろうか? そういえば、原作でエヴァさんが事件を集束させた時に何かそれらしい事を言っていたような?

 そう考え込みそうになった私にメイが不満そうな声を出した。

 

「イリヤちゃんも子供なのに、それも年下なのに、そういうこと言っちゃうかなぁ…」

 

 むぅ…と、少し頬を膨らませて私を半眼で見る彼女。

 

「あ…ゴメン、メイ。そんな積もりは無かったんだけど、確かに気を悪くさせるわね」

 

 ついでに言えば、さっきの呟きは聞かせる積もりでも無かったんだけど…と内心で思う。

 メイは私の謝意の言葉に「うん、した」と冗談っぽく答えていた。けどその隣でクスクスとメグミが笑って、

 

「なんだか、どっちが年上何だか判らないわね」

 

 そう言い。「うう…めぐみさんまで、ひどい」とメイがこれまたふざけた口調で言ってクスクス笑ったので、釣られて私も自然と顔に笑みが浮かんだ。

 そうして魔法関係の話を交えながら談笑をするも私は、

 

 ―――純粋な魔法学だけでなく、魔法が関わる常識や法律などの社会も深く学ぶ必要があるわね。

 

 彼女達との会話を顧みて、そう心にメモを付けていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あ、萌君も此処に居たのか、丁度良かった」

「え、明石教授!?」

 

 3人で話をしていると、突然男性の声が私達に掛けられた。

 声の方へ視線を向けると、眼鏡を掛けた一人の男性が私達の方へ歩いて来た。

 メグミに教授と呼ばれていたが、その人物は外見的には良く言って駆け出し学者か、どこにでも居るサラリーマンにしか見えない青年男性だった。

 けれど、彼が“あの明石教授”であるなら、間違いなく麻帆良大に勤める教授であり、関東魔法協会に所属する“魔法先生”の一人であり―――ついでに言えば、青年にしか見えない若作りな風貌もそう見えるだけであって、実際は40を越えた子持ち…というか、年頃の娘を持つ中年である筈だ。

 

「…………」

「教授?…どうしたんです。黙り込んで?」

「いや、何だか余計な事を言われた気がして」

 

 用がある様子だったのに、何故か一向に口を開かないアカシ教授にメグミが首を傾げ。教授は良く分からない返答をした。

 

「まあ、いいか。えっと…イリヤ君だったね。僕は麻帆良大に勤める講師なんだけど、これでも“あちら”の関係者でね。これを…」

 

 気を取り直した彼が私に視線を向けて、ファインダーされた書類と幾つかの本を渡して来る。

 

「これは?」

「学園長から預かったんだ。『イリヤ君にとって色々と参考になるだろうから、見掛けたら渡して置いて欲しい。多分、図書室に居るだろうから』…ってね」

 

 教授の言葉を聞いて私は「ふむ?」と多少怪訝に思いながらも、本の表紙と書類の中身をサッと簡単に目を通した。

 そして、なるほど、と納得して頷く。

 渡された書類と本は、魔法具とその素材や材料を種類や系統別に分けてここ近年の相場とその動向を記した物の他、販売・流通のルールといった法関連の書籍や、あちらの製造業に必要な関連免許の取得教材であった。

 これを見るに学園長は保留した割には、私の魔道具や礼装の製作に関して前向きに検討しているらしい事が窺えた。

 

「わざわざ届けて頂き、ありがとうございます」

 

 一通り確認を終えた私は、頭を下げて教授にお礼を言った。

 

「いや、どういたしまして……と、それで萌君」

「あ、はい。なんでしょうか?」

「さっきの件で少し―――」

 

 教授は、私のお礼に応えるとメグミを呼び…徐々に話しながら私達から離れて行った。

 おそらく私達には、あまり聞かせたくない用件なんだろう。

 メグミが教授と話している間、私は渡された本と書類に関してメイから色々と質問や追及を受けたのだけど、秘密や内緒との言葉で誤魔化して話題を逸らしていた。

 

 それから数分後、教授とメグミが話し終わるのと前後してチャイムが鳴り、メイとメグミは、

 

「じゃあね、イリヤちゃん」

「またね」

 

 と。私に別れの挨拶をして図書室を後にした。

 私も手を振って2人を見送ったのだけど……で、さて―――

 

「どうしたものかしら…ね」

 

 「ううう…」と、一人放置され。寂しげに床にのの字を書いて涙を流す地味幽霊(サヨ)の姿を見ながら、私はどう慰めるべきか思考を巡らせた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 何とか意気消沈するサヨを慰めて、再び彼女の質問タイムに突入したのも束の間。放課後のチャイムが鳴り響き、私はエヴァさんと茶々丸と共に帰宅する事になった。

 

「イリヤちゃん、茶々丸さん、エヴァンジェリンさん、また…また明日会いましょうね~~」

 

 そう“また明日”という部分を念押すように強調し、私達にしか聞こえない思念(こえ)を大きく出して、手を振るサヨの姿に背を向けて帰路に着く。

 肩越しに振り返って見るそんなサヨに、私は軽く手を振って応えながらも苦笑し。

 エヴァさんは、やれやれといった感じで肩を竦めて振り返る事も無く、足を前に進めていた。

 茶々丸は、私と同じく軽く手を振っているものの、その表情は何時もと変わらず感情が見えないものだった。

 

 帰り道、アカシ教授経由で学園長から渡された物にエヴァさんは興味を示し、幾つか本と書類を広げて意見を交換しながら歩いた。

 さらに途中、夕飯の買い物なども行い。日課と成っている猫達の世話をする為に帰路の最中にある教会前の広場に寄る。

 

「…私に擦り寄っても良い事など無いぞ。エサをやるのはアイツらなんだからな」

 

 私達の気配に気づいた猫達が姿を見せ、足元に甘えるかのように擦り寄って来る。

 エヴァさんは、そんな猫に邪険な言葉を向けるものの、その言葉とは裏腹にその場に屈んで優しく猫の頭を撫で始める。そうして見ると彼女は、まるで何処にでもいる無邪気な少女のようだ。

 私の知る限り、エヴァさんは何時もここではそんな感じだった。如何にも「仕方なく付き合っているんだ」と言いたそうな、或いは寄ってくる猫に鬱陶しそうな表情を作っているのに決して邪険にはせず、自分の傍から追っ払ったりしない。

 猫達もそんなエヴァさんに懐いている……が、

 

「はい、今あげますから…」

 

 茶々丸が買い物袋から猫缶を取り出す為に、ガサガサと音を立てると猫達が一斉に彼女の下へ集まり、にゃあ、みゃあと強請るように鳴き始める。

 当然、エヴァさんの傍にいた猫も離れる訳で、

 

「……現金な奴らめ」

 

 と。不満そうに齢600年を生きる少女は呟き、裏切り者を見るかのような眼で猫達を睨んでいた。

 ちなみにそんな視線は私にも向けられる…というのも―――

 

「はいはい、今あげるから少しは落ち着きなさい」

 

 みゃあ、みゃあと鳴き、まだ中身が入っていないのにエサ皿に顔を突っ込もうとする猫達を宥め―――私も茶々丸と同様にエサをやっているのでエヴァさんよりも懐かれているからだ。

 

「…チッ」

 

 背後から舌打ちが聞こえたけど、何時もの事なので私は気にしない事にして、エサ皿に入った中身に食い付く猫達の頭に手を伸ばしていた。

 エヴァさんもこちらに来れば良いんだけど、彼女的には自分の方から猫達に近寄るのは、らしくないと思っているっぽい。

 ただそれを指摘するのも勇気がいるので私は黙っているけど。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 猫達に別れを告げて帰宅すると、手洗いと着替えを終えるなり、私は直ぐに茶々丸と一緒に夕食の準備へ取り掛かる。

 エヴァさんは、何時もなら早々地下へと降りるのだけど、昨日に続いて今日も二階の自室で過ごすようだった。多分、呼び掛けるまで下りて来る事は無いだろう。

 

 夕食は和食―――懐石料理だった。

 どうも茶々丸が気を利かせたと言うべきか、何時も以上に凝っていて料亭などで出されても可笑しくない程の出来だった。未だ手伝いの域を出ない私ではかなり苦労した。今回ほど調理に気を使ったことは無いと思う。

 何故そうなったのかは、私は勿論、エヴァさんも口には出さなかったけど……修学旅行に行けない主人を思って彼女が行動したのは明白だった。

 ただ茶々丸もそれを口には出さなかったのだけど、

 

 ―――ありがとう、な。

 

 と。食事中にエヴァさんがそんな感謝の言葉を告げたのを私は聞き逃さなかった。

 

 

 そんな豪華な夕食とその後片付けを終えると、私はエヴァさんの後にお風呂を頂いて眠る事になった。

 普段ならば魔術の鍛錬を行なってからお風呂に入る所なんだけど、今日は早く入って早く寝る事にした。

 

 

 ただ少し、ネギ達は今頃どうしているかは気になったけれど……心配は要らない筈―――そうして今日という日を終えた。

 




この回は、イリヤが麻帆良でどんな一日を過ごしているかの“流れ”を書いていました。
その過程でイリヤが…ささらにとっても思わぬ行動を取ってしまい、さよが逸早く登場する事となったという、書いていて中々に印象深い回でした。


取り敢えず、本当に平穏だった日々はこれで終わりを告げ……いよいよ次回から物語の幕が開きます。

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