規格外れの英雄に育てられた、常識外れの魔法剣士   作:kt60

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狂ったのは善人だから。

「フェミルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 ミノタウロスを倒し終えると、ミーユがフェミルに駆け寄った。

 

「無事か?! へーきか?! 大丈夫かっ?!」

「はっ、はいっ! 無事です! 平気です! 大丈夫です!!」

「よかった、よかったあぁ……!」

「ぜなあぁ……!」

 

 感動の再会をしているふたりに、まったく関係のないカレンがもらい泣いた。

 

「うむ、うむ」

 

 リリーナも目をうるませてうなずきながら名簿を見やって、遭難者全員がそこにいることを確認する。

 オレとマリナはミーユが邪魔されないよう、周囲の警戒を始めた。

 背後から、ネクロの話声が聞こえる。

 

「ところで、リリーナ」

「う、うむ、なんだ?」

「今回の件が、妙であることは知っているな?」

「確かに……。暗黒領域に繋がるようなゲートは、高難度のダンジョンの深部ぐらいにしか生まれない。

 しかも今回は、領域の中も大幅に変化していた。

 噴火や大地震のような災害が起きれば時空のゆがみも領域の変化も起こり得ると聞いたことはあるが、今回はそれもなかった。と、なると――」

 

 リリーナは、真剣な声で言った。

 

「人為的なもの――だな」

「心当たりは?」

「今のところはまったくないな。

 しかしゲートを繋いで暗黒領域の魔力を乱すことができる者と言えば、相当に限られる。

 わたしやキミやロプトのような、わたしたちの中でも魔法を専門としている者と同じくらいの力が必要となる」

 

 ネクロは短く、「そうか」と言うと――。

 

 

 リリーナの心臓を刺した。

 

 

「ガッ……、ハッ……?!」

 

 リリーナは、わけのわからぬモノを見る目で、剣の刺さった胸を見つめた。

 

「キミは自分で言ったろう?

 ゲートを繋いで領域に変化を及ぼすようなマネができるのは、キミやわたしのような力を持った存在であると」

 

 ネクロは乾いた笑みを浮かべて、至近距離からリリーナに言う。

 

「つまりわたしが、事件と事故の犯人さ」

 

 直後であった。

 リリーナは掌底を放ち、ネクロを飛ばして距離を取る。

 胸に手を当て、回復魔法をかけていく。

 位置から言って心臓をやられていると思うのだけど、そこは流石の七英雄であった。

 

「ロプトやシェイドならばともかく、どうしてキミが、このような真似を……?」

「わたしが死霊術を専門とすることになった理由は知っているね?」

「亡くした恋人を蘇らせるため……だ」

「そんなわたしが、魔竜の戦いにおもむいた理由は?」

「その心臓が、復活の妙薬になるかもしれないと思ったから……だ」

「その通りだね」

 

 うなずいたネクロは、さびしげに笑った。

 

「でもねぇ……、ならなかったんだ。

 竜の秘薬で蘇るのは、死んでからの時が浅くて、肉体の損耗も大したことのない死者だけだ。

 彼女は……時間が経ちすぎていた。わたしであろうと、魂が見つからないぐらいにね」

 

「…………」

「何百年に一度現れるかわからない魔竜の心臓でもダメだとわかったその時に、わたしは思ったのだよ」

 

 ネクロは、よどんだ空を見上げてつぶやく。

 

「この世界に、彼女が戻ってくることはない」

 

 乾いた笑いを空虚に漏らし、淡々と語る。

 

「それなのに――世界はまったくすばらしい」

 

 そのつぶやきは、皮肉でなければ嘲笑でもない、心からの声に聞こえた。

 

「汚いやつは世の中にいる。人を殺して人を騙して、自分だけがよければいいようなやつも、腐るほどいて腐ってる。

 しかしそれでも、空は青くて虹は綺麗だ。

 わたしと違ってただ純粋に人を助けたいと思って動ける、キミやレリクスのような人間もいる。

 ふたつのことを天秤にかければ、断言するよ。世界が大好きであると!」

 

 強い調子で言ったネクロは、しかし涙をはらりとこぼした。

 

「それなのに、彼女はこの世界にいない」

 

 それは性質が善であり、『よい人間』であればこそ感じる嘆き。

 

「空を見ることも虹を見ることも笑うことも泣くことも、なにひとつできない!

 彼女を生かしておいてくれなかったクセに、まばゆいばかりに輝いている!

 わたしはそれが許せない!

 しかしこのすばらしい世界を破壊することにもためらいがある!

 わたしはふたつの感情を天秤にかけて、何度も何度も毎日毎日、気が狂いそうになって――――」

 

 ネクロは、奇妙な笑みを浮かべて言った。

 

 

「狂ったのさ」

 

 

 両の目からは、血の涙が流れている。

 奇妙な高笑いをあげ、魔王のように宣言をする。

 

「わたしはこの世のすべてを憎む! 憎んでも憎んでもあまりあるこのすばらしい世界を、壊して潰して穢したい!

 もしも彼女がこの世にいても、こんな世界であれば生まれてこなければよかったと思えるような地獄にしたい!

 そして壊れた世界の中には、すばらしき英雄がいてはいけない!」

 

「言いたいことは、それだけか……?」

「肯定だ! 言いたいことも言うべきことも、以上がなければ以下もない!

 キミを含めたこの世のすべてを、わたしは壊し尽くしてみせよう!」

「この……」

 

 リリーナは、かつてない形相でネクロをにらむと――。

 

「バカものがあぁ!!」

 

 一息に距離を詰め、ネクロの顔をぶん殴るっ!

 拳拳蹴り拳。

 オレでもさばくのが難しそうなラッシュを、ネクロに向かって放ってる。

 その全身は、白く光り輝いていた。

 

「治癒魔法のブーストによるオーバーロスト……。キミの奥の手だったねぇ……」

「寿命が減る上、丸一週間は寝込むハメになるが、一向に構わんッ!」

 

 リリーナ渾身の拳が、ネクロの胸板に刺った。

 ネクロは一撃を受けると同時に、後ろに飛んだ。

 体が派手に吹き飛んでいく。

 拳のあとがついた胸板をさすってつぶやく。

 

「この威力……相当に本気だねぇ」

「当然だっ!」

 

 そんなリリーナを、援護しようかと剣を構えた。

 が――。

 

「手をだすなッ!」

「ッ?!」

「いいのかい? 一対一の勝負を選んで」

「あえて貴様と呼ばせてもらえば、今の貴様は最低だっ!

 しかし仲間だッ! それでも仲間だッ!

 狂っていると言うならば、殴り止めて正気に戻すッ!」

 

「……なるほど」

 

 ネクロがサーベルを振るった。

 首を刈る軌道。

 リリーナは、残像ができるほどのスピードで後ろに下がった。

 

 剣が切るのは残像のリリーナ。

 反撃のミドルキックが、ネクロの脇腹にめり込んだ。

 ネクロは吹き飛ぶ。

 側転をするような形で勢いを殺し、地面に足をすべられながら止まった。

 

「今の一撃……わたしでなければ、死んでいたのではないかなぁ」

「しかし貴様は死なないだろう? この程度では」

「そうだねぇ」

 

 ネクロは、むかしを懐かしむかのようにクックと笑った。

 リンとミーユに、ミリリの三人がつぶやく。

 

「いっ……今、リリーナさまは、なにをなさったのですか……?」

「見えなかった……」

「はにゃあ……」

 

 オレには普通の蹴りに見えたが、三人にとってはそのように映るらしい。

 

「わたしも………、見えただけ………。」

 

 マリナをもってしても、そのような評価であった。

 咄嗟にダメージ軽減行動を取れただけでも、ネクロがすごいと言うべきだろう。

 

 リリーナが単独で戦おうとした理由もわかる。

 友人だからひとりで止めたいと思う以上に、参戦した人間の安全が保障できないからだ。

 世界の理から外れたかのごとき魔竜(人外)を倒した英雄(人外)の戦い。

 そしてカレンが――言った。

 

(今のウチに逃げるぜなぁ!)

 

 ネクロとリリーナ以外の視線が、カレンに集まる。

 カレンは必死に言い訳がましく、パタパタパタパタ腕を振る。

 飛ぼうとしているヒナ鳥みたいだ。

 

(どう見ても、アタシたちは役立たずだぜなぁ!

 だったらさっさと逃げて帰って、話を伝えることが先決だぜなぁ!

 アタシの命とみんなも助かる、一石二鳥の作戦だぜなぁ!

 っていうか早く逃げたいぜなぁ! ここにいるのは怖いぜなあぁ!!)

 

 言ってることは正論なのだが、漏れている本音のせいで台無しになっていた。

 しかし言っていることが、正論であるのは間違いない。

 オレは言った。

 

「ミーユやリンは、遅くてもいいから安全に脱出。マリナは急いで助けを呼んできてくれ」

「………あなたは?」

「ここに残る」

 

 オレはふたりの戦いを見つめ、まっすぐに言った。

 

「ネクロをここで逃がした場合、新しい被害者は確実にでる。

 だからここで止めなきゃならない。だけどあいつと戦えるのは、ここにいる中ではオレだけだ」

「レイン………。」

 

 マリナの瞳が、じわりとうるむ。

 オレの口にキスをすると、オレに抱きついて言った。

 

「わたしは………あなたのことがとても好き。

 世界のことより、知らない人より、あなたが大切。」

 

「知ってる」

「それでも………残るの?」

「ああ」

「………わかった。」

 

 マリナは素直に、オレから離れた。

 

「すぐ呼んでくる。」

 

 マリナは走った。

 幼いころからオレや父さんと修行していただけあり、そのスピードはかなりのものだ。ヘタな馬は凌駕している。

 

「お前らも行け」

「しっ……死ぬなよ。オマエも、リリーナも」

「ああ」

 

 ミーユたちは、その場をゆっくり離れていった。


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