規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
「ただいま帰りました。父さん」
「おお、そうか」
裏庭にいた父さんにあいさつをしたオレは、アイテムボックスを使った。
仕舞い込んでいた獲物を取りだす。
「ほぅ……イノシシか」
「はい」
父さんは焼けた肉を掴み、がぶりとかじった。
「この味からすると、魔物化したイノシシのようじゃのぅ」
「父さんさんから教えてもらった気配の消し方を使いつつ、魔法剣を使ったらなんとかなりました」
「そうか…………」
父さんは、さびしげに目を伏せた。
最近の父さんは、なぜかこういう表情を見せる。
オレとしては、単純に喜んでほしいんだけど。
しかし憂いの表情は、ほんの一瞬で消える。
すぐにいつもの笑顔に戻り、しみじみとうなずいた。
「この年でもうイノシシを狩れるとは、将来が楽しみじゃのぅ」
そして頭を撫でてくれた。
「ただし相手と戦う時は、ワシが作った魔物リストに目を通すのじゃぞ?
おヌシが相手にしてもよいのは、D級以下の魔物だけじゃ。
リストに載っていない魔物や、クマのような大型動物が魔物化している場合には、けして手をだしてはならん」
「はい、父さん」
オレがうなずくと、メイさんがぼやいた。
「イノシシは、『相手にしてもよい』グループに入るのですね……」
「イノシシであれば、その通りじゃろう? これがクマだと危ういが」
「平均的な騎士団がモンスター化したイノシシを狩る場合、一〇人から二〇人の編隊を組むのが常であるわけですが……」
「そうは言っても、ワシがレインの年のころには、三体ぐらいは普通に狩っておったしのう……」
「………………」
メイさんは、もはやなにも言わなかった。
いっしょに暮らしていてわかったことだが――。
ウチの父さん、常識がない。
それでも自分の基準を押しつけることはしない。
無理だと言えば、無理なものとして受け入れてくれる。
今回の件にしても、実際にイノシシを狩れている。だから問題はない。
「ところでレイン。そちらの少女は……?」
「森で拾った女の子…………です?」
マリナは小さくうなずいた。
「ゆくあてなどはあるのか?」
(こくっ。)
マリナは小さくうなずくと、オレにくっつく力を強めた。
「この人の隣が、わたしの居場所。」
「あはは……」
あまりにもまっすぐな発言に、オレは照れた笑いを浮かべた。
「スミにおけんのぅ」
父さんは、にこやかに言った。
「しかしウチで過ごすからには、家事なり狩りなり、なんらかの仕事はやってもらうぞ?」
基本的にやさしいが、甘くはないのが父さんである。
「うん。」
マリナは、小さくうなずいた。
「レインのお手伝い、する。」
「それならば…………ふむ。適性を見る限り、まずは魔法の練習からじゃな」
「はい。」
マリナはこくっとうなずいた。
「魔法の覚え方はいろいろとあるが、ワシが一番と思うのは、やはりこの方法じゃ」
父さんは、自然体で立った。
「透明なリンゴを持つようなイメージで両の手をかざし、魔力を両の手に集める」
「はい。」
「そして練りあげることで、その当人にあった属性が、自然と形成されてくるのじゃ」
「………はい。」
キツいのだろう。マリナの顔が険しくなった。
「
「有効な
父さんが言うと、メイさんが補足した。
「んっ、んっ………。」
「限界と思ったら、休憩を挟んでもよいぞ? 属性を発現させられるようになるまで、一年以上かかるのは当たり前じゃからの」
父さんは、マリナを気づかって言った。
が――。
シャキィン!
マリナの手のあいだには、氷の塊が生まれた!!
それはすぐさま弾け飛んだが、それでも属性の発露はできた。
「んうっ………。」
力を使い果たしたらしい。マリナの膝ががくりと折れた。
オレは、がしっと体を支える。
「大丈夫か?」
「うん………。」
マリナはオレの腕の中で、満足そうにつぶやいた。
「初日で属性の発露までできるとは…………。
さすがは、レインが連れてきた少女じゃのぅ……」
父さんは、目を丸くして言っていた。
◆
そのあとマリナは、軽い睡眠を取った。
何度か練習を重ね、夕食である。
マリナはメイさんが作ってくれた食事を、一生懸命食卓に運んだりした。
家事をやるよう言ったりした父さんであるが、実際にやるのはこの程度である。
このあたり、甘くないけどやさしい。
食事が食卓に並ぶ。
メインはもちろん、オレが取ってきたイノシシ肉のステーキだ。
じゅうじゅうと立つ音に、濃厚な香りを放つ湯気。
ほどよく焼けた焦げ茶色の表面が、なんとも言えず食欲をそそる。
オレは静かに手を合わせ、命に感謝して食った。
うまい。
たっぷり満足したあとは、裏庭だ。剣の稽古をつけてもらう。
訓練用の剣を持ち、父さんに打ち込む。
「ハッ、ハッ、やあッ!」
「うむッ! なかなか鋭い踏み込みじゃ!」
父さんさんの振りおろしをバックステップで回避して、右手を父さんに伸ばす。
「ライトニング!」
雷は、超高速で突き進む。
が――。
「まだまだじゃあ!」
父さんは、木剣で雷を切った。
「うそおっ?!」
勢いのまま突っ込んできて、オレの胴に寸止めが入る。
「うぐっ……」
「ここまでのようじゃの」
「はい……」
「しかし魔法でも一撃を入れられるとは、ヌシの上達はすさまじいのぅ」
切断されていたと思っていた魔法だが、わずかな破片が当たっていたらしい。
父さんが着ている服の肩のあたりが、じんわり裂けて焦げていた。
「本当に、将来が楽しみな子じゃ」
父さんは、いつものように笑うのだった。
そして夜がきた。
オレはオレの部屋の前で、マリナに軽いあいさつをした。
「オレの部屋はすぐ隣だから、なにかあったらすぐこいよ?」
「うん。」
マリナがうなずいたのを見計らい、オレは自分の部屋へと戻る。
腰に帯びていた剣を外して、服を脱ぐ。簡素なる寝巻に着替え、天蓋つきのベッドに入る。
「ふー……」
いろいろなことがあったせいだろう。万感のため息が口からもれた。
すると違和感。
体の横に、奇妙な違和の感覚があった。
「………?」
マリナであった。
マリナがオレのベッドの中で、頬を赤くしてオレを見ていた。
「ええっ?!」
オレは思わず後ずさる。
どんなスピードで着替えたのだろう。
マリナは薄くて色っぽい、ネグリジェみたいな服を着ていた。
「どっどっどっどっ、どうしているの?!」
マリナはオレの服の裾を掴んで、まっすぐに言った。
「なにかあったら、こいって言った。」
「なにか、あったの…………?」
「うん。」
マリナは、小さくうなずくと言った。
「さびしい。」
「へ?」
「『離れたらさびしい』が、わたしの中にあった。」
「ええっと……」
オレはなにも言えなくなった。
理由としてはかなりひどいが、そこまで慕ってくれるのはうれしい。
そもそもオレはマリナに対し、強い好意を持っている。
前世では、命を賭けて助けたぐらいだ。
こうやって迫られて、悪い気がするはずがない。
けれども、どうなのであろう。
肉体的には一〇歳のオレとマリナが~~~~~ってさ!
「それと、もうひとつ………ある。」
「もうひとつ?」
「わたし………びょうきなの。」
「びょうき……?」
「うん。」
マリナはうなずき、静かに言った。
「ぜったいに治らない、ふじのやまい。」
オレの気分が、急激に重くなる。
不治の病。
治らない病気。
自身を苛む苦しい痛みに耐えながら、死に怯える毎日をすごす日々。
そんなイメージが頭に浮かんだ。
マリナの頼みを、できる限り聞いてやりたくもなった。
地球ならともかく、こっちなら治せるかもしれない。
そんな期待も密かに込めて、オレはマリナに問いかけた。
「なんていう病気なの……?」
マリナは、薄い桜色の唇を、ゆっくりと開いて言った。
「あなたのことが………好き好き病。」
…………。
………………。
「え………………?」
「あなたのことが好き好きすぎて、いつも頭があなたばかりで、離れているとさびしくなったり、いっしょにいても切なくなったりしちゃうびょうき。」
「ええっと……」
戸惑うオレに、マリナは抱き着いてきた。勢いのまま、オレはマリナに押し倒される。
「十年ずっと、想ってた。」
「十年ずっと、さびしかった。」
「十年ずっと、毎日毎朝毎晩毎昼。あなたのことばかり考えていた。」
「十年ずっと、夢の中にもあなたがでてきた。」
マリナは体をこすりつけつつ、熱烈に告白を続けた。
胸元のふくらみや太もものぬくもりが、オレの体にこすれまくった。
声音の吐息が耳をくすぐり、オレの理性は死にそうだった。
「わたしのびょうきは、十年、ずっと、なおらなかった。」
言い切ったマリナは、体をゆっくりと起こした。
オレの手を取り、自身の胸へといざなって言う。
「わたしの、お医者さんになってください………。」
「いや……! 無理……! ダメっ……!」
「どうして………?」
「だってオレ、浮気とかする可能性あるよ?! マリナ以外の子とも、しちゃうかもしれないよ?! この世界にくる前は、異世界に行ってハーレム作りたいなー、とか思ってたし!!」
するとマリナは、オレの唇に唇を重ねた。
痺れが走るほどに気持ちのいいキスをして、唇を離す。
「………へいき。」
「ほんとに……?」
「わたしのこと、いちばんに………してくれるなら。」
そこがオレの限界だった。
かわいいかわいいマリナに向かって、お医者さんプレイをやってしまった。