空の女王、赤い魔女   作:猫魈

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奪われた空-2

「ああもう。全く」

 

 けたたましく鳴り響く空襲警報。まだ日が登り始めたばかりの時間だというのに、ジョセフィンはやかましく鳴り響く音で着替えの手を止めた。

 ちらりと時計を見れば、そろそろナイトウィッチが戻っているだろうタイミング。

 マルギットと一晩語り明かしてからようやく仮眠を取ろうと思っていたのに、全く嫌がらせのような時間で来るんだからと、酒で酩酊しそうになっている頭で考える。

 寝間着に手を伸ばした腕を引っ込め、コートを着る。愛用のコンタックスのフィルムを確認して、ウシャーンカに乱暴に掴むと、そのままの勢いで扉を開き外へと飛び出した。

 

 

 隊舎の隅にあるジョセフィンに与えられた部屋からハンガーまでは走ればすぐの場所にある。

 にわかにざわめく舎内を早歩きで移動していると、昨晩挨拶を交わしたウィッチ達がおはようと挨拶をしてくる。昨晩の弛緩した空気とは真逆の整然とした動きに感動しつつ挨拶を返してく。

 

「おはようございます」

 

 途中、通路の交差地点でそう挨拶してきたのはマリエルだ。光の当たり方で金髪にも見えるブラウンの髪と、近寄りがたい雰囲気の怜悧な瞳。エルナ程ではないが長身の身長はまさに麗人だなとジョセフィンは評価していた。

 おはようございますと挨拶を返すと、マリエルは一つ頷いてハンガーへと駆けていった。私も急がなければと、その後ろを走って追いかける。首からぶら下げたコンタックスが、ガチャガチャと音を立てた。

 

 

 ジョセフィンがハンガーへと到着すると、マルギットは既に出撃準備をしている所だった。

 胸元を大きく開けたシャツと、前を完全に開けた真紅の軍服。既にゴーグルを目に当て、魔力を使っている証明である使い魔のワシの尻尾も出ている。ぐるぐると大きく肩を回すと、整備兵から真っ白なコートを受け取り、ウシャーンカを被る。

 装備は赤く塗りつぶしたbf109。MG42をストラップでぶら下げ、MK101を背負っている。腰にはドラムマガジン。完全武装だ。

 あんまりにも様になっているので、一枚撮影。マルギットの表情は、しこたま飲んでいたというのに余裕の笑み。

 シャッター音で気づいたのか。こちらを目ざとく見つけると、マルギットはひらひらと手を振った。

 ちょうどいい、幸運を祈ろうと近づくと、MK101に刻まれた『私が空に存在している。だから何も問題はない』という文句が目に入った。

 昨日は気付かなかったが、大した自信だなと感嘆してしまう。それに気付いたマルギットが挑戦的な笑みを浮かべていたので、一枚また撮影。

 

「おはよう、帰ってきてからまた付き合ってやるよ」

 

 そういうと、マルギットが肩をポンと叩く。同時に、後ろから主機が動く音。邪魔にならないように慌てて移動すると、マリエルを筆頭とした数人がマルギットの後ろに付いた。

 その姿を確認すると、マルギットもエンジンに魔力を通す。レジプロエンジンが回転する音。何度聞いても海兵隊に居た頃を思い出し、少し寂しくなった。

 マルギットがゴーグルを掛けるのを確認した整備兵がゴーサインを出すと、一斉に空へと上がるウィッチ達。一糸乱れぬ編隊。後ろ姿を撮影して、隊舎で待とうと踵を返した。

 

 

 

 

I

 

 

 

 ジョセフィンが食堂に足を踏み入れるのと同時に起床ラッパが鳴り響く。

 ほぼ同時にバタバタと、先の警報以上に慌ただしい足音が響くのを聞きながら、彼女は食堂を見渡した。

 奥の席に二人座っているのが目に写ったのは、ジョセフィンが誰も居ないと思った時だ。

 二人共小柄な少女だった。片方はくすんだ金髪の少女。もう片方は灰色の髪の少女だ。二人共夜間哨戒の後なのか、今にも眠そうな顔でトーストを齧っている。

 

「ソーニャ……ジャム……」

「あい……あ、バター取ってもらっていいですか」

 

 取り敢えず挨拶でもと、頭をふらふらと振りつつ行われるのんきなやり取りを耳にしつつ近づいてみれば、片方はジョセフィンが知った顔だった。

 

「ファルク中尉……」

「ん……? 誰……?」

 

 その問いに、ジョセフィンは慌てて挨拶をした。くすんだ金髪の少女の名はヴァルブルガ・ファルク。昨晩は夜間哨戒で居なかった、部隊の実質ナンバー4だ。

 

「話、聞いてる。よろしく」

 

 そう言いながらとろんとした眼をジョセフィンに向けて、片手を軽く挙げてヴァルブルガは挨拶を返した。随分と気だるげな対応に、噂通りだと妙な感心をジョセフィンは覚えた。

 

「こっちはソーニャ……新人」

「えっ? 雑じゃないですか?」

 

 灰色の髪の少女、ソーニャが声を上げるのを無視してヴァルブルガは小さな口でトーストにまた齧りついた。その姿にジョセフィンが苦笑いをすると、ソーニャは困ったような笑い声を上げた。

 

「改めて初めまして、ソーニャ・ヴァシーリエヴナ・ブダノワ曹長です。あはは……中尉ったらいつもこんな感じなんで、あんまり気にしないでくださいね?」

「ソーニャ、失礼」

「ええええ……」

 

 トーストを齧ったままのヴァルブルガと、大げさに肩を落とすソーニャ。二人の力関係がわかりやすいやり取りが妙に面白くて、ジョセフィンは大きな笑い声を上げた。

 

「大丈夫。うわさ通りの人ね、ファルク中尉。パ・ド・カレーから貴女の噂はずっと耳にしていたわ」

「ダイナモ作戦……居た?」

「ええ、あの時は本当にありがとう。私はあの空で貴方達に救われたリベリオン海兵隊の一人よ」

 

 ジョセフィンが頭を下げて礼を言う。その姿に少し驚いた様に眠気眼を開いてから、ヴァルブルガが微笑んだ。

 

「気にしなくて、良い。それにあの時、暴れてたのは、マリィと、ヴェラ」

「話には聞いてましたけどそんなに凄かったんですか?」

 

 ソーニャの問いかけに、傍目にはわかりにくい程度にヴァルブルガが首を盾に振り肯定を示した。

 

「ん。凄かった」

「良ければ、私も席を一緒にしていいかな? 話に混ざりたいの」

「うん。いい、よ」

 

 ヴァルブルガの了承を聞くと、ぱたぱたとジョセフィンが受け取り口に走った。

 

「仕事熱心な人ですねぇ」

 

 ジョセフィンの姿を見ながらソーニャが脳天気に言うと、ヴァルブルガがじっとソーニャを見つめる。

 

「そんなんだから、まだ、娑婆っ気、抜けてないって言われる」

 

 ヴァルブルガの一言に、ソーニャはいつも通り酷いと言おうと口を開いたが、しかしその言葉は喉元で止まった。ヴァルブルガの瞳に、あまり見ることの無い、ネウロイへの怒りと憎悪を滾らせた時の光を見たからだ。

 

「あの時も、酷かった。特にリベリオン海兵隊は、頑張ってたから」

 

 そう言いながら、ヴァルブルガはコーヒーを口にする。その瞬間にはもう、ソーニャが感じた暗い光は瞳に宿っていなかった。

 

 

 

II

 

 

 

「掃討完了。お前ら、基地に戻るぞ」

 

 マルギットが隊員に告げると、気だるげな反応が多く返ってきた。苦笑いをしながら見渡すと、誰も彼も今すぐにでも寝たいという表情だった。

 

「おいおい。昨日飲み過ぎたのはお前らの自己責任だろうが。ちょっとは気張れ阿呆共」

「えー。っていうか少佐が一番飲んでたのになんで一番元気なんですかー」

「鍛え方が違うんだよ」

 

 マルギットはそう言いながらぶーたれた隊員にヘッドロックをして頭をぐしゃぐしゃと撫でる。 

 

「あっ! ちょっと少佐危ない! 危ないですって!」

「悪い悪い」

 

 そう言いつつも悪びれた様子を見せずにマルギットが離れると、今度はマリエルが寄ってきた。

 

「エリー。よくやったな」

「ありがとうございます。しかし、お姉さまが引きつけてくれたお陰です」

 

 生真面目に返すマリエルに苦笑を返す。

 

「まぁ、それがロッテ組んでる意味だしな。あんまり人を持ち上げて自分を下にするなよ?」

「かしこまりました……ただ、それにしても最近のネウロイは手応えが少ないですね」

 

 マリエルの言葉に、マルギットの目がすっと細められた。

 嫌な予感。ここ暫くの間、マルギットは出撃する度に首筋がちりちりと疼いていた。

 首筋に手をやり、軽く掻く。朝日がマルギットの金髪を照らすのを見てマリエルがため息を吐いたのは、前を飛ぶ赤い少女には聞こえなかった。

 

「エリー」

「はい」

「ここしばらく、大型ネウロイはどの程度の頻度で出ている?」

「ここ一ヶ月程はおおよそ5日間隔で出ています」

「ふむ」

 

 マリエルの返答に頷き返すと、マルギットはくるりとロール。考え事をするときの癖だ。

 いくらなんでも少なすぎるとは、ここしばらくマルギットも考えていた。サマラに着任した直後はほぼ毎日何体も相手取っていただけに、今の状態はむしろ落ち着かなかった。

 

「冬になるからって奴ら冬眠するわけでもないだろうしな」

「まさか。むしろ凍結したヴォルガ河を渡河してこないかが心配です」

「まぁ、油断は出来んが大丈夫だろう。東部にいる部隊は私達だけじゃない」

 

 そう言いながら、マルギットは東部戦線の各地で戦う戦友達の顔を思い浮かべる。共に飛んだことがある彼女達は、信頼できるウィッチ達だと断言出来た。だからこそ、油断さえしなければ抜かれはしないという自信に繋がっている。

 

「まぁ。杞憂で終われば万々歳なんだけどな」

 

 そう言いながら笑うマルギットの横顔。それを見たマリエルは、ピクリと眉を動かした。

 

(これは嵐が来ますね)

 

 こういう風にマルギットが笑って何も無かったことなど、彼女の経験上これまでなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「おい少佐! 少佐殿! リヒトホーフェン少佐殿! 耳かっぽじって俺の話をよーく聞きやがってくれ!!」

 

 基地に戻ってユニットを預けるなり、がなり声がハンガーに響いた。

 

「あんだよ班長。オレは朝のお勤め帰りなんだ。出来れば手短に頼むぜ」

「うるせぇまた無茶な使い方しやがって。これ以上仕事増やして俺を殺す気か!?」

「そんだけブン回しても壊れない整備してるだろうていう信頼だよ。なんならほっぺにちゅーしてやろうか?」

「ヤニ臭いキスなんざお断りだ。もう少し丁寧に扱えってんだ」

 

 捲し立てるように苦情を言うのは整備兵だ。アレキサンドルという名の彼は、ストライカーユニットが配備されはじめてからずっと整備をしているベテランだった。そしてマルギットの言うとおり、ウィッチ達の信頼も厚い男だ。

 少なくとも、マルギットを含め彼の言うことを無碍にするウィッチはサマラにはいないと断言できる位には、信頼されていた。

 

「それに資材だって無限じゃねぇし、少佐には恩義もある。飛べなくならないようにもう少し自愛して飛んでくれ」

 

 そこまで言われて、マルギットは悪戯を咎められた悪童のように苦い顔をした。

 

「わかったよ。善処する。確約は出来ないが善処はするさ」

「少佐がネウロイの事が嫌いで嫌いでたまらないのはよーくわかってるから、無茶だけはしないでくれよ?」

「そっちは難しい注文だな?」

 

そっちは譲れない。そう笑うとアレキサンドルは頭を抱えた。

 

「おや、がなり声が聞こえてくるとおもったらボスにおやっさんじゃないか、どうしたんだい?」

 

 やりとりに割り込むように、エルナが顔を出した。無茶苦茶する二人の内の一人だ。顔を見るなり、アレキサンドルは大きくため息を吐いた。

 

「おやおや酷くないかおやっさん。疲れてるならちゅーでもしてあげようか?」

「お前も少佐と同じこと言ってんじゃねぇ。大尉。あんたもだ。腕っこきなのはわかってるからもう少しユニットを丁寧に扱ってくれ」

 

 くたびれたように肩を落とすアレキサンドルに、マルギットとエルナの二人は肩を竦めた。

 

「確約は出来ないが、善処はしよう」

 

 マルギットと同じことを言うエルナに、遂にアレキサンドルが崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「それで? ユニットの整備に時間掛かるから今日一日飛行禁止を食らったわけ?」

「その通り。私に飛行禁止を言い渡せる奴なんざこの基地には班長位しかいないぜ」

 

 深くソファに座りながら、天井に向かって大きくタバコの煙を吐いてぼやくマルギットにジョセフィンは大きくため息を吐いた。

 腕利きのウィッチで、大雑把。それがジョセフィンがマルギットに抱いている印象だ。お伽話から出てきたような風体なのに、銜えタバコが全てを台無しにしているところなんかまさに印象を裏付けている。

 

「まぁいいや。今日はエルナに押し付けてリベリオンから来た物好きな記者の相手でもするさ」

「そりゃどーも」

 

 タバコの煙を大きく吐くマルギットの言葉に、取り敢えずメモを取り出す。

 左官のマルギットがわざわざ相手してくれるというのだ。この手を逃すという選択はない。

 

「そうだな。昨日は部隊の事ばっかり話したから、今日はオレの事でも話すか」

 

 言った瞬間。キラリとジョセフィンの目が光ったようにマルギットは感じた。

 

「じゃあ、生まれから何から全部聞かせて貰っていい?」

「そいつは長話になりそうだ」

 

 大きく笑うマルギット。彼女は根本まで吸ったタバコを灰皿に押し付け、もう一本懐から取り出し銜えた。オストマルク製のオイルライターで火を付け、大きく息を吐くと、ゆっくりと語りだした。

 

「そうだな。じゃあ、リクエスト通り生まれから話そうか」

 

 

 

V

 

 

 

 マルギット・クリスタ・フォン・リヒトホーフェンが生まれたのは正しく空の上だった。1925年5月10日、ベルリンへと向かう飛行船の中で、彼女は産声を上げたという。

 リヒトホーフェン家と言えばカールスラントの名門だ。ウィッチに限らず、政治家等も多く輩出している一族。彼女の母であるマルガレーテ・フォン・リヒトホーフェンも、ブリタニアのミニー・ビショップと並ぶ前大戦の英雄だ。マルギットは、そんな母親の第一子として生まれ落ちたのだ。

 

「空の英雄の愛娘が空で生まれるだなんて、洒落が効いてて良いと思うだろ?」

 

 そう、マルギットは笑う。

 マルギットは士官学校に入校するまでシュヴァイトニッツで育った。軍人の親を持つにも関わらず、その育ちは自由奔放だったという。

 

「母上はストイックな性格で、上がりを迎えても毎日の訓練は怠っていなかった。そんな母上が好きでな、強制されてた訳じゃないんだが、毎日べったりくっついて訓練してたよ」

 

 午前中は母親と訓練して、昼は近所の子供達と遊んで、夜は家庭教師に勉強を教えてもらう毎日。

 

「窮屈だとは思わなかった。母上と訓練するのも、みんなと遊ぶのも、色んな事を先生に教えて貰うのも、全部が全部本当に楽しかった」

 

 そんなマルギットが空を志したのは、母親に乗せてもらった赤い飛行機で飛んだ時だという。

 

「綺麗だった……ああ……はっきりと覚えている。どこまでも広がる青い空、どこまでも広がる地平線。雄々しく屹立する山々に、この向こうにあるという無限に感じる海。衝撃だった、世界はこんなに綺麗なのか。こんな綺麗な景色を今の今まで隠してたなんて、ずるいじゃないかとも思ったさ」

 

 そしてそれが初恋だったと、うっとりとした顔で語るマルギットに、ジョセフィンはドキリとした。

 

「地上に降りて、母上にねだったよ。どうしたらずっとを空を飛べる? どうしたら私はあの景色を独り占め出来る? ってな」

 

 その時の、珍しく見せた母のお前もかという表情を忘れられないとマルギットは語る。

 そして彼女に転機が訪れたのは、ベルリンへと旅行に行った時だという。

 

「生まれて初めて王宮を見た時は、なんだこのでかい建物は! って心底驚いたな。探検していいか母上に聞いたら、拳骨が落ちてきた」

 

 そう言いながら、マルギットは自身の頭を撫でる。

 

「そんで、庭で待ってろって言うから仕方なくぶらぶらしてたんだ。見事な庭園でな、流石皇帝陛下が住んでるだけはあるなって、ちょろちょろしながら思ったもんさ」

 

 そして庭を一通り見て、ベンチで空を見上げていた時に皇帝陛下に出会ったという。

 

「お前がマルギットか、なんて嬉しそうに話しかけてきてな。いやはや今にして考えると不敬も良いところだが、オレは陛下に向かって『おっさん誰?』って聞いちまってなぁ」

 

 そこまで語った所で、遂にジョセフィンが吹き出した。これは記事に出来ないなと思いつつも、マルギットの話に夢中になっていた。

 とんだお転婆だったのねとジョセフィンが言うと、また一本タバコに火をつけながらマルギットが軽く笑った。

 

「いやまぁそれは陛下が笑って許してくれたんだが、結局その時は名前しか教えてくれなくてな。国で一番偉い人におっさんおっさん言いながら色んな事を話したよ」

 

 ――お前は空が好きらしいな?

 ――初恋っていうらしいよ! 一目惚れしたんだろうって母上が!

 ――やはり血は争えないな。お前も母親のように飛びたいか?

 ――もちろん! そんで世界で一番上手く飛べるようになる!

 ――ははは。だったら、『おっさん』がお前の望みを叶えてやろうか?

 ――おっさんが? だってオレ軍人になるんだぜ? 士官学校にはまだまだ入れないって母上も言ってたよ?

 ――そうだな……じゃあ、お前はカールスラントが好きか? これに答えてくれたら、おっさんがどうにでもしてやろう。

 ――もちろん! だって空から見たらすっげぇ綺麗だったもん! あ、でもそしたら世界中綺麗なのかな? うわぁ、絶対楽しいに決まってる。

 

「そこまで聞くと、陛下は大笑いしながらオレの頭を撫でてくれた。そこまで空が好きか、良いことを聞いた。なんとかしてみせようってな」

 

 そしてその日の晩餐で、皇帝であるとネタばらしされたマルギットはしこたま驚いて、おっさんと呼んでいた事がバレて母親に拳骨を落とされたという。

 

「そこからはトントン拍子さ。オレは7歳で士官学校に入り、ベルリンに居を移した。家族や友達と離れるのは悲しかったが、空に魅せられたオレはただ一刻も早く空に上がりたかった」

 

 マルギットは語る。

 最年少で士官学校に入り、周りから奇異の目で見られ続けたこと。生来の負けん気で、親の七光りという評判をねじ伏せて来たこと。後輩としてヴェロニカが入ってきたこと。互いに気が合い、マルギットが隊長で、ヴェロニカが副官としていつか飛ぶと約束したこと。卒業後、ヒスパニアの怪異に義勇隊として参加したこと。そこでアドルフィーネ・ガランドと出会ったこと。ストライカーユニットの初期型がいかに酷かったかということ。夜間理論を成立させたヴェロニカと、その時知り合ったヴァルブルガと盛大に祝ったこと。初めて部隊を任されて、戦友達と共に飛んで誰かと飛ぶ空の楽しさを知ったこと。そして、オストマルクで起きた部隊の全滅のこと。

 マルギットが大きくタバコの煙を吐くのと同時に、ジョセフィンも大きく脱力した。

 

「そこにあるブラウアー・マックスを見るたびに思い出すよ。オレがもっと上手く指揮出来ていれば、もしかしたらあのクソ共にあいつらを落とされる様な失態を侵さなかったんじゃないかってな」

 

 部屋の隅、勲章や拳銃などが乱雑に置かれるチェストの上にある写真立てにぶら下げられた、青いブラウアー・マックスを見るマルギットにジョセフィンは否定の言葉を投げかける事は出来なかった。ジョセフィンはその空を共に飛んでいない部外者で、マルギットの後悔を推し量ること等出来ないからだ。

 

「この後悔は誰にもやらんよ。そして、あのクソ共からオレの空を取り戻した時に初めてあいつらに胸を張って向き合えるのさ」

 

 部隊を預かる身でありながら、隊長陣のみが生き残ったことを恥とマルギットは断じた。

 

「サマラのモットーは『見敵必殺接敵即滅』『自分が殺される前に敵を殺せ。戦友が殺される前に敵を殺せ』なんだが、まぁ、この基地にいる人間の殆どが一度は戦友を目の前で失った連中だ。オレたちは二度と繰り返したくないのさ」

 

 マルギットの言葉を聞いて、ジョセフィンはほう、と息を吐いた。

 熾烈で、苛烈。ほぼ全員がネウロイへの憎悪を胸に集ったサマラ。誰も彼もが笑いながら出撃する東部の要。その中でも一等ネウロイを憎む少佐に率いられた軍人達。真っ当な軍人なら誰もが忌避するこの戦地。

 しかしどうしてか、ジョセフィンはここがやたらと心地よかった。

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