規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
「……くそっ」
レインに色々されたミーユは、最低限の衣服だけを身に着けて部屋に戻った。
三公の地位を利用して作った自分ひとり用の寝室に入りこみ、ベッドの中に倒れこむ。
体にこびりついたレインのにおいが鼻孔に入った。
つい先刻の、凌辱を思いだす。
行為の残滓が
しかしミーユは、その幻影を拒否できなかった。
「くそっ……、はっ、あっ……。くそっ……はっ、アアアッ!!」
甘美の悲鳴をあげてしまって、ベッドのシーツに顔をうずめる。
口から漏れるは、絶え絶えな息。
グロッキーに近いのに、ミーユはひとりで続けてしまう。
◆
ミーユは、厳しい親に育てられた。
三公の長男として、両親が自慢の種にできる技量や力を身につけることを強要された。
生まれ持った性別さえも、抑圧を受けた。
『跡を継げるのは男子のみ』という、根拠がなければ意味もない、古びた思想で抑圧された。
マナーをひとつ誤れば平手打ちが飛んでくる環境で、毎日の食事を食べていた時期もある。
連れて行かれたパーティで作り笑いを浮かべるたびに、自分の中がからっぽになっていくのを感じた。
いい子、いい子と言われるたびに、自分の中の自分が死んだ。
実の親に殺されたのだ。
いい子という名の、アクセサリーにされたのだ。
どうしてこんなに痛いのか。
どうしてこんなに苦しいのか。
答えは父母が与えてくれた。
三公だから。
三公の長男だから。
だから痛みも叱咤も当然であり、休むことも遊ぶことも、同じくらいの年の子がしている女の子らしい格好もいけない。
すべてはオマエが、三公だから。
それはミーユの深層心理に、深く深く刻み込まれた。
しかしミーユは、秀才だった。
年を取るにつれて、とある真理を理解した。
父母は自分を、究極的に害することができない。
跡取りである自分が女であると知れたら、家を保持する権利を失くす。
第二の継承権を持つ者に、移行されてしまう。
それをしっかり理解した。
単純な実力もあった。
レインやレリクスといった天才には敵わないものの、秀才ではあった。
英才教育も相まって、同年代ではほぼ敵なしになった。
父母にしても、パーティと飲食で肥えた豚と化している。
濃厚なトレーニングを続けさせられていたミーユとでは、比較になるはずがない。
ミーユに
ミーユはゆがんだ。
自分が痛みを受け続けたのは、三公であるから。
自分が愛を受けなかったのは、三公であるから。
痛みも、辛さも、苦しみも、すべて自分が三公であるから。
だったら、あってもいいはずだ。
自分が三公として苦しんだ分、三公に劣る家柄の人間を苦しめる権利が。
自分がひとりさびしく涙を流しているころ、家族と楽しく笑い合っていた人間に、苦しみの一部を分けてやる権利が。
あったって――――いいはずだ。
それはゆがんだ認知であったが、ミーユにとっては真実だった。
そういう権利を持たなければ、軋んだ心は砕けていた。
誰よりも『三公』に苦しめられていたミーユが、誰よりも『三公』に縛られていた。
少女のブローチを砕いたのも、『父』からのプレゼントであったからだ。
誰よりも強い権力と物を持っているように見えたミーユは、誰よりもなにもなく、誰よりもからっぽであった。
三公の名を貶めることをするたび、復讐をしたような気分にもなった。
そこにレインが現れた。
レインはミーユの『三公』を、これ以上はないような形で
しかしミーユからすると、それは無上の快楽だった。
謝ればやめると言われたのに謝らなかったのも、つまりはそういうことである。
自分を苦しめた『三公』を、ズタズタのボロボロにしてほしかったのだ。
レインはそれを、
しかしミーユに、自覚はない。
それでも、感じた。
形状しがたい憤怒や嘆きが、消えていくことを感じた。
凌辱とも言えるはずのそれに、快楽を受けていることを感じた。
レインに浸食されるたび、復讐が成ったかのような恍惚が全身を包んだ。
処女を奪われた刹那から達し、最初から最後までずっと快楽に浸っていたことも覚えている。
こうして部屋に戻ったあとも、ひとりで何度も何度もやって、絶頂に達してしまう程度には。
しかしひとしきり行為を終えると、慙愧の念が湧いてきた。
それは『三公』としての、ミーユではない。
三公の皮を非常識かつ手荒すぎる方法で剥がしてもらった、ひとりの少女としての想いだ。
「ボクって、ひどいやつだよな……」
そう思ったら、行動せずにはいられなかった。
服を着て、部屋をでる。
まず向かったのは、教師たちがいるところだ。
謝罪をすると、恐縮された。
恐縮されると、申し訳なくなった。
自分がそれほどの力を、人に向けていたことを自覚した。
それから、色んな人に頭をさげた。
学園は、貴族が多く集まっている。
ミーユが虐げた家の者も多い。
ミーユは彼ら、彼女らのひとりひとりに謝罪を入れた。
謝罪を受けた者たちは、恐縮しながらミーユを許した。
ただそれは、許したから許したのではない。
ミーユの真意を疑う気持ち。
図り間違えた際の処置のイメージ。
そもそも、思いだしたくもないという感覚。
それらすべてが、あわさった結果だ。
自分は許してもらえない。
自分は許してもらえない。
心の底からすまないと思っても、それを信じてもらえない。
罪というのは、そういうものだ。
罰というのは、そういうものだ。
許しを乞う権利さえ、奪われるのが罪である。
その苦しみが、罪における罰である。
ミーユは、自分がいかにひどい人間であったかを悟った。
泣きじゃくりながら道を歩き、白いドアをノックした。
「どなた……ですか?」
「ボク……」
「ミミミミッ、ミーユさまっ?!」
それは自分がこの学園にきた直後、レインとの接点を持つきっかけになった少女だ。
大切なブローチを砕いた上に、暴力も加えた相手だ。
「ごめん……、なさい…………」
「えっ……いやっ、そのっ……」
「ブローチ、くだいたり……。どげざ、させたり…………」
「ととととっ、とにかく部屋にお入りくださいっ!!」
少女――フェミルはミーユを部屋に入れ、紅茶をだした。
Cランクのフェミルの部屋は、六畳程度だ。
すこし狭いが、ひとりで過ごすには充分である。
ミーユは紅茶にも手をつけず、えぐえぐとすすり泣く。
「ボク……ひどい。ほんとうに……さいっ、ていっ…………」
「わたしのブローチを、砕いたりしたことですか……?」
「うん……」
ミーユは、泣きじゃくりながらうなずいた。
「わたしは別に、怒ってませんが……」
「…………ほんとに?」
「貴族さまとは、そういうものであるという認識でしたので……」
きょとんとつぶやいたフェミルは、しかしすぐに失言であると思ったらしい。
慌てて言葉を補足した。
「あああっ、ええっと、違います!
貴族さまとは空の上のお人!
お空の天気とまったく同じく、雨を降らそうと雷を落とそうと、そういうものであると思うというだけのことですっ!」
ひどいような評価だが、事実であるため反論できない。
ミーユはフェミルはに土下座した。
「ごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」
「いいんですよ! ほんと! 怒ってません!
わたし、ほんとに怒ってませんからっ!!」
「だけどボク……。キミの……大事な…………」
「ブローチでしたら、レインさんになんとかしてもらいましたからっ!」
「えっ……?」
フェミルはもじもじ恥らいながら、ブローチの破片が入った小ビンを見せる。
「きらきらしていて、素敵です……」
「ボクのこと、本当に……。許して……くれるの……?」
「はい……」
「ふええぇんっ…………!」
ミーユはまたも泣きじゃくる。
「もう……三公さまが、泣かないでくださいよぅ」
「ごめんなさい……。本当に……、ごめんなさい…………」
フェミルはミーユを抱きしめた。
恨みを抱いていないのは、レインがミーユをボコボコにしたからでもある。
しかし抱きしめてまでやれるのは、フェミル自身の善性と言えた。
ミーユは至上のぬくもりを感じ、レインとフェミルに感謝した。
レインへの感謝は、しこりがないとは言えなかったが。