【完】転生者と時間遡行者~Everlasting Bonds~IN SAO   作:MYON妖夢

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最終話 精一杯の人生を

 あの後キリト達にも了承を得て、サクヤやアリシャには事情は後日説明すると言ってほむらやユウキ、アスナをログアウトさせた後に仁達もログアウトした。その際に同時にスーパーアカウント『Zin』は廃棄し、電子の海へと葬った。恐らくは茅場が回収もしくは完全な破壊を行うだろう。

 

「……ふぅ」

 

 現実に戻ってきて息を一つ吐く。彼にとっては久しぶりに気の抜けた瞬間だ。

 

「痛っ……」

 

 何度も攻撃を受けていた左の脇腹から痛みが走る。右の肩も僅かに痛むが問題になるほどではない。シャツを捲りあげると、左の脇腹には穴が開いた後に焼いて塞いだ時のような跡がついている。

 あの時の仁は、いつかの実際の痛みを伴う戦いのそれのように、痛みを感じることで仮想世界よりも現実のことのように感じながら戦っていた。それにより無意識化に発動していた心意がペインアブソーバと合わせて現実の身体にまで影響を及ぼした。ということならば納得ができる。とどこか他人事のように仁は思いながら服を着替えていく。

 

「一応それなりの処置はしておくか」

 

 血が滲んできてもおかしくない傷だ。跡の腹側と背中側にそれぞれ適当な布を当て、上から包帯を巻きつけていく。以前の世界では魔力で傷は治っていたし、仮想世界ではそもそも傷はできないため応急手当の心得など持っていない彼は思いついた方法でひとまず済ませた。

 

「さて……と」

 

 向かうのは病院。勿論自分の傷跡を診るわけではなく、目を覚ましたはずの皆に会いに行くために。安否を確認して、初めて彼らのSAO事件は終わりを告げることになるのだから。

 脇腹の痛みで僅かに覚束ない足取りで最寄り駅から電車に乗り病院を目指す。既に夜九時半を回った遅い時間であり、仁はまだこの世界での歳は14だ。身長は著しく伸び顔つきも同年代のそれではないため警察等に声をかけられることは少ないとは思うが、最低限人が少ない経路で移動する。

 

「問題なし……と」

 

 特に何も起こるわけでもなく病院に着く。PoHによる襲撃を警戒はしていたが、どうやら肺を潰したのは上手くいったのかもしれない。と一つ息を吐く。

 あの時心臓や首といった弱点ではなく、肺を貫いてPoHを殺したのは理由があった。それは、心臓などの部位に攻撃を加えてもペインアブソーバによるフィードバックの影響は少ないだろうと思ったためだ。実際にそれが大きく反映され心臓が止まった。なんてことにはならないように設計されているはず。と思った仁は代わりに肺を潰すことで肺の機能低下をもたらし、この先のPoHの生活を困難なものにすることを狙ったのだ。

 

「上手くいったかどうかは定かじゃねえが……まぁいい」

 

 少し歩くとすぐに気付く。警備員と数人のナースが一ヶ所に集まっている。どうやら須郷はキリトに襲撃を仕掛けたが、原作通りに撃退されたらしい。

 

「……それなら都合がいい」

 

 人の目に付きづらいように動いて病院の中に入る。キリトがそうしたであろうようににゲスト用のパスカードを拝借し、脇腹を軽く押さえながら病室へ向かう。

 何度か来ている病室の前まで来るのが、いつもより長く感じた。スリットにカードを通し、扉を開ける。中央を仕切るカーテンの向こう側にあるベッドと、その上のシルエットが僅かに震えたように見えた。

 意を決してカーテンをスライドさせる。

 

「……待たせたな。ほむら」

 

「ヒーローは遅れてくるもの……でしょう? 今も……あの時も」

 

 掠れた声。まだ声を出すのが困難なのがすぐにわかる。仁はゆっくりと近付き、椅子に腰かける。

 

「ああ……あの時も、こうして病院で、ベッドで、話したよな」

 

 もはや百数年も前の光景だ。初めて会った時もこうして、戻ってきたほむらと椅子に座った仁は話をした。

 

「よく、覚えているわ……あの時、貴方を信じてみて、本当によかった」

 

 椅子から立ち上がり、ベッドにさらに近付く。

 

「だって……」

 

 そのまま、さらに華奢になってしまった身体に負担をかけないように、ふわりと抱きしめる。

 

「素敵なヒーローが、どうしようもなかった私を……何度も助けてくれたんだもの」

 

「ああ……随分と長くなっちまったが……やっと手が届いた」

 

 そのまましばらく抱き合っていたが、不意にほむらが言う。

 

「木綿季のところにも……行ってあげて。名残惜しいけれど……これからはまた隣にいてくれるのでしょう?」

 

「当たり前だ……また、後でな」

 

 ほむらの病室を出て少し歩くと紺野木綿季の病室だ。この世界の彼女の家族は彼女が元気なことで抵抗力を高めているのか、それとも転生者の存在が大きいのか、全員元気にしている。この病室にも翌日にはまた彼女の家族が来るだろう。

 同じようにカードをスライドさせて扉を開く。当然部屋構造も同じだ。

 

「……木綿季」

 

 その声に反応して僅かに言葉にならない音が仁に届く。身体が強くない彼女は声を発するのがほむらよりも困難なのだろう。

 カーテンをスライドさせると、二年前の短い髪は伸び、あの世界の彼女にいくらか近付いた木綿季が身体を起こそうとしていた。

 

「無理すんなって。今はしっかり身体を休ませないと」

 

「う……」

 

 身体を起こすのを諦め、大人しくベッドに横になった彼女の隣に椅子を持ってきて腰かけ、彼女の額に手を当ててゆっくり撫でる。

 

「遅くなって……悪かったな。よく、頑張った」

 

 ユウキが須郷の記憶操作に抵抗しなければ仁のアバターは急所を貫かれ、このような形にはなっていなかっただろう。だから――

 

「本当に……木綿季はよく頑張ったよ」

 

 それを聞いて木綿季の顔が歪む。抑えきれなかった涙が零れ、ベッドに落ちる。

 

「じ……ん……あり……が……とう」

 

 精一杯発した声なのだろう。すぐにせき込んでしまうが、仁には痛いほど伝わった。

 

「……身体、よくなったらまた四人で集まって遊びに行こう。だから、しっかり治すんだぞ」

 

 木綿季はゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 アレから、何ヶ月かたった。もう一度茅場に接触された俺は、『ザ・シード』を託されギルバードや和人と相談した結果、それの発芽をギルバードに任せることにした。まぁ概ね原作通りというわけだ。

 そして現在俺はSAO生存者が通う学校に登校し、その昼休みを杖をついて過ごしている。

 というのも、これにも当然訳がある。脇腹の傷は関係ないが。

 

 数ヶ月前、ALOでの事件が収拾した後の少し経った時に木綿季の家族と一緒に病院に呼び出された。

 曰く、木綿季のAIDSが再び悪化した。とのことだった。治ったのではなかったのか、と問いただすと、治ったわけではなく身体が強くなったことによりなりを潜めていただけだったところに、SAO、ALOに閉じ込められていたことにより身体が弱くなったことで抵抗力が低下したために再発した。らしい。

 そして彼女を治療するためには、骨髄移植のためのドナーが必要だということが分かった。同時に骨髄移植を行っても治るかどうかはこの世界の進んだ技術でも五分であり、さらに成功しても彼女が不妊になる可能性があるということが伝えられた。

 迷うことはなかった。

 

「俺のは使えますか?」

 

 口を突いて出たのはその言葉だった。紺野家は驚いたように俺を見るが、俺は真っ直ぐに先生を見る。

 

――いいのかい? ドナーは当然リスクもあるんだよ。死亡事例だってある。

 

「友達が苦しんでるのに黙っているのは性に合わないんです」

 

 本心だ。欄間仁の昔から変わらない紛れもない本心だ。

 

――……分かった。すぐに検査をしよう。

 

 その後俺は木綿季の体格や身体自体に合うかどうかを検査された。男の俺の身体が女の子である木綿季の身体に合うのか、といった不安は問題なかったようで、HLA型という血液の種類が上手いこと合うということが分かった。料金は紺野家が持ってくれたらしい。

 非血縁者間では数百から数万分の1程度と言われているHLA型の一致において、すぐ近くに適応するドナー候補がいたことは紺野家や木綿季、そして先生にとっては奇跡という他ないだろう。だが、恐らくは転生者としてこういった場面にも適応するように俺の身体が作られていた。ということだろう。不満など感じないしむしろ嬉しいことだ。

 その数日後、俺の腰の骨から骨髄液が摘出された。本来10日程度で治るといわれている摘出後の腰の痛みは未だに取れていないが、あまり気にはしていない。

 

 場面を今に戻そう。俺の骨髄液を移植した木綿季の血液は正常に造り出されるようになった。手術は成功し、彼女はとりあえずは安心という状態になった。完治というわけではなくこれからも様子を見て、といった状態ではあるが進捗は上々らしい。一役買った俺としても嬉しいことだ。

 

「何か考え事?」

 

「ん。いや、木綿季のことをな」

 

 一緒に昼飯を取っているのはほむらと詩乃さんだ。基本的にこのメンバーで、日によっては和人達が加わりそれなりの人数になる。

 ほむらと詩乃さんが顔を合わせてくすくすと笑っている。

 

「どうした?」

 

「すぐにわかるわよ」

 

 言いながらもクスクスと笑うのをやめない二人。なんだというんだ。

 直後、背中に急に熱源が増える。同時に首に手を回されバランスを崩すが何とか持ちこたえる。

 

「うおおっ!?」

 

「仁! 久しぶり!」

 

 俺も久しぶりに聞く声。というか俺の知り合いでここまで元気な奴というのも少ない。

 

「木綿季! いつの間に……」

 

 ほむらと詩乃さんに至ってはおかしくて仕方がないというように笑っている。

 

「あれ? 仁に言ってなかったの?」

 

「言わない方が面白いかなって」

 

「たまにはこっちからサプライズ、よ」

 

「お前らな……」

 

 どうやら今日は木綿季も外に出ても大丈夫な日だったようだ。教えてくれてもいいのに俺にだけ伝えられていなかったらしい。

 あの後たまには会っていたが俺自身あまり動ける状態ではないため合う頻度は低かった。故に久しぶりというわけだ。

 木綿季の容態がある程度安定した後、俺がドナーとして骨髄液を提供したことを木綿季が知った時は、彼女自身に無理しないでほしいと怒られたし、ありがとうと泣かれもした。当然相談の一つもしないで決めた俺はほむらや詩乃さんにもこってり怒られた。

 いつもの四人がそろって取る食事は、木綿季が病院は暇で仕方がないという愚痴や、学校で起こったことなどの報告をこちらからしたり、和人達が木綿季に気付いて寄ってきたり、充実した時間だ。

 いつ俺達が次の転生を行うのかなど分からない。文字通りの神のみぞ知るという奴だろう。

 しかし、それまでは。それまではこの充実した時間は続くのだろう。

 だから精一杯この人生を楽しもうと思った。今まで戦ってばかりだったのだから、たまには許されるだろう――――




 お疲れさまでした。これにてSAO編いったんの完結とさせていただきます。
ロストソング編とか、ALOバトルトーナメントとか書いてみたい感じはしますが、ひとまずはここまでとさせていただきます。
 何年も書けてようやく書き終わり、途中で実質的な失踪となったこの作品。ここまで当時から見てくれていた人がいたらそれはもう頭が上がりません。
 勿論最近復帰してから読んでくれていた皆様にも感謝しております。感想や日々増えるお気に入りは俺にとってとても大きなものなのですから。
 では、今回は俺一人での挨拶となりますが、締めさせていただきます。

 皆様、ここまでありがとうございました。別の作品やこの作品を思い出したように書いた際、またお会いできることを楽しみにしております。それでは!

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