エヴァンジェリンに憑依した人の日記   作:作者さん

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同日10時にも投稿しているので、そちらから見ていただければ助かります。


2/少年に出会った後の日記

『18×■年 

 

 魔法世界なう。MMでの騒動もとっくの昔に収まり、エヴァンジェリンという名も廃れてきている。私としては嬉しいことで気分はそこそこ上がっているが、悩みが一つ。なんかまだアイツが着いてくるんだが。

 いや、私としてもどっか寝ているときに放置していきたい。だが、前にドラゴンの巣に行ったとき、攫われた住民ごと千の雷で吹き飛ばそうとして、ちょ、おまっとなってしまった。コイツ放置していたら、絶対に何かやらかすなぁ……。なんなの? 善悪の区別がつかない子供なの? いや見かけ子供だけど口調がおっさんだから仙人だと思っていたのに? 拳を突き出すだけで大地を割るアルアルな感じではないからか? うわ、面倒くさい。

 簡単なものだが私に攻撃できないようにギアスをしたので、記憶が戻って凶悪犯だったりしても問題は無いのだが……記憶が戻ってどっか行くまで放置しよう。時間が立ったら解除すればいいし。考えるのも面倒くさい』

 

『18×■年

 

 久々にセランにあってきた。子供がいたことは知っていたがあまり私と顔を合わせる事も無かったので、学生服の姿の子供を見たときには驚いてしまった。

 どうやらアリアドネーの総長は引退したらしい。引継ぎも何もかもしっかりと行ってきたから、のんびりと余生を過ごすそうだ。まぁいろいろ意見を聞かれたりすることが在るのだから、まだまだ忙しいだろう。

 久々にいろいろ見て回ってきた。勝手にチャチャゼロの置物や、明らかに人によっては私と分かる作品を語って歩いていたのは、ここの吟遊詩人らしい。立派な魔法使いを目指す者にとっていろいろ考えさせられるのだとか。でも中身は首刈り剣士。おい。おい。いいのかそれで魔法世界。チャチャゼロがケケケと嬉しそうに笑っていた。

 ただ、アイツは終始神妙そうな顔つきで私に着いてきた。気分はペンギンの親子だ。魔法世界でもさまざまな人種がいるから驚いているんじゃないかな。現実世界からの人間とかも少なからずいるし。』

 

「あるとき一人の少女が居ました。少女は魔法の実験で醜い醜い化け物の形に変わってしまいました。背中には獰猛な羽が生えて、手足はまるで獣のよう。人々は彼女をバケモノだと言って追い出しました。

 そんな少女の所に一人の男がやってきました。大きな剣を抜いたその男の人は彼女に向かって言いました。『悪いことをした魔はお前か?』と。少女は頷き目を閉じ、首を差し出しました。少女はみんなから化け物と呼ばれていることを正直に言いました。暫く立って少女は目をあけました。大きな剣を持っていたはずの男の人は、少女の所には居なくなっていたのです。

――――魔法使いたちに伝わる寝物語『首刈り剣士――三章の一部分』」

 

『18×△年

 

 なんかよくよく考えたらアイツがニートやっている。チャチャゼロが笑っていたが少し危機感が出てきた。今度仕事に誘おう。アイツ実力はあるから大丈夫だろう、うん』

―――――

 

『……抗うのか』

 

 そこに居たのは一人の少年だった。先端に星をつけられた子供用の杖を此方へと向け、後ろに倒れる自分の親を護ろうとしている。

 そこは魔法世界の中のとある村であり、行商を行っていたその一家はその村に訪れる最中に、部族同士の争いに巻き込まれていた。一家の主である少年の父親が囮となり、妻と子供を逃がしたのだ。しかしその逃げ込んだ先が森の奥であり、質の悪い風土病に当てられた母親は高熱を出して倒れた。何とか休める場所を見つけたものの、少年の不安はぬぐい切れていない。そしてはっきりと表れた脅威へと、その少女は敵意を向けていた。

 

『こっちに来るな! どうしてこんなことするのよ! この化け物!』

 

 

自分が何とかしなければ、自分の母の命が無い。それを理解しているからこそ、たとえどのような存在が相手だったとしても、その少年が引くことは無い。

 そんな光景を、フィリウスは真正面から見ていた。

 

『光の精霊13柱、集い来たりて敵を討て!!』

 

 放たれたのは魔法の矢だ。最も扱いやすい、魔法使いが一番初めに覚えるその攻撃呪文は真っ直ぐに此方へと飛んでくる。それを避けもせず、ただこちらは見つめている。その呪文は直撃したものの、此方の視界はほんのわずかも揺るがない。自分の行った攻撃行為に何の意味のないことに怯えるも、それでも少年はまた何かの呪文を唱えようとする。それを無視して、此方は黒い鍵のような杖を召喚し、呪文を唱える。

 

『リライト』

 

 少年とその母親の姿が消えた。花びらが人の形とっていたかのように、その姿は風に吹かれて消えていった。そしてその光景を見ても、自分は何の感慨すら浮かばなかったのだ。

 

『……これでまた一つ、主の目的へと一歩近づいたか』

 

 少年たちへの手向けの言葉は無い。そもそもその森には既に、その少年たちが居たという証すら、まるで初めからなかったかのように消えていた。当然だろう、とフィリウスは思った。彼らは元々存在すらしていない、幻想に過ぎないのだから。

 何とか逃げ推せた子供の父親も、その部族同士の対立を行っている者達も全て、この世界にはもういない。ほんの少し前まで村として機能していたはずのその場所は、荒らされ壊され、人という者も全て存在しなくなっていた。全て消滅させたのがフィリウス一人であったと、いったい誰が想像できるだろうか。

 フィリウスは何も思わない。創造主から与えられていた使命を行う事に疑問も無ければ、その使命の意義にすら何も思ってはいなかった。ただ、自分はその役目を負って此処に居る、だから行動するだけだと自覚していたのだ。

 

 キャメロン・クロフトがとある剣士に斬り殺されてから、創造主の身体である少女――カグラとフィリウスは館を離れていた。

 吸血鬼であった、という事は隠されていたが今ではMMでは話題に上がっている人物であり、表舞台に出るのはまずいという創造主の判断からだった。フィリウスもそれに同意し、今ではただの旅人のように歩かせていることを恥じるべきなのだろう。

 何よりも問題なのが、創造主がその躰の人格をまだ掌握しきれていないことが問題であった。前の肉体が死に至り、最も近い存在であるそのカグラへとなったところまでは良かった。だが、カグラには確立された自我があり、完全に創造主が体を使うことができなかったのだ。

 しかしそれも時間の問題であるのだろう。模造品ではあるが、世界の鍵をフィリウスに作成し渡せる程度のことはできるのだから。

 

 フィリウスはとある街道まで到着すると、遠目に入ってきたのは自分の主である者の姿だった。正しくは、その肉体の提供者の少女と言うべきか。

 そこにいたのは浮浪児だった。身なりはボロボロで薄汚れた姿で泣いている。村から逃げている最中に、土手の石にでも躓いて転んだのだろう。膝からは出来たばかりの傷から血が流れていた。

 

『痛い? ……うん、うん。大丈夫、すぐに治るよ。見ててね』

 

 そんな子供の前にカグラは膝を着いて、傷を見て手をかざす。ぼう、と淡い光がそこから溢れ、子供の傷を癒していた。それは魔法と言うよりも気の操作の一種だろうか。あったはずの傷の痛みがなくなり、子供は驚いたように目を丸くした。

そしてカグラがその傷を治してくれたと理解し、笑みを作る。そして、ありがとう、とぺこりと頭を下げて笑った。心なしか、カグラもその笑みに釣られるように微笑を作っているようにフィリウスには見えた。

 

『ありがとう、お姉ちゃん』

 

 くだらん。

 

 幻想の者に手ほどきをして何になる。あの子供の傷を癒しても、そのすぐ後に直面するのは貧困と言う名の不幸だけだ。不幸に価値など存在してはいない、フィリウスはそう刷り込まれている。だからこそ、無価値なモノを見ることがどうしようもなくくだらないと感じるのだ。

 それは先ほどの商人の子供にも言えたことだ。子供が一人で生き延びられるほど、魔法世界の森は甘い所ではない。絶望しながら食われていくことをは分かっているのだから、フィリウスの行っていることは慈悲であるとも言えた。

 二人は気が付かない。フィリウスが黒い鍵を模した杖を召喚したことに。無言で子供の後ろまで迫り、手を翳したところでようやくカグラは気が付いた。

 

『ゼクト! 駄――』

 

『リライト』

 

 瞬間、子供の姿はあるべき形へと戻った。光の粒子になって消えていくその表情は唖然としており、どうして今自分が消えようとしているのかも分からない、そう表情から読み取れた。

 消えていくその姿を見る『彼女』の眼に変化はない。感情の起伏の読み取れないその姿は、本当に目の前の子どもが消えたことを理解しているのか。もっとも、フィリウスは理解しているうえで、表情を変えていなかったのだが。

 カグラは暫くじっと子供が消えていた場所を見つめていた。そして徐に立ち上がりフィリウスへと近づいて前に立つ。

 パンッと、頬を叩く乾いた音が響き渡る。それを受け止めることもせず、フィリウスは頬の痛みを感じながらも黙っていた。

 

『ゼクト、どうして?』

 

『あの子供はすぐに死ぬ。現実からの解放は寧ろ慈悲であろう』

 

 フィリウスも彼女も表情を変えず、淡々とその言葉を述べる。フィリウスの言葉に彼女はすっと目を細めると、やがてほんの少しだけ眉を下した。

 

『それでも、生きていた。ゼクトや私と同じように』

 

 カグラは感情が薄いわけではなく、表情にあまり出ないだけだ。本当はフィリウスの行為に激怒しているかもしれないし、子供が居なくなったと言う事実に悲しんでいるのかもしれない。

 フィリウスは子供がいた地面を苛立ったように軽く蹴る。砂利と共にまだかすかに残されていた粒子が、それで風に飛ばされて無くなった。

 フィリウスは感情が存在しないわけではない。少なくとも、自分が正しいと思っているにもかかわらず叩かれたことに、不快感を覚える程度のものはある。

 

 それもまた色だ。カグラから与えられた負の色。

 

『ならばなぜこやつらは、こんなにも簡単に無に還る? ワシと同じ、元来から何もない存在だからではないのか?』

 

 魔法世界の存続のために、彼らの消滅は必須だ。創造主の使徒であるフィリウスから見れば、これは元在った物を返してもらっているだけに過ぎない。それが無くなったところで、なぜ何かを思わなければならないのか。

 フィリウスが何もないと言うのは意味が違った。人形である自分が、本来存在する者ではないと言う意味での問いだった。

 その問いに対して彼女は首を横に振る。

 

『少なくとも今、私とその少女という繋がりは合った。なにもないだなんて、そんなこと言っちゃダメ。ゼクト、貴方にだって私という繋がりがあるのだから同じ』

 

 カグラはフィリウスの手を取って自分の胸へと寄せて、そこに両手を合わせた。フィリウスの掌に、とくん、とくんという心臓の鼓動が聞こえてくる。そしてそこから彼女の熱が伝わってきているのが分かった。そしてフィリウスは思う。

 

 『カグラ』に価値はあるのか。

 

創造主の躰を持つ彼女は意味がある。なぜなら、自分の中で創造主という存在は、価値のある、意味のあるものであると設定されているから。

 ならば『カグラ』の言葉は? 自分の中にある常識と反対の事を言う『カグラ』の言葉を、どう捉えればいいのだろうか。

 

 そもそもなぜ、『創造主』ではない、『カグラ』の言葉をこんなにも聞いているのか。

 

 気まずくなってフィリウスは目を逸らす。彼女は自分を惑わせる。まるで■■である自分を人間のように扱い、話しかけるのだ。それを思い出したが、そんな思考全て閉ざす様にフィリウスは目を伏せた。

自分は■■だ。■■が何かを思い、考える必要はない。

 

 じっと『彼女』は此方を見つめて答えを待つ。俯いたままフィリウスは呟いた。

 

『そんなこと、ワシが考える必要もない』

 

 にべもなく、フィリウスはカグラの言葉を斬り捨てる。彼女が思い浮かべているのは失望だろうか、表情の変化の小さいその顔から読み取ることはできない。

 沈黙が辺りに訪れる。川のせせらぎと風の音が、フィリウスの耳には大きく聞こえている。そしてその中に一つ、とくんとくんと響くカグラの心臓の音が聞こえた。

 

『それでもね、ゼクト。私はゼクトに考えて欲しい。ほんの小さなことでもいい、何かを考えて』

 

 意外なことに、彼女の言葉に悲観は無かった。ほんの少しだけ下がった眉が落胆を示している。

 フィリウスにとってカグラという存在に価値は在る。その結論は出されている。

それが思考は始まりだった。彼女に価値があるのなら、カグラの言っていることに意味はある。ならばその通りにしてみることも、必要ではないのか。

 カグラの言葉を頭の中で呟き、ふと浮かんだ言葉が一つある。何度も言われ、カグラが誰かを重ねて見ているその言葉が、なんとなく引っかかっていたからだ。考える事項の中でも最も簡単なものの答えを、フィリウスは返した。

 

『……その名前は好かん』

 

 きょとんとしてカグラは目を丸くした。そして何が嬉しいのか、その表情に微笑を浮かべた。それはあまり表情の動かない彼女にとって満開の笑みであったのだろう。

 カグラにとってはフィリウスの反応が嬉しかったのだ。事務的な会話、単調な答えとは違う感情のこもった言葉を出してくれた。それはきっと、彼女の思い描いていた良いと言えることなのだから。

 

『うん、それだけでもいい。考えてくれてありがとう』

 

 そう言って『彼女』は微笑んだ。

 

 そこはさびれた場所だった。自らがその村人たちを消し、争いを起こした者達も消し、森の中へと逃げた子供を消したその廃村こそが、『ゼクト』にとって始まりの場所であった。

 

――――――

 

 長い夢を見ていたような気がする。しかしその夢を覚えていないのは夢だからなのか、それとも自分が記憶喪失であるからなのか。

 渓流の涼しげな空気と、木々からの木漏れ日がなんとも気持ちがいい。釣りをしている最中であったはずだが、ついうとうととしてそのまま眠ってしまったようだ。釣竿の糸の先を見れば、当の昔に餌は無くなっている。

 

「……思った通り、釣れんのう」

 

 それでも竿ごと流されるよりましだと思い、ちゃぽん、と餌を奪われた釣り針を取り出して、再度餌の虫をくっつけて川へと投げ入れた。

 雷の魔法の一つでも使えば入れ食い状態になるが、そうすれば同行している人物は烈火のごとく怒るだろう。余計な火種を残していくな、と。確かに雷の魔法を使えば魚は浮かび上がってくるが、その周りの生物まで死滅してしまう。原住民との折り合いもあり、調整することは面倒らしい。

 魔法世界だからと言って、死んだ生物がすぐに復活するような生物はそんなに居ない。居たとしてもちょっとタガが外れたような者ばかりであり、今目の前にいる魚たちにそんな再生能力は無かった。

だが所詮は”魔法世界の生物”であるため、何体消えようが気にしたことも無かった。

 胡坐をかきながら、ゆらゆらと揺れる釣糸の先へと視線を向ける。いい加減空も暗くなってきており、これが最後になるだろう。すると、餌を下に集まった魚がつつく感触を感じ、最後のチャンスに今か今かと待ち構える。

 

「おーい、キサマの方は釣れたのか?」

 

 そんな間延びした少女の声に、神経を過敏にしていたためか、竿が大きく揺れてしまった。つついて様子を見ていた魚たちも、いきなり動いた餌の動向に驚かせたのか、すぐに四散してしまっていた。む、と思わず口を尖らせる。魔法を使わず行う狩りで、初めてとれそうだった獲物だったために、落胆の表情が見えてしまっていた。

 

「うむ……あと少しで取れそうだったのだがのう。おぬしが声をかけたせいでどこか行ってしまったぞ」

 

「ケケケケ、テメェノ下手糞ヲ御主人ノセイニシテンジャネーヨ」

 

「む、そういうお主は釣れて……いるか」

 

「ケケケ、ナンダ? 聞コエネェナァ。モットハッキリト俺ニ聞コエルヨウニイッテゴラン?」

 

「ふん、忌々しい人形よ」

 

 忌々しい声の人形に、どうして川に居たのか分からない大きさの魚が引きずられている。え、お前もしかしてオケラだったのか? と言わんばかりのにやにやした視線に、肩を落とさずにはいられなかった。その隣を歩く少女すら何匹かの魚を釣ってきていたのだから。

 完璧な敗北である。いくら戦闘に勝てようが、今この場で勝者と敗者ははっきりと分かれている。人形が、どんな気持ちだ? なぁなぁどんな気持ちなんだ? と煽ってくるのがさらに腹立たしい。

 

「何を言っているんだキサマらは。ほら遊んでないで、食事の支度をするから手伝え」

 

 そんな人形と少年の様子に、少女は腰に手を当てて溜息を吐いた。

 その少女こそが少年を拾った人物である、エヴァンジェリンだった。魚の内臓などを取り、塩などで簡単に味付けすると、串へとそれを突き刺した。焚火で炙るよう地面に刺して、しばらく待つ。匂いなど外に出るが、チャチャゼロが辺りを見張りに行っているので、その殺気のある場所に入ってまで獲物を求める動物もいないだろう。

 ぱち、ぱちと枝が燃える音だけが辺りに響き渡る。少年は焚火を中心として対面に座るエヴァンジェリンへと目を向けた。

 

 目が覚めてからは酷かった。介抱されてはいたが、恨めしそうな視線が途切れる事も無く、記憶喪失という要素もあってエヴァンジェリンは大きく溜息をついていた。

 エヴァンジェリンとしては、これで嘘をついているようならまだいい。記憶を消してしまえばいいだけの話だ。しかしこっそり真実しか話せなくなる薬を飲ませるなど、調べてみたが本当に記憶喪失で、さらにその少年の所有魔力の多さは世界でも屈指のレベルである。おまけに少し調べたところ、真祖の吸血鬼とは違った意味で人外であることが分かった。ここまで来たら実験材料や魔力タンクのために、人攫いに出会わない方が奇跡である。

 

『私にどうしろって言うんだ、これ』

 

『解体(バラ)シャア良イ素材ニ何ジャネーノ? ケケケケケ』

 

 エヴァンジェリンとしても、その少年を助ける義理もない。むしろ恨みは溜まっている。食い物の恨みは恐ろしいとは言うが、欲求の一つを抑えられたのなら恨みも大きくなるだろう。無残に散ったアップルパイを見ながら林檎を食べるのは、エヴァンジェリンにとって悲しいことでもあった。少年はその林檎を勝手に食っていたが。

 そんな少年であるが、エヴァンジェリンも放り出すこともできずにいた。基本的にある程度の善意を与えても、エヴァンジェリンは放り出している。だからこそ偽善者であると自分でも思っている。しかしそうでなければ、子だくさんの子持ち狼になってしまう事は目に見えて分かっていた。

 しかし少年はついてきていた。無理やり放り出そうと思っても、記憶喪失のくせに戦闘力が軽くインフレしていた。戦闘力の高い記憶喪失、どこの主人公だ。そうエヴァンジェリンは思ったこともあったが、初期の主人公が持っていい戦闘力ではない。

 少年もエヴァンジェリンに何かをしなければならないと分かっているのに、それを覚えていないのだ。彼女に悪意も無く、危害を加えるようなことではないと、なんとなく分かるがそれだけだ。

 そんな縁もあり、二人と一体という旅の道連れになっている。ただ悪い物ではないと、両方とも考えてはいた。

 

「……ん? どうした?」

 

「いや、早く焼けんのかと思っただけじゃ。燃える天空あたりでぱぱっと……」

 

「消し炭になるわ! 普通の魚にキサマのような魔法抵抗を求めるな!」

 

「そう怒るなエヴァよ。ほんの冗談じゃろ」

 

 それでも食っていろ、と。エヴァンジェリンに下手投げで何かを投げられる。それは以前エヴァンジェリンが村で貰った林檎であり、赤々としたその色は食欲をそそられる。しかし、その果物と魚という組み合わせは如何なるものか。

 むう、と視線を焚火に炙っている魚へと視線を戻す。着火こそ魔法で行ったものの、それ以降は焚火と言う自然のもので行っているため、そこに魔法的な要素はない。非効率的であると思ってはいたが、エヴァンジェリン曰く、そこがいいらしい。

 

「しかしキサマも普通に何かを食べるのだな。初めは何も食わず霞でも食っているのかと思ったぞ」

 

「ワシを何だと思っておる」

 

「仙人かなにか。……いやそれはないな。それっぽい奴に会ったことがあるが、『我が拳を打つにはこの大地は脆すぎるアル』とか言っていた変態だったからな」

 

 ククッ、と思い出したように笑う彼女の姿を、少年はただぼんやりと眺めていた。先ほどの話の人物は、現実世界の者の話だろう。大地がダメなら宙を蹴り飛ばせばいいじゃない、と言って虚空瞬動を生み出した変態の話だ。此方も思わず笑ってしまったことを覚えている。

 彼女の話は面白い物が多かった。日の国とやらに訪れたとき、NINJAという諜報員に追い掛け回された話や、彼女の従者のせいで、相手が可哀そうになった話など、興味を惹かれる者は多い。

 ただ、魔法世界での話に関しては別だった。彼女が魔法世界での話も確かに、面白いと普通なら思うのだろう。だがそれを聞き、少年は何も思わなかった。何か思うはずであるにもかかわらず、話の中の世界に何の価値も感じることができなかったのだ。せいぜいユーモアのある話に分類されるとラベルをはるぐらいだった。

 

なぜ、■■しない魔法世界の住人に、何かを思わなければならない?

 

 それは当たり前のように頭の中に流れたが、語るエヴァンジェリンの前には言葉となって流れることは無かった。言えば、その言葉は相手の不評を買うであろう。今エヴァンジェリンと仲を違えることにメリットは無い。どこか機械のような思考を少年は当たり前のように受け入れる。

 ただ、違和感はある。機械のような思考は少年にとって一番しっくりくるものであるはずなのに、どこか引っかかるのだ。

 

 

「……い……おい……おい! 聞いているのかゼクト!? そっちの魚はもう焼けているぞ!」

 

「う、うむ。すまん。ぼうっとしておった」

 

「ナンダ、ツイニ呆ガ来タカ爺?」

 

 いつの間にか戻ってきたチャチャゼロが、ゼクトと呼ばれた少年に減らず口を叩く。そんなチャチャゼロにゼクトは黙って中指を突き立て、エヴァンジェリンはそんな二人を見て溜息を吐いた。

 当たり前となった少年の日常が、なんとなく楽しく思えているのを、少年は違和感が有りながらも受け入れる。

 

 始まりを与えた少女は隣には居ない。だがここで出会った吸血鬼の隣人は、なぜか懐かしさを思い出させた。

 


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