エヴァンジェリンに憑依した人の日記   作:作者さん

3 / 24
・従者を見つけた頃の日記

『17□∴年 春

 

 旅は道連れ世は情け、道連れゲットしちゃったおwww。そろそろ日本を出て魔法世界へと帰ろうと思っていた矢先の出来事だ。良い清酒できゅっといっぱいやっていたころに、空気を読まない落ち武者もどきが現れた。京から遠く離れ、さらに一か月後に日の国を去るという内容で契約の術までしたから、忍者も信用して撤退して遠くからの監視にしてくれたと言うのに、一人静かな気分が最悪である。なんだあの血染めの姿は。

 なんかありえない物を見たような表情だ。2000年の現代人が未確認生命体を見つけたらそんな顔をするのだろう。噴水の様に血を流す落ち武者もどきを放置するわけにもいかず、治療する羽目になった。治癒の魔法は慣れていないのだが……まぁ死んだら死んだで仕方ないと割り切っていた。治療師の技術はアリアドネ―で少し学んだ程度なのだから。

 結果、なんか息を吹き返した。なんということでしょう、ボロボロの姿だった男は今では町で声をかければホイホイついて行ってしまいそうなイケメン……かは知らんが完璧な治療跡が! 流石私だ。下手に何かが体の中に残っていたという事も無かったので、案外楽に行けた。

 その青年の名前はササムというらしい。そしてなんやかんやで私に着いてくることになった。なんだあれ。しかし魔法世界に行ったら驚くだろう。その驚いた表情を頭の中で想像して、思わず笑ってしまった。』

 

『17□∴年 魔法世界に来る前の春。

 

 ササムさんの首刈り日記。はっじまるよー。

 三日前。邪法で少年少女を生贄にしようとしていた魔法使いの首を刈って持ってきました。

 一昨日。人を喰っていることで有名だった魔獣の首を刈って持ってきました。

 昨日。依頼で村人や行商人から強奪を繰り返す強盗団団長の首を刈って持ってきました。

 今日。なんだか私の首を見ながらうずうずしています。私のそばに近寄るなああーーーーッ。

 拾ってきた人物がどう考えても魔を斬ることが大好きな戦闘狂です。本当にありがとうございました。どうしたかって? 人形を使う時の糸で簀巻きにしました。いやあの程度なら何とかなるし。熱っつ熱のスープをこぼしながら口に運ぶのは本当に楽しかったです。こっちみんな、にらみつけても私の防御力は下がらんぞ。火鳥か貴様は。

 え、こいつアリアドネーに入れていいの? 生徒や職員として暮らしている魔族の人とか見たら、斬りかかりそうなんだが。私とか何回か来る前に斬られそうになっている。セランに事前に相談したら、ものすごく嫌な顔でできれば入れないでほしいというニュアンスで話されたが、私の従者として結局いれちったww。悪い奴でもなく、来る前にそこそこ打ち解けてはいたので、道連れとしても悪くは無かった。ときどき刀に手が伸びるのは条件反射かなんかなのだろうか……』

 

―――――

 

「……はっ、ざまぁみろ。糞野郎が」

 

 六尺ほどの赤く染まった大太刀を引き抜き、そう呟いたのは一人の男だった。赤染めの手甲、臑当には黒い染みとなって血が付着されている。黒染めの着物には同じように、返り血が付いたのだろう。血の匂いが辺りへと充満している。

 男は倒れる目の前の存在……鬼を見下ろし、その首へと太刀を振り下ろす。刎ねた首は鞠のように跳ねて転がった。その鬼の髪を掴んで持ち上げると、ゆらゆらと男は来た道をゆっくりと引き返した。

 その道にあるのは、同じように死体となっている鬼達だった。もっとも人よりも大きなその亡骸でも、男が最後に討った鬼と比べれば、小鬼程度の大きさしかなかった。

かふ、と。男は小さくせき込み、口から血を零した。応急処置はしてあっても、長くは無いだろうと男は判断する。それでも、男はその鬼の首を持って帰らなければならなかった。

 男は剣士だった。名前も無く、団子屋に蹴り出されたときの言葉の一部を名前にするような、ただの浮浪児であった男が剣を持つことができるようになったのは、単に剣を振るう才があったことと、京都神鳴流の剣士に拾われたからだ。京を護り魔を討つ戦闘集団である神鳴流派の中に席を置いていたその男は、その日まで一人旅に出ていた。

 少し前、東の都で神鳴流の剣士が妖刀に飲み込まれ、それを鎮圧するために多くの神鳴流剣士が散っていったという事件が起きた。その事件の会場に旅をしていた男は間に合わず、到着したのは結果的にその剣士が青山の名を持つ神鳴流剣士に斬られた後だった。その時思ったのは、自分を育て鍛えた者の死ではない。男を笑っていた剣士たちの亡骸への失望でもない。ただ魔を斬り伏せることができなかった、という虚無感だけだった。

 京を護るため、後続の剣士の育成のため、本来なら男は残るべきだったのだろう。だが来るかも分からない脅威のために、自らや後続の剣士を修練することを男は是としなかった。元々浮浪児であり、護るべきものはただ自身のみであった男にとって、十数年という時を重ねても、護るという物の形は見えてはいなかったのだ。其処に居るだけで護れている、という事実を理解することなどできなかった。だから、旅に出ていた。

 

 そこに出くわしたのが、一つの村だった。春の訪れとは逆に、沈んだ空気が蔓延しているその場所では、一人の少女が祭り上げられている。小奇麗な衣装を纏ったその少女の表情は無い。その状況から男は判断する。アレは、生贄だ。近くに在る鬼の集落への、年に立った一度差し出すだけで鬼が溢れることを防ぐ、人柱だった。

 別に男はその情に流されたわけではない。ただ、斬りたかっただけだ。被害の大きさを考え静観されていたその鬼達の住処に、大太刀と幾つかの防具だけで攻め込んだ男は、無警戒でいた鬼達の首を刎ね飛ばす。猿叫をきっかけに怯む鬼達を斬って刎ねて、落として、刈った。男自身の傷を気にせず、鬼達を斬り続けた。

 京都神鳴流は京を護り魔を斬る剣である。ならば京を護らない自分には、ただ魔を斬ることだけしか残らない。ならば自分には、魔を刈る以外に生きる意味が無いだろう。だからこそ、鬼を、魔を刈ったのだ。

 

「……糞が」

 

 桜の匂いが鬱陶しく、男は思わず呟いた。歩いて自分は本当に進んでいるのか。その感覚さえも曖昧になっているのを実感した。そこで死んでいくことは恐怖ではない。ろくでもない場所で死ぬという事は、浮浪児だった頃から分かっていたことだ。

 木々の合間を抜ける。そこでは鬼達がいつも集会でもしていたのだろうか。集落からは離れた場所ではあったが綺麗に整理されたその場所は、木に囲まれた広場となっている。その中心に、一人の影があった。

 

 

「……だれだ? こんなに素晴らしい月の下へと、血の匂いを撒き散らす無粋な輩は」

 

 

 一瞬、それが何なのか男は理解することができなかった。

 金色の髪は満月に照らされ鈍く輝き、白い肌を持つその小さな姿は南蛮の服にも似た、黒い衣装で纏われている。昔に遠くから眺めていた、文楽の浄瑠璃人形でも見たことが無いほど綺麗だった。童子と言うにはその雰囲気はあまりにもかけ離れている。一度だけ会ったことがある、近衛の術師と同じように、長く生きた者と同じ空気だった。

 木の切り株に座っていた少女は腰の瓢箪の酒を傾けると、ぐいと一飲みして立ち上がる。そして男の視線へと少女は合わせ、それに対応する様に男は大太刀へと手を置いた。

 男が反応したのはその少女から感じられた気からだった。一瞬仙人を思わせたその雰囲気だが、感じられたのは強大な魔であった。先ほど斬った鬼も魔としては上位の者だ。少なくとも協会が静観するほどの者であった。しかし、男の目の前の少女と比べれば赤子と大人だ。鬼子母神かその類か。

 

「テメェ、鬼か?」

 

「鬼? ……ふむ。成程、この国でそうか否かを聞かれれば、私は肯定することしかできないな。それがどうした?」

 

 男にとってはその言葉だけで十分だった。先ほど苦労して刎ねたはずの鬼の首放り投げ、大太刀を引き抜き両手で構えると、気を体中に巡らせ地面を蹴り飛ばす。

 

「あぁ……あぁそうか! だったらテメェは魔か! なら斬らせろ! その首俺にここで刈らせろぉ!」

 

 強大な魔、ならば男が剣を握り動く理由としては十分だった。そして湧き上ってくるのは、目の前の強大な魔を斬り伏せたいと言う欲求だった。

 血は足りない。二太刀も入れれば、この躰は意識を失うだろう。ならば一太刀で刈り取る。後の事も考えずに男は気を放出した。

 少女は動かない。瓢箪を片手に眉を僅かにひそめ、空いた手をかざした。ぼう、と白く光ったそれを男は術の発動と判断した。発動と同時に向かう数本の光の矢。京の術師とは違う、高度に練られたであろうその矢を、男は立った一太刀で斬り落とす。横薙ぎに一振り、それだけでこの少女の首は刈れるだろう。そこまでの距離まで詰め寄った。

 ぱちん、という音がどこか遠く聞こえる。

 

「縛れ」

 

 異国の言語であったが、少女は指を鳴らしてそう呟いた。

 男の下に現れたのは魔法陣だった。正三角形を二つ重ねた物を円で囲んだその法陣から光が溢れ、男の身体を縛った。

 

「魔法の射手、戒めの矢11本。眠りの霧。後は寝ていろ」

 

「て、めぇ……」

 

 絞り出した声がそれ以上続く事も無かった。霧状の魔力を吸い込むと段々と瞼が重くなり、落ちていく意識に逆らうこともできず、目の前の少女に寄り掛かるように男は倒れた。

 

 

 

それは男……ササムにとって懐かしい出来事だ。闇の精霊によって見せられていた白夢中に思わず苦笑しながら、隣に居る自分のご主人に話しかける。

 

「俺も若いころがあったもんだ。懐かしくって欠伸が出るだろご主人」

 

「ええい何をしているササム!? 今どういう状況なんだ!? のわぁ!? かかか掠ったぞおい! なんだ低級精霊が図に乗りおって! 高等呪文でこの遺跡ごと吹き飛ばしてもいいんだぞこのド低能どもが!」

 

「やめい」

 

 髪の毛が焼けた音にエヴァンジェリンは思わずのけぞると、辺りを飛び回る雷の精霊たちを睨む。男……ササムはエヴァに一発チョップを打ち込み、一瞬で大太刀を構えて一閃する。飛び込んできた雷の精霊の一匹が崩れ落ちた。ずっと半分寝たような状態で油断していたのだろう。エヴァンジェリンは意識を急に覚まされ混乱している。それほどまでに自分に信頼を向けていると言うところが、少しだけササムには誇らしく感じる。

 そこは魔法世界のダンジョンだった。そこに眠る遺失呪文を目指し、その最奥で魔力を貯めこんで狂暴化した精霊達を相手に、ササムは思わず欠伸をしていた。狂暴化し、雷と同じ速度で移動する雷の精霊を見ながら思わず口元を緩めた。

 ササムが倒れた後、水晶球に放置されて忘れられていた結果、結局ついていくことになった。初めはエヴァンジェリンの首を刈り取ることを考えていたササムであったが、魔法世界というそれ以上の餌に釣られたのだ。数年たって落ち着いた現在では、若気の至りだと笑えるものだと思っている。エヴァンジェリンからしてみれば、それで首を刈られかけているのだから、たまったものではなかったが。

 アリアドネ―を拠点に、遺失呪文の情報を得てはエヴァンジェリンと共に訪れる、という生活をしている。そこでは正しく自分の剣を求められていた。災いをもたらす魔が存在していたからだ。そんな風に罪を犯す悪魔を刈り、暴れる黒龍を刈り、豊作になった稲を刈り、日々過ごしていた。

 災いをもたらす魔を斬るという事は、自分がこの流派の剣を使っているのなら避けられないことだ。ならば自分は、真祖の吸血鬼という魔であるエヴァンジェリンも斬るのだろうか。ササムの中には三つの思いがある。神鳴流の意味に則って魔であるエヴァンジェリンを斬るべきでは、という思い。共にいるのは心地よい、という思い。そして、極上の魔であるエヴァンジェリンを斬りたい、という思い。

 京都神鳴流は魔を討ち護る剣。だが今ササムがその意味を正しく理解することは無い。ただ今は剣を振るう理由として、災いをもたらす魔は存在するのだから、斬り伏せられることに満足しても悪くは無いだろうとは思う。

 

「ササム、聞いているのか!? まったく、従者ならご主人様が足を踏み入れた頃には掃除は終わらせるぐらいしてみせろ!」

 

「へいへい、聞いていますよご主人。ちょっくら終わらせますよっと」

 

一閃、ササムは剣を振るって雷と同等の速度で襲いかかる精霊の首を刈り取った。

 ただ、面白い、とササムは笑う。契約をしているわけではない。予想していたよりもお転婆で、可愛らしい少女の従者になってしまったものだが、面白い、と。そう思えることは確かだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。