エヴァンジェリンに憑依した人の日記   作:作者さん

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・普段の魔法世界での日記

『17□●年 季節、春

 

 なんか賞金稼ぎに命を狙われた。久々に狙われたが実戦の勘も鈍ってはおらず、全力で動くことはしなかったが、見事に鎮圧を完了した。ゴロツキが私の命を狙うとかww。せめてササムを倒せるぐらいの戦力連れてこいww。なんか魔獣使いで龍とか使役していた……が、ササムに悉く首を斬り下ろされていた。共にいた家族同然の動物を殺されたことには同情するが、……そもそも戦場に連れてくるなァーーッ! 記憶クラッシュとギアスは忘れません。つーか、未だに指名手配されていることが驚きなんだが。

 なんというか、ササムとしては自分は指名手配されていないのに襲われたのだから、問答無用で全員首刈りにするつもりだったらしいが、私がストップをかけた。だからお前は他の奴らに首刈りと呼ばれるんだ……。

 文句? ないないアイツ私の従者だ。私の命令を聞くのは当然だろう。なんか街でおごらされているとか、私の心が寛大なだけだ。財布を勝手にもってかれて、装備を買われているのも私が寛大だからだ。アリアドネーで勝手に飲み食いして私にツケを回しているのも……。うん、一度ガツンと言ってやろう。あの男はーーーッ!!』

 

『17◇∵年 季節、夏

 

 契約の魔女、どっかの魔法少女の話に出てきそうな名前の魔女だ。そんな厨二病乙と思うような名前だが……私の二つ名なんだ。契約の魔女(キリッ、だっておww誰だそんな名前つけたのはww。

 とりあえず付けられる理由については心当たりがある。私が冒険に出て賞金稼ぎに出くわしたとき、命を取ったことは無い。ここ百数年は殺した記憶もない。とはいえ戦士ならその四肢の一部を、魔法使いなら記憶を消したりはしているが。そして施しているのが契約だった。誰にも知らせない、知らせることができない、そういう条文のギアス。しかしそれでも噂というのは広がってしまうのか。

 挑んでも死なない、引退前に一稼ぎ狙うために挑むのをお勧めされている賞金首としても有名らしい。賞金首になって数百年前だというのに元気なことだ。戦士にとって四肢は、魔法使いにとって知識は、賞金稼ぎとして活動するには必須のものだ。それを奪う程度の事は許してほしい。

 そんな小賢しいことばかりしている自分に嫌悪する。理解している。私は、『悪』になんてなれはしない。』

 

『17●☆年 季節、あの花が咲いたころ

 

 日記にシリアスとかないわww。現実なんてクソゲーに居られるか! まずはそのふざけた現実をぶち壊す! そんなことやっていたらササムに首根っこを掴まれて外に追い出された。やめろぉーっ、私はニートするんだ! 私に研究をさせろぉ!

 そんな風にわめいていたが、どうやら新しいダンジョンで遺失呪文、私からしたら新しい呪文を描かれた石壁が見つかったらしい。先に言えこの馬鹿チンが!

 武器とおにぎり片手に出発で気分は風来人。しかしどうやって考えても私が小動物役になっている。だってササム魔物を見つけたら、ヒャッハー魔だー! 魔物は消毒だー! と言わんばかりに刈るのだから。ダンジョンの中だけ世紀末なんだが。眼の白と黒が反転していた。

 神鳴流剣士はあんなのばかりなのだろうか。尋ねてみたら、以前私が部屋に踏み入れる前に片づけろ、という言葉を忠実に守っていたらしい……ってダンジョン虐殺事件の原因は私ではないか! しかしきっちり守ってくれていたこと思う事もある。べ、別に嬉しくなんかないんだからね! ……何を書いているんだ私は。いやいや、従者が私を護るとか当然だしww。……本■のと■ろ嬉■■な■わけ■■な■。(塗りつぶされている)

 とりあえず遺失呪文の石版2get。時流操作は案外難しい。時間は腐って風化するほどあるのだから、のんびりやろう。

 

『17☆■年 春

 

 なんかササムにお前の首刈らせてとか言われた。意味☆不明だった。日本語でおk。

 いやなんか戦闘狂だってことは知ってた。積極的に討伐クエストとか受けに行くし。適当に相手をして終わったけど。止めてよね、ササムが私に勝てるわけないでしょ。

 しかしぼこぼこだったな。私も闇の魔法も使ってしまったし、というか自力で感卦法習得して神鳴流奥義が飛んでくるんだが。障壁抜けて刃が飛んできた。マイルド、マイルドだから! 治療に一か月もかかってしまった。私は数日だが。さっすが不死ぼでぃ! 奴らができないことを簡単にやってのける。そこに痺れる!■■■■(荒々しく塗りつぶされている)

 治療が終わって何か月かしたら、また二人で旅に行ってきた。ダンジョンめぐりは面白い。クロノスの神殿にあった遺失呪文などは、とても糧になる素晴らしい物だ。ただ、最初から強くてニューゲーム状態でのダンジョンはなんとも。ただ、誰かに背中を任せられると言うのは悪くない。

 なんか帰ってからなんか旅行に行かされた。場所は日本。京都とか飽きた。ササムはどっか行って放置されていたから、隠れて監視している忍者に挨拶したら落ち込まれた。解せぬ。長瀬上忍がやたらとニコニコしてた。無言のオーラがやばい。そして私の従者との手合せで地形がやばい。水晶球の中の庭が……。無表情の自動人形の背中にどこか哀愁が漂っていた。』

この先は黒く塗りつぶされている。……しかしインクが足りなかったようだ―――

『しかしあのマセガキ! 誰と誰がデートに出かけたって? あの耳年増どもが! 宿題を倍プッシュだ……』

 

 

 

―――――――

 

 瓢箪の中に入れた酒に手を伸ばし栓を抜くと、芳醇な香りが辺りに広がりそのまま瓢箪を傾けた。清酒を中心に飲んでいたが、果汁酒も悪くない、と。ササムはアリアドネーの街を歩きながら、図書館へと足を延ばした。数日前、賞金首を何人か刎ね飛ばしてきてからの帰りである。一か月ほど、寝たきりの大怪我のリハビリ代わりの物だが、ある程度戦場の感覚も戻ってきている。

 途中、菓子屋などを見て、自分の主人である。エヴァンジェリンを思い出す。なんか菓子の一つでも持って行ってやろう。ある部屋の一室を自室にしてしまっているのだから、図書館に持って行っても大丈夫だろう。似合わないとは理解しつつも、菓子屋へと足を向けた。

 

「ん?」

 

「あら、奇遇ねササムさん」

 

 そこに出てきたのは珍しく落ち着いた色合いの私服を着たセランだった。ササムとしてはいつこの女は休日があるのだろうと考えていたほどであり、若干眼を丸くして驚いた。

 対してセランはにこやかな挨拶とは逆に、ササムの様子に眉をひそめた。小手や臑当などの防具を着け、腰に据えた大太刀と、その半分程度の長さの脇差。片手には酒と、叡智の都市であるアリアドネーでは明らかに浮いた姿だったからだ。

 

「……随分な格好ですね。随分と目立ったのではありませんか?」

 

「ん? おお。流石に黒の和服はこの街には浮くか。しかしエヴァがわざわざ俺に作ってくれたものだからなぁ。似合っているだろう?」

 

 小さく照れるような笑顔で返すササムに、セランは嫌味が通じていなかったことに溜息を吐いた。しかし以前はさらに凄かったのだ。賞金首を討伐したばかりで血まみれ怪我まみれの姿で帰還した時は、周りの人たちも恐れで涙目になり、エヴァンジェリンもいろいろな意味で涙目になり、散々だったのだ。洗濯をしてから訪れるだけ、成長したのだろう。 

 和服はエヴァンジェリンが縫ったものを使っているが、その上に羽織った赤いブルゾンは魔法世界のもので、エヴァンジェリンからの贈り物だった。わざわざ律儀に使っているあたり、主従仲が良い様で、とセランは肩をすくめて思わずにはいられなかった。

 

「ええ。ササムさんは今日はエヴァのところですか? そろそろ授業も終わって部屋に戻っていると思いますが……行くのならご一緒しますよ」

 

「そうか。賞金も装備に使ってしまったから、セランが菓子を買って行ったのなら丁度いい」

 

 ササムの稼いだ賞金などは、殆どが返ってくる前に消費されている。エヴァンジェリンの従者という事でこの都市に居る。机に座って学ぶよりも、剣を振るいながら学ぶササムにとって、この都市は退屈な場所だろう。ギルドなどに入り浸っている方が、ササムとしては性に合っている。

 その答えにセランは呆れたように溜息を吐いた。それを無視して先を歩き出してしまったササムを、セランは慌てて追いかけた。

 

 

「ご主人は最近どうだ。最近新しい遺失呪文を見つけたのだから、どうせずっと引き籠っているだろうが……」

 

「そうでもないわ。貴方が大怪我で運ばれて以来、どこか落ち着かないわ。毎晩泣き腫らして看病していたのに貴方は。そのまま都市の外に行くなんて、ちょっと無神経すぎないかしら」

 

 肩をすくめたセランにササムは何も返すことができず、ばつの悪そうな顔をする。

 セランにとってエヴァンジェリンは悩ましい種でもある。現在各帝国などからの圧力など晒される元凶でもあるが、同時に新しい叡智を生み出す存在でもあるのだ。ほんの数年前に、闇の魔法と呼ばれる、魔法を圧縮して身体に取り込む術を開発するなど、その貢献度は高い。

 そんな人物だから、そして真祖の吸血鬼であるから、という理由で心配しているわけではない。その心配は、少なくともアリアドネーの中では消えかけている。セラン個人にとって、エヴァは友人なのだから。

 

「いったいなにをしていたのよ貴方。あんなに取り乱す彼女なんて、数十年と一緒に過ごして初めて見たわ」

 

「エヴァンジェリンの首を刈ろうとした」

 

「………………はぁ!?」

 

 途中まではいつもの通りだと思ってはいても、最後の人命に周りの人の気にせずセラフは声を上げた。突然の事に振り返る通行客達に顔を赤くしても、それ以上にササムの言ったことが異常だったのだ。流石に大きな声で話すことではないとセランも理解する。ササムの耳元に聞こえるように近づき、小声で聞き返す。

 

「どういうことなの? 貴方とエヴァは恋仲……とは言わないけど、主従じゃなかったの?」

 

 セラン自身も長く人を見てきたとは思ってはいるが、目の前の男の思考については訳が分からないと言わざるを得なかった。距離感としては主従ではなく、恋仲と言われても違和感が無いほどだ。それを指摘して、真っ赤になるエヴァを生徒たちが弄る程度には。

 

「主従ではある。恋仲、それだけは絶対にありえない」

 

 ササムはそう言って、数か月前の事を思い出す。

 人には寿命がある。アリアドネーでは寿命についてはバラバラであり、それぞれの価値観を持っている。ササムも人間としての価値観を持っていた。

 8年、自分の心情が変化するには十分な時間だった。しかし自分がどう思おうと、エヴァンジェリンと正しい意味で共に歩くことは出来はしない。吸血鬼化するのなら話は別だが、エヴァンジェリン自身がそれを是としないだろう。

 だから年齢的にも、自分が戦士としての絶頂期は今だった。剣士としての腕は冴えるのだろう。しかし、戦士としてのバランスで考えた場合、おそらく今を逃せば、自分はただ衰退していくだけだ。だから、今しかなかったのだ。

 エヴァンジェリンの、自分の望み叶えるのは。 エヴァンジェリンにとってそれが、正しくも間違った望みであったとしても。

 それも過ぎたことだった。そして、それは自分が、相手がどう思っていようと、ササムが正しい意味で共に歩むことは無い。

 ササムは自分がそこまで頭が回るような人間だとは思ってはいない。だが、一番共にいた自分の主がなぜ、契約の魔女なのか、その程度は理解しているつもりだった。

 今日ササムは、エヴァンジェリンに京へと向かう事を知らせに来たのだ。自分の中でくすぶっているものの解消と、自分が未熟だったころ、恩があった者達へと挨拶をするために。

 

ササム自身は知っている。自分の中ですでに結論付けたのだから。

 

 

人と魔が、共に歩めるはずがない。

 

 

『やめろ、いやだ……もう嫌だ! 死ぬな! 私を一人にするな! 私に■させないでくれ! ササム!』

 

 

 

 しばらく歩くと、学園の中にまで到着する。図書館の一室に行ったところ、まだ戻ってはおらず、迎えに行くつもりで二人は訪れていた。

 

「ええい貴様らいい加減にしろ! 私は子供じゃないって言っているだろうが! しかも貴様らの教師だぞ! 撫で繰り回すんじゃない!」

 

「あははっ、エヴァちんかーわーいーいー!」

「ねーねー、この服作ってみたんだけど着てみてよー! ふりふりが可愛いよねー」

「騎士団の正装なんてどうかしら!? わざとだぼだぼな服装なんて……はしたない!」

「ねーエヴァせんせー。次の人形劇はいつやるのー?」

 

「や・め・ん・かー!」

 

 ササムとセランがエヴァンジェリンの元に着いたのは、最終授業が終わった教室だった。学園の生徒が騒ぐ声が聞こえたことに、セランは思わず腰に手を当てて溜息を吐く。はしたない、という思いもあったが、その学生に紛れて聞こえる悲鳴に、相変わらずね、と思う方が大きかった。

 

 溜息を吐いてササムはエヴァンジェリンを引っ張り出す。生徒たちはそれを指摘して、エヴァンジェリンは顔を林檎の様に真っ赤にしていた。そんな生徒たちをセランは教室からせかすように追い出した。

 それは、この世界での日常の1ページ。

 

 ただ今は、そんな日常が続いていく。

 

時が止まった少女にとってそれは、永遠に続けばいいと願う事だった。

速く時の進む男にとってそれは、必ず終わりゆくものだった。

 

 だから必ず、少女は思わずにはいられないことだった。己の望みが何であったのかを。

 




とりあえず改訂版はここまでです。

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