規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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レイン十四歳。トイレを作りたい。

 チュン……。

 チュン、チュン。

 

 雀とよく似た鳥の()が、エロ爽やかな朝に響く。

 目覚めたオレは、脇のあたりに体を縮めてくっついているマリナを見やる。

 

(ん………。)

 

 マリナは、目元を、(くし………。)とこすってオレを見つめた。

 

(………。)

 

 朝から可憐に頬を染め、オレのほっぺにキスをしてきた。

 オレのマリナは、今日も朝から天使だなぁ。

 オレはキスのお返しをして、朝からたっぷり楽しんだ。

 

 マリナといっしょに服を着る。

 部屋をでようとして、部屋のドアがわずかにあいていることに気づいた。

 

「…………?」

「レイン?」

「いや、なんでもない」

 

 オレはなかったことにして、マリナといっしょに食卓へ向かうことにした。

 

(ぎゅっ………♪)

 

 マリナはうっとり目を細め、オレの腕に抱きついてくる。

 頭も肩に乗せてくる。

 毎度のことだが、毎度かわいい。

 

 食卓には、すでに父さんがいた。

 

「おはようございます、父さん」

「うむ、おはよう。ワシの息子のレインよ」

 

 父さんは、父親っぽく威厳を作ってうなずいた。

 しかしふしぎと、親バカっぽい雰囲気が漂っていた。

 

「はぐうぅ……」

 

 そして壁の陰から、リリーナ先生がオレを見ていた。

 オレが見やると、視線があった。

 

「ふわあぁんっ!」

 

 それだけのことで、先生は悲鳴をあげた。

 

「どうしたんですか? 先生」

「なななな、なんでもない、なんでもないぞ、少年……」

 

 

 side リリーナ

 

 レイン少年とマリナの行為を見てしまったわたしは、一睡もできなかった。

 体が熱いやら恥ずかしいやらで火照り、一秒たりとも眠れなかった。

 

「はぐうぅ……。んッ、クウゥン……!」

 

 体が夜泣きしてしまい、枕に顔をうずめて悶えたりした。

 少年とも顔を合わせずらく、朝食の際には壁の陰から少年を見やったりしていた。

 

 それなのに、少年は言った。あっさりと言った。

 

「どうしたんですか? 先生」

 

 その顔はあどけない。

 きのうのことなど、まるで知らないという顔だ。

 

(少年にとって、ああああ、あの程度の、ここここ、行為は、ににににっ、にちっ、にちっ、日常に、すぎんのだ……)

 

 なんという大人。

 すさまじい大人。

 

 二八〇年生きているわたしを一〇〇万倍は超える、ゴールデン大人だ。

 

「ところで、先生」

「にゃんだ?!」

「食事終わったら、見てもらっていいですか? 魔法」

「ももももっ、もちろんにゃと(ぶちぃ!)」

 

 大人の余裕でうなずこうとしたら、舌を噛んだ。

 とても、痛い。

 

 口元を押さえ、じたじたともがく。

 わたしはクールなエルフなのだぞ!

 わたしは凛々しいエルフなのだぞ!

 

 なのだぞ! だぞっ! だぞーーーーーー!!

 必死に言い聞かせてみるが、痛いものは痛かった。

 

  ◆

 

「見ててください、先生」

 

 ここは裏庭。

 オレはリリーナ先生の前でナイフを取りだす。

 

 痛みに軽く怯みつつ、右手の甲を刺した。

 真剣な眼差しで見つめている先生を前に、左手をかざして叫ぶ。

 

「ヒール!」

 

 傷口は、みるみるうちに塞がった。

 

「なっ――!」

 

 先生は絶句した。

 オレの右手を軽く握って、ふにふにと揉む。

 きめ細やかなエルフの指は、細い上にやわらかだった。

 

「一晩で、習得したというのか……?!」

「そうみたいなんですよね」

 

「スクロールなどは、使用していないのだよなっ?!」

「はい。使用していません」

 

「レリクスの息子であることを考慮に入れても…………ありえん」

「でも実際に、使えてるわけですから」

「すさまじい才能だな……」

 

「だけどオレ、ちょっと思ったんですよ」

「なにをだ?」

「先生とかが難しいって言うから、難しくなってるんじゃないかな――って」

 

「はぐ?」

「例えば先生、言ったじゃないですか。

 回復魔法は、習得するのに半年はかかるって」

「実際に、そのぐらいはかかるからな……」

 

「だけどそれ、そう言っちゃうからそうなっちゃう部分もあると思うんですよね。

 魔法は、イメージが大切。

 なのに先生や偉い人からそんな風に言われたら、〈三日や四日で習得できる自分〉をイメージすることはできない。

 だから本当は使える実力を身に着けているのに、難しいという(・・・・・・)イメージの(・・・・・)せいで(・・・)、うまく発動してくれない。そういうケースも、わりとあると思うんですよ」

 

「なるほど……」

 

 先生は、重く深くうなずいた。

 

「その点オレは、ほかの人に比べてあんまりなかったんですよ。

 回復魔法が難しいもの――っていうイメージが」

 

「なん……だと?」

「重い傷を治すような魔法はともかく、軽いやつならわりと簡単に使えるイメージなんですよね。オレにとっての回復魔法って」

 

 なにせゲームなんかだと、レベル1や2でも使えることは珍しくない。

 比較的簡単というイメージが、無意識レベルに刷り込まれていた。

 

 一方で〈難しい〉は、新しく教えてもらった知識にすぎない。

 魔法を覚えた直後から〈難しい〉という刷り込みを受けた人に比べて、覚えやすいのは当然なのだ。

 

「その発想がすさまじければ、そもそも〈覚えやすい〉と発想できてしまうのも、なんとも常識破りだな……」

 

 ただし先生からすると、そういう結論になるようだった。

 

  ◆

 

 そのあとオレはリリーナ先生と軽い訓練をして、荒野のほうに移動した。

 父さんと剣を打ち合う。

 

 マリナと組めば勝てるようになった、訓練モードの父さん。

 でも一対一だと、まだまだ厳しい。

 五回に一回は一本を取れるようになっているけど、四回は負ける。

 

 父さんと打ち合ったあとは、マリナと一対一で戦う。

 マリナは氷をトリッキーに使ってくるので、父さんとはまた違う戦いになる。

 

 訓練が終わる。

 日々の酷使も相まって、今日も地形は大きく変わった。

 

 元々荒野だったのが、あちこちにクレーターができている。

 この一部だけ、爆弾と世紀末を落とされたかのようだ。

 

 それでもオレたちは平和的に、弁当を広げた。

 オレとマリナと父さんはいっしょのシートに座るが、リリーナ先生だけは離れてる。

 一〇メートルは離れてる。

 まるでイジメみたいだが、先生自らがそこにシートを広げているのだからどうしようもない。

 マリナがサンドイッチをだして、オレの口元にやってくる。

 

「ん………♪」

「今日もマリナの手作りかな?」

「うん。」

 

 マリナはこくっとうなずいた。

 オレは、あーんして食べる。

 

「なんと、過激なっ……!」

 

 リリーナ先生が、遠くでブルブルと震える。

 先生は、今日の朝から様子がおかしい。

 

「ところで、父さん」

「なんじゃ? 我が息子レインよ」

「村にトイレを設置しようとしたら、どのくらいのおカネと時間がかかりますかね?」

 

「その前に、どうしてトイレを設置するのじゃ?」

「父さんは、病気の原因とはなんだと思いますか?」

「モンスターなどの毒や呪いを除けば、なるものじゃからなる…………という認識じゃのぅ」

 

「しかし実際には、原因があるものです。

 糞尿は、その中のひとつです。

 外に垂れ流しているこの現状は、けしてよいとは言えません」

 

「ふむ……」

 

 父さんは、重々しくうなずいた。

 

「費用のほうは、安ければ城が一軒。

 高ければ一〇軒はかかる可能性もあるが、時間のほうは…………二週間から三年といったところじゃの……」

 

「ムラがありますね……」

「公共のトイレに使うほどの水をだしたり汚物を浄化したりする魔宝石は、オークションで求めるのが普通じゃからの。価格には、ムラができやすいのじゃ」

 

「期間のほうは?」

「魔石が手早く手に入った上に、出来のよい土魔法の使い手がいれば二週間。

 魔石の入手に手間取ったり、魔法を使わず工事をやったりすると三年じゃな。

 ワシの領地は税が安く不自由は少ないのじゃが、裕福でもないからの。

 無理はさせれぬ」

 

「なるほど……」

 

 密かに聞いていたのだろう。

 先生が、小さくうなずいていた。

 

「こほんっ、こほんっ」

 

 わざとらしくセキをして、そわそわチラチラこちらを見ている。

 仕方ない。

 オレはハアッとため息をつき、大きな声で言ってみた。

 

「魔法や魔宝石をなんとかできる人が、どこかにいればいいんですけどねぇ」

 

「わわわわっ、わたしはわたしは魔法石を持っている上、工事に便利な魔法もできるぞ!」

 

 リリーナ先生が、一〇メートル離れたところから叫んだ。

 

「火急の際の路銀にもなるからな、便利で重宝してるのだ!」

「買い取らせていただくとしたら、いくらぐらいになりますかね?」

「それはだな……」

 

 オレを見つめる先生は、顔をボッ……と赤くした。

 

「ちっ……知識の出世払いを、所望する…………」

「知識の出世払い?」

 

「せせせ、先日の薬といい、今日の魔法の知識といい、キキキ、キミの考え方には、カネで買えない価値がある。

 わたしはわたしは、それを所望するわけだ!」

 

「なるほど……」

 

 確かに知識や情報は、とても大きな価値がある。

 コレラっぽかった病気の対策として配った海の水にしても、製法を隠してしかるべき場所に売れば、かなりの利益をだせるだろう。

 winwinな取引きではありそうだ。

 

(それにこの約束をしていれば、特に用事がない日でも、キミと世間話をすることが可能に……)

 

「今なんか言いました?」

「なんにもなんにも言っていないぞっ?!

 わたしはわたしは生まれてこのかた、一度たりとも言葉などを発してないぞっ?!」

 

「どうしてそんな、わけのわからないウソをっ?!」

「家庭の事情というやつだなっ!」

 

 なんということだ。

 説明が加わったことで、余計に意味がわからなくなった。

 

「まぁ……とにかく、魔宝石をゆずってくれるってことでいいんですよね?」

「結論的には、そうにゃ――(ぶちぃ!)」

 

 舌を噛んだ先生は、口を押さえて転がり回った。

 スペックは高いのにポンコツという、嫌な意味で奇跡的な人だった。


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