「それで、お兄ちゃん。どこに行くの?」
「んー?」
スマホのナビを頼りにハンドルを握るレオナルド。彼は妹の問いに「びっくりするほど美味しいところだよ」
「僕たちだけでよかったのかい?」
「うん、……まあ、前に、ちょっといろいろあって僕だけこっそり招待状もらったんだ。
あ、皆には内緒にしてよ?」
「それはいいけど、……ええと、どうしたの? お兄ちゃん」
ミシェーラの問いに、レオナルドは運転を続けながら、微笑。
「結婚祝い。……かな」
「ようこそ、食の特異点、モルツォグァッツァへ。
そして、」
出迎えたウェイターは、レオナルドの手を握る。
「よく、いらっしゃいました。レオナルド様。
当店のスタッフ一同、心よりお待ちしておりました」
「あ、……はい」
思わぬ熱意に一歩引くレオナルド。ウェイターは片手でレオナルドの手を握り、もう片手で目元らしい場所にハンカチを当てる。
ガードらしい、両隣にいた大柄なスーツを着た異界の住人も、深く、頭を下げる。
「え、……えーと。
あ、ミシェーラ、トビーさん。ここはギッド・ルージュHL版で鉄板の三ツ星レストランなんだ。前に仕事でここに来たとき、いろいろあってね」
「はい、その時はレオナルド様とフェムト様により、我々は店を、そして、命を守っていただけました。
その恩をお返しをできる機会を、心よりお待ちしておりました。……この日が来ることを、どれだけ待っていたか」
ぬぐいきれなかったらしい、涙が零れ落ちる。両脇を固めるガードもどこからかハンカチを取り出して目らしき場所にあてる。
「え、えーと、……い、いや、僕はそこまで何やったってわけでもないんですけど」
「フェムト様が、レオナルド様の功績を認めていました。
それだけで、十分でしょう」
「…………はあ」
そんなものなのかもしれない。相手が相手なので手放しでは喜べないが。
それより、
「レオナルド様? 本日はお二人でご予約をいただいておりましたが?」
「あ、……いや、僕じゃなくて、」
レオナルドは困ったように口を開く。後ろにいる二人を示して、
「僕の妹と、婚約者です。
二人が遊びに来てくれたから、ここに連れてきたくて、……それで、」
苦笑。
「僕、甲斐性無しでだめな兄貴で、碌なお祝いもしてなかったから。
せめてその代わりに、二人にここの食事を楽しんでほしいって、それで、来てもらったんだ。……あの、せっかく招待状をもらったのにこういう使い方は、申し訳ないかもしれない。けど」
困ったように言葉を紡ぐレオナルド。ミシェーラは言葉に詰まり、
「義兄さん、そんなこと言わないでほしい」
ぽん、とトビーはミシェーラの肩を叩く。
「あの時、僕たちは義兄さんに助けてもらった。僕たちはとても感謝をしている。
だから、だめなんて言わないでほしい」
それと、とトビーは微笑む。
「そこまで義兄さんが薦めてくれるのなら、味に間違いはないだろう。
ぜひ、義兄さんも一緒に食べて欲しい。僕とミシェーラは一人分でいいから」
「トビーさん? いや、それ「恋人同士、一緒に食べるのもいいものだよ」」
だから、と。トビーは頭を下げて、
「不躾な事を言っている事を承知で、お願いします。
料理は僕たちで分け合いますので、義兄さんも、一緒にさせてほしい」
「いや、……ええと、ミシェーラは、いいの?
ほら、恋人同士、とか」
ミシェーラは、……深く、息を吐き出す。なるべくいつも通りの笑顔を意識して、
「も、もうっ、……トビーと二人きりはお兄ちゃんがろくに帰ってこない実家でいつもやってるわよっ!
せっかく来た時くらい、遠慮しないで家族サービスしてよ」
「そうだよ。義兄さん。
僕も家族なんだから、サービスを希望しよう」
「こういうのは二人きりがいいって思ってたけど、…………そんなものか」
言葉を募らせる二人に、そんなものなのかな、とレオナルド。
そして、
「お客様の事情は、すべて了解しました」
ウェイターは丁寧に頭を下げる。
「レオナルド様。大切なご家族の祝いの席に当店を選んでいただいた事、望外の喜びです。
どうぞ、少々のお時間をください。必ずや、皆さまが満足できる料理を用意させていただきます」
「え? 大丈夫、ですか?」
ここはHLでも最上級の超高級料理店。二人分とはいえ前日予約で来れるか、それさえだめで元々、と思っていた。
けど、さらに飛び込みで一人。レオナルドの問いに、ウェイターは頷く。
「先ほど申しました通り、レオナルド様は当店の恩人です。
その方が大切なご家族の祝いの席を当店に選んでいただいただけでも光栄な事、ならば、我々スタッフ一同、全力でおもてなしさせていただきます。
どうぞ、恩をお返しする機会として、我々を立ててはいただけないでしょうか?」
深く、頭を下げられる。レオナルドは、……困ったように微笑んで、
「それでは、甘えさせてもらいます」
「それにしても、凄いね義兄さん。
こんなところにまでコネクションがあるなんて」
広大な通路と上品な調度、足元の絨毯は歩くだけで高級品と知れる。
トビーは名士の出でもある。故に、ここがどの程度の場所かある程度見当がつく。おそらく、世界でもVIPと呼ばれる人たちが来るような場所だろう。
「そんなに凄いの?」
ミシェーラは不思議そうに問う。トビーは頷いて、
「そうだね。このレベルのレストランには、僕も来たことがない」
「へー、…………お兄ちゃん。そんなところにまで顔出してたんだ」
「まあ、仕事の都合で」
言葉を濁すレオナルド。前を行くウェイターは頷き、
「レオナルド様の勤める会社と、とある国のVIPとの会食の場として、ご利用いただきました」
「お兄ちゃんが恩人って、その時に?」
問いに、ウェイターは頷く。
「はい。お客様の安全を万全とするためにも、厳重な警備を敷いておりますが、見通しが甘くお客様を誘拐に来た賊に手酷くやられてしまいました。
このまま、危うく店内への侵入を許してしまうと思われたときに、駆けつけていただいたのがレオナルド様と、もう一人のお客様です。お二人の尽力により、一部スタッフが負傷したものの死者はなく、厨房も店も守られました」
そして、ウェイターは立ち止まり振り返る。
「ああ、ご安心ください。
前回の一件を教訓として、店全体に大規模な改修を行い警備を強化しました。これ以上お客様を危険にさらすことも、お手を煩わせることもありません。存分に食事をお楽しみください」
丁寧な一礼。レオナルドは「信頼していますよ」と笑って応じる。
彼らのプロ意識は見ている。ぼろぼろになっても勤めを果たそうとした。その彼らが雑な仕事をするとは思えない。
故の即答に、ウェイターは動きを止める。
「ウェイターさん?」
「いえ、……レオナルド様には以前無様な姿をさらしてしまいました。
それでも、信頼していただけるのですね」
「ウェイターさんは、あんな怪我してまで僕の案内をしようとしてくれたじゃないですか。
そんなプロ意識の高い人たちが、雑な仕事をするとは思えないですよ」
「…………お客様の、その信頼。……全力で、応えさせていただきます。どうか、存分に食事をお楽しみください」
「はい」
感極まったような言葉に、レオナルドは頷いた。
卓に案内されて、レオナルドは椅子に腰を下ろす。足の動かないミシェーラの事は伝えてある。対面には自分たちが使う椅子より一回り大きい椅子が用意されている。
「ミシェーラ、いいかい?」
「うん、お願いね」
トビーはミシェーラを車椅子から抱き上げる。ミシェーラは少し照れたように、どこか嬉しそうに、彼に身を委ねて椅子へ。
椅子に腰を下ろし、姿勢を整えて、ミシェーラは少し頬を膨らませて「お兄ちゃん、手伝ってくれないの?」
「婚約者がいるのに兄に頼るなよ。
支えてもらう相手、間違えるなよ」
「はーい」
それなら仕方ない。それに、間違えるつもりもない。だからミシェーラは素直に返事。トビーは微笑。
「そうだね。ミシェーラ。
これからは僕を頼ってほしい。……君の、自慢のトータスナイトに比べれば頼りないかもしれないが」
「お兄ちゃんのは頼りになる、っていうか無鉄砲」
「宿も取らずに渡航警告都市に突撃して来た妹に言われたくねぇよ」
お互い、口をへの字にして睨みあう兄と妹。ただ、
「ぷっ、……ふふ」
そんな二人を見て、トビーはこらえきれず噴き出した。
「もうっ、トビーも笑わないでよっ」
「はは、いや、ごめんよ。ミシェーラ」
楽しそうに笑う彼に、レオナルドとミシェーラは毒気を抜かれた表情で肩を落とす。トビーはひとしきり笑い。不意に、
「義兄さんは、どうしてこんな高級なお店に?」
「ええと、仕事の都合で」
仕事、と。
トビーはレオナルドの仕事を詳しくは知らない。けど、
「そうか、……そのあたり、詳しく聞いていいかい?」
問いに、レオナルドは苦笑。「ごめん」
「いや、いいよ」
聞いてはいけない事。おそらく、聞けば自分たちに不都合が生じる事。つまり、そういう事なのだろう。
もっとも、だからといってレオナルドが無法を働くとは思えないが。
「私はお兄ちゃんの仕事より、お兄ちゃんの生活の方が興味あるな」
「べ、別にいいだろ。ミシェーラが心配するような事じゃないよ」
「珈琲でお腹を満たしていたようなお兄ちゃんが言ってもねえ。
ね? トビー」
「そうだね。義兄さん。頼むからあまり不摂生な生活はしないで欲しい。
義兄さんは、ただでさえ無茶をしやすいんだから」
「僕は大丈夫だよ。トビーさんも、僕を信じてよ」
「……………………そうかい。申し訳ないね。義兄さん。
どうも、僕は全身に包帯を巻いた姿が頭から離れなくてね?」
「…………あい、気を付けます」
平身低頭なレオナルドに、トビーは苦笑。
「私もねえ、お兄ちゃんって無茶ばっかりするからねえ。信用できないなあ」
にやー、と笑うミシェーラ。レオナルドは、むぅ、と呻く。
「兄ちゃんを信用しろよ」「信用して欲しかったら行動を改めてね?」
「…………善処します」
ぐうの音も出なくなった兄と、勝ち誇る妹。トビーはそんな二人を見て微笑む。
本当に、素敵な人と家族になれた、と。
前菜から始まり、サラダ、スープ、パン、と続くコース料理。
ミシェーラはトビーに食べさせてもらいながら、その味一つ一つを噛みしめる。
「美味しい、……こんなに美味しいものがあるなんて、凄い」
「……なんか、前より美味くなってるような」
「そ、それは義兄さんが、来たからじゃないかい? ずいぶんと歓迎されていたみたいだし」
「そ、そうかも、……ぬぐぐ」
なぜか聞こえるうめき声は無視。それに、
「いい香り、……見れないのは、ちょっと残念かも」
「そうだね。味も素晴らしいけど、香りも、凄く気を使っているんだね」
「確かに、……前に来た時よりレベルアップするなんて、…………桁が、違う」
ミシェーラの言葉にトビーとレオナルドは同意する。
けど、
「いえ、ご予約いただいた際に、お客様の事情はお伺いしました。
当店では味はもちろん見た目も整えておりますが、失礼ながらお客様の事情からそれだけは満足できないと、厨房のスタッフと相談をしまして香り付けにもこだわりました」
「え? ……わ、私の、ですか?」
確かに、自分は見た目を楽しむことは出来ない。けど、
「あ、あの、ありがとうございます。
けど、よかったの、ですか?」
「もちろんです。
すべてのお客様の満足のために最善を尽くすことこそ、我々のモットーです。お客様にも満足をしていただければ幸いです」
「はい。味も凄くて、香りもよくて、…………ほんと、感動しました。一生の思い出に、なります」
「そのお言葉をいただければ幸いです。
どうぞ、存分に当店の料理をお楽しみください」
「ありがとうございます」
「ミシェーラ」
「あ、……うん」
差し出される料理に、ミシェーラは少し頬を紅潮させ、嬉しそうに口を開く。
ウェイターである彼は、最初、彼女の食事を自分が手伝うべきか少し悩んだ。この店の矜持。来店するすべての人に満足を届けたい。あらゆる些事に煩わされることなく、味覚の宇宙にすべてを委ねて欲しい。
そう思ってた。けど、
「こういうのも、よいのかもしれませんね」
思わず、ぽつり零れた言葉。助け合いさえ幸いと受け止められる二人。なら、そんな二人が過ごす幸いな時間。その一助になれたのなら、それで十分ではないか、と。
彼の言葉を聞いて、そう思った。
そして、優しく食事を差し出す彼と、はにかみ彼から食事を受け取り感嘆の息を漏らす彼女。そんな二人を見て、判断の正しさを確信する。
「ウェイターさん?」
零れた言葉が聞こえたのか、不思議そうに問うレオナルド。頷いて、
「いえ、……本当に、得難いお客様と感じました」
「そうですか?」
よくわからん、と。そんな表情で首を傾げるレオナルド。それでよい、と。納得して、
「では、次の料理をお持ちします。
皆さま、存分に、幸いな時間をお過ごしください」
声に返るのは嬉しそうな声。自分たちの料理が誰かの幸せを支える。そんな、素朴な幸福感を胸に次の料理を届けるよう言葉を飛ばした。
漫画版、『王様のレストランの王様』の舞台、モルツォグァッツァでの一幕。
美味によるトランスはありませんでした。あの場でトランスして叫ばれるとすべてぶち壊しなので、……原作改変となるかもしれませんが、お許しください。