エヴァンジェリンに憑依した人の日記   作:作者さん

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11/不条理に泣いた時の日記

『18■●年

 

 フゥーハハハハ! うだうだ言ってるガキに一発かましてやったわ! んっん~清々しい気分だ。せっせと魔法球の中で掃除している自動人形の目の前で建物を粉砕してやった時の様な気分だ! ……二度とやらない事にしよう。最近魔法球の中で放置してあった過去の遺産で、あの自動人形が反逆のオートメイルをされたばかりだ。

 しかし普段通りの日常とは有り難い物だ。チャチャゼロがゼクトにNDK?NDK?をやっていたのを呆れてみていた。アイツ四肢がぶっ壊されて帰って来たくせに元気だな。しかも相手は逃げたようだし。で、楽しそうだったから私も参加したらゼクトがぶち切れた。また魔法球の中が散らかって自動人形の背中に悲しみを背負わせてしまった……。

 あんまりにも寂しそうな背中なので、親愛の意味も込めてそろそろ名前を付けてやろうと思う。思うのだが……どうやら私に命名のセンスは無いらしい。闇の魔法の術式兵装の名前は全てセランのものだし、私の考えたカッコいい魔法名を出す時が来たようだな……。』

 

『18χν年

 

 どうしても殺さなければならない奴がいる(キリッ だっておwwwゼクトが何か訳の分からない事をほざいていたためビンタする。なんなの? 散々殺した事を後悔してたくせにまだやるとか馬鹿なの死ぬの? とそう私は考えたのだがどうやらやらなければさらに多くの人が死ぬらしい。ちなみに以前襲い掛かられチャチャゼロをぼこぼこにした奴ではない。そのボコボコにしたフードの奴が私達の目の前に現れたからだ。

 なんか顔を魔法で覆ってるから見えないし、上から目線のいけ好かない奴だ。私もキレちまったぜ……と屋上に連れて行きたかったが、それよりもゼクトの言う事によれば時間が無いらしい。明日には連れて行かれるそうだ。こっそり凄く臭い汁の入った香水を少しだけつけてやった。にんにくはヤバイ、諸刃の刃だった。だがやけに相手にも効いていたような……。

 ゼクトとは仮契約をしてあるから、魔力の後押しはマカセロー(バリバリ。しかし何故かは知らんがアーティファクトが出なかった。練度不足かもしれない。

 ……正直なところ、迷っている。私にとって不可能は確かにない。それは寿命という制限が無くて無限の時間が有るからこそだ。今日言われてすぐに誰かを助けられるような術を考え出すことなんて、さすがの私も無理だ。』

 

――

 

昔、あるところに少女が居ました。

 あなたにはとても大事な役目があるんだよ。そう言ってずっと長い時間を過ごしてきたのです。

 ですがあるとき偉大な魔法使いが、少女の手を引いて言いました。

 

『この楽しい世界をもっと見てみない?』

 

 少女は頷きその偉大な魔法使いへとついて行きました。山や草原、川や街。多くの場所に行って多くの景色を見ました。そうしてようやく、少女は世界が楽しい物であると気が付いたのです。

 ですが楽しい時間は長くは続きません。偉大な魔法使いは悪い魔法使いに襲われ、居なくなってしまったのです。

 少女は泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣きました。そんな少女を見かねたある人は、少女へとこう言います。

 

『辛いことを忘れて、もう眠りなさい』

 

 少女は眠ります。夢の中で何もかも忘れた自分が、楽しい光景の中で笑っている姿を見続けていました。

 

――

 

 そこは嘗て村と呼ばれた場所だった。

 そこにいた住民は全て別の場所へと移り住み、建物は壊れ人の営みと呼ばれた者の全てが潰された場所だった。

 その村をそうしたのはカグラだった。創造主という存在が表面に出て、計画のために目撃した者達を消滅させた結果、この村に人は居なくなった。

 そんな廃村に訪れたカグラは、手ごろの石を見つけその上へと腰かける。白いローブから顔を出して、ただぼんやりと、かつて見たように流れる雲を眺めていた。

 

『……此処を貴様が選んだ理由は何だ?』

 

「……意外。無理やり意識を奪うと思ってた」

 

 カグラにだけ聞こえる声――創造主の言葉にカグラは目を丸くする。

 文字通りカグラは創造主という存在を抑えることはもうできなかった。カグラの肉体を奪い黄昏の姫巫女の封印を解除し魔法世界を終わらせる。創造主にはすでにそれを行うための計画も立てられている。

 

『戯れだ。貴様がそうまでして時を伸ばし待った存在を、一種の解を見つけた者を見たかった。それだけのことよ』

 

 カグラは創造主の言葉に苦笑し、また先ほどと同じように空を眺める。そうして確信を持ったように呟いた。

 

「ゼクトは来る。……だから大丈夫」

 

 自分の意識を殺されることの恐怖は初め程は無い。自分の中に創造主が居て、その先で自分が消えてしまう事にカグラは恐怖した。だからその時は確かに人形だったフィリウスに縋り付く様に呪いを植え付けてしまった。

 

『貴様の言う物語に居た『始まりの英雄』の名か。それをあの人形につけたとして、なぜそうまで確信できる』

 

 カグラの言う『ゼクト』とは、カグラの知っている魔法世界の物語に居る英雄の名前だった。

 魔法世界の住民ならば誰もが知っている『七人の英雄が世界を救った』物語。その中に居る『ゼクト』の様であってほしい。正しくは『ゼクト』であって欲しいとカグラは望んでいた。

 自分一人では創造主を止めることはできない。だから、フィリウスが『ゼクト』であって欲しいとカグラは考えたのだ。

 

「私はね、ゼクトに良く似たひとを知ってる。ずっと悩み続けて、真正面から迎える様な友人を見つけて、操り人形から抜け出した人を」

 

 だから、フィリウスという人形ではなく『ゼクト』という英雄として自分の前に立つ。自分の知る『彼女』が何よりも大事に思った『少年』の軌跡を見て、確かに操り人形ではなくなる姿を見てきたのだから。

 

『――人形から外れるか。それもまたいいだろう。私の理から外れた者もまた、新たな解とへと成り得るのだから』

 

 創造主は思う。カグラは知っているのだ。魔法世界を救う事の出来る一つの解を。そしてそれをカグラ自身が言う資格が無く、この世界に居る責任を彼女は果たそうとしているだけなのだと。

 

「――ああ」

 

 

 

「来てくれたんだね、ゼクト」

 

「ああそうじゃな。お主の望み通り、殺しに来たわ」

 

 

 ゼクトは表情を押し殺してそう言った。

 創造主の人形としてではない、悪い魔法使いを倒す英雄として『ゼクト』は此処に居る。

 

「……ごめんね、こんなことを押し付けちゃって」

 

「ああ、まったくじゃ。何故お主を殺さなければならん。何故お主を殺さなければ……魔法世界が滅ぶなどと言う面倒なことになっているのじゃろうな」

 

 ゼクトは創造主の掟を召喚し、カグラも立ち上がって同じものを召喚した。

 そして、カグラの着ていた白いローブが黒く染めあがる。影のようなそれを纏った創造主は、召喚された創造主の掟を媒体に、大量の魔方陣を作り上げた。

 

『フィリウスよ、貴様が糸を切り放ったと言うのなら、英雄の如く止めて見せるのだな』

 

――

 

「もう、いいの?」

 

 散りばめられた星が広く見える砂浜で、その少女は膝を抱え座っている。だがその姿は今にも消えてしまいそうな霞のような存在へとカグラはそう尋ねた。

 

「うん、なんかもう、疲れたし、凄くねむい」

 

 その少女の声はとても眠たげで――悲しそうな声だった。

 酷く辛いことが有って、そんな事実を知らなければよかったと泣いて、自分という存在に価値をその少女は見出すことができなかったのだ。

 

 少女は多くの人を救った。彼女が自分の身を犠牲にしたからこそ、壊れるはずだった世界は保たれたまま英雄に救われた。

 だけど少女が目覚めたそのとき、少女を知る者は誰もおらず、自分が居るはずだった『居場所』さえも世界によって塗り替えられた後だった。

 本当に大事だと思っていたはずの弟分の隣には、自分と同じ顔をして自分と同じ名を持つ誰か居て、その存在によって少女は誰からも忘れられてしまったのだ。

 

 

 九十九から零れた一である少女を拾う者は居ない。

 

 カグラ自身もその一である以上、消えゆく彼女を繋ぎ止める言葉を出すことはできなかった。

 だからカグラは言った。ずっと辛い目に合った少女が、これ以上苦しみを持たせないように。

 

 

「……分かった。おやすみなさい■■■」

 

「うん、おやすみ」

 

 霞のようなその存在は、その霞と同じように、風に吹かれてどこかにその存在を消していた。残されたカグラは、その少女の世界だったはずの空を見上げていた。

 

――

 

 エヴァンジェリンが見ていたのは神話で行われていた神々の戦いの様だった。

 創造主の掟と呼ばれる杖をお互いに持ち、そこから世界の情報を引き出して魔法をぶつけ合っている。雷が、炎が、大地が、氷が、風が、闇が、いくつもの魔法になって互いを行き交っていた。

 だがその戦いに介入する力はエヴァンジェリンにはある。そのための闇の魔法であり、真祖の吸血鬼と呼ばれる存在であることを理解していた。

 

「……本当に、手を出さなくていいのか?」

 

 エヴァンジェリンは自問する。

 ゼクトには魔力のパスを繋ぎ常に供給している。だがそれ以上の助力を彼は必要とはせず、カグラとの戦いには手を出さないでほしいとエヴァンジェリンに言っていたのだ。

 だからこそ負けることを不安にしているのではない。本当に創造主となって戦っている少女を殺さなければ止まらないのかと考えていたのだ。

 

「時間が無いのさ。いくらキサマとは言え、本当の意味での不可能を成すことは無理だろう?」

 

 エヴァンジェリンの独り言を答えたのはネージュと呼ばれた魔女だった。カグラがどこにいるのか知っていたのがネージュで、彼女に連れてこられたからこそゼクトはカグラの消滅までに間に合わせることができていた。

 キッとエヴァンジェリンはネージュへと視線を向ける。だがそれも意味のないことだと思考を巡らせる。

 

「何かないのか……何か…」

 

 エヴァンジェリンはカグラという少女と話した事も無い。だがほんの少しのゼクトとのやり取りで、彼女が本当に死ぬべき人物なのか考え、否と言う答えを出していた。

 エヴァンジェリンは諦めない。諦めてしまったら可能性がすべてなくなってしまうのだ。無限に近い寿命を使ってその可能性を浮き上がらせたのが彼女の研究の結果であり、ゼクトを立ち直らせた言葉でもある。

 だから仕方ないと言って諦めることなどできなかった。

 

「……なぜそんなにも、会った事も無いような奴のために考えているのだろうな」

 

 ネージュはそう誰に言う訳でもなく呟く。

エヴァンジェリンをネージュは無様な者だと感じていた。例えばエヴァンジェリンが自身の死が迫ったとしたのなら、みっともない姿見せてどんな事をしてでも生き延びようとするだろう。キャメロン・クロフトによって実際に死が近づいたときなどそれがよく表れており、死にたくないと叫ぶ彼女が無様で、覗き見ていたネージュは苛立っていた。

 例えばネージュはその時が近づき、自分の行いの結果が死であるとしたのなら、すっぱりと受け入れるだろう。

 

 それがネージュの――『悪の魔法使い』としての矜持だった。

 

「御主人ハ、人間ダカラナァ」

 

 そうエヴァンジェリンの従者であるチャチャゼロは呟いた。エヴァンジェリンは吸血鬼と言う種族で、どこまでも矛盾しているその言葉にネージュは耳を傾ける。

 

「不死者ノクセシテ死ヲ恐レル、死カラ逃ゲルタメニ抗ウ、ソノ死ガ他ノ誰カデアッテモダ」

 

 正しくは、自分が要因で誰かが死んでしまい自分が『悪』に変わってしまう事を恐れた結果、エヴァンジェリンと言う存在は確立されていた。

 

「俺ヤテメェミタイナ『バケモノ』カラシテミレバ、ウチノ御主人は馬鹿デ、羨マシイ生キ方ダト思ワネェカ? ナァ『御主人サマ』?」

 

「さて、誰の事やら。それに馬鹿だとは思うし羨ましくも思えんなそれは。だが眩しく思うよ、その生き方は」

 

 小さくつぶやいた言葉はその言葉の中に含む相手には聞こえてはいない。思考の渦のなかでカグラを助ける方法を探す彼女にその言葉は届かなかった。

 唯一その傍でチャチャゼロがネージュの呟きを聞いていた。そしてその言葉の意味も理解していたのだ。

 

「生にしがみついて、誰よりも悪を恐れて、決して諦めようとしない」

 

――まるで、人間みたいじゃないか。

 

 それは彼女が、ネージュ\■■■■■■■■が捨ててしまい二度と手にすることが無いことなのだから。

 

――

 

 カグラが魔法世界で目覚めたとき、自分という存在が無価値であると思っていた。

 カグラという少女を知る者は誰もおらず、誰からも必要とされていない。それを無価値と言う言葉以外で述べることはできなかった。

 だがそんなカグラに意味を与えたのは、目覚めた先の村に居た住民たちだった。カグラのことを行き倒れだと思った彼らはカグラを介抱した。善い行いは必ず自分たちに巡り返ってくる、そう子供のころから村で回っている言葉から、カグラと言う少女は世界に立つことができたのだ。

 

 そこからの生活はカグラにとって新しいことばかりだった。多くの笑顔や体験が徐々にカグラの心をほぐし、打ち解けていくことができたのだ。

 幸いカグラは人並み以上に力が有り、多くの危険な動物を狩ることで村へと貢献できていた。そうして多くの人たちから声を掛けられ――カグラはこの世界に居ることの価値を見つけ出した。

 

 それを、創造主という存在が全て壊した。

 

 だがそれをカグラは責めることはできないと理解していたのだ。他の誰でもない『悪いのは自分』であることを理解していたのだ。

 

 

 『カグラ』という存在がこの世界に居るからこそ、創造主はこの身体に『宿らざるをえなかった』のだから。

 

――

 

 ゼクトを殺そうと迫る黒い魔力の魔弾を回避しつつ、ゼクトは自分とエヴァンジェリンのパスからの魔力を振り絞って魔法を放つ。

 地形は既に変わり、大地は割れて村であった名残など何処にも存在していない。そんな残骸を足場にゼクトは駆けていた。

 

『まだ足掻くか、フィリウスよ』

 

「ワシは、フィリウスなどと言う名ではないわ! 奈落の業火!」

 

 ゼクトへと被雷する魔弾を打ち逸らすために、無詠唱による奈落の業火を放つ。高等呪文を何度も無詠唱で放っているために、媒体にしている創造主の掟が軋んだ。

 無詠唱の魔法などゼクトの思考を裂くだけの重荷に過ぎない。だがそれを使わなければならないのは、それだけ創造主の攻撃が苛烈であり、ゼクトの持つ魔法障壁が役に立たないからだ。

 ゼクトは考える。創造主と言えども、その身体はカグラと言う人間の者に過ぎない。ならばそれを壊せば今回訪れる終焉を先延ばしにすることはできる。創造主、という存在を消すための解をゼクトはまだ持ち合わせてはいなかった。

 

『……フィリウスよ、貴様の行った救済は間違いではない』

 

「どの口がそれを言うか! 多くの意思を消し去ったことは事実じゃろうが!」

 

 言葉を交わされながらも互いが止まることは無い。

 創造主の目的のために、多くの魔法世界の住民が生贄とされた。救済と唱って多くの住民を殺戮してきた。その事実をゼクトは受け止めた、そして間違いであると気が付いたから創造主と対峙しているのだ。

 

『その貴様が救済した意思がまだ残っているとするならどうする?』

 

「――なに?」

 

 創造主の言葉はゼクトにとって寝耳に水のものだった。

 

『その救済した意思を一つに納め、それぞれの意思が最も望む世界を見せて生き続ける。――私の目的がソレだと言ったら、貴様はどうするフィリウス?』

 

 そこでゼクトは理解する。創造主がゼクトへと救済と唱ったのは、決して行為を隠すための物ではなかったことに。

 魔法世界はいずれ崩壊し全てが消滅する。だからその前に魂を補完し、「完全なる世界」を作り上げる。それが目的であると創造主は語る。

 

『だがそれを成すことができなければ――貴様の救済してきた魂は文字通り無価値になるだろう』

 

 だがそれは、フィリウスが犯した罪はまだ罪として存在してはいない。挽回できる状態であることを表していた。

 それは、ゼクト自身が求めている解の一つだ。どうやって償えばいいのか分からずゼクトは、悩みながら歩き続けるだろう。そして創造主が示したのは償いとしてゼクトが行う一種の解であった。

 見えない道ではなく、示された上で道理を成している道。今のゼクトにとってこれ以上の甘言は無かった。

 

 故にゼクトは足を止めた。創造主の言った事もまた、ゼクトとして正のではないかと迷った。だからこそ足を止めてしまい、それを創造主は提案に対して是であると見なしたのだ。

 

 

『――次善解に縋るのならそれもいいだろう。私が答え私がその解を成すとしよう』

 

 

 瞬間ゼクトの視界に入ったのは、空を埋め尽くすほどの黒の魔力で出来た魔弾の雨だった。

 初めから創造主は本気など出してはいなかった。ただゼクトと語り、カグラの言う英雄足る存在であるのかを見るために、魔法を、力を、言葉を交わしていたのだ。

 だが創造主は確信した。『フィリウス』は所詮は人形だった。自分の言葉を受け止め、その道を歩もうとしたのなら、それはもう英雄ではなくただの操り人形だ。

 その魔弾をゼクトが止める術は無い。ほんの僅かでも戦闘のための思考を止めてしまった彼に、今更迎撃をするための手段をとることはできなかった。

 

 創造主は初めてその黒き杖を手にする。魔法世界の住民の生を終わらせる絶対の呪文を唱えるために。

 

『リライト コード・オブ・ザ・ライフメイカー』

 

 爆発するような魔力の奔流が、その呪文と同時にゼクトを中心として広がった。

 

――

 

 『本来』カグラが居た村は滅ぶはずが無かった。創造主は全く無関係の場所で覚醒し、誰かを犠牲にする事も無かっただろう。

 だがその『本来』からずれてしまった理由がカグラだった。創造主が宿る身体について優先順位はある。一つが創造主という身体を治めることのできる無関係な存在。真祖の吸血鬼という存在は、本来創造主が宿るに堪えうることができるための躰を作り出すためのものだった。

 そして――創造主が嘗て人と呼ばれていた時代。その創造主の血を持つ者。

 

 だからカグラがそれに当てはまった。カグラは本来その世界に居るはずのない少女である。出なければ、『黄昏の姫巫女』などと呼ばれた存在が、二人も同じ世界に居るはずがないのだ。そして、その存在へと創造主が宿るという事も有りえなかった。

 

 だから、仕方ないとカグラは言うことができた。村の人たちと言うこの世界の繋がりを全て失ってしまった。この世界に残せたことは何もなく、『ゼクト』という英雄を作り上げたことだけがカグラが残した事だ。

 

 だけどそれでもと、カグラは思う。自分の名をゼクトへと伝えることができた。この世界で生きていくためにつけた、この世界で『カグラ』が生きた証であるその名前を。

 

 

大好きなガトウさんから貰った、その名前で生きているのなら、私はそれでいい。

 

 

――

 

 リライトと呼ばれた呪文は、魔法世界の住民を本来あるべき姿へと戻すことだった。即ち無。魔法世界と言う仮初の場所で造られた繋がりは、同じように仮初の物に過ぎない。だからこそこうも容易く魔法一つで消されるものなのだ。

 初めから存在もしていない者に繋がりなど無い。元在る通りに戻すだけ、リライトとはどこまでも単純でどこまでも残酷な呪文だった。

 

「――そうじゃな。お主を殺せば、ワシが行ってきた救済は本当に殺戮へと変わるのじゃろう」

 

 創造主はわずかに口元を吊り上げる。

 手足は消え去りかけて花びらのような粒子へと変わっている。それでもゼクトが持つ『杖』は、その存在を消してはいなかった。

 

「だがワシはもう決めた。償うと、カグラの望んだ英雄に成りたいとそのために、エヴァの奴と『契約』をした! 贖罪は、自分でやる。貴様の助けは要らんよ、創造主」

 

 ゼクトの召喚したそれは、創造主の持つ『創造主の掟』とは色合いが対照的だった。地球儀と鍵を合わせたような純白の杖を中心に、確かに消滅させられたゼクトという存在は再現され始めている。

 ゼクトには二つの繋がりが在った。一つ目が魔力のパスという物理的な物。そしてエヴァンジェリンとの契約を通した精神的なもの。その証として仮契約を行い、その杖はゼクトの手元に存在していた。

 

「それに――その世界には本当のエヴァもカグラも居ないのじゃろう?」

 

 そんな世界は御免だ、と。ゼクトはそう笑って杖を、アーティファクトである『被造物の誓』を突き付ける。

 魔法世界で作り上げた、人形がその糸を引きちぎったという証であるそのアーティファクトは、ゼクトの覚悟や意思を表している。創造主と対面し、意志を固めるまで発現しなかったそれは、エヴァンジェリンとの繋がりとなってその場所にゼクトを留めていた。

 

『ああそうか。これがあの娘が言っていたことか』

 

 絶対を捻じ曲げるその根源こそが意志だ。そしてその意志と繋がりによって、ゼクトはリライトと言う絶対的な消滅の運命から脱出し、そこに存在している。

何かを成そうと、後ろを向かず前の身を見続ける人が持つそれこそが英雄の素質であり証だった。

 そして創造主は笑う、自分が造りだした世界に、自分が手のくわえた人形がそうした『人間』としての強さを抱いてそこにいることに、喜びさえも感じていた。

 

『ならばまだこの世界には待つ価値がある。解を私が求めるのはまだ早いという事か』

 

 退場するにしても方法がある。そう口元で笑みを作った創造主は、先ほどと同じように大量の魔方陣と魔法を作り出した。

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト! イグドラシルの恩寵を以て来たれ貫くもの!」

 

 ゼクトには創造主が何を言っているのか理解することはできない。ただ自分が成すべきことは、自分が行える最大級の攻撃を行うという事だけだった。

先ほどまでの絶望的な状態ではない、だからこそ悠長に詠唱をすることもでき、その手に障壁を貫く術式兵装を用意することもできた。

 対して創造主もまた――ゼクトの攻撃を止めるつもりは無かったのだ。自身が認めた英雄が、何処まで解を求めることができるのかを知りたくなったからだ。

 

『ならば貴様は求めるがいい、『ゼクト』よ。全てを成す解など無い。それでもなお、不可能を求め歩き続けるがいい』

 

「 轟き渡る雷の神槍! 」

 

 ゼクトの作り上げた術式兵装は真っ直ぐに創造主へと向かい、遮る魔法やその障壁を破壊し、彼女の身体を貫いた。

 

――

 

 カグラが意識を取り戻したとき、大地に倒れ伏せている自分と身体中の痛みから小さく顔を歪め、そしてゼクトが事を成したと気が付いた。自分の中に居た創造主と言う存在は確かに小さなものに成っている。それが自分の生命力と比例しているようで、それでも自分が死ななければ『彼女』を止めることはできないのだろうな、とぼんやりと思った。

 足音が聞こえ頭だけ其方を向けば、ボロボロになりながらもしっかりとした足取りでゼクトが向かってきていた。無茶させちゃったな、と一人呟きながらも見下ろすゼクトと視線を交わす。

 

「……そっか。ゼクトは倒せたんだね、彼女を」

 

「まだマスタ……、いや、創造主はお主の中に居るのか?」

 

 ゼクトはカグラへと問いかける。カグラは殺さなければならない、自分の問いが意味のないことを理解していても、ゼクトはそう尋ねずにはいられなかった。

 

「……うん。やっぱりこの躰がちゃんと死なないと、居なくなれないみたい」

 

「そう、か」

 

 なぜゼクトがカグラの言っていた『ゼクトと言う英雄』に成りたかったのか。

 自分はフィリウスで在ったときから、カグラという存在に憧れていたのだ。偉大な魔法使いの様に人々を助けて周り、ゼクトへと笑みを見せる彼女を。

 

 カグラは何かを探るように懐へと手を入れ、一枚のカードを取り出した。仮契約のカード、その主もおらず持ち主も消えたそれには、持ち主の生存を表す魔方陣は描かれてはいなかった。

 召喚、とカグラが呟くと、そのカードは一振りの大剣へと姿を変えていた。ハマノツルギ、カグラの身体の元々の持ち主が使っていた、創造主への抗体として造られた剣。その剣で創造主を斬るからこそ、長い時間彼女を無力化することができる。

それを成してもらうために、震える手でゼクトへとそれを差し出した。

 

「……ねぇゼクト。一つだけお願いしてもいいかな?」

 

「今更一つも何も無かろう。お主の言う事なら聞くつもりじゃよ」

 

 ゼクトは受け取ったハマノツルギを握りしめ、震える声でそう答える。其処に在る表情は変わってはいなかった。

 居なくなる、消える、死ぬ。そのことの意味をゼクトは理解している。今からやらなければならないことの意味を、大切な誰かを殺すと言う意味の十分に理解していた。

 悲しいのか、それはゼクトには分からない。だが喪失感は確かに抱いていた。彼に泣く為の機能は無く、行き場のない感情が震えとなって身体に現れている。

 

「ずっと、ずっと先の明日の話だけど、私に凄く似ている女の子が泣くと思う。だから、『私』をまた、一人にしないであげて」

 

「……確約は出来ぬが、やるだけはやってみよう」

 

 ゼクトはカグラの事を知らない。どうして創造主の器となったのか、それまでにどうやって生きてきたのか、なぜそのような願いを言うのか、何も知らなかった。

 だからこそ人形の様に、その願いに対して確約するなどと無責任なことはしなかった。

 

「そっか。それならもう、いいかな。なんか疲れてるし、眠いし」

 

 カグラはどこか満足そうにそう言って目を瞑る。自分がこの世界に来てしまって、『赤毛の少年』や『千の魔法の魔法使い』のように何かを変えることはできなかった。

 それでもこの先の未来で、『カグラ』が生まれないようにするための約束はゼクトとできた。自分が目の前で見ていたにもかかわらず、消えて行ってしまった『■■■』――『アスナ』という少女を生み出さないようにできるのなら、カグラはこの世界に来た意味はあったと思う。

 

「……わかった、おやすみなさい、カグラ」

 

「うん、おやすみ」

 

 その言葉を聞いたのが、カグラの最期だった。ゼクトが持つハマノツルギは、カグラの胸へと突き立てられた。

 

――

 

決着は、既についていた。エヴァンジェリンがそうしてゼクトの元へと走っていることに意味は無い。カグラとゼクトの物語に彼ら以外の役者など不要だったのだから。

 だからこそ、カグラをこの世界に連れてきたネージュは動こうとはしなかった。カグラが選んだ結末がそれである以上、これ以上の干渉は無粋であると考えていたからだ。

 

「ゼクト!」

 

 エヴァンジェリンは駆ける。そして彼女に入ってきたのは、ゼクトが剣をカグラの胸へと突き刺している光景だった。

 声を掛けられたゼクトは動こうとはしなかった。カグラを殺したのが自分であると、それを焼き付けるように死んでいく姿を見ている。やがて彼女から剣を引き抜くと、ゆらりと幽鬼のようにエヴァンジェリンへと向き直った。

 

「……なんだ、それは」

 

 ゼクトは泣いていなかった。彼にその機能が無いことを知らなかったエヴァンジェリンは、理不尽な光景を作り出していることに怒り、涙する。

 

「~~~どけ!」

 

 エヴァンジェリンの掌から淡い魔力光が漏れる。そして胸から血を流し倒れるカグラへとそれを押し付けるように魔力を介抱した。

それは治療の魔法だった。膨大な魔力とエヴァンジェリンの魔法はカグラの身体を癒し、傷を塞いでいく。

 それを止める者は誰も居なかった。ゼクトも、ネージュも、チャチャゼロでさえも、カグラという身体にはもう誰も宿っていない事を理解していたのだから。

 

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! こんな、結末を認めてたまるかぁ!」

 

 ゼクトがどんな思いでカグラを殺したのかなんて分からない。だけど殺さなければならないなんて、そんな使命のせいでゼクトはまた何かを背負わなければならない。

 そんな不条理が有るものか、それに対して仕方ないと言って認めてたまるか。

 

 エヴァンジェリンの姿は無様であると言えるだろう。カグラの魂はそこにはない。なのに彼女が死んだという事実を認めず、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら治療を続けている。

泣かない誰かのために、全てを抱えて死んでいったカグラのために泣いているのではない。不条理が認められなくて泣いているのだ。

 

 やがてカグラの身体が修復され、傷が全て無くなった。だがその日、再び彼女が目を覚ますことは無かった。

 


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