エヴァンジェリンに憑依した人の日記   作:作者さん

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今回日記がありません。あと、繋ぎの話なので適当に流してくれればいいと思います。


・理由

 その手足にはめられた手枷は魔法の処理を行われたものであり、なんの力も使わずに破壊することはかなわないだろう。それを理解し、エヴァンジェリンは魔力を入れようと試みる。しかし、一般人の少女の様に、その手にはなにも籠らない。並みの契約であるなら破れる自身が在ったが、高度すぎるギアスに思わず舌打ちをしていた。紙の、大した付加もされていないギアスロール程度ならばと侮っていたのだろう。内容を確認し、問題ないことは理解していたが、言葉を発することがキーになる別種のギアスロールを重ねて掛けられていたことに気が付かなかった。そんなことをすれば、相手の立場が不利になるのは目に見えている。そして人間が使うギアス程度で、魔力が全く使えなくなるほど縛られるとは思えなかった。

 動物を動力とした乗り物に乗せられ、どこかに運ばれているという事は理解している。窓もあり外が見える部屋であっても、アリアドネー以外の場所の地理は彼女は詳しくは無い。一目見ただけでどこに運ばれているのか理解することはできなかった。

 そのとき、かつん、かつんという窓叩く音が響き渡る。見れば、そこにはセランのアーティファクトである、渡鴉の人見のゴーレムが顔をのぞかせている。閉ざされた個室に入ることは叶わないが、そこから見ることはできるだろう。つまり、既にセランはこの場所を捕捉しているということだ。

思わず口元を緩める。信頼のできる友人達だ。だから安堵の意味も込めた笑みであった。

 そのとき、部屋のドアが開かれる。其処に居たのは一人の男だった。黒いローブを纏い、白髪頭を肩まで伸ばしたその男性は、柔和な表情をしてエヴァンジェリンを見下ろしている。そして一礼して視線を合わせた。

 

『ご機嫌はいかがですかな、エヴァンジェリン様?』

 

 キャメロン・クロフト、ギアスロールを出して契約を施し、さらに施設に大量の召喚獣を出した張本人だった。人の召喚できる許容範囲を超えていたため、おそらくアーティファクトの補助によるものだったのだろう。

 

『おっと、これは失礼しました。枷を着けたままで機嫌も何もあったものではありませんね。これではお茶の一つもできはしませんから』

 

『……御託はいい。私に何の用だ』

 

 片壁に背を凭れて座ったままエヴァンジェリンは返す。実際のところ、目の前の男について彼女は何も知らないと言っていいだろう。情報について取り扱っていた人物であり、やり手であるとはセランから聞いている。

 

『そうですね、噂の真祖の吸血鬼の御尊顔を拝させていただこうと思いまして。思った以上に変わらないのですね』

 

 エヴァンジェリンはどこかその言葉に違和感を覚えた。が、余裕を見せて笑うクロフトに対して思う事は侮蔑だけだ。エヴァンジェリンにとって、セランが根回しを行い証拠という証拠や正論、そしてその代弁者で固めた今回の裁判は100%勝てるものであり、目の前の男にはそれを始める前にめちゃくちゃにした、という印象しか残ってはいない。

 不正が在れば、それは全てMMの弱みへと繋がる。今回のようなことをすれば、その国としての威信は無くなっていくだろう。国との関係悪化、それだけならまだいい。法を扱う国家としての評価は消え去ったも同然だ。

 為政者としてとんでもない無能がいたものだと、そんな意味を込めて笑っていた。

 

『大局も見えずに動いた馬鹿者が、なにをほざいている。よくもまぁ、この国はこんな男を執政官にしたものだ』

 

 ふむ、と男は顎に手を当てて思案すると、孫を見るように微笑んだ。

 

『おやおや、それはまた手厳しい。私なりに考えての事なのですが、そう見えましたか』

 

『考えた? ハッ、私を処刑すれば全て終わるとでも思っているのか? 今回の事件は私の起こしたものではない。死都は元通りにもならず、国との関係は悪化し、民は怯えるだけだ。暴動が起きるのも時間の問題だろうな』

 

 エヴァンジェリンの言葉に、クロフトは困ったように目じりを下げた。図星を突かれてしまった、という表情ではなく、本気で困ってしまったような表情だった。

 その様子にエヴァンジェリンは違和感を覚える。自分の言っていることはほぼ全てが真実であり、相手にとって図星であるはずだ。だが、そこには憤りという感情が存在していなかった。無理をしてそれを抑えようとすれば、表情に変化も出る。その変化を見つけることができなかったのだ。

 

『ああその通りですな。死都が元に戻らないことぐらい私が一番知っていますよ。全くこの国も大変だ。きっと苦労するでしょう』

 

『……何を言っている?』

 

 違和感はその言葉ではっきりと表れていた。なぜ、国の執政官であるはずのその男が、自分の国について、どうでもいいと思える様な発言をしている?

 違和感はそれだけではない。発言がまるでエヴァンジェリンが街を死都へと変えた犯人でないと確信しているようにも聞こえてくる。

 

『まったく、どうして貴女はこのような場所へと訪れたのですかな? 創造主の使徒たる貴女が、なぜ魔法世界の住民とまるで人間の様に笑っているのです? ああ、だから貴女は相応しくない』

 

 それは独り言だった。誰かに話しかけるわけでもなく、空虚を見ながら宙へと答えの帰らぬ問いを繰り返す。ただぼんやりとしているエヴァンジェリンへと、ぬっとクラフトは顔を近づけ口を開いた。

 

 

『ねぇ、キティ? その身体、私にくれませんか?』

 

 

『……は?』

 

 

 ぞく、という悪寒がエヴァンジェリンの中を走り抜けた。それと同時にぐっしょりと背中に汗が流れていたのを感じていた。目の前の男はまるで隣の机の生徒に文房具でも借りる様な気軽さで、エヴァンジェリンへと言ったのだ。そして、エヴァンジェリンへの呼び方だった。自分以外が知ることのないその名前を聞いた瞬間、嫌悪感が胸から溢れてくる。

 クロフトが全く別の何かに変わってしまったと、そう勘違いしてしまっていた。穏やかな表情の眼球が赤い水晶玉へと変わったように見え、微笑む口元は造り固めた面のようだ。年齢を感じさせるはずの頬や目元の皺が、まるで人型の異形のように見える。

 口を開く。にやぁ、と三日月型の笑みを見せると、クロフトは演説を始めるように手を広げた。

 

『もう限界なのですよ。どうして、350年前に創造主は貴女にその術を行ったのでしょうか。強く、強く憧れた者こそに、成果とは与えられるべきでしょう。なぜ貴女へ? なぜ私ではなく!? なぜだ!? 嗚呼、だが素晴らしい。貴女は真祖として至っている! 創造主が肉体として求めた生有る者の極みへと貴女は到達しているのです』

 

 350年前、その単語にエヴァンジェリンは頭に引っかかるものを感じ、はっと目を見開いた。

 本来異物が入らぬ場合の正史では、当の昔にその人物はエヴァンジェリンに殺されている。それをこの世界の彼女はしなかった。生への執着が見せたのは、一刻も早い生きる術の習得だったのだから。

 

 

『キサマ……は……』

 

『ええ、貴女が真祖に至る場を提供した、しがない領主ですよ。最も、その惨状を見ていたおかげで私も、こうして人よりも高位へと至ることができましたが』

 

 

 瞬間、莫大な魔力が練られた。真祖の肉体へと供給された魔力は、拳を作られた手へと乗せられた。そして、それは外へと放出されることなく、エヴァンジェリンの身体の中で爆発した。

 それは本当に一瞬だった。練られた魔力は外へ出してはいけないと、本能が命令したように収縮され、体の中へと押しとどめたのだ。

 

『がっ……ゴホッ……ッ!!』

 

『無駄ですよキティ、何のためのギアスなのかあなたにも理解できるでしょう? 悪くは思わないでください。私にも脳はある。完全に至れなかった私は、貴女に嫉妬している分もあるのですから』

 

 弾けた魔力が体の中の臓器を潰し、溢れた血が口から零れたが、それでもエヴァンジェリンは目の前の男を睨みつけた。取り出されたのは鷲を形とった天秤のミニチュアだった。契約を行い、束縛の元になっている物がそこにある。鵬法璽、本来ならば人間の魔力では起動することすら叶わぬ魔法具であったはずだが、むしろその事実が目の前の男が人間以外の者であるということを証明している。

 敵意を持って動こうとしても、指先一つさえも動かない。それでも、動かそうともがき、手を振り上げる。自分を吸血鬼に変えた、その原因の一人が、目の前に居る。迫害され、殺され、非難され、そして今ある平穏さえも消そうとしている原因が、目の前に居る。

 

『キサマが居たから、……キサマがいなければ、私はっ!』

 

 その叫びはいったい誰のものだったのだろうか。かつてエヴァンジェリンと呼ばれていた、死んだ人間の少女の怨声だったのか。それとも不死者へと生を受け、負の念の中を生きてきたエヴァンジェリンという吸血鬼の怒りだったのか。

 どちらにしても無駄だった。何もできない、歯を食いしばり何かをしようとしても力は入らず、その無力感が涙となって零れる。

 

『……キサマは、私が……』

 

『~~ああ、いいですね。こんな国に興味を無くしていたところですが、貴女を手に入れられるのなら、これほどにも素晴らしいことはない』

 

 エヴァンジェリンの顎を持ち上げ視線を合わせると、涙をこぼし睨みつける視線が突き刺さる。ただそれしかできないことをクロフトは理解しており、優越感と共に笑みを作り出す。

 

『なに、その怒りも悲しみも、到着するまでの辛抱です。安心してください。魂を消してしまえば、そこには何も残らない。使徒としての後釜は私が引き継ぎましょう』

 

 失礼いたします、と。そう一言エヴァンジェリンに告げると悠々と部屋を出た。残されたのは彼女一人で、静粛が辺りへと広がった。

 

『ササム……』

 

 一言、彼女は呟いた。

 

―――――――

 

 

『ササム、聞こえていたかしら』

 

「ああ、聞こえている」

 

 渡鴉の人見に映された地図を確認しながら、夜の闇の中をササムは駆けていた。地図上に映された赤い点は都市より離れ辺境の村の中心にとどまっている。そして黄色の点が追いかけるように迫っている。その赤い点はエヴァンジェリンが運ばれている隊へ着いた渡鴉の人見であり、黄色がササム自身であった。

 捕捉はできる、と。エヴァンジェリンとクロフトの会話は音声の身であったが、ササム自身苛立っていたのは事実だった。鞘に納めた大太刀の鞘を握り、口元を歪める。

 

『胸糞悪い話ね。創造主、使徒、気になることはあるけれど……相手が吸血鬼、か』

 

「そうだな。それよりもあと少しで捕捉する。俺は好き勝手に動いても大丈夫か?」

 

『大丈夫にさせるわよ。あと、ついでに今回起きた事件について、彼女の無実の証明も。これから責任者様と楽しい楽しいお話の時間だから』

 

 セランの言葉にササムはどこか重荷が軽くなったような気がした。ササムは剣士であり、政治外交などの裏の手引きについて深く理解しているわけではない。ただ、セランの自信満々な返答から、何か考えが在るのだろうと察する程度だった。

 

『騎士団は今動かしているけど、絶対に間に合わないわ。あっちの軍隊も同様。混乱していてそれどころじゃないって。援軍には期待しないで』

 

「そうか。そろそろ村へと近づく。通信を切ってくれ」

 

 闇の中松明などの多数の光が遠目に見えると、ササムは大太刀を鞘から引き抜いた。村の家からは光は一切なく、中心の広場へと灯りなどが集中している。明らかに村人以上の人数が集まっていることを確認して、再度地図と確認する。

 その村は初めに吸血鬼騒動の原因となった場所であり、半吸血鬼化、狂暴化した村人を丸々村へと結界などで封じ込めたとササムは聞いている。が、そこに悠々と入り込んでいるということは、実際に封印処理、結界などは無く、親の吸血鬼となるクロフトが抑えていただけだったか、もしくは封印処理を行った魔法使いも既に手遅れ、のどちらかだろう。

 

『ねぇ、ササム?』

 

「なんだ」

 

 映像はまだ切れず、ササムから切ろうと思った直前に、静かな声が流れる。

 

『死なないで。彼女のためにも』

 

「ああ」

 

 セランとしてはエヴァンジェリンが、彼女自身の我儘のためにササムに何か起こることに悲しむだろうと、そう思っての言葉だった。そしてセラン自身も友人として、両者に何かがあって欲しくないと思っていた。

 だが返ってきた言葉はそっけない物であり、他に何も話すことが無いと理解すると、ササムは渡鴉の人見の通信を切った。そして両手で掴んだ大太刀を肩に背負って構える。そして、不敵に笑って口元を歪ませた。

 

 おそらくあの村に居るのは元々普通の村人やただの兵士、魔法使いであり、半吸血鬼化で済んでいるのなら、治療を済ませれば元の人間に戻れるかもしれない。しかし、眷属となっている以上は操り人形になって襲ってくることは間違いない。

 それがエヴァンジェリンが相手をしているのなら、殺すことを戸惑うだろう。できる限り殺さないようにつとめるだろう。だが、その従者は違った。彼女が『悪』であると思っていることを躊躇なく行うだろう。

 

「あれらは、魔だろうが。俺はそんなに甘くはねぇぞ」

 

 だから、彼は立ちふさがる者の首を刈るだろう。自分の主の無事のみを求めると言う、その目的のために。自分の目的、欲望、理想のために犠牲を厭わぬものを悪と呼ぶのなら、彼女と対になるように、彼は間違いなく『悪』と呼べる存在だった。

 




とりあえず、改定前までは行ったつもりです。

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