IS IS学園って本来は女子校だから恋愛は基本的に百合なはずだよね? 作:セキエイ
IS 13
「ゔ〜〜、脚が痛い〜」
「やっぱし多国籍の人間が在籍する分、練習の質が違うわ。それにそんな事してると見られちゃうよ、一夏先輩に」
学園指定の半袖短パンで芝生に転がっている蘭を眺めてつつ、アキレス腱を伸ばす百合香。
二人は、部活動の仮入部として陸上競技部を訪れていたのだ。
蘭が想いを寄せる織斑一夏が、この日陸上部に派遣されていた為、蘭がこの部に来ると聞かなかったからである。
しかしというか、やはり高校のしかも多国籍の生徒が在籍する部活故に、その練習は中学校時代とは比べるまでも無かった。
「分かってるわよ、こんなはした無い姿をずっと晒すつもりはないんだから」
渋々、といった様相で蘭は起き上がる。
「まったく」
教室の席が隣だという事で仲良くなった二人であったが、百合香は蘭が初めの印象から一転してこんなにも愚痴愚痴呟く娘だとは思わなかった。
中学校時代はお嬢様学校の生徒会長を務めていたという経歴からは、とてもじゃないが想像出来ない。
まあそれでも一ヶ月も付き合っていれば、慣れてくるのもまた自然な成り行きである。
「むう、なんで百合香はそんなに余裕なのよ!」
「なんでって」
頬を掻く。
「中学校時代、部活は陸上やってたし」
確かに彼女の身体のラインを見ればそうだ。
引き締まった太腿や脛、裾が靡いて見える背筋等、幾分受験の期間で筋肉が落ちたかのように思われるもののそれでもアスリートと呼べる位に引き締まっている。
女子としての柔らかさを損なわずに綺麗に付いた筋肉が、今更に蘭にとっては羨ましい。
〜〜〜
元々さくらがこうして走る事にしたのは、目の前の男を陰から観察する為。
しかし、こうして面と向かって話し掛けて来られのは完全に予想の外だ。
「・・・、ぇと。その、・・・」
「ん?ああ、ゴメン。いきなり話しかけちゃって悪い」
自分がこの学園に居る理由が気付かれたのか、それとも自衛隊所属なのがバレたのか?
そんな疑心に駆られるさくらなぞ梅雨知らず、一夏は二の句を次ぐ。
「君の走りが中々良くてさ。途中からだけどタイム計ったんだ」
ほら、とストップウォッチを見せられる。
12分58秒55
さっきの自問は何処へやら、呆気に取られる。
そもそも見せられたタイムもさくらにとって速いのか遅いのか、正直分からない。
「・・・ぇ、ぅぅ」
「そうだ、そういえば自己紹介がまだだったな。たぶん知っていると思うが俺はIS学園二年、織斑一夏だ。よろしくな」
朗らかな笑みを浮かべ、手を差し出す。
「・・・えっと、一年四組。深角さくら、です。」
俯きながらその手を握った。
「よしっ!」
「・・・えっ?」
握った手を素早く持ち替えられ、あっという間に抱え上げられた。
「・・・、な、何?」
一夏の整った顔立ちが下からのアングルで鼻先に望める、いわゆるお姫様抱っこという奴だ。
しかも一夏の表情はさっきの爽やかな笑みでは無い、性質の悪い悪戯っ子のような微笑みに変貌を遂げている。
「それじゃあ、陸上部の練習場所までレッツゴー!」
彼の行おうとしている事に合点がいった、いった所で逃げる事は出来ない。
「・・・いや、」
この先、陸上部に連れていかれて仮入部の練習に参加をさせられるのが目に見えている。
しかし任務の為にもさくらは部活動に参加するのはどうしても避けたかった。
が、その抗議の声も蚊の鳴く如き声量では、走り出した一夏の前に太刀打ち不能であった。
〜〜〜
何この状況?
百合香は純粋にそう感じる。
隣の蘭も同様らしく口を開いたまま惚けている。
いや、これは百合香や蘭だけでは無い、陸上部の練習に参加していた生徒全てが大体二人と似たような反応をしていた。
何故か?
「皆聞いてくれ。さっき其処でスゲえ脚が速い女の子を見つけちゃったんで、連れて来ちまった!」
そんな一言と共に永らく姿を消していた織斑一夏が現れた、羞恥で顔を真っ赤にした小柄な少女をお姫様抱っこして。
「深角、さん!?」
「ッ!!」
無意識に声を紡ぐのは百合香、惚けた口元を引き締めて歯を食いしばり拳を硬く握ったのは蘭。
一夏の腕に収まっているのは、何処からどうみても無愛想なルームメイトの姿。
先輩達は割と早めに我に帰り、そそくさとさくらを彼の腕の中から降ろす。
ただでさえ小さい身体がこの時は羞恥で俯いていた為に、更にこじんまりとしていた。
そしてポニーテールに結った部長が飽きれつつ一夏に説教する、しかし相変わらず彼の態度は柔らかい。
そして彼は何かのメモを差し出し見せると、僅かに上気していた部長の表情が冷静で真面目なそれに変化した。
〜〜〜
百合香と蘭、もとい一夏と部長以外の人間は知る由もない事だが、見せたメモの中身は先程のさくらの外周のタイムである。
そもそも何故一夏が陸上部に参加しているのかというと、生徒会主催の一日一夏君部活貸し出しで彼は来ている。
その間、正直に言うとその日限りの陸上部のマスコットにでもなってくれれば良いと踏んでいたのだが、しかしこれは良い誤算だった。
いつも彼の周りにいる人間といい、この男は何か他の人間とは一味違う特別な人材を引き寄せる力が有るのではないかと錯覚してしまう。
とにかく、何という逸材を見つけて来たのだろう、と部長は内心歓喜していた。
後はどうやってこの後輩を懐柔し我が部へと引きずりこむのかが勝負である、そこは彼女の腕の見せ所だ。
〜〜〜
(人が沢山、嫌だ!)
お姫様抱っこの腕から降ろされたものの、そこから何をすればいいか分からないさくらは、周囲の突き刺すような視線に激しく嫌悪を覚える。
「・・・うっ」
じり、じりと少〜しずつ足を後ろに進め距離を取る、あわよくはね逃げれるだろう。
「ねえ君、逃げないで。大丈夫よ」
前言撤回、一夏と何やら話し終えたポニーテールの3年生はガッチリとさくらの腕を掴む。
(こんなに良さそうな娘、逃がす訳無いじゃない。フフフ)
「・・・っ!」
これで逃げられない。
数分前まで一夏の行動に度肝を抜かれていた彼女だが、今は飢えた肉食獣のように目を輝かせてさくらに視線を向けている。
そういう類の感情にさくらは滅法弱かった。
〜〜〜
日没後ながらまだ西の空は明るかった。
一年職員室へと急ぐ百合香はボールペンで記入済みの用紙を再度確認する。
大丈夫だ、問題ない。
クラス、名簿番号、名前、そして入部を決めた部活がちゃんと記されている。
(なんだかんだで続けちゃうんだなー)
夕暮れ時の少しアンニュイな気持ちで今を達観し、入部届けを握り歩く。
そうして、一年職員室前に到着した、窓からは光が漏れているまだ中に人が居るのだ。
「ふぅ、セーフセーフ」
引き戸をノックするべく拳をの甲を当てようとする、そこで百合香は気が付く。
背後に何か気配が有る事に。
「ッ!」
其処には一人の少女がいた。
自分よりも遥かに小柄で華奢で、くしゃくしゃな白髪をした常にテンションが低いルームメイト。
浴槽の中で傷を慰め合った仲。
今は少しだけ頬が上気している。
「深角、さん・・・どうして?」
彼女は手にした用紙を提示する。
それは自らが手にしたものと同じ、ついでに記入された部活名も同じ。
「・・・出しに、来た。今日までだから」
妙に緊張した百合香の表情がそこで緩んだ、さくらがほんの少し微笑んだから。
「そうなの、ね。じゃあ一緒に出しましょうか」
改めて百合香は一年職員室の扉をノックした。
〜〜〜
「七時に成りましたね。入部届け、この辺で閉めますか?」
デスクワークについていた千冬は真耶の声に顔を上げる。
「そうするか」
職員室にはもう既に千冬と真耶の二人しか残っていない。
帰宅の準備をする彼女らの手が黙々と動くだけ、それが五月を迎えた今でもやけに寒々しい。
「いやしかし、先月の件から殆どの一学期の年間日程がズレてしまって少しキツイですね。」
真耶が少し気まずそうに口を開いた。
「キツくない教職なんて有るものか」
「ははは・・・」
そう言いつつも、千冬は勿論真耶の心中を痛い程に理解できている。
先月のテロ以降、生徒の心身のケアを始めメディアへの発表や警察、防衛省との学園警備案の見直し等、様々な面においてやるべき事が多分に生じた。
即刻対処すべき問題はここ最近にしてやっと片を付け終えたものの、まだまだ残って居る事は数えきれない。
例えば今のように延期された新入生の部活への入部申請に関してだったり、だ。
「まあ確かに今年は去年と違った意味で疲れる事は確かだ。専用機持ちが今年は一人だけで助かる」
ふぅ、と手を一旦止めて溜息をつく。
「深角さくらさん、ですね」
「ああ」
だが、と言葉を続けた。
「一人とは言え、やっぱり厄介そうな匂いもするな」
横目で真耶を見ると目が合う、彼女も気が付いているらしい。
「深角さん、あんまり他のクラスメイトと上手く付き合ってい無いらしいですね」
「ルームメイトも含めてな。丁度昔の更式の妹の方と性格が似ている感じがするが、多分それよりも厄介だろうな。」
「確かに」
千冬はゆっくり自らのスチールデスクに腰掛けた。
「あいつの目を見た事が在るか?」
「いえ」
フっと口元を笑みに歪めた、そのくせに目は全く笑っていない。
「なら教えてやる、これからはよく彼女の目をみて見るといい。
深角の目は、人に対して嫌悪感を抱いているニンゲンが持つ目だ。
誰が嫌いかなんかじゃなく等しく全てが嫌い、或いは怯えているそんな目をしてる」
虚空を凝視する千冬の横顔は酷く冷徹に感じられる、真耶は途端に背筋に冷たい何かが這うような間隔に囚われる。
何かを言わんとする真耶を制するかのように、口を開いた。
「そりゃあ誰でも多少は人見知りをしたりはするさ、ごく普通の家庭に産まれ育ったならな」
この言葉で真耶はイマイチ話が理解出来なくなった
千冬自身わざとそういうニュアンスを込めるように言ったのだから仕方ない。
「恐らく、彼女が所属している何ちゃら大学の研究機関ていうのは嘘だろうな」
今日の千冬は余りにも突拍子もない事を言い放つ。
それが妙に不安である、目の前の先輩教師は何かに焦っているような、そんな感じがした。
「嘘っていうのはちょっと誇大表現過ぎたな。言うなればその研究機関はフェイク、隠れ蓑に過ぎない。
本当はもっと大元の組織、大学に出資している企業とか或いは政府か、が彼女の本当の〈所有者〉でその命令によってこの学園に入学した、そんな気がする」
千冬は語りながらも、専用機持ち一人相手に余りにも穿ち過ぎでは無いか?と自問するも、しかし完璧に否定出来ない自分が恨めしく思えた。
「何でここまで私が深角を執拗に疑うのか、山田先生も気になって来ていた所でしょう?」
久々に真耶と目を合わせる。
彼女はその視線を外す事はし無い。
「その、少し失礼な物言いになるかもしれ無いので先に謝っておきます」
「ああ、構わない。山田先生の気持ちを聞かせてくれ」
良かった、声が震えているのを勘付かれなかった。
「私は、私はまず前提として、出来るだけ生徒を信頼するようにしています。深角さんに関しても、他の皆よりも少しだけ周りに関わる事が下手なだけで根はとても良い娘だと信じています」
信じている、これは希望的観測の意である。
この言葉が出ている時点で、真耶が深角さくらを完全に信頼し切って居無い証左だ。
しかし懸命に信頼しようとする意地が彼女にはあった。
「なのに、織斑先生はなぜそうしようとし無いのですか?」
「そろそろ、行きましょう」
たっぷりと時間を掛けて熟考した後、千冬は逃げた。
カバンに荷物を詰める作業を再開する。
「先生!」
声を荒げて食い下がる真耶。
「答えて下さい!」
やはり言った方が良いらしい。
見た目や接した印象に反してこの女教師は芯が強い、元代表候補生だけあって。
もう隠すこともあるまい、千冬は悠然と立ち上がった。
「一番最初に、山田先生は昔の頃の更識の妹に似ていると言いましたね。しかし私は全然そうは思っていない」
「それじゃあ何なんですか?」
眼鏡の奥の眼光はまだ鋭いままだが、少し冷静さを取り戻したようだ。
「あの目を見たときに、私はこう感じた。
初めて出会った時の、
ラウラ・ボーデヴィッヒに瓜二つの目をしている、と」
〜〜〜
夕食を終えて自室に戻った百合香は、ベッド脇に備え付けられた机の椅子に腰掛けていた。
彼女は数刻前、担任に陸上部へ入部する旨を記した届けを提出したが、同時に届けを提出したルームメイトに一つ聞きたい事があった。
百合香自身は中学生時代に陸上を経験している、しかしさくらは自己紹介の時に中学生時代は部活に入って居なかった公言していた筈だ。
「う〜〜〜ん。」
極めて久し振りに、ベッドの間仕切りが仕舞われた。
百合香に向かい合ってベッドに腰掛けたさくらは、俯きつつちらちらと此方を見る。
「・・・聞きたい事、って何なの?」
「単純よ」
肩を掴んで、百合香はぐっと彼女に顔を近づけた。
「何で陸上をやろうと思ったの?答えて頂戴」
明らかに狼狽した表情、掴んだ肩が震えている。
そして蚊の鳴くような声で、ゆっくりとさくらは返答する。
「・・・走るのが、気持ちいいって、前から思ってた。あと、部長さんから、逃げられそうに無いと、思ったから。ダメ?」
さくらは今にも泣きそうだった。
はたから見ると、百合香が脅迫しているかのような図である。
しかし答えを聞いて力がふっと抜けた。
何とも単純な理由だこと。
それに
「(近くで見ると結構可愛い顔してるのね、この娘。)」
と若干邪な気持ちで見てしまった事に自分自身で驚いて、後ずさりした。
普段は長い前髪に隠れてその表情を窺い知る事は困難なのだ。
更にあの時の、風呂場での記憶が蘇る。
暖かくて華奢で儚げな彼女を抱いた記憶、なぜかとても安らいだ。
それを振り落とすために口を開く。
「全然ダメなんかじゃないわ、同じ部活をする仲間が増えるのよ。私はただ深角さんがどうして陸上をやろうと思ったのかが、純粋に気になっただけ。でも脅迫みたいになっちゃった事は謝るわ」
強引に形作った笑みを向けてから、百合香は恥ずかしさに背を向けた。
しかし
「・・・南條、さんは。なんで陸上部に?」
少し掠れた声でさくらは問うたのだった。
久し振りにハイペースな投稿となりました、多分続きませんね。
次回「第十四話」
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