結局、中庭にいる間、ユーはクラウスの肩から降りませんでした。ずっと肩車です。
もっとも、クラウスに疲れた様子はまったくありませんでした。ユーが懐くのだから、クラウスはいい人なのでしょう。
で、お昼ご飯。
「あ、ミシェーラ、どこ行ってたんだい?」
少し安堵した様子のトビー、対してミシェーラはそっぽを向いて「グラーフさんとお話してるみたいだったから、シャルンたちと中庭に行ってました」
「あ、…………ええと、ごめんよ。ミシェーラ」
「ああそうだ、ミシェーラ。
婚約者がいながら別の女性と話し込んでいた男には怒っていい」
「グラーフさんっ?」
ぎょっとするトビー、そして、その横で、ぐっ、と親指を立てるミシェーラと、同じように親指を立てるグラーフ。
そして、レオは、ぽんっ、とトビーの肩を叩いて、
「トビーさん、ミシェーラ、たまによくわからない理由で怒ったりするんだ。
こういう時は下手に突っ込まないで、嵐が去るのを待つ方がいいよ」
「そうそう、僕もホワイトで経験あるよ。
会いに行ったらいきなり不機嫌でさ、……あれ、どういう事なのかなあ」
男三人集まって無駄知恵を振り絞っています。トビーは知りませんが、レオとウィルの女性経験などほぼ、無、でしょうから相談するだけ無駄でしょう。
苦笑。
「女心の相談か? 大人になったな、少年」
声、そして、扉が開きました。
「スティーブン?」
「やあ、シャルン。会議ぶりだね。
ミシェーラとトビーは、あの時以来か。久しぶりだね」
「あ、スティーブンさんっ」「ご無沙汰しています」
スティーブンです。丁寧に頭を下げる二人に、スティーブンは気楽に笑いかけました。
「いや、驚いたよほんと。
いきなり遊びに来るなんてね。さすがは少年の妹だ」
「それ、なんか関係あるんっすか?」
胡散臭そうなレオの言葉にウィルは頷いて「いい言い方をすれば、行動的、だって事だよ」
「悪いい方をすれば?」
「「無鉄砲」」
スティーブンとウィルは拳を当てて頷きあい。トビーは苦笑。
「なんだよそれ」「無鉄砲なんて、ひどいです」
「自覚ないんですね」
「腕によりをかけて作りました」
むんっ、と胸を張るフィリップ。ちなみに、ユーが「がるるー」と警戒音を発して落ち込みました。
「これ、フィリップが作ったの。凄いわね。……ウィルもだけど、男性でも料理できるのね」
「これでも執事ですから」
「…………それ、回答なの?」
わかりません。ともかく、テーブルにはフィリップお手製らしい食事。なかなか凝った作りです。
「あ、そうそう、みんな、今夜は空いてるかい?
軽く、歓迎の宴会でもしようと思ってね」
スティーブンの問いにビスマルクは頷き「もちろん、問題ないわっ」
「それはよかった。
酒は、……ああ、まずいか」
「ユーは、ちょっとね。ほかは大丈夫なんだけど」
頷きました。少人数で、ですけど、簡単なパーティーとかやりましたしね。
ちなみに、案の定ですが、私たちの中で一番強いのはグラーフで、一番弱いのはビスマルクです。レーベ以下です。その現実に打ちのめされてめそめそしていたビスマルクを思い出しました。
「ま、それならいいさ。
それに、ウィルとも一度飲んでみたいしね」
「ウィル、ジョッキでウィスキー行ってたわ」
「………………え?」
「なんですかそれ怖い」
しんみりというビスマルクに慄く私たち。
「お酒かあ。……私、飲んだことないなあ」
しんみりというミシェーラ。……そうでしたか。
「あ、……ええとっ、あ、足がこんなんだから、酔って徘徊しないから、大丈夫っ!」
「……………………ミシェーラ、……その、それは言わなくてもいいと思うよ」
同感です。トビー。
「……ま、まあ、一部は気を付けるとして、だ」
「スティーブン、アルコールは構わないが、若い娘もいる。
気を付けたまえ」
「了解、わかってるよクラウス。ノンアルコールのカクテルも、いいのをいくつか知ってるからね。そっちも用意しよう。
なんにせよ。楽しんで欲しいからね。クラウスも準備、手伝ってくれよ?」
「言われるまでもない」
むんっ、と胸を張るクラウス。「僕も手伝いますよ」と。
「おいおい少年。君はお客さんをもてなす大切な役割があるだろ」
名乗り出たレオにスティーブンは苦笑。……けど、
「手伝わせてください」
「………………了解」
きっぱりと言うレオに、スティーブンは仕方なさそうに頷きました。ともかく、
「では、いただこうか」
クラウスの言葉に、みんなで手を合わせて、
いただきます、と。
「ほう、……これはなかなか」
「うむ、美味いな。
声がでかいだけの事はある」
何の関係もない気がしますよ?
「そういえば、君たちの提督は?」
「提督ならHLを見て回ると言っていました」
「そうかい?」
「彼女なら問題はないだろう」
クラウスの即答にスティーブンは一度首を傾げ、けど、
「…………ならいいか」
頷きました。……まあ、問題はないでしょう。
ヘクセ、LHOSの術師。そして、正真正銘の魔女ですから。
レオも不安そうな表情を見せましたが、クラウスが問題ない、といったので食事に戻りました。
一口。……それにしても、美味しいです。料理をした人に反して繊細な味。さすがは執事です。
「負けてられませんか?」
横目での問いに、グラーフは眉根を寄せ、
「確かに、……女性として料理で男性に負けるというのも、腹立たしい」
「同感です」
「………………あの、なぜ私は睨まれているんでしょうか?」
じと、とした視線を向けると困ったような表情のフィリップ。そこは女性ゆえです。諦めてもらうしかありません。
それと、
「やはり、というか。
ミシェーラは大変そうだな」
「そうでしょうね。けど、」
ミシェーラの隣にはレオとトビー。
トビーは慣れた様子でミシェーラに食べさせています。ミシェーラも、少し照れた様な表情で食事を続けて、
「レオは、手伝わないのだな」
ぽつり、呟くグラーフ。苦笑。
「こういうのは夫の役目だろ?
兄のやる事じゃないよ」
夫、と言われて顔を赤くするミシェーラとトビー、なかなか、可愛らしいものですね。
「そういうものなんだね」
ウィルも頷きました。「そういうものだよ」とレオ。そして、
「ほら、クラウス。あまり心配しすぎるのはよくないぞ?
君も少しは少年を見習って見守る事も大切だ」
「……いや、よくないというか、あまりそのつもりはないのだが」
スティーブンの言葉に困ったように応じるクラウス。プリンツは首を傾げて「心配しすぎ?」
「そうなんだ。
少年がビスマルクたちの仕事を手伝いに行ったときなんて、心配のあまりものすごく怖くなっててね」
「怖く?」
「くらうす、怖い、ですか?」
おっとりとクラウスを見上げるユー。クラウスは困ったように「いや、…………そんな事はない、と思う」
「いやいやいや、……ほら、心配事があったりすると、こう、イライラして顔つきとか、雰囲気が変わったりするだろ?
クラウスの場合は、…………まあ、怖くなるんだ」
「それで、レオを心配して、怖くなったって事?」
マックスの問いにスティーブンは頷く。そして、遠くを見る。
「あれは、怖かった」
「そんな、しんみりいうほどなんだ」
軽く慄くマックス。で、
「……………………い、いや、……まあ、その、」
視線が集まり、クラウスは困ったような表情。必死にいろいろと考えています。
本当の事は、ミシェーラとトビーがいる手前、言えませんからね。
「レオナルド君を信頼していない、わけではないのだが。……派遣の承認をした手前、気になっていて、ね」
「はは、クラウスは心配性だからね」
困ったようにぽつぽつというクラウスに、スティーブンは楽しそうに笑いました。
「まあ、派遣して正解だったんじゃないの?
随分と友達も増えたみたいだしね。少年も、いい経験をつめただろ?」
「はいっ」
嬉しそうに即答するレオ。……まあ、私は途中参加でしたが。
けど、その即答を聞いて、特にレーベとマックスは嬉しそうな表情。きっと、いい時間を過ごせたのでしょう。羨ましいです。
「……その増えた友達の、ほとんどが女の子、ですね」
「そうだね。ミシェーラ。
義兄さんは、きっと、………………女性経験が豊富になったんだよ」
「…………お兄ちゃん」
「って、ちょっと待て待て待ってっ!
なんでそっちに行くんだよっ!」
しんみりと言葉を交わすミシェーラとトビー、そして、ウィルは引きつった微笑み。
「親友、……あんまり、変な事してないよね?」
「してないっ!」
「レオっ! 私の部下に手を出したら、許さないわよっ!」
「出してないっ!」
「私は、出されてもいい」
「黙ってろっ!」
ぐっ、と親指を立てるグラーフに怒鳴るレオ。そして、崩れ落ちました。
「スティーブンさん、今、いい経験をつめたって、そういういい話になる予定じゃなかったんじゃないっすか?
なんで、ここで僕、なじられる流れになるんっすか?」
「俺もそのつもりだったんだけど。どこでおかしくなったんだろうな?」
不思議そうに首を傾げるスティーブン、で、言い出した人。
「だ、だってっ、お兄ちゃんっ、女の子と一緒に遊んでたって事、ほとんど聞かなかったし。
まあ、足がこんなんな私のお世話で忙しかったのかもしれないけどねっ!」
「……それはそれで、シスコンっぽいね。親友」
笑えないフォローを入れるミシェーラの言葉に、ウィルはしんみりと呟いて、レオは微笑。
「ブラックに、だけ、は言われたくないよ」
「け、けどけどっ、…………あ、あの、ゆー、気持ち、わかり、ます。
みしぇーら、すごくいい人、です」
ぐったりするレオに、ユーは一生懸命な表情でフォロー。レオは微笑み「ありがとう、ユーは味方だよ」
「ありがとう、ユーちゃん。
そういってくれると嬉しいわ」
手を伸ばすミシェーラ。ユーは彼女の手を抱きしめて、
「えへへ、ゆー、みしぇーらみたいな優しいお姉ちゃん、いい、です」
微笑みを交わすミシェーラとユー、その傍らでビスマルクが大破しました。
「姉さまっ! 姉さまっ! プリンツがっ! プリンツがいますっ!
プリンツは姉さまみたいな優しい姉さまがいて幸せですっ!」
崩れ落ちて泣き始めたビスマルクをおろおろしてフォローするプリンツ。
「ふ、……ふふ、いいの、いいのよ。プリンツ。
…………ウォッチ兄妹は強敵ね。……けど、私は負けないわっ!」
「敵って、……ビスマルクも大げさだよ」
困ったような表情のレーベ。けど、
「レーベも警戒をしないとだめよっ!
レオをミシェーラに取られるわよっ!」
「はっ?」
「婚約者がいる妹に手を出すかぁぁあっ!」
怒鳴るレオ。そして、ぽん、と肩を叩く音。
「トビーさん?」
「義兄さん。…………必要なら、僕は断固とした対応を取る。
クラウスさん、部下を大切に思う貴方の気持ちはよくわかります。けど、僕にも譲れない事があるんだ」
「う、……うむ」
トビーの気迫に圧されるクラウス。スティーブンは眼を見開いて「あのクラウスを、退かせるなんて、なんて気迫」
「それだけミシェーラの事を大切に思っているっていう事よ。
そんな婚約者がいて、ミシェーラは幸せだと思うわ」
「……うん」
頬を染めて頷くミシェーラ。マックスは真面目に頷いて、
「レオも、私と結婚したら私の事を守ってくれる?」
「………………いや、その前提は」
いきなりな発言に沈黙。ミシェーラは完全に停止。レーベはふるふると震えています。
内心で深呼吸。……まあ、マックスが彼に好意を寄せていたのは周知なのでいいのですが。
ウィルは、頷きました。
「そっかあ、……そうなると、マックスはトビーの義姉になるんだね」
「問題はそこかっ?」
「そうだね。義姉さん。ミシェーラともども、よろしくお願いします」
「よ、よろしくっ! 私、足がこんなんで迷惑かけちゃうかもしれないけど、よろしくっ!」
「ミシェーラは落ち着きましょう。トビー、適応が早いですね」
「うん、よろ「マックスっ!」」
がたっ、と立ち上がるレーベ。彼女はびしっ! と、マックスを示して、
「僕だってっ! レオ君と結婚したいよっ!」
「れ、レーベっ?」
「レーベには、負けない」「むー」
睨みあうレーベとマックス。その真ん中で「はわわわわ」と変な声を上げるレオ。
で、
「…………スティーブン、私たちは、どうすればいいのだろうか?」
「……とりあえず、食事をとろうか」