生と死の狭間から幻想入り   作:nica

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こっちはpixivでも投稿してあるから、何話分かは書き留めあるけど、ISやハイスクールの方と違って筆が進まない……
何故だろう。


第1話:宵闇

 ―幻想郷―

 ―迷いの竹林

 

 

 

 

 雨が降っている。

 激しく降っている訳ではないが、かといって小雨と言うわけでもなく。

 周りが静かなこの竹林では、たいした降雨量でもない雨でも周辺の音を掻き消すには十分すぎた。

 そんな竹林の中を一人の少女が歩いていた。

 肩までで揃えられた金髪に赤色の瞳。華奢な身体を闇色の服で纏った少女。

 彼女の名はルーミア。人喰い妖怪で、宵闇の妖怪とも呼ばれている存在である。

 彼女は普段、自身の能力で作った闇に身を纏って行動することが多いため、滅多に姿を目撃されることが少ない。そんな彼女が生身で、何かに導かれるかのように竹林を突き進んでいく。

「奥の方から、何か……」

 妖怪の中でも、特に人喰い妖怪が好むある匂いに惹かれながらルーミアは歩く。

 人だろうが妖怪だろうが、生ある全ての生物を迷わす迷いの竹林を、匂いを頼りに進んでいく。

 その歩みに迷いはなく、速度も次第に速くなっていく……

 

 

 

 

 どれだけの時間を歩き続けたのか。

 次第に激しくなる雨に打たれ続け身体はずぶ濡れ。闇色の服が身体にぴったりひっつき、徐々にだが体温を奪っていく。

 それでも、途中で引き返すことなく歩き続けた結果。

 彼女はついに匂いの元まで辿り着いた。

 匂いの元となっていたのは一人の少年だった。

 うつ伏せで倒れ付している少年の腹部には包丁が刺さっており、血が止まることを忘れたかのように流れ続けている。その流れ続けている新鮮な血が、人喰い妖怪であるルーミアを此処まで導いた正体。

 少年の身体は動かず、血の海に沈んでいる。

 正直、これだけ血が流れていては生きてはいないだろう。

 生きたまま生肉(にんげん)を食べれないのは少々残念ではあるが、死んで間もなければそこまで不味くはないだろう。

 ルーミアは内心そう思いつつ、少年へと歩を進める。

 一歩一歩。

 徐々に少年との距離が縮まり、あと一歩で少年に手が届く距離に達した時。

 少年の手が微かに震えた。

 そのことにルーミアは一瞬眼を丸くし、少年の身体を見据える。

 そして―

 

 

 

 

 意識が、浮上する。

 今まで闇に沈んでいた意識が浮上し、それと同時に五感も取り戻していく。

 雨の音が聞こえる。ひどい土砂降りという訳ではないが雨足が弱い訳でもなく。今世界を支配しているのは、雨音だけで。

 始めに役割を取り戻した五感は聴覚だった。そして間を置かずして次に取り戻したのは触覚。

 身体が異様に冷たい。どれだけの時間雨に打たれれば、人の身体はここまで冷たくなるというのかと言いたくなる位冷たい。だが、身体のある一部が熱いというのは何の矛盾か。

 少年の微かに開いた瞳が見たのは、赤黒く染まった液体だった。そこから視線を熱い場所に向けると、腹部に銀色の刃が刺さっており、そこから紅い液体が流れていた。

 紅い液体は止まるという事を知らないのか、今尚少年の腹部から流れ続けている。このまま止まらなければ、少年は確実に命を落とすだろう。否、未だ死なず意識を取り戻したことが不思議である。

 少年は己の身体から流れた血液の海に沈んでいるのだから。

 

 

 何故、自分は倒れているのだろう。

 どうして、身体の感覚がなく腹部以外はこんなにも冷たいのだろうか。

 雨の音以外何も聞こえない。

 とっても眠い。

 楓はどうしているのか。

 このまま寝てしまおうか。

 思考が纏らない。考えることすら億通だ。

 ぼんやりとした意識のまま、少年の微かに開いた瞳が閉じかけようとした時。

「ねぇ…」

 雨以外の音が彼の耳を打った。

 微かに開いた瞳を何とかしてもっと開こうとし、重い頭を声が聞こえた方向に向けると。

 一人の少女がいた。

 自分と同じか、もしくは少し年上だろうか。

 肩までで揃えられた綺麗な金色の髪に、人にあらざる紅の瞳。整った目鼻立ちは可愛らしく、幼い体躯は闇色の服に包まれている。

 そんな、可愛らしい少女が自分を見下ろしていた…

 

 

 

 

「ねぇ…」

 少年の瞳が微かに開いた時。

 ルーミアは思わず声を発していた。

 自分でもどうして声を発したかは判らない。美味しそうな人間(ごはん)を見つけたのだから、声なんか出さずにそのまま食べてしまえば良かったのだ。

 しかし何故だろうか。

 人間に声をかけるなんて。

 ルーミアの声が聞こえたのか、少年の瞳は徐々に開かれ顔をこちらに向けてくる。

 血を大量に失ったのと、この雨に打たれ続けていた結果だろう。少年の顔色は蒼白を通り越して、上手く言葉に表せられない色になっていた。

「貴方は、食べてもいい人間?」

 だが、そんなことを気にするでもなく。

 ルーミアの口は勝手に開かれ言葉を発する。

 何故?

 何故死に掛けの人間に言葉をかけているのか…

 今から死に、自身の養分となる存在に声をかけても無意味だと言うのに。

 そんな自分に疑問を抱きながらも、さらにルーミアの口が開こうとした瞬間。

「…………ぉ腹、空い……て、るの……?」

 少年の口から、そんな言葉が漏れた。

 その言葉に、ルーミアは眼を丸くして少年を見つめる。

 未だかつて、このような言葉を口にした人間がいただろうか。まして、死に掛けの人間がである。

 初めての出来事にルーミアが口を噤んでいると、少年の口が更に言葉を紡ぐ。

「……食、べられ、るの、は……怖ぃ、けど……ち……な、ら、飲んで、も……いぃ、よ……」

 本日何度目の驚きであろうか。

 あろうことか人間が、それも死に掛けの人間がこんな言葉を言うのは……

 人間に限った話ではないが、生ある存在は何よりも生きる事を望む。例外は無論あるが、大多数の存在はそうだ。いくら死に掛けていようが、寧ろ死に掛けているからこそ生きる事を強く望む。

 なのに、この少年はあろうことか血なら飲んでもいいと言った。この出血量で血を飲まれれば、いくら屈強な者とて無事ではすまないだろう。ましてや、年端もいかぬ少年ならば尚更の事だ。

 こんな人間、見たことも聞いたこともない。

 今まで食べてきた肉塊(しょくりょう)は、無様に命乞いをしたり生き永らえようと必死になって逃げていたのに……

 その、どの人間とも違う。

 なんなのだろうか…

 この人間は一体…

 そんなルーミアの思考とは裏腹に、自然と身体が動き出した。

「…………」

 少年の口から意味のある言葉は最早紡がれない。もう限界なのだろう。少年の眼が徐々に閉じようとしている。

 よくぞここまで持ち堪えたものだ。屈強な人間とて既に事切れていてもおかしくないというのに。

 ルーミアは少年の前に屈み、地に伏している少年の腕を取る。年相応のか細い腕。少し力を籠めれば容易く折れてしまいそうだ。その腕は流れ出ていた血によって紅に染まっている。

 とても綺麗で、美味しそうな紅色だ。

 今まで食べてきた人間とは違うように見える。どれほど美味しいのだろうか?

 少年のか細い腕にゆっくり顔を近付け、魔性の香りを放つ血をそっと舐める。

 瞬間。

「――!!」

 身体に電流が走ったかのような感覚を覚える。

 今まで数え切れないほど人間は食べてきた。

 味がイマイチなのが多かったが、とても美味しいのもいたのは事実だ。病み付きになる、とは言わないまでももう一度食べてみたいと思える肉塊もいた。

 だがこの少年の血は、今までの肉塊とは全然違って…

 脳が蕩けてしまいそうなほどに甘く、一度飲んでしまったら飲むことを止められない程に美味な味で。今まで食べてきた肉塊は一体何だったのかという程に、その味は筆舌に尽くし難い。雨に打たれ続け、新鮮味を欠いてる血だと言うのにだ。

 血でこれならば、その柔らかな肉を食べたらどれ程の感動を味わえる?

 極上も極上、想像することも困難な味に違いない。脳が掻き乱され、身体が悶え、その肉なしではお腹が満たされなくなるかもしれない。

 無意識の内に舌なめずりをし、思わず手に力が篭る。

「……っ」

 少女の姿をしているとは言え、彼女は妖怪。人間とは違い力は強い。その力で腕を握られ、少年の口から微かに呻き声が上がる。

 「―っ!?」

 彼女は慌てて力を緩める。

 少年の腕が捥げていない事にほっとしたのも束の間。彼女はここにきて漸く気付いた。無数の妖怪達がこちらに近付いてきている事に。距離はそう遠くない。

 恐らくは、自分と同じく少年の血の香りに惹かれて此処を目指しているのだろう。知能も低く、本能に忠実な低級妖怪達がほとんどだが、いかんせん数が多い。

 妖怪達が此処に辿り着けば、少年の血は勿論の事だが身体も貪り喰われてしまうだろう。

 この少年が低級妖怪達に喰われてしまう事を考えると。

「…それだけは、駄目」

 この少年の血は、私のモノだ。

 血だけじゃない。その美味しそうな肉も私だけのモノだ。知能もない低級妖怪如きに、この少年を渡してなるものか。他の妖怪(だれ)であろうと、この少年は渡さない。絶対に喰われて(わたして)なるものか。

 彼女は少年から一歩下がり、薄暗い竹林を見据える。すると、そのタイミングを見計らっていたかのように一匹、また一匹と、妖怪達が姿を現す。

 夥しい数だ。これだけの数の妖怪がよくもまぁ此処まで集まってきたものだ。これ程の数の妖怪が群れて行動すれば、博霊の巫女が黙っていないだろうに。

 ルーミアは内心苦笑し、周囲の妖怪たちを威嚇するよう睨みつける。いくら知能のない低級妖怪と言えどこの数だ。個々の力では彼女が上だろうが、油断すれば少年を奪われてしまう。

 彼女は神経を研ぎ澄まし、先手を打てるよう全身に力を入れる。妖怪達はそんな彼女を気にするでもなく、ただ愚直に少年へと向かってくる。今尚漂う、魔性の香りに惹かれて。

 周辺は薄暗く、竹林によってまともな視覚は確保できない。加えて感じ取れるだけでも尋常ならざる妖怪の数。前後左右、あらゆる方向からの妖怪の出現に警戒して、ルーミアは弾幕を放つ。前方から押し寄せてくる妖怪はこれを避けもせずに直撃する。

 人と妖怪、妖怪と妖怪同士が対等に闘う為の弾幕ではなく、只敵を排除するための弾幕をだ。だが妖怪達は、そんな事お構いなしに直進してくる。

 そんな無防備な妖怪達の進軍にルーミアは一瞬驚くが、弾幕を潜り抜けてきた妖怪達を、何処からともなく取り出した漆黒の剣で屠る。屠る屠る屠る屠ルホフるほフルほフるほふるホふルほふるほふるほふるほふるホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフルホフル屠る屠る―

 ただひたすらに。

 近寄ってくる妖怪共を屠る。

 奪われぬように―

 喰われぬように―

 攫われ(ぬすまれ)ぬように―

 淡々と、屠り続ける―

 

 

 左手で弾幕を放ちつつ、自分の身の丈以上の漆黒の剣を右手に妖怪達を屠る作業をどれ位繰り返したのだろうか。五分、十分、もしかしたら一時間?同じ作業の永遠の繰り返しにより、時間の感覚が最早判らない。

 飽きもせず、再び少年を奪おうとする雑魚妖怪を右手に持つ剣で両断する。断末魔の声を発する間もなく、妖怪は消滅する。それを無表情に見つめ、更に進軍してくる妖怪共に牽制の弾幕を放つ。妖怪共が牽制されたのを確認すると同時に、ルーミアが少年の方へ視線を送ると―

「………え?」

 いつの間に来たのだろうか。

 前方から押し寄せてくる妖怪達よりも少ないが、数十匹の妖怪達が少年の近くまで迫っていた。

 ルーミアは油断していたつもりは一切ない。略奪者(てき)はほとんどが前方から押し寄せてきているが、どこから現れてもおかしくないこの竹林において周囲の警戒を怠るはずがない。確かに、数が減るどころか増加し続ける妖怪達の姿から焦燥感は募っていた。だからと言って、数十匹分の妖気を見逃すほど集中力は欠けていなかった。欠けていなかったはずなのに……

 非常なる現実にルーミアの思考に僅かな空白が生まれてしまう。その一瞬の戸惑いを、油断を、知性がない筈の低級妖怪達は見逃さなかった。

 今まで愚直に直進してくるだけの妖怪達の動きに変化が訪れた。ほとんどの妖怪達が少年の下に直進するのは変わらないが、何十匹かの妖怪達がルーミアを囲むように接近する。

 ルーミアの戸惑いは一瞬だったが、その一瞬の戸惑いは低級妖怪達に味方した。少年の近くに出現した妖怪達に弾幕を放つと同時、自身に迫り来る妖怪へと振り返る刹那。彼女は身体のバランスを崩してしまう。慌ててバランスを整えようとするが時既に遅く、群がってきた妖怪達に押し倒されてしまう。

「きゃっ!?」

 彼女の手から漆黒の剣が宙に舞い、刹那に消え去る。覆いかぶさる妖怪共を払いのけようにも今の体制ではまともに力が揮えず。弾幕を放とうにも妖怪共に押し潰されていては放てぬ。そして極め付けに、気付かずとも蓄積されていた緊張感と疲労によって彼女の力は減衰している。先程まで無双していた少女は何処へやら、今此処にいるのは非力な妖怪が一人。

 それでもあの少年だけは(うば)われたくなくて…

 圧し掛かる重圧に顔を歪め、少年の方へと視線をやれば―

 彼女を出し抜いた妖怪共が、少年へと群がっている。

 ある妖怪は、地に流れる血を啜り。ある妖怪は、少年の腹部に直接口をつけ血を啜る。ある妖怪は、少年の腕に噛り付く。ある妖怪は、腹部から血を啜る妖怪を押し退け腹部に喰らいつこうとしている。ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪は、ある妖怪はある妖怪は、ある妖怪は―

少年の命を、喰ら(うば)おうとしている……

「……ぁ、……」

 ルーミアの口から、呆けた声が漏れる。

 自身が独占しようとしていたご馳走(しょうねん)が、誰にも飲ませたくなかった血が、まだ舐めてもいない身体(おにく)が、根こそぎ略奪者達に奪われてゆく。

 このままでは、あのご馳走は消える。低級妖怪達に貪り食われてなくなってしまう。魂までもが貪り食われ、その味を再び味わうことなく消え去ってしまう…

 彼女は震える腕を少年へと向けるが、その行為を嘲笑うかのように、知能が低い妖怪達は薄い笑みを浮かる。

 そして――

 一匹の妖怪が、少年の腸に、噛り付く……

「あ…あぁ………ああああああぁぁぁぁぁ…」

 それを見たルーミアの眼は見開かれ。口からは、絶望の声が上がる。

 奪われたくなかった存在が奪われる。自身よりも劣る、低級妖怪如きに。たかが物量差に物を言わせることしかできない、本能に忠実なだけの小物達に…

 許せない。許せない…許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ許せない赦せないゆるせないユルセナイユルせないユるセナイゆるセナいユるせなイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ…

 

 

 断じて、赦すことはデキナイ。

 ルーミアの思考は闇に呑まれかけようとし、意識を保つことが困難となろうとしていた。

 そして。

 彼女の世界は、闇に包まれた……

 

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