第一次近界民侵攻におけるおびただしい数の死は立木 浩太にも平等に降り注いだ。
全てを諦めていた彼は、現実の残酷さを知っていた彼はそれをすんなりと受け入れた。慣れとは怖いものである。
浩太に対して世界は辛辣すぎた。
彼が生まれたとき父親はいなかった。離婚していた。5歳のとき全幅の信頼を寄せていた母親を亡くした。
彼は離婚した父親に引き取られたが、そこからは地獄であった。
父親はほとんど家にいなかった。朝起きてみてみるとコンビニで買ったパンと弁当、バナナ、そして現金が少し置いてあるような状態だった。苗字は変えなかった。迅より立木の方が好きだった。
父親はなにもしてくれなかったので、洗濯などは自分で行った。母親に教えてもらっていたからだ。文字の読み書きも完璧であった。また彼の母親は家事の仕方をまとめたノートを渡していた。まるでこうなる未来を予測していたかのように。
服も買いに行くようになったし、料理も作るようになった。父親が毎朝置いていく千円ですべきこと、できることを考えるのが一番の楽しみだった。
また彼は父親のパソコンも使えるようになった。すべては母の家事ノートのおかげである。
2年間はこれでよかった。
普通がわからないという地獄ではあるがなんとかやっていけた。
問題はここからであった。
7歳になったとき、小学校に入学させられた。今までなにもしてこなかった父親によって。入学式はなんとか乗り越えた。
本当の地獄が幕をあける。
友達などできるはずもなかった。浩太は人と喋ることをしてこなかったためである。自分から話しかけたのは母親くらいしかいない。話しかけられることは当然あった。最低限の意思疎通はできたがここまでだった。
そのまま小学校に通いだしたのである。
好奇心旺盛だった彼にとって、授業はとても興味深いものだろう。
3年生になったころから、いじめが始まった。常識を学校教育でそれなりに身につけたのにもかかわらず。
下駄箱から上靴が消えるといういじめのよくあるものから始まり、最後には暴力行為にまで進展した。
守ってくれる人は誰もいなかった。
相談する人すらいなかった。
担任の先生には一度いじめを受けているということを伝えたが、何も変わらなかった。
泣きながら家に帰る。母親が恋しい。母親に会いたい。
それでも死ぬという考えはなかった。彼の心がまだ未熟だったからである。
彼が自分が受けている苦行を、いじめであると認識したのは4年生になってすぐの道徳の時間だった。それを機に教師に泣きつき、一旦いじめは終息した。
彼はまたすぐしたらいじめが始まるのではと思った。ならばいじめを受けないだけの力を身につければいい。
彼は空手を習い始めた。一つのことに没頭するのが得意だったのですぐに上達した。
5年生になるといじめは再発したが、これまでの経験が生きた。上靴、リコーダーは持って帰り、速攻で教師に言いつけにいった。
目に見えるようないじめは減った。
ある日、浩太は同じクラスの男子に呼び出され学校の裏庭へ向かった。またリンチだろうかとは思ったものの、4年生以降初めてである。
彼は見事いじめ集団を撃退した。というよりはオーバーキルだった。
1番ひどい怪我は腕の骨折、軽いものでも打撲という有様。もちろん教師には叱られ、一人で子供の親に謝りに行かされた。
これを境にいじめはなくなったが、同時に彼は教師やPTAからも目の敵にされた。
彼はやっと理解した。
この世界は理不尽だ、と。
それでも世界はまだ優しかった。
〇━〇━〇━〇
5年生のも終わろうとしていたある日、彼は石に躓いてこけた。ただこけただけだ。いつもならくすくすといった笑い声が聞こえるのに今日は違った。
「だ、大丈夫!?」
「う、うん。大丈夫だよ。」
「立てる?」
「ん。」
その日から、浩太にとって綾辻 遥は別の存在になった。自分を気遣ってくれる人がいたことに救いを覚えた。
普通であることが多少なりともわかるようになった彼は、たまに学校で綾辻と喋るようになり、遊ぶようになった。
浩太の家に呼んだり、綾辻の家に呼ばれたりもした。
そして彼は綾辻の家に泊まりに行った時に気付いた。これが普通の家庭であるということを。
「ねえ、遥。」
「なに?浩太くん。」
「君の家、すごく暖かいね。」
「暖かいって何が?」
「雰囲気とか。」
「なんで?」
「だって、僕は家に帰っても一人だからね。」
綾辻はこうとしか言えなかった。
「いつでも私の家に遊びにきて。」
〇━〇━〇━〇
6年生になって綾辻と同じクラスになった。6年間のなかで初めてだった。
ほどよく喋るようになった。
ただし、世界は残酷だった。
ある日、彼は裏庭へ呼び出された。
嫌な予感は的中する。的中するから嫌な予感なのかもしれない。
呼び出された彼が目にしたのは人質に取られた綾辻だった。
「おい。」
「そんな怖い声だすなって。」
「遥を離せよ。」
「おっと、動いたら綾辻の首にカッターが刺さっちゃうかもしれないぜ?」
あっけに取られている間に子分に殴られ、こかされた。そこからは古典的なリンチが始まる。踏む、蹴るといった暴力の応酬。綾辻が何か叫んでいるようだ。すると横の親分が綾辻を殴り飛ばした。
彼の意識は、そこからとんでいる。
気がついたとき浩太は親分に馬乗りになっていた。綾辻に止められていなければ殺していたかもしれない。
今回は彼も手加減できるようになったらしく親分以外目立った怪我はなかったようだ。
また教師たちにも顔が効く綾辻が被害者であるため、浩太はすこし叱られるだけで終わった。綾辻が絡むだけでここまで評価が違うとは、呆れてものも言えなかった。
それから浩太は綾辻と関わるのを極力避けた。そうすれば綾辻もあんな目にあうことはなくなるだろう、と信じて。
「ねえ、浩太くん。」
「何?」
「最近あまり喋ってくれないよね。私を避けてるみたいだし。」
「別に、そんなことないよ。」
「気にしてるの?」
「別に。」
「ねえ、答えてよ!」
彼は、不器用だった。
「遥はあまり僕の近くにいるべきじゃないんだよ。君はたくさん友達もいるし。前みたいに君があんな目にあうのは嫌だ。だけど一番の理由は、
ぼくはきみがきらいになったからだよ。」
綾辻ははっきりと傷ついたような表情を見せてから、悲しそうな表情になった。
泣きながら走って行く遥を見ながら浩太は残酷な世界につぶやく。
「世界を恨む前に、自分を変えよう。」
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それから綾辻と話すことはなくなった。6年の中ごろ、彼は祖父母に預けられた。自分を気にかけてくれることなどなかった父親に。
祖父母と暮らすのは綾辻の家に遊びに行くのと同じくらい幸せだった。
だがその幸せも長続きしなかった。
自分が学校から帰ると祖父母は胸や首から血を流して死んでいた。家の中が荒らされている。強盗に入られたようだった。
浩太は、自分は人と関わるべきではないと再確認する。
中学校に入学する直前に、彼は父親に紙袋を渡された。
そこには通帳が2つと紙を2枚入っていた。遺書だった。翌日、父親の事故死はニュースになった。車にはねられたらしい。浩太の口座に保険金が下りた。
一度も話したことのなかった父親は、正真正銘この世からいなくなった。
ニュースを見た後に荷物をまとめ、彼は引き取ってくれるという従兄弟の家へ向かった。表札には迅、という文字。
祖父母のときの経験を生かして、迅の母親と息子の迅 悠一とは距離を置くことにした。
それでも数ヶ月後に迅の母親は亡くなった。そのときは知らなかったが、
つくづく嫌になる。いっそのこと自分を殺せばいいのに。
その後、浩太と迅は林藤に引き取られた。林藤は彼が関わっても死ぬことはなかった。
そして引き取られると同時に旧ボーダーへ入隊する。旧ボーダーへの入隊は彼をすこしだけ変えた。関わっても死なないような人たちばかりだったからだ。毎日を己の鍛錬に費やした。
それもつかの間の平穏だった。1年ほど経ったある日、迅の予知通りに第一次近界民侵攻は発生する。
彼はつくづく思う。
今度はまとめて殺しにきたのか、と。
彼はつくづく思う。
自分を変えても、この世界は残酷だった。
そして立木 浩太は全てを再確認した上で、全てを諦める。
なーんじゃこれってのが書きあがりました。
本当になんなんだこれは。謎過ぎる。