比翼連理   作:風月

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英雄と色とは切っても切れないものでして -2

 ――あとで一緒に飯を食いにいくぞ。

 

 呂布との戦いの前に話した約束を果たしに、(さん)(すい)と曹操は二人きりで城下に繰り出した。夕暮れの道を、飲食店が集まっている区画を目指して並んで歩く。

 あの戦いからそれなりの時間がたっていたが、珊粋が目をつけていた城下の飯屋は料理人が抜けることもなく健在だった。

 曹操と珊粋が着いたとき、飯屋の前は十人ほどが列になっていた。店の中からは、仕事終わりの男たちがはしゃぐ賑やかな声がする。できるだけ人混みを避けたいはずの珊粋が、眉間にしわを寄せながらも列の後ろに並んだのを見て、曹操は戸惑った。

 

「並ぶの?」

 

「ああ。・・・・・・なんだ、その春蘭が突然賢いことを言い出した時のような顔は」

 

「そんな顔にもなるわよ。あなたと一緒になってから、初めてよ?こんなこと」

 

「今日はお前にここの飯を食わせにきたんだよ。貴族さん方は田舎くさい味と馬鹿にするかもしれんが、美味しいものは美味しいと認められるお前だ。きっと気に入る」

 

「そ、そう」

 

「離れてないで横に来たらいい。人混みに飲まれるぞ。・・・・・・ああ、横じゃなくて後ろがいいならそれでいいんだが」

 

「そんなこと!言ったことがないし、黙って人に流されるほどどんくさくないわよ」

 

 曹操は、顔をわずか赤らめながら珊粋のそばに身を寄せる。小さな手のひらが遠慮がちに伸ばされた。わずかな間空中をさまよった左手は珊粋の着物の帯をそっと握ったところで落ち着いた。右袖をとらないのは、珊粋の怪我を気にしているからだろう。もう身体を動かす仕事に戻っているというのに、まだ遠慮があるらしい。

 二人の距離が近づけば近づくほど、曹操が見上げてくれなければ、珊粋からは曹操の表情が見えなくなる。そっと左側に視線を落とすも、珊粋にはつむじだけを見て曹操の機嫌を察する力はない。怒らせてしまったかと、申し訳ない気持ちになる。 

 

「悪かった」

 

「別に、謝ってもらいたかったわけじゃないのだけれどね」

 

「と、いわれてもなあ。現にお前は機嫌を悪くしているから、俺としては原因がわからなくても謝るしかない。喧嘩したまま食ったらうまい飯に申し訳ない」

 

「・・・・・・まったく、もう」

 

 あなたはもっと女心を勉強することね、とため息交じりに言われてしまい、頬をかく珊粋。ただの契約、相手は自分に恋愛感情のかけらもないというのはわかっているのに。これでは、まるで自分たちが色恋でともにいる関係のように錯覚してしまう。

 困ったものだと、珊粋は重くなった肺の空気を、深く吐き出したのだった。 

 

 

 ほどなくして、二人は店の奥座敷に案内された。

 焦げ茶色の(いた)(かべ)に下げられた木札を見ながら、食べるものを決める。曹操はおすすめと書いてあった麻婆豆腐定食を、珊粋はいつも頼む握り飯定食を注文した。

 

「へい、麻婆豆腐と握り飯定食お待ち!」

 

「ああ」

 

「・・・・・・へえ」

 

 (かっ)(ぷく)の良い男が、二人の前に手際良く皿を並べていく傍ら、珊粋は備え付けの筒から蓮華を取り出して曹操の目の前に置く。

 曹操は目の前に置かれた、湯気のたつ香ばしい匂いに目を細めた。(れん)()をそっと握り、麻婆豆腐をすくって口に運ぶ。目を閉じてゆっくりと味わう曹操の向かいで、珊粋は握り飯にかぶりつく。ここの握り飯は、噛めば噛むほど懐かしい風味が広がって、米はぐっと胃の中に入っていく。そのくせに、胃の中で重くならない。あまり量が食べられない珊粋でも、付け合わせを含めて完食できる。ありがたいことだ。

 珊粋は、曹操の喉がゴクリと動いたころを見計らって声をかけた。

 

「どうだ」 

 

「悔しいけど、おいしいわね」

 

 予想以上のできだったのか、曹操の表情が驚きに染まる。その一言を述べた後、無言であっという間に皿をからにしていた。食事中は何かしらしゃべる彼女が無言で平らげるくらいだ、よほど気に入ってくれたらしい。

 完食後、曹操は料理人を席までよこすよう店主に申しつけていた。直々に褒めることにしたらしい。

 厨房から出てきたのは、田舎から出てきたという緑髪の料理人だった。幼い、と珊粋は細い目を見張った。年の頃は許褚と変わらないくらい見えるが、彼女の方が数倍頭が回るようだった。名前は典韋というらしい。

 曹操が料理を褒めれば、典韋は恐縮した様子でなんども頭を下げ、曹操が料理の改善点を指摘するとぱっと顔を輝かせて曹操の話に聞き入っていた。普通逆ではないかと珊粋は思ったが、口を挟むことなく追加で頼んだメンマをかじる。

 

「ふむ。その姿勢、そしてこの料理の腕。()(せい)においておくには惜しい逸材ね。典韋といったかしら。あなた、私の下で働く気はない?」

 

「えええ、あの、その、光栄ですけど。その、申し訳ありません」

 

 風を切る音が聞こえそうな早さで頭を下げる典韋。

 

「わたし、もうすぐこの町を出るんです」

 

「えっ」

 

「わたし、幼なじみを探しているんです。物心つく前からずっと一緒にいて、私にとってはもう家族みたいなもので。ずっと一緒にいると、思ってたんですけど」

 

 典韋の鼻をすする音が響く。客が減ったわけでもないのに、いつのまにか店内は静かになっていた。

 珊粋たちの席から三席分離れた柱の陰からは、先ほど珊粋たちに料理を運んできた恰幅のよい男の腹が見えている。その隣には心配そうにこちらを見ている店主の姿もあった。店主の方は隠れる気がないようである。 

 

「少人数だけど盗賊が村の近くにきたから、追い返してくるって自分の得物を持って一人で出て行って。それ自体はよくあることだったんです。でも、その日はそれきりかえってこなくて。何日も待って、かえって来なくて、村でも、お葬式したんです。なのに・・・・・・しばらくしたら許昌にいるからおいでって手紙をくれて。それで私、村から出てきたんですけど、全然見つけられなくて。・・・・・・あの子、すこし抜けたところがある子なので、街の名前を間違ってたりとか、するかもと思って。さすがに、私に手紙を出したことは忘れてないと思うんですけどね」

 

「そう」

 

「大切な子なんです。だから、私が見つけてあげなくっちゃって思って。だから、曹操さま、ごめんなさい」

 

「そう。なら、その子が見つかってどこかで働こうという気になったら、一番に私の城に来なさい。悪いようにはしないわ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 顔を上げた典韋の目の端には、涙が浮かんでいた。それでも、気丈に笑顔を浮かべた彼女は、柱の陰に居た男と店主をせかしつつ店の奥に下がっていった。

 店の喧噪がだんだん戻ってきたころ。曹操がおもむろに椅子を引いて立ち上がった。その表情は、典韋が去ったときと同様に厳しいままだ。

 

「帰るわ」

 

「わかった」

 

 ほかに言葉はなかった。曹操が押しつけてきた伝票を受け取り、会計を済ませる。

 店を出ると、夜空には半月がくっきりと上っていた。

 飲食店の区画は未だ賑わっていたが、そこから離れれば人もまばらになる。夜回りの警備部隊の兵達とすれ違ったあと、珊粋はようやく口を開いた。

 

「俺が探しに行くか?」

 

「何を?」

 

「あの料理人の幼馴染みをだ。そろそろ、諜報部門の仕事にも戻ろうかと思ってたしな。たいした手間じゃない。ほしいんだろう、あの料理人が」   

 

 曹操が勧誘して断られることは希だが、それだけで気分を害するほど器が小さい人間でないことを、珊粋は既に知っている。

曹操があの娘に惚れて、手元に置いて愛でたいというなら、力を尽くすのが珊粋の役目だ。

 

「料理の腕は確かで、あの幼さで強い者がまとう独特の雰囲気を持っていて。どんな手をつかっても、手元に置きたい人材であることは認めましょう。でもね」

 

 珊粋の数歩前を歩いていた曹操が振り向く。華奢な手を半分ほど隠していた紫の袖が、ふわりとした軌跡を闇に描いた。

 

「あの娘が武人・貴人の系譜であれば、私もそうしたのだけれどね。あの子は武人でなく、ただの幼い民。家族同然の幼馴染みが死んでいたとしたら、すぐに心を切り替えて私に仕えられると思う?」

 

「家族が殺されたときどうなるかなんて、なってみないとわからんだろう。取り引き次第では、役に立つ駒になるとも限らん」

 

「ならないかもしれないでしょう。あなたという大駒を使ったのに、手に入ったのが壊れた宝石では割に合わないわ。戦乱の世に打って出る今、役に立たない者に目をかけ続けるわけにはいかないでしょう」

 

 呆れた口調で諭されて、珊粋は口をつぐんだ。曹操の意見は上に立つ者の意見としては正しいだろう。貴族らしい、冷静で気に入らない考え方ではあるが。

 だが、曹操が必要ないというなら、あえて反論することもない。珊粋の役割は、ただ曹操の意見のままに動くことでしかないのだから。

 

「今できる最善手は、あの娘の幼馴染みが生きていることを祈るだけよ」

 

 曹操は再び前を向いて、城への道を歩き出した。彼女の身体一つ分ほどの空間を空けて、珊粋も続く。

 その後城に着くまで、二つの陰が横に並ぶことはなかった。 

 

   

 らせん階段を上り部屋に戻った曹操は、寝台に飛び込むのではなく、窓の横の木棚にまっすぐ向かっていった。棚の下、いつもはしまっている戸を横に開いて、酒瓶を何本も取り出している。曹操の腕の中で乱暴に扱われた瓶同士ががちゃがちゃうるさく鳴った。高級な酒だから大事にしろと言っていたのは曹操ではなかったか。

 

「少し付き合ってちょうだい」

 

「わかった」

 

 少しと言いつつ曹操は次々と杯を空にしていく。そんなものだから、相手をしていた珊粋もつられて、気がつけば自室の机の上には空になった酒瓶が酔った頭では数え切れないほど転がっていて。

 いつ床に入ったかは記憶にない。気がついたら珊粋は、鎌を振り回して戦場に立っているとは思えないくらい細い手首を右手で押さえつけて、喉の渇きと衝動とに任せて、曹操をむさぼっていた。

 

「かりんっ」

 

 珊粋にいいようにされて苦しいはずなのに、いつも通り曹操は抵抗はしなかった。それどころか、珊粋に優しい目を向け、微笑んですらいるようだった。

 

「す、きよ」

 

「・・・・・・はっ」 

 

 これはきっと幻聴だと、珊粋の茹だった頭の端の端に残っていた冷静な部分が嗤っている。己の願望が見せた夢だと。

だって、曹操は男を愛することなんてできないのだから。

 

 

 珊粋が止まれたのは、翌日の朝になってからだった。太陽が顔をだし、石壁の灰色が窓からの光に暖められたところから明るく染まっていく。結局二人は一睡もすることなく、寝台から出ることになった。

 曹操は時々腰に手をあてて、背伸びをしているけれど、鼻歌を歌いながらところどころ汚れた敷布をまとめたりして寝台を片付けている。

 おとといまでは仕事で夜更かしが続き、休みが取れた昨日の夜から今朝までも寝ていないというのに、全身から活気がにじみでているようだった。 

 

 一方の珊粋は覇気がない。上半身をはだけたまま、寝台横の石床の上に片膝を立てた姿で頭を抱えている。後悔している、と言葉に出さずともわかる。曹操のために手を出さないと決めて久しいが、今まですべて性欲に負けているのだから、そうなっても仕方ないか。

 

「犬野、頭を抱えてないで寝台を直すのを手伝ってくれる?そろそろもう目が覚めているでしょう」

 

「ああ・・・・・・」

 

 断酒しよう。腰までずりさがった着物を両肩にかけ直してから、珊粋は(かん)(まん)な動作で立ち上がった。

 珊粋の広くくつろいだ胸元には、赤い歯形がくっきりと主張している。珊粋に敷布の橋を渡すときにそれを間近で確認した曹操はにんまりと口角をあげた。  

 

「痛い?」

 

「嬉しそうに言うわないでくれるか」

 

「あら、もう右肩も戻ったのだから、少し傷が増えても問題ないわよね」

 

敷布を直したあとに、曹操が差し出してきた両手首には、指のあとがくっきりついていて痛痛しい。間違いなく、珊粋が握りしめてできた痕である。

 

「俺が悪かったから、いじめないでくれ。反省してる。悪かった」

 

「まあ、たまには、悪くないもの。それに昨日は私が・・・・・・あら?」

 

「夏侯淵だな」

 

 まだ朝も早い。よほどのことがない限り誰も訪れない離れた塔なのに、誰かが階段を駆け上がってくる音がした。珊粋が気配から正体を読み取り、曹操に伝える。  

 珊粋配下の曹仁でもなく曹操配下の親衛隊長の許褚でもなく、彼女が直々に訪れるとは。何か問題があったか。

 

「華琳さま、お休みのところ、失礼いたします」

 

 扉が乱暴に叩かれ、どこか焦っているような夏侯淵の声が響く。

 

「ええ。何があったの」

 

 間髪入れずに曹操が返す。室内の空気が一気に張り詰めた。  

 

「は。先ほど、曹嵩さまが城にいらっしゃいました。華琳様と犬野さまへの謁見を希望されています」

 

「は?俺もだと?」

 

「はい。むしろ犬野さまと先に会いたがっているように感じました。久々に会うのだから、『先に珊粋殿と男同士の差し飲みをするというのもありだ』とか。いかがいたしましょう」

 

「・・・・・・華琳お前、実は誰かと結婚し直してたりしないか」

 

「馬鹿なこと言わないで」

 

「曹嵩さまも、しっかり『珊粋殿』とおっしゃっていましたので、間違いはないかと」

 

「俺はあの人に、この男とか、そこの、としか呼ばれたことがないぞ」

 

 曹嵩は二人の結婚を認めたとはいえ、式場で『この男とは別に種をもらう男の目付もしてあるんだろうね』と言い放ったくらいである。不仲どころか眼中になかったはずの男に何の用ができたというのか。

 珊粋からすれば面倒な予感しかしない。が、どうすべきかの決定権は曹操にある。

 さて我が契約者ははどんな判断をするのかと、珊粋が視線を落とすと、曹操も昔のことを思い出していたのか、苦々しい表情をしていた。頭痛がしてきたのか、右手でぐりぐりこめかみを揉んでいる。

 

「さすがに、我が父に出直してこいとはいえないわね。(えっ)(けん)の間に通してちょうだい。主立った将にも支度を調えて集まるように伝えて。私と犬野もすぐに向かうわ」

 

「は。かしこまりました」

 

夏侯淵の気配が足早に離れていく。

客間ではなく、謁見の間に通すのは曹操の警戒心の現れであろう。

 

「まったくもう。こんな朝くらいゆっくりさせてほしいのに」

 

 本当にな。珊粋は心の中で同意してから、ぶつくさ文句を言いながら支度している曹操を手伝うべく、今は肩口まで下ろされている金の髪へと手を伸ばした。




前回から1年以上更新があいてしまい、大変申し訳ないです。(土下座)
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

また、こんなに間が空いていたにもかかわらず、感想をくださったみなさま、本当にありがとうございました、
とても励みになっています。

2/11
珊粋の負傷していた肩が逆だったため、左右を修正
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