規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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暗黒領域の探索をする

 モーターボートから降りたオレは、目の前にあるそれを見た。

 ぼんやりとした黒いもやのかかった空間に、視界を遮るかのような黒い壁らしきものがある。

 

「ここが暗黒領域ですか……」

「ああ、そうだ」

 

 リリーナはうなずいた。

 懐からナイフを取りだす。

 

 ヒュッ。

 投擲されたナイフは、もやを通って壁へと向かって刺さりると、じゅわあぁ……と音を立て――。

 

 腐食して崩れた。

 

「見ての通りこの領域の壁には、物理的な存在を腐食させる作用がある」

 

 リリーナは歩きだす。

 歩く先には、銀色のゲートがあった。

 

「触れたものを腐食させる暗黒領域の『壁』だが、薄いところも一部にはある。

 そういう個所に、目印のゲートを作っておくわけだ」

「なるほど」

 

 リリーナは、ゲートをくぐって壁に近づく。細身の剣をしゅらりと抜いて、壁へと刺した。

 つぷ……。

 壁に飲まれたその剣は、しかし腐食はしていない。

 

「うむ」

 

 リリーナは、うなずいて壁へと入った。

 

「ぬっ……」

 

 そこは異様な樹海であった。

 空は淀んで、地面は紫色が混ざったような黒。

 空気の中にも同じ色のもやがかかって視界が悪い。

 しかし何より、異常で異質だったのが――。

 

「燃えている……?」

 

 領域の中にある木々の葉っぱが、めらめらと燃えている。

 オレは尋ねた。

 

「これが暗黒領域ですか……?」

「空気の淀みや空の色などは、過去のデータそのままだ。しかし木々の葉が燃えているなどというのは……」

「領域内に流れる魔力に、なにか異常が起こっている――ということだな」

 

 リリーナが言うと、ネクロが引き取って言った。

 

「魔力とは、言いかたを変えれば『奇跡を起こす力』だ。

 そして奇跡を言い換えるなら、『常識的な物理法則を破壊する現象』だ。

 ゆえに魔力がほかの場所よりも濃いこの領域は、常識的な法則から言えばありえない挙動を示す。

 本来繋がるはずのない迷宮にゲートが繋がってしまったのも、恐らくそういうことであろうな」

 

「しかし領域の魔力をその規模で乱すとなると、七人揃えば魔竜を討伐できるほどの力に匹敵するほどの」

「話している場合ではございませんっ!」

 

 リリーナがぼやくと、リンが叫んだ。

 

『戯奇奇、KI異……』

『弧化化化、Кaα……』

 

 現れたのは二種類のスケルトン。

 体が黒いブラックに、燃えているフレイムの二種類。

 それが全部で、二〇体近い。

 

 全員が剣を構えた。

 臨戦態勢である。

 

「オレが前にでる! マリナとミリリはサポートを頼む!

「うん。」

「はいっ!」

 

 オレは剣を構えた。

 タンと地を蹴り前にでる。

 相手が防御をするより早く、手前のやつを袈裟に切り、返す刃で背後のやつを横に切る。

 

「ファイアーボール!」

 

 ついでに目の前にいた黒いのを、ファイアーボールで灰にする。

 ほんのコンマ一秒単位、オレの体に隙が生まれる。

 その隙を、一体のフレイムスケルトンが捕える。

 口をあけて火炎を吐いた。

 が――。

 

「ん………!」

 

 マリナが氷の壁を地面から生やし、完全に遮断した。

 

「石……ですにゃあ!」

 

 ミリリが魔法で石を飛ばして、フレイムの頭部に当てた。

 めきゃっと鈍い音が鳴り、フレイムの頭蓋にヒビが入った。

 

 オレは剣を十字に振るい、(クロス)に振るった。

 その一瞬で、スケルトンは八つにわかれた。

 殲滅は、およそ三分で終わった。

 回復魔法を溜めていたリリーナが、引っ込めて言った。

 

「さすがだな」

「まぁ、雑魚でしたから」

「レイン。」

「なんだ? マリナ」

「この領域だと、わたしの魔法はすこし鈍い。」

「そうか」

「うん。」

 

 確かにここは、炎の森のようになっているもんな。

 

「あのような壁を無詠唱でだして、鈍い……ですか…………」

 

 黒髪ショートのネコミミ少女にして、ミーユの奴隷であるリンがぽつりとつぶやく。

 リンは以前に、マリナと模擬戦をやって惨敗している。

 しかもマリナは、魔法を使っていなかった。

 その関係で、マリナに軽いコンプレックスを抱いているところがある。

 

「それよりフェミルは?! フェミルは無事なの?! こんなところにいるんだろ?!」

「それを確かめるため、ここにきている」

 

 ネクロはナイフを取りだすと、指を切って血を垂らす。

 血を垂らしながら、淡々と歩き始めた。

 

「今そこにいるキミたちは、数分前までわたしであった。わたしの中の一部であった。

 しかしわたしから離れた途端、わたしではなくなった。わたしではない『物体』となり、わたしと違う命を手にする。

 顕現せよ――ブラッドアーミー」

 

 地面に落ちた血液が光り、もこもこと大きくなった。

 十八体の、白いスケルトンが現れる。

 

「リリーナ」

「うむ」

 

 リリーナは、一冊の本を取りだした。

 

「なんですか? それ」

「日記帳だ。フェミルの部屋から持ってきた」

「はいっ?!」

「フンッ!」

 

 それはカギがかかっていたが、リリーナは強引にこじあけた。

 ネクロに渡す。

 ネクロはページの一枚を破き、スケルトンのアバラ骨の隙間に差し込む。

 ページはしゅるりと吸われていった。

 

「わたしのブラッドアーミーは、特定の誰かの持ち物を吸うことで、相手を探知する。持ち主が思い入れを持っているアイテムほど、探知してくれる距離は伸びる」

「だから日記帳――ってわけですか」

「無断で日記帳を持ちだすことは、倫理的に問題がある。

 しかし命との天秤にかかけば、些細と言うべき事柄だろう。命との天秤にかければ…………な」

 

 ネクロは最後に、哀しそうな表情を見せた。

 それはまるで、過去に大切な人を失ったことがある人間のような表情だった。

 

(触れてやるな、少年)

 

 オレの気配を感じ取ったリリーナが、小さい声でそう言った。

 オレの知らないところで、複雑な事情があるらしい。

 

『キキキキッ……、カアッ……』

 

 スケルトンの一体が、窪んだ眼下に蒼い光りを灯した。

 

「それでは行こうか」

 

 スケルトンが歩きだし、オレたちはついていく。


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