規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
ミリリはスタミナがあったので、走り込みは切りあげた。
訓練場に戻る。
「武器を使った、実戦練習をしようか」
「はいっ!」
「得意な武器はなんだ?」
「村では、トンファーという武器を使ってましたにゃ!」
「トンファーか」
これはまた意外な武器だな。
オレは一旦、屋内に戻った。
そこには訓練の剣や槍が、しっかりと並べられてる。
ミリリの言ってたトンファーもあった。
使う人は少ないらしく、うっすらホコリを被ってる。
オレは訓練用の槍とトンファーを持って戻った。
槍をカレン。トンファーをミリリに渡した。
「ミリリがどのくらい動けるのか見たい。適当にやってくれ」
「ぜなっ!」
おねーさんぶりたいカレンは、とっても元気にうなずいた。
「それじゃあ、くるぜなっ!」
「はっ、はいっ!」
ふたり並んで武器を構える。
ミリリがジリ……と、すり足で寄った。
圧縮されたふたりの空気が、濃密になる。
「それでは……行きますっ!」
ミリリがタンッと地を蹴った。
一足飛びで間合いを詰めて、くるりとトンファーを回す。
カキィン!
カレンの槍が浮きあがり、ミリリの鋭いトンファーの一撃!
「ぜなぁ?!」
カレンは狼狽しながらも、半身よじって回避する。
反撃に移ろうとするものの、ミリリは牽制の蹴りを放った。
カレンの腹にヒットする。
二撃、三撃と追撃をかける。
「ぜなっ、ぜなっ、ぜなあぁ~~~~~!!」
カレンは防戦一方だ。かろうじてさばいてはいるが、かろうじてでしかない。
それはまさしく、訓練を受けた戦士と、ただの山賊の差であった。
ミリリの力を三〇とすれば、カレンのそれは一〇〇近い。
しかしミリリが三〇の力をフルに発揮しているのに対し、カレンは無駄な動きが多い。四〇か五〇しかだせていない。
それに加えて、カレンには慢心があった。
ふたつの要素が合わさって、カレンは意外と苦戦している。
が――。
「ぜなあぁ!!!」
最後はミリリのトンファーを無理やりに掴み、強引に引っ張った。
「はにゃあぁんっ!!」
ミリリの体もトンファーごと引かれ、ドウッと地面に転ばされる。
カレンは、倒れているミリリの頭に槍を寸止めした。
「勝ったぜなっ……!」
オレを見て、勝ち誇る。
「アタシがアタシが勝ったぜな!
しっかりとした、ちゃんとした勝利だぜなっ!
勝ったぜな! 勝ったぜなあぁ!!」
小さなミリリに勝利してはしゃぐカレンは、すさまじく大人げがなかった。
というか実際、子どもなんだろうな。
まともな教育を受けていないせいで、精神年齢が七、八歳で止まってる。
「いい戦いだったぞ」
「ぜなあぁ~~~~~~~~~~♪」
オレが頭を撫でてやると、うれしそうに顔をほころばす。
オレは、ミリリの前にしゃがみ込む。
「ちなみにミリリの技量って、全体の中ではどのくらいだった?」
「真ん中よりも下ですにゃ……」
「戦う予定のリンって子は?」
「一番上の、最上級でしたにゃ……」
「そんなに強いぜなっ?!」
「強いんです…………にゃあぁ」
ミリリは、またも落ち込んでしまった。
「それなら一回、偵察もしたほうがよさそうかな」
◆
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
屋内の訓練場。
オレは窓から、練習をのぞいた。
黒髪ショートのネコミミっ子であるリンが、訓練用の槍を振るう。
リンの槍が動くたび、訓練相手は喉を突かれて胴を突かれて、槍を弾き飛ばされる。
相手を見た瞬間に、体のどこに隙があるのか一瞬で判断しているような感じだ。
三〇人ほどいた訓練用の奴隷たちが、紙屑のように吹き飛ばされる。
「ぜなあぁ……」
「綺麗な動きだなー、とは思うけど、震えるほどか?」
「レインのほうが強い。」
「そんなのんきな感想が言えるなんて、さすがはご主人さまなんだぜな……」
そういうもんか。
その時だった。
「何者ですかっ?!」
リンが練習を止めて、オレのほうに向き直った。
「オレだよ。オレオレ」
怪しい詐欺師のような自己紹介を入れて、窓から訓練場に入る。
リンはオレに槍を向け、臨戦態勢でミーユを見やった。
「ボクは……、別に…………」
「ミーユさまが、おっしゃるのでしたら」
リンは槍の穂先をさげた。
「にしても随分、本気で練習してるんだね」
「昨日のわたしとミリリが戦えば、100戦してもわたしが勝ちます。
しかし二週間後のわたしとミリリが戦った場合では、その限りとは限りません」
「真摯で油断しない系か」
人格的には好ましいが、もうちょっと油断していてほしい。
まぁいいや。
「せっかくだし、カレンと一戦やってみてくれないか?」
「ぜなぁ?!」
「どんな動きをしてくれるのか、もっとしっかり見てみたいんだよ」
「わたくしのほうは、構いませんが……」
リンは無言でミーユを見つめた。
ミーユはバツが悪そうにしつつも、うなずく。
だがしかし、当のカレンが難色を示した。
「さっきの動きで充分だとは思わないぜなっ?!」
「さっきの動きだと、打ちかかってたほうが本気じゃなかったから」
「ぜなっ?!」
「よくも悪くも訓練用だ。意識してだせる全力はだしてるんだけど、無意識の奥からでてくる本気まではだしてない」
「「「ぐっ……」」」
まさに図星であったらしい。
リンに打ちかかっていた奴隷たちは、歯噛みした。
オレが綺麗って感じたのも、そういうことなんだよな。
泥臭さとか、血生臭さがまったくない。
まるで舞踏の演舞のような、予定調査な雰囲気で満ちていた。
芸術ではあっても、戦いではない。
「それでもアタシをケガさせるには、十二分すぎるぜなぁ!!
だから絶対イヤだぜなぁ! ご主人さまが『絶対にやれ』って言わない限り、絶対にしないぜなぁ!」
「オレがやれって言えばやるのか?」
「命令だったら、仕方ないぜな…………」
カレンはすでに命令を受けたかのように、だらーっと涙を流してくり返す
「仕方ない、ぜなあぁ~~~」
そう言われると、逆にやらせにくくなってしまうな。
仕方ない。
「マリナは?」
「わかった。」
「それはっ……」
マリナはこくりとうなずくが、リンが難色を示した。
「ダメなの?」
「わたくしたち奴隷には、守らなければならない三原則がございます」
「三原則?」
「一。奴隷はマスターの命と命令を守らなければいけない。
二。奴隷は一に反しない限り、人に危害を加えてはならない」
三。奴隷は一と二に反しない限り、自分の身を守らなければならない」
「そのルールだと、ミーユが許可をだせばいいんじゃ?」
「理屈では、そうですが……」
「刷り込まれた意識が、どうしても邪魔をするってことか」
「はい……」
「反逆を抑えるためには有効そうだが、普通に戦うってなった時に困らないのか? その意識」
「わたくしたちの役割は、後衛のマスターが魔法を放ってくださるまでの時間稼ぎですので……」
「防御メインでなんとかなるってことか」
「それなら、へいき。」
マリナは、落ちていた槍を拾った。
先っぽに白くて丸いカバーがついている、たんぽ槍である。
「あなたが、わたしにケガをさせることはできないから。」
淡々と言ったマリナに、リンは眉をひそめた。
「失礼ですが……。マリナさまは、魔術士さまでは?」
「それでも、あなたよりは強い。」
「…………」
リンの視線の力が強まる。
プライドを傷つけられた虎のような顔をしている。
「ミーユさま」
「えええっ、ええっと……」
ミーユはマリナのそばに寄る。
マリナの肩をグイと抱き、猫背気味になって言った。
(言っておくけど、リンは真面目に、すごく強いぞ?)
「レインのほうが強い。」
(それは、そうだと思うけど……)
「レインのほうが強い。」
(いやでもアイツを基準に話すのって、なんの意味もなくないか?)
「それでも、レインのほうが強い。」
もはや会話になっていない。
ミーユは無言で、オレのほうをチラッと見やった。
オレは無言でうなずいてやる。
(ケガとか…………するなよ)
「うん。」
マリナはうなずき、ミーユの頭をポンッと叩いた。
「ありがとう。心配してくれて。」
「っ…………(///)」
マリナの仕草に、ミーユは頬を赤らめた。
「あっ、あと、強いのが本当だって言うなら、リンにもケガはさせるなよ!」
「気をつける。」
ここまで合意がそろってるなら、もはや止める人はいない。
ふたりは五メートルほどの距離を取って向かい合う。
マリナがリンを怪我させないように、ほんのちょっとだけやる気を見せた。
「っ……!」
それだけで、リンの空気が冷たく強張る。
「これは……確かに、おっしゃるだけのことは…………」
ほんの一瞬、対峙しただけでわかる。
そのあたり、やっぱりリンは実力者である。
マリナがゆらりと前にでた。
リンはツイッと槍を引き、防御の構えを作ろうとした。
だがしかし、次の瞬間。
どごおぉんっ!!!
吹っ飛んだ。
一〇メートルほど吹き飛んで壁にぶつかり、大きな穴をあけてはさらに吹っ飛び、植えられていた木を何本かなぎ倒してから止まった。
(マリナーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!)
ミーユが声なき悲鳴をあげた。
マリナは自身の右手をグー、パーと握って言った。
「手加減は………した。」
それはいつものマリナと同じ、淡々とした口調。
しかし恋人であるオレには、申し訳ないと思っていることがありありと感じ取れた。
オレや父さんに比べると弱いってだけで、マリナも十分に常識外れなんだよな。