「ごめんね。お世話になっちゃって」
レーベとマックスに肩を貸してもらい、ミシェーラは浴室の椅子に腰かける。
「ううん、大丈夫だよ」
困ったような言葉にレーベは微笑み応じる。もともと、自分たちが言い出したこと、負担になんて思っていない。
そして、マックスは頷く。
「義妹だから、気にしなくていいわ」
「……マックス、それ、どういう意味?」
思い人の妹、というには少し他意のありそうなマックスの言葉にレーベは半眼で問う。マックスはそっぽを向き。
「ふふ、……お兄ちゃんも好かれてるのね」
ミシェーラは嬉しそうに笑う。…………だから、
「レオ、って、恋人とかいないの?」
何気ない問いに、ミシェーラは困ったように微笑む。言い難そうな彼女の表情を見て、レーベは軽くミシェーラに触れる。
「背中、洗おうか?」
「え? ……うん、お願い」
レーベは目の見えないミシェーラの背中を丁寧に洗う。ミシェーラは心地よさそうに目を細めて、一息。
「恋人は、いないわ。……お兄ちゃん、私に付き切りだったから」
応じる言葉。レーベはミシェーラの背中を洗いながらレオナルドらしいな、と思う。
レオナルドの優しさは知っている。足の不自由な妹がいれば、ずっと面倒を見ているだろう。
ミシェーラは困ったように口を開く。
「ほんと、お兄ちゃんにはわ「そう、けど、わかるわ」」
不意に言葉を差し込むマックス。彼女は微笑み、
「ミシェーラ、すっごく可愛いし。構いたくなる気持ち、よくわかるわ。
私も、ミシェーラみたいな姉がいてくれたら嬉しい」
「あ、……えーと、ありがと」
少し困ったように応じるミシェーラ。
「そうだね、僕も、ミシェーラみたいな妹が欲しかったな」
で、当然、睨みあう姉妹の事も気づかない。
「ん、終わった。
じゃあ、ミシェーラ、流すよー」
「お願い」
レーベは丁寧に泡を流して落とす。ミシェーラは、ほう、と一息。
「ありがと、レーベちゃん。
あ、スポンジ貸して、あとは自分でできるわ」
そして、ふと、ミシェーラは笑って、
「レーベちゃんの背中、洗ってあげましょうか?」
「え? いいの? 大丈夫?」
目の見えない彼女には大変ではないか、と。レーベ。ミシェーラは胸を張って、
「大丈夫よ。……ごめんね。自分の背中も洗えるけど、レーベちゃんに甘えちゃったの」
悪戯っぽく微笑むミシェーラ。ほんと、可愛い娘だなあ、と。その笑顔を見てレーベは羨ましくなる。
ともかく、
「じゃあ、僕もお願い」
「はーい」
「私も」
一人、仲間外れみたいに感じていたマックスは少し無理矢理割り込む。
「え? え? まっ「じゃあ、一緒に洗ってあげましょうね」」
驚くレーベの声を遮るようにミシェーラ。その顔には変わらず悪戯っぽい笑み。
「ん」
「…………ちょ、ちょっと嫌な予感する、かも」
何となく不安を感じ、レーベは呟いた。
で、
「…………はあ、……あぅ、…………ふはっぁあ」
「……レーベ、声が色っぽい」
「ちょっとえっちな感じね」
「ふ、二人のせいだよっ!」
ぐったりしていたレーベはこそこそ話すマックスとミシェーラに声を上げる。
背中を洗ってもらう。嫌な予感は的中し、わきの下や、挙句前にまで手を伸ばされた。笑って身をよじって、変な声で悲鳴を上げて、けど、それでも二人は楽しそうにレーベの体を洗い続け、結果、レーベは、じと、とした視線を二人に向ける。
「ミシェーラ、僕の事くすぐってたよね?」
ミシェーラは胸を張る。
「レーベちゃん、反応が可愛くて、つい」
「ついじゃないよっ!」
怒鳴る。それと、
「…………レーベの方がおっぱい大きかった」
問答無用に胸に吶喊した妹は、とりあえず一発殴った。
「はー、いい湯ー」
「ふー」「はー」
三人並んで湯船につかる。くすぐられたりで膨れていたレーベも溶けるように表情を緩ませる。
「そういえば、ミシェーラ。
普段の入浴、どうしてるの?」
「トビーと一緒?」
足の動かないミシェーラは入浴にも苦労が多い。誰かの助けが必要になる。
その誰か、マックスの予想にミシェーラは顔を真っ赤にして、
「そ、……た、確かに、トビーは婚約者、だし。…………好き、だけど。
けど、そういうの、まだ、恥ずかしい、し」
「うわー、可愛い」
顔を真っ赤にして小さく応じるミシェーラに、思わず呟くレーベ。そして、それを聞いてさらに小さくなるミシェーラ。マックスは頷く。
「可愛い義妹。嬉しい」
「だから、そのいもうとって、どういう意味?」
じと、とした視線。マックスは胸を張る。……もっとも、その顔は赤いが。
「義理の、妹」
「マックスちゃんがお兄ちゃんのお嫁さんかあ」
「だめっ! れ、レオ君は、ぼ、僕と、……僕がお嫁さんになるのっ!」
「絶対にレーベには渡さない」
ぎりぎりと睨みあう二人。ミシェーラはどうしようかな、と思うけど。それよりも、
「面白い?」
不意にマックスは問いかける。
「う、……うん、ごめん、ね」
ミシェーラは楽しそうに笑っていた。面白い、か。
「うん、面白い。楽しい、嬉しい。
ほんと、お兄ちゃんには素敵な友達がたくさんいるなって、……うん、嬉しい」
目が見えなくても、わかる。
クラウスたちも、レーベたちも、素敵な人なのだ、と。
「レオ君だけじゃないよ」
レーベは微笑む。
「ミシェーラも、だよ。
僕たちも、ミシェーラの友達だよ」
「うん。私も、ミシェーラの友達。レオの妹じゃなくても、私はミシェーラの友達」
「僕もっ!
もうっ、マックスはいつもいい所ばっかり持っていこうとするんだからっ」
むー、と睨みあうレーベとマックス。そして、
その間に挟まれたミシェーラは、
「あはははっ」
楽しそうに、笑った。
お風呂からあがって、ミシェーラはあてがわれた部屋。……の、前に。
「こんばんわー」
手探りで隣の部屋へ。「はーい」と、戸が開く。
「ミシェーラ?」
「こんばんわ、プリンツちゃん。
遊びに来ちゃった」
「いいよ。入ってー」
「こんばんわ、遊びに来てくれたのね?」
「あ、ビスマルクさんっ、こんばんわ」
一緒の部屋にいたらしい、彼女の声。
「うん、せっかくだしお話に来ちゃいました」
「もちろん、大歓迎よっ!」
プリンツはミシェーラの車椅子を押す。テーブルのところへ、そして、
「はいっ、お土産のお菓子ですっ」
ミシェーラの手を取り、お菓子を乗せる。
「わ、……ありがとう。ええと、タルト?」
「うんっ、私が作りましたっ」
胸を張るプリンツ。ミシェーラは眼を見開いて、
「凄い。……プリンツちゃん。お菓子とか作れるのね。
凄いなあ、私、作れないわ」
「……あ、うん、まあ、そうよね」
眼が見えないミシェーラに作れるとは思えない。本気で感嘆の表情を見せるミシェーラにプリンツは困ったように応じる。
「私も作ったわよっ!」
そして、ずずい、と自作のお菓子を勧めるビスマルク。ミシェーラは頷いて「ありがとう。後でもらうね」
「ええ、存分に味わいなさいっ」
嬉しそうに応じる。ミシェーラは一口。「美味しい」
「やったあっ」
プリンツは嬉しそうに両手を上げる。作ったお菓子、食べてもらって美味しいと言われれば、嬉しい。
歓喜の声。喜んでくれたと思い、ミシェーラは少し、意地悪く微笑む。
「これ、ウィル君には?」
二人の言葉から、ウィリアムへの好意を察していたミシェーラは問いかける。ミシェーラも女性。手作りしたお菓子は好きな人に食べてもらいたい。と、その気持ちは察することができる。
故の言葉にビスマルクは頬を膨らませて、
「トビーとレオとなんか遊んでたわ。
もうっ、せっかく一緒に遊ぼうと思ったのにっ!」
「なんか、男の子同士でテンション上がって遊んでましたあ」
拳を握るビスマルクと肩を落とすプリンツ。ミシェーラは「まあ、男の子同士の方が、楽な時もあるわよね」と宥めてみる。
というか、トビーも、と内心で苦笑。レオナルドの事を義兄と呼んでいるがトビーの方がレオナルドより年上。声の雰囲気からウィリアムもレオナルドと同年齢と想像していたが。婚約者は年下相手にどんな遊びをしているのか。
興味はあるけど、一応触れないでおく。
「ミシェーラ、紅茶は飲むかしら?」
「あ、ありがとう、ビスマルクさん」
ミシェーラの言葉に頷き、ビスマルクは紅茶を用意。彼女の手にカップを触れさせ「熱くないようにしたけど、一応。気を付けてね」
「はい」
カップを包み込むように手に持つ。一口。
ほう、と。吐息。
「これ、ビスマルクさんが?」
「ええ、気に入ってくれた?」
柔らかく微笑むビスマルク。ミシェーラは笑顔で頷く。
「うん、……美味しい」
「ふふ、よかったわ」
「それで、ミシェーラ。
聞いてみたい事があるんだけど、いい?」
「私もっ」
リラックスした、その時を狙ってビスマルクとプリンツは前へ。「へ?」と、その気迫に一歩引くミシェーラ。
二人の聞きたい事、それ即ち、
「「婚約ってっ、どうやったのっ?」」
「ど、どう、って?」
「いろいろ、いろいろ教えて欲しいですっ!
こ、告白の仕方とかっ! どっちがしたのっ? ど、どういうシチュエーションでっ?」
「出会いはっ? あ、あと、デートの場所とか教えなさいっ! 教えてっ!」
「え、えーとお」
ぐいぐい迫る二人に、ミシェーラは困ったような表情で両手を上げる。
「きょ、興味ある?」
「あるわよっ! う、ウィルをどこに誘えば喜ぶとかっ! 男の子はどういうシチュエーションが一番好きか、とかっ!」
割と必死なビスマルクと、メモを取り出して迫るプリンツ。……なんていうか。
「ウィル君の事、好きなのね」
つまり、そういう事。
あまりにも率直な物言いに、二人は動きを止めて、…………ビスマルクは肩を落とした。
「…………ええ、そうよ。……けど、ほんと、どうすればいいのかわからないの。
その、そういう経験もないし、」
視線を向ける。そこには丁寧にラッピングされたお菓子がある。
大切な人との再会。プリンツといろいろと言い合いながら作ったお菓子。
落ち着いた時を見計らって、いざ、と行ってみればそこにはレオナルドとトビーと楽しそうに笑っているウィリアム。その笑顔を見て、足が止まってしまった。
行っていいか。解らなくなってしまった。だから、ずるずると悪い方に考えてしまう。
「いろいろ、考えて作ったんだけど。……迷惑になってないか、とか、ね」
ぽつぽつと語られる言葉、目の見えないミシェーラにもわかる。ビスマルクの、困ったような、寂しそうな表情は、……そして、彼女の気持ちも、わかる。
女の子、と。改めて思う。
だから、
「もし、迷惑なんて思われるなら、ふっちゃっていいと思うよ」
「え?」「へ?」
あんまりな言葉に、きょとんとするプリンツとビスマルク。ミシェーラは笑みを浮かべて、
「女の子が、精一杯男の子のために作ったなら、その思いを迷惑に思うような男の子とは付き合わない方がいいと思うよ」
たとえ、それが否定であったとしても。
それでも、その人の事を思って作ったのなら、迷惑に思ってほしくない。
…………もっとも、ウィリアムがそう思うとはミシェーラも思っていない。誰かの、精一杯の思いをないがしろにするような人を、兄が友達と思うわけがないのだから。
だから、
「ウィル君の事が好きなら、二人の気持ちを大切にしてくれるって、信じていいと思うわ」
ミシェーラのその言葉に、ビスマルクとプリンツは眼を見開いて、……頷く。
「うんっ、兄さま優しいからっ、ちゃんと聞いてくれるよっ。ねっ! 姉さまっ」
「え、ええ、もちろんよっ」
だから、こんなに惹かれたのだから。二人の声にミシェーラは笑う。
「うんっ、その意気っ!
それこそが恋する女の子の心意気よっ!」
ぐっ、と拳を握る。そして、三人で突き上げる。
「「「おーっ」」」
そんな声。……上げて、なにやってんだろ、そんな事を考えて、
「ぷっ、……ふふ、あはははっ、な、なに今のっ?」
「お。おーっ、って、……おーって何よっ」
「わ、わかんない。ついやっちゃった」
なにやってるんだろ、と。顔を見合わせて笑う。けど、悪い気はしなくて、ただ、楽しくて、
「もうっ、プリンツっ! 予定変更よっ!
ウィルのところに突撃しようと思ったけど、なんか今夜はこのままお話していたくなっちゃったわっ!」
「私もですっ!
大好きな兄さまのところには明日突撃っ! 今夜はミシェーラと沢山お話ししましょうっ!」
「…………あの、プリンツちゃん。
ふと思ったのだけど、……兄に本気で恋は、ちょっと難しいと思うの」
「愛称っ! 愛称ですーっ!」
ちょっと引いた表情のミシェーラにプリンツは慌てて声を上げる。ビスマルクは胸を張って「そうっ! 聞きなさいミシェーラっ! プリンツはウィルの妹で、私の義妹なのよっ! だからビスマルク姉さまっ!」
「な、なんですってーっ!」
「ちーがーいーまーすーっ!
兄さまっていうのは、……ええと、敬慕と恋慕からの尊称ですっ!」
「なら、次は旦那さまね」
尊称、という言葉が気になったけど、とりあえず無視してミシェーラは重々しく告げる。プリンツは「はいっ!」と元気良く応じる。
「私の旦那様よっ!
さあミシェーラっ! 婚約者になるまでの道のり、レクチャーして頂戴っ!」
「プリンツは告白の方法に興味がありますっ!
実体験をっ!」
「私のっ? そ、それはさすがに恥ずかしいわっ」
女三人寄れば姦しいってどこの言葉だっけ、と。そんな的のいた言葉を思い出して、ミシェーラは迫りくる女の子二人に、徹底抗戦の構えをした。
遅くなっちゃったなあ、と。ミシェーラは寝室に戻る。
ビスマルクとプリンツとは今日会ったばかり、せっかくの出会いなのだからいろいろお話したい。
そんな思いで部屋に押し掛けてみたら、思っていた以上に話が盛り上がった。…………告白の時の話を根掘り葉掘り聞かれるのは、さすがにいろいろ堪えたけど。
けど、楽しかった。そう思えば自然、口元に笑み。そして、寝室に入って、とてとて、と音。
ぽふっ、とユーは車椅子に座るミシェーラに飛び込む。
ミシェーラは反射的に受け止める。少し拗ねたような、声。
「みしぇーら、遅かった、です」
「あ、……ご、ごめんね」
ぷう、と頬を膨らませてユー。
「お話し、したかった、です。
けど、おやすみの、時間です」
確かに、もう遅い。幼いユーにとっては眠る時間なのだろう。
ミシェーラは困った表情。……だから、
「えーと、……じゃあ、ユーちゃん。
一緒に寝ましょう? それで許して、ね?」
手を合わせて小さく頭を下げるミシェーラ。ユーは「うん」と頷く。
頷いて、ミシェーラの膝から降りる。車椅子を押す。
「ありがと、ユーちゃん」
「うん」
車椅子から降りて、ベッドへ。ユーも同じベッドに潜り込み。
「えへへ、……みしぇーら、暖かい、です」
「ユーちゃんもだよ」
人の温かさ。それを感じてユーは心地よさそうに目を細める。
そのぬくもりに触れたくて、身を寄せる。ミシェーラは微笑んで抱き寄せる。
「おやすみ、ユーちゃん」
「うん、おやすみなさい、です」