規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
少年は、誰もが一度は異世界に憧れる。
ゲームの世界に吸い込まれる妄想をしたり、物置みたいな暗いところに異世界への扉が繋がっていることを期待したりする。
そういうことが、一回以上はあったと思う。
しかし成長をすると、そんな気持ちは減ってくる。
異世界に行きたいとは思う。
異世界に行って、かわいい女の子たちでハーレムを作ったりしたいとは思う。
一方で、本気で行けるとは思わない。
ゲームをやっても物置を見ても、そこが入り口だとは思わない。
それでもどこかで期待している。
神秘的な廃墟や森の写真を見ると、ちょっとワクワクしたりする。
古本屋でやたら古い本を見つけると、興味を惹かれたりする。
オレはまさしく、そんな普通の高校生だった。
とある日のこと。
古本屋で漫画を立ち読んできた帰り道。
いつものように自転車を走らせていると、明かりの灯った廃ビルを見つけた。
窓が割れてコンクリートもヒビ割れたビルは、明らかに人が住める建物ではない。
それなのに、わずかな明かりが漏れていた。
気になったオレは、自転車を止めて中に入った。
ジャリ……と小石を踏みしめながら、階段を登る。
明かりが灯っていた階層へ、一歩一歩向かう。
ダンジョンにもぐっているような気分になって、ちょっとワクワクとした。
ゴブリンぐらいは、でてきそうである。
落ちていた鉄パイプを拾い、剣のつもりで振ってみる。
なんか盛りあがってきた。
(魔王――炎舞剣!!)
見られていたら、死にたくなるような名前とポーズとビシリと決めて、高いテンションでビルを登る。
しかし目的の階層にいたのは、ゴブリンではなかった。
白いマスクを被った連中が、怪しい呪文を唱えてる。
何本ものろうそくが灯る空間で、祈るように手をあげている。
(宗教の団体か……)
一見だけで、そうとしか言いようのない光景。
常識で言えば、逃げるべき場面。
ただオレは、逃げることができなかった。
部屋の奥に、女の子がいたからだ。
白いワンピースのような服を着たショートカットの女の子が、手首を縛られ壁に貼りつけられたかのようにされている。
儚げで物憂げな雰囲気は、オレの心を惹きつけた。
生まれて初めて、一目惚れをした。
教祖らしき男が叫んだ。
「今宵我らは、この清らかなる処女の心臓を偉大なるアルファゲート様に捧げる! そして穢れたこの世界と別れ、新たなる世界へと旅立つのだ!!」
教祖の言葉に、信者たちがもろ手をあげた。
一方、オレの心拍数は跳ねあがっていた。
(心臓って、そういうことだよな……?)
教祖が銀色の剣を抜く。
助けを呼んでるヒマはない。警察を呼んでいる時間もない。
そう思った途端、オレは心臓が冷えるのを感じた。
無心になって、陰から飛びだす。
黒い風のように駆けて、教祖に不意打ちを入れた。
「うぐおっ……!」
ガマガエルみたいな顔をした教祖は、カエルみたいな呻きをあげた。
オレは鉄パイプを構え、信者たちに言った。
「逃げるなら、命だけは助けてやらあぁ!!」
「「「ひいいいいいいいいいいっ!!」」」
信者らの大半は、蜘蛛の子を散らすかのように逃げて行った。
しかし残った八人が、オレに殺意と武器を向けた。
オレは鉄パイプを握りしめ、信者たちに立ち向かった。
気持ちはふしぎと高揚していた。
口の端に狂気めいた笑みの浮かんでいることが、自分でもわかった。
けれども、あまりに多勢に無勢。
六人まではぶちのめしたが、途中で剣を胸に刺された。
「ぐっ……」
直感でわかる。
コイツは急所に突き刺さった。
しかしここで下がったら、名前も知らないこの美少女が、生け贄にされるだろう。
ただの男と可憐な美少女。優先すべきは美少女だ。
誰だってそうする。オレだってそうする。
天秤の片割れに載っているのが
優先すべきは美少女だ!!!
しかも少女は、ただの美少女ではない。
オレが惚れた美少女だ。
自分が惚れた美少女だったら、命に代えても守るのが男だっ!!
決死の力を絞り、信者ふたりをぶちのめす。
そして近くの住民が、ビルの騒ぎを聞きつけたのだろう。サイレンの音が近づいてきた。
よかった……。
もう大丈夫だと思ったら、体の力がふわっと抜けた。
同時に意識も遠のき始める。
それでも少女を安心させてやるべく、微笑みかけた。
「もう、たいじょう……ぶ…………」
オレは教祖が書いたと思わしき、魔法陣の上に倒れる。
青い輝きがオレを包んだ。
◆
消えた意識がふと戻る。
背の高い木々と、空をおおう木の葉が見えた。
「おぎゃ……あ、ああ……」
声をだそうとしてみたら、赤ん坊のような声が響いた。
オレの脳裏に、教祖の言葉が蘇る。
『今宵我らは、この清らかなる処女の心臓を偉大なるアルファゲート様に捧げる! 穢れたこの世界と別れ、新たなる世界へと旅立つのだ!!』
この言葉、
異世界への転生。
ただの狂人の戯言か――と思いきや、そうでもなかったということか。
実際の生贄になったのはオレの血だけど、発動はするってことか。
若がえっているのは、たぶん教祖の都合だろう。
教祖は中年男性だった。
若返る術式も、転生の儀式に組み込んでいたに違いない。
けれども、オレは高校生。
中年の教祖がちょうどよくなる術式でワープしたから、赤ん坊になってしまったに違いない。
不意に森の風が吹く。オレの全身、ぶるりと震えた。
寒い。
死ぬほどに寒い。
単なる空気が凶器となって、地面の冷気が体温を吸い取る。
ヤバい。
ヤバい。
ヤバい。
死ぬ。
死ぬ。
死ぬ。
このまま行くと、森の中で凍死する。
「おっ……ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ!」
助けを呼ぼうとしてみたが、歯のない口では声にならない。
死にたく……ねぇ……!
つまらない現代だったらともかく、異世界にきた……のにっ……!
決死の思いで地を這った。
赤ん坊にとっては背の高い草むらを這って進んだ。
途中で雨も降ってきた。
地面がぬかるむ。手のひらが痛い。
雷の音が、オレの存在をかき消そうとする。
それでも必死に這って進むと、馬車の通り道と思わしき空間にでた。
馬車の音もした。
見てみると、遠ざかっていく馬車があった。
オレは力を振り絞り、あらん限りの声を発した。
「おぎゃあ……! ぎゃあ……! ぎゃあ……!」
かすれた声を三回だした。そこが力の限界だった。
オレはどちゃりと、這うように崩れる。泥がびちゃりと跳ねあがり、オレのほっぺたにもかかった。
(せっかく……。異世界にきたのにな……)
オレの意識は、無念の中で遠ざかって行った。
◆
二度と覚めない眠りと思っていたというのに、オレはふしぎと目が覚めた。
パチパチパチ。
暖炉独特の音がする。身を包むのは、温かでやわらかな触感。
目の前にあるのは、整った顔立ち。メイド服を着込み、カチューシャをつけている美女であった。
「お目覚めですか?」
「ばぶうっ?!」
驚くあまり、赤ん坊の声がでた。
「おお、目覚めたか」
声をあげたのは、初老の男性だった。
人のよさそうな顔つきをして、髪は白くなっている。
「おお、おお。よかったのぅ。よかったのぅ」
初老の男は満面の笑みで、オレを見つめた。
「捨てられていた赤ん坊を拾うとは……本当に、ご主人様はお人よしでございますね」
「そうは言っても、見捨てるわけにはいかんじゃろう」
「そのようなことだから、我が領はいつまでも困窮しており、屋敷のメイドもわたしひとりしか雇えないのです」
「それを言われると辛いのぅ……」
「まぁ、もっとも、あなたがお人よしだから税率も安く、反乱などが起きないのも事実ではありますが……」
メイドの美女は、険しい顔で眉根を寄せた。
しかしその声音には、どこかやさしい響きがあった。
初老の男の性質を困ったものだと思う一方、好ましくも思っている様子が見て取れる。
そうしてオレは、レリクス=カーティスの養子にして長男。
レイン=カーティスとして育てられることになった。