規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
罰を受けるのが罪人であるなら、リン=グリフォンベールは、紛うことなき罪人であった。
その罪とは、貧しい家庭に生まれたことだ。
身なりが貧しければ心も貧しい、貧しい家庭に生まれたことだ。
幼いころから顔立ちが整っていた上、優良種と言われる黒髪だったリンを、父母は未来の収入源として育てた。
収入源として育てられたリンは、五歳のころに売られていった。
貧しい家に生まれたというだけで、奴隷に落とされる罰を受けた。
ごとごとゆられる荷台の上で、寒さと恐怖に震えていた。
見捨てられた悲しみと、ろくでもないであろう未来に絶望していた。
しかし養成所では、思いもよらない未来を提示された。
奴隷は、特権階級だ!
特別教官による入荷奴隷へのあいさつで、そんな風に言われたのだ。
奴隷は確かに奴隷であって、様々なことに制限を受ける。
首輪はつける必要があるし、食事は床で食べないといけない。
主人が床で眠れと言ったら、床で眠る必要がある。
犯罪奴隷に比べれば各種の権利は守られるものの、人間あつかいはしてもらえない。
しかしそれでも、特権階級なのである。
「いい貴族さまの家に行ければ、普通の人よりずっとすごい教育を受けれることになるのだ!
側近として働けば、信用も獲得できるのだ!
五年、一〇年経ったころには、わらしたちを売った人より偉くなっている可能性もあるのだ!」
それはまばゆい希望であった。
実際にその地位につけるのは、一部のエリートに限られる。
それでも、可能性はゼロじゃない。
人間以下の奴隷から、人間になれる可能性がある。
真っ当な人間として、愛してもらえる可能性がある。
それがか細い蜘蛛の糸でも、登ってみない理由はない。
目の前にいる教官も、元は奴隷であったという。
リンはそれから、必死になった。
訓練所の教官たちも、熱心に指導した。
ひたむきで飲み込みも早いリンは教えがいがあるし、優良種として名高い黒髪である。
その育成をしくじれば、なにをしていたんだと評価が下がる。
純な熱意と打算の両方が合わさって、一〇年にひとりの逸材と言われるほどに成長した。
三公のひとりが入学するという時期に合わせて、目玉として『出荷』された。
待ってる時は緊張していた。
立ってる時も緊張していた。
家柄と能力で言えば、一番の当たりはミーユだ。
奴隷の目玉がリンであるなら、貴族の目玉はミーユであった。
果たして選んでもらえるか、不安で目眩がしそうであった。
冷静に立っていたように見えても、心臓は早鐘を鳴らしていた。
また、相当なカンシャク持ちとも聞いている。
うまくやれるか、不安でもあった。
結果は、無事に選ばれた。
カンシャク持ちとも聞いていたが、そのようなこともなかった。
本当に幸運と思ったものだ。
これですべてが、報われると思ったものだ。
それが一番最初の仕事で、負けてはいけないような相手に負けたら――。
恐らく終わる。
すべてが終わる。
自分が積みあげてきたものすべてが水泡と帰す。
負けたら。
負けたら。
このまま、負けたら――。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
悲鳴のような雄叫びをあげ、リンは体を起きあがらせた。
ダンと地を蹴る。
瞬間移動のごとき速さで、ミリリとの間合いを詰めた。
「ガアッ!」
技術もへったくれもない、猫の獣人による爪の一撃。
ミリリは咄嗟にガードした。
直撃は避けたものの、頑丈なはずのトンファーが抉れていた。
「にゃああ……」
怯む間もなく追撃がくる。
拳拳、拳のラッシュに蹴り、拳。
ミリリは直撃の際に体を引いてダメージを殺すが、腕の骨と筋肉に、トンファーは削れていった。
ドンッ!
ガードのゆるんだ胸元に、掌底の一撃を食らった。
ミリリは吹き飛び、フェンスに当たった。
「ガアッ、アッ、アアッ……」
リンが、口の端から鮮血を垂らす。
限界を超えた力は敵であるミリリ以上に、自分自身を傷つけていた。
拳の皮と肉も抉れて、白い骨が見えている。
凄惨な光景に、観客たちも言葉をなくす。
「ミリリ!」
レインがフェンスに手をかけた。乱入の構えだ。
「へいきですにゃっ!」
ミリリはふらりとよろけつつ、二本の足で立っていた。
「ミリリはミリリは、ご主人さまが大好きですにゃあ!
世界で一番のご主人さまに、土下座なんてさせたくないですにゃああ!」
「ミリリ……」
どうしたものか。
レインが思い悩んでいると、マリナが背中にくっついた。
「………わかる。」
レインに抱きつき、か細い声を絞りだす。
「わたしも、あなたが世界で一番だから………。」
そして右手を、ツイッとだした。
「危なくなったら、わたしが………止める。」
滾る冷気は冷気であるのに、このうえない熱量を携えていた。
レインは、ふたりを信じることにした。
リンがダドンと突っ込んでくる。
ミリリ、真正面から向かい打つ。
リンが放つ技術もへったくれもない、叩きつけるような攻撃たちを受ける。
致命傷は回避する。
それ以外はあえて受ける。
攻撃を受けながら、カウンターを叩き込む。
右の拳が顔に入れば、左の拳を脇腹に。
左の蹴りを腕に受ければ、体をよろめかせつつもトンファーで反撃をする。
双方ともに、精神が肉体を凌駕している。
単純な身体能力では、リンのほうが上。
けれども、リンは、技術を捨ててしまっている。
対するミリリは、防御にも攻撃にも、自身の技術を使用している。
それの差が身体能力の壁を埋め、互角の戦いをくり広げていた。
『がっ、がんばれ……』
誰からともなく、声を発した。
最初は断片的だったそれが、波紋のように広がっていく。
『がんばれ! がんばれ! がんばれ!』
どちらを応援するということもない、ふたりを応援する声が会場に響き渡った。
ふたりが互いに距離を取る。
「にゃああああああああっ!!」
「ガアアアアアアアアアッ!!」
助走をつけて、渾身の一撃を放ち合うっ!
激しい衝突。
互いの顔に拳がめり込む。
「はにゃあ……」
ミリリの体が、ぐらりとよろけた。
そのまま地面にどさりと倒れる。
勝負アリ。
リンの勝利。
誰もがそう思った刹那。
「ッ……」
リンの体も、ぐらりと倒れた。
「にゃっ……、にゃああ…………」
ミリリがかろうじて、右手をすっと上へとあげた。
立ちあがることはできていない。通常ならば、ダウンの場面。
が――。
「…………」
相手のリンは、手をあげることすらできなかった。
審判たる教官が、リンの様子を見て叫ぶ。
「この試合――ミリリ=カーティスの勝利だ!」
歓声が沸いた。
最初からミリリを応援していた者も、最初はリンを応援していた者も、みな一様にミリリの勝利を祝福した。
それはどちらが勝っても変わらない称賛であっただろうが、それでもミリリを祝福した。
「ミリリ!」
「リン!」
レインとミーユが、闘技場に降り立った。
「「大丈夫か?!」」
お互いに、互いのパートナーを心配する。
ふたりはそろって、意識を失っていた。
「救護班を呼んだから待ってるシ!」
タンカを持った、救護班たちがやってくる。
が――。
「心配は要らん」
リリーナがやってきた。
「少々重い負傷のようだが、わたしにかかれば一瞬だ」
「ミリリは、骨が六本は折れていると思いますけど……」
「わたしにかかれば無傷と変わらん」
リリーナは、指をパチッと鳴らして見せた。
そのわずか一瞬で、ふたりの傷は塞がった。
救護班が叫ぶ。
『折れていた骨、完治してます!』
『内臓も、傷が見事に塞がりました!』
「さすがは、魔竜殺しの七英雄……」
「そう言われるのは、気が引ける部分もあるがな」
「そうなのですか?」
「英雄と言っても、魔竜を倒した七人に過ぎん――という側面があるからな」
リリーナは、暗い影を携えて言った。
「ただしわたしの魔法でも、体力までは回復できん。しばらくは、ゆっくり寝かせておいてやれ」
「はい!」
こうして――戦いはミリリの勝利に終わった。
この戦いはふたりにとってよい結果をもたらすのであるが、それはまた次のお話。
下にあるのは、わたしの書いた別作品です。
地球丸ごと異世界転生
http://www.sbcr.jp/products/4797389869.html
書店なりamazonなりで見かけたときには、よろしくお願いします(•ㅂ•)