比翼連理   作:風月

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全てを背負って

 会議のあと。

 

 珊酔は周倉をつれて、董卓軍の追撃を受けている黄巾軍に合流する。

部下である牛金と曹仁とは、綿密な打ち合わせをした後に、曹操の領内に残した。

牛金は元々義侠である。故に、董卓軍から追われる黄巾軍の者達には曹操軍の中でもとても同情的な部類であった。そして、曹仁は、すぐ人と仲良くなるゆえに、彼らが死んでいくことに強く心を痛めるだろうと思った。

 なにより珊酔が、『身内』である彼女たちを、淡々と数を減らしていく者達の中に入れたくなかったという、我がままもあった。

 

 黄巾軍に合流してから、珊酔は親衛隊の幹部たち、それに張角・張宝・張梁と対面することになった。そこで、周倉が珊酔を紹介し、曹操軍が出した答えを伝えた。

 張三姉妹だけを助けるという提案である。要するに、彼女たちを守るために親衛隊は死ねという、残酷な話である。すんなりと受け入れられないと考えていたが、予想に反して親衛隊の男たちはあっさりと受け入れた。

唯一、張角・張宝・張梁が難色を示したが、男たちの説得により最終的には頷いた。生き残って、歌で大陸中の民を楽しませてやってほしいという親衛隊の願いに答えた形になる。

 

 周倉のみならず、全員が張角たちを助けるためなら何でもすると考えていることに珊酔は驚いたが、都合が良いとも考えた。

全員が戦いの途中で死んでくれれば、曹操の関係者が黄巾軍に関与しているという情報が外に漏れることはない。こっそり誰かが逃げ出すようなことがあれば、曹操のために自分が始末に回らねばと考えていたからである。

 

 黄巾軍の最終目的地は曹操領の境にある森ということにした。

 珊酔達としては、呂布をはじめとした猛将と接触する前に三人を連れて帰るのが理想ではあったが、今回は、三人を連れ出すところを見られてはならない。そのためにわざわざ、董卓軍を森におびき寄せることにしたのである。

手入れされていないその場所は、木々が高く生い茂って周囲が暗く、また湿地が多いため地面がぬかるんでおり、董卓軍の最大の武器である馬の足を殺すことができる。土地勘がなければ、進むにも戻るにも難しい。

ゆえに、本物の張角達をこっそり連れ出すのには、もってこいであった。

 

 珊酔が先頭に立って、二百名ほどまで減ってしまった親衛隊を先導する。入り組んだ森の中心部に着いたところで、珊酔は止まる。先頭集団には、張角・張宝・張梁と周倉を筆頭として数十名の親衛隊が行動していた。

 振り返って、張角・張宝・張梁に声をかけた。

 

「董卓軍はまいた。今なら、見られずに脱出できる。ここで親衛隊と別れるぞ」

 

 珊酔の言葉には、三姉妹の中でも一番気丈に振舞って行動している張梁が反応し、うなずいた。

そして、今まで自分を支えてくれた親衛隊ファンクラブNo1、周倉を見上げた。

 数日間共に戦ったおかげで、彼女たちも、親衛隊も珊酔の事を信用していた。

 

「行ってくだせえ。わざわざ危険なところに旦那を送り込んだんだ。曹操さまなら信用できる。後は、俺たちが引き受けます」

 

「元気になったら、また、歌を歌ってくださいよ!」

 

「天和ちゃん、地和ちゃん、人和ちゃんはなんも悪くないんだ!」

 

「陳留でたくさん飯食わせてもらってな!」

 

「みんな……」

 

 今まで共に行動してきた幹部たちの言葉に、張角の目に涙が浮かぶ。ありがたみ、申し訳なさ、悔しさ、いろんな気持ちが混ざり合い、言葉がでないようだった。

張宝はこぶしを握ってうつむき、張梁は唇を噛んで幹部たちから目をそらした。

 

 彼らは、これから死ぬ。自分達の代わりに。

それをわかっているのに平静を保てるほど、三人は人でなしではなかった。

 

 重苦しい空気になりかけたところを、珊酔が手を叩いて切り替える。索敵範囲にはだれもいないことがわかっているが、悠長にしてもいられない。

まずは、この三人を連れて牛金と曹仁に合流しなければならないのだから。

 

「後は任せた。行くぞ」

 

 三人の背中を押して歩き出す。張角・張宝・張梁は何度も後ろを振り返り、足が止まりそうになる。そのたびに促し、泥の道を歩かせた。

命を預けて、ともに過ごした親衛隊を亡くすのは、家族を亡くすのに近い物があるだろう。……間に合わなかった自分と、置いて逃げねばならない彼女たち。どちらが辛いのだろうか。

 自分の記憶と照らし合わせて痛みだす胸。

自分が必要以上に共感してどうするんだ、と珊酔は自嘲する。この三人を陳留に連れて帰る。任務を果たすためには、余計な感情は邪魔なだけだ。

 

「あの、珊酔……さん」

 

「……あ?」

 

 意識を飛ばしていたところに声を掛けられていたため、語気が荒くなってしまった。声をかけた張宝が顔をひきつらせて後ずさってしまっている。

やってしまった。珊酔は頭を掻いて、謝る。

 

「悪い、ぼうっとしてた。なんだ?」

 

「……その、前に行っていた珊酔さんの部下の方たちとは、どこで合流するんでしょう?」

 

「あともう少し先だ。森を出るまで歩かせることはない。安心してくれ」

 

 そう答えると、張宝は露骨にほっとした表情を浮かべた。後の二人も同様だ。

 三人は体力がない。今までも、危ないときは親衛隊に背負われたりして逃げ延びてきた。足場の悪く、視界も悪い森の中を長時間歩く自力はないのだろう。

曹仁と牛金の気配は、既に珊酔の気配察知範囲の中にある。誰かが疲労で倒れる前に合流できそうだった。

 

 

 

 

「兄ぃ!!怪我はないっすか?」

 

「ない。俺は大して戦ってないからな」

 

 合流地点に近づくと、珊酔達に気が付いた曹仁が木の上から飛び降りてきた。着地地点はぬかるみで、泥が飛び散る。だが、そんなことは気にせずに、曹仁は満面の笑みで珊酔に飛びついた。

 一拍置いて、牛金もふわりと地面に降り立つ。こちらは対照的にしかめ面である。

二人とも、命令だから従ったものの、たったひとりで黄巾軍の中に入っていた珊酔を心配していた。

 

「本当、犬野っちって勝手だよね。帰ったら、一人で黄巾軍に入ってたって、華琳にいっちゃうから」

 

「好きにしたらいい」

 

「余裕だね。きっとかなり怒られると思うよ」

 

「別に、確実に三人を連れて帰れば問題ないだろう。今回はそれが仕事だ」

 

「そういう問題じゃないんだって。……犬野っちは、華琳の旦那様なの。意味わかる?」

 

 じゃれつく曹仁をいなしながら、珊酔はわずかに首をかしげた。牛金があえて確認する意味が分からなかったからだ。

 

「……華琳の旦那じゃなかったら、俺はここにいないぞ」

 

「そういう事じゃないってば、もー。駄目な旦那様だなあ」

 

 そういうと、牛金は腰に手を当てて肩をおとした。特徴的なたれ目が、気の毒そうな色を宿して珊酔を見つめている。

良い夫ではない自覚があるため、珊酔はこれには反論できなかった。

 

「そんな話はどうでもいい。俺の後ろにいるのが張三姉妹、今回の任務対象だ。わかってると思うが、それぞれ一人ずつ背負って、見つからないように陳留を目指す。以上」

 

「兄ぃ、三人ともなんか固まってるっすよ?」

 

「え?」

 

 珊酔の陰から頭だけのぞかせていた曹仁が、服の裾を引っ張る。

促されるままに牛金から視線を外し、後ろを振り返ると、確かに張角・張宝・張梁の三人は目を丸くして、硬直していた。曹操軍の中ではもはや普通の光景だが、慣れない人間には心臓に悪かったようである。

 

 しかし、珊酔は容赦がなかった。曹仁の手を振りほどいて一歩彼女たちに近づき、三人の目の前で手を左右に開き、思い切り打ち鳴らした。大きな音が響いて、三人は身を縮ませる。

気配を察知して近くに敵兵がいないことを確認していたから、できた行動である。

 

「ぼうっとしている時間はないんだ。こっちの金髪が曹仁。もう一人の黒髪が牛金。俺の部下だ。これからあんたたちを陳留まで背負って連れて行く」

 

「危険は、ないのよね」

 

「しっかりしがみついていれば問題ない。俺も、俺の部下もこの手の仕事には慣れているからな」

 

 張宝の言葉に珊酔はあっさりと答える。連れているのが下級の兵隊ならいざ知らず、この二人なら何の問題もないと信頼していた。

 それを聞いて、今まで黙っていた張角が、意を決したように一歩前に出てきた。

 

「その、天和と言います。こっちが次女の地和で、この子が三女の人和といいます。よろしくお願いします」

 

 言い終わると、牛金と曹仁に向かって深々と頭を下げた。長女の動きから数泊遅れ、次女と三女も頭を下げている。

どちらかと言えば頼りない印象だったが、意外としっかりしている。珊酔は自分の認識をこっそり改めた。

 

「よろしくね。ところで、今名乗ったのって真名でしょう?初対面の私たちに名乗っちゃっていいわけ?」

 

「その、本名は、もう周倉さんたち……親衛隊のみなさんにあげました。残っているのは真名だけで」

 

「ちぃたちは真名が芸名だったから、あまり気にしなくてもいいわよ」

 

「ふうん。ま、本人たちがいいなら他人の私があれこれ言うのも変だよね。まあ、よろしく」

 

 とは答えたものの、牛金は不愉快そうな表情だった。真名は信頼した者にしか呼ばせないという牛金にとっては、理解できない考えだったからである。当然、自分の真名は三人にはあずけなかった。

 

「さてさて、華侖(かろん)さんや。誰を担当するかね」

 

「じゃあ、あたしは天和さんで。その方が牛金も楽っすよね?」

 

「なら、私が人和さんだね」

 

「で、兄ぃが地和さんっすね」

 

「……了解した」

 

 本来なら一番足が速い珊酔が、一番体の大きい張角を担当するのが一番いい。とはいえ、それを口に出して反論するほど、珊酔は鈍い男ではない。

胸の大きさで一喜一憂する男のつもりはないが、この場合、反論すればするほど自分の立場が悪くなることを、曹操との結婚生活で十二分に学んでいたのである。

 珊酔はため息を吐きつつ、身長の低い張宝が乗れるように腰をかがめようとした。

 

 その時だった。

 

 何かが風を切り裂いて近づいてくる。それは猛スピードでまっすぐに、自分たちを目指していた。

そして、珊酔はその『何か』の正体を知っている。先ほどまで、黄巾軍の兵士を、無表情で淡々と屠っていた赤い怪物。

『あれ』に追い付かれたら、確実に任務失敗だ。珊酔の背中を冷や汗がつたう。時間がない。

 

「きゃあ!!」

 

「犬野っち!?」

 

「先に行け!」

 

 珊酔は余力がありそうな牛金に張宝を押し付ける。背中にいる張梁を右手で支え、左手で小さな張宝を抱えるという不格好な体制だが、身長が高く力もある牛金ならなんとかするだろう。

 

「え、でも」

 

 逡巡(しゅんじゅん)する牛金。それを、珊酔の命令に忠実な曹仁が、急かす。

 

「牛金、兄ぃが行けっていうなら、なんか意味があるっす。部下はそれに従うっすよ!」

 

 振り返る牛金を無理やり連れて、曹仁はその場から走り去った。あっというまに、彼女たちの姿は森の中へ消える。

珊酔は後姿を見送ってから、珍しく、笑みを浮かべた。

 曹仁は、珊酔が無事に生還することを疑っていない。今までがそうだったからだ。だから瞬間的に命令に従うことができた。

向けられた全面の信頼が重く、そして今は少し申し訳なく感じた。

 

 珊酔は懐から、愛用の短剣を二振り取り出す。腰にも予備の短剣が下がっていることを確認してから、大きく息を吐いて、近づいてくる『あれ』の方に向き直った。

強く、短剣の柄をにぎる。

『あれ』を倒す必要はない。張三姉妹を連れた曹仁と牛金が確実に逃げられる時間を稼いだ後、隙を見て逃げるだけだ。珊酔は、自分に言い聞かせた。

 

 五人がその場を離れてから、しばらく。『何か』は、珊酔のすぐ近くで止まった。

逃げた五人ではなく、自分の方に来てくれたことに珊酔は安堵する。少しでも時間が稼ぐことができれば、牛金と曹仁なら、陳留まで三人を連れて帰ることができるだろう。

……三人さえ手にはいれば、曹操は喜ぶのだ。

 珊酔の視線が向けられた木の陰から、ひょこりと特徴的なあほ毛がのぞく。

木の枝が折れる音。

幼げな顔立ちに張り付いた無表情が、不気味だった。

 

「……みつけた」

 

「ははっ」

 

 意図せず、珊酔の喉の奥から乾いた笑いが飛び出す。体が震えた。

 

現時点で最強の武人。そして、牛金を一振りでボロボロにした張本人。呂布が、そこにいた。

 




最近我が家の周りにも、幼いポケ●ントレーナーが多々出現しています。何かの出現スポットになっているのか、誰かが餌をまいたのかww
ガラパゴス族の私としては、まだ小っちゃいのにても、みんな自分のスマホを持っていることに驚きです。

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