「あれが、HLですか」
こう来てみると、感慨深いものです。
境界都市、その向こうに見える霧に包まれた異形の都市、HL。ようやく来ることが出来ました。
彼と約束しましたからね。楽しみです。
そんな感慨をもってHLを眺める私、隣ではユーが「もくもく、です」と、キョトンとしています。
「ユー、あれは煙ではありませんのよ」
そんな彼女を見てくつくつと微笑する私たちの提督。ヘクセ、LHOSから正式にドイツ軍に移籍した、術師です。
胡散臭い名前の通り、どうも、LHOSでも持て余されているような、いろいろと厄介そうな術師ですが。
「そう、なのですか?」
「ええ、あれは異界の霧ですわ。
都市中央、《永遠の虚》に近づきすぎると話は別ですけど、普通に街で暮らしている分には、ただの霧ですわ。問題はありませんのよ?」
「ずっと、霧、なんですか?」
「ええ、そうですわ。
濃くなることはあっても、晴れる事はないのでしょう」
「ふぁああ」
「凄いですねえ」
ユーと並んでHLを遠巻きに見ます。
「ふむ、…………赤字で行き先が書かれているのは生存率が3割程度か。
これは気楽に公共交通機関も利用できないな」
ふむふむ、とグラーフがしおりに視線を落としました。「3割?」
「ん、ああ、……地下鉄やらには生存率が設定されているらしい。
どんな基準で設定されているかは知らないが、そのあたりはレオに聞くのが一番だろう。バスに乗ったら帰ってこれませんでした、というのも避けたい」
「そうですねえ」
おちおちお使いにも行けませんね。
「む、…………世界一巨大な個人、……だと。
これは是非ともその姿を見ておかなければ、…………カジノか、こういうのもあるのだな。……いや、レオもウィルも好まないか。二人と一緒にいなければ来た意味もない。…………むぅ」
難しい表情でしおりと睨めっこなグラーフ。
ちなみに彼女、私たち中では旗艦のビスマルクを冷静に補佐、という役割を任じているようですが、なんていうか、今はユーと変わりませんよ?
きらきらとHLを見るユー、そわそわと観光案内を見ながら声を漏らすグラーフは冷静なようで、やっぱりきらきらですね。……気持ちはわかりますけど。
で、もっとわかりやすいのが約四名。
「れ、レオ君、元気にしてたかな、お、お洋服変じゃないかな。…………あうぅう、ひ、久しぶりだから、緊張するよお」
「……………………」
レーベ、落ち着きましょう。そして黙々と鏡を見て髪を直しているマックス。正直、意味はないと思いますが。
「お、おお、落ち着きなさいプリンツっ!
い、いい、てい、……う。ウィルと出会っても抱き着いたらだめよっ? ここは公共の場なのよっ!」
「姉さまこそ落ち着いてくださいっ! 落ち着いて考えてくださいっ! 兄さまと再会したら抱き着かないなんて、私には無理ですっ!」
こっちはダメでしょう。
「にぎやかですわねえ」
しんみりと微笑む提督。私は微笑。
「それだけ楽しみなのでしょう」
「ウィル君との再会も楽しみですが、何より、……ふふ、第二次大崩落、そして、深海凄艦侵攻を解決に導いたヒーロー。……私も会うのが楽しみですわ」
くすくすと微笑む提督。聞こえたのかグラーフは頷いて「そうだ。トータスナイト。私も会うのが楽しみだ」
「ドイツでも有名な名前ですわね。……ふふ、けど「へっ?」」
不意に、跳ね上がった声。そちらに視線を向ける。
車椅子の少女、それと、彼女の介護人、でしょうか? 車椅子を押している男性。
きょとん、とした表情からさっき声を上げたのは少女、だと思います。けど、
それより、何より、目を引いたのは彼女の、不思議な瞳。
黒い、黒い、黒い瞳。……まるで、夜空のような瞳。
「どうしたんだい? ミシェーラ」
彼女の車椅子を押していたらしい男性が、不思議そうに問いかけました。
「あ、……ううん、その、聞いたことがある言葉が聞こえたから」
「ああ、そうか。そうだね。
トータスナイト、かな? 偶然なら面白いね。君が義兄さんにつけた愛称と同じだね」
「うん」
にい、さん?
キョトンとしているグラーフと提督。さて、
「すいません。もし間違えていたら申し訳ないのですが。
レオナルド・ウォッチ。という名前に心当たりはありませんか?」
「へー、レオ君の妹、なんだ」
興味津々と覗き込むレーベ。「ええと、」とミシェーラというらしい。レオの妹さんは困ったように呟きました。
微笑。
「そうだよ。彼女はミシェーラ・ウォッチ。僕の婚約者で、レオナルド・ウォッチの妹だよ。
彼は僕の義兄さんでもある。それと、すまないね。ミシェーラはとある事情で失明しているんだ」
「あ、……ご、ごめんなさい」
しゅん、となるレーベ。ミシェーラは微笑して「大丈夫よ。私には、支えてくれる人がいるから」
微笑み振り返る。その先にいる彼は微笑。
「君にそう言ってもらえるのは、とても光栄だ」
「ふーん、そう。……私の名前はマックスよ。初めまして」
「レーベ、よろしくねっ」
「え? ……ええと、ええ、初めまして」
少し戸惑ったように彼女。そして、彼、トビーも首を傾げました。
「あ、……すまない、その、…………気を悪くしたら申し訳ないのだが、変わった名前だな、と思ってしまって」
「ううん、いいわよ」マックスは提督に一度視線を送って「変わった名前だっていうのはわかっているわ」
「そうか」
ほう、と安堵したような吐息。そうですね。
いくらレオの妹と、その義弟とはいえ、私たちの事をそうたやすく話すわけにはいきません。
もちろん、ライブラの関係者ならば問題はないでしょうが、その判別もつけられませんから。
さて、レーベ、マックス、そして、ユー、グラーフ、プリンツ、ビスマルクと自己紹介。では、
「はじめまして、私の名はシャルンホルスト。
シャルン、と呼んでください」
そう、話すわけにはいきません。私たちは人ではない、艦娘。一人で軍船にも匹敵するドイツの国軍の切り札、とは、言えるわけありませんね。
「皆さんは、お兄ちゃんに会いに来たの?」
「ええ、そうですよ」
ユーを膝にのせてご満悦なミシェーラ。彼女の問いに頷きました。もちろん、それだけではありませんが。
主な目的はそれですね。
「お兄ちゃん。知らないうちにずいぶん女の子と知り合ったんだね」
困ったような、けど、それ以上に楽しそうな微笑。
「ええ、いろいろあったのよ。
その時はずいぶんとレオに助けられたわ」
ビスマルクの言葉には、私と提督以外は同意しました。まあ、その時の脅威は私でしたけどね。
「そうなんだ。…………お兄ちゃん、また無茶したのかなあ」
はあ、と困ったような苦笑。トビーも微笑して「義兄さんなら、無茶なことを進んでやりそうだからね」と。
確かに、そうですね。もっとも、ウィルもですが。だから、
「ええ、……まあ、大丈夫よ。
けど、彼はいつもああなの?」
ビスマルクの問いに、ミシェーラは困ったように頷きました。
「まあ、そうなんだろうね。……けど、だからこそ、僕の自慢の義兄だよ」
そして、トビーは誇らしそうに胸を張りました。……まあ、その辺は、男性らしいですね。
「あ、けど、皆さんがお兄ちゃんに会いに来たなら、一緒にいれば会える?」
「ええ、その予定ですわ」提督は時計に視線を落として「もうすぐ、来る予定ですのよ。どうせならそれまで、おしゃべりに興じましょう」
「ゆー、れおとうぃるに会えるの、楽しみ、です。
元気、してたかな?」
「たぶんね、大丈夫だと思うよ。お兄ちゃんには心強い仲間がいるからね」
心配そうなユー、ミシェーラは彼女に優しく触れて微笑。
「レオ君の仲間か。どんな人なんだろうね」
「楽しみだな。……是非、会ってみたいものだ」
期待の表情を浮かべるレーベとグラーフ。けど、
「あの、……ゆー、ちょっと不安、です。
仲良くなれる、かな?」
「大丈夫よ。ユーちゃん。
クラウスさんたち、お兄ちゃんの仲間はとってもいい人だから」
「…………その、いい人って、レオ君。言葉濁してから個性的な人、になってたような」
困ったように応じるプリンツ。ミシェーラは首を傾げました。
「個性的、というのは、確かにそうかもしれないね。
義兄さんの仲間は人種、……いや、種族さえばらばらだ。確かに個性的だと思うよ」
「あ、そういう意味だったんだ。
けど、種族かあ。……ええと、異界の人?」
「半魚人がいたね。そうだと思うよ」
「あ、ツェッドさん?」
ミシェーラの問いにトビーは頷きました。そういう人もいるのですか。
「今から会うのが楽しみです」
「そうねっ、私も、久しぶりで楽しみっ」
私の呟きに、ミシェーラは嬉しそうに同意しました。
「ねえ、ミシェーラ」
不意に、マックスが口を開いて、
「レオの事、聞いていい?」
「お兄ちゃん? うん、いいよ」
あ、レーベが耳を傾けましたね。興味津々と身を乗り出しています。
「レオって、どんな人?」
ミシェーラは首を傾げて、……微笑。
「うーん、優しくて、強い、騎士様、トータスナイト、よ。ね?」
「……はは、恋人としては羨ましいよ。その評価は。
けど、僕も同感だ。僕にとっては恩人で、……そうだね。勇敢なヒーローだよ」
「…………ふーん、そう。……」
マックスとレーベは微笑。
「ちょっと安心したわ。やっぱり、レオはどこに行ってもレオよね」
「そうだねー」
「レオ君がそうころころ変わるわけないと思うよ」
プリンツは苦笑。グラーフも頷いて、
「同感だ。彼がそう器用には見えないな。でなければああもう馬鹿なことはしないだろう?
なあ、シャルン」
「まったくです」
戦艦級の砲火力に立ち向かいましたからね。彼は。
「そうよね。お兄ちゃん、どっちかっていえば不器用だし。……おかげで見ててハラハラするときあるわ」
「あ、ゆーも、です。
ゆー、れおに怪我して欲しくない、けど、れお、たくさん、無茶しそう、です」
「ふふ、ありがと。ユーちゃん」
丁寧に撫でてユーは心地よさそうに目を細める。……ふと、
「時間ですわ」
提督の呟き、そして、眼前に小型のバスが停まりました。
「みんなっ、ひさ、…………?」
「久しぶりだねっ、って、……どうしたの? レオナルド?」
飛び出そうとした二人の少年。のうち、片方が硬直。そして、もう片方はバスの出入り口で固まった彼につっかえて首を傾げました。
固まった方、レオ、そして、後から出ようとして立ち往生しているのはウィル。
懐かしい、ですね。
ともかく、もちろん私たちも立ち上がり、声。
「おっすっ、お兄ちゃんっ!」
「って、なんでミシェーラがいるんだぁっぁああっ!」
「…………うるさいよ親友」
そんな絶叫を耳元で直撃されたウィルは耳を抑えました。当然ですね。
「兄さまっ!」「ウィルっ!」
「ビスマルクっ、プリンツも」
まあ、そういうわけで、
「レオ、さっさと降りましょう」
「あ、……はい」
私の言葉に苦笑するレオ。ともかく、二人は下りて、同時に、
「会いたかったですっ! 兄さまっ!」
「ウィルっ!」
「っと、……わっ?」
ビスマルクとプリンツが抱き付いて、ウィルはバスに背を預けて停止。微笑。
「久しぶりだね。ビスマルク、プリンツ」
「兄さまっ、兄さまあっ」
強く抱き着く二人を、優しく宥めるウィル。相変わらずですね。彼も。
「久しぶりだ。ウィル。
元気にしていたか?」
「あ、弟くんってやめたんだ」グラーフの声にウィルは微笑「うん、グラーフも、久しぶりだね。シャルンも、会えて嬉しいよ」
「いえ、私も嬉しいです」
仲良くしてくれましたから。……ともかく、ウィルはしがみついて離れないビスマルクとプリンツに軽く声をかけて、頭を撫でて、身を離して、
「ユー、レーベ、マックスも、久しぶりだね」
「はい、お久しぶり、です」「久しぶり、ウィル君」「ん、……会いたかった」
レオと再会の言葉を交わしていた三人もこちらに軽く手を振る。それと、
「お久しぶりです。ヘクセさん」
「ええ、お久しぶりですわ。変わっていないようで、何より」
「まあ、そうですね。……ええと、」
それと、ウィルは不思議そうな表情。おそらく、会ったことはないのでしょう。
「ん、……ああ、ブラックは会うの初めてだね」
レオは軽く手で示して、
「僕の妹。ミシェーラ、と、婚約者のトビー・マクラクランだよ」
「え、ええと、はじめましてっ、ミシェーラです。お兄ちゃんがお世話になってます」
「初めましてだね。トビーだ。……ええと、ブラック、くん?」
「あ、いや、ブラックってのはあだ名で、ミシェーラ、トビーさん。ウィリアム・マクベス、僕の友達だよ」
「初めまして、ウィル、でいいよ。ミシェーラさん、トビーさん。
けど、そっか、……ミシェーラさん、婚約者がいたんだ」
「あれ? 私の事聞いてるの?」
「うん、レオナルドからね。気が強い、とか」
「あ、お兄ちゃん、そういう事言うんだ」
ぷう、と可愛らしく膨れるミシェーラ。レオは苦笑して「事実じゃないか、ねえ、トビーさん」
「そうだね。ミシェーラ、君はとても強い女性だよ」
「それ、お兄ちゃんが言ったのとなんか違う気がする」
なんとなく納得いかなさそうなミシェーラ。
「それで、貴方がレオナルド君、ですわね?」
「あ、……ええと、」
言葉に迷うレオ。私は苦笑。
「レオ、彼女は私たちの、今のて、……上役の、ヘクセです」
「あ、ブラックじゃないんだ」
事情を知るレオは少し意外そうに言いました。そうです。残念ながら、ウィルはまたLHOSに戻ってしまいました。今はHLにいるようですが。
そして、事情を知らず首を傾げるトビーとミシェーラ。本当の事は、まだいうわけにはいきませんね。
だから、提督は苦笑。
「ミシェーラ、トビー、私はもともと、そこのウィル君の上司でしたのよ。
それで、部下のウィル君がビスマルクたちの会社に一時出向していたのですけど、そちらからの強い要望で、改めて私が派遣されている、という事ですわ」
「そうなんですか」
なるほど、とミシェーラ。まあ、そのあたりが一番自然でしょう。さすがに、ドイツ軍とか、その話をするわけにもいきませんから。
ともかく、一通り再会のあいさつを交わしたところで、声。
「そろそろ、いいかね?」
ぬっ、と。
「ひゃうっ?」
反射的にユーは近くにいた私の後ろに隠れてしまいました。レーベとマックスも軽く目を見張って、そして、嬉しそうな声。
「お久しぶりですっ、クラウスさん」
「お久しぶりです」
満面の笑顔を浮かべるミシェーラと、微笑むトビー。
そして、バスから現れた大柄な、……なんていうか、強面の男性は私の後ろに隠れたユーを見て、少し困ったような表情。ともかく、
「そうだね。ミシェーラ君、トビー君、久しぶりだ。
それと、…………」
ユーが反射的に私の後ろに隠れた理由。それはおそらく、彼から感じた警戒心のためでしょう。
ミシェーラたちに向けたものとは別種の、警戒を含んだ視線。
「ヘクセ」
「ええ、お久しぶりですわ。クラウス君。
懐かしいですわね」
「なぜ、君が?」
「それはもちろん、」提督は私たちを示して「お仕事ですわ。私、彼女たちの上司ですのよ?」
「そうかね」
一息。そして、微笑。
「ビスマルク君、とは一度会ったね。
私はクラウス・V・ラインヘルツ、レオナルド君の上司だ。君たちの事はレオナルド君、ウィリアム君から聞いている。会えて光栄だ」