麻帆良に現れた聖杯の少女の物語   作:蒼猫 ささら

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この回から三人称になります。


第4話――運命と出合う 前編

 

 それは、ネギが修学旅行で京都へ赴いてから3日目の夜だった。

 

 

 パチッ、パチッと規則正しいようで正しくない。何か硬い物を打つ音のみが静寂に近い部屋の中で響いている。

 時間を経るごとにその音が鳴る間は開くようになり、やがて、

 

 ――バチィッ。

 

 と、一際大きい音が鳴った。

 

「ぬむ…? ま…」

「待ったは無しだ」

 

 音を鳴らしていた2人。碁石を打ち、碁盤を挟んで向き合っていた両者が言う。

 一人は古の仙人かという風貌の老人。一人は砂金の如き金髪を頭に飾る西洋人の幼い少女。

 2人のその外見とは裏腹に、盤上の石の並びは少女が優勢で老人が劣勢である事を表している。

 

「何じゃ、ケチじゃのう…年上のくせに」

 

 少女に対して奇妙な事を呟く老人――麻帆良学園・学園長及び関東魔法協会理事である近衛 近右衛門。

 しかしそれもその筈で彼の前に座り、碁打の相手をしているのは最強種とも呼ばれる真祖の吸血鬼。600年以上の時を生き、裏社会とその歴史の中で様々な伝説を残す“不死の魔法使い”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルそのヒトなのだ。

 尤も現在は、十数年前にある魔法使いに敗北してチカラの大半を封じられ、この麻帆良の地に縛られているという本人にとっては不本意且つ屈辱的な状態であったりするのだが。

 手加減無しに碁を打つ、そんな年上などという範囲に収まらない相手にブツブツと文句と愚痴を零す近右衛門。

 しかし彼がそう言いたくなるのも無理は無い。人の寿命を遥かに凌駕する生を持つエヴェのその打つ碁……その一手と棋力は、既に人の域を超えているのかも知れないのだから。某神の一手を志した幽霊が知ればさぞかし彼女を羨むことだろう。いや、全ての棋士が羨むかも知れない。

 不平を口にしながら次の一手を思索する右衛門の懐から、トルルルゥと携帯電話の着信音が鳴り響く。

 

「もしもし、わしじゃが」

 

 思考を碁盤から離し、彼はすぐさま携帯電話に応対する。

 

「おお、なんじゃネギ君か!」

 

 電話の相手は、京都へ使者として送ったネギ・スプリングフィールドであった。

 

「ほう、親書を渡したか。いやいや、そりゃ御苦労、御苦労!」

 

 癖なのか? フォフォフォといつものバルタン笑いで応じて彼の任務達成を労う近右衛門。だが直後、

 

「何? なんじゃと!? 西の本山で……!?」

 

 笑いが止まり、只ならぬ雰囲気で話し始める。

 彼が耳にしたのは、関西呪術協会の中枢――西の本山での異変。

 ネギの話を纏めると。

 無事に任務を果たして安心したのも束の間。何時の間にやら気付けば本山に居た者は皆、高位魔法によって石と化しており、偶々訪れていたネギの生徒である少女達も巻き込まれた。

 しかし幸いにも、近右衛門の孫である近衛 木乃香と護衛の桜咲 刹那。それと親友――いや、とある本人すら知らない事情により、極一部の人間から学園でも最重要人物とされている神楽坂 明日菜の無事は確認できたとの事だった。

 一瞬……いや、数瞬の時間、安堵する近右衛門であったが、

 

「何と!! 西の長までが!!?」

 

 西の長の石化――これを聞いて近右衛門は背筋に直接氷水を注ぎ込まれたような錯覚を覚えた。

 

「それは一大事じゃぞ」

 

 それを知り、よくもこう直ぐに言葉を続けられたものだ、と近右衛門は自身に奇妙な感心を抱いてしまう。

 西の長――近衛 詠春。無敵と誉れ高いサウザンドマスターの盟友の一人にして、名高き“紅き翼(アラルブラ)”の一員。20年前の大戦を終結に導き、世界を救った英雄と称えられる一人。

 そんな確固たる伝説と実績に裏付けられ、世界最強クラスの実力者であるその彼が不意を受けたとは言え敗北したという事実は、老獪な近右衛門にしても心胆を震えさせるに足る物だ。

 全身から冷や汗が滴り始めたのを感じつつ、電話口から救援を求めるネギの言葉が耳に入る。

 

「助っ人か……しかしのう、タカミチは今海外じゃし……」

 

 冷や汗を流し、内心での焦燥感と苦々しい思いを抑えながらネギに返事をする近右衛門。

 もし本当に最強クラスの敵がいるのならば、現地や今学園にいる人材では対抗は難しい。そして対抗できそうな人物は口にした通り今出払っている。ならば自分が赴くべきかとも…つい考えてしまうが、出来るのであれば悩む事はない。

 近右衛門は、この麻帆良の統括者であると同時に有事の際……いや、“万一の事”が起きた時の“最後の砦”なのだ。そして事実として今現在、安全な筈の西の本山が襲撃を受けており、これと連動して西同様に安全である筈の麻帆良(この地)も何者かに襲われる可能性がある。故に近右衛門は此処から離れることは出来ない。

 安全な任務と高を括り、ネギに経験を積ませる良い機会だと考えて安易に送り出した自分を悔やんでしまう。

 だが、悔やんでばかりいても状況は変わらない。当然、近右衛門はそれぐらいの事は承知している。思考を巡らせて打開策を模索しつつ、ともかく今最善だと思われることを電話に告げる。

 

「今すぐ、そこへ急行出来る人材は……」

 

 ……いないので、とにかく自己の安全を優先して何とか本山から離れて身を隠すように、という難題を伝えようとし――

 

「ほ!」

「ん?」

 

 自分の向かいに座る彼女の存在に今更ながら気付いた。

 その彼女――エヴァンジェリンは、事態を打開する光明を見出した近右衛門の顔を見るなり、「何だジジイ、マヌケヅラして」と憮然に言い放っていたが。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 エヴァと共に学園長室にお邪魔していたイリヤは、読んでいた本から視線を外して予想通り……いや、自分の知る知識の通りに目の前で起きたその遣り取りを黙って静観していた。

 そして、友人であるネギが危機に直面しているというのに彼女は何故か平静であり、内心で安堵していた。何故なら、

 

 ――原作通りの展開……ならネギ達は無事という事ね。

 

 自身の知識通りという事なら、逆に彼らが京都での此処までの戦い――天ヶ崎 千草との対峙や犬上 小太郎の強襲などを無事に乗り越えられたという事を示しているからだ。

 勿論、本当にそれが在ったかは学園にいるイリヤには分からない。だがそれは“起きた筈”であり、ネギ達の無事も“確定した事象”なのだ。だからこそイリヤは思い込み安堵する……してしまう。

 内心での思いを表面に出さないイリヤの前で近右衛門がエヴァに西の本山で起きた事態を説明し、思いついた妙案を彼女に伝えていた。

 

「――で、私は学園から出られ、坊や達を助けに行ける訳だ」

「そうじゃ、あのナギの掛けた呪いじゃから、言うほど簡単に行くとも思えんが――と。時間が惜しい、早速取り掛からねば」

 

 にんまりと笑うエヴァを尻目に準備に立ち上がる近右衛門。そこで視線を室内で沈黙していたイリヤと茶々丸に向け、

 

「悪いが2人にも手伝って欲しいのじゃが?」

「ええ、いいわよ」

「私も……構いません」

 

 頼む近右衛門に断る理由も無いので即答するイリヤと、了承の頷きを示す主の姿を認めて応じる茶々丸。

 それを確認した近右衛門は、感謝するぞい、と言いながら再び携帯電話を取り出して何処かに連絡を入れる。

 

 電話を切ってから15分程した頃だろう。学園長室の扉がノックされた。

 

「お待たせしました」

 

 入室を許可されて扉を開けたのは、両腕から大きな鞄を下げる眼鏡を掛けた一見青年に見える40代の中年男性だった。

 イリヤはその男性を原作は当然として、この世界でもつい先日会っている。

 

「夜分遅くにすまんな、明石君」

 

 近右衛門は、先ず男性を呼び付けた事を謝った。

 男性は、麻帆良大学で教鞭を執る明石教授だ。ネギが受け持つ3-Aの生徒である明石 裕奈の実の父親でもある。イリヤは彼とは、同じく先日に友人となった魔法生徒である佐倉 愛衣と夏目 萌を通じて少しだけ親しくなっていた。

 その為という訳ではないだろうが、明石教授はこの場にいるイリヤへ一瞬視線を向けてから学園長……いや、関東魔法協会の理事である近右衛門と向き合った。

 

「いえ、それより西の本山が襲撃されたとは……一体何があったのです?」

「……残念ながら先程、電話で伝えた以上の事は不明じゃ。しかし状況を鑑みるに事態の推移しだいではこの麻帆良を含め、東全域……いや、日本全体に何かしらの影響を与える可能性は決して低くはなかろう。――で、明石君…」

 

 近右衛門が言葉を切り、明石に発言を促がす。

 

「はい。指示通り、国内に在る協会各方面部には連絡を入れました。当学園も警戒レベルを2段階引き上げ、現在職員が対応に当たっております。西に関しても葛葉さんを始め、此方にある伝手を使って本山の異常を伝えました。予測では明朝までには応援が駆けつけるとの事です」

 

 明瞭に答えて行く明石に一つ一つ首肯する近右衛門。

 敵の目的が不明な現段階で騒ぎ立てるのは、迂闊且つ取り越し苦労かも知れないが、備えを怠り防げる筈の被害を出してしまう方が問題であり、尚且つ愚かだろう。

 況してや既に見通しを誤り、ネギや生徒を危険に晒している上、後手を取らざるを得ないのだ。そこでこれ以上失態を重ねれば致命的な事態を招きかねなかった。

 

「――わかった。引き続き対応に当たって欲しい。それで頼んだ物は?」

「……はい、急でしたが何とか全て用意出来ました。……これで宜しいですか?」

 

 明石は、数瞬思案するように僅かな間を置いてから了解し、学園長室に呼び出された本題であろう両方の腕から下げた2つの大きな鞄を室内の中心にあるテーブルに置いて、その中身を見せる。

 鞄の中は、怪しげな液体の入った瓶やら、宝石っぽい鉱物やら、洋紙皮のような古めかしい紙束に本やらと、魔法関係の道具と資料がギッシリと詰まっていた。鞄の見た目以上に詰まっている事からおそらく容量の他、持ち運ぶ事を考えると重量も魔法で弄っているのだろう。或いはこの鞄自体が魔法具であるのか。

 中身を確認した近右衛門は、うむ、と頷き、御苦労と労ってから明石を退室させた。

 

「では……取りかかるとするか」

 

 そう言ってイリヤと茶々丸の2人に近右衛門は指示を出し始める。

 といっても二人のやる事はそう多くない。魔法陣を描くスペースを確保する為の簡単な片付けと、幾つかの液体と鉱物の混合とそれを用いた魔法陣の作成ぐらいだ。

 それでも2人が作業する時間を本来それを行なう筈の近右衛門が資料を当たり、解呪式を構築する為に利用できるのだから時間勝負の現状では、多くなくとも重要な作業といえる。

 

 小一時間程して作業は終わった。イリヤも伊達でこの世界の魔法知識を頭に叩き込んでいた訳ではなかった。逆に言えばこれまで学んでいなければ、もっと苦労して時間も掛かっていただろう。

 しかし肝心の近右衛門は、未だに解呪式の構築にすら手を掛けていなかった。

 30冊近い分厚い魔法書を広げては置き、また新たに広げては置く。それを繰り返してうんうんと唸っている。

 それを見ていたエヴァは痺れを切らしたのか、先ほどの機嫌の良さは何処かへ吹き飛び、それを苛立たしげに見ている。恐らく期待の大きかった分、早々に手間取っているという実情に納得し難いものを感じているのだろう。

 それでも文句を言わないのは、意味が無い事を理解しているからだ。

 彼女はチッと小さく舌を打ち、唸る近右衛門から顔を背けると、視界に自分の傍に転がっていた水晶玉が入った。

 

「ふむ……よし!」

 

 彼女は一瞬考え込むと何かを思い付いたらしく、その水晶玉を手に取った。

 作業が終わり、状況を座視していたイリヤはそんなエヴァの様子に気が付く。

 

「エヴァさん、何を?」

「ん……単なる暇つぶしだ。まあ、見てろ」

 

 怪訝な表情を向けるイリヤに、おざなりな感じでエヴァは応じ、適当に積み上げられた本を即席の台にして水晶玉を置き、それに手を翳して呪文詠唱を始める。

 詠唱を耳にし、イリヤはエヴァが何をするのか理解する。

 

「……遠見の魔法」

「――ああ。昔、(みやこ)……いや、京都には何度か足を運んだ事が有るからな。今は夜だし、この最弱状態の私の魔力でも一度行った事のある場所……この島国程度の範囲なら覗き見る事ぐらいは出来るさ」

 

 勿論、防諜系の結界さえ張られていなければな、と付け加えるもエヴァは自慢げにそう語った。

 イリヤは口に出さないものの驚き、今更ながらにエヴァの実力に感心する。

 簡単そうにエヴァは言ったが、イリヤの知る限り『遠見の魔法』で日本全域ほどの広さをカバーするのは、専用魔法具か、相応の高度な術式と魔力を必要とする筈なのだ。それを大した魔力を使わず一応魔法具とはいえ、適当に転がっていた水晶玉で可能だと言うのはとんでもない話だ。

 

 ――故に最強の魔法使い…真祖の吸血鬼……か。

 

 イリヤは内心で感嘆を込めて呟く。

 600年の永い生で得た知識から編み出した独自の優れた術式と同じく培った経験から基づく魔力の運用効率。その双方があって可能な事なのだろう。恐らくは同様に“無敵・最強”と言われるサウザウンド・マスターすら、そういった面での地力は遥かに及ばない筈だ。

 ただ、近右衛門は一瞬、何か言いたげに視線を向けていたのだが結局黙ったまま書物へと戻していた。後にイリヤも知る事であるが、原則的に西の管轄には“遠見”をはじめ、一部の探査系魔法の使用が禁じられているのだ。

 近右衛門が視線を向けていたのはその為だったのだが、恐らく言っても無駄だと悟ったか、もしくは彼自身も状況を知りたいが故に黙認したかのどちらかだろう。

 

 そんな事情を知らないイリヤがエヴァの技量にひたすら感心する間に、術は機能し水晶玉の内部に淡い光が灯り、何処かの風景を映し出す。

 先ず映ったのは、京都を上空から俯瞰した光景だ。夜間という事もあり、暗くもあったが都市部には夜空の如く人工の星々が輝いている。

 その光景は、徐々に地上へと迫り――いや、拡大して美しい夜景を演出する地上の星々を置いて都市郊外の近く……月明かり以外は、ほぼ暗闇が支配する森へと移った。

 

「さて、坊や達は無事かな?」

 

 エヴァは楽しみと期待の感情に加え、微量の心配を混合した声を零し、薄っすらと笑みを浮かべて水晶玉を見詰める。

 言葉と共に映ったのは明日菜と刹那。それに褐色長身の女性…いや、少女の龍宮 真名。金髪チャイナ服の少女の古 菲。この2人もネギの生徒で3-Aの一員である。

 しかし異様なのは、その少女達が鬼やらの人外と背中合わせでいる事だ。イリヤはその光景に息を呑む。

 

 ――そう、それはありえない事。

 

 本来なら鬼達は彼女と対峙し敵対する筈だった。なら何故、鬼と共闘するかのように背中合わせなのか? イリヤは脳に何か重い流動物でも詰め込まれたような嫌な感覚に陥る。

 

 ――ありえない。

 

 しかしエヴァはその光景に疑問を抱かない。当然のことだ。()()を知るのはこの世界でイリヤだけなのだから。だから呟いた、半ば呆然と――

 

「――そんな」

 

 その声を傍で聞いたエヴァが水晶玉から視線を外して、怪訝そうに振り返る。

 彼女のアイスブルーの瞳に映ったのは顔面が蒼白でありながら無表情に近く、だからこそ酷く動揺している事がわかるイリヤの姿だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その始まりは、一つの悲鳴からだった。

 

 木乃香が敵の手に落ち。限られた状況の中から刹那達は最善と思われる策を選び、実行に移した。

 ネギが人外の群れに向かい上位魔法――名前の如く嵐と化した雷を放って飛び去った十数分後……世にも悍ましいその悲鳴が刹那と明日菜、そして彼女らを囲む人外達の鼓膜を震わせた。

 同時に覚えたのは、背筋を震わせる悪寒と得体の知れない不吉な感覚だった。

 奮戦し意気揚々としていた刹那と明日菜は、敵中にありながらも凍りついた様に動きを止め。

 少女2人の意外な奮戦に驚嘆…或いは感心していた人外達もまた石像の如く固まった。

 その時――ほんの数瞬だけ、時が停止したかのように双方の動きが無くなり、この場にある全ての眼が悲鳴を発せられた場所へと向かう。

 

 しかし、刹那と明日菜には“ソレ”を見る事は叶わなかった。何しろ無数の人外どもが分厚い壁となり、視界を塞いでいたのだから。

 数瞬の静寂の後、再び悍ましい悲鳴が辺りを満たす。しかし今度は一度だけでは無い……重なるように幾度も続き、やがて悲鳴に混じって怒号が轟くようになり、

 

『ウフ…ウフフ……うふふ…卯腑…卯ふフ…うう腑腑う…■■■フフ腑ふフふ■■■■卯腑フふ■■■■■■■■■■ふふふうふ■■■』

 

 聞くに堪えない狂った音程を持つ不気味な哄笑が、四方全てからこの場に圧しかかって来た。

 

『■■■■■■■■■■■■――』

 

 今まで2人に敵意を向けていた筈の人外どもがその哄笑を聞くなり、一際大きい怒号を上げて別の何か――視界の遮られた向こうに居るナニカに敵意を超えた殺意を向ける。

 突然の異常と事態の急変に刹那と明日菜は、何が起きたのか直ぐには理解できなかった。

 ただ感じる悪寒と不吉さに……本能あるいは第六感ともいうべき勘が警鐘を鳴らして自然と2人に武器を構えさせ、視界の遮られた先へと意識が向かう。

 そして、人外の群れが押し返される様に大きく退き、その中で“ソレ”とナニカを見た。

 

「何、あれ…?」

 

 明日菜は、恐れと震えの混じった声を漏らした。

 ナニカは、烏賊にも蛸にも似て異なるヒトデのような等身大の不気味で奇怪な生物だった。

 生物はほぼ全体が毒々しい紫色で、その表面には黒い斑じみた紋様と滑りを帯びており、深海生物をも上回る生理的嫌悪を誘うグロテクスな外見を有していた。

 その上部に見える基部というべき中心には、細かく鋭い歯が無数に並ぶ巨大な口腔があり、そこから伸びる触手には棘が所狭しと生え、その裏には蛸と烏賊と同様の吸盤が見える。

 

 ――っああああぁぁあぁぁーー!!!

 

 触手に捕まった一体の鬼が恐怖から絶叫を上げ、必死に逃れようと足掻くも吸盤の着いた触手は一向に離れず、捕獲した獲物を締め上げる。そして人すら丸呑みできそうな基部に在る巨大な口腔へと運ばれ、

 

 ――ひぃぎ…がぁっ…ぁあああああーーー!!??!?!

 

 “ソレ”を見る事となる。

 明日菜と刹那はソレの余りの光景に思わず顔を背ける。しかし視界からは消えたものの、聞くに堪えない断末魔と、断末魔を上げる者を咀嚼する音だけは耳に入る。

 グチャグチャ、クチャクチャと肉を裂いて磨り潰す粘着質な音と、ボリボリ、ゴリゴリと骨を噛み砕く無機的な音。

 生々しさが強過ぎて逆にB級ホラー映画でも見ているんじゃないかと、明日菜は奇妙なほど現実味を欠いた錯覚に一瞬陥った。

 

 ――が、正に一瞬の事だった。

 

「明日菜さん!!」

「…!」

 

 刹那が叫び、明日菜は視界に迫る件の生物――怪異の姿に気付き、咄嗟にハリセンを構え…同時に銀光が奔った。

 

 ――ギイィイイイ…!!

 

 切り裂かれ血飛沫を撒き、金切り音にも似た奇怪な断末魔を上げて怪異が倒れる。

 いつ間にか野太刀を構えた刹那が明日菜の前に立っていた。

 

「あ…刹那さん、あ、ありがとう」

「いえ、お礼は後です!」

 

 未だ何処か、放心状態から抜け切れていない明日菜に背を向けて叱咤するように言う刹那。

 それにハッとし、明日菜は漸く現状を認識する。

 

「!……そうね、ゴメン。もう大丈夫よ」

「はい!」

 

 首肯するも、刹那は自分の不器用な叱咤のしかたに少し反省を抱く。

 だが明日菜に叱咤したように今は感傷に浸っている場合ではない。周囲は既に人外と怪異が入り乱れて混戦状態と成っているのだ。

 気を抜いて隙を見せれば巻き添えを受ける事となる。下手をすれば最悪、先ほどの鬼――いや、今も近くで餌食になっている人外どもと同じ末路を辿りかねない。

 周囲の所々から上がる悲鳴や断末魔を耳にして刹那は思う。

 

(そんな最後を迎えるなど……御免だ! 明日菜さんにも絶対迎えさせはしない!!)

 

 そう自身に活を入れ、決意を固める。

 しかし一方で疑問もある。

 

「この気味の悪い生き物は一体なんなの? あの猿女の呼んだ化物…をっ!! くっ!…このっ!! ――はぁ…化物を襲っているけど、これもゴキとかいうのと同じなの?」

 

 明日菜が迫る怪異を手にする金属質のハリセン――ハマノツルギでいなしながらも、背中を預ける即席の相棒に尋ねる。

 そう、それが刹那も抱く当然の疑問だ。

 

「っ…! セイッ!――分かりません。見たことの無い怪物としか。式神では無い事は確実です……が、どちらにしろ私達の敵であることは変わりません」

「――ッ! そうかも知れないけど…わっ!?」

 

 背中合わせで戦いつつ分からないなりに刹那は明日菜に答えるも、素人である彼女や自分の為にも目の前の事に集中できる様、余分な考えを捨てる為に分かりきった結論を敢えて告げ――怪異の接近を捌き切れなかった彼女を直ぐさまフォローする。

 背中の相棒が捌き切れないと悟った瞬間、刹那は手にする野太刀を素早く逆手に持ち変え、明日菜の脇下へ長い刀身を滑り込ませて彼女を捕らえんとした怪異に突き刺し、そのまま刺した勢いに乗せて気を叩き込んで怪異を吹き飛ばした。

 助けて貰った明日菜は、突然自分の脇下から伸びた鋭い刀身に驚き、顔を引き攣らせる。

 

「はは……流石、刹那さん」

「……今は目の前の事に集中して下さい!」

「……うん」

 

 先と同様、鋭い口調で再び叱咤する刹那。それに明日菜はバツが悪そうにしつつも真剣に頷いた。

 とはいえ、刹那は明日菜の持つ胆力に内心で感嘆していた。修学旅行初日や今日の狗族との戦いでもそうだったが、素人にも拘らず恐れも怯みも殆ど見せず、勇敢に立ち向かうさまは素直に驚きだ。

 先程の凄惨な光景にも最初は恐れと放心を見せていたが、それも既に無い。

 同様の事が今も彼方此方で起きているにも拘らず……自身もまた、そうなるかも知れないにも拘らずに。

 

(本当に大したものだ)

 

 持ち前の……或るいは潜在的な運動能力は勿論大事だが、このような精神面での強靭さこそ戦う者としては尤も重要で必要なものだ。ましてや明日菜はそのどちらも兼ね備えている。

 だからこそ感心する一方で微かに疑問もあった。

 

(本当に素人なのだろうか?)

 

 本来それらは長い訓練や修練で鍛えられ、そして多くの実戦という経験を経て開花する物だ。

 それは、刹那自身が辿った道でもあるのだから。

 だが、同時にその疑問に対する答えもまた刹那の中に存在した。つい先程、大事な親友の命運を託したネギ・スプリングフィールドも示していた。資質や才能という言葉の延長線上にある“天才”という言葉だ。

 それならば納得も出来なくもない。

 熟練(ベテラン)戦士並みの勇敢さと運動能力・反射神経を示す一方、その動きや体捌きは素人も同然…というチグハグ感は、何よりもその証明だと思えなくも無いからだ。

 

(明日菜さんは、戦士としての才能に恵まれた方なのだろう)

 

 今もまた明日菜は、複数の怪異を同時に相手取ったにも拘らず迫る無数の触手を危なっかしげにも見事に躱し、的確に退魔のハリセンを打ち込んで還した。

 自らも怪異を切り裂きながら刹那は、背にチラリと視線を向けてその勇ましくも頼もしい姿を目に焼き付けた。

 

 

 

 そうして……この外見醜悪極まる怪異を相手に、鬼を初めとした人外を相手にした時と変わらず奮戦する2人であったが。

 状況は悪く。その数は一向に減る様子が見えない―――いや、それどころか際限なく増殖しているように思える怪異によって埋め尽くされていた。

 この場で、それにいち早く気付いたのは怪異と真っ先に対峙した人外達だった。

 怪異は、殺された自らの仲間の骸や肉片、臓物、体液から湧き出して這い出てくるのだ。それも一体分の骸から幾つも幾つもだ。それこそ無限とも思えるくらいに。

 その為、最初は両手で数える事が出来る程度であった怪異は、殺しても、殺しても、数を減じさせず、むしろ殺すだけその数が増してしまった。その事実に気付いた時には既に手遅れで、彼等…人外達の数を遥かに上回り、周囲を埋め尽くすほどの数にまで達していた。

 

 刹那と明日菜も同様だった。

 数を増すばかりの得体の知れない怪異を相手に居ない場所、自身らの危険の少ない箇所を求めて動き回ることに気を取られ、その事実を察知した時には遅く。この場で最も怪異の少ない安全と言える場所は、自然とさっきまで敵対していた人外達の傍だけに成っていた。

 

 未だに残る人外達にしても、刹那達の傍こそが自分達を守るに適した一帯と化していた。

 周囲は既に怪異に溢れ、逃げ出す事も……いや、正確には逃げ先も無く。捕まれば通常の死よりも恐ろしい末路を辿り、しかもどういう訳か“還る”事を許されずに、真実“滅びる”事になるのだ。

 召喚主の意向で一方的に現世に呼ばれた身に過ぎない彼等にとって、そのような“生の終末()”は幾ら何でも御免被りたい。中には生きたまま喰い殺される事を恐れるあまり、自らに刃を突き立てる者も居たのだ。

 だが、自害とも言うべきそれは、例えこの地が現世なのだとしても自らの住まう世界―――自らを括る(がいねん)によって命を断つのと同義であり、結局“滅び”を選択するのと同じであった。

 

 故に距離的に物理的な意味でも歩み寄った刹那と明日菜。召喚された人外達の双方は、生存への意思を一致させ、共闘を結ぶ事と成った。

 尤も人外達には、刹那達の手に敢えて掛かるという手段もあったが、そこは彼等なりの矜持が許さなかった。

 

 先に共闘の提案を持ちかけたのは、人外達のリーダー格である大鬼だった。

 単純に1人よりも2人、2人よりも3人という数的意味合いもあったが、彼が先ず期待したのは神鳴流剣士である刹那だ。

 提案を持ちかけた直後、それを受け容れる事に躊躇いを持つ刹那に構わず、彼女に無防備な背中を向けて大鬼は怪異を振り払いながら一方的に刹那に語った。

 

「この得体の知れん奴らには召喚主が居る。そいつを仕留めれば状況は打開できるかも知れへん」

 

 その言葉に刹那は驚くも、彼はそれを気にする様子も無く言葉を続けた。

 そして話を聞くうちに、刹那と明日菜は召喚主という人物に思い当たる。

 木乃香が連れ去られ、猿女に一時追い付いた時の事だ。その場には猿女と白髪の少年と木乃香の他に“もう一人居た”。

 それは、漆黒に染まったローブを纏った人とは思えない奇怪な容貌を持つ不気味な男だった。誘拐の主犯である猿女こと…天ヶ崎 千草と攫われた木乃香を注視する余り、言われるまで刹那も明日菜もその男の事を忘れていた。

 思えば、異変が起きた時に聞こえた不気味な哄笑は男のものだった気がする。

 

「それで、その男は何処に?」

 

 驚きから気を取り直して尋ねる刹那に、大鬼はこの怪異の中に紛れ込んでいる、と答えた。

 

(成程、だからこそか)

 

 神鳴流剣士である刹那は、大鬼が自分を頼りにする理由を察し納得する。

 確かに奥義の中にある最大規模の技なら、怪異を“盾に”紛れる召喚主をそれごと吹き飛ばせるだろう……だが、一方で警戒心も抱く。件の男が猿女の仲間である以上、召喚された大鬼達もまたその男に協力しなければ為らないのではないか、或いは此方を嵌める計略―――罠ではないか、と。

 しかし、既にその警戒心を抱かなくては為らない相手に背中を任せてしまうほど状況は悪く。彼らにして見れば敢えて罠を仕掛ける必要も無い筈だった。

 それに……大鬼と他の人外どもが憤りを見せて口々に言うのだ。

 

 ―――アレに喰われたら、滅んでしまう。

 ―――多くの同胞(みうち)滅ぼ(ころ)されて、喚ばれた義理なんぞ果たせるかいっ!!

 ―――せめて、一矢…あんのキチ○イぶさいく野郎のタマでも取っとかんと、逝ったあいつらに顔向けできんわッ!

 

 それを聞いて刹那は提案を受諾した。彼らの抱く怒りが伝わり、本気である事を理解できたからだ。

 首肯する刹那に、大鬼は強面の顔には似合わない人懐っこい笑みを見せるが、次の瞬間、酷く真剣な表情を作って明日菜……正確にはその手に持つ得物に視線を向けて言う。

 殺しても増える敵を相手に唯一有効である、明日菜の持つ強力な退魔・式払いの効果を有する奇妙なハリセン―――ハマノツルギ。

 

「もしかしたら最悪、そいつがワシらの命綱になるのかも知れねぇな」

 

 それは何処と無く不吉な言いようで、悪い予感をさせる言葉だった。

 

 

 

 神鳴流の剣士たる刹那に状況の打開を託して数分。

 宙を旋回する1体の烏族が群がる怪異の中から、隠れ潜むようにしていた召喚主である黒いローブの男の位置を捉え、指を差して叫ぶとその方向へ刹那は大きく跳び、怪異達の頭上を大きく越えて遥か高く宙へと舞い上がった。

 そして、刹那もまた一瞬であるが視界に怪異群の中へ紛れた猫背姿勢の、奇妙な…魔導書らしき本を片手に持つ正気と思えない異様な輝きを眼に宿す男の姿を捉え、目標の位置を正確に把握する。

 

「奥義!―――」

 

 その位置に……男に目掛け、刹那は自身の誇る最大級の一撃を見舞おうとし―――直前、不穏な気配を察知したのか、男の狂気に憑かれた瞳が刹那に向いた。同時に溢れんばかりの怪異群が一斉に蠢き、組み体操の如く仲間の身体を繋げ、一瞬で分厚く巨大な壁を作り上げた。

 

「―――!!?」

 

 それを見、刹那は驚愕し硬直する。壁が出現した事もそうだが、より衝撃的なのは此方の意図を見抜いたかのように反応した事と、その対応への意外な俊敏さだ。

 しかし既に奥義を放つ体勢…気の練り込みも済んでいる。しかもこのまま何もせず地に足を着けようとすれば、足元の怪異群の上へと……その結果は、おぞましいものになる。

 

「ッ!―――真・雷光剣!!!」

 

 一瞬の硬直と迷いの直後、刹那は叫び奥義を放った。

 瞬間、名の通りに巨大な…直径40m以上はあろう雷が集束したかのような光球が生まれ、怪異どもを呑み込み。夜の闇を裂いた。その僅かな数瞬の間、周囲一帯が昼間と化し、熱を伴った轟音と衝撃が空気を震わせ貫き、地を揺らす。

 

「きゃあああっ!!!」

 

 急激な明度の変化に明日菜は目が眩み。轟音に痛む耳を押さえ、身を打つ衝撃と地の揺れに耐え―――直ぐに轟音と衝撃が通り過ぎて闇が戻った。

 明日菜の眩んだ視界も元に戻り、耳の痛みも遠退く。……ただ、風に乗って怪異の贓物臭に慣れつつあった鼻に、新たに不快なナニカの焼け焦げる匂いが衝くようになったが。

 漂う匂いに顔を顰めるも目に映った光景に明日菜は息を呑んだ。

 

「凄い…」

 

 明日菜が視界を向ける一帯―――距離幅ともに四十数mに亘って犇めいていた筈の怪異の姿が無く。浅瀬ながらも流れていた川の水が蒸発し、僅かに地形が変わっていた。しかし―――

 

「やったの?」

「いや…」

 

 明日菜の言葉に大鬼が首を横に振った。

 それだけの威力を見せ。多くの怪異を消し飛ばしたものの、刹那の技は召喚主には届かなかった。

 怪異の群れが自らを盾にして壁と成ったのは、無駄ではなかったという事だ。

 

「くっ…!」

 

 明日菜達から二十数mほど離れた地に足を着け、片膝を付いた姿勢で刹那は自身の技が届かなかった不甲斐無さか、凌いだ怪異への忌々しさからか、前方を強く睨んで口惜しむ。

 その時、彼女の視線の先、ほんの一瞬だけ犇めく怪異の隙間から嘲笑うような奇怪な顔をした男の笑みを見た―――気がした。

 

「…!」

「おのれぇっ!!」

 

 その顔を目にし、刹那が思わず息を呑むのと同時に先程男の位置を伝えた烏族が、怒りを篭めた叫びと共に刹那の見た方へと、獲物を狙う荒鷲が如き勢いで突撃した。

 この場に残った唯一の烏族であるその彼は我慢がならなかった。そのふざけた笑みを見た瞬間、彼の感情は限界に達して沸騰した。

 この得体の知れない怪異が出現して、真っ先に多くの(ともがら)が喰われたのは彼の属する烏族なのだ。例えそれが自ら等の決断故に生じた結果と犠牲であったのだとしても、その憤りが他の人外らよりも強まらない理由には為らなかった―――そう…男を直接狙ったのは、何も今だけではない。

 少女達と共闘するより前。怪異が無限に増殖する事を知り、その脅威が及ばぬ宙を舞う事ができる烏族たちは、それを活かして空から一斉に男へ強襲する策を講じたのだった。

 しかし、それは現状を示すとおり失敗に終わった。

 男へ迫る烏族たちに怪異は触手を伸ばし、或いは先の壁と同様に個が全と成るような動きを見せて阻み、そして喰らっていった。

 中には腕、足などの四肢を犠牲にし、傷を負いながらも男の下へ至った者も居たが、そんな欠けた身体では男自身が振るう西洋剣を躱す事も捌く事も出来る訳は無く……その者らは倒れていった。召喚主である男もまた相応の実力者だったのだ。

 ―――故に彼の突撃は当然無謀であり、喰われた仲間の後を追うことは必定である。

 

「止せぇー!!」

 

 仲間の制止する声が轟くか否や、

 

 ―――ぐがっ!? ぅうがぁぁあああああああ!!!

 

 伸びた無数の触手に捕まり、烏族の彼は蠢く怪異に中へ引き摺り込まれた。

 おぞましい悲鳴、断末魔が相も変わらず刹那と明日菜の鼓膜を震わせるが…もう感慨を抱くことは少なく。既に慣れたような感が2人にはあった。

 いや、単に感覚が麻痺しただけかも知れない。

 にも拘らず、何故か刹那は―――今度は彼女が、烏族が怪異に呑まれる光景から視線を動かせず……先の明日菜のように放心していた。

 刹那の目には、犇めき蠢く怪異の頭上で引き裂かれた烏族の黒い翼と、舞い散る黒い羽毛が映っていた。

 

「――しっか―! ―――かりして、刹那さん!!」

「―――とるんやっ! 嬢ちゃん! はよ逃げえぇ!!」

 

 ふと自分を呼ぶ声が聞こえて刹那は後ろへ振り向く。薄まった怪異の群れの向こうから明日菜と大鬼が必死に何かを叫び、怪異を斬り捨てながら此方に駆け出そうとしているのが見えた。

 それを阻むように左右から怪異どもが蠢き、薄まった群れの厚みを戻そうとし、奥義によって拓けたこの場をも―――

 

「―――!…しまっ――!」

 

 正気に戻った刹那は迫る危険を察知し、咄嗟にその場から転がるようにして前方へ飛び退く。間一髪、そこへ空気を裂く音ともに怪異どもの触手が振るわれたのを刹那は背後に感じ、僅かにゾッとする。

 直ぐにその悪寒を振り払い、足を立たせ明日菜達の下へ駆け出そうとして―――立ち眩みを起こしたかのように足が縺れて無様に転んでしまう。

 そこでようやく思い至る。大技を使った後の消耗が抜け切っていないのだと。

 より正確に言うならば、鬼やら怪異やらの大群と立て続けに戦い。疲労と消耗が蓄積していた所に大技を使用した為、この一時的な急激な“気”の低下を招いたのだ。

 また先の怪異の予想外の行動によって、焦り余計に“気”を篭めてしまった事もこの災いに貢献していた。

 

(拙い!)

 

 そう思うも―――もう遅い。

 転倒して出来た隙を突いて既に幾つもの怪異が押し寄せており、無数の触手が刹那目掛けて伸びていた。だが体勢を立て直すのも、逃れるのも、況してや剣を振るうなど―――もう間に合わない。

 

「あ―――」

 

 それを理解した瞬間、刹那は絶望し、次に諦観を抱き、直ぐに死を覚悟した。そして―――ゴメン、このちゃん……と目を閉じて大切な人に胸中で謝った。

 

 

「刹那さんっ!!!」

 

 怪異に阻まれながらも刹那の下へ駆け寄ろうとする明日菜は、その受け容れ難い光景を目にして絶望感に包まれ叫んだ。それでも―――ジクリと、何かを、大切で嫌な出来事(かこ)を訴える頭痛を堪え―――諦めず自分に迫る怪異を退けながら刹那の所へ向かう。

 大鬼の制止する声も聞こえず、一縷の望みを掛けて明日菜は駆け―――

 

 ―――ドンッドドンッ、ドンッ、と。連続した炸裂音が刹那の傍に魔法陣が輝くと同時に響いた。直後、ドスンッと重い音が起ち、その音が繰り返される度に彼女を囲んでいた怪異が凄まじい勢いで次々と吹き飛ばされて行く。

 

「え…?」

「なっ!? …っと!?」

 

 目を開き呆然とする刹那と、驚きつつも襲ってくる怪異に対処せざるを得ない明日菜。

 2人の向かう視線の先には、顔見知りの2人の姿があった。

 

「敵の前で目を閉じるなんて、らしくないじゃないか刹那?」

「うう…近くで見ると、もっとキモイね、このバケモノヒトデ…いやタコアルか?」

「どっちでもいいだろ、イカでもタコでも…」

 

 その2人は、3-Aクラスメイトの長身と褐色の肌が印象的な少女である龍宮 真名と、拳法一筋娘の留学生の(クー) (フェイ)だった。

 

「立てるか刹那」

「あ、ああ」

 

 自身の獲物である2丁の大型拳銃を周囲に向けながら、真名はシニカルさの中に親しみを含んだ笑みで促がすと、刹那は頷き立ち上がった。今度はふらつく様子も無い。

 刹那がしっかりと立ち上がったのを確認した真名は、傍で怪異を思う存分殴り蹴り飛ばしている古 菲に声を掛ける。

 

「クー、向こうと合流するぞ」

「了解ネ!」

 

 2人は怪異の群れを掻い潜り、明日菜と大鬼達の下へ駆け出した。刹那も当然その後に続いた。

 

 

 3人が合流を果たすと、明日菜は押し寄せる怪異を叩きながらも真名に向けて慌ただしく口を開く。

 

「何で龍宮さんが此処に!?…あとくーふぇも!? それになんかやたらと強いし!」

「今はそんな事を尋ねている場合ではないと思うがな、神楽坂」

「…なんか私は、ついで見たいアルネ―――おお! あのデカイ鬼さん結構やるネ」

 

 冷静に素っ気無く返事をする真名と、オマケ扱いと感じたにも拘らず快活な様子で鬼の戦いぶりに感嘆を表す古 菲。

 それでも真名は、刹那からも明日菜と同様の視線を向けられていた為か、簡潔にだが此処に来た経緯を答えた。

 

 それは、真名が自由行動の出掛け先から旅館へ戻った矢先の事だ。

 本山にて危うく難を逃れた綾瀬 夕映から長瀬 楓へ掛かってきた携帯電話の会話を真名は偶然聞きとめ、本山で起きた異変を端的であるが知る事となった。

 関西呪術協会の本部。云わば御膝元どころか胸元や頭部ともいうべき場所での非常事態。

 それに真名は、熟練の戦士ならではの勘ともいうべき物が疼き、また刹那からある程度事情を聞いていた事もあり、助けを求める夕映に応じる楓と古 菲の2人に同行することにした。

 

「じゃあ、夕映ちゃんは無事なんだ」

「ああ、今頃は楓が保護している筈だ」

 

 夕映が無事だと聞き。状況に似合わず、良かった~、と安堵を見せる明日菜。

 それに構わず真名は言葉を続ける。

 

「……綾瀬を探しに行った楓と別れた私とクーは、とりあえず此処…あからさまに異様な気配が放たれる方へ向かった。そしてその途中、行き先に巨大な光が瞬くのを見掛け……幾度か仕事を共にした事がある私は、直ぐにそれが刹那の技だと分かり、合流すべく急ぎ駆け付けてこうして参上した―――と言った訳だ」

 

 そこまで真名が言うと、今度は険しい顔をした刹那が口を開いた。

 

「まて! それなら何故、狙わなかった!? お前の“眼”と腕ならこの場の術者―――召喚主を見極め、狙撃する事が出来た筈だ。この状況が認識できなかったとは言わせないぞ!」

 

 実質、詰問とも言える口調を聞き。真名は怪異の群れに銃の引き金を弾き絞りながら、謂れの無い糾弾に呆れるようにして吐息する。

 

「勿論そうしようとしたさ。だが……駆けつけた途端、いきなり目の前でピンチになってくれた奴が居たお蔭でね。機を逸してしまったんだよ。手持ちの狙撃銃(ライフル)はボルトアクション……連射が利かないヤツだから―――」

 

 ―――あの大群から助けるには直接飛び込むしかなかった、と。続けて零す真名に、ピンチになった張本人である刹那は口を噤んだ。知らず内に救援に来た相手の足を引っ張り、しかもそれを解せずその相手に文句を口にした事に忸怩たる念を抱く。

 表情に悔いを浮かべる刹那を見て、真名は「こっちも言い方が悪かった」と軽く謝意を口にした。落ち込んで集中力が散漫となって貰っては困るからだ。

 刹那もその言葉から真名の意を汲み、表情を引き締めて軽く頷いた。

 

「―――で、龍宮。転移符はまだあるのか?」

 

 気を引き締めた刹那は、先ほど自分の窮地を救ったであろう一枚80万円という高価な魔法符の持ち合わせを尋ねる。もしまだ手元にあるのならば、状況打破に大きく繋がる。

 

「いや、残念ながらもう手持ちに無い。何分高価な物だからな、今さっき使ったアレ一枚きりだ―――アレの使い方をクーが知っていれば、状況はまた違っていたんだが…」

 

 というのも、古 菲は微妙に一般人側であり、魔法に関する知識を一切持ってなかったからだ。もしそうでなければ、刹那の危機に共に転移する必要は無く。古 菲だけを送り込んで助けさせ、真名自身は隠れて身を潜め、狙撃の機会を待っただろう。

 加えて言えば、幾ら西へ赴くとはいえ、毎年恒例の一般人が殆どの学業の一環に過ぎず。また実際は双方の上層部が争いを望んでいない事もあり、それほど大事にはならないと修学旅行前に踏んでいた事もこの武装の少なさに影響していた。

 事実、関西呪術協会に属する者の中で過激な行動へ打って出たのが、天ヶ崎 千草だけであった事からその思考自体もまたそう的外れでは無いと言える。

 

「そうか…」

 

 刹那は一応尋ねたものの、この状況で一向に使おうとしない事から半ばそれを察しており。真名の言葉に大きな落胆は見せず……いや、それでも、声には僅かに沈んだ響きがあった。

 

「悪いな―――ッ…!」

 

 と。応じた瞬間、真名は視界の端から迫る触手に気付き。銃床を使って捌き、更に捌いた勢いのまま身体を捻り、肉薄せんとする怪異に回し蹴りを叩きこむ。そして相手の怯んだ隙に退魔弾を撃ち込んだ。

 だが、弾丸の霊的・物理的な破壊力のみが怪異の身体に衝撃を与え、肉片と体液を撒き散らすだけで彼女の望んだ成果は出なかった。

 

「チッ…やはり効果無し、か」

 

 真名は、怪異を殺してしまう結果に舌を打ち、顔を顰める。

 彼女も既にこの怪異の特性に気付いていた。

 その為、式払い用の退魔弾を銃に装弾したのだが、見たとおり効果が無い。

 最初は気のせい…あるいは見間違いかと思ったのだが、間近で今見た結果に否応無しに確信してしまう。おそらく既知の魔法や呪術などとは異なる法則で呼ばれ、括られた魔物である為。従来の術式が施された退魔弾では効果が無いのだと、真名は“魔眼”より得られる情報からそう判断する。

 同時に明日菜のハマノツルギに関しては、栓無いので考えない事にする。

 

(分かりきっていた事だが、このままでは…)

 

 ジリ貧だな、と真名は内心で呟きながらも拳銃の弾倉を交換―――退魔弾の意味が無いことから殺傷力・破壊力優先の符術弾を装弾する。

 その間、彼女はこの場所を……刹那達の位置を正確に知る切欠となった巨大な光球の姿を脳裏に浮かべた。アレが何であり、刹那達が何をしようとしたか、真名は明確に洞察していた。

 

「刹那。さっきの技はまだ使えるか?」

「! あと一度ぐらいなら何とか全力で撃てるが、……どうする気だ? 認めるのも悔しいがアレでは…第一、同じ手が二度も通じると―――」

「それは分かっている。だが、このままではジリ貧だからな、一か八かになるが。“奴”の位置が特定できしだい、もう一度お前の技で“諸とも”を狙うしかない! …それで駄目なら、私がその直後の隙を上手く突いてヤツの額を撃ち抜く!!」

 

 語気を強く締めた真名の、多分に博打要素を含んだ打開策を耳にして刹那は黙り込んだ。

 それは、勝算がどれ程かと考えているのか、それとも迷い…決断を躊躇っているのかのどちらかに見えた。

 その時、刹那は大きい、とても大きな途方も無く凄まじい“力”の波動が遠くから放たれたのを知覚した。

 

「ッ! あ、あれは!?」

「何!? 光…の柱? あの方角…確かネギが飛んで行った方よ!」

「こいつはぁ……何か“デカイ”もんを喚び出す気やな。あの西洋魔術師の坊主は間に合わんかったのか?」

「―――!」

 

 力の波動を感知した方向に巨大な呪力…魔力を放ち、天へと伸びる光の柱を見て思わず叫んだ刹那に明日菜と大鬼が言い。刹那は今更ながらに状況が切迫しているのを自覚する。

 直ぐに真名へ視線を向け、刹那は提示された打開策への肯定の頷きを示し、

 

「分かった。確かにそれしか手は―――」

 

 と、刹那が答えようとした瞬間。

 

 ―――二刀! 極大・雷鳴剣~~!!

 

 間延びした少女の声が聞こえ―――この場において二度目となる轟音と衝撃が二つの雷と共にこの場に震わせる。

 自然現象ではまず在りえない極太の雷が地を打ち、怪異どもを焼き払い、薙ぎ飛ばし、先の雷光と同様に場の一帯を拓かせた。

 

「「―――…ッ!?」」

「―――ゃああ! ま、また!?」

「なっ! なにごとアルか!?」

「ぬう!? 神鳴流だと!?」

 

 それぞれが、その事態に驚きの反応を示す。

 そして夜空の中。怪異の頭上を高く越え、拓けた一帯にタンッと乾いた音を立てて一つの人影が舞い降りた。

 

「あ、あの子はっ!?」

「―――月詠!」

 

 雷撃で燃え盛る怪異の炎に照らされて顕になった人影―――ゴスロリ服を纏った少女の姿に明日菜と刹那が叫んだ。

 その敵意を帯びた声に真名、古 菲の2人と、大鬼たち人外は月詠と呼ばれた少女が瞬時に敵なのだと理解する。

 刹那達から敵意が籠った視線を向けられる中、その月詠と呼ばれた少女は不気味なほど静かに、穏やかに、数秒間じっくりと周囲を睥睨していたが……突如、奇妙と言えるほど頬と口角が歪ませ、

 

「フ…フフ、―――ぁっハ…ハハッ!! アハハハハッ…ハハッハハッハハハ!!!」

 

 その外見、10代そこそこの可憐な少女とは思えない。似つかわしくない哄笑を上げ始めた。

 

「―――ハッハハハハッ……木偶! 木偶木偶木偶!!……木偶といえども、こうもエライぎょうさん居ってぇ、切り裂かれてぇ……紅い血ぃ…と臭い臭い臓腑の匂いを流されるとぉ…もう…もう、ウチは、ウチはもう堪らんわぁ、どうにか成ってしまいそうやわーー」

 

 異様な輝きを灯す眼と異常な角度で歪みきった唇に、発せられる狂気を帯びた声に、明日菜と古 菲はビクリと体を震わせ、残りの一同も身を思わず引かせた。

 

「あぁ でも、でもぉ―――アカン……ウチをこんなに愉快に…悦ばせる木偶でもぉ…刹那センパイを美味しく食べさせるなんて勿体無い…いや、許されへん。センパイは、ウチが美味しく頂かんとぉ」

 

 まるで愛しい人に恋焦がれるかように身体を震わせ、頬を紅潮させて狂った言葉を発する月詠はギョロリと、闇色に変化し、瞳孔が爛々と金色に輝く魔性に染まった瞳を刹那に向けた。

 

「ウフフ…先輩もそう思いますやろぉ、木偶におぞましく食べられるよりは、ウチの剣に美味しく斬られる方が余程ええと…」

 

 見つめられた刹那はゾクリと凄まじい悪寒が奔り、酷く背筋が震えるの感じた。

 月詠の事を“戦闘狂(バトルマニア)”と刹那は昼間の戦いで評した……が、今は違う。この異様を見て、それは“違う”と理解した。戦いに喜びを見い出すと言う、そんな生易しいものではない。彼女は―――真実、殺し合い……いや、ただひたすら殺戮と流血のみを求める人の世に在ってはならない“狂人”なのだと。

 

「フフフッ―――! いきますええぇ!! センパイッ!!!」

「―――!」

 

 刹那を凝視する狂気の瞳が一際大きく見開いた瞬間、月詠の姿は掻き消えるようにブレて―――瞬動!と反射的に刹那はそれを解し、目前に現れた二対の銀の筋を野太刀で凌ぐ。

 上段より振り下ろされた一撃―――いや、二撃を繰り出した二つの刃の向こう…刹那の太刀と鍔迫り合う中、月詠の狂気に歪んだ笑みが見え、

 

「流石セン―――ぐっ…!」

 

 月詠が何かを口にしようとした直後、刹那は刀身に掛かる力をズラして相手の体勢を崩すと、その腹目掛けて鋭い蹴りを放った。

 月詠は呻いて吹き飛ぶも、寸前に気付いた彼女は自ら後方へ飛ぶことでその威力の過半を殺していた。

 宙で後方一回転し、着地した彼女は、

 

「ははっ…つれません―――」

 

 ―――なあ、と言葉を続けようとし、視界に追撃する刹那の姿を捉え。その言葉を飲み込み、直ぐ様に内心で訂正して表情に喜悦を浮かべた。

 しかし、一方で刹那としては苦渋の思いが内心を占めていた。それでも月詠の狙いがやはり自分なのだと知り、自ら追撃に出ざるを得なかった。それが真名の打開策を無にする大局的な失策だと理解しながらも。

 止むを得ない事だ。あのままでは皆を月詠との斬り合いに―――特に素人で体術的に未熟である明日菜を巻き込んでしまう恐れがあったのだから。

 

 

「―――ッ! 刹那の奴…早まった真似を…!」

 

 相談も無く勝手に大鬼達と組む円陣から飛び出した刹那の背を見て真名はそう愚痴った。しかし彼女もまたその行動自体は認めざるをえないと考えていた。

 理由は刹那のものと同様だ。怪異どもを相手にする中、自分達の隣や背中などの直ぐ傍で神鳴流剣士同士の激突―――殺し合いなどゾッとしない。だが独りで当たったのは失敗だ。真名と共同で月詠には当たるべきだったのだ。

 刹那と真名はルームメイトであり、幾つか仕事を共にした間柄なのだ。連携も十分に取れ、短時間に打倒できる可能性があった。

 だが、真名が加わるには間が悪く。そして遅かった。直後、押し寄せた怪異によって真名の視界から刹那の背が隠れ、遮られたからだ。

 それに矛盾するようではあるが、本当に短時間で打倒できる保証も無く。時間が掛かるほど残されるであろう明日菜達に危険が増して行く事も気掛かりであった。

 

「刹那さん!」

「刹那!」

「やめえっ!!」「止せ! お前達は目前の事への対処を優先しろ!」

 

 明日菜と古 菲が叫び、大鬼と真名はそんな飛び出しかねない二人に釘を刺す。

 それでも明日菜は先程の事もあってか、「でも…」と渋る。それを察して真名も安心させるように言う。

 

「刹那は、同じ失敗を繰り返すほど愚かな奴じゃない。大丈夫だ!」

 

 と言う真名であったが、実のところ抱く危機感は大きい。

 

(これは、詰んだかも知れんな)

 

 決して口には出さないし、諦めた訳でもないが、彼女は漫然とそう思った。

 刹那が月詠と対峙した以上、もう先程の策は使えず、この怪異どもを打倒する手段は無い。 

 残る手はこの場を離脱し逃げ出す事ぐらいだが……これも厳しい。

 おそらく群がる怪異の突破自体は不可能ではないだろう。しかしそうなると当然、怪異どもは追い掛けて来る。仮に大鬼を初めとした人外どもを囮にしたとしても同じだ。怪異の方が圧倒的に数は多く、二分して彼女達の方にも向かうのが道理だ。

 そもそも逃げ出した後、如何するべきなのか? この無限に近く増殖する怪異を放って置いて良いものなのか?

 だからこそ、刹那もこれまで逃げ出すという選択を取れなかった。況して今は月詠という“イレギュラー”も存在する。どう転ぶか判ったものではない。

 と、そこで真名はハッとしたかのように思う。

 

(いや、“イレギュラー”というべきモノは、あの神鳴流の女の方ではなく―――ひょっとして、この目の前の怪物と召喚主という“男”の方ではないのか?)

 

 何故か不可思議にも、確信に近い思いでそんな疑惑とも云うべき感慨を抱いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 動揺していた彼女は、それを飲み込み決意する。

 

「学園長、私をあの場所に転移させることはできる?」

 

 その“存在”は、自分がこの世界に“在る”に足る理由ではないかと予感し、知るべきだと直感したからだ。

 

「何じゃ、藪から棒に?」

 

 魔法書を捲りつつ凡そ軽いくらいの口調で近右衛門は彼女にそう応じたが、その内面は複雑で、様々な疑問が渦巻いていた。

 何故、顔を蒼白にするほどまでに異常な動揺を示したのか?

 何故、記憶が無い筈の少女が水晶玉に映るナニカに執心を見せるのか?

 何故、受動的であった筈の彼女がこれまでにない能動的な意志を眼に宿しているのか?

 そして何故、そんな彼女が危険なあの場所へ赴かなくてはならないのか?

 それらの疑問を近右衛門は尋ねようとし、彼女はそれを制して彼を睨むように見据え発言―――いや、宣言をした。

 

「私がエヴァさんに先んじて、ネギを―――あの子達の救援に向かう!……そう言ったのよ!」

 

 

 




Arcadiaではこの話は一つだったのですが、文章がやはり長いと思ったので前後編に分けました。

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