「あちらも楽しそうですけどね」
とあるビルの、小さな会議室。そこに通された私は傍らの提督に小さく呟きました。
「そちらがよかったかしら?」
「本音は、……といっても、やるべきことを疎かにするつもりはありません」
「ならよかったですわ」
さて、
「やあ、待たせたね。シャルン君、ヘクセ」
「こんにちわ、お二人さん」
クラウスと、もう一人、スーツを着た男性。
最後に、顔に包帯を巻いた白髪の男性がそれぞれの椅子に紅茶を置いて一礼、立ち去りました。
「それじゃあ改めて、俺はスティーブン・A・スターフェイズだ。よろしく」
「ええ、よろしくお願いしますわ」「よろしくお願いします」
「それで、どういった要件かな? おそらくは、彼女たち「艦娘」」
言葉をかぶせられたクラウスは、いぶかしそうに提督を見ました。
「シャルン達の事ですが、艦娘、という統一名称で呼ぶことになりましたわ。
種族名、とするべきかは検討中ですけどね」
微笑。
「日本、という国での呼称ですわ。
艦娘に関しては、あの国がドイツよりはるかに進んでいんですのよ?」
「日本にも、か?」
「数百、あるいは、千」
意外そうなクラウスの言葉に、提督は滑るように言葉を紡ぎました。スティーブンとクラウスが視線を向けるのを見て、一つ頷き、
「実際に、日本に行ってみてきましたのよ。私たち。
もとより艦娘の基盤、ツクモとやらは日本の概念。だから、日本から情報を得ればそれはきっと、艦娘たちに有益になる、と判断しての事ですわ。
それで、シャルン」
「はい」
さて、話しましょうか。私たちが、ここ、HLに来た目的。その一つ。
クラウスとスティーブンから向けられる視線。一息。
「艦娘、旗艦をビスマルクとし、提督を船に乗せて日本に向かいました。
艦娘の情報は、」荷物から封筒を取り出して「こちらに」
「驚いたね。名簿までくれるんだ」
意外そうにスティーブンが呟きました。まあ、妥当でしょう。
「それだけ信頼していましてよ? 私たちは」
「それは有り難いね。流出したら大事だ」
「そんな事はしないと、信じていましてよ?」
「…………わかってるよ」
スティーブンは溜息。もちろん、大事ですからね。
「誇張ではなく、軍船級の砲撃力と、装甲か」
「ええ、クラウス君。
いくらあなたでも、シャルンと真っ向から勝負をすれば、楽には勝てませんのよ?」
私としては、その軍船級の戦力を持つ私と真っ向から戦って勝てるという、クラウスの方が驚きですが。
ともかく、二人、資料を見終えたのを確認して、
「その面々で日本に向かいました。
途中で襲撃に会いましたが」
「海賊かね?」
「深海凄艦です。日本にもいたのです。
詳細は不明ですが、やはり軍船級の砲撃力と装甲を持つようです。私たちと同様の存在、という認識で間違いはありません」
「日本はそれでやっていけているのかい?」
「鎖国状態ですが、国民一丸となって何とか、といった形です。
もっとも、それも終わったようですが」
「終わった?」
「すでに、深海凄艦発生の原因は破壊されているようです。
私たちが襲撃を受けたのはその残り、現在は掃討作戦中です。……といっても、元の数が数なのですぐに終わるというわけではなさそうですが」
「そうかい。それはよかった」
クラウスは安堵したように微笑みました。まあ、問題はそのあとなのです。
ともかく、話を進めましょう。
「話は戻りますが、襲撃を受けた私たちを援護したのが、日本の、艦娘です。
詳細な情報の提示はありませんでしたが、彼女たちも私たち同様の能力を持つようです。それは実戦で確認したので間違いはありません。
ただ、問題は規模にあります。……どうも、日本は艦娘を建造する、技術があるようです」
「は?」
きょとん、とするスティーブン。私は溜息。
「相応の資材と時間があれば、いくらでも艦娘を建造できるようなのです。
発生数不明、発生海域が日本周囲全海域、という深海凄艦に対応するための技術革新、なのでしょうが」
「たしかに、それが日本の事情なのだろうけど。
それを考慮しないとなると、つまり、…………軍船級の戦力を持つ人類を、すでに数百、場合によってはさらに産み出せる、って事か。
まいったな、これは」
「そういう事です。
すでに日本の海岸など、いたるところに基地や泊地があるそうです。これも、全海域警戒のためですが」
「確かに日本の国土は狭いが、それでも海に囲まれた国だし、その国が全海域警戒のためにいたるところに基地を作ったとなると、……なるほど、千は誇張じゃないだろうね」
スティーブンは溜息。
「今はその深海凄艦、とやらの掃討で忙しそうだけど、すでに終わりの目途は立っているんだろ?
そうなると、その艦娘は、次はどうなるか。……彼女たちにとって悲劇にならなければいいが」
「同感です。
が、問題は、そのまま戦力として使われた場合です」
「私たちの試算では、ドイツの艦娘たち、シャルンを含めて七人、一日好きに暴れさせれば、一都市を瓦礫の山に変える事も可能、と出ていますわ」
「なるほど、日本がその艦娘を使って本気で戦争を始めたら、小国なら一月もあれば廃墟か」
「一年あれば大国でも廃墟ですわ。
そういうわけで、ライブラ」
くすっ、と微笑む提督。スティーブンとクラウスは、とても解りやすくいやそうな表情です。
「我々、ドイツと同盟を結んでいただけません?
日本の暴走を、止めるために」
そう、その、提案のためにHLに来たのです。
この、千年の覇権を占う超常都市。本来なら私たちのような新米が来れるような場所ではありません。が、状況がそれを許しませんでした。
可能な限り早く、私たち艦娘と、彼らライブラとの縁を結ぶ。最悪の仮定として存在する日本の脅威に、一刻も早くライブラを巻き込む。という事です。
少々胸が痛みますが、仕方ありませんね。
「それは、あり得るのか?
私の知る日本は、そこまで好戦的な国ではないと思うのだが」
「可能性の問題ですわ。最悪を想定するのは、施政者として間違えていませんのよ?
もちろん、そうならないように根回しをする予定ですけど、それは政治家のお仕事。
我々軍は国防の運命を持つ者として、数百の艦娘が侵攻してきた、事を想定して動かないといけませんわ」
「そんなのと戦えっていう事か。俺達に」
ぐったりとするスティーブン、まあ、妥当でしょう。
「それ相応の対価は払いますのよ? 艦娘とまともに戦える存在なんて、あの忌々しい血界の眷属どもを別とすれば、数えるほどしかいませんもの。
ライブラが自由に使える拠点、……ええ、軍事基地をドイツに確保。それと、そうですわね。」提督は、ひらっ、と掌を振りました、立つ指は四つ「これでいかがですの?」
「年間4万ドル、かい?」
「400万ドル。我々ドイツと同盟を結んでいただけるのなら、ですけど」
「ずいぶんと大枚叩いたね。ライブラはそんなに大きな組織ではないのだけど?」
「あら? それを言いましたら、一部政治家や軍関係者は、レオナルド君とウィリアム君をドイツに引き抜けるのなら、小国との関係断絶さえ厭わないと言っていますわ。
あの二人、ドイツでも人気者ですのよ? ふふ、ねえ、クラウス君、レオナルド君をドイツにくださらない? 100万ドル、で手を打ちますわよ」
「趣味の悪い冗談だ」
……………………なるほど、流石ですね。戦艦の艦娘、その私でも、軽く吐き気を感じました。
とてつもない威圧感。気の弱いものなら気絶してしまいそうな、敵意。
彼の隣にいるスティーブンも軽く青ざめています。そして、その敵意を一身に受けている提督は、
「ふふ、相変わらずいい人ですわね。
もちろん冗談ですわ。……いえ、彼の事が欲しいのは本当ですのよ? けど、こんな人身売買じみたやり方をするつもりはありませんわ」
柔らかく微笑。
「ドイツに居座れとも、ドイツ軍の兵になれとも言いませんわ。
ただ、世界のパワーバランスを崩す、どころか、あるいは破滅的な破壊力を持つ場所がある、そう認識していただければ、今は十分ですわ。そして、必要ならば共闘する意思がドイツにあるという事も。
それ以上の事は、また後でとしましょう。ライブラでも、話し合いが必要ですわね?」
「…………そうだね。
思っていた以上にとんでもない案件だ。検討する時間を欲しい。どのくらいならとれる?」
「明後日、帰国まで、でまずは回答を受け取りたいですわ。
それまでに、お願いしますわ。スティーブンさん、クラウス君」
「…………ギルベルトに送らせよう。
スティーブン、彼女の話をまとめておいて欲しい。私はミスターキリシマに、日本について話を聞いてみよう」
スティーブンは頷き、提督は意地悪く微笑。
「クラウス君は来てくださいませんの?
あそこは貴方の私邸でしょう? 主人が最初から席を外すのはよろしくないのではなくて?」
「………………スティーブン、頼んだ」
「了解。
滑塵組には前の件、貸しとしておいたから、ツェッドとザップに日本について情報を集めてもらうように言っておくよ」
「ああ」
頷き立ち上がりました。その時のクラウスは、少し躊躇っているような。
スティーブンも気になったのか、不思議そうに「クラウス、君、彼女の事苦手なのかい?」
「私も気になります。提督、古いなじみですか?」
「ええ、そうですわよ。クラウス君がド「余計な詮索は不要だ。シャルン君、行こうか」」
「はい」
急き立てるように歩き出しました。最後、視界の隅にいたスティーブン、彼と一緒に首を傾げました。
「それにしても、広いですね」
私邸、と。私たちはバスから降りずにそのままビルに向かったので、ちらりと見ただけですが。
それにしても、広い邸宅です。
「あら? そうでもないですわ、シャルン。
公爵のご子息が持つにしてはずいぶんと小さいですわね。クラウス君、他にも私邸があるのではなくて?」
「一つで十分だ」
ともかく、邸宅の中へ。
「…………な、なにが起きたのですか?」
そこにはおろおろしている執事と、ミシェーラに抱きしめられて宥められているユー、ミシェーラの肩に手をのせているトビーと、どうしたものか、といった表情のレオ、さめざめとしているビスマルクがいました。
「うう、シャルン、シャルンー」
「えーと、どうしたのですか? ビスマルク」
「フィリップ、何かあったのかね?」
「あ、クラウスさん、おか「おかえりなさいませっ! クラウス様っ!」」
「うるさっ」
声が大きいです。そして、ミシェーラとユーの肩が跳ねました。……ああ、なるほど。
さらに強く彼女にしがみつくユーをミシェーラは丁寧に撫でて、
「フィリップさんっ、声が大きいって」
「はっ、…………も、申し訳ございません」
「ああ、そういう事か」
クラウスも納得です。
「おかえりなさい、クラウスさん」
「ああ、ただいま、ミシェーラ君。
すまないね。驚かせたようだ」
確かに、大柄な男性はともかく、大声には慣れていないユーと、失明しているミシェーラにこの大音量は驚くでしょう。
ユーは恐る恐る振り向きました。かすかな涙目で、
「ゆー、この人、いや、です」
「が、…………は」
「フィリップさんっ?」
崩れ落ちる執事さん。で、ミシェーラは困ったように、
「ユーちゃん。そういう事言ったらだめよ」
「だ、だって、た、たくさん、大きな声で、驚かせる、です。
ゆー、少しなら我慢、します。けど、たくさんは、いじわる、です」
「まあ、……声の大きさを意識して何度も控えろ、というのも難しい? ですわね」
苦笑する提督。は、いいのですが。
「それで、どうしたのですか? ビスマルク」
「お、お、」
お?
「お姉ちゃんの座を取られたわっ!」
「何言いだすんですか貴女は?」
「だって、ユー、ミシェーラの事をお姉ちゃんって言ったのよっ!
レオにはウィルを取られるかもしれないし、ミシェーラにはお姉ちゃんの座を奪われるし、…………ウォッチ兄妹は、私からいろいろなものを奪うのね」
「僕たちが何をしたっ!
っていうか、ブラックを取るって何っ?」
なんとなく言っていることは悲劇のヒロインですが、……どうにもならないですね。
というか、気に入っていたのですね。お姉さんという立ち位置。
ただ、ビスマルクは旗艦です。なら、フォローするのは僚艦の役割。
「では、私が妹になりましょう。
ビスマルクお姉ちゃんっ」
「…………えぇえ」
真面目に引いた旗艦、とりあえず一発殴りました。