規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士 作:kt60
ネクロは壁に右手をかざした。
ドンッ!
ほんのわずか一瞬で、岩の壁に通路ができた。
奥に進むと、ドーム状の部屋が作られていた。
それはかなり広大だ。
野球ぐらいはできそうなほどに広い。
「わたしはネクロマンサーであるが、土魔法も軽くたしなんでいてね。このぐらいはできるのだよ」
専門ではない魔法で、この規模を『軽く』。
父さんの仲間だけあって、いろいろとおかしい。
「できるだけ、お手柔らかに頼みますよ」
「キミの力とわたしの強さを天秤にかけて、加減の必要があると感じたらそうしよう」
オレは以前に盗賊を制圧した時に使った、刃のついていない剣を構える。
対するネクロは自然体。
「レインくんは、先手と後手のどちらが得意だい?」
「どちらでもいいですよ?」
「それならわたしは、先手を取らせてもらおうかな」
ネクロは短剣を取りだした。
人差し指を浅く切る。
「ひとつ問う。
「それは普通に、死霊を操る人って意味だと思ってましたが……」
「――その通りだ。より正確に言うと、死という『概念』を実体を持つ依り代に宿し、概念を現実化させる魔術体系だ」
ネクロの人差し指の血が、地面へと染み込む。
「それでは死とはなんだと思う? 命とはなんだと思う?」
「……?」
「今わたしの体からでている血液は、数分前までわたしであった。わたしの中の一部であった。
それがわたしから離れた途端、ただの物体となった。
この血液は、特別なことはしていない。ただわたしから離れただけだ。
ただそれだけで、わたしではない『物体』になるのだ」
呪文のような言葉の数々。
オレは動きが止まってしまった。
けれども、次の瞬間に気がついた。
これは呪文の『ような』ではない。
呪文そのものなのだ。
ネクロがシュラリと腕を振る。血飛沫が宙を舞う。
「顕現しろ! ブラッドアーミーズ!」
軍団が現れた。
ネクロの血液という死を媒体に、土が死霊の意志を持つ。
その数は二十八。
最初の血溜りは馬に乗ったジェネラルになり、血飛沫はソルジャーになった。
オレは鑑定を使う。
参考として、『騎士団の一般兵が安全に倒そうと思えば一〇人は必要』と言われている魔物化したツノイノシシ――ホーンボアのステータスがこれだ。
名前 なし
種族 ホーンボア
レベル 38
HP 550/550
MP 0/0
筋力 426
耐久 418
敏捷 388
魔力 0
ネクロの召喚したやつらはこんな感じだ。
名前 なし
種族 ブラッドソルジャー
レベル 96
HP 975/975
MP 0/0
筋力 880
耐久 880
敏捷 788
魔力 0
名前 なし
種族 ブラッドソルジャー
レベル 93
HP 977/977
MP 0/0
筋力 850
耐久 850
敏捷 752
魔力 0
名前 なし
種族 ブラッドソルジャー
レベル 99
HP 998/998
MP 0/0
筋力 902
耐久 902
敏捷 812
魔力 0
相当強い。
並の召喚術師なら、一体だけでも賞賛されるレベルだ。
それを十七体に加えて、中央にはコイツだ。
名前 なし
種族 ブラッドジェネラル
レベル 1480
HP 18580/18580
MP 0/0
筋力 15380
耐久 15380
敏捷 12880
魔力 0
文字通りケタが違う。
平凡な騎士が相手にしようと思ったら、千人単位でかからないといけない。
七英雄と書いて、父さんの知り合いと読むだけのことはある。
ソルジャーの一体が飛びかかってきた。
「ライトニング!」
オレはイカヅチを放ったが、ソルジャーの体には弾かれた。
「わたしのソルジャーに魔法は通じないよ?」
「ッ!」
土の剣が振り下ろされた。
バックステップで回避する。
ゴゥンッ!
虚空を切った剣は地面に当たり、爆発めいた衝撃を発した。
一メートルのクレーターができる。
さらに顔をこちらに向けて、土くれを吐いてきた。
目潰しだ。
三体のソルジャーが飛んでくる。
並みの剣士や戦士なら、一瞬で終わってるところだ。
が――。
オレにはまったく通用しない。
オレはソルジャーたちの横を、すうっと通った。
その一瞬で、ソルジャー四体はバラバラになる。
次いで横薙ぎ。
目の前の二体が真っ二つ。
ファイアーボールをぶっ放す。
爆風が起きた。
ソルジャー三体が粉々に吹き飛ぶ。
「なにッ……?!」
「魔法は効かないって聞いたのでね。ソルジャーではなく足元の地面を爆発させて吹き飛ばしたんですよ」
オレはネクロに接敵し、自身の剣を突きだした。
「その発想より、地面にぶつけてなおソルジャーを吹き飛ばせる破壊力に驚愕するね……」
ネクロはサーベルで受ける。
互いの剣の打ち合う音が幾たびも響き、赤い火花が何度も散った。
ブラッドソルジャーが切りかかってくるが振り向いて裂き、ネクロに袈裟切りを振り下ろす。
ネクロは素早くバックステップを踏むと、指の先に息をかけた。
空気に触れたネクロの血が、ナイフとなって飛んでくるッ!
同時にブラッドジェネラルが、背後からオレを叩き潰そうとしたッ!
オレはキュルッとその場で回った。
ブラッドジェネラルと短剣たちが、まとめて一気に弾かれる。
タンと地を蹴り、一直線にチャージする。
ネクロが黒い死霊術を飛ばしてくるが、紙一重で回避した。
さらに何度も剣を交えて、ネクロを壁に追い詰める。
鋭い刺突。
ネクロの顔の真横に、剣がダンッと突き刺さった。
本気をだしていれば、串刺しの格好だ。
「わたしの負けだね」
ネクロは静かに両手をあげた。
「さすがは、レリクスの息子だ」
「ありがとうございます」
オレはぺこりと頭を下げた。
しかしネクロには、まだまだかなりの余裕があった。
訓練の時の父さんと同じく、『万が一にもオレを殺さないように』という手加減はされていたと思われる。
まぁそれは、オレのほうもおんなじだけど。
「ところでキミの強さは、今のレリクスと天秤にかけるとどんな感じかね?」
「それは断然父さんですよ」
「なに……?」
「訓練では一本取れることもありましたけど、訓練用の強さでしたから」
「魔竜との戦いで相当な傷を負い、力の七割か八割は失ったはずなのだがな……」
「かっ……回復したんじゃないでしょうか……」
「そういうことにしておいたほうがよさそうだな」
そうでなかったら流石すぎる。