三人称視点でのお話となりますので、視点変更による面倒はあるかもしれませんが、よろしくお願いします。
「ここが、クラウスさんの家か」
「凄いなあ」
「義兄さん、クラウスさんは、どこかの名士なのかい?」
レオナルド、ウィリアム、トビーはきょとん、と見上げる。
文字通り、見上げる。広大な建物。クラウスの私邸らしい。
やっぱりすごい人なんだなあ、と。レオナルドは感心。ともかく、
「それじゃあ、行こうか」
「お久しぶりですっ! レオナルドさんっ!」
「え?」
「ひぅ!」「ひゃあっ?」
なんとなく聞き覚えのある大声。首を傾げるレオナルドの隣から悲鳴が聞こえた。けど、声の主はずずい、と近寄ってくる。
「また会えて嬉しいですっ! ギルベルトさんから聞きましたっ! あの時っ! 私の居場所を突き止めてくれたのは君だってっ!
どうしてもっと早く言ってくれなかったのですかっ!」
彼の姿を視界に収めて、思い出す。ラインヘルツ家から派遣されたコンバットバトラー。
「ああ、いや、……フィリップさん、落ち着いて、落ち着いてっ」
どうどう、とレオナルドは制する。制しながら視線を横へ。
「み、ミシェーラっ、大丈夫かいっ?」
「ユー、落ち着くんだ。大丈夫だ」
くわんくわんと、揺れているミシェーラと彼女の肩に手を置くトビー。そして、いきなりの大声で半泣きのユーはグラーフに抱き付いていた。
「フィリップさんっ、声大きいんですから」
「あ、……ええと、申し訳ない」
気まずそうに頬を掻く執事、フィリップ。彼は勢いのある一礼。
「本日より皆様のお世話兼ガードをすることになりましたっ! フィリップ・レノールですっ!
どうぞよろしくお願いしますっ!」
「あ、…………はい」
抑えきれなかったのか、これでも抑えたつもりなのか、……ともかく、変わらず大きな声に目を白黒させるウィリアム。
「こ、声が大きい、のね」
「ミシェーラ、大丈夫?」
心配そうにレーベ、「私は大丈夫」と、ミシェーラは応じて、
「けど、ユーちゃんは大丈夫? 大人しそうな娘だったし」
「ああ、大絶賛半泣きだ」
「あらら」
困ったような表情のミシェーラ。彼女は軽く手を広げて、
「ユーちゃん、おいでー」
「うん」
グラーフに泣きついていたユーは、ところことミシェーラのところへ。そのまま抱き上げられて膝の上に座る。
「落ち着くまでこうしていようね」
ミシェーラは丁寧にユーに触れて、撫でてもらうと心地よい場所を探していく。
ユーはくすぐったそうに目を細め、嬉しそうに身を委ねて、
「いい子いい子、大丈夫だからね」
「…………うん、……えへへ、ミシェーラ、お姉ちゃんみたい、です」
「あ、それはいいわね。
私、妹とかいなかったし、ちょっと憧れてたかも」
「ん、……お姉ちゃん」
嬉しそうなミシェーラの声を肯定と受け取り、ユーは心地よさそうに呟く、で。
「お、お姉さまっ! だ、大丈夫っ!
プリンツがいますっ! お姉さまの妹にはプリンツがいますっ!」
当然、ミシェーラはビスマルクが青ざめたことなど気付かない。必死にフォローするプリンツを横目に、ミシェーラは丁寧にユーを撫でていた。
「やっぱ、広いな。……さすがクラウスさん」
ユーの警戒音を聞いて灰になりかけたフィリップを何とか起こし、案内してもらった一室。レオナルドは辺りを見渡して呟く。
ライブラのリーダー、クラウス・V・ラインヘルツ。
それなりに長い付き合いだが、家系や素性としての部分に触れるのは初めてかもしれない。
しばし、感心して室内を見ていると、戸を叩く音。
「あ、はーい」
「レオ君、いい?」
「レーベ?」
「私もいるわ」
声二つ、レーベとマックス。「いいよー」と応じると、二人が入ってきた。
…………ふと、思い出したこと。
「ええと、……なんていうか、ごめん。
あんまり話とかできなくて」
二人が、自分に好意を向けてくれていることは知っている。けど、
「まあ、残念だけど、仕方ないよ。
妹さん、いきなり来たんだよね?」
「あれは本当にびっくりしたよ」
苦笑するレオナルド。そのまま二人と部屋にあるソファに腰を下ろす。
「けど、いい妹さんよね。
うん、私も好きになれそう」
「そっか、よかった」
微笑。自慢の妹だ。彼女たちとも仲良くしてくれると嬉しい。
「目が見えなくて、それに、足も不自由で、それなのにあんなふうに笑えるんだね。凄いなあ。
僕、想像できないよ、そんな生活」
無理をしているようには見えない。気遣いも感じない。
思わず笑い返したくなるような、明るい笑顔。ユーが懐くのもよくわかる。だから、そこにどれだけの苦労や苦悩を乗り越えたのか、想像もできない。
同時に思う。レオナルドの妹、と。
深海凄艦の侵攻で、身を守る力なんて何もないのに、それでも自分たちを守ってくれたとても強いトータスナイト。ミシェーラも、彼と同じように強い女の子。
そう、感じた。
「あいつには支えてくれる人がいるからね。
ほんと、トビーさんには頭上がらないよ」
「義弟さん?」
「…………そう、なんだよなあ」
確かに、妹の夫なら義弟だ。トビーはそう思っているだろう。けど、
「義弟かあ」
弟、という感じが全然しない。彼の方が年上だし。あの落ち着いた物腰は見習いたい。
「トビーさんも、レオ君の事ヒーローって言ってたけど、何かあったの?」
「…………まあ、いろいろね」
興味津々と問いかけるレーベにレオナルドは苦笑。彼の事を語るのなら、彼もいた方がいいだろうから。
レオナルドもトビーの人格には好感を抱いている。義兄はともかく、身内になる事は嬉しい。彼を婚約者として選んだ妹の見る目はいいと思っている。
けど、そういう問題じゃない。彼の事を勝手に語りたくはない。
だから、
「そうだね。夕食のときか、そのあとか。またみんなでいろいろお話しようか。
シャルンもそんなこと言ってたし」
一緒にたくさん話をしよう、と。別れ際、シャルンはそういってた。そして、また、会えた今も。
だから、
「うんっ、僕っ、楽しみにしてるねっ」
「私も楽しみ、ミシェーラとか、トビーともお話ししたい。
クラウスにも、いろいろ聞いてみたい事もあるわ」
「クラウスさんに、どんな事?」
「もちろん、レオの事」
「…………い、いやあ、僕の事聞いても、面白くないと思うよ」
クラウスなら変なことは言わないだろうが。それでも、レオナルドは両手を上げる。けど、
ずい、とマックスは一歩前へ。
「好きな人の事は何でも知っておきたい。
不思議な事じゃないわ」
「え、……え、ええ、と」
目と鼻の先に迫るマックスの整った顔立ち、そして、彼女の言葉。
好きな人、と。そういわれてレオナルドは動きを止めて、
「だ、だめーっ!」
レーベは二人を引きはがす。そのまま妹から守るようにレオナルドを抱きしめて、
「マックスっ! そんなにくっついたらだめっ!」
威嚇する猫のように妹を睨むレーベ。そして、マックスも膨れる。
「レオの事抱きしめてるレーベにそんなこと言われたくない。
っていうか、離れて」
「ふぇ?」
不機嫌そうなマックスの言葉に、レーベは、ふと、視線を向ける。
「あ、……え、えーと」
気まずそうな表情のレオナルドが腕の中にいた。
「あ、…………う」
顔がじわじわと赤くなる。けど、
「れ、レオ君。
あ、……あの、あの時、お願いしたご褒美、いい、よね?」
「ええと、…………こ、これでよければ」
「う、うん」
顔を真っ赤にしながら、嬉しそうにレオナルドを抱きしめるレーベ。当然、さらに膨れるマックス。
「いつまでくっついてるの、レーベ。終わり、どいて。
次、私」
「次っ?」
無理矢理レーベを引きはがすマックス。レーベは唇を尖らせるけど、無視。
「…………レーベはよくて、私はだめなの?」
「い、いや、だめって事はない、けど、」
「じゃあキス」
「うぇぇえっ?」
「どっちか」
つい、とそっぽを向いてマックス。もちろん、恥ずかしい。顔が紅潮しているのはわかる。
けど、ここに来るまで頑張った。いつか会えるその日を夢見て、頑張ってきた。
そして、念願叶った今日。妥協なんて、したくない。
「…………ええと、……はい」
レオナルドは困ったような微笑。困らせたこと少し申し訳なく思うけど。
「こ、これでいいよね?」
ぎこちなく抱き寄せる彼の腕の中。マックスは心地よさそうに目を細めた。
レーベとマックスといくつかの話、軍での生活とか、そこでできた思い出を話して、レオナルドは二人と部屋を出る。
部屋を出れば円卓といくつかのソファがある広間。そこにはユーを膝にのせて撫でるミシェーラと、グラーフと何かを話し合っているトビーがいる。
トビー、…………ふと、レオナルドは一息。
そう、あの時、初めて会った時は話す時間はなかった。だから、
「あ、義兄さん」
「レーベ、マックスも、話は終わったみたいだな」
すべて心得ている、と。にや、と笑うグラーフにレーベとマックスはそっぽを向く。
「ええと、トビーさん」
「ん?」
「話ておきたい事があるんだけど、後でいい?」
グラーフと話をしていたのだ。それが終わってからでいい。
そう告げるレオナルドにグラーフは意地悪く笑う。
「いや、いい。大した話はしていなかった。
私はレーベとマックスに戦果報告を聞こう」
「話すことなんて、別にないわ」「い、いいよそんな事っ!」
なにを思い出したのか顔を赤くする二人。グラーフはとても、とても楽しそうに笑う。
そして、
「どうしたんだい? 義兄さん」
「あ、……うん、ちょっと、」
穏かに問いかけるトビーに、レオナルドは軽く手招き。借りる部屋へ。
「義兄さんとは話したい事がたくさんあるけど、どんな事かな?」
「ああ、…………ええと、僕たちの眼の事、なんだ」
「…………そうだね。
それは、義兄さんから直接聞いておきたいと思っていたんだ」
「ああ、僕も、トビーさんには直接話をしないといけないって、思ってた」
それは、トビーの大切な人から、人並みの幸せを奪い取った者としての、義務だから。
一息。
「ミシェーラの、……貴方の大切な人の光を奪ったのは、僕だ」
告げた言葉。…………ではなく、真っ直ぐに自分を見て告げる彼に、トビーは内心で感心する。
その自責も、後悔も、聞いている。……あるいは、罪にさえ感じているかもしれない。いや、感じているだろう。
強くて優しいトータスナイトなら。
それでも視線は逸らさない。その現実に嬉しくなる。
「ミシェーラから、そのことは聞いているよ」
その時の事はミシェーラから聞いている。その時はまだ、彼女の目も見えていた。当然、それが異界の存在によるものだと知っている。
ただの青年でしかないレオナルドに抗うことは出来ないだろう。けど、仕方なかった、とは言わない。
レオナルドとミシェーラを知らなければ、仕方なかった。と、言えたかもしれない。けど、二人と出会った。ミシェーラを愛し、レオナルドに敬意を持った。だから、仕方ない、なんて、そんな言葉は絶対に口にできない。
だから、
「そうだね。それを聞いた時、僕はミシェーラを勇気ある人と思ったよ。もちろん、今でもそう思っているけどね。
兄のために、自分の視力を差し出した勇敢な女性、とね」
「そうだよな。…………ほんと、僕にはもったいない、妹だ」
自嘲。……「不思議だね。そんな表情まで兄妹そっくりだ」
「え?」
「兄の視力を奪った。弱い自分がその自責に耐えられるとは思えなかった。
ミシェーラは、今の君と同じような表情で、そういったよ」
「なん、だよ。……それ」
ぽつり、呟くレオナルド。
「もし、あの時動かなければ、兄の視力を奪ってしまう。
それが怖くて、不安で、嫌で、……だから、視力を差し出した、って言ってたよ。もちろん、ミシェーラはそれで義兄さんが得る自責も、後悔もわかってた。
けど、」
卑怯だよね。
「そんな思いをしたくない、……って、ミシェーラは言ってたよ。
さっきの、義兄さんが浮かべてた、そのままの表情でね」
さっきの表情。その時感じていたのは、……自責。
「……あいつ、そんなものまで、背負ってたのかよ」
呟くレオナルドから感じたのは憤り。トビーはそれを察して微笑む。
「優しい娘だからね」
だから、
「義兄さん。ミシェーラの婚約者としてお願いする。どうか彼女を責めないでほしい。
そして、義兄さんも、……いや、僕の婚約者のためにも、後悔を引きずらないでほしい。それは、彼女も辛いだろうからね」
「…………トビーさんは、僕の事、怒ってないの?」
「その、異界の存在に目をつけられた理不尽には憤りを感じる。
けど、僕はミシェーラの決断を尊く思う。それに、渡航警告都市に居を移してまで、ミシェーラの視力を取り戻そうとする義兄さんの行動も、尊敬している。
だから、怒る事なんて何もない」
疑問を一切抱かせない、力強い言葉。それを聞いて、レオナルドは一息。そして、
「トビーさん。
ミシェーラの、妹の婚約者になってくれて、ありがとうございます。いろいろ不便をかけると思うけど、……けど、妹をよろしくお願いします」
深く、頭を下げる。トビーは、……不意に、涙が滲みそうになり、軽く目に触れる。振り払う。
「その言葉だけでここに来た甲斐があったよ。
たとえ足が悪くても、目が見えなくても、僕はミシェーラを愛してる。不便なんて思っていない。義兄さん。ミシェーラの事は、任せて欲しい」
言葉を交わし、そして、固く、強く、握手を交わした。